シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
桜の花咲く入学式を経てシャングリラ学園、新年度スタート。私たちは毎度お馴染みの1年A組、担任はグレイブ先生です。入学早々の抜き打ちテストやクラブ見学などの行事も一段落して、今日から授業スタートで。放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へレッツゴー!
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
授業が始まるとみんなが来るのが遅くなるよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は残念そう。昨日までは行事の最中に抜け出して遊びに来たりもしていましたけど、当分それは無理っぽく…。
「授業が始まると抜けにくいよね…」
抜けたら最後、戻れなさそう、とジョミー君が言うと、会長さんが。
「最初から出ないって選択肢も特別生にはあるんだけどねえ? それで校内をウロついていても文句を言われるわけじゃなし」
パスカルたちを見習いたまえ、と引き合いに出されたパスカル先輩は数学同好会所属の特別生です。アルトちゃんとrちゃんが在籍していることでも分かる通りに数学同好会は特別生の溜まり場になっている上、欠席大王と名高い1年B組のジルベールもメンバーの一人。
「いいかい、あそこの顧問はグレイブだよ? なのに授業どころか学校にも来ないジルベールとか、来ても学食でランチだけっていうパスカルだとかボナールだとか…。そういうのがまかり通っているんだ、君たちもサボればいいのにさ」
「…それはそうなんですけども…」
柔道部はサボりにくいんですよ、とシロエ君。
「毎日練習で朝練も基本のクラブですし…。ぼくたちは本来だったら卒業している年齢ってことで多少の自由はありますけれど、心技体を重んじる柔道部の部員がサボリはちょっと」
後輩に示しがつきません、と説明する隣でキース君も。
「それに加えて俺の場合は、副住職だと学校中に思い切り知れ渡っているからな…。やはり真面目にやるしかないんだ」
「なるほどねえ…。今年も自己紹介でグレイブにキッチリ暴露されてたよね」
あれも年中行事になりつつあるね、と思い出し笑いをする会長さんにキース君がどんよりと。
「…言わないでくれ…」
昨夜は大変だったんだ、という妙な言葉に、サム君が。
「また葬式かよ?」
「いや、枕経を頼まれたわけではないが…」
そっちの方がまだマシかも、とはこれ如何に。枕経といえば誰かが亡くなったという知らせを受けて上げに行くお経。その後はお通夜、お葬式と続いてゆくわけで、キース君も全くのノータッチとはいきません。その枕経よりも大変だなんて、何が起こったというのでしょう?
副住職の肩書き絡みでキース君の顔を曇らせる昨夜の出来事。興味津々の私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼いてきた熱々の桜スフレをスプーンで掬いつつ膝を乗り出し、会長さんが。
「いったい何があったんだい? 夜のお寺で大変とくれば枕経しか思い付かないけど」
「…普通はな。正直、俺も腰が抜けるかと」
「「「へ?」」」
どんな凄いことが起こったんだ、と私たちの目がまん丸に。まさか強盗でも入ったとか?
「いや。…ハリテヤマだ」
「「「ハリテヤマ?」」」
なんだそれは、と派手に飛び交う『?』マークの中、シロエ君が。
「ハリテヤマって、確かポケモンでしたよね? 先輩、アレがお気に入りですか?」
えっ、ポケモン? いわゆるポケットモンスター?
