シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年の春は寒すぎもせず、妙に暑い日も無かったりして過ごしやすい日が続いています。毎年こんな穏やかな気候だといいですよねえ。ゴールデンウィークにはあちこちお出掛け、シャングリラ号で宇宙へも。賑やかだった連休が済むと再び登校なわけですけれども、お目当ては放課後。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日のケーキは柏餅風だよ、と出て来たお皿にビックリ仰天。二つ折りになったビスキュイ生地が柏の葉っぱからはみ出しています。中身はカスタードクリームとイチゴ、黒蜜風味のわらび餅だとか。
「へえ…。この葉っぱって、食べられるの?」
ジョミー君の問いに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は即答で。
「無理! 柏餅の葉っぱは食べないでしょ? 飾りだも~ん」
「なぁんだ、飾りかぁ…。桜餅の葉っぱは食べられるのに」
つまんないな、と葉っぱを剥がすジョミー君ですが、キース君が。
「おい。桜餅の葉を食べるのは邪道だぞ? 桜餅を作っている檀家さんに聞いたんだから間違いはない」
「えっ? でもテレビとかでも食べてるし、葉っぱも普通に塩味だよ?」
「塩漬けは桜の葉の保存手段だそうだ。どこぞのグルメ気取りが食べたのが切っ掛けで誤った情報が流れたらしい。剥がして食べろよ、恥をかくぞ」
人は案外見ているものだ、と注意するキース君の横から会長さんも。
「そういうこと! 特にジョミーはお坊さんの修行も待ってるし…。お茶の稽古で出て来た時には葉っぱをきちんと剥がすことだね」
「行かないし!」
修行なんて絶対嫌だ、と始まりました、いつもの攻防戦。これは放置に限ります。私たちは紅茶やコーヒーをお供に柏餅ケーキの葉っぱをめくってフォークでサクッと。うん、美味しい!
「あ、やっぱり美味しい?」
ぼくにも一個、と声が聞こえて会長さんとジョミー君の言い争いがピタリとストップ。会長さんのそっくりさんが立っているではありませんか。
「…き、君は……」
引き攣った顔の会長さんに、ソルジャーは「ん?」と小首を傾げてみせて。
「覗き見してみて良かったよ。変わったお菓子は食べなきゃ損だし!」
「わぁーい、お客様だぁ~!」
ゆっくりしていってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が柏餅ケーキをお皿に乗せていそいそと。降って湧いたソルジャー、大喜びで柏の葉っぱを剥いていますよ~!
ふんわりビスキュイにカスタードクリームとわらび餅。ちょっと意外な組み合わせのケーキはソルジャーの口にも合ったようです。お菓子好きなソルジャーは当然お代わり、二個目をのんびり食べながら…。
「いいねえ、柏餅の中身を取り替えたんだ?」
「うんっ! お餅もいいけど、ケーキもいいでしょ?」
得意満面の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ジョミーが葉っぱのお話してたし、次は食べられる葉っぱを工夫しようかなぁ…」
「そういうのもいいね。でも取り替えるのはタイムリーだったな」
ちょうど悩んでいた所でさ、とソルジャーがイチゴをポイと口の中へ。
「…これはブルーしか分からないかもしれないけれど…。思念体って入れ替え可能なのかな?」
「「「は?」」」
思念体とは会長さんがたまにやっている『意識だけ身体から抜け出す』状態。姿形はそのままですけど、意識だけですから向こう側が透けて見えたりします。当然、同じタイプ・ブルーのソルジャーにだって可能なわけで。
「あれをさ、入れ替えることが出来るのかどうかで悩んでるんだよ。…君とぼくなら入れ替われそうな気がするけれど」
「…出来るんじゃないかな、基本の身体が同じだしね。でも、入れ替えてどうするのさ?」
まさかこっちの世界に来る気では…、と会長さんは身構えましたが。
「それは無い、無い! ぼくはハーレイと離れたくないし、シャングリラのみんなも大切だ。君がぼくの代わりにシャングリラを守り通せるとは思えない。そんなリスクは冒せないよ」
それくらいなら時々お邪魔する方がいい、とソルジャーはケーキをモグモグと。
「入れ替えの件は、ぼくじゃないんだ。ほら、ミュウは身体が虚弱で欠陥が多いと言っただろう? まるっと健康な身体じゃなくても、入れ替われたら世界が広がる。聞こえない耳が聞こえるようになったら素敵だし、義手の代わりに自前の腕とか」
ほんの少し身体を入れ替えるだけで素敵体験、と言われてみればそうなのかも。ソルジャーもキャプテンも補聴器を使っているそうですし、ソルジャーの世界のヒルマン先生のそっくりさんは片腕が義手だと聞いています。キャプテンとヒルマン先生のそっくりさんを入れ替えるのかな?
