シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
それは見慣れ過ぎていたから全く気付かなかったもの。
夏休みのハーレイが来られない日に、母と二人で庭に居たから目がいった。庭で一番大きな木の下に据えられた白いテーブルと椅子。午前中のまだ涼しい時間に母と二人で座っていた。
ブルーのお気に入りの場所。ハーレイと初めてデートをした場所。その時は今のテーブルセットではなく、ハーレイが家から持って来てくれたキャンプ用のテーブルと椅子だった。ブルーの気に入りの場所になったからと父が白いテーブルと椅子を買ってくれて…。
いつもならハーレイが座っている椅子。母に取られたくないから自分が座った。ハーレイからは自分がどんな風に見えているのかと、向かい側に座る母を観察していた。母の背後に見える庭木や生垣、そういったものを背景にした自分はハーレイの目にはどう映るのかと。
もちろん母の仕種も眺める。アイスティーのグラスをストローでかき混ぜる右手。露を浮かべたグラスに添えられた左手。白い左手に「あっ」と思った。その薬指に結婚指輪。
ブルーが物心ついた頃には両親の左手に指輪があった。銀色に光るシンプルな指輪。
あまりにも毎日目にしていたから、其処にあることすら気にも留めずにいたのだけれど。改めて気付くと羨ましい気持ちになってくる。
いつかハーレイと結婚するまで、自分の指には嵌まらない指輪。その日は未だ遠くて見えない。父とお揃いの結婚指輪を嵌めている母は、どんなに幸せなのだろう。母とお揃いの指輪を嵌めて、今日も仕事に出掛けた父も…。
(……いいな……)
羨ましいな、と母の薬指に嵌まった指輪を見ていて、ふと考えた。
前の生で暮らしたシャングリラ。あの船の中に結婚指輪はあっただろうか?
ソルジャー・ブルーだった自分が十五年間もの長い眠りに入る前には確かに無かった。しかし、自分が眠っている間にナスカで生まれた自然出産の子供たち。彼らの両親の薬指には…?
彼らは指輪を嵌めたのだろうか。
前の生での自分とハーレイは結婚指輪を嵌めるどころか、恋人同士であることさえも隠し通して生きたのだけれど。そんな自分たちと同じ船の中に、指輪を嵌めた恋人たちがいたのだろうか…。
今となってはどうしようもない過去だというのに、それが気になる。祝福されて結婚出来た恋人たち。彼らが幸せな仲だと教える指輪はあの船の中にあっただろうか、と。
父と母との指に嵌められた結婚指輪。一度気付くと目に入りやすく、夕食の席でも翌日の朝も、ブルーの瞳には二つの指輪が飛び込んで来た。父と母の左手に当たり前にあるもの。それを自分が嵌められる時は、いつになるのかも分からない指輪…。
そうしてブルーは、訪ねて来てくれたハーレイと自分の部屋で向かい合う。庭の白いテーブルと椅子でお茶にした後、暑くなる前にと引き揚げて来て、母からは見えない場所で二人きり。それを待っていたように切り出した。
「ねえ、ハーレイ。…シャングリラに結婚指輪って、あった?」
「結婚指輪?」
怪訝そうなハーレイに「そのまんまだよ」と自分の左手の薬指を示す。
「この指に嵌める指輪のこと。アルテメシアを出て、ぼくが眠りに入る前には無かったけれど…」
誰も嵌めてはいなかった、とブルーはハーレイを正面から見た。
「無かったから、ぼくは一度も羨ましがらずに済んだんだ。君と恋人同士なことは秘密だったし、誰にも明かせなかったけど…。シャングリラには結婚指輪が無かったから平気だったんだ」
それが無かったから、羨ましいとは思わずに済んだ。
堂々とそれを嵌めていられる恋人たちを羨むことなく生きていられた。
もしもシャングリラに結婚指輪があったとしたら、自分は平静でいられたろうか…?