「そういうわけでもないんだが…。とにかく張り手が得意なもんで、そんな渾名がついている」
「キースの家って相撲部屋にも貸してたっけ?」
初耳だけど、とジョミー君。相撲の巡業の時にお寺が宿舎になるという話は知っています。でも、それって長期の地方巡業の時で、アルテメシアみたいに短期間の場所だとホテルとかに泊まっているんじゃあ…。
「相撲部屋とは縁がないな。…ハリテヤマとも正直、御縁は欲しくないんだ」
「それって、どういう御縁なんです?」
シロエ君の質問に、キース君は。
「…夜中に庫裏の裏口で音がするんだ、ドカン、ドカンと。宿坊にも来ると従業員さんが証言している。生ゴミのバケツに思い切り張り手をかました挙句に、倒して中身をガツガツと…」
もう片付けが大変で、との嘆きっぷりに相撲取りではないらしいことが分かりました。つまりはソレが昨夜も出た、と…。
「そっちの方なら驚かん。俺も親父も、昨夜は本当に恐ろしい思いをしたんだからな」
おふくろもだが、と深い溜息。
「坊主の道に入ってン十年の親父でさえも震え上がっていたんだぞ」
「…ハリテヤマでかよ?」
たかが生ゴミ漁りだろ、と呆れ顔のサム君と私たち。夜な夜な生ゴミのバケツに張り手をかます程度の存在なんかより、怒らせたら鬼なアドス和尚の方が遙かに怖そうなんですけれど…。
「…お前たちもその場にいたら笑うどころではないと思うがな」
よく聞けよ、とキース君はコーヒーで喉を潤してから。
「昨夜は親父と碁を打っていたんだ。やたらと「待った」をかけてくるから時間もどんどん遅くなってな。あれは十一時をとっくに回った頃だったか…。いきなり窓の向こうに明かりが」
「「「???」」」
「渡り廊下で繋がった先に本堂がある。その本堂に急に明かりが点いたんだ」
「お母さんじゃないの?」
何か用事があったとか、とジョミー君が訊いたのですけど。
「おふくろは俺たちに夜食を運んで来たところだった。つまり、おふくろでは有り得ない」
「宿坊の人もいるだろう?」
休業中でないのなら、との会長さんの指摘に、キース君は「まあな」と即答。
「だが、本堂は夜間は施錠してるんだ。仏像泥棒も多い昨今、御本尊様を盗まれたのではたまらんからな。…そして本堂の鍵は庫裏にしかない」
持ち出す場合は一声かけてが鉄則だ、とキース君。早い話がキース君やアドス和尚に無断で夜の本堂には入れないわけで。
「当然、親父はおふくろに訊いた。誰か本堂に用だったのか、と。だが、おふくろは「知りませんよ」と答えたんだ。それで親父が宿坊に訊いたら「こっちは全員揃っています」と」
「じゃあ、泥棒…」
警察ですよね、とシロエ君の声が少し震えれば、キース君が。
「泥棒が明かりをつけると思うのか? そんな真似をしたら即バレだろうが!」
「…そ、それじゃあ…」
何なんです、とマツカ君の顔が青ざめ、スウェナちゃんも。
「…ま、まさか、幽霊…?」
「それしか残っていないぞ、普通は」
寺だけに、と肩を竦めるキース君。
「日頃のお勤めが足りなかったか、はたまた成仏希望の通りすがりか。…どっちにしても夜更けの本堂に出たとなったらただでは済まん。立派な心霊現象だ」
「「「………」」」
それはコワイ、と顔を引き攣らせる私たち。もちろん当事者だったキース君たちも其処は同様。とはいえ本職だけに逃げてもいられず、法衣に着替えて数珠を握って現場に向かったというから流石です。よりにもよって本堂にオバケ。深夜に明かりって怖すぎですって…。
幽霊だろうと踏んだキース君とアドス和尚ですが、泥棒はともかく不審者の可能性もゼロではありません。棒で武装した宿坊の男性従業員二人を先頭に渡り廊下を通って本堂の扉の前に着くと。
「…物音ひとつしないんだ、これが。怖いだろう?」
「「「…う、うん…」」」
怖すぎるよね、と見交わす視線。どう考えても幽霊です。
「とにかく開けよう、と廊下側の鍵を開けてだな…。従業員さんたちと踏み込んでみたら、御本尊様の前のお花が畳に撒き散らかされていて、お供え物が」
「「「お供え物?」」」
「そうだ。お前たちも知っているだろう? 果物や菓子を供えてあるのが荒らされてたんだ」
「「「は?」」」
どんなアクティブな幽霊なんだ、とビックリ仰天。ポルターガイストの類だろうか、と思いましたが、キース君は「まだ分からんか…」とコーヒーをズズッと。
「親父たちと顔を見合わせていたら、ガタンと音がして影が走った。そして柱の上にだな…、こう、思い切り毛を逆立てたハリテヤマが」
「「「ハリテヤマ?!」」」
「ああ。どうやら天井裏から入って本堂で悪さをしていたらしい。でもってウッカリ電気のスイッチを入れたんだろうな、ケダモノだけに」
法衣まで着たのにとんだ道化だ、とブツブツ呟くキース君。
「おまけにその後が大変で…。追い出そうにも柱の上で怯えてやがってどうにもならん」
机を置いてやっても下りて来ないし、餌を差し出しても涎を垂らしているだけで…、と嘆き節。
「しかし放置もしておけん。仕方ないから本堂の扉を開け放ってだ、俺たちは一旦撤収で…。一時間後に見に行ってみたら既に姿は無かったな」
釣り餌代わりに置いておいた葡萄パンも消え失せていたが、とブツブツブツ。
「まあ、幽霊でなくて良かったと言えば良かったんだが…。それから本堂の掃除と片付けをして寝たのが朝の四時だぞ? 本堂は土足厳禁だからな、畳もキッチリ拭かないと…」
ましてケダモノは穢れたモノで、と大変っぷりを強調されるとお気の毒としか言えません。御本尊様も時ならぬ『お身拭い』とやらをしたのだそうで、宿坊の従業員さんたちも総動員の真夜中のお掃除タイムとは…。
「というわけでな、怪奇現象で震え上がるわ、後片付けに振り回されるわで俺は正直、疲れているんだ。ハリテヤマなぞ二度と御免だが、そういうわけにもいかなさそうで…」
本堂に侵入されたとなると…、と腕組みをしているキース君。ところでハリテヤマで話が進んでますけど、ハリテヤマって、そもそもどういうモノなの?