「うーん、まあ…。ターゲットを明確に絞ったわけではないんだけれど…」
まだアイデアの段階だから、と語るソルジャーに会長さんが。
「そういうことなら協力しようか? とりあえず君とぼくとの入れ替えだけでも」
「いいのかい!? それが出来たら大いに参考になりそうだ」
力の加減とかが色々と、と瞳を輝かせるソルジャー。思念体のことはサッパリですけど、要するにこれって人助けですよね?
こうして会長さんとソルジャーの協力体制が始まりました。まずは二人の思念体での入れ替わりから。元が瓜二つなだけに問題ないかと思われましたが、何度チャレンジを繰り返してみても弾き出されておしまいで。
「…やっぱりサイオンの波長なのかな?」
そっちも同じだと思うんだけど、と首を捻るソルジャーに、会長さんが腕組みをして。
「同じ筈だけど、君とぼくとは性格が全く別物だしね? その辺は関係するかもしれない。何から何までそっくり同じというわけじゃないし」
「ああ、そうか…。君はハーレイと結婚なんて死んでも御免なんだったっけ」
「当たり前だよ、君の好みは理解不能だよ!」
「だったら、その辺がいけないのかなぁ…」
そうなると入れ替えは難しくなる、とソルジャーは深く悩んでいます。
「同じ身体でも弾かれるんなら、身体も思考パターンも別だとなると無理だよねえ…。いいアイデアだと思ったんだけど、使えないのか…」
「…どうだろう? 入れ替わった先で固定出来たら可能かも…」
弾き出せなくすればいいんだ、との会長さんの意見に、ソルジャーが。
「思念体を固定するだって? そんな技術はぼくの世界にも無いけれど…?」
「まるでアテが無いってわけじゃない。ただ、準備に少し時間がかかる。でも試すだけの価値はあると思うよ、封印の技」
「封印?」
「そう、封印。本来は悪霊とかを封じる方法。それを思念体に応用出来れば別の肉体への固定も可能だ。ぼくと君とを封じるとなると準備の方もそれなりに…。三日ほど待ってくれるかな?」
その間に準備をしておくから、と説明されたソルジャーは素直にコクリと。
「分かった。そういう技はぼくには謎だし、全面的に君に任せるよ。準備が出来たら呼んでくれるんだね?」
「うん。ついでにその間、ぼくにちょっかいを出さないこと! 精神力が必要なんだよ、それと心身の安定とがね」
引っ掻き回されたら何もかもパァだ、と会長さんが脅せば、ソルジャーも理解したようで。
「…パァは困るよ。大人しくしてると約束するから、是非ともよろしくお願いしたいな」
「了解。…成功するよう祈っていたまえ」
上手く行くと決まったわけではないから、と会長さんはしっかりと念を押しました。でないと失敗に終わった時にソルジャーが怖いですもんねえ…。
封印の技を是非よろしく、と頭を下げたソルジャーは柏餅ケーキの残りを「ぶるぅ」へのお土産に貰ってお帰りに。それを見送った私たちは会長さんを取り巻き、口々に。
「会長、あんな約束しちゃって大丈夫ですか?」
「封印とか言ったな、どうするつもりだ?」
人間を封印するなど聞いたこともない、とキース君。
「悪霊封じなら色々とあるし、閉じ込めればそれで終わりだが…。相手は思念体だろう? しかも生きた人間の身体の中に封じるとなると、俺にもサッパリ見当がつかん」
「ああ、それね。…一応、考えてはいるんだよ、うん」
コレ、と会長さんがキース君の左手首を示しました。えーっと、トレードマークの数珠レットが嵌まってますけれど…?
