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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

風邪を引いたら

(…なんだか、だるい…)
 それに寒い、とブルーは震えながらベッドで目を覚ました。
 今は秋。今朝は早い冷え込みが来るというから、風邪を引かないよう昨夜は早めに休んだのに。
 だるくて、少し熱っぽい。喉にも違和感。
(…手遅れだった?)
 昨日、学校でクシャミが何回か立て続けに出た。虚弱体質のブルーにはありがちな風邪の前兆。ただし本物の風邪に至らない時だってある。気温が急に変わった時などに多いクシャミの連発。
 風邪を引いてはたまらないから、終礼が済んだら急いで帰ろうと思ったのだけれど。教室を出て校門へと向かう途中の廊下でハーレイとバッタリ出会ってしまった。
 大好きなハーレイに会えたからには会釈や挨拶だけで帰りたくない。「ハーレイ先生!」と声を掛けて暫く立ち話をした。人気の高いハーレイは他の生徒に捕まることだって珍しくない。今日は自分の番なのだ、とばかりに話し込んでいたら、ハーレイが「すまん」と遮った。
「今日はこれから柔道部でな。着替えて稽古に付き合わないと」
 ブルーの胸がドキンと高鳴った。
(これから行くんだ…!)
 朝にはよく見る柔道着のハーレイ。朝練を指導した帰りのハーレイに何度も出会った。けれど、帰る時には滅多に見かけない柔道着を纏ったハーレイの姿。
 部活をしていないブルーの下校時刻が早過ぎて、ハーレイが出掛ける時間と合わないのだ。



(そっか、これから柔道部なんだ…)
 これは貴重だ、と思ったブルーは思い切って頼み込んでみた。
「少し待ってていいですか? ハーレイ先生が着替えて出掛けるまで」
「なんだ、柔道部を見学したいのか?」
 ハーレイが目を丸くしつつも、見学だなんて言ってくれたから。
「えっ、見に行ってもいいんですか?」
「少しならな。…だが、動いていないと体育館は冷える。ちゃんと早めに帰るんだぞ?」
「はいっ!」
 朝のグラウンドでの走り込みしか見たことがない柔道部。もちろん柔道という武道があることは知っていたけれど、その程度。
 初めての世界を大好きなハーレイつきで見学出来ると聞いたブルーは狂喜した。更衣室まで行く道のりもハーレイと一緒。はしゃぎながら着いた更衣室の前の廊下でハーレイが着替えてくるのを待った。柔道着の上から締めた黒い帯。有段者の印なのだと教えて貰った。
「この上に赤帯もあるんだが…。俺の年ではまだ取れないな」
「そうなんですか?」
「赤帯は九段と十段なんだ。だが、八段が満四十二歳からってことになってるからなあ…」
 当分無理だ、と聞かされて指を折ってみる。ハーレイは今、満三十八歳。八月二十八日が誕生日だったから、四十二歳まで残り四年近く。
(あと四年かあ…)
 八段まででも四年もあるんだ、と驚いたけれど。
(そうだ、四年後って…!)
 四年経ったら、ブルーは十八歳になる。結婚が法律で認められた歳。
 十八歳になったらハーレイと結婚するのだ、と心の中ではとうに決めていた。つまりハーレイが赤帯の前段階の八段とやらを取れる歳になる時には、多分結婚出来ている筈。ということは…。
(ハーレイが赤帯を貰える時って、絶対、結婚出来てるよね?)
 柔道着の上から締められた黒帯。この黒帯が赤になる頃には、自分がハーレイの隣に居る。赤い帯に届く前の八段とやらも、結婚してから取って欲しいなと思う。
(だって、四年後だよ?)
 あと四年。十八歳まで、あと四年…。
 ハーレイの黒帯に胸をときめかせながら、ブルーは柔道部の練習場所へと連れて行って貰った。



