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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

独りの朝食

(ハーレイが居るのが普通だったんだけどな…)
 今は全然普通じゃないよ。それどころかまるで正反対。
 病院に行くほどじゃなかったけれども、具合が悪くてパパとママに休まされてしまった学校。
 今日で二日目。
 昨日はハーレイも来てくれなかったし、忙しかったんだろうと分かっているけど悲しい気分。
 ぼくが休むと「大丈夫か?」って家に寄ってくれて、野菜スープを作ってくれたりする日だってあるのに。何種類もの野菜を細かく刻んで、基本の調味料だけでコトコト煮込んだスープ。
(野菜スープのシャングリラ風が食べたかったな…)
 そう思ったって始まらない。ハーレイには仕事があるんだから。
 とはいえ、昨日よりは軽くなっている身体。明日は学校に行けるかも…。
(行けるといいな…)
 ベッドサイドの時計を眺めてビックリした。とっくに授業が始まってる時間。
(こんな時間まで寝ていただなんて、具合が悪いの?)
 でも…、と考えを切り替えてみた。ゆっくり眠って体力回復っていうこともある。
(そうだ、朝御飯だって食べなくちゃ…)
 昨日はロクに食べていないから、体力を戻すなら食事が大切。
 沢山食べるのは無理だけれども、トーストとミルクくらいなら。
 隣町に住んでいるハーレイのお母さんが庭の夏ミカンで作ったマーマレードを塗ってトーストを食べれば、きっと良くなる。お日様の光を閉じ込めた金色。
(早く学校に行きたかったら、栄養をつけておかなくっちゃね)
 よし、とベッドから出て階段を下りて、ダイニングまで行ってみたんだけれど。
 九時をとっくに過ぎていたから、朝御飯のテーブルにはぼく一人だけ。
 パパは会社に行ってしまったし、ママはキッチン。



(独りぼっちだ…)
 ママが「あら、起きたの?」とトーストを焼いてくれて、ミルクも入れてくれたんだけど。まだキッチンに用があるのか、直ぐに姿が消えてしまった。
 独りぼっちの朝御飯。ハーレイのお母さんのマーマレードをたっぷりと塗って頬張っても一人、ミルクのカップを傾けても一人。
(…独りぼっちで朝御飯だなんて…)
 学校を休んでしまった時にはたまにあるのに、どうして今日は寂しいんだろう?
(…なんで?)
 何か理由があったっけ、と考えた所で気が付いた。
 前のぼくなら有り得なかった、独りぼっちで食べる朝食。いつだってハーレイが食卓に居た。
 そう、ハーレイと一緒に食べてた朝食。
 前のぼくには当たり前のことだったのに、今ではすっかり正反対。
 ハーレイのいない朝食が普通で、今日みたいにパパとママまでいなかったりする。
 でも…。



(あれって、いつから?)
 ハーレイと一緒の朝御飯。青の間で毎朝、二人で食べた。朝食係のクルーが奥のキッチンに来て仕上げる朝食。
 何を食べたいかは、前の日に部屋付きの係がぼくに訊いてた。ハーレイの分は、ハーレイが前の日の内に自分で係に伝えていた。
 そうやって準備される朝食。ハーレイと全く同じメニューだったことも、違うこともあった。
 前のぼくも今ほどじゃないけど小食だったし、そんなに沢山は食べられないから、ハーレイのと同じメニューでも量は少なめ。ハーレイが別のメニューを頼んだ時には「凄いな」と見てた。量も凄いけど、朝一番に食べるにはしては重すぎるように思える料理。
(ただのオムレツなら分かるんだけど…。具だくさんだったりするんだよね)
 ソーセージやジャガイモが入ったオムレツ。それをペロリと平らげるハーレイ。そんな凄いのを頼んでいたって、トーストは普段通りの分厚さ。ぼくのよりもずっと分厚いトースト。
 朝から食欲旺盛なハーレイが美味しそうに食べる姿は大好きだったし、馴染みの光景だったんだけれど。
 そういうハーレイをいつから見るようになったっけ?
 いつから二人で朝食を食べるのが普通になったんだっけ…?



