シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
今日の夕食。テーブルに御飯茶碗とお箸。いわゆる和風。
ぼくとハーレイの家がある地域は、SD体制よりも昔の時代に日本と呼ばれていた地域。そこの食文化が和食なるもので、ずうっと昔には世界遺産なんかにもなってたみたい。SD体制の開始と共に、そういう文化も消えてしまった。広い宇宙の何処へ行っても同じ食事で、そっくりな文化。
だけどSD体制が崩壊した後、それじゃいけないっていうことになった。機械に支配されていた時代ならともかく、人間が世界を担ってゆくなら、人間らしく。人の数だけ考え方があるように、文化だって星の数だけあったっていい。地域の数だけあるのが本当。
機械に消されてしまった文化を取り戻そう、と皆が頑張った。幸い、データは残っていたから、和食も無事に復活出来た。
というわけで、今のぼくの家には和食に欠かせないお箸がある。御飯茶碗もパパのとママのと、それから、ぼくの。
残念なことにハーレイの御飯茶碗は無い。何度も和風の夕食を一緒に食べて来たけど、ハーレイ専用の御飯茶碗は存在しない。ハーレイはお客様だから。どんなに親しく付き合っていても、家に何度も訪ねて来てても、ぼくの家族ではないハーレイ。専用の御飯茶碗は無くて当然。
ハーレイが来た時の食事が和風だったら、お客様用の御飯茶碗と、お箸が出される。お箸だってハーレイ専用のものは無くって、お客様用。パパとママとぼくは自分用のお箸を持っているのに。
(…ハーレイの御飯茶碗とお箸…)
いつになったら専用のを用意出来るんだろう?
今はまだハーレイの家にしか無い、ハーレイ専用の御飯茶碗とお箸。それが欲しくてたまらないけれど、きっと結婚するまでは無理。
こうして和風の食事が出る度、ちょっぴり寂しくなってしまう、ぼく。
普段の食事だと、朝御飯の時のマグカップくらいしか持ち主が決まっているものは無い。お皿は同じ模様や形で揃っているのを出してくるだけで、どれが誰のということは無い。
ハーレイが「ぼくの家族じゃない」ことをしっかりと思い出させる和食。お箸と御飯茶碗が並ぶ食卓。もっとも、寂しくなるのはほんの一瞬、直ぐに忘れてしまうんだけどね。
シャングリラにお箸なんかは無かったなあ、なんて考えたりしても、食事に夢中。
ぼくは沢山食べられないけど、好き嫌いだけは全く無いから。
前の生で食事に苦労したからか、ぼくには嫌いな食べ物が無い。食べられるだけで充分、幸せ。美味しかったらもっと幸せ…。
夕食のテーブルにサンマと秋ナス。こんがりと焼けたサンマと、秋ナスの田楽。
秋といえばサンマなんだけど。
皮がパリッと焼けたサンマに大根おろし。とっても美味しいと思うんだけれど、前のぼくは全く知らなかった。焼いたサンマと大根おろしの美味しさなんかは知らなかった。
サンマという魚も、秋の魚だから秋刀魚と書くらしいことも知っていたけど、食べたことなんか一度も無かった。シャングリラにサンマは無かったから。魚は養殖していたけれども、サンマまで飼ってはいなかったから。
育てやすくて、早く大きくなる魚。一年中、いつでも食べられる魚。それがシャングリラで飼う魚を選ぶ基準で、魚の旬は関係無かった。サンマみたいに長い旅をする魚なんかは飼えなかった。
だけど、やっぱり憧れてしまう。
地球には在るという広い広い海。七割が海に覆われた地球。
一度は魚影が消えてしまった汚染された海も、今ではすっかり青いというから。其処に魚たちが棲むというから、サンマみたいに旅をする魚、回遊魚だって居るだろう。
もしもサンマを食べられるとしたら、青い地球に辿り着いた時。
いつか、と前のぼくが夢に見ていたものの中の一つ。
秋刀魚と書くくらいに獲れる季節が決まった魚。シャングリラでは飼えない回遊魚。
そういえば秋ナスも夢に見ていた。
シャングリラにナスはあったんだけれど、前のぼくの憧れだった秋ナス。
地球へと辿り着く日を夢見て、母なる地球へ還り着く日を夢見て焦がれ続けた前のぼく。
まだ見ぬ青い地球を知りたくて、もっと知りたくて、沢山の本を読んでいた。失われてしまった文化のことやら、地球が育む生命のことやら。
憧れの地球に少しでも近付きたいと思って、出来る範囲でシャングリラで再現しようと思った。これが地球だと、地球にはこれと同じ物が在ると。
