シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
季節は春。新年度にお馴染みのドタバタも終わって私たちは今年も1年A組、担任はグレイブ先生です。授業も始まって落ち着いてくる時期の筈なんですけど、キース君が朝から浮かない顔。放課後に出掛けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でもイマイチ元気がありません。
「かみお~ん♪ お代わりの欲しい人、手を挙げてー!」
ハイハイハイッ! と手が上がってイチゴのミルフィーユが切り分けられる中、キース君は一人でズズッとコーヒーを。それも冷めかかったコーヒーだったり…。
「あれっ、キースは要らないの?」
手を挙げたのに、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に訊かれて、慌てたように空のお皿を前へ押し出すキース君。やっぱり何処か変ですよ?
「おやおや、キースはどうしたんだい?」
元気が無いねえ、と会長さんが紅茶のカップを傾けて。
「とにかくコーヒーは飲み干さないと冷めたまんまになっちゃうけれど? それでいいなら止めないけどさ」
「い、いや…! コーヒーは美味い方がいい」
熱いのを頼む、と一気飲みしたキース君のカップに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が香り高いコーヒーのお代わりを。それでもキース君はどうも気分が晴れないようで…。
「先輩、今日は変ですよ? 昨日は何かあったんですか?」
法事でしたっけ、と尋ねたシロエ君にキース君は。
「あ、ああ…。まあ……」
「そんなにハードなヤツだったのかよ?」
法事バテなんてキースらしくねえな、とサム君だって不思議そう。元老寺の副住職なキース君は法事も沢山こなしています。春や秋のお彼岸などでは導師と呼ばれる主役を務めることもありますし、今更普通の法事なんかで疲れが出るとも思えませんが…。
「…法事は問題無かったんだ。ただ、親父に出された宿題が……」
「「「宿題?」」」
「ああ。親父にそろそろ取り組んでおけと言われてな…。戒名をつける練習を」
「「「…戒名?」」」
妙な宿題もあったものだ、と顔を見合わせる私たち。あれって練習が要るんでしょうか? そりゃまあ、使っちゃいけない文字があるとか、門外漢には理解できない細かい規則はありそうかな?
「戒名ねえ……」
どういうドジを踏んだんだい、と遠慮ない質問は会長さん。伝説の高僧、銀青様にジロジロと見られたキース君はギクリとした顔で。
「…そ、それが…。そのぅ……」
「言いにくいような失敗をやらかしてしまった、と。アドス和尚が激怒するような」
詳しく聞かせて貰おうか、と会長さんはミルフィーユにフォークを入れつつ、のんびりと。
「みんなも気になるポイントだろう? キースがドジを踏んだとなればね」
「俺は後学のために聞きてえかな。いずれは坊主になるんだからよ」
お前もだよな、とサム君に肩を叩かれたジョミー君が「違う!」と悲鳴を上げましたけれど、他の面子は私も含めて興味津々。頭が良くて優等生のキース君はお坊さんの大学も首席で卒業しています。お坊さんの世界ではエリートの卵に入る筈なのに、戒名くらいで何故に失敗?
「…お前たちには分からんだろうな、俺たち坊主の苦労なんかは」
あれで戒名も大変なんだ、とキース君は溜息をつきました。
「戒名の基本は生前の名前と行いなんだ。どんな人生を送った人か、お寺に功績があった人か。その辺も考慮しながらつけていくわけだ」
「お金次第だと聞きましたけど?」
シロエ君の突っ込みをキース君は軽く一蹴。
「そういう寺も無いことはないが、元老寺ではそれは無い。戒名料だと持ってこられても突き返す。それが親父の方針でもあるし、俺の祖父さんもそうだったそうだ。そういう姿勢を貫くからには過去帳の管理も大変で…」
名付ける時には御先祖様の戒名までチェックするのだ、と聞かされて苦労の一端を垣間見た気分。元老寺は古いお寺だけに檀家さんの御先祖様も多そうです。
「…俺が親父に出された宿題は、言わば架空の戒名で…。親父が適当に考えた名前と経歴を渡されてな。この人に相応しい戒名を考えておけ、と言われたんだ。そして昨日が提出期限で」
「…それで?」
言ってしまえば楽になるよ、と会長さんが先を促し、キース君はガックリと肩を落とすと。
「…ダブルブッキングだ……」
「「「ダブルブッキング!?」」」
飛行機とかレストランの予約だったら分かりますけど、戒名でダブルブッキング? それってどういう意味なんですか?