(んーと…)
 アルタミラを脱出して間もない頃にはハーレイと二人きりじゃなくって、みんなで食事。食堂に集まって和やかに食べた。ハーレイがキャプテンになって、ぼくがリーダーと目され始めた頃にも食堂で食べるものだった。
 ぼくの具合が悪い時にはハーレイが部屋までトレイに乗っけて持って来てくれて、野菜スープも作ってくれた。そうした時にはハーレイも一緒に食べてたと思う。
 けれどシャングリラの改造が終わって、白い鯨が出来上がって。
 既にソルジャーと呼ばれていたぼくには、青の間という専用の部屋が割り当てられた。文字通り青い明かりが灯った、だだっ広い部屋。
 ぼくのサイオンは水と相性がいいようだから、と大量の水が湛えられていた、一人で暮らすには大きすぎる部屋。ぼくはベッドと最低限の家具があればいいのに、ベッドまでが特別に誂えられた立派すぎるもので、馴染むまでには暫くかかった。
 それでも「住めば都」と言うだけはあって、いつの間にか「ぼくの部屋だな」って思うようにはなったんだけれど。
 問題は、其処が「ぼくのためだけの」部屋であること。
 ぼくの食事を仕上げるためのキッチンまで備わってしまっているから、食事係のクルーが来てはくれても「一緒に食べてくれる人」がいない。
 いつだって一人、朝御飯も昼御飯も、晩御飯も。
 食堂へ行けば皆と一緒に食べられるけれど、ぼくはソルジャー。周りのみんなが気を遣う。凄く緊張してるのが分かる。
 それでは楽しい食事の時間が台無しになるし、ぼくの足は食堂から自然と遠のいていった。



 そうして気付けば、ぼくは青の間で独りきりの食事。
 いくら前のぼくが我慢強くても、やっぱり寂しい。誰かと一緒に食事をしたい。
 これじゃ寂しい、と思ったから。
 一日に一度だけでいいから、一緒に食事を食べてくれる人が欲しいと考えるようになったから。
 何か方法は無いのだろうか、と思案した末に、キャプテンだったハーレイを誘うことにした。
 毎朝、その日のシャングリラで行われる様々なことを報告するために来ていたハーレイ。夜にも結果報告に来ていたけれども、朝の報告はぼくの判断を仰いでいたこともあったから。
 これは使える、と名案が閃いた前のぼく。
 早速、ハーレイに持ち掛けた。
 朝の報告と打ち合わせをするのに丁度いいから、青の間へ朝食を食べに来ないか、と。
 キャプテンの分の食事も用意させておくから、朝食を食べながら話し合おうと。



 あの頃は恋人同士じゃなかったけれども、前のぼくの親友だったハーレイ。
 シャングリラやミュウの未来のことだけじゃなくて、何でも話せたぼくの親友。おまけに誰もが認めるぼくの右腕、キャプテン・ハーレイ。青の間で毎朝会食するには最適な人材。
(…あの時、ハーレイを誘っておいて正解だったよ)
 もしも長老たちを誘っていたなら。
 食堂での食事には及ばないまでも賑やかにやろうと考えたならば、長老たちが勢揃い。
 食事をしながらの会議だったら、長老が全員揃っていたって全然問題ないんだけれど…。
 表向きは会議ってコトでも、毎朝、楽しく食卓を囲んでいたんだろうけど…。
(ハーレイと恋人同士になった後が大変!)
 ぼくとハーレイとの仲はバレなかったとは思うけれども、朝食の席にズラリと顔を揃えた長老。
 ベッドで恋人同士の時間を過ごして眠って、起きたら朝食会なんて。
 それはとっても恥ずかしすぎる。
 いくらシャワーを済ませていたって、いたたまれない気持ちになったと思う。
 さっきまで何をしてたんだっけ、と顔が真っ赤になることだってきっと何度もあっただろう。
 長老たちとの食事会にしなくて正解。
 ハーレイだけを選んで誘って、二人きりの食事で大正解。
 でも…。



