シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
大好きなシャングリラの写真集。ブルーのお小遣いでは買えない値段の豪華版。先にハーレイが買っていて、見せて貰って気に入ったから父に強請って買って貰った。
懐かしいシャングリラを収めた写真集だから好きなのだけれど、好きな理由はもう一つあった。ハーレイが持っているものと全く同じ写真集。つまりお揃い。
(…ハーレイも今頃、見てるといいな)
ぼくとお揃いの写真集、とブルーはハーレイの書斎を思い浮かべる。一度だけハーレイの家まで遊びに行った時に覗いた書斎。落ち着いた雰囲気がシャングリラに在ったハーレイの部屋に何処か似ていた。壁紙も家具もまるで違うのに、「ハーレイの部屋だ」と感じたものだ。
その書斎の机でハーレイも写真集を見ているだろうか。ブルーとハーレイの、現時点ではたった一つのお揃いの持ち物。お揃いなのだ、と考えるだけで幸せになれる。
(…シャングリラかあ…)
ページを捲って白く優美な船を眺めた。
ブルーが守った白い船。ハーレイが舵を握っていた船。
白い鯨のようだった船を、人類軍はモビー・ディックと呼んだ。遠い昔の『白鯨』という小説に出てくる巨大な白いマッコウクジラ。
(本当に鯨そっくりだものね)
前世のブルーは本物の鯨を肉眼で見たことが無かったけれども、よく似ているとは思っていた。人類軍がモビー・ディックと名付けた頃にはブルーは深い眠りの中に居て、その名を知った時には人生の終わりがもう見えていた。
シャングリラの格納庫で対峙したキース。彼の心を覗き込んだ時、モビー・ディックという名も見付けた。彼を取り逃がした後、トォニィと共に搬送されたメディカル・ルーム。其処のベッドに横たわりながら思ったものだ。
人類から見たシャングリラもまた、白い鯨に見えるのかと。同じ鯨に見えると言うなら、やはりミュウと人類とは少し違うだけの兄弟なのだと。
いつかはきっと、手を取り合える。そういう時が必ず来ると思ったけれども、その日まで自分は生きてはいない。恐らくはこのナスカで終わる。逃がしたキースが齎すであろう災いからミュウの未来を守るためだけに、自分の命は終わるのだろう…。
ブルーの悲しい予感は当たって、メギドを沈めて前の生での命は尽きた。
けれど後悔はしていない。白い鯨を守れたから。シャングリラを守って逝ったのだから…。
(…あの船にはハーレイも乗ってたんだよ)
最期まで持っていたかったハーレイの温もりを失くしてしまって凍えた右の手が冷たかったし、独りぼっちになってしまったと、独りきりで逝くのだと泣きながら死んだ。
それでもハーレイが乗っている船は無事に遠くへ飛べたであろうと、ハーレイには自分の分まで生きて欲しいと願いながらの最期でもあった。
ハーレイと二人、幸せな時を過ごさせてくれたシャングリラ。楽園という名の白い船が地球まで行けるようにと、青い地球に辿り着けるようにと、そう祈ることも忘れなかった。
独りぼっちの最期だったけれど、皆が幸せであるようにと…。
(シャングリラは地球に行けたんだよね)
その地球は青くなかったとはいえ、白いシャングリラは辿り着いた。其処からミュウと人類との手を取り合っての歴史が始まり、今では人は皆、ミュウとなった。
死の星だった地球は再生を遂げて、役目を終えた白い鯨も遙かな時の彼方へと消えた。ブルーが守った懐かしい船。シャングリラはもう記録の中にしか存在しない。映像や写真は残っていても、あの白い鯨を肉眼で見ることはもう叶わない。
(でも……)
ブルーは写真集のページをパラリと捲った。
宇宙空間に浮かぶシャングリラ。忘れようもない白い船体。
(…見たような気がするんだけどなあ、シャングリラを…)
前の生ではなく、今の生で。夢の中ではなく、何処かで、確かに。
自分の前世がソルジャー・ブルーだったことなど知りもしなかった幼い頃に、目にしたと思う。
今よりもずうっと小さかった頃、記憶すらも曖昧な幼児だった頃に。
今の生の記憶に微かに残った白い船。それを見たのは何処だったろうか?