項垂れているキース君を他所に、会長さんは「あーあ…」とイチゴのミルフィーユをパクリ。
「やっちゃいけないことをやったね、副住職? 過去帳をチェックしなかっただろう?」
「…架空の人間と経歴だから、と舐めていた点は確かにあった…」
失敗だった、とキース君は肩を落としています。
「俺としては会心の出来の戒名だったが、親父に一喝されたんだ。檀家さんの前で大恥をかくぞ、と怒鳴られた上に今朝は境内の掃除を一人で…」
「「「えーーーっ!!!」」」
あの広い境内を一人でですか? いつもは宿坊に勤める人が総出で掃除してるのに? 仰天する私たちに向かって、会長さんが。
「ダブルブッキングの罪は重いんだよ。今回は練習だったから問題ないけど、本当にやったら後が無い。檀家さんの前で大恥どころか、お詫び行脚は必須だね」
「…ダブルブッキングって何なんだよ?」
サム君の疑問に、会長さんは淡々と。
「同じ戒名をつけることだよ、全く別の人に対してね。そういう事態に陥らないよう、過去帳チェックは必要不可欠。今は便利な戒名管理ソフトも存在するだけにアドス和尚の怒りは当然」
「あら、同姓同名ってよくあるわよ?」
スウェナちゃんの指摘に私たちは頷きましたが、首を左右に振る会長さん。
「…別のお寺なら同じ戒名も有り得るさ。だけど一つのお寺でかぶるのはマズイ。お彼岸の法要とかで卒塔婆を回向するだろう? あの時に必ず戒名を読む。卒塔婆を頼んだ人の名前も一緒に読むから、御先祖様と同じ名前が他人様につけられていたら即バレだってば」
赤っ恥な上に怠慢と認定され、お詫びに行かねばならないそうです。あまつさえ戒名をつけ直すとなれば位牌や墓石に刻んだ戒名もパアになりますし、もう色々とド顰蹙。
「それをキースがやっちゃったんだよ、架空の人で練習中だから未遂だけどね。…これは当分引き摺りそうだよ、掃除は今日だけじゃ済まないかと」
「…その通りだ。四月末までやれと言われた。世間がゴールデンウィークに突入しても、俺は四月いっぱい一人で境内の掃除なんだ…」
ゴールデンウィークは五月に入るまでお預けだ、と黄昏ているキース君。気の毒としか言いようがありませんけど、自業自得じゃ仕方ないかも…。
「…そっかぁ、キースはゴールデンウィークの前半、無いんだ?」
ジョミー君が口にした一言でキース君はズーン…と落ち込み、会長さんが。
「そのようだねえ…。悲惨な四月を送ることになるキースのために、ここは一発、慰安旅行!」
「「「けっこうです!」」」
キース君を除いた全員の声が重なりました。ゴールデンウィークは何処のホテルも旅館も満員。マツカ君の別荘に行った年もありますけれど、会長さんが提案した場合はもれなくシャングリラ号で宇宙の旅です。おまけに会長さんが歓迎と称して極悪なイベントを企画することも数多く…。
「えっ、せっかくの慰安旅行なのに…」
断らなくてもいいだろう、と会長さんはつまらなそう。その表情がコワイんです、と誰もが声に出さずに凝視していると。
「心配しなくても行き先はシャングリラ号じゃない。穴場と言えば穴場だけどさ」
「…ロクでもなさそうですけれど?」
遠慮のないシロエ君に、会長さんはチッチッと人差し指を左右に。
「ところがそうじゃないんだな。…行きたくないかい、洞窟温泉」
「「「…洞窟温泉?」」」
それは耳慣れない言葉でしたが、温泉となれば話は別です。キース君も身を乗り出していたり…。
「洞窟温泉は名前のとおり、洞窟の中が温泉になっているんだよ。この前、フィシスと一緒に行ってね…。混浴が売りの場所だったから最高で」
「…おい」
キース君が割って入りました。
「女子が二人もいるというのに混浴の風呂は無いだろう! 俺は却下だ」
「…そうね、混浴は私も嫌だわ」
お風呂に水着はダメでしょう? とスウェナちゃん。私もコクコク頷きましたが、会長さんは「心配無用」と微笑んで。
「いわゆる洞窟温泉ってヤツはゴールデンウィークは満員御礼! だけど穴場は存在する。それこそ貸し切り、水着もOK、普通にお風呂もOKって場所が」
「…何処に?」
今から予約が取れるわけ? と尋ねたジョミー君に、会長さんが。
「予約なんか最初から必要無いよ。そもそも普通じゃ行けない場所だし、第一、立ち入り禁止だってば」
「「「立ち入り禁止!?」」」
それって危険な場所なのでは、と嫌な予感で背筋がゾゾッと。やはり今年のゴールデンウィークも受難で終わってしまうとか…?
