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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

ホットケーキ

(あっ、ホットケーキだ!)
 土曜日の朝、起きて行ったらテーブルに焼き立てのホットケーキ。少ししか食べられないぼくに合わせてママが小さめのリングで焼いてくれる、それ。「一枚だとつまらないでしょう?」と二枚重ねてお皿に載せるために、パパやママのよりも一回り小さめに仕上げてくれるホットケーキ。
 熱々を食べたいから、急いで上にバターを乗っけた。それからメープルシロップもたっぷりと。ナイフで切って、フォークで口に運ぶとふんわり軽くて甘い。
(うん、美味しい!)
 ホットケーキは特に珍しくもないんだけれども、今日はなんだか胸がときめく。
(…どうしてかな?)
 同じテーブルで食べているパパとママとはいつもどおりで、特に変わった様子は無い。土曜日はハーレイが来てくれる日だけど、だからといってホットケーキにときめく理由が分からない。
(ハーレイが来てくれる日はいつもドキドキなんだけど…)
 でも、朝御飯にまではときめかないよ?
 不思議だな、とホットケーキを頬張っていたら、ふと思い出した。
(そうだ、ホットケーキ!)
 今のぼくには、ホットケーキはごくごく普通の朝御飯。おやつに食べる日だってある。
 だけど、前のぼく…。
 ソルジャー・ブルーだったぼくにとっては、ホットケーキは特別だった。



 ホットケーキに本物のメープルシロップ。合成じゃなくてサトウカエデから採れた本物。それをたっぷりとかけて、地球の草を食んで育った牛のミルクのバターを添えて。
 それが前のぼくが夢に見ていた朝御飯。
(…今、食べてるのがそうなんだけど…)
 そうなんだけど、と、ぼくはバターが染み込んだホットケーキをメープルシロップに浸す。
 シャングリラでは採れなかったメープルシロップ。公園にも居住区の庭にもサトウカエデの木は無かったし、いつだって合成のメープルシロップ。
 あの頃のぼくは、地球に行けば本物のサトウカエデの森があるって信じていたんだ。
 夏は涼しくて冬は寒さが厳しい所に広がるというサトウカエデの森。雪深い冬から春先にかけて木が吸い上げる沢山の水が甘い樹液に変わって、その樹液を煮詰めてメープルシロップが出来る。
 知識だけはちゃんと持っていたから、地球に行けば本物のメープルシロップがあると思ってた。
 本当は無かったんだけど。
 本物のメープルシロップもサトウカエデの木が広がる森も、何処にも無かったんだけど…。
 ぼくが夢見た地球は死の星で、有毒の大気と水と、砂漠化した大地。
 そうとも知らずに夢を見ていた。地球は青いと、美しい母なる星なのだと。
 本当のことを知らないままで、地球に行きたいと夢を見たままで死んでいったぼくは、今にして思えば多分、幸せだったんだろう。
 地球の真の姿を知っていたなら、迷いなくメギドへ飛べはしなかった。
 ミュウの未来が大切なのだと分かってはいても、きっと迷った。
 その一瞬が命取りになって、何もかも終わっていたかもしれない。シャングリラは地球を見ずに沈んで、ミュウは誰一人として地球に着けなくて。
 地球だって蘇ることもないまま、今も死の星だったかもしれない…。
(…そう考えると、思い込みって凄いよね?)
 今だから分かる、前のぼくの凄い勘違い。
 地球は青いと信じていたから前に進めたし、命だって宇宙に捨ててしまえた。
 最後の最期で後悔したけど、ほんのちょっぴり後悔したけど…。
 ハーレイの温もりを失くしてしまって独りぼっちで泣いたけれども、もう後悔はしなくていい。だってハーレイと二人で地球に居るんだし、今日だってハーレイが来てくれる。
 朝御飯を食べて部屋の掃除が終わった頃に、ハーレイが門扉の横のチャイムを鳴らしてくれる。
 ホットケーキの朝御飯。
 前のぼくが夢見た、本物のメープルシロップと地球の草を食んで育った牛のミルクのバターとを添えた、ふんわりと焼けたホットケーキ。



