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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

好き嫌いを探しに

「ブルー」
「ん?」
 ハーレイと向かい合わせでの昼食。此処はブルーの部屋だったから、二人きりでの昼食である。休日にハーレイが訪ねて来てくれると、昼食は大抵、このパターンだ。ブルーの母が頃合いを見て食後のお茶を持ってくるまで、ゆっくり食事を楽しむのだけれど。
 ハーレイが手を止めてブルーの顔を覗き込むから、ブルーの食事の手も止まった。
「ハーレイ、ぼくがどうかした?」
「いや…。お前、何でもよく食べるな」
「えっ?」
 思いもよらない言葉にブルーは自分の前に置かれた昼食の皿に目をやり、首を傾げた。ピラフとスープと、それからサラダ。ハーレイのピラフは大盛りだったが、ブルーの分はお子様ランチかと思われそうなほどの量しかない。スープもサラダもハーレイの分よりずっと少ない。
 どう見ても「少なめ」でしかない食事なのに、よく食べるだなどと言われても…。
「ああ、違うんだ。俺が言うのは量じゃなくてだ、お前は食べる量が俺よりも少ないってだけで、実に何でも食べるよな…と思ってな。好き嫌いは無いのか、お前?」
「そう言えば…。無いね」
 ハーレイと再会してから何度も一緒に食事をしてきた。ブルーの家での昼食と夕食、ハーレイの家で一度だけ御馳走になった昼食。どれも盛り付けられた分は食べたし、普段の食事も特に嫌いなものは無い。料理も、むろん食材も。
「パパとママにもよく言われるよ。小さい頃から好き嫌いが無い子供だったから、身体が弱くても大きな病気はしないのかも、って」
「なるほどなあ…。俺も好き嫌いは全く無いんだが、この身体だから不思議がるヤツがいるわけが無いし、自分でも特に何とも思わなかった。しかしだ、お前も好き嫌いが無いとなるとだ」
 これは前世のせいかもな、と言われてブルーは目を丸くした。
「そっか…。そうかもしれないね」
 思ってもみなかった前の生の自分。ソルジャー・ブルーであった頃の自分…。



 前世でハーレイと共に暮らしていた白い船。あのシャングリラがミュウたちの楽園になるまでは長くかかったし、アルタミラを脱出して間もない頃には様々な苦労をしたものだ。
「うん、あの頃は好き嫌いどころじゃなかったよね。食べ物はあるだけで有難い、って」
 最初の間はシャングリラの前身であった船に積み込まれていた食料だけ。それが無くなりそうになった頃、ブルーが近くを航行していた輸送船から食料をコッソリ盗み出した。食材を選ぶ余裕は無いから、コンテナの中にあった分が全て。
 食料が無くなってくればブルーが出掛けて調達する。そういう日々が長く続いた。食料を詰めたコンテナの中身は非常食ばかりの時もあったし、やたらジャガイモだけが多かったりもした。
「ふふ、思い出した。来る日も来る日もジャガイモだらけの食事とかさ」
「あったな、まるごと全部がジャガイモだったら悲惨だったろうな」
「流石にそれだと再調達だよ、どうにもならない」
「まったくだ。芋だけでは栄養が偏っちまうからなあ…」
 ジャガイモ尽くしの他にもキャベツだらけで急いで食べねばならなかったことや、大量の牛肉に喜んだものの皆が食べ飽きてしまったことや。今となっては笑い話な食材の話は沢山あった。
「でも、ハーレイ。…食べ飽きたり出来るだけマシだったんだよね、アルタミラよりは」
「ああ。アルタミラは本当に酷かったからな」
 人間扱いされていなかった研究所。実験動物に過ぎないミュウの食事など餌でしかない。しかも実験動物なのだから家畜以下であり、肉体の質を高めるための餌は与えて貰えなかった。
「ハーレイが大きく育ったんだし、栄養は足りていたんだろうけど…。何も選べなかったよね」
「基本がシリアルだったしなあ…。後はせいぜい、パンとスープか」
「そう。おかずがついたら大御馳走でさ、どんなものでも嬉しかったよ」
 調理されて器に盛られた料理は餌ではないと思えたから。成人検査よりも前の記憶は欠片すらも残っていなかったけれど、餌と食事の違いくらい分かる。
 味の良し悪しは気にしなかった。熱を通して味が付けてある、それだけで食事なのだと思えた。いつも同じなパンとスープやシリアルとは違う、ヒトの食べ物。
 研究員たちにそういう意図があったかどうかは分からなかったが、特別な食事。ブルーは喜んでそれを食べたし、ハーレイも同じだったという。実験動物から人に戻れる時間。
「俺たちはアレを美味いと思って食っていたしな…」
「本当に美味しかったもの。独りぼっちの食事だったけど」
「違いない。檻の中で黙々と食うだけだったな」
 誰とも会話を交わすことなく、餌を与えられるだけの食事の時間。それでも料理と呼べるものが出て来ると嬉しかった。動物から人に戻れたようで。自分は今も人間なのだと思うことが出来て。