恐ろしげな行き先を提案された私たちは震え上がりました。ところが会長さんはニッコリと。
「文字通りの穴場な温泉なんだよ、地上から見れば垂直な穴の底に温泉が…ね」
縦穴の深さは十メートル以上あるだろう、とパチンと指が鳴らされ、壁に現れた中継画面。鉄の柵で囲われた深くて真っ暗な穴が映し出されて、そこから微かな湯気がフワフワ。
「これは鍾乳洞なのさ。地下に温泉が湧いているけど、この状態だから洞窟風呂なんて夢のまた夢というヤツで…。ついでに温泉も奥が深くて洞窟探検のプロでも先へは進めない」
お湯の中を潜って進んで行くのは大変なのだ、と会長さんは教えてくれました。
「ロープを手繰って十六メートルほど進んで挫折だったかな? 現時点ではこの縦穴とお湯が溜まった部分だけしか知られていないわけだけど…。実はこの先に」
中継画面がパッと切り替わり、観光で行くような大きな鍾乳洞が現れました。サイオンで明るさを補っているらしく、天井までもがハッキリ見えます。広大な洞内にはお湯の川が流れ、温泉を湛えた地底湖だか池だかが点々と…。
「「「……スゴイ……」」」
「だろ? ここの存在は誰も知らない。湯加減と泉質はもう最高だし、行くなら穴場だと思うんだけどね?」
地底の温泉で遊び放題、と聞いた私たちは万歳三唱。でも、宿とかはどうするのでしょう? ゴールデンウィークだと何処も予約で一杯なのでは…。
「その心配も要らないさ。マツカ、この洞窟の場所なんだけど…」
最寄りの駅の名前がコレで、と会長さんに声を掛けられたマツカ君が「ああ、それなら…」と執事さんに電話をかけて、間もなく別荘確保です。いろんな所に別荘のあるマツカ君と友達でホントに良かった、と再び万歳。美味しい食事も期待出来ますし…。
「…いいねえ、今年は温泉だって?」
「「「!!?」」」
ぼくも行きたい、とフワリと翻る紫のマント。忘れてましたよ、ソルジャーを! シャングリラ号へ行く時には絶対来ないと分かってますから、ゴールデンウィークの計画は大抵ソルジャー抜き。それだけにキッパリすっかり忘れていたのに、来ちゃいましたか、そうですか…。
誰も知らない洞窟温泉と聞いたソルジャーの顔は輝いていました。おまけにマツカ君の別荘つき。来なければ損だと思ったらしく、キース君のための慰安旅行を乗っ取る気持ち満々で。
「なんだか凄い温泉だねえ…。ブルー、どうやって見付けたわけ?」
「えっ、それは…。フィシスと行った洞窟温泉も良かったんだけど、あっちは普通の洞窟でさ…。どうせなら鍾乳洞だと良かったのに、と調べまくっても無いんだな、これが」
この国で温泉の湧く鍾乳洞はコレだけらしい、と中継画面を縦穴の入口に切り替える会長さん。
「これじゃお風呂にはならないし…。だけど相手は鍾乳洞だ。奥へ行けば広がる可能性もゼロではないな、とサイオンで先を探っていったら巨大な洞窟風呂に出たんだ」
だけどフィシスと行くのはちょっと…、と会長さんはブツブツと。
「ここじゃ設備が足りなさすぎる。ぼくの女神を連れて行くには湯上り用のシャワー完備でアメニティグッズやタオルなんかも充実している施設でないと…。野趣あふれるのはダメだってば」
「…そんなものかな? ぼくは全く気にしないけど」
ハーレイも連れて来てもいいよね、との言葉にズズーン…と落ち込む私たち。バカップルとの旅のキツさは骨身にしみて沁みまくっています。また来るのか、と泣きたいですけど、もはや手遅れというもので…。
「マツカ、ぼくたちが泊まれる部屋もある?」
「ええ、ご用意させて頂きますよ」
広さは充分ありますから、とマツカ君が答え、私たちが涙目になった時。
「…そうだ、ハーレイも呼んじゃおう!」
会長さんが声を上げました。
「ブルーたちが来てしまうんなら、キースの慰安旅行どころじゃないし…。この際、ハーレイを地獄の道連れってね」
「あんた、正気か!?」
教頭先生と風呂に入る気か、とキース君が突っ込むと、会長さんは。
「それはもちろん。…ただしタダでは入らせないよ? ハーレイには娯楽を提供して貰う。見事に温泉まで辿り着けたら一緒に入浴するってことで」
「「「は?」」」
「ケービングをして貰うのさ。いわゆる洞窟探検ってヤツ!」
まずは立ち入り禁止の柵を乗り越えて入るトコから、とブチ上げられて全員が絶句。ケービングといえば洞窟探検、あの縦穴と底に溜まった温泉を突破するのが一緒に入浴の条件ですか~!