「覚えてないかな、キースがサイオン・バーストした時。この部屋が見事に吹っ飛んだろう?」
「「「あー…」」」
そういう事件もありました。会長さんがキース君のサイオンを活性化させるために仕組んだのですけど、バーストの衝撃で「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋が吹っ飛び、キース君は自宅謹慎で…。
「あの時、キースにサイオン制御リングを嵌めるって話が出たよね? 制御リングのタイプは色々、数珠レット風のも扱ってます、って」
「そういえば…。制御リングを使う気か?」
レベルを上げれば封印になるのか、とキース君が尋ねると、会長さんは首を左右に。
「そういう使い方もあるけどねえ…。それだと入れ替わっても気分が重いよ、制御リングはサイオンを封じてしまうんだから。ぼくが考えているのは応用。数珠レットに封印の技を施す」
「「「えっ?」」」
「封印のための祈祷を数珠レットに込めておくんだよ。入れ替えてすぐに手首に嵌めれば思念体を身体に封印するのも可能かと…。やってみないと分からないけど」
ついでにタイプ・ブルーを封印となると祈祷の方も本格的に、と会長さん。
「息抜きに此処へは顔を出すけど、それ以外はかかりっきりになっちゃうかな。…ぶるぅ、今日から三日間、ぼくの食事は精進料理で」
「かみお~ん♪ お部屋も清めるんだね!」
任せといて、と飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんと同じくらいの年数を生きて来ています。銀青様のお世話も長いですから、御祈祷中の会長さんの扱いについても任せて安心、プロ中のプロというわけですね!
御祈祷モードに入った会長さんは翌日からおやつが別扱いになっていました。放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、会長さんだけが飲み物が緑茶。キース君が「俺もたまには…」と緑茶を希望すれば、なんと急須がもう一つ。
「…なんだ、これは?」
俺は出がらしで良かったんだが、とキース君が言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「ダメダメ、ブルーのお茶はお台所が別だから!」
「「「は?」」」
「大事な御祈祷をしてる時には、お台所も清めるの! 同じ火とかを使っちゃダメなの、穢れちゃうから!」
「そういうこと。…精進潔斎って厳しいものだよ」
ぶるぅのお蔭で助かっている、と会長さん。
「料理も当然、ぶるぅとは別! ぶるぅも精進料理を食べるとしてもね、別に調理をするんだな」
「それって大変じゃないですか!」
シロエ君が声を上げましたが「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコと。
「平気だもん! お料理もお掃除も楽しいしね♪」
ブルーのおやつも特別製、との言葉どおりに会長さんが齧っているお菓子は抹香臭いものでした。小さな巾着形の揚げ菓子ですけど、お線香のような香りがします。デパートの地下で売られていることは知っていますが、一個がケーキよりも高いお値段だけに買って食べてみた経験はなく…。
「これが気になる? まあ、一般受けする味じゃないよね」
なにしろ中身はお香だから、と会長さんがカリッと齧って。
「こし餡に七種類のお香を練り込んでるのさ、それでお線香っぽい匂いがするわけ。ぼくが一時期修行をしていた恵須出井寺のお坊さんが製法を伝えたと言われていてねえ…。作っているお店はたった一軒、作る時には精進潔斎が必須なんだな」
それだけに祈祷中のおやつに最適、と会長さんは怪しげな匂いのお菓子を御機嫌で口にしています。どう見ても私たちのお皿のオレンジのタルトの方が美味しそうですが…?