(…前のぼく、ちゃんと分かっていたのかな?)
 ハーレイは特別なんだ、っていうことを。
 ぼくの特別で、いつか誰よりも大切な人になるんだってことにぼくは気付いていたんだろうか。
 それとも何か予感があった?
 いつかハーレイは「特別」になると、ぼくの大切な恋人になると。
(…予知能力は大して無かったと思うんだけど…)
 ほんのちょっぴり、虫の知らせとか言われる程度しか前のぼくは感じ取れなかった。
 嫌な予感がすると思っても、具体的に何が起こるというのか理解出来てたわけじゃない。
 キースが捕虜になっていた時さえ、「ぼくの命はもうすぐ尽きる」と予感してはいても、ぼくに死を齎す死神が誰かは分からなかったし、分かっていたならキースを殺していただろう。
 フィシスがキースを庇ったところで無駄なこと。あの時、ぼくはキースを捕えるつもりでいた。単に意識を奪うつもりで放ったサイオン。だからフィシスの力で防げた。前のぼくの殺意を弾けるミュウなどはいない。殺すと決めたら確実に殺す。
(…あそこでキースを殺していたなら、ナスカは燃えずに残ったかも…)
 だけど、その後の未来が変わる。ミュウと人類の和解までには想像もつかない年数がかかって、地球だって蘇らないままでいたかもしれない。
 それを思うと前のぼくの予知能力が低かったことは多分、幸いだったんだろう。
 殆ど役には立たなかったそれ。だからこそ大部分をフィシスに譲った。フィシスはそれを上手く操り、色々と予言をしていたけれども、ぼくが持っていても無用の長物。
 あまりに低すぎた、前のぼくの拙い予知能力。
 だけどハーレイ限定で働いたのかな、って思わないでもない。
 ぼくの「特別」だと、誰よりも大事な恋人なんだ、って。



 前のぼくとハーレイは出会いからして特別だった。
 アルタミラ崩壊の時に同じシェルターに閉じ込められなかったら、きっと全然違ったと思う。
 サイオンの使い方さえ分からないままに、闇雲にぶつけて壊したシェルター。我先に逃げ出して行った仲間たち。
 座り込んでいたぼくを助け起こして、「他にも閉じ込められたヤツらがいると思うぞ」と言ったハーレイ。ぼくだって仲間たちの思念を感じていたから、二人でシェルターを開けて回った。
 あの時、ハーレイがいなかったとしても。
 ぼくは独りでシェルターを幾つも、幾つも開けて回っただろうと思うけれども…。
(…やっぱりハーレイ、手伝ってくれた?)
 幾つ目のシェルターに居たかは分からないけれど、ぼくを手伝ってくれたんだろうか。
 ぼくたちの出会いは同じだったろうか?
 「お前、凄いな。小さいのに」が最初の言葉だったから、同じだった?
 ぼくがハーレイの居るシェルターを開けたら、そう言ってくれた?
 でも、ぼくは返事をする間も惜しんで無言で、次のシェルターへと走って行ったと思う。
 走ってゆくぼくをハーレイはきっと追いかけて……。
 来てくれたよね?
 一緒にシェルターを開けて回ってくれていたよね?
 ハーレイがそういう人間だってことを、ぼくは誰よりもよく知っているから。



 だったらハーレイはやっぱり特別。ぼくの特別。
 出会い方がまるで違っていたって、出会ったら同じ。
 お互い、相手を放っておけない。アルタミラが燃える地獄の中でも、離れ離れではいられない。
 ぼくはハーレイと一緒に走りたかったし、ハーレイはぼくと走りたかった。
 アルタミラを脱出した後も、ぼくは長いことハーレイにくっついて歩いていた。ハーレイがまだキャプテンになっていなかった頃は、後ろにくっついて歩いていた。
 調理の総責任者みたいなことをしていたハーレイの手伝いをしたり、「何が出来るの?」と鍋やフライパンを覗き込んだり。親鳥を追いかける雛鳥みたいに、懐いていたぼく。
 そんな思い出があったハーレイだから、ぼくは食事に誘ったんだろうか。
 独りぼっちじゃ寂しいからって、ハーレイを選んで名指しで決めて。