 シャングリラで一番最初に作られた、贅沢で豊かな気持ちになれる朝食。
 それがホットケーキを二枚重ねたものだった。
(このホットケーキよりも大きかったけどね)
 今のぼくが食べるホットケーキは小さめのリングで焼いたもの。
 シャングリラの食堂で皆に出されたホットケーキは、普通サイズのリングで焼かれた。
(パパたちのと多分、おんなじくらい?)
 多分そうだね、と思って眺める。
 アルタミラを脱出した直後は船に最初から積まれていた食材だけで遣り繰りをして、その食材が無くなった後は人類側の物資を奪った。だけど、それでは危険が伴う。第一、奪いに行ける人材はぼく一人だけ。
 そんな方法をいつまでも続けてはいられないから、自給自足の道を目指した。船の中を整備し、農場を作って野菜や家畜を育てていこうということになった。
 皆で頑張って自給出来るようにはなったけれども、最初はパンを焼くのが精一杯。
 其処から少しずつ進歩を遂げた結果、ホットケーキはまずお菓子として一人一枚で誕生した。
(…一枚きりだったけど、それでもホットケーキだったよ)
 合成のメープルシロップはまだ無かったから、砂糖を煮詰めたシロップをかけた。バターだって無くて、合成だった。それでも充分に美味しく感じた、お菓子として食べたホットケーキ。
 これを朝御飯に何枚も食べられるようになったらいいね、と皆で話した。
 成人検査よりも前の記憶を失くしてしまった前のぼくたちだったけれども、記憶の底の何処かで覚えていたんだ。
 幸せだった子供時代の記憶。何枚も重ねたホットケーキの朝御飯…。



 前のぼくたちの夢が叶うまでにはかなりかかった。
 小麦粉も卵も牛乳も大切な食料だったし、ホットケーキを作るには沢山の砂糖だって要る。
 充分な数のパンを毎日焼けるようになって、卵も牛乳も充分な量が皆に行き渡るようになって。
 やっと朝食にホットケーキを食べられる時がやって来た。
 皆が待ち焦がれた夢の朝食。おやつではなくて、朝御飯のテーブルにホットケーキ。
 一人二枚だったけど、充分な厚みのホットケーキに、シャングリラで採れた蜂蜜とバター。
 あの日の朝の食堂で目にした皆の笑顔は忘れられない。
(みんな本当に嬉しそうだったものね、「ホットケーキの朝御飯だ」って)
 だからホットケーキには思い入れがあった。
 当たり前に食べられる時代になっても、ぼくにとっては特別なもの。
 何度食べても、幸せな気持ちがこみ上げて来るホットケーキの朝御飯。



(…朝御飯はホットケーキが一番ってくらいに好きだったかも…)
 沢山食べられるぼくじゃないけれど、今のぼくみたいに小さめのサイズで焼いて貰って、何枚も重ねて食べていたことも珍しくはない。
 何枚も重なったホットケーキは「こんなに沢山食べられる時代になったんだ」という満ち足りた気分を運んで来るから好きだった。
 そんなぼくと青の間で朝食を共にしていた前のハーレイは普通サイズで何枚も。
 ぼくたちの幸せな朝御飯。
 ホットケーキ以外のメニューの時でも、朝御飯は大抵、ハーレイと一緒。
 ハーレイが青の間でぼくと朝御飯を食べているのは、一日の始まりに打ち合わせなどをしておくための会食なのだと皆が頭から信じていたから、二人きりでも大丈夫だった。
(食事を持って来てくれるクルーも全然気付いていなかったしね?)
 青の間の奥のキッチンで係のクルーが最後の仕上げをする朝食。焼き立てのホットケーキなどの食卓を整えた後は部屋を出てゆくから、本当にハーレイと二人きり。
(あの頃もハーレイは今と同じで沢山食べられたんだよね…)
 ハーレイは何枚も重ねたホットケーキの他にもソーセージや卵料理を食べていたっけ。
 ぼくはミルクか紅茶があればそれで充分、お腹いっぱい。
 紅茶も香り高くはなかったけれども、シャングリラの中で育てた木の紅茶だから充分、贅沢。