 体育館の中の広い一室、其処が柔道部の練習場所。
 ハーレイがブルーと一緒に入った時には既に稽古が始まっていて、最上級の四年生が後輩たちの練習を指導していた。主将だという一番大柄な生徒がハーレイの姿を認めて皆に指示を飛ばす。
「ハーレイ先生がいらっしゃったぞ、全員、礼っ!」
 大勢の部員がザッと動いて、全員が正座をしての深い一礼。
(…うわあ……)
 凄い、とブルーは息を飲んだ。一糸乱れぬ動きも凄いが、彼らの礼はハーレイに対してのもの。ただ顧問というだけの教師だったら、ここまでの尊敬を集めることは出来ないだろう。柔道の道に秀でたハーレイだからこそ、練習場所に現れただけで皆が一斉に敬意を表する。
 そのハーレイはブルーの肩をポンと叩いて、柔道部員たちに呼び掛けた。
「今日はお客さんが来ているぞ。恥ずかしくないよう、気合を入れてやれよ!」
「はいっ!」
 稽古に戻る部員たち。ブルーは一番端に畳んで置かれたマットの上へと案内された。
「此処に座って見ているといい。このマットは今日は使わんからな」
「はい、ありがとうございます!」
 ペコリとお辞儀し、膝を抱えてマットに座った。厚みがあるから床からの冷えは伝わらない。
(…ふふっ)
 素敵な見学場所を貰ったブルーは、初めて目にする柔道部員の練習風景に夢中になった。指導に出掛けたハーレイが檄を飛ばす中、技を掛け合う部員たち。
 ハーレイがブルーの守り役なことは知られているから、皆、きびきびと頑張っている。見学中の来客に熱意溢れる姿を披露せねば、と懸命になっているのが分かる。
「こらあっ、そんな技で相手が倒せるか!」
 しっかりやれ、とハーレイが叫び、「かかってこい」と何人かの部員を名指しした。殆ど同時にハーレイに飛び掛かる部員たち。恐らくは柔道部の中でも指折りの腕を持つ彼ら。もちろん主将も入っている。それをハーレイは軽くあしらい、次々にマットの上へと投げた。
(ハーレイ、凄い…!)
 投げられた部員たちが起き上がって再びかかってゆく。ハーレイは軽々と投げたり倒したり。
(凄い、凄いよ…!)
 ほんの少しだけ見学するつもりで来たというのに、ハーレイの技の凄さに惹き付けられて。
 柔道の技など全く分からないなりに見惚れている内に、またしても…。



 クシャン!
 その音を立てたブルーは慌てて自分の口を塞いだが、ハーレイが気付かないわけがない。稽古をつけていた部員たちに「後は皆でやれ」と指示を下して、ブルーの方へと歩いて来た。
「こら! 此処は冷えるから早めに帰れと言っただろうが」
「…ハーレイ先生…」
 もう少しだけ見ていたいんです、とブルーは頭を下げたけれども。
「駄目だ。クシャミをしたのを聞いた以上は帰って貰う」
 風邪を引く前に家に帰れ、と腕を掴まれて立ち上がらされた。それだけではない。帰ったふりをして外からこっそり覗いていたのでは意味が無いから、とハーレイ自らブルーに付き添い、校門の外まで送り出された。後戻りをして来ないように、と校門の前で腕組みをしての仁王立ち。
「いいか、真っ直ぐ帰るんだぞ? 暫くは此処で見張ってるからな」
「…はい…。ありがとうございました、ハーレイ先生」
 未練たらたらで柔道着姿のハーレイにお辞儀し、しおしおと学校を後にした。
 それが昨日の夕方のこと。
 思った以上にひんやりとしていた外気に包まれながら家の方へ行くバスを待って乗り込み、帰り着くなり直ぐにウガイをして、熱いホットミルクを飲んだのに。
 冷えた身体が温まるようにとホットミルクにたっぷりの蜂蜜、シナモンだって入れたのに…。