キース君曰く、張り手が得意なハリテヤマ。ポケットモンスターといえばかつての人気ゲームで、シロエ君はハリテヤマのビジュアルを知っているようです。男の子たちはマツカ君を除いてそれなりに心当たりがあるようですけど、それに似ている動物でしょうか?
「…ああ、すまん。女子にはイマイチ通じなかったか…。まあ、ジョミーたちでも危うそうだが」
外見までハリテヤマに似ているわけではないからな、とキース君。
「世間一般にはハリテヤマと言うよりラスカルだろうな」
「「「ラスカル?」」」
「ほれ、アレだ。昔の子供向けアニメで人気だったと聞いたことはないか?」
「あー、アライグマ!」
アニメの方は知らないけれど、とジョミー君。私もその名前だけは知っています。もちろん他の男の子やスウェナちゃんも。小さな子供とはいえ三百年以上も生きている「そるじゃぁ・ぶるぅ」はラスカルと聞いて大喜びで。
「キースの家にラスカルが来るの!? いいなぁ、ラスカル、可愛いもん!」
遊びたいよう、と瞳がキラキラ。その一方でキース君と同じく僧籍にある会長さんは。
「…ハリテヤマでは気付かなかったけど、アライグマかぁ…。それはマズイね」
「マズイだろう?」
「うん。マズイというのは良く分かる」
どうするんだい、と滅多に見せない真面目モードな会長さん。お寺にアライグマってマズイんですか? そういえば国宝のお寺の屋根を破ったとか聞いたかなぁ…。
「屋根だけじゃないよ、柱や壁もやられるさ」
本堂まで入ったとなると問題なんだ、と会長さんは真剣な顔。
「生ゴミバケツを漁ってる間は他所から来てるってこともあるしね、さほど神経質にならなくてもいい。だけど本堂に侵入したなら、まず間違いなく住み付かれている。屋根が破られたり柱が傷だらけになるのも時間の問題」
「…そこなんだ。親父も本堂を片付けながら何度も溜息三昧で…」
実に困った、とキース君。
「既に入られてしまっていたら駆除する以外に方法は無い。しかしだ、今の法律では…」
「「「法律?」」」
アライグマに法律があるんですか?
「ああ。特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律。略して外来生物法だ」
これがマズイ、とキース君が答えて、会長さんが。
「早期発見と迅速な完全排除。…アライグマはこれに該当するんだよ」
お寺にとってはマズすぎだよね、と言われましても、どの辺が?