だから農場や公園の果樹にはミツバチ。アルテメシアの人類社会でもやっていた方法だけれど、こだわった。宇宙船の中でも自然は作れると、限られた範囲でも地球の自然に近付けたいと。
そんな前のぼくが見付けた興味深い言葉。農作物を扱った本に書いてあった言葉。
遠い昔に「秋ナスは嫁に食わすな」と言っていた地域があるらしい。秋に採れる秋ナスはとても美味しいから、嫁には食べさせなくてもいいと。それ以外の家族で独占すべし、と。
それほどに美味しいらしい秋ナス。
秋刀魚のような回遊魚を飼おうというのと違って、ナスならシャングリラの農場に在る。きっと再現出来ると思った。普通のナスより美味しい秋ナスの味を。
シャングリラではナスは一年中採れるように調整していたけれども、秋ナスを再現したいから。
「嫁に食わすな」と言うほどに美味しい秋ナスを作りたいから、暦どおりにナスを育てた。秋に収穫出来るようにと、一部の畑を季節通りのサイクルにした。
だけど、そうやって採れた秋ナス。夏にどっさりナスが採れた後、剪定をしてもう一度、新芽を出させて実を結ぶように育てた秋ナス。
それだけの手間をかけてみたのに、味は他の畑で育てたナスと劇的に変わりはしなかった。その翌年も挑戦したけど、ナスはナス。とびきり美味しいわけじゃなくって、ただのナス。
何回か栽培を繰り返した末に、これは無理だと諦めざるを得なかった。
秋ナスを美味しく実らせる方法は、恐らく、地球。
母なる地球の本物の気候が必要なのだろうと考えた。
シャングリラの中では調整し切れない、自然からの恵み。
前のぼくの夢だった、地球で食べたい朝御飯のホットケーキにかける本物のメープルシロップがシャングリラでは作り出せなかったように、秋ナスも地球でしか無理なのだ、と。
(んーと…)
ママが作った秋ナスの田楽と、こんがりと焼けたサンマの夕食。
好き嫌いの無いぼくは、もちろんサンマも秋ナスも好き。秋ナスの田楽だって大好き。
でも…。
(秋ナスは嫁に食わすな、だよね?)
前のぼくが秋ナスを夢見た理由の、古い古い昔の言い伝え。今のぼくが住んでいる地域の遙かな昔の言い伝えだった、と思い出した。
だって、今でもたまに聞くから。
学校で習う言葉じゃないけど、秋ナスが採れる季節になったら新聞のコラムにあったりもする。秋ナスの美味しさを伝えるための言葉だけれども、ちゃんと今でも生きてる言葉。SD体制が崩壊した後、文化と一緒に蘇って来た言い伝え。
つまり復活を遂げた言葉で、前のぼくの時代は死語だったけれど、今では有効。
(…どうしよう…)
ぼくの大好きな秋ナスの田楽。
ママは普通に食べているけれど、ぼくは将来、どうなるんだろう。
結婚出来る年になったら、ハーレイのお嫁さんになるんだと決めているぼく。
いずれは、ぼくはお嫁さん。
(…秋ナスは嫁に食わせるな、って…)
どうなってしまうんだろう、将来のぼく。
パパは秋ナスをパパとぼくとで独占しないで、ママにも食べさせてあげているけれど。
ぼくの場合はお嫁さんになったら、どんな扱いになるんだろう?
ハーレイだから「駄目だ」と言わずに食べさせてくれるとは思うんだけど…。
(でも、本当に大丈夫かな?)
もしかしたら「駄目だ」と言うかもしれない。
ハーレイは古典の教師をやってて、昔の文化にも詳しいから。
妙な所でこだわりがあって、「秋ナスは嫁に食わすな」というのを実行するかもしれないから。
(…ぼく、食べられなくなってしまうかもしれないの?)
秋ナスはこんなに美味しいのに。
前のぼくが夢に見ていたとおりに、地球の秋ナスは美味しいのに…。
とても心配になってきたから。
ハーレイのお嫁さんになってしまったら、秋ナスは食べられなくなってしまうのか心配だから。
次の日、ハーレイが仕事の帰りに寄って夕食を一緒に食べたから、食事の後で尋ねてみた。
ぼくの部屋で食後のお茶を向かい合わせで飲みながら。
ハーレイの顔を見ただけで色々なことを綺麗に忘れるぼくだけれども、秋ナスのことはちゃんと思い出せた。忘れずに思い出すことが出来た。
だって夕食にキノコ御飯が出て来たんだもの。
秋の味覚を食べた後なら思い出せるし、忘れやしない。
「ハーレイ、秋ナスを食べるのは好き?」
ドキドキしながら質問したら、「ああ」とハーレイは頷いた。
「焼きナスも美味いし、田楽も美味い。やっぱり秋ナスには和風だな、うん」
(そっか、和風…!)