 アルタミラから辛くも脱出したものの、シャングリラでの食事も最初の間は大変だった。外から調達する方法はリスクが高いと自給自足を目指しはしたが、軌道に乗るまで試行錯誤の繰り返し。既にキャプテンだったハーレイの元には頭の痛い報告が殺到していたものだ。
「シャングリラもなあ…。最初は本当に苦労したよな、あれが採れすぎたとか、足りないだとか」
「野菜がきちんと採れるようになるまでは卵も船の中では無理だったものね」
「家畜も魚も餌が要るしな。あんな頃でも、お前がきちんと食べてくれたから嬉しかった。お前が育っていくのを見るのが嬉しかったな、栄養が足りてる証拠だからな」
「…スープしか飲まない日もあったけど?」
 君のスープ、とブルーは笑う。ハーレイが野菜を細かく刻んで煮込んでくれた野菜のスープ。
「あれもなあ…。もうちょっと何かあったならなあ、もっと美味いのを作れたんだが」
「ぼくはあの味が好きだったよ。…だから最初のままのが良かった」
「お前、頑固にそう言ったからな。それで何ひとつ工夫を凝らせないまま今に至る、と」
 ハーレイが作る「野菜スープのシャングリラ風」は今もブルーの好物だった。基本の調味料しか使わないから、ブルーの母が何かと口を出したがるそれ。ブルーが体調を崩した時に、ハーレイが見舞いがてら作りに来てくれるスープ。
「あのスープ、ホントに好きなんだもの。でも…。ぼくってどうして育たないのかな、ハーレイに会ってから頑張ってるのに。きちんと食べてミルクも飲むようにしてるのに…」
「今に育つさ。そしてとびっきりの美人になるんだ、誰もが振り返って見るくらいのな」
 そしてその美人は俺のものだ、とハーレイは片目を瞑ってみせる。
 育ったブルーは自分一人だけのものなのだから、他の人間には見ることだけしか許さないと。



「なあ、ブルー。いつかお前が大きくなったら、俺たちの好き嫌いを探しに行こうか」
「なに、それ?」
 ブルーはキョトンとした顔でハーレイを見た。好き嫌いを探しに行くとは何だろう?
「好き嫌いさ。この世の中にはいろんな食べ物があるらしいしな?」
 SD体制の頃と違って、とハーレイがブルーに微笑みかける。
「あの頃は何処の星でも似たような物を食ってたらしいが、今はこの地球だけでも何種類の料理があるんだか…。何処の地域も独自性を出そうとSD体制前の資料まで調べて頑張ってるぞ」
「そうだね。ぼくたちの住んでる所は和風を目指してるんだよね」
「何処まで昔のとおりか知らんが、俺たちが見たことも無かった料理も沢山あるしな」
「うん。少なくともシャングリラに昆布出汁は無かったよ」
 魚は養殖していたけれども、海藻までは手が回らなかった。回ったとしても、昆布からスープの材料が取れるという知識を持たなかった。昆布出汁を使った料理は今の生で生まれて来た地域では珍しくはなく、本物の地球の海で育った昆布を元にして透明なスープが作られる。
「昆布出汁なあ…。あれは本当に聞いたことすら無かったな、前は」
「ぼくは昆布も知らなかったよ」
「俺もだ。アルテメシアにも海はあったが、昆布が生えていたかどうかも知らん」
「海藻はあったけど、昆布はどうかなあ…」
 ブルーはユニバーサルに追われるミュウを救出する途中で海に何度か潜った。自分たちが目指す地球を覆う海もこの海とよく似ているのだろうか、と頭の何処かで思っていた。地球が死に絶えた星のままだとは考えもせずに、その青い海を夢に見ていた。
 アルテメシアの海の底でゆらゆらと揺れていた何種類もの海藻。あれは植物園の植物と同じで、見るためだけのものだったろうか。たとえ昆布が生えていたとしても、それが食べられる海藻だということを誰も知らないままだったろうか…。
 遙か遠くに過ぎ去った昔。アルテメシアの海を見ていたブルーはもういない。ソルジャーだったブルーはメギドで死んで、蘇った地球に生まれ変わった。それなのに今の生でも好き嫌いを感じたことが無いとは、前の生でどれほどの辛酸を嘗めていたのか…。
 ブルーは少しだけ悲しくなった。ハーレイと二人、青い地球の上に生まれて出会って、こんなに幸せに生きているのに、前の生を自分でも知らない所で引き摺ってしまっているのかと。
 その思いを読み取ったかのように、ハーレイがもう一度、ブルーに言った。
「お前の好き嫌いを探しに行こうじゃないか。もちろん俺の分も一緒に探すぞ」



