シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
それは本当に些細なきっかけ。元はおやつのチェリーパイ。学校から帰ったブルーを待っていた母のお手製のパイだった。今は秋だから、ブルーの家がある地域の周辺でサクランボは採れない。パイのサクランボは甘いシロップに漬けられた保存用だったのだけれど。
母と二人でのティータイム。チェリーパイのお供はホットのミルクティー。
(んー…)
美味しい、とパイを味わっていて思い出す。
ハーレイと再会して間もない頃が生のサクランボの旬だった。母が作ってくれたタルトや、器に盛られた赤いサクランボをハーレイと一緒に何度も食べた。休日の土曜と日曜はもちろん、平日も頻繁に会っていたから、二人で幾つサクランボを食べたのだろう。
十個や二十個で済むわけがない。もっと沢山、五十個くらいか。あるいは一人で五十個以上?
(…シャングリラの頃だと有り得ないよね?)
ブルーはチェリーパイをフォークで切って口へと運んだ。その部分だけでサクランボが二個。
シャングリラにも在った、サクランボ。前の生でハーレイと暮らしていた船。
公園と、居住区に散らばる幾つかの庭にサクランボの木が植えてあった。花は心を和ませるから花の咲く木を、と選ばれた一つがサクランボ。桜によく似た花が咲く上に、サクランボが出来る。花を楽しむだけの桜を植えるより、サクランボにしようと言い出したのは誰だったのか…。
(ゼルだったかな? それともヒルマンだったっけ?)
言い出しっぺが誰だったのかは忘れたけれども、ブルーもサクランボの木がいいと思った。花を愛でた後に食べられる実が出来るだなんて、まさに一石二鳥だから。
(…そういう木って多かったよね…)
桃やアンズの木も植えた。そんな果樹たちに確実に実を結ばせるためにミツバチの世話になっていた。公園や庭の一角に置かれたミツバチの巣箱。子供たちのいい教材だった。
果樹もミツバチも、人類側から失敬したもの。シャングリラで増やして、きちんと世話をした。気温の調節、それに水やり。細やかな世話に果樹たちは豊かな実りで応えてくれた。
けれどサクランボは食べ切れないほどに採れはしないし、たっぷり食べるのは子供たち。大人はデザートに添えられる程度で、チェリーパイやタルトはシーズンに一度あったらいい方。
そんなサクランボが、ソルジャーだったブルーには特別に多めに届けられた。
たった一人きりの戦える者で、シャングリラを守る神にも等しい存在だと皆が崇めていたから。ブルー自身は「ぼくはそんなに偉くはないよ」と否定したけれど、皆の思いは変わらない。温かい心遣いを「ありがとう」と受ければ皆が喜ぶ。ソルジャーが喜んで下さった、と。
(全然、偉くはなかったんだけどね?)
でもサクランボは美味しかったな、と青の間に届けられた沢山の赤い実に思いを馳せた。
ブルーが一人で食べてしまうには勿体ない数のサクランボ。皆はブルーが毎日少しずつ食べたと信じ込んでいたが、実の所は二人で分けて食べていた。
毎夜、青の間を訪れるハーレイ。前の生で愛したキャプテン・ハーレイ。そのハーレイと二人、赤く熟したサクランボの実をゆっくりと味わい、甘酸っぱい恵みを楽しんでいた。
青の間にサクランボが届けられたら、保存しておく冷蔵庫。其処から食べる分だけ取り出して、ガラスの器に盛って。テーブルで二人、向かい合いながらサクランボを一つずつ摘んで食べた。
「ハーレイ、今年のサクランボもよく実ったね」
「ええ。あなたの瞳のように赤くてとても綺麗ですよ、それに美味しい」
ハーレイが真っ赤なサクランボの軸を武骨な指で摘んで、艶やかな実とブルーの瞳とを見比べた後で口に入れると、舌先で転がす。まるでブルーの赤い瞳を口に含んでいるかのように。
「ぼくの目は食べられないと思うんだけれど?」
意地悪くブルーが笑ってみせれば。
「いえ、こうすれば食べられますよ」
椅子から立ち上がったハーレイがブルーのすぐ隣に来ると、腰をかがめて口付けて来た。唇ではなく、瞳を目掛けて。思わずブルーが瞑った瞼に、ハーレイのキス。そうっとサクランボを味わうように、赤い瞳を食べるかのように。
(まさかキスとは思わなかったよ)
両目とも食べられてしまったっけ、と懐かしく思い出していて。
(……キス?)