「えっ? どっちが美味しいかと訊かれても…。ぼくはタルトは食べられないし」
バターや卵は精進じゃない、と緑茶を啜る会長さん。あんなお菓子と精進料理であと二日も御祈祷生活ですか…。
「お菓子だけなら市販しているヤツだから…。明日のおやつに食べてみる?」
良かったらぶるぅに買わせておくよ、との言葉に好奇心から食い付いた私たちは翌日、心の底から後悔しました。なんという不味い精進菓子。食べるお線香としか思えないコレを美味しいと食べ、御祈祷を続ける会長さんを思い切り尊敬いたしますです…。
丸三日間、放課後のティータイム以外は御祈祷三昧だった会長さん。それでも全く窶れもせずに御祈祷を終えて、ソルジャーも招かれた金曜日の放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は期待の空気に満ち満ちていました。
「やっと出来たよ、使えるかどうかは謎だけれども」
こんな感じで、と会長さんが金襴の布で覆われた箱を取り出し、蓋を開けると中に水晶の数珠レットが二つ。会長さんはソルジャーに一個を渡して、もう片方を自分が持って。
「これに封印の祈祷を込めた。…ぼくと思念体で入れ替わったら、すぐに左手首に嵌めてみて。もちろんぼくも同じように嵌める。これでお互いに固定出来たら大成功ってね」
「…そうなんだ? だったら早速、試してみようよ」
おやつもいいけどこっちが肝心、とソルジャーが目を閉じ、会長さんも。間もなく二人の身体から思念体が抜け出し、スーッと相手の身体に入って左手首に数珠レットを嵌め…。
「やったぁ! 今度は弾かれないよ!」
君の身体だ、とソルジャーが会長さんの身体で万歳をすれば、会長さんがソルジャーの身体で安堵の吐息。
「どうやら成功したみたいだね。君とぼくとで入れ替え可能なら、他の人でも充分可能だ。ただ、思念体で抜け出せる力を持っていないと、入れ替える前に補助の力が必要かと」
「そこだよねえ…。思念体で抜け出せるミュウは皆無に近い。手助けしないと無理だと思う」
身体の中から追い出す感じでいいのかな、と悩むソルジャーに、会長さんは。
「良かったら実験してみるかい? そこの面子で」
「「「???」」」
いったい何を、と顔を見合わせた私たちですが。
「君の世界で実験するより、こっちの方が問題がない。適当に誰かを入れ替えてみよう。…固定用のアイテムは二人分しかないから、ぼくたちは元に戻らなきゃ」
「そうか、こんなにいるもんね。練習を兼ねてやらせて貰おう。…その前にこれを外して元の身体に戻っておく、と」
会長さんとソルジャーが数珠レットを外すと同時に思念体が元の身体へと。やはり封印の力が無いと弾かれてしまうみたいです。会長さん、凄いアイテムを完成させたわけなんですねえ…。
「うん、元に戻っても違和感ゼロ! どうやら完璧」
「ありがとう。君のお蔭でいいものが出来た」
次は実地で実験を…、とソルジャーの赤い瞳がキラリ。会長さんも生き生きした顔で。
「さあ、誰と誰とが入れ替わりたい? 御希望があれば応じるよ」
希望者がいれば手を挙げて、と言われてようやく気が付きました。会長さんとソルジャーの次は私たちの内の誰か二人が入れ替えられちゃうわけですか~!
思念体とやらで他の誰かの身体に入って別人体験。それだけ聞けば面白そうですが、問題は入れ替わり体験の時間。会長さんたちのように短時間で元に戻るんだったらいいですけれど、ソルジャーが意図した目的からして一時間やそこらでは済みそうになく。
「あ、分かる? 半日くらいは入れ替わっていなくちゃ別の生活を楽しめないよ」
今から入れ替えるなら最短でも夜まで、とのソルジャーの台詞にサーッと青ざめる私たち。会長さんの家に泊まるにしても夜までとなると厳しいものが…。
「…俺と入れ替えるのは不可能だな」
今日は帰ると言ってきたし、とキース君。
「俺と入れ替わったヤツにはもれなく夜のお勤めがある。サムでも無事には務まらん」
「ふうん? アドス和尚の鉄拳か…」
それもいいかも、と会長さんの視線がジョミー君に。
「何かと文句ばかりの不肖の弟子を強制的にお寺送りにするのも一興だ。何処まで自力で切り抜けられるか、この際、キースと入れ替えてみよう」
「えーーーっ! そんなの無理だよ、殺されるよ!」
ジョミー君が悲鳴を上げれば、キース君も。
「俺もだ! ジョミーがヘマをしでかしてみろ、後で親父にボコボコにされる。その時には俺に戻ってるんだぞ!」
「そこはジョミーの腕次第だろう? 気分が悪い、と寝込んでおくのも一つの手だし」
口の利き方さえ間違えなければ問題なし、と会長さんは決めつけ、キース君に。
「後でボコボコにされたとしてもね、お寺と無縁の生活が待っているんだよ? ジョミーの家なら夜のお勤めどころか夕食がビーフカレーでねえ…。食べたいんだろう、家でカレーライス」
「そ、それは…。確かに魅力的ではあるが……」
カレーなのか、とキース君は一転、お悩みモード。それもその筈、元老寺ではカレーライスは年に数回しか出ないのです。お葬式やお通夜の心配が無い日限定の特別メニュー。
「ちょ、キース! そこで考え込まないでよ!」
ぼくの立場が、とジョミー君が慌てた時には既に遅し。お寺を離れてカレーライスの夕食タイムはキース君の心をガッツリ捕えて魅了しており…。
「いいだろう。ジョミー、俺の代わりに頑張ってこい。ヘマをした時は素直に謝れ」
そうすればその場で罰礼だけだ、と親指を立てるキース君。罰礼って南無阿弥陀仏に合わせて五体投地なスクワット並みの刑と聞きますが、そのくらいならジョミー君でも出来ますよねえ?