 青の間での朝食に誘われたハーレイは、喜んでやって来てくれた。
 食堂で仲間たちと一緒に食べるのも楽しいけれども、こういう落ち着いた場所もいいって。
 静かすぎるけど、悪くはないって。
「その分、私たちがあれこれと喋ればいいのですしね」
「うん、そうだよね」
 シャングリラのこととか、色々なこと。
 君の目で見るのと、ぼくが見るのとでは同じ出来事でも印象が変わってくるのだろうし。
「はい。一応、持っては来たんですが…。資料などを」
「そうなのかい? 流石はキャプテン、真面目なんだね」
 まさか資料を用意したとは思わなかったし、ぼくは驚いたんだけど。
「ソルジャーとの会議を兼ねた朝食会です、当然のことかと」
 ハーレイが姿勢を正して言うから、「それで、何を?」と訊いてみた。
「どういった資料を持って来たわけ?」
「昨日のシャングリラでの出来事と経過を。昨夜の報告の補足事項なども含まれますが…。朝食の前に報告させて頂きましょうか?」
「要らないよ。ぼくには全部分かっているから」
 嘘じゃないこと、君だって知っているだろう?
 君が毎日ぼくに報告するようなことは、ぼくはとっくに承知だってこと。
 シャングリラ中に張り巡らせてある思念の糸に引っ掛かってくるから分かるんだよ。
 そういう目的で思念を張り巡らせているってわけじゃないけど、副産物だね。
 ぼくの思念は船全体を把握するのに必要なもの。
 そうでなければ守れないんだよ、巨大な白い鯨をね…。



 だから報告の必要は無い、と断って「じゃあ、食べようか」と食事を始めながら。
 ぼくはちょっぴり心を弾ませ、テーブルの向かい側に座ったキャプテンに尋ねてみた。
「…それよりも他のニュースは無いの?」
「ニュースですか?」
 あれば報告いたしますが、とハーレイが大真面目な顔で答えるから。
「そうじゃなくって、意外性のあるニュースだよ」
 ぼくに報告するまでもないような些細な出来事。
 いわゆる日常の延長線上で何か無いかな、って訊いてるんだけど…。
 ぼくが思念で知っていることは、言わば公式なことって言うの?
 個人の行動までを追ってはいないし、失敗談なんかは分からないしね。
「…はあ……」
 それでしたら…、とハーレイは軽く溜息をついて。
「昨日、ブリッジで少々、騒ぎが」
「ブリッジで?」
 どんな、とぼくは好奇心に瞳を輝かせた。
 シャングリラ中に張り巡らせた思念の糸はブリッジにだって幾重にもある。
 だけど騒ぎには気付かなかったし、何事だろうと思ったから。



 ぼくの向かいに座ったハーレイ。ぼくのお皿に乗っかったのよりも大きなオムレツをフォークでつついて、「お恥ずかしいのですが…」と言いにくそうに口を開いた。
「ブラウに肩を叩かれたはずみに落としたんです、大事な鉛筆を」
「鉛筆?」
「…はい。休憩時間に下描きをしていた最中でして…」
 木彫りを始める前に木の塊に描き込む、大まかな下絵。
 それに使う鉛筆が落っこちたという。
 下手くそで知られたハーレイの木彫り。趣味だから誰も止めはしないけど、とっても下手くそ。それなりに手先は器用らしくて、スプーンやフォークといった実用品なら文句なしの出来栄えなんだけど…。欲しがる人だっていたりするけど、それ以外は駄目。
 芸術を目指せば正体不明の物体が出来るし、写実性を追求した時には別物が出来る。どう言えばいいのか、評価するのにこっちが困る。ブラウなんかはズバズバけなしているけれど。
 誰が見たって下手くそなんだし、部屋でコッソリ彫ればいいのに、ブリッジで彫ろうとしていたなんて。下絵を描くための鉛筆まで持って出掛けたなんて、と可笑しくなった。
 でも、この話は此処で終わりじゃないだろう。
 たかが鉛筆を落としたくらいで「騒ぎ」なんかには絶対ならない。何かあるな、と鉛筆の行方を訊きだしてやるべく、ぼくは「鉛筆ねえ…」と相槌を打った。