そういえば、もう一つキスの思い出があった。
真っ赤に熟れたサクランボの実と、ハーレイのキスと。
(そうだ、サクランボの軸を口の中で…)
母が焼いたチェリーパイを頬張りながら、ブルーはシャングリラでの遠い日々を思った。
キャプテンだったハーレイに教えて貰った話。サクランボの軸に纏わる小さな思い出。
「ブルー、この軸を口の中で結ぶことが出来ますか?」
「軸?」
「ええ、こんな風に」
ブルーの目の前でハーレイはサクランボの実を食べ、残った軸を口に含んで暫くしてから。
「…如何ですか?」
サクランボの種を捨てる器にハーレイの舌がポトリと落とした軸。緑色の軸はクルリと結ばれ、元の真っ直ぐではなくなっていた。
「ハーレイ、サイオンを使ったのかい?」
「いいえ、使っていませんが? 舌を使って結んでみました」
「舌で?」
驚いたブルーは早速挑戦してみたけれども、上手くいかない。そもそも舌をどう使うのかすらも分からない。悪戦苦闘した末に「駄目だ、ぼくには才能が無い」と軸を器に放り出せば。
「御存知ですか、ブルー? 口の中で軸を結べる人はキスが上手いのだそうですよ」
「キスが?」
ならば結べない自分はキスが下手なのだろうか、とブルーは愕然とした。
「…ハーレイ、ぼくはキスが下手かな?」
「さあ、どうでしょうか? 私は簡単に結べるのですが…」
ほんのちょっとしたコツなのですよ、とハーレイがサクランボを食べ、その軸をまた舌で見事に結んでみせる。本当に簡単そうに見えるのだけれど、ブルーにはコツが分からないそれ。
ハーレイは軸を上手く結べて、ブルーはどう頑張っても結べなかった。
それ以来、サクランボが実る度に二人で遊んだ、サクランボの軸。
口の中で結べる人はキスが上手いとハーレイに教わったサクランボの軸…。
「ブルー? なんだか嬉しそうね?」
母の声でブルーは我に返った。此処はシャングリラでも青の間でもなく、今は母と二人のティータイム。サクランボだって生ではなくて、シロップ漬けのチェリーパイで…。
「え? う、うん、ちょっと…」
頬が赤くなりそうなのを懸命に堪え、落ち着くためにミルクティーをコクリと一口。
「えっとね、昔の…。ううん、前のぼくのことを思い出してた」
シャングリラにもサクランボの木があったんだよ、と思い出話をしておいた。公園などに在って花と実を両方楽しんでいたと、ミツバチの巣箱も置いていたのだと。
「あらあら…。凄かったのねえ、シャングリラって」
「でしょ? それでね、ぼくはソルジャーだったからサクランボを沢山貰えたんだよ」
他の大人より沢山貰った、と話したけれども、軸の話はしなかった。ハーレイと二人で食べたと懐かしそうに語っただけ。青の間で二人で食べていたのだ、と。
そうして、母におやつを強請る。
土曜日にハーレイが訪ねて来る時、またチェリーパイを焼いて欲しい、と。
サクランボの軸とキスの話など知らない母は、夕食の席で父にシャングリラの話を聞かせた。
可愛い一人息子のブルー。
前世はソルジャー・ブルーだった小さなブルーの思い出話は、両親だって共有したい。十四歳の小さなブルーが前の生で何を眺めていたのか、どんな暮らしをしていたのか、と。
「ほう、シャングリラにもサクランボの木があったのか…」
感心する父に、母が「凄いでしょ?」と自分のことのように得意げに微笑む。
「この子ったら、ソルジャーだから沢山貰っていたんですって、サクランボの実を」
「なるほど、ソルジャーの特権だな」
父も嬉しそうな顔で笑った。まるで今のブルーが賞でも貰って来たかのように。
「その思い出のサクランボか。…うん、いい話を聞いたな、ママ」
「ブルーが言うのよ、ハーレイ先生にもチェリーパイをお出ししたい、って」
「そうだろうなあ、思い出したんなら当然だろう」
誰だって思い出は懐かしいものだ、と父は可愛い息子に「なあ?」と笑顔を向けて。
「チェリーパイと一緒に生のサクランボもハーレイ先生に御馳走しようか。どうだ、ママ?」