入れ替わる対象が決まった所でソルジャーの出番。自発的に入れ替えを決めたキース君はともかく、ジョミー君の方は逃げようとして会長さんのサイオンで取り押さえられた挙句、縛られて床に転がされています。
「えーっと…。キースの協力は得られるとして、ジョミーがねえ…。まあ、強引に追い出すことが出来たら力の加減も掴めるわけだし、頑張ってみよう」
「や、やめてよ! 本当にぼくが殺されるってば~!」
アドス和尚は怖いんだよー! と叫ぶジョミー君とキース君の間でパァン! と青いサイオンが弾け、ソルジャーが目にも止まらぬ速さで。
「よし、嵌めた! …どう?」
君は誰かな、とソルジャーの手が数珠レットを二重に嵌めたキース君の左手を掴んでいます。
「え? ぼく? あっ…。えっ……。うわぁぁぁーっ!!!」
キースになってる、とキース君の声が大絶叫。一方、床に転がったジョミー君の方は。
「俺は…。あそこに俺が立っているということは……」
入れ替わったか、と冷静な口調。左手首には例の水晶の数珠レットが。
「き、キース先輩…。今はジョミー先輩ですか?」
おっかなびっくりといったシロエ君に、ジョミー君になったキース君が「ああ」と答えて。
「そのようだ。この縄を解いて欲しいんだが…」
「分かりました。でも本当に凄いですねえ、キース先輩がジョミー先輩だなんて」
絶対誰にも分かりませんよ、とシロエ君が太鼓判を押すと、サム君が。
「とりあえず、俺って言うのはやめとけよな。ジョミーは『ぼく』だし」
「うん。カレーのためにも頑張らなくちゃね! …と、こんな感じでいいのだろうか」
コロッと変わったキース君の喋りに誰もが喝采。流石は天才、ジョミー君の口真似も完璧です。キース君になってしまったジョミー君はパニックですけど、元に戻ろうにもソルジャーが数珠レットをシールドしたらしく。
「…は、外れない…。外れないよ、これ!」
「悪いね、ジョミー。ぼくの壮大な実験のためにお付き合いよろしくお願いするよ。日付が変わったら外してあげるから、それまでキースを演じていたまえ」
別の人生もきっと楽しいと思う、とソルジャーは入れ替えに成功したことで御満悦。実験対象の二人を除いた面子は今夜は会長さんの家にお泊まりと決まり、ソルジャーも。ジョミー君とキース君、それぞれの家でボロが出ないよう頑張って~!