 そんな朝御飯が幸せな時間だったから。
 いつか地球まで辿り着いたら、人類にぼくたちの存在を認めて貰えたなら。
 憧れの地球で、朝御飯にホットケーキを食べてみたかったんだ。
 焼き立てのホットケーキに、たっぷりと本物のサトウカエデのメープルシロップ。
 地球の草を食んで育った牛のミルクのバターを添えて。
(…ホントのホントに、いつかは食べてみたかったんだよ…)
 本物のメープルシロップと、地球の草で育った牛のミルクで作ったバター。
 どちらもありはしなかった。
 夢の朝御飯は食べられなかった。
 ぼくは地球まで行けなかったし、ハーレイが辿り着いた地球は死に絶えた星のままだった。
 だけど今では青い地球の上で、ぼくもハーレイもホットケーキを好きなだけ食べられる。
(……でも……)
 ハーレイと一緒にホットケーキの朝御飯。
 二人で朝御飯を食べたいとママに頼めば何とかなるけど、それじゃダメ。
(庭のテーブルなら二人きりだけど、それじゃダメなんだよ)
 ハーレイと二人、同じ家に住んで。
 同じベッドで二人で眠って、朝になったらゆっくり起き出して、ホットケーキの朝御飯。
 ぼくは多分、普通サイズなら二枚が限界。
 ハーレイはきっと、今でも沢山。
 何枚もホットケーキを重ねて、ソーセージだとか卵料理も食べるんだ。
 そういう朝御飯を二人で食べたい。
 前のぼくが何度も夢見た、憧れの地球に生まれて来たんだから…。



 朝御飯のホットケーキを見て思い出した、ソルジャー・ブルーだった頃のぼくの夢。
 ハーレイも覚えているのか知りたくなって、ぼくの部屋で向かい合って直ぐに尋ねてみた。
「ねえ、ハーレイ。…ホットケーキの朝御飯のこと、覚えてる?」
「ホットケーキ?」
「ぼくが食べたかった朝御飯だよ、前のぼくの夢」
 覚えてる? と首を傾げてみせたら、ハーレイは思い当たったみたいで。
「そういえば…。お前、地球で食べたいと言ってたんだな、夢の朝飯」
 本物のメープルシロップと地球で育った牛のミルクのバターつきで……だったな?
 今もお前の夢なのか、それが?
 俺たちは地球に来ちまったわけで、お前はそういうホットケーキを食ってる筈だが…。
「思い出したんだよ、ついさっき! それにぼくの夢、半分だけしか叶ってないよ」
「…半分だけ?」
 ハーレイは変な顔をした。それはそうだろう、本物のメープルシロップも地球の草を食んだ牛のミルクで作ったバターもあるのに、何処が半分だけなのか、と。
 けれど、ぼくにとっては本当に半分だけしか夢は叶っていないから…。
「半分なんだよ、だってハーレイと一緒に朝御飯を食べられないんだもの…」
 ハーレイと一緒に地球まで行って、夢の朝御飯を食べたかったのに。
 せっかく二人で地球に生まれて来たのに、家もベッドも別々だなんて。
「…ぼくはハーレイと食べたいのに…。ぼくの夢だったホットケーキの朝御飯…」
 ぼくはガックリと項垂れる。
 ハーレイと二人、青い地球の上に生まれてホットケーキの朝御飯くらい食べ放題。
 本物のメープルシロップも地球で育った牛のミルクのバターもあるのに、ハーレイがいない。
 朝御飯のテーブルにハーレイがいない……。



 ぼくの気持ちはちゃんとハーレイに伝わったらしい。
 鳶色の瞳が細められて、ぼくの大好きな穏やかな笑みが唇に乗る。
「分かった、分かった。俺と一緒に住めるようになったら、朝飯にホットケーキを食うんだな?」
「うん。本物のメープルシロップとバターをたっぷりつけて」
「本物のメープルシロップか…。お前、サトウカエデの森に憧れてたな」
 ハーレイは覚えていてくれた。
 ぼくが夢見た、サトウカエデの大きな森。地球にはあると信じていた森。
「お前が見たかったサトウカエデか…。そういう森は俺たちの国には無いようだがな?」
「だけど、地球の何処かにあるんだよね? メープルシロップ、売っているもの」
 他の星からの輸入品ではないメープルシロップ。地球産のマークがついたメープルシロップ。
 でも、何処の地域のものだっただろう?
 当たり前に食べていたから、考えたこともなかった今のぼく。
「知らないのか? 地域としてはカナダ辺りだ、SD体制の前と同じだ」
 地形はかなり変わったらしいが、とハーレイが採れる場所を教えてくれた。
 SD体制の時代よりも遙かな昔から、メープルシロップが採れるサトウカエデで知られた地域。其処にカナダという国が在った頃には国旗の模様がサトウカエデの葉だったほどに。
 地球が蘇った後もサトウカエデの森が広がり、雪の季節から春先にかけてがメープルシロップの原料になる樹液を集めるシーズンで…。
「よし、結婚したらサトウカエデの森を見に行ってみるか?」
 雪がある季節なら、出来たてのメープルシロップをかけてホットケーキが食えるかもしれん。
「いいね。メープルシロップの元が採れる所を見てみたいな」
 どうせだったらサトウカエデの森だけ見るより、樹液を集めている所。
 前のぼくの夢だった本物のメープルシロップの原料を集める所を見てみたい。
 ハーレイと二人でサトウカエデの森に出掛けて、ワクワクしながら眺めてみたい…。