法律まであるらしいハリテヤマことアライグマ。その法律がお寺にはマズイらしいのですけど、どうマズイのかが私たちにはサッパリでした。本堂に住み付かれたと言うんだったら完全排除で出て行って貰えば終わりなのでは…。
「それが違うんだな。完全排除は処分の意味さ」
保健所に持ち込んで殺処分しろという決まり、と会長さん。
「捕獲したアライグマを他所に放すのは禁止されてる。捕まえた以上は責任を持って保健所へ、と決まっているからマズイんだよ。…お寺は殺生厳禁だしね」
アドス和尚もそこで困っているんだろう、と会長さんが水を向けるとキース君は。
「そうなんだ。放っておいたら出て行くだろうか、とも親父は言っているんだが…。出て行ってから本堂の屋根裏に入れそうな場所に網を張るか、とか」
それまでの間は多少の傷は我慢するとして…、という消極的な対処法がアドス和尚の方針らしいです。殺生が出来ない以上は仕方ないか、と私たちも納得したのですけど。
「甘いよ、キース。時期が悪すぎ」
これが夏なら良かったんだけど、と会長さん。
「夏なら子育ても一段落して子供も大きくなるからねえ…。新天地を求めて旅立つ可能性もゼロではないけど、今は子育てシーズンだから当分は出て行かないよ」
下手をしたらまだ子供は生まれていないかも、との会長さんの言葉にキース君が。
「…子供だと? あれ一匹ではないというのか?」
「うん、多分。時期が時期だけに確実に夫婦、おまけにもれなく子供つきさ」
生まれているかお腹の中かの違いだけだ、と断言されてキース君は口をパクパク。
「…こ、子供つき…。まだ増えるのか?」
「それはもう! なにしろアライグマは妊娠率が百パーセントで」
「「「百パーセント!?」」」
なんですか、その驚異的としか言えない数字は? けれど会長さんはスラスラと。
「そこがアライグマの処分が必須な所以さ、メスは1歳、オスは2歳で成獣になる。でもって生後2年以上の妊娠率はほぼ百パーセントというのが定説。不妊症でない限り、確実に産む。それも一度に三匹から六匹」
「…ひ、百パーセント…。三から六匹…」
もうダメだ、とキース君は頭を抱えました。
「夫婦は確実、おまけに子供…。そ、そんなのを放っておいたら本堂が…。屋根や柱や壁はともかく、御本尊様でも引っ掻かれたら…」
だからといって捕獲したら最後、殺生の罪が…、と悩みまくっているキース君。アドス和尚も子供つきと聞いたら思い切りショックを受けるでしょうねえ…。
本堂の屋根裏で増殖するらしいアライグマ。一匹でも昨夜の騒動なだけに、更に子供が増えるとなると大惨事になるかもしれません。しかし捕まえれば保健所送りという法律の前に、殺生禁止な元老寺とキース君たちは大ピンチ。子育てが済んで出て行くまでに御本尊様がやられたら…。
「くっそぉ…。もう少し前に聞いていればな、その恐ろしい妊娠率を…」
知っていたなら本堂の屋根に登って入られそうな場所に網を張った、とキース君が悔やみまくっても後悔先に立たずです。ハリテヤマことアライグマの夫婦はとっくに入ってしまった後で。
「ど、どうすればいいんだ、ウチは…。百パーセントでは逃げ切れん…」
三匹でも夫婦の倍以上の数字で六匹だったら四倍で…、とアライグマ家族の増えっぷりと拡大するであろう被害に泣きの涙のキース君。増えれば増えるほど御本尊様に傷をつけられる確率もググンとアップしてゆくわけで…。
「なんで百パーセントなんだ! おまけになんでそんなに産むんだ!」
殺生な、と嘆かれましても、その殺生が厳禁な以上、どうにもこうにもなりません。それにしたって百パーセントとは強烈な数字ですけども…。
「うん、本当にすごいよね」
あやかりたいな、と声が聞こえてバッと振り返る私たち。フワリと紫のマントが揺れて、ソルジャーが赤い瞳を輝かせていました。