今頃になって気付いたぼく。ハーレイの言葉で気付いたぼく。
秋ナスを美味しく食べるためには、シャングリラの料理じゃ駄目だったんだ。ナスのグラタンやラタトゥイユとかの料理じゃなくって、焼きナスに田楽。他にも色々。
とにかく和風で、昆布の出汁とか、そういう文化。
和風の調理法にしないと秋ナスは美味しくならないんだ、と気が付いた。
とっくの昔に手遅れだけれど。
秋ナスに憧れた前のぼくは遙かな昔に死んでしまったし、そもそも和食の文化なんかを理解していたかどうなんだか…。
「…前のぼく、思い切り、間が抜けてたよ…」
ボソリと零したら、ハーレイが「何の話だ?」と訊いてくるから、説明した。
秋ナスに散々憧れたけれど、シャングリラでは美味しく食べられなくって当然だった、と。文化からして違う世界で、和食なんかは無かったから、と。
「秋ナスなあ…。お前、ずいぶんこだわったよな?」
何年くらい挑戦していた?
今度こそ美味しい秋ナスを作ろう、と農作業に口出ししてたよなあ…。
「だってサンマを育てるのは無理だったんだもの。秋ナスくらいは、って思うじゃない!」
むきになって言い返したぼくだけれども。
(いけない、そういう話じゃなかった…!)
秋ナスから脱線しちゃってる。
同じ秋ナスの話でも、ぼくがハーレイに訊かなくちゃいけないことは別のこと。
ぼくの将来がかかった質問。
美味しい秋ナスをこれからも食べていけるのかどうか、それをきちんと訊かなくちゃ…。
「秋ナスは駄目だ」と言われちゃうかもしれないから、しっかりと覚悟を決めて。
食べられなくなってしまっても仕方ないんだ、と自分に言い聞かせてからハーレイに訊いた。
「…ハーレイ。ぼくに秋ナス、食べさせてくれる?」
「秋ナス?」
ポカンと口を開けてるハーレイ。質問の仕方が悪かったのか、ぼくの言葉が足りなかったか。
「えっと…。秋ナス、ママは食べてるけど、ぼくはどうかなあって…」
「何のことだ?」
「だから、秋ナス…。ぼく、ハーレイと結婚した後でも、食べてもいいの?」
「…はあ?」
変な顔をしていたハーレイだけれど、暫く経ったら意味が掴めたみたいで。
「ははっ、秋ナスか、俺の嫁さんになった後の話か?」
「…うん…。秋ナスはお嫁さんには食べさせない、って…」
ハーレイも、そう?
古典の先生だからこだわりたい…?
「いやいや、俺の大事な嫁さんだからな。もちろん食わせてやるとも、秋ナス」
「ホント!?」
ぼくはとっても嬉しくなった。
秋ナスは諦めなくていい。結婚したって、今と同じで美味しい秋ナスが食べられるんだ…。
前のぼくが憧れていた地球の秋ナス。ぼくの大好きな美味しい秋ナス。
「秋ナスは嫁に食わすな」という言葉まで復活しているから、凄く心配だったけど。
古い習慣とかに詳しいハーレイのお嫁さんになるから、本当に心配してたんだけれど…。
(良かったあ…。ハーレイが優しくて、とっても良かった!)
ぼくのためなら古い言い伝えも無視してくれるらしい優しいハーレイ。
こだわりがあるかもしれない古い言葉を、無いことにしてくれるらしいハーレイ。
ぼくはすっかり感激しちゃって、ハーレイはなんて優しいんだろうとウットリしていた。ぼくをお嫁さんにしてくれるハーレイ。お嫁さんに秋ナスを食べさせてくれる優しいハーレイ…。
(…ふふっ。ハーレイのお嫁さんで良かったよ、ぼく)
うんと優しい人のお嫁さんになれるんだ、って喜んでいたら。
「おい、ブルー。秋ナスはちゃんと食わせてやるがな、お前、何か勘違いをしてないか?」
「…勘違い?」
「秋ナスは嫁に食わすな、の意味だ」
そいつは俺がお前に食わせないんじゃなくて、だ。
俺のおふくろとかがお前に秋ナスを食わせない、っていう意味なんだが…。
「ええっ?」
「嫁いびりという言葉があってな、つまり嫁さんを苛めるんだな、おふくろとかが」
美味い秋ナスを嫁に食わせてたまるか、という言葉なんだ。
自分たちだけで食ってしまおう、って意味で言うんだ、「秋ナスは嫁に食わすな」とな。
(………)
なんて勘違いをしてたんだろう。
ぼくに秋ナスを食べさせてくれないかもしれない人はハーレイじゃなくて…。
「ハーレイのお母さん、秋ナスは好き!?」
どうしよう。
秋ナスがハーレイのお母さんの大好物だったらどうしよう…!