 前よりも大きく膨らんだ夢。
 本物のメープルシロップだけじゃなくって、サトウカエデが生えている森。
 サトウカエデから樹液を集めて、メープルシロップを作る所だって見てみたい。
 うんと欲張りになった、ぼく。
 こんなに欲張っていいのかな、と思ってるのに、ハーレイが笑顔でこう言ったんだ。
「知ってるか? 樹液を煮詰めてキャンディーが作れるそうだぞ、雪の上に流してな」
「キャンディー?」
 雪とキャンディーが結び付かなくて、ぼくはキョトンとしたんだけれど。
「熱いシロップを雪で冷やすと柔らかく固まる。そいつを棒に巻き付けてやれば、キャンディーが出来るっていう仕組みだな」
「それ、やってみたい!」
 なんて面白そうなんだろう。
 キャンディーなんかを自分で作れるとは思わなかった。
 本物のサトウカエデの樹液からメープルシロップを作るまでの間に、棒付きキャンディー。雪の上に煮詰めた樹液を流して、冷やして固めて棒付きキャンディー。
 前のぼくが知らないままで終わったサトウカエデの森からの恵み。
 あの時代の死に絶えた地球には無かった、サトウカエデからの素敵な贈り物。
 瞳を輝かせて「やりたい」と強請ったら、ハーレイは「ああ」と大きく頷いてくれた。
「前からのお前の夢だったしなあ、ホットケーキとメープルシロップ。それにキャンディーを追加なんだな、今のお前は」
「うん、せっかく地球に生まれたんだもの。ホットケーキの朝御飯に本物のメープルシロップで、それとキャンディーを作ってみたい」
 欲張りなぼくの願いごと。
 前よりも一つ増えているのに、「うん、うん」と答えてくれるハーレイの優しさが嬉しい。
「行くとするか、サトウカエデの森に」
 褐色の大きな手が伸びて来て、頭をクシャクシャと撫でられた。
「連れて行ってやるから、その前にしっかり食べて大きく育ってくれよ。…でないと結婚出来ないからな?」
「うん。…うん、ハーレイ…」
 約束だよ、とハーレイの手をガシッと掴んで、褐色の小指とぼくの小指を絡ませた。
 サトウカエデの森を見に行く約束。
 出来たてのメープルシロップをかけたホットケーキと、煮詰めたサトウカエデの樹液を雪の上に流して作るキャンディー。前よりも増えた夢を叶えるための約束…。



 前のぼくの夢だったホットケーキの朝御飯。
 青い地球の上でハーレイと二人、ホットケーキの朝御飯。
 本物のメープルシロップをたっぷりとかけて、地球の草で育った牛のミルクのバターを添えて。
 どうやら夢は叶いそうなんだけれど…。
 サトウカエデの森を見に行ける上に、煮詰めた樹液を雪の上に流して棒付きキャンディーを作るオマケまでつきそうなんだけど、その前にぼくの背丈が問題。
 ハーレイと再会した時の百五十センチから未だに一ミリも伸びない背丈。
 クローゼットに微かに付けた小さな印、ソルジャー・ブルーの背丈の百七十センチに届かない。其処まで届いてくれないことにはハーレイとキスさえ出来ないどころか、結婚なんて夢のまた夢。
 結婚出来ないとサトウカエデの森には行けない。
 ハーレイと一緒に夢の朝御飯だって食べられない。
 ホットケーキの朝御飯はもちろん、トーストだって一緒に食べられやしない。
(…大きくなれないと困るんだけど…)
 早く大きくなりたいんだけど、と切実な悩みがまた大きくなる。
 夢を叶えるには、まずは背丈を伸ばすこと。ソルジャー・ブルーと同じ背丈を手に入れること。
 しっかり食べて大きくなれよ、とハーレイは口癖のように言うけれど。
 キャプテン・ハーレイだった頃から沢山食べていたハーレイには簡単なことだろうけど。
(…沢山食べるのって難しいんだよ…)
 ハーレイと再会してから、沢山食べようと頑張ってみては失敗多数で挫折も多数。
(でも、ホットケーキだったら食べられるかな?)
 前のぼくの夢だった朝御飯。憧れだった地球でのホットケーキの朝御飯。
 朝御飯にホットケーキを沢山食べたら早く大きくなれるかな?
 頑張って三枚食べてみようか、前のハーレイにはとても敵わないけれど。
 三枚は基本で、多い時には四枚重ねだって食べていたハーレイ。
 それにソーセージと卵料理まで食べるだなんて、ぼくには絶対、無理だけれども…。