「そうね、輸入物が入って来ている頃よね。そうしましょ、ブルー」
「ホント!?」
ブルーは歓声を上げて喜んだ。
チェリーパイだけで充分なのだと思っていたのに、輸入物の生のサクランボ。チェリーパイだとサクランボの軸はついていないが、生のサクランボなら軸もついていて思い出そのまま。
きっと素敵な土曜日になる。チェリーパイと生のサクランボ…。
ブルーが住んでいる、遠い遠い昔は日本という島国があった地域。此処でのサクランボの季節はとうに終わってしまったけれども、青い地球の反対側の地域は今がサクランボの採れるシーズン。
待ちに待った土曜日、母は約束通りにチェリーパイを焼いて生のサクランボも用意してくれた。
訪ねて来たハーレイとのブルーの部屋でのティータイム。テーブルの上にチェリーパイとは別に新鮮な赤いサクランボ。ガラスの器に盛られた瑞々しく光る生のサクランボ。
「ねえ、ハーレイ。…シャングリラのサクランボ、覚えてる?」
ブルーはサクランボを一つ、摘み上げて尋ねた。
「ああ。お前と二人で毎年、食ったな」
あれもこういうサクランボだった、とハーレイも懐かしそうに一つ摘んで眺める。
「じゃあ、軸は? 軸で遊んだのも覚えている?」
「…軸?」
「うん。ハーレイは軸を上手く結べて、ぼくは結べなかったんだよ」
赤い実をパクリと食べたブルーが指に残った軸を弄び、ハーレイは「うーむ…」と低く唸った。
「……やっぱりそういう魂胆だったか……」
「バレちゃってた?」
「チェリーパイだけなら気付かなかったが、こうして生のを出されるとな」
悪戯者め、とハーレイが軽くブルーを睨んで。
「お前、お母さんには何て言ったんだ? 軸の話なんぞは黙っていたろう、悪戯小僧」
「ハーレイと食べたってちゃんと言ったよ、サクランボ」
「俺が言うのは軸の話だ。口の中で軸を結ぶ話はどうなったんだ」
「……言うわけないよ……」
言えるわけないよ、とブルーは唇を尖らせた。
「そんなの言ったらママにバレちゃう。…ハーレイはぼくの恋人だ、って」
「別にそうとも限らんのだがな?」
競い合うヤツも世の中には居る、とハーレイが笑う。
「俺は出来るだの、コツを教えろだのと友達同士で騒ぐヤツらも居るもんだ。男にとっては大問題だしな、キスが上手いか下手かというのは。そういう話も知らん子供がサクランボなんぞ…」
まあ見てろ、とハーレイは摘んでいたサクランボの実を食べた後に軸を口の中へ。ブルーの目の前でハーレイの口の周りが動いたかと思うと、種を入れる器にヒョイと結ばれた緑色の軸。
前の生での記憶そのままに、クルンと結ばれたサクランボの軸…。
「凄い、やっぱり出来るんだ!」
悪戯小僧と詰られたこともすっかり忘れて、尊敬の眼差しになるブルー。
今のハーレイもやっぱり凄い、と褐色の肌の恋人にまじまじと見惚れたのだけれど。
「ん? 記憶を取り戻す前から俺は出来たが? 競い合うヤツも居ると言っただろうが」
学生時代はよくやったもんだ、とハーレイは柔道と水泳に夢中だった若い日の思い出を語った。サクランボが出回る季節でなくても、何かのはずみに軸を結ぶ話。出来る、出来ないで騒いだ末に軸つきのシロップ漬けを買って来て腕を競ったり、その腕を披露する相手の有無で笑ったり。
「血気盛んな若い男が集まると凄いぞ、結ぶ腕前まで競い合いだ」
「結ぶ腕前?」
「こんなに短い軸でも結べる、と自慢するのさ。俺は二センチの軸でも結べた」
「二センチ!?」
たった二センチのサクランボの軸。器に盛られたサクランボの軸はそれより長いし、遙かな昔にシャングリラで食べたサクランボの軸も長かった。
前のハーレイが口の中で結んだサクランボの軸は二センチよりずっと長かった。
ならば、ほんの二センチしかない軸を結ぶことが出来る今のハーレイは…。
「じゃあ、ハーレイ…。キスは前よりもっと上手いの?」
「…どうだかな?」
こんな動機でチェリーパイだの生のサクランボだのを持ち出すヤツには教えられんな。
それより、お前も今度は上手くなったらどうだ?