入れ替えられてしまった二人の下校を見届けた後、私たちは瞬間移動で会長さんの家へ。精進潔斎が終わった会長さんの慰労会を兼ねて焼肉パーティーが始まり、壁にはジョミー君とキース君の現状を映し出す中継画面が。
「キースは上手くやっているよね、実にジョミーらしい」
馴染んでるよ、と会長さん。ジョミー君になったキース君は帰宅するなり自室に直行、のんびりしてからカレーの夕食。ジョミー君の御両親との会話も弾み、大盛りカレーのお代わりまで。しかし、本物のジョミー君は…。
「こらぁ、キース! 気分が悪いとは聞いておったが、御本尊様へのお詫びはどうした!」
寝込む前に御本尊様にお詫びじゃろうが、とアドス和尚がパジャマ姿のキース君の耳をグイグイ引っ張って本堂へ。どうやらイライザさんは誤魔化せたものの、その後に手落ちがあったようです。
「い、いたたたた…! ご、ごめんなさい~っ!」
「ほほう…。お前の口からごめんなさいとは珍しい。いつもは「すまん」と一言じゃがな」
その心がけで御本尊様にもしっかりお詫びを、と本堂に着いたアドス和尚はキース君と化したジョミー君の足を後ろから思い切り蹴飛ばして。
「いいか、罰礼百回じゃ! 気分が悪くても一晩あれば出来るじゃろう! さあ、やれ!」
わしが今から数えるからな、とドッカリ座り込むアドス和尚。パジャマで五体投地を始めるジョミー君は本当に気の毒でしたが、私たちには何も出来ません。
「…ジョミー先輩、やられましたね…」
キース先輩は天国なのに、とシロエ君が呟き、サム君が。
「仕方ねえだろ、実力の差だぜ。キースはジョミーになりきってやがるし、ジョミーだってなぁ…。普段から坊主の修行をしてれば、気分が悪くても本堂でお念仏の御挨拶は要るって気付いた筈だし、自業自得としか言いようがねえぜ」
「サムの言う通りさ、これでもジョミーは懲りないだろうけど」
性根を入れ替える筈も無い、と会長さんが深い溜息。案の定、罰礼百回を食らったジョミー君はキース君の部屋で布団に潜り込んだ後も文句たらたら、不満たらたら。日付が変わると同時に瞬間移動で会長さんの家に呼び寄せられてもグチグチと…。
「もう沢山だよ、キースの家なんて!」
「俺はお前の家が気に入ったんだが…。機会があったら、またやらないか?」
「お断りだってば!」
ジョミー君はソルジャーが二人分の数珠レットを外して元の身体に戻るまで文句三昧、戻った後も四の五のと。会長さんが「うるさい!」と家に送り返しましたが、明日は朝イチで苦情を言いに来そうですねえ…。
翌朝、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕を奮った特製オムレツやスープ、パンケーキなどの朝食を食べている間にまずジョミー君が、続いてキース君がやって来て。
「酷いよ! キースったら、ぼくの分のケーキまで食べちゃったんだよ!」
「やかましい! 俺もお前の尻拭いをさせられていたんだぞ! よくも御本尊様へのお詫びを忘れやがったな! 親父に朝からネチネチ言われて、今朝も罰礼を食らって来たんだ!」
百回だぞ、とジョミー君に掴みかからんばかりのキース君。ジョミー君が食らったヤツも百回でしたし、痛み分けではないのでしょうか…。
「いや、違う! こいつがドジさえ踏まなかったら、今朝の罰礼は無かった筈で!」
「ぼくだってキースと入れ替わらなかったら、ケーキを食べられていたんだってば!」
パパのお土産だったのに、と言い返すジョミー君は食べ物の恨みを主張中。これはジョミー君に分があるかも、と思いましたが、会長さんが。
「ケーキはともかく、仏弟子としての自覚がゼロな段階でジョミーはアウトさ。元老寺での住み込み修行を言い渡されたくないんだったら黙るんだね」
「「「………」」」
それはコワイ、と私たちまでが沈黙する中、ソルジャーの声が空気も読まず。
「御馳走様~! ブルーが作った凄いアイテムの使い方も効果も分かったことだし、ぼくはそろそろ失礼するよ。これは貰ってもいいんだよね?」
何回くらい使えるのかな? と数珠レットをクルクルと回すソルジャーに、会長さんは。
「封印の力が尽きたら自然に切れるし、それまでは何度でも使えるよ。入れ替え続ける時間によるけど、百回くらいはいけると思う」
「そうなんだ? それは楽しみ」
「…楽しみ?」
君はひたすらボランティアでは、と会長さんが訊き返し、ソルジャーが「そうだった…」と自分の頬をピシャリと打って。
「入れ替えてあげるだけなんだっけね、キースとジョミーが面白かったから忘れていたよ。…ありがとう、いいものを作ってくれて」
感謝してる、と頭を下げるとソルジャーは姿を消しました。ジョミー君には災難だった入れ替えアイテム、ソルジャーの世界の皆さんのためにお役に立つといいんですけど…。
会長さんの脅しが効いてジョミー君の文句も収まり、窓から入る明るい日差しの中、まったり過ごす週末の午後。お昼のホワイトアスパラガスのクリームパスタも美味しかったですし、なべてこの世はこともなし…。ん? 今、チャイムが鳴りましたか?