「今日は桜のスフレだって? ぶるぅ、今からぼくのも作れる?」
「んとんと…。生地から作るから時間がかかるの…。そんなに待てる?」
「それは無理! それじゃ他ので」
待たずに食べられるお菓子がいいな、というソルジャーの注文でふんわりピンクの生地が素敵な桜のロールケーキが出て来ました。私たちのスフレのお皿も下げられ、代わりにケーキが。桜のスフレは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソルジャーの夜食用に作ると言っています。
「いいのかい? それじゃ喜んでお願いするよ。来て良かったなぁ」
ついでにアライグマにもあやかりたいな、と現れた時の台詞がもう一度。
「百パーセントってことはハズレ無しだろ、それって絶倫って意味だよね?」
「「「は?」」」
なんのこっちゃ、と首を傾げる私たちに向かってソルジャーは。
「だから精力絶倫だってば、ヤッたら確実に妊娠だなんて凄すぎる数字だと思わないかい? そのパワーに是非あやかりたいと思うんだけども、アライグマの薬って無いのかな?」
あったらぼくのハーレイに…、とソルジャーが言い終える間もなく会長さんがテーブルをダンッ! と拳で叩いて。
「退場!!!」
今はそういう場合ではない、と柳眉を吊り上げる会長さん。そりゃそうでしょう、百パーセントの妊娠率で困っているのに、あやかりたいだなんて不謹慎ですよ…。
アライグマの驚異的な妊娠率に釣られて出て来たソルジャー。会長さんが怒鳴り付けても帰るどころかドッカリ居座り、ロールケーキを頬張りながら。
「…ねえ、本当に無いのかい? オットセイとかの薬はあるよね、アライグマは?」
「無いってば!」
そんな薬は存在しない、と会長さんは素っ気なく。
「そもそも漢方薬の国には生息してない動物だしねえ、誰もチャレンジしてないよ。生息場所だと毛皮がメインで、あとはせいぜいペットくらいかと」
「そうなんだ…。だったら作るのも難しそうだね」
「それ以前の問題として、アライグマなんかが効くかどうかが疑問だよ!」
バカバカしいことに挑戦するな、と突っぱねてから、ハッと息を飲む会長さん。
「…今、作るって言ったかい?」
「言ったけど?」
だけどハードルが高すぎるかな、とソルジャーは首を捻っています。
「こっちの世界でも無理な薬をぼくの世界で作るというのは難しいかも…。こっちで買った漢方薬の精力剤をさ、ノルディに再現可能か訊いたら「無理ですね」って却下されたし…」
そもそも材料の問題が…、と語るソルジャー。
「ぼくの世界では手に入らない材料が多用されてるらしい。一部は合成可能らしいけど、肝心かなめの材料が……ね。オットセイとか」
「なるほどね…。だったら材料があればいいのか」
「うん、多分」
材料さえあれば後はノルディの腕次第、と紅茶のカップを傾けるソルジャー。
「ぼくの世界のノルディは仕事の鬼だし、アライグマの薬もいつかは完成させるかも…。それに無理でも百パーセントの妊娠率を誇る生き物がシャングリラにいればハーレイも燃えてくれそうだ」
アライグマのサンプルを是非一匹、とソルジャーが言い出し、会長さんが。
「えっと…。検疫の問題は? こっちの世界の生き物を連れて帰るのはリスクが高いと前に言ってなかったっけ?」
「ああ、それかい? 君たちの話を聞いた感じじゃ、アライグマってヤツは子供にウケがいいんだろう? 子供たちの遊び相手に連れて来た、と言えばキッチリ検査をしてくれるさ」
検査に通れば後は飼育部の仕事、とソルジャーはやる気満々です。でもアライグマって凶暴なんだと聞いていますよ、子供の相手には向かないんじゃあ?
「えっ、凶暴? うーん、それは…。でもまあ、可愛かったらいいんだよ、うん」
遊べなくても和めば充分、とアライグマお持ち帰りコースを希望のソルジャー。もしかしてコレって渡りに船かも?