(……風邪引いちゃった……)
 あっさりと風邪を引いてしまった弱すぎる身体。誤魔化そうにも喉の違和感と熱っぽさ。階下に下りたブルーの不調は両親に一目で見抜かれてしまい、その場で熱を測らされた。案の定、微熱があることを無情に告げる体温計。
「駄目でしょう、ブルー! 熱があるわよ」
「口を開けてみろ。…喉が赤いな、風邪を引いたな? 病院に連れて行って貰いなさい」
 病院が開く時間まで暖かくして寝ているように、と自分の部屋へと追い返される。少ししてから母がトーストとホットミルクの朝食を持って来たけれど、学校はもちろん休まされてしまった。
(今日はハーレイの授業がある日だったのに…)
 ブルーは泣きそうな気持ちだったが、どうにもならない。
 朝食を済ませたら暖かい服に着替えさせられ、病院に連れて行かれて、注射に薬。
 身体の弱いブルーにとってはどちらも慣れたものだけれども、早く効かないならどちらも嫌だ。注射も薬も、前の生で嫌というほど試された。アルタミラでの研究所時代の過酷な人体実験で。
 悲惨だった前世を思い出させる注射と薬。けれど学校へ早く行けるのならば、と我慢した。
 それなのに…。
 痛い注射も、その場で飲まされた苦い薬も我慢した上、家で飲む薬もドッサリあるのに。
 大事を取って明日も休めと言われてしまった。付き添って来た母は素直に頷いている。
(明日も休むの!?)
 酷い、とブルーは涙を浮かべた。注射が痛かったからではない。苦い薬のせいでもない。
 二日もハーレイに会えないなんて。
 二日間もハーレイに会えないだなんて…!



 結局、一日、ベッドの中。
 ハーレイの授業が行われた筈の学校には行けず、明日も登校禁止の刑。ハーレイの授業は明日は無いけれど、学校に行ければハーレイに会える。ハーレイに会える筈だったのに…。
(…明日もハーレイに会えないなんて…)
 大した風邪ではないと思う。喉が少し変だというだけ、微熱があるというだけの風邪。
 けれどブルーの身体は弱い。健康な子供だったら二日くらいで治りそうな軽い風邪をこじらせ、肺炎を起こしたことも何度もあった。あわや入院かという騒ぎ。
(…病院の先生が言ってることも分かるんだけど…)
 分かるのだけれど、それでも悔しい。この程度の風邪で二日も休まなくてはいけない身体。前の生と同じに弱く生まれた、直ぐに壊れる弱すぎる器。
(…耳だけはちゃんと聞こえるけれども、他はおんなじ…)
 もっと健康に生まれたかった。ハーレイと毎日会える身体に生まれたかった。
(…この身体でなくちゃ駄目だってことは分かってるけど…)
 弱いけれども、前の生とそっくり同じ姿に出来ている身体。
 ハーレイが「さよならも言えなかった」と悔やみ続けた前の自分と同じ姿に育つ筈の身体。
 文句を言ってはいけないのだと、この身体だから意味があるのだと分かってはいても涙が出る。風邪を引いたくらいで二日間もハーレイに会えない弱すぎる身体…。



 日が落ちても明かりを点ける気になれず、ベッドの中で涙ぐんでいたらチャイムが鳴った。
(…ハーレイ、もしかして来てくれた!?)
 もしかしたら、と心が躍った。
 しかし、待っていても階段を上がって来る足音はしなくて、どうやらただの来客だったらしい。
(……ハーレイだったら良かったのに…)
 あのチャイムがハーレイでなかったのなら、今日はもう駄目。学校帰りのハーレイが立ち寄れる時間を半時間以上も過ぎてしまった。こんな時間から来てはくれない。
(今日はお見舞い、来てくれないんだ…)
 とうとうハーレイに会えなかった。会えずに一日が終わってしまう。
 それに身体もだるくて重い、と寝返りを打って丸くなる。
 昨日は幸せだったのに。
 あんなに幸せだったのに…。



 ポロリと涙が零れた時。
 階段を上がって来る足音を聞いた。母とは違う重い足音。父とも違った、聞き慣れた足音。
(まさか……ハーレイ?)
 チャイムの音を聞いてはいない。
 なんで、とブルーが思う間も無く扉がノックされ、開けられた。暗かった部屋にパッと明かりが点いて。
「起きてるか? ブルー」
 間違えようもない恋人の声と、背が高く頑丈な大きい身体。ブルーはパチリと目を見開いた。
「ハーレイ!?」
「こらこら、起きるな。風邪だそうだな、早く帰れと言ったのに」
 俺のせいか、とハーレイが扉を締めた後、入口の側に立ったままで済まなそうに謝るから。
「…ううん、もっと前にクシャミ…」
 ぼくのせいだ、とブルーは素直に詫びた。
 風邪の兆候かもしれないと思っていたのに、直ぐに帰らずに学校に居た、と。
「ハーレイは悪くないんだよ…。悪いのは、ぼく」
「そうなのか? なら、いいが…」
 俺のせいかと心配したぞ、と表情を和らげてベッドに近付いて来るハーレイ。
(…あれ?)
 ハーレイが持っているトレイ。
 嗅覚は落ちている筈だけれども、懐かしい野菜スープの香り。
 懐かしいけれど、いつものと違う。
 何故、と訝るブルーに向かってハーレイが穏やかな笑みを浮かべた。
「気付いたか? 野菜スープのシャングリラ風、名付けて風邪引きスペシャルだ」