ハーレイの鳶色の瞳が悪戯っぽい光を帯びてブルーを捉える。
「……前のぼくって、下手くそだった?」
ブルーは俄かに心配になった。
サクランボの軸を口の中で結ぶことが出来なかったソルジャー・ブルー。それが前の自分。
あの頃は気にしていなかったけれど、自分はキスが下手だったのだろうか…?
キスが下手だったかもしれないソルジャー・ブルー。
小さなブルーはハーレイにキスを強請っては断られて来たが、強請るからには自信があった。
今の身体は小さいけれども、中身の方は一人前。キスだってちゃんと出来るのだ、と。
それなのに前の自分のキスが下手なら、今の自分もキスは下手くそ。ソルジャー・ブルーだった頃のキスしか出来ないのだから、下手くそということになる。
(…ぼくって下手なキスしか出来ない…?)
どうしよう、と落ち込みそうになって来た。どんよりと項垂れるブルーの額にハーレイの褐色の指が伸びて来て、ピンと弾いて。
「おいおい、キスも出来ないチビのくせして落ち込むな。…前のお前だが、俺はキスが下手だとは思わなかったぞ」
「ホント!?」
「本当だ。…ただ、如何せん、比較対象が…な? お前以外に知らなかったし」
「…えっ……」
思わぬ言葉にブルーは絶句し、その意味を暫く考えてから慌てて口を開いた。
「も、もしかしてハーレイ、今は誰かとキスしたことある!?」
比較対象というのは、そういうこと。比べる誰かがいないことには上手いか下手か分からない。今のハーレイは自分以外の誰かとキスをしたのだろうか?
(…ハーレイ、ぼくよりずっと年上…)
学生時代はモテたとも聞く。たまたま結婚しなかっただけで、キスも、もしかしたらキスよりも先の色々なこともハーレイは経験済みなのだろうか…?
(……ぼくだけなんだと思っちゃってた……)
ハーレイの相手は自分だけだと思っていたのに、それは間違いなのかもしれない。記憶が戻ったハーレイはブルーの恋人だけれど、それよりも前のハーレイは自由。恋をするのもキスをするのもハーレイ次第で、モテていたなら恋の一つや二つどころか、十も二十も……。
(……あんまりだよ……)
それは困る、と泣きたい気分になってくるけれど、時間は逆に流れない。
大好きなハーレイが自分以外の誰かとキス。何人もとキスを交わしていた上、その先のことまでとっくの昔に……。
ぽたり。
ブルーの赤い瞳から涙が零れてテーブルに落ちた。
ハーレイは自分一人のものではなかった。きっと他にも沢山、沢山……。
「…ハーレイ、前に恋人、いたんだ…。ぼくよりも前に、誰かとキスして……」
後は言葉にならなかった。ただポロポロと涙が零れる。
大好きなハーレイを盗られてしまった。生まれて来るのが遅かったばかりに、誰かがハーレイを盗ってしまった。こんなにハーレイが好きなのに。ハーレイのためだけに生まれて来たのに…。
「…泣くな、馬鹿。…泣くんじゃない」
お前だけだ、とハーレイの大きな手がブルーの頭をクシャリと撫でた。
「仮に誰かが居たとしてもだ、今の俺にはお前だけだ。…俺はお前しか好きにならない」
俺を信じろ、と鳶色の瞳がブルーを真っ直ぐに見詰めて深い色に変わる。
「俺にはお前だけなんだ。一生、お前一人しかいない。…お前以外には誰も要らない」
「……ホント?」
「本当だ。やっとお前を見付けたというのに、どうやって他を向けと言うんだ」
お前だけしか欲しくはない。
俺の隣に居てくれるヤツはお前だけしか欲しくはない。
だから大きくなってくれ、ブルー。
ゆっくりでいいから、前のお前と同じ姿に。その日までキスは出来ないんだからな。
「…うん。…うん、ハーレイ……」
大きくなる、とブルーは涙を拭って答えた。