古い習慣や昔の道具が大好きだというハーレイのお父さんとお母さん。古い言葉だって、きっと大好き。「秋ナスを嫁に食わすな」だって知ってるだろうし、実行するかも…。
もしも秋ナスが大好きだったら、ぼくには食べさせてくれないかも…!
縋るような気持ちで叫んだ、ぼく。
どうかハーレイのお母さんが秋ナスを大好きじゃありませんように。
ぼくには食べさせるもんか、って思うくらいに秋ナスを好きじゃありませんように…。
「俺のおふくろか? 秋ナスも好きだな、今の時期はあれこれと料理してると思うぞ」
「……そうなんだ……」
もう駄目かも。
ハーレイのお母さんが秋ナス好きなら、ぼくは食べさせて貰えないかも…。
ガックリと項垂れた、ぼくだったけども。ハーレイの大きな手が伸びて来て、ぼくの頭を優しくポンポンと叩いた。
「こらこら、そんなに心配するな。俺のおふくろなら大丈夫さ」
「………ホント?」
「本当だ。俺が保証する」
お前の分のマーマレードは足りているか、って、心配して訊いて来るようなおふくろだぞ?
足りなくなったら貰いに行く、って言ってあるのに、しょっちゅう訊くんだ。
俺がウッカリ忘れていないかと思ってるらしい。
お前の家のマーマレードが足りてるかどうか、訊くのを忘れていやしないか、とな。
(ハーレイのお母さん、ぼくのこと、心配してくれてるんだ…)
心がじんわりと温かくなった。
まだ一回も会ったことがないハーレイのお母さん。
将来はハーレイと結婚するぼくのために、ってマーマレードをくれたお母さん。
隣町の庭に大きな夏ミカンの木がある家に住んでて、その夏ミカンの実で作ったマーマレードをくれたお母さん。最初に貰った瓶が空になる前に、ハーレイが新しい瓶を持って来てくれた。
マーマレードが切れてしまう前に、ちゃんと新しい瓶が届くんだけれど。
ハーレイが頼んでくれてるんだと思っていたけど、お母さんも忘れずに訊いてくれるんだ…。
そんな優しいお母さんが意地悪なんかをするわけがない。
いくら昔の習慣とかが好きでも、「秋ナスは嫁に食わすな」なんて実行したりはしないだろう。
「ぼく、ハーレイと結婚したって、秋ナスをちゃんと食べられるんだ?」
「当たり前だろう!」
決まってるだろう、とハーレイは笑顔で保証してくれた。
「おふくろはお前が可愛くてたまらないんだ。秋ナスなんぞは山ほど食わせてくれるさ」
お前が心配すべき所は、おふくろが作った秋ナスの料理を食べ切れるかっていう所だな。
俺がお前を連れて行ったら、山のように料理が並ぶと思うぞ。
おふくろは自慢の料理をお前が食べてくれる日をあれこれ夢見ているからなあ…。
ハーレイがぼくを連れて出掛けたら、凄く沢山の料理が出るらしいハーレイの家。
料理が得意なハーレイだもの、お母さんの料理も絶対、美味しい。
秋ナスも食べさせてくれるらしいし、なんだか楽しみになってきた。その秋ナスを食べられるかどうかで悩んでいたのが嘘みたいに。
(…秋ナスは諦めなくて良くって、他にも色々食べられるんだ…)
今の季節ならどんな料理が出るんだろう、と思っていたら。
「そうだ、料理自慢はおふくろだけじゃなかったな」
親父もだった、とハーレイがパチンと片目を瞑った。
「俺の親父は釣りが好きだと話しただろう? 釣って来た魚は自分で捌くし、料理もするんだ」
流石にサンマを狙って釣りには行かんが、もちろん釣れることだってある。
そして自分で釣って来なくても、秋になったらサンマを焼くのが親父の趣味だ。
庭に七輪を置いて炭火を熾して、団扇でパタパタ扇ぎながら…な。
「七輪!?」
ぼくはビックリしたんだけれども、ハーレイのお父さんにとっては七輪は自慢の魚焼き器で。
炭火で焼いた魚は美味しいから、と昔から使っているらしい。
「…なんか凄いね、七輪なんだ…」