(…いつだったのかも分からないよ…)
ブルーは懸命に記憶を辿る。せっかく端っこを掴んだのだから、白いシャングリラを手繰り寄せたい。何処で見たのか、何処でシャングリラに出会ったのかを思い出したい。
本物のシャングリラでないことだけは確かだけれども、今のブルーには懐かしい船。前の生での記憶と重なる、今の生で見たシャングリラ。あのシャングリラを何処で見たろう?
(…遊園地かな?)
あそこで白いシャングリラの姿を見た。そう、はっきりと思い出せる。
シャングリラは今の歴史の中では一番有名で人気の高い宇宙船。今は無い白い鯨に誰もが憧れ、一度は乗ってみたいと願う。ゆえに遊園地ではシャングリラは定番の乗り物だった。
小さな子供向けのコースターにも使われていたし、大人向けのスリリングな遊具の類もあった。もちろんブルーもシャングリラに乗ったことがある。
(でも、あれじゃないよ…)
あんな風に決まったコースなどに縛られた乗り物ではなくて、もっと広い場所で。もっと自由に翔けるシャングリラの姿を見かけたと思う。
(…白くて、何処までも走って行ったよ…)
そう、シャングリラは走っていた。自由自在に右へ左へと、ずっと遠くまで走って行った。
(んーと…。えーっと…)
青い青い空の下、真っ白に輝くシャングリラ。気持ち良さそうに青い波を切って、まるで本物の白い鯨が泳ぐみたいに…。
(そうだ!)
思い出した、とブルーは顔を輝かせた。
小さな頃に両親と出掛けた青い海。シャングリラには其処で出会ったのだ。
父と母に連れられ、二人が漕いでくれるペダルボートで海に出た。海水浴場と隣り合っていた、波の静かな湾だったと思う。小さかったブルーは両親の間にチョコンと座って周りを見ていた。
小さすぎた足はペダルに全く届かなかったし、届いたとしても漕ぐ力が無い。だからチョコンとシートに腰掛け、漕ぎ出した海を眺めていた。水平線まで広がる海。青くてキラキラ輝く海。
ゆらゆらとペダルボートを揺する波は優しく、船酔いしたりはしなかった。はしゃぎながら海を進んでいたら、白いシャングリラがやって来た。背中に五、六人の人を乗っけて、エンジンのついた小さな船に曳かれて。
海水浴に来た若者たち。歓声を上げる男女を白い背に乗せ、白い鯨は海を走った。波に揺られて上下しながら、あるいは左右に急にカーブを切りながら。
(…うん、本当にシャングリラだった…)
本物の地球の海に浮かんだシャングリラ。
幼いブルーが見たシャングリラは、今から思えばバナナボートの一種だろう。バナナボートなら後にも何度も目にしたけれども、シャングリラはあの一度だけ。
あれは確かにバナナではなく、白い鯨でシャングリラだった。
多分、変わり種のバナナボート。ありきたりの形ではつまらないからと作られたのか、持ち主の趣味を反映したか。どうして出来たのか分からないけれど、シャングリラの形のバナナボート。
あのシャングリラは今も何処かにあるのだろうか。
水泳が好きで海へも泳ぎに出掛けるというハーレイは見たことがあるのだろうか?
とてもよく出来たシャングリラの形のバナナボートは、青い海で気持ち良さそうだった。
本物のシャングリラが在った間には地球に青い海は戻って来なくて、シャングリラは青く澄んだ海を知らない。けれどシャングリラが青い地球の海に下りていたなら、あんな風に波間に浮かんだだろう。文字通り白い鯨のように。自分たちも人類もそう見立てていた、本物の白い鯨のように。
(…ぼくが見たのって、バナナボートのシャングリラだったんだ…)
幼かったブルーが覚えていたのは珍しかったからなのだろうか。
それとも記憶が戻る前から「シャングリラだ」と何処かで気付いていたのだろうか?