「かみお~ん♪ お客様かなぁ?」
誰だろう、と玄関に飛び跳ねて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」でしたが、凄い勢いで駆け戻って来て…。
「大変! 大変、ノルディが来ちゃったの~!」
「「「えぇっ!?」」」
なんでエロドクターがやって来るのだ、と全員の声が引っくり返って、会長さんが。
「ぶるぅ、戸締りはしたんだろうね!? 家に入れたりしてないだろうね!」
「えとえと、ノルディだったけど、ノルディじゃなかった!」
「「「は?」」」
なんのこっちゃ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に尋ねる前にリビングのドアから覗く人影。
「…すまん、此処しか来るアテが無くて……」
申し訳ない、とリビングに入って来るエロドクターに会長さんの悲鳴が上がり、その前にササッとサム君と柔道部三人組が。
「おい、あんた! 不法侵入で通報するぞ!」
さっさと出て行け、と凄むキース君に、エロドクターが。
「…いや、そのぅ…。なんだ、この身体でも一本背負いは出来ると思うが…」
「「「一本背負い?」」」
それは柔道の技なのでは? エロドクターって、柔道、やってましたっけ? 目を白黒とさせる私たちの中から、キース君が一歩進み出て。
「……もしかして……。教頭先生でいらっしゃいますか?」
へ? エロドクターが教頭先生? キース君、一体どうしちゃったの? けれどエロドクターはホッと肩から力が抜けたようで。
「…良かった、お前には分かって貰えたか…。この姿だが、私はシャングリラ学園教頭、ウィリアム・ハーレイ。…シャングリラ号のキャプテンだ」
「「「教頭先生!?」」」
そんな馬鹿な、と言い返そうとした時、仕立てのいいスーツを着込んだ袖口からキラリと光る数珠レット。…ソルジャーが貰って帰った筈の水晶の数珠レットが何故、エロドクターの左の手首なんかに!?
「……私にもサッパリ分からんのだ…」
気付いたらノルディになっていたのだ、とエロドクターな教頭先生は悄然と。
「実は昼前に来客があってな。…あっちのブルーがノルディとデートの途中だとか言って立ち寄ったから、コーヒーを一杯御馳走した。ノルディは好かんが、ブルーはもてなしてやりたいし…」
「それで?」
事情聴取をする会長さんに教頭先生が「すまん」と項垂れて。
「話している途中で眠くなってしまって…。目が覚めた時にはこうなっていた」
役に立つ情報は何も無いのだ、と詫びる教頭先生をじっと見詰めていた会長さんは。
「一種の昏睡強盗だね。…盗まれたんだよ、君の身体を」
「は?」
「入れ替えられちゃったのさ、ノルディの身体と。…今頃、君の身体にノルディが入ってブルーとデートをしているかと…」
「「「えぇっ!?」」」
それはとってもヤバイのでは、と私たちは顔面蒼白、会長さんも血の気が失せた顔で。
「…ぼくとしたことが騙された。数珠レットにブルーの残留思念が残ってる。最初っからこれが目的だったわけだよ、入れ替えの。…ノルディとハーレイを入れ替えるのが」
「…な、何故、私を…。それに入れ替えとは?」
「身体を入れ替えるためのアイテムを騙されて作らされたんだ。君の手首の数珠レットがそれ。…そして言い出しっぺはノルディらしいね、君の身体に自分のテクニックがあればパーフェクトだとブルーを口説き落としたようだ」
「「「!!!」」」
百戦錬磨のテクニシャンだと聞くエロドクター。そのテクニックで教頭先生の身体とくれば、ソルジャー的には恐らく非常に美味しいのでしょう。なにしろ教頭先生はキャプテンそっくり、もう最高な大人の時間が約束されたも同然で…。
「そ、それで、ノルディとブルーは!?」
何処へ行ったのだ、と拳を握り締める教頭先生。
「薬を盛られたか何か知らんが、身体を盗まれたのは私の責任だ。とにかく急いで取り返さねば! 手遅れになったら大変なことに…」