早くハーレイとキスが出来るよう、頑張って早く大きくなるから…、と。
何度も繰り返し「お前だけだ」と言って貰って、ようやっと涙が止まったブルー。
その顔に笑みが戻るのを待って、ハーレイはサクランボを一つ摘み上げた。
「いいか、泣き虫。…俺には一生お前だけだが、心配だったら練習しておけ。キスじゃなくって、サクランボの軸だ。上手く結べたらキスも上手くなる」
俺の腕前はこの通りだ、と軸を短く折ったハーレイ。自慢していた二センチほどの長さ。それを口に入れ、舌で見事に結んで見せた。それから悠然とサクランボを食べる。
「どうだ、お前もやってみるか? そのために用意していたんだろう、サクランボ?」
「そうだけど…。そうなんだけど!」
二センチなんて無理に決まっているから、ブルーは長い軸を口に含んだ。しかしどうにも上手くいかない。結ぶどころか曲げることさえ出来はしないし、ズルをしようにもサイオンだって扱えはしない。意のままにならないサクランボの軸。
「うー…」
どう頑張っても結べないまま、吐き出すしか無かったサクランボの軸。ハーレイが結んだものと見比べて情けなくなり、やはり自分はキスが下手かもと考えてしまう。
(…下手くそだなんて…。ぼくのキス、うんと下手くそだなんて……)
ハーレイに何と思われるだろう?
前よりも上手にサクランボの軸を結べるハーレイ。二センチしかない軸を結べるハーレイ。
キスが上手くなったハーレイからすれば、前と変わらない自分のキスは下手くそ…。
「おい。また何かとんでもないことを考えてるな?」
顔に出てるぞ、と大きな手がブルーの頭をポンポンと軽く優しく叩いた。
「安心しろ、キスはお前としかしない。…そして下手くそでも、それがお前のキスなんだ。…俺にとっては何よりも甘い。この世で最高のキスなんだ、ブルー」
そう言ったハーレイはサクランボを摘み、また軸を口の中でヒョイと上手に結んでいたから。
自分も頑張った方がいいのだろうか、とブルーは真剣に悩んだけれども、軸つきのサクランボは毎日手に入らない。シロップ漬けでも毎日は無理で、生の果実は季節が過ぎれば姿が消える。
ほんの少しの間、サクランボに夢中で「買って」と強請っていたブルー。
父や母が見ていない時に口の中で軸を結ぼうと練習したブルー。
けれど努力が実を結ぶ前に、新鮮な赤いサクランボの実は母が行く店から消えてしまった。
シロップ漬けは沢山食べれば飽きるし、もうサクランボはいいか、と思った。練習をするなら、また来年。この地域でサクランボの実が採れる季節に頑張ればいい。
(うん、来年になったらきっと出来るよ、上手になるって!)
シャングリラに居た頃よりも沢山のサクランボが食べられる今。
練習の材料には事欠かないから、前の生よりも上達するに違いない。ソルジャー・ブルーだった自分に出来なかった偉業を成し遂げるのだ、と小さなブルーは自分に誓った。
今度の生こそ、サクランボの軸を口の中で見事に結んでみせる。
ハーレイは二センチの軸を結べるようになっているのだし、自分だってきっと出来る筈。
(うん、絶対に大丈夫!)
勝負は来年、と固く誓いを立てていたくせに。
無垢な子供はすぐに忘れて、ハーレイが誰かとキスをしたかも、という不安も時の流れに消えて忘れる。
そうして小さなブルーは夢見る。
いつか自分が大きく育って、ハーレイとキスを交わす日の夢を…。
サクランボ・了
※サクランボの軸を口の中で結べる人は、キスが上手だと言われても…。
頑張っていたらしいソルジャー・ブルー。果たしてキスは下手だったんでしょうか…?
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