バナナボートのシャングリラ。
前の自分が守った白い船にそっくりな形をした乗り物。
楽しそうに笑う人たちを乗せて、真っ青な海を走って行った。
そんなシャングリラを見ることが出来て良かったと思う。ミュウの命を守るために在る箱舟ではなく、遊具になったシャングリラ。遊園地のシャングリラも悪くないけれど、船はやっぱり青い海が似合う。波を切って走る白いシャングリラは、本当に幸せそうだったから…。
まだ小さかった頃に出会ったバナナボートのシャングリラ。
ブルーはほんの小さな子供だったけれど、二十三歳も年上のハーレイは一人前の大人だった筈。もしも見たならきっと覚えていることだろう、とハーレイが家にやって来た時に尋ねてみた。
「ねえ、ハーレイ。…バナナボートって知ってるよね?」
「知ってるが…。バナナボートがどうかしたか?」
ブルーの部屋でテーブルを挟んで向かい合わせに座って、怪訝そうな顔をしているハーレイ。
「えっとね…。小さい頃に海で見たんだ、シャングリラの形のバナナボートを。…ハーレイも見たことあるのかなあ、って思ったから…。ハーレイ、知ってる?」
「ああ、そういえば…。あったな、俺も海で見かけた」
乗ったことは無いが、とハーレイの鳶色の瞳が懐かしそうな光を湛えた。
「お前もあれを見てたのか。…うん、実によく出来たシャングリラだったな」
「今もあるの?」
「いや、最近は見てないな…。人気はあったが、バナナボートとしては不出来だしな? 安定した乗り物はバナナボートの本来の姿じゃないってことだ」
バナナボートは乗っかった客を振り落としてこそだ、とハーレイは笑う。背中に乗せた人たちを落とさずに走っていたシャングリラはバナナボートの邪道なのだ、と。
「バナナボートに乗ったからには落っこちないとな? 形が気に入って乗った客でも、また乗るとなったら落っこちる方を選ぶだろうさ。リピーターを掴めないバナナボートってヤツだ」
「そっか…。新しいのを作らなかったんだね、きっと」
「多分な。現役の間はよく見かけたから、間違いなく人気はあったんだろうが」
普通のバナナボートが二人くらいしか乗せていない時でも、定員一杯に乗せて走っていたというシャングリラの形のバナナボート。今は無いらしいと聞くと少し寂しい。
「シャングリラ、なくなっちゃったんだ…。ちょっと残念…」
「おいおい、お前はどのみち乗れないだろうが。落ちなくても波はかぶるんだぞ」
ブルーの弱く生まれた身体は水の世界と相性が悪い。プールに十分を超えて浸かっていることは厳禁だったし、海でも同じだ。波を全身に浴びるバナナボートで海に乗り出すことは難しい。
「そうなんだけど…。乗りたかったな、海に浮かんでるシャングリラ…」
幼い頃の記憶に残った、青い海を走るシャングリラ。
あの船に乗って走りたかった、とブルーは思う。前の生では辿り着けなかった地球の海の上を、白いシャングリラで走りたかった。
ブルーが守った白い船。ハーレイが舵を握っていた船。
そのシャングリラと同じ形の、真っ白なバナナボートに乗って……。
(乗りたかったんだけどな、シャングリラに…)
今もあるのなら、あれに乗って海に出たかった。けれどハーレイは見かけないと言うし、とうに引退して普通の黄色いバナナボートが代わりに走っているのだろう。
(…いつかハーレイと海に行けるようになったら、一緒に乗ってみたかったのに…)
そう、乗るのならハーレイと一緒。シャングリラは二人で乗っていた船。他にも大勢乗っていたけれど、二人で暮らした懐かしい船。あの白い船で地球へ行くのだと思っていた。
(…地球には来られたんだけど…。もうシャングリラは無かっただなんて…)
ハーレイと二人、生まれ変わって来た世界では長い長い時が経ち過ぎていた。青く蘇った地球が在った代わりに、白い鯨は無くなっていた。シャングリラを地球の海に浮かべたくても、何処にも残っていはしない。シャングリラで地球の海には行けない…。
(ハーレイが連れてってくれる筈だったのに…。地球に……)
前の生でハーレイは何度もブルーに誓った。この船でブルーを地球に連れてゆくと。ハーレイの手を振りほどいてメギドに飛んでしまったブルー。そうしてブルーがいなくなっても、ハーレイは白い鯨を地球まで運んだ。ブルーの最後の言葉を守って、白い鯨を運んで行った。
(…ハーレイはちゃんと守ったんだよ、ぼくとの約束。…ぼくが勝手にいなくなっただけで…)
どうせ地球までは持たない命だと悟ってはいたが、シャングリラに乗っていさえしたなら、魂は地球に着けただろう。ハーレイの懐に優しく抱かれて地球まで運んで貰えただろう。
その地球は青くなかったけれど。澄んだ水の星はあの時代には死に絶えていたのだけれど…。
(…シャングリラで地球に辿り着けても青い海が無くて、海があったらシャングリラが無くて…)
地球の青い海と白いシャングリラは並び立たないものらしい。
バナナボートのシャングリラならば存在出来たが、それも今は無く、在ったとしてもブルーには乗れないらしい乗り物。
(ぼくって地球の海と相性、最悪?)