 いつか、とハーレイの鳶色の瞳が細められる。
「いつかお前と結婚したらだ、あちこちに食べに行かないか? この地域だけじゃない、それこそ地球のいろんな所へ出掛けて行くんだ、好き嫌いを探しに」
 きっと何処かに一つくらいはあると思うぞ、俺たちでも「嫌い」と言うようなものが。
 茶目っ気たっぷりに煌めく瞳に、ブルーは「うーん…」と首を捻った。
「そんなの、あるかな? だって、ぼくたちだよ?」
 初期のシャングリラで長く耐乏生活をして、アルタミラでは家畜にも劣る扱いで。どんな物でも口に入れられる物は必ず食べたし、好き嫌いなどありはしなかった。今の平和な地球で調理された食材が口に合わないだなんて、まず有り得ないとブルーは思うのだけれど。
 ハーレイの方はそうは思わないらしく、自信たっぷりに返してきた。
「何処かにはあるさ。そうでなければ、人生、つまらん」
「そんなものなの?」
 驚くブルーに「そうさ」とハーレイは親指を立てる。
「前の俺たちには好き嫌いをするだけの余裕が無かった。そんな環境でもなかったしな。しかし、今の俺たちはそうじゃない。人並みに好き嫌いってヤツを作りたいじゃないか」
「好き嫌いって、作るものなの?」
「ああ。嫌いが無ければ好きでもいい。もう一回あれを食べたいってヤツを見付けるとかな」
「いいね、それ。ぼくにそういう食べ物が出来たら、作ってくれる?」
 ブルーは期待に瞳を煌めかせた。料理は得意だと聞くハーレイ。野菜スープのシャングリラ風は昔と同じ味だし、一度だけ訪ねたハーレイの家で出て来たシチューも美味しかった。二人で旅して見付けた料理をハーレイが再現してくれたなら、どんなに素敵なことだろう。
 そのハーレイもまた、ブルーのおねだりが嬉しかったらしく。
「もちろんだ。腕によりをかけて作ってやるさ」
 自信満々で答える姿に、ブルーの中に悪戯心が生まれて来た。それをそのまま口にしてみる。
「其処でしか獲れない魚とかなら、どうするの? 取り寄せたって、きっと美味しくないよ」
 獲れたての魚と、そうでない魚はやっぱり違う。好き嫌いの無いブルーだけれども、同じ魚でも刺身で食べるなら新鮮な方が断然いい。そう思ったから魚と言った。ハーレイを少し困らせるにはピッタリのものだと思ったから。
 けれどハーレイは事も無げにサラリとこう告げた。
「二人で何度でも食べに行けばいいさ。それが出来る自由ってヤツも手に入れたんだ、俺たちは」