教頭先生を巻き込むと決めた会長さん。その夜、会長さんの家でソルジャーも交えての夕食の席に教頭先生が招かれました。夕食のメニューは味噌ちゃんこ。和気あいあいと鍋を囲んで盛り上がった後、会長さんが徐に…。
「ハーレイ、君を招待した理由なんだけど…。ゴールデンウィークは暇だった?」
「ああ、特に予定は入れていないが…。シャングリラ号も問題は無いし」
「それは良かった。ぼくたちと一緒に温泉旅行に行かないかい?」
マツカの別荘に泊まって洞窟温泉、と切り出された教頭先生は二つ返事で即答でした。毎年、春のお彼岸の慰安旅行に同行なさっていますけれども、あの旅は教頭先生がスポンサー。美味しい思いが出来る代わりにお財布の方は大打撃です。でも今回の旅はマツカ君持ち。
「喜んで参加させて貰おう。…気にかけて貰えるとは嬉しいものだな」
「どういたしまして。ただ、行き先がちょっと変わっていてねえ…」
こんな感じで、と壁に昼間見たのと同じ洞窟の入口がパッと。
「ここを乗り越えないと温泉に辿り着けないんだよ。見てのとおりの縦穴洞窟で、底にはこういう温泉プール。これを潜ってずーっと行った先に、こんな場所がね」
映し出された大洞窟に教頭先生が息を飲んでおられます。
「…これは見事な温泉だな…。瞬間移動で行けるわけだな?」
「ぼくたちはね」
君はケービングを頑張って、と会長さんは見惚れるような笑みを浮かべました。
「タイプ・グリーンのシールド能力はタイプ・ブルーに匹敵する。温泉プールを何十メートルも潜って泳いでも全く問題ない筈だ。それに水泳は得意だろう?」
「ま、待ってくれ! 私に自力で辿り着けと!?」
「そういうこと! 入口の柵も乗り越えるんだよ、縦穴もキッチリ下るんだね。まあ、飛び込んだって結果は同じなんだけど…。温泉プールが深いから怪我の心配は全然無いし」
根性で辿り着くように、と告げられた教頭先生は唖然呆然。そこへ会長さんのダメ押しが。
「それとね、お風呂マナーは守ってよ? 辿り着いた後にかかり湯もせずにドボンは禁止! 湯桶とか石鹸も持参して貰う。防水の袋に入れて持ち込むか、シールドするかは御自由にどうぞ」
「……そ、そこまでしないといけないのか……」
「嫌なら来なくていいんだけれど?」
「いや、行く! お前と風呂に入れるチャンスだ、根性を見せて辿り着く!」
行くぞ、と燃え上がる教頭先生の闘志。…洞窟温泉旅行、どんな展開になるのやら…。
こうして決まったゴールデンウィークのお出掛けまでの間、キース君は毎朝、たった一人で元老寺の境内を掃除し続けました。戒名ダブルブッキングのキツさを嫌というほど思い知らされたみたいです。でも実際につけちゃうよりかはマシだと言えるらしくって。
「お疲れ様、キース。いよいよ慰安旅行だねえ」
よく頑張ったよ、と温泉行きの電車の中で会長さんが労いを。
「若干面子が増えちゃったけど、慰安旅行には違いない。もしもホントに同じ戒名をつけててごらんよ、悲惨だよ? 檀家さんの信用は失せるし、悪い噂は流れるし…。それくらいなら境内の掃除と面子が増えた慰安旅行で我慢ってね」
「…分かっている。昨夜、親父にも散々言われた。旅の間に銀青様に叱って貰えとも言ってたな。だが、叱られる前にこの面子では…」
俺は既に罰を受けている、と呻くキース君の視線の先ではソルジャー夫妻が並んで座って駅弁の食べさせ合いの真っ最中。お箸で「あ~ん♪」だけならともかく、口移しまで…。
「はい、ハーレイ。美味しいよ、これ」
「ありがとうございます。あなたの唇ごと頂きますよ」
「「「………」」」
バカップルめ、と睨み付ける私たちとは真逆の反応が教頭先生。涎の垂れそうな顔でソルジャー夫妻のイチャつきぶりを見ておられます。会長さんがチッと舌打ちをして。
「…ぼくまで罰を受けているような気がするよ。ブルーはアレが基本だけれども、見惚れるハーレイに腹が立つったら!」
「だが、誘ったのはあんただぞ?」
「そりゃそうだけど…。洞窟温泉に辿り着くまでは笑いの代わりに涙が出そうだ」