あんなに焦がれた地球だったのに、いざ着いてみたらこの有様。両親が漕ぐペダルボートとか、引っ張ってくれた浮き輪とか。海に関するブルーの思い出は「おんぶに抱っこ」なものばかりで。
(いつかハーレイと海に行っても、そうなっちゃうのかな?)
ブルーはろくに泳げはしないし、海に入っていられる時間も短い。水泳が得意と聞くハーレイにすれば、些か厄介な連れかもしれない。二人で海を楽しめる道はあるのだろうか?
(んーと…)
何か無いかな、と思った途端に閃いた。ハーレイはキャプテン・ハーレイだった…!
(そうだ、ハーレイはキャプテンだっけ!)
シャングリラのキャプテンだったハーレイ。キャプテンといえば船長のことで、海に浮かぶ船も宇宙船でも船長は船を動かせる人。
地球の青い海に白いシャングリラは無理だけれども、代わりの船ならいくらでもある。そういう船で海に出るなら、ブルーだってハーレイに付き合える。バナナボートのシャングリラは水飛沫で濡れてしまうから乗れないけれど、普通の船なら濡れはしないし…。
「ハーレイ、船の運転って出来る?」
ブルーは赤い瞳を煌めかせた。運転という言葉は変だったろうか?
「船?」
「うん、海に浮かんでる船のことだよ。ハーレイが運転出来るんだったら乗せて欲しいな」
「…生憎とそれは出来ないんだが…。俺の免許は車だけでな」
「ええっ? ハーレイ、車しか乗れないの?」
まさか、とブルーは驚いた。巨大なシャングリラを動かしていたキャプテン・ハーレイが車しか運転出来ないだなんて、俄かには信じられなかったが、そういえば自分も似たようなもの。前世と同じタイプ・ブルーのくせに、サイオンの扱いは不器用としか言えないし…。
「車の免許だけで悪かったな。…しかしだ、免許と言うだけだったら今の俺の方が上なんだが? 車の免許でもあるだけマシだ。前の俺は全くの無免許だったぞ」
「あっ…!」
「思い出したか? 若い連中にはとても言えんな、キャプテンは実は無免許です、とはな」
「そ、そういえば、無免許だったっけ…」
シャングリラにも免許というものはあった。シャングリラの操舵は試験をパスしたクルー以外は出来なかったし、それが出来たのはごく少数の優秀な者。機関部なども同じだったが、ブリッジで彼らを指揮する長老たちは試験をパスしていなかった。
アルタミラからの決死の脱出行。船を扱う術など誰も知りはせず、データベースに有った手順を実行しただけ。飛び立った後もそれは同じで、日々の積み重ねで操船を覚え、ついには船の改造が出来るレベルにまで到達した。
シャングリラはそうやって出来たけれども、キャプテンだったハーレイも機関長のゼルも、他の面々も現場で叩き上げた揺るぎない技術を持っていただけ。後進の育成のために試験制度を設けた時も受験したりはしなかった。ゆえにキャプテンが無免許になってしまったわけで…。
「ハ、ハーレイ…。それ、最後まで内緒だったんだよね?」
「もちろんだ。航宙日誌にも書いていないぞ」
誰も知らん、とハーレイが笑い、ブルーも笑った。
シャングリラの偉大な初代キャプテン、キャプテン・ハーレイは無免許運転だった、と。
無免許だったキャプテン・ハーレイ。
あの時代だったから、あの真っ白なシャングリラだったから、それで通った。
けれど今ではそうはいかないし、船の免許を持たないハーレイに船に乗せては貰えない。
(でも、乗りたいよ…。本物の海で、ハーレイと船に…)
シャングリラが無いなら、普通の船でもかまわないから。
それなのに普通の船はハーレイには無理で、バナナボートのシャングリラが今も現役で在ったとしたってブルーはバナナボートに乗れない。二人揃って船に乗るにはどうすれば…。