「それが出来れば苦労はしないよ。…ヘタレの君が、お取り込み中で真っ最中の部屋に踏み込むことが出来るのかい? おまけにノルディ……いや、君の身体を投げ飛ばせると?」
「…い、いや……。それは……」
無理かもしれんな、とエロドクターな教頭先生の額に浮かぶ汗。この展開は最悪かも…。
教頭先生の身体を手に入れたエロドクターがソルジャーを連れて何処へ行ったのか、誰にも分かりませんでした。なにしろ相手はソルジャーです。会長さんを騙して入れ替えアイテムを作らせたほどの悪人な上に、経験値の高さも半端無し。サイオンで行方を追える筈も無く…。
「…もう思いっ切り手遅れっぽいか……」
ぼくの人生も終わったかも、とガックリと肩を落とす会長さん。外はとっぷり日が暮れてますし、如何にソルジャーがデートを楽しんでいても、そろそろベッドに行きそうな時間。
「かみお~ん♪ 晩御飯、お寿司でも取る?」
御飯な気分じゃなさそうだけど、と心配そうな「そるじゃぁ・ぶるぅ」。小さな子供だけに事情が全く分かっておらず、おやつや夕食をあれこれ提案してくれましたが、誰も返事をしなかったのです。
「…そうだね、気分は素うどんだけどね…」
流石に素うどんの出前はあんまりか、と会長さんが答えた時。
「お寿司を取るなら特上握りで!!」
時価モノ総動員でお願いしたい、と部屋の空間がユラリと揺れて…。現れた私服のソルジャーは自分よりも遙かに大きい教頭先生の身体を担いでいました。いえ、中身はエロドクターですか…。
「返すよ、これ!」
ドサリと床に放り出された教頭先生の身体に意識は無くて、鼻の下に鼻血を拭き取った跡が。
「本当にもう、使えないったら…! 何処までヘタレが染みついてるのさ!」
最高のムードだったのに、と怒り狂うソルジャーがどの段階までエロドクターと過ごしたのかは謎のまま。確かなことはエロドクターの意志をも強制的にシャットダウンするほど、教頭先生のヘタレな鼻血体質が物凄かったらしいという事実。
「…こんな気分で帰るのも嫌だし、特上握りで口直し! それから帰ってハーレイとヤる!」
「その前にね…」
入れ替えた二人を元に戻せ、と会長さんに睨まれたソルジャーは渋々といった風でエロドクターな外見の教頭先生の手首から数珠レットを外し、続いて教頭先生の身体からも。そこでパァーン! と鋭い音が響いて…。
「「「あーーーっ!!!」」」
数珠レットの紐が切れて玉が飛び散り、教頭先生がムクリと起き上ると。
「…元に……戻った……のか?」
「ちょっと、ブルー! なんで壊すのさ、ぼくのアイテム! まだ使えたのに!」
今日はダメでも二度三度、とソルジャーが喚き立て、会長さんが鋭い一喝。
「君の目的が分かった以上はもう作らないよ、特上握りもノルディの家で取って貰ったら?」
今夜の間に意識が戻るかどうかも分からないけどね、と会長さんは怒りMAX、ソルジャーの方は諦め悪くギャーギャーと。今夜の夕食はどうなるんでしょう? 昏睡強盗は未遂に終わったみたいですから、特上握りでドカンとお祝いしたいですよう、お腹ペコペコです、会長さん~!
入れ替え万歳・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
生徒会長が食べていた抹香臭いお菓子、ちゃんと実在してるんですよ。
「清浄歓喜団」と言います、通販もあります。チャレンジャーな方は是非どうぞです。
7月28日はブルー様の祥月命日ですから、毎年恒例、月2更新になりました。
次回、8月は 「第3月曜」 8月17日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、7月はドクツルタケことイングリッドさんからお中元が…?
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