 ほら、とブルーの目の前に差し出されたトレイ。
 少しとろみがつけられた野菜スープにふんわりと溶いてある卵。細い糸のように見えるくらいに溶きほぐされた卵と、細かく刻んで煮込んだ野菜と。
(……風邪引きスペシャル……)
 そんな名前は無かったけれども、遠い記憶に刻まれたスープ。
 シャングリラで卵が貴重品だった時代に、風邪を引いて寝込んでしまったことが何回かあった。その時にハーレイが作って食べさせてくれた、卵が入った野菜のスープ。
 喉を通りやすいようにとろみをつけて、貴重品の卵を落としたスープ。
(…ぼくに食べさせるんだから、って卵を貰って来たって言っていたっけ…)
 まだ鶏が数えるほどしかいなかった時代。卵は本当に貴重品だった。一人で一個を食べるなんて贅沢、誰も思いはしなかった。
 多分、ぼくだから貰えた卵。ぼく以外には戦える者が居なかったから一人で一個貰えた卵。
(でも、ハーレイが頼まなかったら貰えもしないし、食べられもしないね…)
 野菜スープのシャングリラ風は野菜だけしか入らないけれど、これは風邪引きスペシャル。
 栄養がつく卵が入ったスープ。それも贅沢に丸々一個。
(そういえば、この味も好きだったっけ…)
 一番素朴な基本の調味料だけで煮込んだ野菜のスープと、この卵入りと。
 この二つだけはどんな時でも喉を通った。
 弱り切った時も、風邪を引いた時も、ハーレイの野菜スープと卵入りの野菜スープがあった…。



 ブルーはゆっくりと身体を起こした。このスープなら食べられそうだ、という気がしたから。
 起き上がってベッドの端に腰掛けると、ハーレイが側に置いてあったカーディガンを肩に優しく着せかけてくれた。テーブルが寄せられ、スープを満たした皿とスプーンが置かれる。
「卵入りのスープ、思い出したか? しっかり食べろよ」
 もう一つ、取って来るから待っていろ。
 そう言ってハーレイは部屋を出てゆき、ブルーはキョトンと首を傾げる。
(…もう一つ?)
 何だろうか、と考えてみたが分からなかった。
 病気の時には野菜スープのシャングリラ風。でなければ、卵入りの野菜のスープ。
(…何なのかな?)
 記憶には残っていない食べ物。
 卵入りの野菜スープを飲んだら思い出せるか、とスプーンで掬って口に運んでも思い出せない。とろみのついた野菜スープは懐かしいけれど、他に何か食べた記憶は無い。
(…ぼく、忘れちゃった?)
 そんな筈はないんだけれど、と悩む内にハーレイがトレイを手にして戻って来て。
「ほら、それと粥だ」
 テーブルに載せられた器の中身は、とろとろに煮込んだ粥だった。米だけではなくて、ほぐした鶏のささみと細く刻んだ白ネギを加えて煮込まれた粥。味付けはチキンスープだという。それから隠し味に胡麻油を少し、刻み生姜とニンニクも少し。
「食欲は落ちてないそうだしな? こいつは俺のおふくろの風邪引きスペシャルなんだ。…ネギは風邪に効くと言うんだぞ」
 生姜とニンニクも効くらしいな、とハーレイはブルーに粥を勧めた。
 ブルーは知らない味だろうけれど、今の自分には馴染み深い味の粥なのだ、と。