(えーっと、えーっと…)
ハーレイと一緒に乗れる船、と懸命に考えていたら思い出した。バナナボートのシャングリラと出会った、両親と乗っていたペダルボート。あれならば乗れる。足でペダルを漕ぐだけのボート。
「そうだ、ペダルボートに乗ろうよ、ハーレイ!」
ブルーは赤い瞳を輝かせた。
「あれなら小さなぼくでも乗れたよ、パパとママに漕いで貰って乗ってた! ハーレイと乗る時は自分で漕げるし、あれに乗って地球の海を見ようよ!」
本物の地球の青い海だよ、とハーレイに強請る。いつか自分が大きくなったら、ペダルボートで青い海の上に漕ぎ出したい、と。
「…ペダルボートって…。二人で漕ぐアレか!?」
ハーレイは目を白黒とさせたが、ブルーは「うん」と笑顔で頷く。
「二人で乗れる船、あれしか無いでしょ?」
「あ、あれはだな…! 大人が乗る時は恋人同士とか、そういうのが定番の乗り物で…!」
「ぼくたち、恋人同士だよ? あっ、その頃にはちゃんと結婚してるかも!」
ブルーはますます乗りたくなった。恋人同士で乗る乗り物なら、なおのこと大好きなハーレイと二人で乗って地球の海へと漕ぎ出したい。前の生で辿り着けなかった海へ、今度は二人でペダルを漕いで。そう、白いシャングリラを二人で地球まで運んで行こうとしたように。
ブルーが守った白い船。ハーレイが舵を握っていた船。
白いシャングリラの代わりにペダルボートを二人で漕いで、本物の地球の青い海の上を…。
「…参ったな……」
ペダルボートは恥ずかしいんだが、とハーレイが呻く。
「せめて普通のボートにしてくれ、それなら俺が漕いでやるから」
「…あれは免許は要らないの?」
「要らんさ、ゴムボートに免許は要らんだろうが」
ボートにしよう、と提案されてブルーは少し考えてみる。
青い海の上へと出てゆけるのなら、小さなボートも悪くない。しかもハーレイが漕ぐと言う。
(二人でペダルを漕ぐのもいいけど、漕いで貰うのもいいかもね…)
キャプテン・ハーレイが操る船なら、それはシャングリラと変わらない。小さな小さなボートであっても、ハーレイが舵を握る船。ハーレイの意のままに動いてゆく船。
「ボートでもいいよ」
それでいいよ、とブルーはニッコリ微笑んだ。
「ハーレイがキャプテンで船長なんだね、その時には」
「そうなるな。…だったら周りに人が居なけりゃ久しぶりにやるか、面舵いっぱーい、と」
「うんっ! ぼくたちだけのシャングリラだよね」
「二人だけだな、うん、間違いない」
シャングリラを二人で独占なんだな、とハーレイが嬉しそうな笑みを浮かべた。
「…お前を地球まで連れて行きたかった。今度こそ夢が叶うらしいな、貸しボートだがな」
「それでも、ぼくたちのシャングリラだよ」
「ああ。…いつか乗ろうな、俺とお前と二人だけでな」
「約束だよ? ボートのシャングリラで海に出ようね、青い青い海へ…」
小さかった頃に見たバナナボートのシャングリラ。
楽しそうに笑う人たちを乗せて、気持ち良さそうだった真っ白なシャングリラ。
ぼくがハーレイと乗ってゆくボートも、あのシャングリラみたいに幸せに溢れているんだろう。
だって、ハーレイと二人だから。
二人だけのためにあるシャングリラに乗って、ぼくたちは海に出るんだから。
前の生から焦がれ続けた青い地球の海へ、ハーレイがシャングリラの舵を握って……。
青い海のボート・了
※幼かった日にブルーが見ていた、バナナボートのシャングリラ。今は平和な時代です。
そしてキャプテン・ハーレイは実は無免許、古き良き時代と言っていいやら悪いやら…。
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