「災難だったね、落とすだなんて。ブラウに悪気は無かったろうけど…」
 その鉛筆、何処に落ちたんだい?
 落としただけなら拾い上げれば済むことだろう?
「それが…。見事に入ってしまいまして…」
 キャプテンの席の下にコロンと。
 運悪く隙間に落ちたらしくて、とても拾えるような場所では…。
「それで?」
「サイオンで拾おうと思ったのですが…」
「拾えなかったのかい?」
 ハーレイは瞬間移動は出来ないけれども、鉛筆くらいは軽く動かせる。
 何処にあるかを透視で探して、元の隙間からサイオンで引っ張り出せば終わりだと思ったのに。
「なにしろ休憩時間ですから。たちまち人が寄って来まして…」
 ゼルが「シートを外せ」と大袈裟なことを。
 「この際、シートの下の掃除もすれば良かろう」とまで…。
 お蔭で晒し者でした。
 シートを外す係が呼ばれて、あのキャプテンのシートを外して…。
 鉛筆は無事に拾えたのですが、外した後を掃除するからと掃除係も呼ばれたのです。
 シートが元通りの場所に設置されるまで、鉛筆と木の塊とを持って立たされていました、作業の邪魔にならないようにとブリッジの隅に。
 ブリッジ中のクルーが、私の方を見ないようにしながらクスクス笑っているんです。
 肩が小刻みに震えてるんです、ゼルとブラウは遠慮なく笑ってくれました…。



「なるほどねえ…」
 それは確かにニュースな上に騒ぎだよね、と吹き出さざるを得なかった、ぼく。
 シャングリラの中では思いもよらない事件が起こっているらしい。
「そんな騒ぎを起こしたとなると、木彫りは禁止されたのかい?」
 キャプテンのシートを外した上に掃除となったら、作業するクルーも大変だしねえ…。
「いえ。今後も気にせず続けていいと言われました」
 娯楽になるから、と。
 シートを外しに来ていた係も、掃除係も「いつでもどうぞ」と笑っていました。
「…うん、分かる」
 キャプテンがヘマをする現場なんかは、そうそう見られはしないしね?
 少しばかり仕事が増えた所で、また見たいって気持ちになるよね、きっと。
 そういうニュースはぼくも好きだよ、また持って来て。
 うんと新鮮なその手のニュースを。
「此処はそういう席なのですか!?」
 朝食を食べながらの会議ではなく、報告でもなく…。
 シャングリラの中で起こった珍事を披露するための会食だと?
「うん。たった今、決めたよ。君の失敗談がいい」
 ゼルとかヒルマンとかでもいいけど、君のが一番面白そうだ。
「そうそう毎日やりませんよ!」
 他の誰かの話題で勘弁して下さい。
 キャプテンが主役の失敗談が毎日起こるようでは、シャングリラは沈んでしまいますとも。