 一日でも早く大きく育って、ハーレイと結婚したいから。
 抱き合って二人キスを交わして、それから、それから……。
 ハーレイと本物の恋人同士になって、一緒に暮らして、二人一緒の朝御飯。
 いつもはトーストでもかまわないけど、一番の夢はホットケーキ。
 前のぼくがずっと夢に見ていた、ハーレイと二人で地球の上で食べるホットケーキの朝御飯。
 ハーレイがサトウカエデの森に行こうと言ってくれたから、夢は大きく膨らんだ。
 メープルシロップの原料の樹液を集めるのを見て、煮詰めた樹液でキャンディー作り。
 膨らんだ夢を叶えるためには、沢山食べて早く大きくならなくちゃ…。



 ホットケーキに本物のメープルシロップ、地球の草で育った牛のミルクのバターを添えて。
 前のぼくが夢見た朝御飯。
 地球に着いたら、食べたいと願ったホットケーキの朝御飯。
 ぼくは青い地球の上に生まれて来たから、本物のメープルシロップをたっぷりとホットケーキにかけられる。もちろんバターは地球の草を食んで育った牛のミルクで作ったバター。熱でトロリと溶けたバターを好きなだけホットケーキに塗り付けられる。
(夢の朝御飯が食べられるんだもの、頑張らなくちゃね?)
 早く大きくなりたかったら、御飯を沢山食べなくちゃ。
 何でも沢山……は難しそうだから、夢の朝御飯だったホットケーキくらいは多めに食べよう。
 前のぼくの夢だった、地球の上でのホットケーキの朝御飯。
 ハーレイと一緒に食べたいと願っていた夢の朝御飯。
 今はハーレイの姿が足りないんだけど、そのハーレイと一緒に朝御飯を食べるために頑張る。
 ホットケーキくらいは少し多めに、しっかりと食べて背を伸ばすために。
(…ちょっとずつでも、頑張ったらきっと背が伸びるよね?)
 夢のホットケーキはあるというのに、足りないハーレイ。
 今のぼくの夢はホットケーキの朝御飯じゃなくて、ハーレイつきの朝御飯。
 ハーレイと一緒に、二人きりで食べる朝御飯。
 シャングリラに居た頃と「当たり前にあるもの」が逆になってしまった。



(…地球のホットケーキの朝御飯はあるのに、ハーレイが一緒にいないだなんて…)
 ハーレイと二人、一緒に暮らして、ゆっくりと起きて朝御飯。
 普段はトーストでもかまわないけど、休日はホットケーキを何枚も焼いて食べるんだ。
 本物のメープルシロップをたっぷりとかけて、地球の草を食んでのんびりと育った牛のミルクのバターを添えて。
 きっと幸せな朝御飯。
 ハーレイと一緒に地球の上で食べる、幸せな夢の朝御飯。
(…まだ半分だけしか叶わないだなんて…)
 前のぼくの夢が叶ったのはホットケーキの部分だけ。
 肝心かなめのハーレイがいなくて、夢のホットケーキを食べるテーブルにはぼく一人。
 パパとママとが居てくれるけれど、ハーレイがいないと独りな気分。
(残り半分は、背が伸びないと叶わないんだけど…)
 百五十センチから少しも伸びない、情けないぼくの小さな背丈。
 ハーレイとサトウカエデの森を見に行きたいのに、伸びてくれない今のぼくの背丈。
 前のぼくからの夢の朝御飯は、まだまだ当分、叶いそうにはないんだけれど。
 だけどいつかはきっと叶うよ、サトウカエデの樹液を煮詰めて作るキャンディーつきで……。




           ホットケーキ・了

※ソルジャー・ブルーだった頃の夢の朝御飯は食べられるのに、足りないハーレイ。
 でも、いつか一緒に行けるのです。サトウカエデの森まで、キャンディーを作りに…。
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