百パーセントの妊娠率を誇るアライグマを使って精力剤を、というソルジャーの思い付き。そのサンプル用に一匹欲しい、と言っていますが、アライグマは一匹どころか夫婦と子供つきで元老寺を悩ませている存在です。上手くいったら…、と会長さんも考えているらしく。
「サンプルとなったら一匹よりも二匹の方が良くないかい? 絶倫っぷりを調べたいなら一匹ではちょっと…。やっぱりここはオスとメスとをセットものでさ」
「ああ、そうか! オスだけだと調べられないねえ…」
「そうだろう? ついでに子供もセットでどうかな、避妊しちゃえば増えないし」
可愛い動物だと主張するなら子供も是非、と会長さんが提案すればソルジャーも納得したようで。
「そうだね、動物の子供は可愛いものだし…。どうせ検疫するんだったら何匹いたって問題ないかな、そっち方面はぼくの仕事じゃないんだからさ」
「よし、決まり! 君に謹んでプレゼントするよ、キースの家のアライグマを」
「いいのかい?」
本当にぼくが貰っちゃっても、と狂喜するソルジャーはキース君を悩ませていたアライグマ騒動をまるで理解していませんでした。何処から覗き見していたのかは謎ですけども、百パーセントの妊娠率と聞いた瞬間から自分に都合のいい部分だけを拾い上げて話を組み上げたようで。
「生まれてるかどうかは分からないけど子供つきの夫婦を貰えるわけだね、帰ったら話を通しておくよ。まずは検疫部門と飼育部と…。ノルディの方はその後でいいや」
実物をゲットしてから相談しよう、とソルジャーはそれはウキウキと。
「ぼくの世界にもアライグマはいる筈だけども、動物園で飼われているだけだからデータくらいしか知らないんだよ。飼育方法はヒルマンに調べて貰おう」
久しぶりの大きな拾い物だ、とはしゃぐソルジャー、以前はシャングリラで飼育している動物たちの初代を人類側から盗み出したりしていたそうです。その時代にもシャングリラに病原菌などを持ち込まないよう検疫は必須だったため、今度のアライグマも問題無しで。
「まさか別の世界からやって来ただなんて思わないだろうし、少々変なモノが出たって「別の惑星で育ったアライグマか」って思われる程度だよ。なにしろ宇宙は広いからさ」
「それは良かった。じゃあ、キースの家のアライグマは捕まえとくから、君の世界の準備が出来たら取りに来てよね」
「喜んで! 精力絶倫の生き物を連れて来るから、ってハーレイにもしっかりアピールしておく」
アライグマに負けない勢いで励むようにと発破をかける、とブチ上げたソルジャーは勢い込んで帰ってゆきました。えっ、夜食用の桜のスフレはどうなるのかって? 焼き上がる頃合いを見計らって会長さんの家に行くそうですよ、今はアライグマが最優先事項らしいです~。
「…マッハの速さで解決したねえ、君を悩ませたハリテヤマ」
まさかブルーが引き受けるとは、と会長さんはニコニコと。キース君も安堵の表情です。
「いや、本当に助かった。これで安心して捕まえられるが、問題は…」
「まだ何か?」
会長さんの問いに、キース君は顎に手を当てて。
「捕まえた後はあいつの世界に送られるわけだが、その辺のことは親父にも言えん。あいつの存在は極秘だからな。捕まえはしても殺処分しない理由をどうしたものか…。アライグマを生かしたままで引き受けてくれる施設なんぞは無い筈だ」
「そうか…。どうだろう、そこはマツカのコネとでも言って」
「「「は?」」」
どういう意味だ、と当のマツカ君までが怪訝そうですが、会長さんはアッサリと。
「マツカのお父さんは世界中に顔が利くだろう? アライグマの生息地にもね。そっち方面の人に頼んで引き取って貰うんです、ってことでどうかな」
「いいですね、それ。…ぼく、どうして思い付かなかったんでしょう…」
キースがあんなに困っていたのに、とマツカ君は軽く自己嫌悪。会長さんも同じくで。
「ぼくも今まで頭に無かった。もうちょっと頭が回っていればねえ…。でもさ、最初っからコレを思い付いていたら手続きが何かと面倒だよ? それこそ検疫とか色々と…ね。里親探しもしなきゃダメだし、もちろん御礼も」
その点、ブルーが持ち帰りコースなら世話要らず、と開き直った会長さん。
「捕まえてブルーに引き渡すだけだし、心の底から喜ばれるし…。誰に迷惑もかけないわけだし、結果オーライというヤツさ。アドス和尚には「引き取ってくれる人が見付かったから捕まえる」と説明しておきたまえ」
「分かった。…で、捕まえる方法は…。罠は借りられないからな…」
アレは届け出が必要らしい、とキース君。
「ついでに捕まえたアライグマを保健所に引き渡すのとセットらしいし、罠は自作か?」
「ぼくが作ってみましょうか?」
機械弄りよりは簡単でしょう、とシロエ君が。
「探せば資料がありますよ、きっと。堂々と捕まえていいんだったら何の工夫も要りませんしね」
罠を作るのも面白そうです、と乗り気になったシロエ君は今夜から作業にかかるそうです。元老寺に住み付いたらしいアライグマの夫婦だかファミリーだかは、近日中にあの世ならぬ別の世界に送られることになるようですよ~!