バカップルを見るとハーレイの妄想が更に爆発するのを忘れていた、と会長さんは悔しそう。教頭先生だけは瞬間移動で現地で合流で良かったかもです。
「マツカに手配して貰った貸し切り車両も妄想バカには勿体ないよ。デッキどころか連結部に放り出したい気分」
でなきゃ満席の自由席だ、と文句たらたらの会長さん。ゴールデンウィークだけに乗車率が高いですから、教頭先生が自由席に行ったら通行の邪魔だと思うんですけど…。
「分かってるってば、だからデッキか連結部! 座席なんて贅沢すぎるんだよ、うん」
ここまでボロカスに言われる教頭先生、洞窟温泉に着いたらどうなるのでしょう? 私たちは瞬間移動で素敵な温泉に移動ですけど、教頭先生はケービングですよね?
洞窟温泉に近いマツカ君の別荘に着くと、執事さんが迎えてくれました。山の別荘に似た二階建の洒落た建物には暖炉を備えた立派なホールやダイニングルーム、ゲストルームも充分に。二泊三日の行程ですから洞窟温泉は明日に行く予定。そして…。
「今日は露天風呂に行かないかい?」
会長さんの提案で別荘から近い温泉施設に出掛けることになりました。なんでも洞窟温泉の縦穴に湧いているのと同じ泉質のお湯なのだそうで、これは気分が盛り上がります。
「行く、行く!」
ジョミー君が賛成し、私たちも。マイクロバスを出して貰って露天風呂だの大浴場だのと満喫する間に、ソルジャー夫妻は貸し切りのお風呂に入ったそうです。帰りの車内では至極ご機嫌、夕食の席でも危ない発言が出まくりで。
「素敵だったよ、あのお風呂! 青の間のバスルームも悪くないけど、広いと気分が違うよね」
「ええ、ブルー…。私も身体を存分に伸ばせますからね」
「君のパワーを活かし放題、存分にヤれるって最高だよ、うん」
明日の洞窟風呂にも期待、と大はしゃぎのソルジャーに会長さんが出したレッドカードは十枚を遙かに超える勢い。しかしソルジャーは退場どころか騒ぐ一方、教頭先生は鼻にティッシュで。
「……あのねえ……」
いい加減にしたまえ、と会長さんの地を這う声が。
「ハーレイにどれだけ鼻血を噴かせりゃ気が済むんだい?」
「えっ? 別にいいじゃないか、鼻血くらいは毎度のことだし」
「明日のケービングに差し障るんだよ!」
貧血で倒れられたらケービングどころではないんだから、と会長さんは怒り心頭。
「ぼくはハーレイに大いに期待してるんだ。水を差さないでくれたまえ!」
「…そうなんだ……。一緒にお風呂に入りたいんだね?」
それならやめる、と猥談もどきにストップが。
「君とハーレイの仲が深まるチャンスを邪魔はしないよ、馬に蹴られて死にたくはないし」
ねえ、ハーレイ? とソルジャーが呼んだ相手はキャプテンの方で、その場で始まる熱いキス。喋りが止んだら次はコレか、と額を押さえる私たちなど目に入らないバカップルはイチャつき三昧です。それはともかく、会長さんの教頭先生への期待って……絶対、お風呂じゃないような気が…。
翌日、朝食を終えた私たちは別荘の広間に集合しました。洞窟温泉を満喫するためのタオルやサンダル、昼食用のランチボックス、他にも荷物が沢山です。執事さんはサイオンを持つお仲間ですから、瞬間移動でお出掛けしても全く問題ありません。その一方で…。
「…ブルー、頑張って辿り着くからな!」
待っていてくれ、と決意表明をする教頭先生の荷物はケービング用のロープの他に湯桶などのお風呂グッズで溢れています。その教頭先生が玄関へ向かわれるのを見送った後で…。
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
元気一杯の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の号令を合図に会長さんとソルジャー、合わせて三人分のタイプ・ブルーのサイオンが。パアァッと青い光が溢れたかと思うと、そこは広大な鍾乳洞でした。