ブルーの思いにハーレイも気付いたのだろう。「無くて本当に良かったな」と頷いてから。
「…そう言われれば、無いままだったな。トォニィたちが生まれた頃にも」
「ホント?」
「一番最初に自然出産のために結婚したのがカリナとユウイだ。…あの二人が嵌めなかったから、それが普通になったんだろうな。誰も指輪とは言わなかったな…」
ハーレイはキャプテンとして全ての結婚式に立ち会っているが、其処で見たものは誓いの言葉とキスだけだった。今の生ですっかり見慣れてしまった指輪の交換は見ていない。
「俺が思うに、制服のせいではなかったかと…。シャングリラでは女性は手袋だったしな?」
「ああ、そっか…。ぼくと同じで手袋だったね」
シャングリラの女性クルーの制服は長い手袋。男性は手袋無しだったけれど、女性は誰でも手袋だった。あの制服では結婚指輪を作ったとしても…。
「嵌めています、って見せられないんじゃ仕方ないかな、作っても」
うん、とブルーは納得した。幸せの証は二人揃って嵌めるもの。片方の指輪が手袋の下に隠れて見えないのでは、嵌めている意味が無いだろう、と。
そういう理由で結婚指輪は無かったのか、と思うと嬉しくなった。自分たちには許されなかった結婚指輪を誰かが嵌めていたかもしれない、と少し心配だったから。
するとハーレイが問い掛けて来る。
「お前はその点、どうだったんだ? 手袋の下でも嵌めたかったか、結婚指輪?」
「……うん」
嵌めたかった、とブルーは素直に自分の思いを口にした。
「ぼくは手袋に隠れて見せられなくても嵌めたかったよ、結婚指輪。でも、ぼくたちは…」
誰にも言えない、秘密の恋人同士だった。
結婚指輪を作ったとしても、手袋に隠れて誰にも見られない自分だけしか嵌められなかった。
「…ハーレイの指には嵌められなかったもの、ハーレイは手袋をしてなかったし…。嵌めていたら直ぐにバレてしまうし、嵌められないよね。…ぼくだけ嵌めても意味が無いもの…」
嵌めるのであれば、二人揃って。結婚指輪はそういう約束。
自分一人がこっそり嵌めても、ハーレイの指にお揃いの指輪が嵌まっていなければ意味が無い。
「…嵌めている人がいない世界でホントに良かった。…ぼくが長いこと眠っている間に嵌めた人がいなくてホントに良かった…」
良かった、と何度も繰り返すブルーに、ハーレイが「そうだな」と頷き返して。
「お前を嬉しがらせるようだが、俺の命があった間に嵌めたヤツらも無かったな。…もっとも俺は地球で死んだし、その後どうなったのかは知らんがな」
資料を漁れば分かるだろうが、と言われたけれど。
自分たちがいない所で過ぎ去った過去はどうでもよかった。
大切なことは生きていた間に起こった出来事。ブルーの命があった間も、ハーレイが独りきりで生きた時代も、あの白い船に結婚指輪は無かったのだ…。
「…そっか…。ハーレイが生きてる間も無かったんだ…」
ぼくが生きてた間だけじゃなくて、とブルーは安堵の吐息をついた。
「ハーレイが生きてた間に嵌めた人たちがいなくて良かった。もしもいたなら、ハーレイ、きっと辛かったよね?」
ハーレイは独りだったのだから。ブルーがいなくなってしまって、独りぼっちでシャングリラで生きていたのだから。
「そりゃまあ……。そんなものがあったら辛かったろうな」
ハーレイが自分の左手を眺め、それからブルーに視線を向ける。
「なんで俺の指には無いんだ、思い出さえも無いんだろうと…思わずにはいられなかっただろう。もしも俺たちに結婚指輪があったとしたらだ、お前が片方を持って逝っちまった後も、俺の指には片割れが残っていただろうしな」
お前と揃いで作った指輪の片割れが、とハーレイは自分の左手の薬指に触れた。まるでその指に結婚指輪が在ったかのように。
前の生では其処に確かに嵌めていたのだ、と感触を思い出すかのように。
そんな風に「見えない指輪」を其処に探して、ハーレイの指がブルーの左手に移る。小さな手の薬指の付け根をトントンと指先で軽く叩いて微笑みかける。
「この指に俺と揃いの指輪があったら、お前の手も冷たくならなかったかもな…。此処に指輪さえ嵌まっていたなら」
「…冷たくなったのはぼくの右手で、指輪、右手じゃないんだけれど……」
メギドで冷たく凍えた右の手。最後にハーレイに触れた右手に残った温もりを失くし、右の手が冷たいと泣きながら死んだ。独りぼっちになってしまったと、もうハーレイには会えないのだと。
あの時、左手にハーレイとお揃いの結婚指輪が嵌まっていたなら、独りぼっちではないと感じていたかもしれない。まだハーレイとは繋がっていると、結婚指輪があるのだからと。
でも…、とブルーは自分の左手に触れて離れていったハーレイの手を見詰めて零した。
「だけどハーレイと結婚出来ていたなら、あんな風には別れていないね」
ハーレイの腕に触れ、思念を送っただけで別れた。その思念さえも次の世代を託すための言葉。ハーレイへの想いが入り込む余地は何処にも無かった。
もしも自分たちが結婚出来ていたのなら。
揃いの指輪を左手の薬指に嵌めた、誰もが認める恋人同士であったなら…。
「…きっと二人でキスは出来たね、「さよなら」って…」
そしたら、きっとぼくの右手も…。
凍えずに済んで、ハーレイの温もりを身体中で覚えたままで逝けたんだよね……。
「そうだな、何もかもが違っていたかもな…」
俺もお前も、とハーレイがブルーの左手を取った。
「此処に指輪が嵌まっていたなら、俺はお前を失くさなかったかもしれないな…」
「…ハーレイ?」
「お前が「さよなら」とキスをしていたら、俺はお前を行かせてはいない。恋人が死ぬと分かっているのに行かせる馬鹿が何処にいるんだ、全力でお前を止めたな、俺は」
ソルジャーだったから止められなかった、とハーレイは呻く。
ブルーがソルジャーとして振舞ったがゆえに、自分もキャプテンになってしまった、と。
「キャプテンらしく、と思ったばかりに俺は選択を誤ったんだ。キャプテンだったら黙ってお前を行かせるだろうが、恋人はそうじゃないだろう? 俺はそいつに気付かなかった」
大馬鹿者だ、と深い溜息が吐き出される。
「お前を止めるか、追い掛けるか。…そのどちらかが恋人なんだ。そしてお前が結婚指輪を嵌めていたなら、止める方だな。恋人が死ぬと分かって行かせる馬鹿は何処にもいない」
「でも、あの時は…!」
「メギドがどうした、ナスカに残っていた馬鹿どもを強制的に回収したなら飛べていた。ワープは充分間に合ったんだ。お前は第一波を防げただろう?」
そこまでで終わりにするべきだった、とハーレイは悔しげに言葉を紡いだ。
「お前とジョミーとトォニィたちを船に戻して、ナスカの馬鹿どもを回収して…。そうする時間はあったと思う。お前がメギドへ飛ばなかったら、俺はそういう選択をした」
「それは今だから言えることだよ。…あの時は誰にも分からなかったよ」
「そうかもしれん。しかし、俺にもこれだけは言える。お前が俺との結婚指輪を嵌めていたなら、俺以外にも誰かがお前を止めた。…エラかブラウか、あるいはゼルか。お前を止めろと俺を怒鳴りそうなヤツが一人くらいは居た筈なんだ」
この指に嵌めた指輪にはそういう力がある筈だから、とハーレイがブルーの左手に触れる。細い薬指の付け根の辺りに、其処に指輪が在るかのように。
「俺とお前は結婚してると、二人で一つの存在なんだと、此処に嵌めた指輪が教えてくれる。誰が見たって分かるようにな。…その片方が消えてなくなるだなんて、誰も黙って見てはいないさ」
さよならのキスを交わした時点で皆がお前を羽交い締めだ、とハーレイはブルーに語り掛ける。
何をしようとしているのかがゼルやブラウに知れてしまって、シャングリラから一歩も出られはしないと。ハーレイがキャプテンとしてブルーとの別れを承知していても、周りの者たちが許しはしないと。
ブルーはハーレイの伴侶だから。二人で一つの存在なのだと、嵌めた指輪で分かるのだから…。
前の生での運命さえをも変えていたかもしれない指輪。
運命を変えるには至らなくても、メギドで死んでいったブルーを独りにはさせず、後に残されたハーレイの指にもブルーと揃いで作った片割れが嵌まっていたであろう結婚指輪。
それは実際には作られることなく、結婚指輪そのものがシャングリラには存在しないままで前の生は終わってしまったのだけれど。
もしもその指輪が在ったならば、と二人で思いを巡らせる。
ブルーはメギドに行かずに残って、地球まで辿り着けていたかもしれない。その前に命尽きたとしても、ハーレイやシャングリラの皆に看取られ、静かに旅立っていたかもしれない。
そういう穏やかな別れも良かった。
運命は変えられず、メギドが二人を引き裂いたとしても、薬指に互いの存在を思い、死んで、残されていたならば…。
ブルーの右手は冷たく凍えず、ハーレイもまた孤独の内にもブルーを感じていられただろう。
悲しい別れには違いないけれど、それでも幾らかは救われただろう。
けれど指輪は互いの左手の薬指に無く、ブルーは泣きながら死ぬしか無かった。ハーレイは深い孤独と悲しみの内に、残りの生を生きてゆくしか無かった。
そう、指輪さえ薬指に嵌まっていたなら、何もかもがまるで違っていたのに。
ほんの小さな、左手の薬指の付け根をくるりと取り巻くだけが精一杯の細い指輪が在ったなら。
高価な貴金属ではなくてもいいから、二人お揃いの結婚指輪があったなら…。
それを二人で嵌めたかった、と今でさえ思う。
遠い時の彼方に消えてしまって失くした身体に、そういう指輪を嵌めたかった、と。
叶う筈もない夢だったけれど、本当は指輪を作りたかった。
互いが互いのために在るのだと、誰が見ても一目で気付いてくれる結婚指輪。
自分たちは二人で一つの存在なのだと、証してくれる結婚指輪を…。
「ふふっ、とっくの昔に手遅れなのにね…」
でも欲しかった、とブルーは自分の左手を翳して笑った。
「ホントのホントに欲しかったんだよ、結婚指輪。…嵌められないって分かってたから、諦めてたけど。ハーレイと二人で嵌められないから、要らなかったけど…」
二人で嵌めなきゃ意味が無いもの、と言ってはみても、結婚指輪は憧れだった。シャングリラの中で嵌めている恋人たちが居なかったお蔭で耐えられただけ。
もしも誰かが嵌めていたなら、悲しくて泣いていたかもしれない。
ハーレイが前の生を終えるまでシャングリラに無くて良かったと思う。ハーレイに孤独を余計に感じさせずに済んだことだけは良かったと思う。
それでも本当は欲しかった。
ハーレイと自分は二人で一つだと、結ばれた恋人同士なのだと、その証が指に欲しかった。
二人お揃いの結婚指輪。
ハーレイの左手の薬指と、自分の左手の薬指。
全く太さが違う指に嵌まったお揃いの指輪を目にする度に、そうっと指先でそれに触れる度に、どれほどの幸せに包まれることが出来ただろうか。
地球までの道が辛く長くとも、どれほど心が救われたろうか…。
夢だけれど、とブルーは左手を眺めて呟く。
この手に指輪は無かったけれど、と。
「…そうだな、最後まで俺たちの指に結婚指輪は無かったな…」
そしてそのまま終わっちまったな、と言いながらハーレイがブルーの左手を掴む。
「前のお前の手を俺は失くしてしまって、今もこの手に指輪は無いが…」
いずれ此処に、とハーレイの指が捉えたブルーの左手の薬指の付け根に優しく触れた。
「此処に指輪が嵌まる予定だ、お前が大きく育ったならな」
「……うん……」
そうだね、とブルーは自分の小さな左手を見た。
ソルジャー・ブルーだった頃より小さく、幼い左手。その薬指も細いけれども、ハーレイが言うとおり、いつか其処には結婚指輪が嵌まるのだ。
前の生で欲しいと夢見た結婚指輪。
さっき、ハーレイと「もしもあの時、在ったならば」と昔語りをしていた指輪が。
「ブルー、今度は二人で堂々と嵌められるんだぞ、何処ででも…な」
誰に見られても困りはしない、とハーレイの手がブルーの左手を包み込んで撫でる。
「お前は今度こそ俺のものだし、俺だけのものだ。そういう証拠をしっかり嵌めて貰わんとな」
「うん。…ハーレイも嵌めてくれるんだよね?」
「もちろんだ。でなければ意味が無いだろう? お前も何度も言っていたがな」
結婚指輪は二人揃って嵌めるもの。
お揃いの指輪を左手の薬指に嵌めていてこそ、二人で一つの恋人同士。
「…ハーレイと一緒に嵌められるんだ…。ハーレイとお揃いの結婚指輪」
「ああ。サイズはまるで別物になってしまうんだろうが、お前とお揃いの結婚指輪だ」
手を並べれば直ぐに分かる、とハーレイが微笑む。
指輪の大きさがまるで違っても、二人の薬指を並べて見ればお揃いなのだと一目で分かると。
「お前は手袋を嵌めていないし、誰にでも結婚指輪が見えるぞ。そして指輪を嵌めた手の持ち主の美人は俺のものだ、と俺の手の指輪が自慢するんだ」
「うん…。早く嵌めたいな、ハーレイとお揃いの結婚指輪」
この指だよね、とブルーは自分の小さな左手の薬指を右手の指先で摘んでみた。
細っこい指はソルジャー・ブルーだった頃よりも頼りないけれど、結婚指輪を嵌められる頃には今よりも長くてしなやかな指になる。
そしてハーレイに嵌めて貰うのだ、ハーレイとお揃いの結婚指輪を。
いつかハーレイと自分の指とに嵌まるであろう結婚指輪。
どんな指輪が其処に嵌まるのか、想像するだけで心がじんわり温かくなる。
前の生では嵌められなかった結婚指輪。欲しかったけれど、叶わなかった結婚指輪…。
「ふふっ、今度は嵌められるんだ…。結婚指輪」
早く嵌めたい、と繰り返すブルーに、ハーレイが「まだまだ先の話だからな」と釘を刺す。
「お前が大きく育たない内は結婚しないと言っただろうが」
「…そうだけど…。直ぐに大きくなると思うよ、ソルジャー・ブルーと同じくらいに」
育ったら此処に結婚指輪、と左手の薬指を引っ張って見せれば、「忘れてるぞ」と笑われた。
「その前に、まずはプロポーズだろう? いきなり結婚指輪は有り得ん」
「だったら、結婚式もだよ!」
「そうだな、其処で指輪の交換だったな。…シャングリラでは一度も見かけなかったが」
ハーレイがキャプテンとして見て来た式では誓いの言葉とキスがあっただけ。結婚指輪の交換は無かった。シャングリラにそれは無かったから。結婚指輪が無かったから…。
「じゃあ、ぼくたちが第一号かな?」
「そういうことになるんだろうなあ、シャングリラはもう何処にも無いがな」
初代ソルジャーと初代キャプテンが第一号か、というハーレイの言葉に二人揃って笑い合う。
遠い昔に結ばれながらも隠し通した恋人同士。
ソルジャーとキャプテンだった二人が遠い未来に結婚するなど、誰も思っていなかったろうと。
青い地球の上で結婚指輪を交換し合って、嵌めるなど想像しなかったろうと…。
(…ぼくとハーレイとの結婚指輪…)
ブルーはうっとりと夢を見る。
大きくなったらプロポーズされて、それから結婚式をして。
前の生では嵌められなかった結婚指輪を二人して嵌めて、同じ屋根の下で二人で暮らして…。
(ハーレイと結婚出来るんだ…。今度は結婚してもいいんだ、結婚指輪も…)
そうしてハーレイと歩いてゆく。青い地球の上で、幸せな時を紡いでゆく。
沢山、沢山のぼくたちの未来。
ハーレイとお揃いの指輪を左手の薬指に嵌めて、何処までも二人で歩いて行ける。
もう手袋は要らないから。
ハーレイが指輪を嵌めた手を見られても、困りはしない世界だから。
二人お揃いの結婚指輪。
それが祝福される世界に、ぼくたちは生まれて来たのだから……。
薬指の指輪・了
※前のブルーとハーレイの指には無かった結婚指輪。それがあったら強い絆になったのに。
今度は嵌めることが出来ます、お揃いの指輪を左手の薬指に。結婚式を挙げて…。
そして、あの17話から7月28日で8年になります。
今は週1更新のハレブル別館、その日から暫く週2更新にペースを上げますです!
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