そんなの、ぼくは使っているのを見たことがないし、七輪だって見たことがない。魚料理専門のお店で使っているって聞きはするけど、お店の表で焼いてはいない。だから知らない。
「親父のこだわりの魚焼き器さ、煙が出るから家の中では使えないがな」
ついでに美味そうな匂いが庭いっぱいに漂うからなあ、御近所さんが覗きに来るんだ。そしたらお裾分けをする。だから多めに魚を焼くんだ、サンマの時もな。
「庭いっぱいに匂いがするの?」
「そりゃもう、煙が届く範囲は美味い匂いで一杯さ。ミーシャが居た頃はうるさかったぞ」
ハーレイのお母さんが飼っていた白い猫のミーシャ。
七輪が庭に置かれたら直ぐに家から出て来て、ミャーミャー鳴いていたらしい。
魚はまだか、って、まだ焼けないのか、って鳴きながら七輪に置かれた網を覗いたりもして…。
「覗き過ぎて髭を焦がしちまったこともあったなあ、顔の半分、髭無しだったな」
「焦げて無くなっちゃったんだ…?」
ぼくは可笑しくて吹き出した。
髭が半分しかついてない猫って、きっと間抜けに違いない。
大事な髭を焦がしちゃうほど、ミーシャが覗きたがった七輪。その話だけで魚が美味しく焼ける道具だというのが分かる。髭が焦げても覗きたいほど、魚が美味しく焼けるんだろうな…。
憧れてしまう、ハーレイのお父さんが焼くサンマ。
庭に置いた七輪に炭を熾して、網を乗っけて、サンマを乗せて。団扇でパタパタ風を送って煙を散らして、美味しそうな匂いが庭に広がる。御近所さんが覗きに来るほど、美味しそうな匂い。
猫のミーシャの髭だって半分焦げちゃったほどに、美味しそうで覗きたくなる匂い。
「…七輪のサンマ、食べてみたいな…」
思わず呟いてしまった、食いしん坊の、ぼく。
沢山食べるのは苦手なくせして、好き嫌いだけは全く無いぼく。
前のぼくが夢に見ていた、回遊魚のサンマ。シャングリラでは食べられなかったサンマ。それが今ではぼくの好物で、ハーレイのお父さんが趣味で焼く魚。七輪で美味しく焼き上げる魚。
食べてみたい、とホントに思った。どんなに美味しいサンマなんだろう、七輪のサンマ…。
「おっ、食ってみたいか? 俺の親父が焼くサンマ」
「うんっ!」
「そいつは親父が喜びそうだな、勇んでサンマも釣って来そうだ」
親父もお前がお気に入りだしな?
おふくろと一緒に気にしてるんだぞ、お前の家のマーマレードは足りているのか、って。
「ホント?」
「ああ。親父もおふくろも今から楽しみで仕方ないのさ、俺がお前を連れて来る日が」
だから、お前は安心していろ。
結婚したなら、秋ナスもサンマもうんと美味いのを食わせてやる。
おふくろと親父の自慢料理を嫌と言うほど食わせてやるさ。
俺の大事な嫁さんだからな。
「うん。…うん、ハーレイ…」
楽しみにしてる、とハーレイと未来の約束をした。
いつかハーレイと結婚して、ぼくがハーレイのお嫁さんになったら、秋ナスにサンマ。
ハーレイのお母さんが秋ナスを料理して食べさせてくれて、お父さんはサンマを焼いてくれる。
「秋ナスは嫁に食わすな」どころか、うんと食べられて、七輪で焼いたサンマまでつく。
(…ふふっ)
やっぱりハーレイのお嫁さんで良かった。
優しいハーレイのお嫁さんになることに決めてて、ホントに良かった。
まだお嫁さんにはなれそうもなくて、ハーレイ専用の御飯茶碗もぼくの家には無いんだけれど。
だけど、いつかは大好きなハーレイのお嫁さんになれる。
そしてハーレイといつまでも一緒。
今日は「また今度な」と帰って行ってしまったハーレイと、いつまでも一緒…。
心配な秋ナス・了
←拍手して下さる方は、こちらからv
←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv
- <<いなかった蝶
- | HOME |
- 薔薇で作るジャム>>