「「「うわぁ……」」」
広い、と叫んだ声があちこちに木霊する神秘の空間。会長さんたちがサイオンで調整してくれているらしく、青の間みたいに美しく照らし出された鍾乳石や地底湖が。
「えーっと…。お湯の川は見れば分かるよね?」
アレは安全、と会長さん。
「深くもないし、熱くもないよ。…地底湖の方はバラエティ豊かだから気を付けて。殆どはさほど深くないけど、向こうのはちょっとヤバめかも」
縁は浅いけど真ん中が底無し、と教えられて背筋に冷たいものが。
「ぶるぅやぼくなら平気だけどねえ、君たちは入らない方がいい。とはいえ、度胸試しで入って沈んでも救助するから、お好みでどうぞ」
「ふうん? そういうヤツならぼくたち向けかな」
貸し切りにしてもかまわないかい? とソルジャーの赤い瞳がキラキラと。昨日の温泉施設でのことを考え合わせるとロクなことではなさそうですけど、追い払えるならそれも良きかな。会長さんもそう思ったらしく。
「…貸し切るんならシールドしてよ? もちろん音もね」
「分かってる。これだけ声がよく響くんだし、本当はシールドしたくないけど…」
ハーレイとの素敵な時間を確保するために譲歩するよ、とウインクしたソルジャーはキャプテンと連れ立って奥の底無し温泉へと。さて、邪魔者は追っ払いましたし…。
「まずは普通にお風呂かな? 女子がそっちで、男子がこっち」
会長さんが指示し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ お風呂の用意だね!」
荷物の中から出ました、着替え用のテントや仕切り用の組み立てカーテンやら。スウェナちゃんと私は「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒に天然の洞窟風呂に浸かって大満足。ジョミー君たちの歓声も聞こえてきますし、男湯も湯加減、最高でしょうね。
お風呂の次は水着に着替えて大きな地底湖で温水プール。途中でソルジャーとキャプテンもやって来ましたが、泳ぐよりは貸し切り風呂でイチャつく方が良かったとみえて間もなく姿を消しました。そんな中、会長さんがニヤリと笑って。
「…ふふ、ハーレイがようやく入口に着いたようだよ」
「「「え?」」」
まだ入口にも着いてなかったんですか、教頭先生? そういえば別荘からの距離、かなり離れてましたっけ…。それに洞窟の入口までは道なき道の急斜面を登らなくてはいけないらしく。
「急斜面というよりアレだね、道に迷ったみたいだねえ? 地図は渡したけど目印も無いし…。これから柵を乗り越えるらしい」
こんな感じで、と現れた中継画面では教頭先生が洞窟の入口を囲んだ鉄柵を乗り越える所でした。立ち入り禁止の看板を無視して入った教頭先生、背中のリュックから縦穴を下りるためのロープを引っ張り出しておられますけど…。
「「「あーーーっ!!!」」」
運が悪いとはこういうことを言うのでしょう。不安定な足場で作業中だった教頭先生、足を滑らせて真っ逆さまに縦穴へ。ドッパーン! と派手な水音が聞こえ、切り替わった画面では真っ暗な洞内の水面で立ち泳ぎする教頭先生が…。
「…お、おい! 救助しないとヤバイだろうが!」
暗いと荷物も見えないぞ、と叫んだキース君に、会長さんは。
「平気だってば、サイオンを使えば見えるだろ? ほら、ちゃんとリュックを開けてるし」
「「「…本当だ…」」」
教頭先生は立ち泳ぎしながらリュックを開けて中から湯桶を出し、そこに石鹸とタオルを入れると頭の上にしっかりと括りつけました。他の荷物はリュックごと手近な岩にロープで結び、やおらシールドを張ると温泉プールへ。
「あのまま潜って来る気だよ。落ちたはずみに開き直ってしまったらしいね、お風呂グッズさえ揃っていれば問題ないと」
辿り着くのも時間の問題、と呆れた口調の会長さん。中継画面の教頭先生は温泉プールから鍾乳洞に繋がる地下水路を力強く泳いでいます。頭の湯桶が間抜けですけど、泳ぐ姿は逞しいかな?