(…ハーレイのお母さんのお粥なんだ…)
 しみじみと粥の入った器を見詰めて、ふと気が付いたからハーレイに問う。
「これ、シャングリラには無かったよ? ぼくのママには何て言ったの、嘘ついて来たの?」
 ハーレイが野菜スープのシャングリラ風を作る時にはブルーの家のキッチンを借りる。この粥もキッチンで作ったのだろう。
 ブルーが他の客人かと思ったチャイムが実はハーレイで、スープと粥とを作っていたなら計算は合う。ブルーの両親は野菜スープのシャングリラ風を何度も目にしているから、卵入りがあっても多分、驚きはしない。
 けれども、粥は前例が無い。「こういう粥も作っていました」と言えば納得するだろうけれど、この粥はハーレイの母が作る粥。シャングリラで作っていたと申告すれば真っ赤な嘘だが、これは大嘘の産物だろうか…?
(嘘でも、ぼくは嬉しいけどね?)
 ハーレイの母の味が食べられることは、とても嬉しい。ただ、ハーレイが嘘をついて来たなら、後で両親にバレないように口裏を合わせておかなければ…。
 そう考えたブルーだったけれど、ハーレイは「俺は嘘なんかつかなかったぞ」と片目をパチンと瞑ってみせた。
「いつもは野菜スープのシャングリラ風ばかりだからな。お前のお母さんは俺の料理の腕を疑っていそうで、そいつはどうにも癪じゃないか。たまには真っ当な料理もしておきたい」
 俺のおふくろの直伝です、と言って作って来た。
 まあ、この程度では簡単すぎてだ、誤解を解くには至らん訳だが…。
 しかし少しくらいは評価が上がったと思いたい。あくまで俺の願望だがな。



 そう話しながら、ハーレイは粥の器をブルーが食べかけていたスープの器の直ぐ側に寄せた。
「食ってみるか? 俺のおふくろの風邪引きスペシャル」
「うん…」
 スープ用とは別に添えられたスプーンで一匙掬って、口にしてみて。
 病人食のお粥とは思えない、滋味深い味わいに驚いた。
「美味しい…!」
 ホントに美味しい、とブルーは温かい粥を掬って口へと運ぶ。細かくほぐされた鶏のささみと、柔らかくクタクタに溶けた白ネギ。チキンスープを含んだとろとろの米に、ほのかに香る胡麻油。ニンニクと生姜のせいなのだろうか、病人食と言うより、お粥と名の付く料理のようだ。
「ハーレイ、風邪を引いた時にはこれだったんだ?」
「俺は食欲不振になるような繊細なタチじゃなかったからな。とにかくしっかりと飯を食ってだ、栄養をつけてサッサと治した。お前も見習え」
 しっかり食べろ、と促しながらハーレイが尋ねる。
「スープはどうだ? 野菜スープのシャングリラ風の風邪引きスペシャル」
「美味しいよ。ハーレイのスープもとっても美味しい」
 お粥も、野菜スープのシャングリラ風も、どちらの風邪引きスペシャルもいい。
 とても美味しい、とブルーはスプーンで口に運んだ。風邪のせいで違和感がある筈の喉を傷めず通過してゆく卵の入った野菜スープと、ハーレイの母の味だという粥と。
「そうか、美味いか。じゃあ、早く治せ」
 風邪引きスペシャル、せっかく作ってやったんだしな。
 ハーレイは微笑んでくれるけれども、ブルーは明日も登校禁止を言い渡された身だったから。
「うん…。でも、ぼく、明日も…」
 明日も行けない、と涙ぐむブルーの銀色の頭をハーレイの大きな手がポンポンと叩いた。
「分かった、分かった。…明日も作りに寄ってやるから、明後日は元気に登校しろよ?」
「うんっ!」
 約束だよ、とブルーが右手の小指を差し出し、ハーレイが「ああ」と褐色の小指を絡めた。
「風邪引きスペシャル、スープと粥とのダブルだな? まあ、任せておけ」
「他には? ハーレイ、他には風邪引きスペシャル、無いの?」
「その元気だったら大丈夫だな。今回は二つもあれば充分、元気になれるさ」
 欲張りめが、とコツンと額を軽く小突かれ、ブルーは「ふふっ」と首を竦める。
 こういう風邪なら悪くない。また軽いのを引いてみようか、ハーレイの料理が食べられるなら。
 他にも何かあるかもしれない、ハーレイの美味しい風邪引きスペシャル……。




         風邪を引いたら・了

※ハーレイ先生の風邪引きスペシャル、スープもお粥も美味しそうですよね。
 こんなオマケがついてくるなら、ブルーが軽い風邪を引きたくなるのも無理ないかも?
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