 仏頂面でそう言ったけれど、約束を守ってくれたハーレイ。
 自分が失敗をやらかした時は教えてくれたし、そうでない日は何か楽しい話題はないかと、色々集めて来てくれた。
 よくもこんなネタがあったものだ、と何度笑ったか分からない。
 厨房で丸焦げになった料理を係が上手に誤魔化して「本日限定」と銘打って出したら美味しいと評判になってしまって、再現すべきか厨房担当のクルー全員が悩んでいるとか。
 ゼルは最高に機嫌がいい時はブリッジまでスキップしながらやって来るという根も葉もない噂が流れて、「いっそ本当にスキップを!」と言い出したゼルをエラが必死に止めているとか。
 厨房の失敗料理はその後、新作として定着しちゃって、ゼルのスキップも実現した。スキップは一回限りだったらしくて、「目撃した人は一年間幸運に恵まれる」と噂に尾鰭がついたみたい。
 ハーレイは幾つも幾つもネタを集めて来てくれた。
 朝食の席でぼくが笑って過ごせるようにと、こんな時くらいは笑って過ごしていて欲しいと。
 お蔭で毎朝、ハーレイが来るのが楽しみだった。
 ぼくを気遣ってくれるハーレイ。
 ソルジャーの務めを朝食の間くらいは忘れてほしいと、楽しく食事をして欲しいと。
 何度そう言われたか分からない。
 その優しさがどれほど嬉しかったか、幾つもの笑い話とセットで温かく胸に残ってる…。



(…やっぱりハーレイを選んで正解だったよ)
 前のぼくが朝御飯を一緒に食べる相手に。
 最初の間は笑い話やネタばかりだった話題だけれども、思い出話とかもするようになって。
 アルタミラから脱出した直後のぼくがハーレイにくっついてたこととか、他にも色々。
 少しずつ少しずつ、変わって行った話題。
 お互いのことを、笑い話の種じゃなくって、こう思うだとか、自分もそうだとか話して、二人で頷き合って、微笑み合って。
 そうやって近付いていったんだろうか、ぼくとハーレイとの間の距離。
 大親友から恋人へと。
 それともアルタミラで初めて出会った時から、とっくに決まっていたんだろうか?
(えーっと…。運命の赤い糸だっけ?)
 ぼくとハーレイの小指に繋がっていたんだろうか、赤い糸が。
 それで閉じ込められたシェルターも同じだったんだろうか、繋がった二人だったから。
 結婚は出来なかったけど。
 前のぼくたちの仲は誰にも秘密で、内緒の恋人同士だったんだけれど…。
(今度は間違いなくあるよね、ちゃんと赤い糸)
 だって結婚するんだから。
 今度はハーレイと結婚して一緒に暮らすんだから。
(…ぼくの赤い糸…)
 ハーレイの小指と繋がってる糸。
 ぼくの小指の付け根に結んであって、ハーレイの小指まで伸びている筈の赤い糸。
 見えないかな、と見詰めてみたけど、全然見えない。
 前のぼくでも見られなかった赤い糸だし、サイオンが不器用なぼくじゃ無理かも…。
 それとも前のぼくの小指には無かったのかな、赤い糸。
 結婚できない二人だったし、強い絆で繋がってはいても無かったかもしれない赤い糸…。



 今度はちゃんと繋がってる筈の赤い糸。
 この辺りかな、と小指の付け根を触っていたらキッチンの方からママの声。
「ブルー、食べ終わったらベッドに戻りなさいよ?」
 でないと明日もお休みになっちゃうわよ?
「うん、ママ!」
 明日も休むなんて嫌だから。
 学校でハーレイに会えないだなんて最悪だから、ぼくはトーストに齧り付く。
 ミルクも頑張って飲んでおかなきゃ、栄養がつくし背だって伸びる。
(…ふふっ、朝御飯…)
 テーブルにはぼくしかいないけれども、寂しい気持ちは無くなった。
 独りぼっちの朝御飯だけど、色々と思い出したから。
 今度のハーレイも会うと色々な話をしてくれるんだし、ぼくを大事にしてくれる。
 やっぱりハーレイを選んで正解、赤い糸で繋がってるからぼくはハーレイを選ぶんだ。
 ハーレイしか選びたくない、ぼく。
 どんなに沢山の人がいたって、ハーレイだけしか選べない、ぼく。
 ぼくはハーレイでなくちゃダメだし、きっと最初からそうだったんだ、って…。




         独りの朝食・了

※前のハーレイと朝食を食べていたブルー。青の間で、いつも二人きりで。
 始めた頃には友達同士で、後には恋人。きっと最初から運命の二人だったのでしょうね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






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