タイプ・グリーンにしてシャングリラ号のキャプテンでもある教頭先生。サイオン能力は流石に高く、真っ暗闇の筈の水路を迷わずに泳ぎ抜け、私たちがいる鍾乳洞へと辿り着きました。
「おーい、ブルー!!」
来たぞ、と遙か向こうで手を振る教頭先生に、会長さんが大きな声で。
「お風呂マナーは守ってよ? そっちに川があるだろう?」
「分かった! まずはかかり湯だったな」
待っていてくれ、と濡れた服を脱いでおられるのが分かります。やがてザバーッと水音が響き、会長さんがクスクスと。
「引っ掛かった、引っ掛かった。素っ裸で身体を洗っているよ」
ぼくとお風呂に入るためには身体を綺麗に磨かないと、と嘲笑っている会長さんは水着姿。スウェナちゃんも私も他の男子も「そるじゃぁ・ぶるぅ」も、只今、水着を着用中です。なにしろ今日のメインイベントは鍾乳洞の温水プール! 泳いだ後にはもう一度お風呂に入るでしょうけど…。
「会長、これからどうするんです?」
教頭先生、裸ですよ? と尋ねたシロエ君に会長さんが「シッ!」と。
「いいかい、女子は肩まで、男子は腰より上までお湯の中に……ね。水着だとハーレイにバレないように」
「「「……???」」」
奇妙な指示ですが、まあいいか…。これじゃ混浴みたいだけれど、と肩まで沈めると、間もなく腰をタオルで隠して湯桶を抱えた教頭先生が大股でズカズカと近付いて来ました。
「待たせたな、ブルー。…おや、ここは混浴だったのか?」
女子もいたのか、と教頭先生は少し頬を赤らめたものの、湯桶を地底湖のプールの傍らに置くと。
「では、失礼して…。ブルー、お前の隣に入っていいな?」
腰タオルを解き、頭に乗せる教頭先生。スウェナちゃんと私の視界にはモザイクがかかり、真っ裸の教頭先生が会長さんの隣に足を浸けた途端。
「痴漢ーーーっ!!!」
会長さんの絶叫が響き、教頭先生は哀れ尻餅を。頭のタオルが落ちて辛うじて股間を隠しましたが、会長さんはギャーギャーと。
「なんでプールに裸で来るのさ、こっちは温水プールだってば!」
「…ぷ、…プール……?」
なんだそれは、と掠れた声の教頭先生に会長さんがザバーッと立ち上がって。
「ほら、水着! 他の子たちも全員水着さ、混浴なんかじゃないんだからね! その格好で入るんだったら向こう側だよ、ブルーの頭が見えるだろ!」
スケベ、エロ教師、と罵倒されまくった教頭先生は大パニックで駆け出してゆき…。
人間、慌てふためくと周りが見えなくなるようです。会長さんが指差したソルジャー夫妻が入っている貸し切り風呂と、私たちの温水プールの間にはカーテンで仕切られた仮設の男湯と女湯の他にも浅い地底湖が幾つかありました。なのに…。
「し、失礼したーーーっ!!!」
出直してくる、と真っ赤になった教頭先生、タオルで前を隠すのも忘れて一目散に貸し切り風呂へと突っ走り…。
「お邪魔させて頂きますーっ!」
ドボン! と飛び込んだ貸し切り風呂でソルジャー夫妻が何をしていたのかは分かりません。なにしろ音声はシールドされていた状態ですし、姿の方も「いる」としか分からない有様。ですから教頭先生が何を見たのか、何を聞いたのか、分かる人は誰もいないのですけど…。
「ブルーーーッ!!」
ソルジャーの会長さんを呼ぶ大きな声が。
「何さ!?」
「邪魔されたんだよ、お風呂男に!!」
なんかタオルだけ浮いているけど、と聞こえてビックリ仰天の私たち。タオルだけって…それじゃ教頭先生は? まさか底無しの地底湖とやらに落ちたのか、とプールから上がって走ってゆくとソルジャー夫妻がお風呂から頭だけを出しています。
「……困りましたね、ブルー…」
「だよねえ、これじゃ出られもしないや…」
いい所だったのに邪魔をされるし、このまま出たらレッドカードだし…、と文句を垂れるソルジャーに会長さんが。
「服ならサイオンで着られるだろう! それよりハーレイはどうなったのさ!」
「…ん? それがねえ……」
その辺もあって出られなくって、とソルジャーの笑みがニンマリと。
「凄い勢いで飛び込んで来て、足を滑らせてドッパーン! とね。でもって深みにはまる途中で、運よく見ちゃったものだから…」
「何処まで見られていたのでしょうねえ…?」
私はあなたに夢中でしたし、とキャプテンがソルジャーの頬にキスをしています。えーっと、それってつまり、教頭先生は大人の時間なソルジャー夫妻を目撃したと?
「多分ね」
それでもって今も期待に満ちたまま潜水中、と片目を瞑ってみせるソルジャーの言葉に、会長さんの怒りが炸裂。
「ハーレイのスケベーッ!!!」
ザッパーン!!! と噴き上がった水飛沫ならぬお湯飛沫。底無し地底湖でもタイプ・ブルーのサイオンが炸裂した時は思い切り逆流するようです…。
「…で? 何処が潜水中なんだって?」
腰にタオルを掛けられた姿で仰向けに横たわる教頭先生は完全に気絶していました。会長さん曰く、教頭先生の記憶はソルジャー夫妻の貸し切り風呂に飛び込んで以降は真っ白だそうで、探ろうにも中身が無いらしく。
「ぼくが思うに、君たちの姿で思考回路はショートだね。そのまま鼻血コースに走る代わりに底無し池にドボンしちゃったみたいだけれど?」
君たちを観察する余裕なんかは無かった筈だ、と会長さんがツンケンと言えば、ソルジャーは。
「…そうかなぁ? 君のサイオン大爆発のショックで記憶を手放しちゃっただけだと思うよ、持ってたらヤバイ記憶だからねえ…。なにしろぼくとハーレイが」
「その先、禁止!」
余計なことを口にするな、と睨まれたソルジャーの姿は今も貸し切り風呂の中。サイオン大逆流の最中もシールドを張ってキャプテンと共に持ち堪えただけに、出る気は全く無いらしく。
「…どうでもいいけど、こっちのハーレイを連れて向こうへ行ってくれないかな? ぼくたちは邪魔をされたんだからね」
仕切り直しでヤリまくるしか、とキャプテンを引き寄せ、たちまち始まるディープキス。うーん、教頭先生、やっぱり何かを見ちゃったのでしょうか…。
「どうだろう? 沈んだだけならマシなんだけどねえ、絶対に何も見ていないという保証も無いかな、ハーレイの場合」
そこが困ったトコなんだ、と会長さんは深い溜息。
「記憶も飛ぶほどの何かを見たって可能性もゼロではないんだよ。ついでにブルーの心はぼくにも全く読めないし…。もしも本当に潜水しながらブルーたちを観察していたんなら…」
もしもそうなら許せない、と拳を握った会長さんの瞳に激しい怒りの色が。
「疑わしきは罰せよ、だっけね。気絶したまま置いていく! 自力で洞窟、決死の脱出!」
「「「えぇぇっ!?」」」
疑わしきは罰せずでは、という私たちの主張は会長さんに却下されました。
「いいかい、戒名のダブルブッキングと同じで許されないことはあるものだよ。疑わしい戒名は決してつけない姿勢が大切、つけた場合は厳罰ってね。…旅行の切っ掛けが戒名ダブルブッキングなんだし、ぼくもハーレイを許す気は無いさ」
帰る時間までに目覚めなかったら置いて帰ろう、と会長さんは温水プールへスタスタと。ソルジャー夫妻は貸し切り風呂でイチャついてますし、教頭先生、決死の脱出コースでしょうか? そうならないよう、プールで時間を稼ぎますから、なんとか目覚めて下さいね~!
お風呂な洞窟・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
お風呂な洞窟、実は存在するのです。本当に鉄柵で囲まれた穴の中から湯気がフワフワ。
ただし、奥がどうなっているかは謎です、まだ探検した人がいないのでした…。
来月はアニテラでのソルジャー・ブルーの祥月命日、7月28日が来ます。
毎年恒例、7月は 「第1&第3月曜」 の月2更新でございます。
次回は 「第1月曜」 7月6日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、6月はソルジャーがスッポンタケを養子にするべく奮闘中…?
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