それから一週間ほどが経ち、ハリテヤマことアライグマの夫婦は見事お縄になりました。会長さんからの知らせで土曜日の朝から出掛けてゆくと、会長さん宅のリビングの一角にシールドが張られ、その中の檻にアライグマが二匹。
「昨日の朝に一匹かかったっていうのはキースから聞いていただろう? 昨夜もう一匹かかったんだよ、メスの方がね」
やっぱり思ったとおりにおめでた、と会長さんが指差すメスはお腹がふっくらしています。ということは、増殖する前に捕獲成功ってわけですね?
「そういうこと! これで屋根裏にアライグマは居なくなったし、キースは少し遅れて来るよ」
「あ、ホントだ」
いないや、とジョミー君がリビングをキョロキョロ見回して。
「なんでキースは遅れるわけ?」
「ん? それはね、アライグマの捕獲に成功したから、二度と入られないように屋根に網をね…。宿坊の男の職員さんたちが業者さんと一緒に登って仕事をしてる。こんな事でもないと本堂の屋根なんて登る機会が無いだろう、とアドス和尚がキースにも行けと言ったのさ」
「そういや自分で言ってたよなあ、網を張っときゃよかったってよ」
元から登るつもりだったぜ、とサム君が思い出し、スウェナちゃんが。
「そうね、だったらお手伝いくらい大したことはないわよね」
「…さあ、それはどうだか…」
本人が来たら聞いてごらん、と会長さんがクスクスと。可笑しいことでもあるのだろうか、と不思議に思った私たちですが、疑問はキース君の登場と同時に解消しました。
「…二度と御免だ、もう絶対に本堂の屋根には登らんぞ…」
親父にもそう宣言してきた、と言って檻の中のアライグマを睨むキース君。
「お前たちのせいで俺は死ぬ目に遭ったんだ! よくも屋根の上にあちこち糞をしやがって…。親父が下からキッチリ掃除しろと怒鳴るんだがな、命綱をつけてもあの屋根の傾斜は怖かったぞ!」
いつ滑るかとヒヤヒヤだった、とキース君は文句たらたら。それでもアライグマは捕まったんですし、殺生がどうこうという悩みも解決するんですから贅沢を言えば罰が当たるんじゃあ…。
「まあ、それはそうだが…。で、あいつは来るのか?」
「ブルーかい? 検疫部門も飼育部もとっくに説得済みだそうだよ、もうすぐ来ると思うけど」
なにしろ御希望のアライグマの夫婦、と会長さんが言い終える前に部屋の空間がユラリと揺れて。
「やっと捕まったんだって?」
もう楽しみで楽しみで、と現れたソルジャーは不純な目的に燃えていました。妊娠率百パーセントのアライグマを持って帰って研究三昧、絶倫の薬がどうとかこうとか…。
ソルジャーの世界に連れてゆかれたアライグマの夫婦は検疫をクリアし、メスはその後に無事に出産、六匹の子宝に恵まれたらしいです。アライグマの一家、シャングリラの子供たちはおろか大人たちにも人気の見世物になっているそうで。
「実にいいものを貰ったよ、うん。ぼくの株も上がっているんだけども…」
でもねえ、と溜息を吐き出すソルジャー。今日は日曜、会長さんの家で昼前からお好み焼きパーティーの真っ最中ですが、ソルジャーの顔色は冴えません。
「ノルディにこっちで買った薬のサンプルを色々渡して、アライグマの観察と研究もさせているんだけども…。妊娠率が百パーセントの件はともかく、その先がねえ…」
どうも芳しくないんだよね、とソルジャーはフウと再び溜息。
「コレという決め手が無いらしい。アライグマの薬は無理じゃないか、と言われちゃったよ。こうなった以上、ハーレイのライバル魂に火を点けるしかないわけで…。何度もアライグマを見せてコイツは絶倫なんだから見習って頑張れ、とは言ってるんだけど…」
元から頑張ってきたハーレイだけに難しくって、と気落ちしているソルジャー。
「昔みたいにヘタレな頃なら劇的に向上したかもだけれど、今ではねえ…。これ以上を、となれば特別休暇で朝までコースで、薬が無いならさほど変わりはしないんだよねえ…」
せっかくアライグマをゲットしたのに、とソルジャーはとても残念そう。自分とアライグマの人気が上がっても、元々の目的を果たせなければガックリ気分になるでしょう。でも…。
「仕方ないだろ、ぼくは最初から言ってた筈だよ? アライグマの薬は無いってね」
自業自得だ、との会長さんの指摘に、ソルジャーも。
「分かってるってば…。だけどアレだよ、少しくらいはアライグマな気分が欲しいんだけど…」
「アライグマな気分?」
「そう。妊娠率が百パーセントな絶倫とヤッているんです、っていう最高の気分」
気分だけでも欲しいんだよね、と未練たらたらのソルジャーの台詞に、会長さんが。
「それじゃ着ぐるみでも着せとけば?」
「着ぐるみ?」
「君のハーレイだよ。アライグマの着ぐるみを着せればいいだろ、コスプレ気分で!」
それでヤッておけ、と吐き捨てるように言い放つ会長さん。あのキャプテンに着ぐるみですか? アライグマだなんて、どう考えてもお笑いですが…、って、あれ? ソルジャー?