 海の幸でも山の幸でも、一年の間のほんの僅かな時期しか手に入らない食材でも。それを食べるために何度でも出掛けてゆける。何処へでも二人で旅が出来る、とハーレイが語る。
「そうだろう、ブルー? 俺たちは何処へでも行けるんだ。シャングリラでしか生きられなかった時代は終わって、もう俺たちは自由だろうが」
「うん。…うん、そうだね」
「おまけに寿命もたっぷりとあるぞ? この俺だって平均寿命には三百年以上足りないしな」
 たとえ百歳で結婚したって二百年以上も旅が出来る、とハーレイはブルーの瞳を見詰めた。
「いいか、二百年以上だぞ? 俺たちが白い鯨になったシャングリラで旅をしたのと同じくらいに長い時間だ。それも結婚が俺が百歳の時だった時の話で、実際はもっと早いだろうしな」
「…ぼくの背、全然伸びないんだけど…」
「俺は今、三十七歳なんだ。百歳までには六十年もかかるわけでだ、いくらお前でも六十年かけて二十センチってことは無いだろう。長くて三十年ってトコだと思うぞ」
「さ、三十年!?」
 酷い、とブルーは悲鳴を上げた。そんなに待てるわけがない。
「三十年も待つくらいだったら、小さくっても結婚するよ! 十八歳で結婚出来るんだから!」
「分かった、分かった。もしもお前がチビのままなら、適当なトコで貰ってやるさ」
 その代わり結婚してもキスは無しだぞ、と言われたけれども、ブルーは頷く。キス無しだろうが本物の恋人同士になれなかろうが、ハーレイと一緒に暮らせるだけで幸せだから。結婚しない限りその幸せは決して訪れはしないから…。
「約束だよ、ハーレイ? ぼくが小さくても結婚してよ?」
「それはかまわんが、俺としては育った方がいい。見せびらかして歩きたいしな、美人のお前を。好き嫌い探しの旅の先でも見せびらかすのさ、このとびっきりの美人は俺のものだ、と」
 旅をしよう、とハーレイが誘う。足の向くまま、気の向くままに、前の生では叶わなかった好き嫌いをするために食べ歩くのだと。
 前の生でブルーが行きたいと焦がれ、ハーレイが懸命に目指した地球。その地球の上をあちこち旅して、名物を食べて、景色を眺めて。
 気に入った物をまた食べるために、気に入った場所をまた訪れるために、同じ場所へも出掛けてゆく。もちろん新しい場所も訪ねて、お気に入りを増やしてゆくのだと。好き嫌いも増やして味に文句を零してみたり、舌鼓を打って「また食べたい」と記憶に刻み付けるのだと…。



「ねえ、ハーレイ。…景色より食べる方が先?」
「可笑しいか? まずは俺たちが失くしちまった好き嫌いを探すのが肝心だろうが」
 それに、とハーレイは大真面目な顔で古典の教師らしく古い諺を挙げた。
「花より団子、と習わなかったか? 見て綺麗なだけの花よりもだ、食って美味い団子の方が役に立つんだと言うだろう。景色は綺麗なだけなんだからな、名物を食うのが正解だ」
「そっか、そういうものなんだ…」
 ブルーは素直に納得したのに、教えたハーレイがプッと吹き出す。
「こらっ、其処で信じるヤツがあるか! 今のは俺のこじつけってヤツで、花より団子の使い方としては微妙なトコだな。テストでお前が書いて来てもだ、丸をつけつつ「?」と書くな」
 もう少し巧い例を書かないと「?」マーク抜きの丸はやれない、と笑うハーレイ。
「前のお前は知らなかっただろう諺だから仕方ないんだが…。優等生だろ、せっかくの上等な頭は賢く使えよ? 俺に騙されるようでは話にならん」
「ハーレイの方が先生なんだよ、ぼくより賢くて当然だから!」
 ブルーは唇を尖らせた。
「先生の方が絶対、賢い! だから間違ったことを教えないでよ!」
「そう来たか…。うんうん、でもなあ…。好き嫌い探しはしたいだろうが?」
 どうなんだ? と尋ねられたら否とは言えない。景色を見るのも良さそうだけれど、今の生まで引き摺ってしまった「好き嫌いの無い自分」を解き放ってやるのも楽しそうだった。
 ハーレイと二人で旅をして、それぞれの好き嫌いを何処かで見付け出す。好きな食べ物は何度も食べに出掛けてもいいし、自分たちの家で作れる料理ならハーレイに作って貰って食べる。
 食べ物も景色も、我儘を言ってかまわない旅。シャングリラでは決して叶わなかった我儘放題の旅に二人で出掛ける。前の生で行きたいと願った地球で。ハーレイが辿り着いた時には死に絶えた星だった地球が蘇り、二人して其処に生まれたのだから。
 ブルーはハーレイに「うん」と笑顔で返すと、未来の夢を言の葉に乗せた。
「うん、ハーレイ。…いつか行こうね、好き嫌い探し」
「ああ、行こう」
 ハーレイがコクリと大きく頷き、微笑みながら。
「二人で見付け出さなきゃな。俺たちがすっかり失くしてしまった好き嫌いってヤツを、何処かで必ず見付けよう。だから頑張って沢山食べろ」
 残ってるぞ、と褐色の指がブルーの皿のピラフを指差す。
 いいか、俺と二人で旅に出るには、結婚するのに相応しい背丈にきちんと育つトコからだ。
 大きくならんと始まらないしな、俺たちの旅は。
 万が一、お前がチビだった時は…。約束どおり貰ってはやるが、その前にまずは努力してくれ。




          好き嫌いを探しに・了


※食が細くても好き嫌いが無いブルー。前の生での記憶を引き摺っているみたいですね。
 ハーレイと一緒に食べ歩きの旅で見付けて欲しいものです、今ならではの好き嫌い。
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 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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