「……着ぐるみかぁ……」
いいかもね、とお好み焼きをつつくソルジャーの意識は何処かに飛んでいるようでした。待って下さい、本気で着ぐるみ? 大人の時間は分かりませんけど、本当にそれでいいんですか?
元老寺にハリテヤマが出なくなり、誰もがアライグマのことなど忘れ去ってしまったゴールデンウィーク後のとある土曜日。会長さんの家のリビングにたむろしていた私たちの前に空間を超えてソルジャーが出現しました。
「こんにちは。この前は素敵なアイデアをどうも」
「「「は?」」」
何の話だ、と心当たりなどゼロの集団が騒いでいると。
「ほら、着ぐるみだよ、アライグマの! ブルーが言ったろ、ぼくのハーレイに着せてヤったらいい、って!」
「「「あー……」」」
そういえば、と蘇る記憶と共に頭にポンッ! と着ぐるみ姿のキャプテンの映像が浮かびました。まさか本気で着せたんですか? タヌキみたいに間抜けですけど…。
「そのイメージは間違いだってば!」
サッサと消す! とチッチッと指を左右に振ったソルジャーは胸を張って。
「男らしさと絶倫のパワーは大事な部分に宿るんだよ、うん。そんな部分こそアライグマにあやかって頑張るべきでさ、当然、着ぐるみもその部分にね」
「「「………???」」」
ソルジャーが何を言っているのか全く分かりませんでした。着ぐるみと絶倫が何ですって?
「分からないかな、アレとか息子とか言ったら分かる?」
「退場!!!」
会長さんがレッドカードを突き付けましたが、ソルジャーは怯む気配も見せずに。
「実はね、着ぐるみは特製ゴムなわけ! アライグマって尻尾がシマシマだろう? でもってハーレイのアレもついてる場所の前後が違ってるだけで尻尾みたいだし、そこにシマシマのゴムを被せてヤッてみようかってことでハーレイと二人で盛り上がってさ」
「「「…ゴム?」」」
輪ゴムしか頭に浮かんでこない私たちを他所に得意げに続くソルジャーの声。
「でもねえ、ぼくの世界には無いんだよねえ、ゴムってヤツが。だからこっちのノルディに頼んでアライグマの尻尾っぽい模様のゴムを特注で…。それを使ったら、気分は妊娠率百パーセント! ゴムつきでも妊娠出来そうなほどに、もう最高の…」
シマシマ尻尾を装着したアライグマなハーレイは本当の本当に凄いんだ、と喋りまくるソルジャーを止める気力は会長さんにも無いようです。滔々と流れ続ける話の中身は大人の時間らしいですけど、シマシマ尻尾って何でしょう? そもそもゴムって何なんでしょうね、何処に被せる着ぐるみなんだか誰か教えて下さいです~!
パワフルな獣・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
今回の騒動の原因になった、ハリテヤマことアライグマの実態ですけれど。
妊娠率が百パーセントというのも含めて嘘ついてないです、本当の話らしいですよ?
そしてシャングリラ学園番外編は来月、11月8日に連載開始から7周年を迎えます。
7周年記念の御挨拶を兼ねまして、11月は月に2回の更新です。
次回は 「第1月曜」 11月2日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、10月はソルジャーが巨大スッポンタケを探しているとかで…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv