シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(思い出した…!)
あれだ、とブルーは記憶の彼方に沈んでいた花を手繰り寄せた。
遥かな昔に夢見ていた花。いつか見たいと焦がれていた花。
どうして忘れていたのだろうか、と思うくらいに前の自分はその美しい花が見たかった。
地球に咲くという天上の青を。
今日の学校からの帰り道。家の近くのバス停で降りて、家に着くまでの短い散歩。住宅街だから庭も生垣も沢山あって、花と緑に彩られているブルーのお気に入りの道。
前世の記憶を取り戻した後は、以前にも増して其処を歩くのが楽しみになった。自然の光と水に育てられ、地面からすくすくと伸びた木や草花。
見るだけで心が満たされる。地球に来たのだと、地球に居るのだと嬉しくなる。
(あれ?)
通りかかった家の前庭に紫色の花が咲いていた。去年までは見かけなかった花。新しく仲間入りした花なのだろう、と思ったけれども、名前を知らない。帰ったら母に訊いてみようか、と其処に立ち止まって暫く眺めていると。
庭の手入れをしに来たのだろう、家の人がやって来て「マツムシソウですよ」と教えてくれた。マツムシという虫が鳴く頃に咲く花なのだと、それで松虫草なのだと。
顔馴染みのご近所さんだったから、「どうぞ」と一輪切り取って分けてくれた。
持って帰って母に渡すと「あら、頂いたの?」とガラスの一輪挿しに生けてくれ、ダイニングのテーブルの真ん中に開いた紫の花。
それを見ながら、おやつのケーキを頬張っていて。
(…何かに似てる…?)
この花の姿を知っている。そのものか、あるいは似ている花か。
似ているのだ、と心に引っ掛かってくるマツムシソウ。一輪挿しに凛と咲いた紫。
なんだったっけ、と記憶を手繰った。
自分は何処かでマツムシソウを見たのだろうか?
名前を知らなかったくらいなのだし、初めて見る花だと思ったけれども、今よりもずっと小さな子供時代に目にしていたとか、貰ったとか。
そうかもしれない、と考えたのに。
(…シャングリラ?)
前の自分が守っていた船。ハーレイが舵を握っていた船。
白く優美な船の中には、マツムシソウの花は無かった筈だ。
けれど「シャングリラだ」と告げて来る記憶。
この花を見たと、あの白い船で眺めたのだと遠い記憶が心を揺さぶる。
マツムシソウは無かった筈なのに。公園にも、居住区に鏤められた庭にも無かった筈なのに…。
何なのだろう、と記憶の糸を手繰り続けて、おやつの時間は終わってしまった。
とうとう戻っては来なかった記憶。
それでも気になって仕方ない花。ご近所さんの庭で、テーブルの上の一輪挿しで花びらを広げた紫の花。マツムシが鳴く頃に花が咲くというマツムシソウ。
(…初めて名前を聞いたんだけどね?)
前の自分もマツムシソウの名は恐らく知らなかっただろう。知っていたなら「あれか」と記憶が反応したと思うから。
なのに「似ている」と感じたマツムシソウの花。
何に似ていたのか、名前も知らずにシャングリラの何処かで眺めていたのか。
(…確かに何処かで見たんだけれど…)
知らない花を見かけていたなら、何という名か訊かなかったとは思えない。それにシャングリラでは新しい動植物を導入する時は、ソルジャーだった前の自分に必ず報告していたのだし…。
(…シャングリラには無かった花だとすると…)
ライブラリーで、青の間でデータベースや本を気まぐれに見ていた。木や花や草や、動物たち。地球に息づく沢山の生命。いつかこの目で、と眺めては胸を高鳴らせていた。
マツムシソウもそうした中の一つの植物だっただろうか?
地球にはあるのだと夢見た花の一つだったろうか、と考えた所で。
(青いケシ…!)
それだ、とブルーは思い出した。
遥かな昔に地球の高い峰、ヒマラヤに咲いていたという青いケシ。
マツムシソウは写真でしか知らないその花に少し似ていたのだ、と。
青い水の星、母なる地球。
いつかは其処へ、と夢に描いた。辿り着くのだと、地球へ還るのだと焦がれ続けた。
今の自分は地球に居るけれど、前の自分には夢の星。座標さえも掴めなかった星。
それでも行くのだと、白いシャングリラで地球に行くのだと信じて前へと進み続けた。どんなに前が見えない時でも、その先には地球が在るのだと。
いつの日にか、地球へ。青い水の星へ。
地球は青い星だというから、青はブルーの夢の色だった。
ミュウの未来も、自分自身の還り着く場所も、青い真珠と称される青い地球へと繋がる。全ては青い地球へと繋がり、還ってゆくもの。何もかもが還ってゆくべき、青い星、地球。
青は地球の色、まだ見ぬ夢の星にある色。青は特別な色だった。
自分の名前が「ブルー」なことさえ、運命のように思えたほどに。
「地球」と「青」とでデータベースを何度調べていたことか。
その身に青い色を纏った幸せの鳥に、どれほど焦がれていたことか…。
気の向くままに地球と青とを調べ続けて。
表示されるデータを眺める日々の中、ヒマラヤの青いケシを見付けた。
地球で一番高い峰が在るという「神々の峰」とも呼ばれたヒマラヤ山脈。人を寄せ付けない峰に青いケシの花が咲くと記されていた。
中でも一番高い場所に咲く種類のケシ。四千メートルを超える高所でしか咲かない青いケシ。
遥かな昔の国、ブータン王国の国花だったとされるその花は、七千メートルもの高さでも咲いていたと其処に書かれてあった。
七千メートル級の峰に辿り着くことは容易ではなく、普通の人間はまず近付けない。
天上の青。
幻の青。
ヒマラヤの高い峰にしか咲かない青いケシ…。
まるで地球のような花だ、とブルーは思った。
未だに瞳に映すことが叶わぬ青い星。
人を寄せ付けない遥かな高みに花開く青。
どちらも幻。
手を伸ばしても届かない青。
その青をこの目で見たい、と願った。
青い地球も、地球の高い峰に咲く青い花も。
今はまだ遠い夢でしかない青い星の上の、幻の青いケシの花が見たい。
蘇ったという地球があるなら、青いケシも咲いているだろう。
人を寄せ付けない峰であっても、自分ならば行ける。
宇宙空間を生身で駆けてゆく自分ならば行ける。七千メートルの峰であっても、軽々と飛べる。
青いケシが咲く峰の上まで。天上の青が花開く地まで…。
いつの日か、青い地球に辿り着いたら。
この青い花を見たいと思う。
シャングリラを、仲間たちを地球に降ろして自由になったら、青いケシを見に空を飛びたい。
戦うために飛ぶのではなく、守るために空を飛ぶのでもなく、夢のために飛ぶ。
自分の夢を、望みを叶えるためにだけ地球の空を飛ぶ。
どんなにか心地よい旅路だろうか。
どれほどに心が弾むだろうか。
白い船から解き放たれて、自由に飛んでゆくというのは。
望みのままに飛んでゆくのは、どれほどに素敵な旅なのだろうか…。
(…そうだ、ハーレイ)
白い船の舵を握る恋人。白いシャングリラを地球まで運んでくれる恋人。
そのハーレイと一緒に行こう。一緒に地球の空を駆けよう。
ハーレイは空を飛べないけれども、自分が連れて飛べばいい。青い空を、雲を越えて二人で。
もうソルジャーでもキャプテンでもなく、何にも縛られることなく、二人きりで飛べる。
恋人同士であることは秘密のままかもしれないけれども、それでも二人で行くことが出来る。
自分たちのためにだけ時間を使って、力を使って。
そうして天上の青を見るのだと、まだ見ぬ地球を、青い空に聳え立つ峰を心に描いた。
遠い昔には神が住むと言われたヒマラヤの峰。
その神は今はいないけれども、天上の青は其処に咲くであろうと。
(…だけど…)
ブルーは地球には行けなかった。
仲間たちの未来を、地球までの道を守り抜こうと、メギドを沈めて宇宙に散った。大切に持っていたいと願ったハーレイの温もりさえも失くして、独りぼっちで逝ってしまった。
青い地球も、幻の青いケシも見られず、たった一人で。
どちらの青も幻のままで終わって、ブルーの瞳には映らなかった。
もしも地球まで行けていたなら、共に飛ぼうと思った恋人。白い船を地球まで運んだ恋人。
ハーレイは地球まで辿り着いたけれど、青い星は在りはしなかった。
死に絶えた星が真実の地球で、青い地球も、ヒマラヤの青いケシも幻だった…。
(青いケシ…)
今は何処かにあるのだろうか、とブルーは前の自分が見たかった花を思い浮かべた。
マツムシソウに似ている気がしたけれども、それは写真でしか知らないせいかもしれない。この目で見たならまるで違って、「似ていない」と驚くほどかもしれない。
(…青いケシかあ…)
SD体制崩壊後の地殻変動で地球の地形は大きく変わった。しかし偶然か、それとも神の意志が其処に働いたのか。かつてヒマラヤだった辺りは新たに隆起し、前と同じに高峰となった。今でもヒマラヤと呼ばれる山脈。
地球の植生は昔の通りに蘇っていて、高山であれば様々な高山植物。
青いケシもきっとあるのだろう。
ヒマラヤの峰の何処かに天上の青も咲くのだろう。
前の自分が焦がれた青。いつか見たいと夢に見た青…。
(見たいんだけどな…)
青いケシが咲くだろう地球に生まれ変わって生きているのに。
今度は自分が飛べなかった。とことん不器用なブルーのサイオン。
七千メートルもの高度を飛べはしないし、青いケシが咲く四千メートルの峰にも辿り着けない。今のブルーは二階の窓まで飛び上がることさえ出来ないのだから。
おまけに弱すぎる自分の身体。ヒマラヤの峰を登るどころか、遠足の登山も大抵、欠席。家族で出掛けたハイキングだって、山頂までは行っていないと記憶している。
そんな自分はヒマラヤに行けない。天上の青を見られはしない。
(…地球にいるのに、見られないんだ…)
本物の青いケシは無理だ、と分かってしまうと調べる気力も湧いてはこない。勉強机の上にある端末で写真を探すとか、分布地域を調べるだとか。
そういったことすらやりたくはなくて、ベッドの上に座って膝を抱える。
(…青いケシ…)
ソルジャー・ブルーだった頃から見たかったのに。
せっかく青い地球に来たのに……。
ブルーがしょげ返っていた所へ、仕事帰りのハーレイが訪ねて来たから。
恋人の来訪に喜んだブルーは青いケシを忘れてしまっていたのに、夕食を食べに二人で出掛けたダイニングのテーブルにマツムシソウの花。一輪挿しに飾られた紫の花。
(…青いケシ…)
見られないんだっけ、と思った途端に途切れた会話。ほんの一瞬だったけれども、恋人の異変にハーレイが気付かない筈が無い。
夕食が済んで、ブルーの部屋での食後のお茶。ハーレイは「どうした?」とブルーに尋ねた。
少し変だと、悲しいことでもあったのか、と。
「学校では元気そうだったのに…。何があった?」
「…ハーレイ、さっきマツムシソウは見た?」
テーブルに飾ってあった花だよ、紫の花。
「あったな、この家の庭じゃ見かけない花だと思っていたが…」
「ぼくが貰って来たんだよ。学校の帰りに、家の近くで」
「ほほう…。それで?」
その時に何かあったのか?
貰ったのはいいが、途中で転んで花束を駄目にしちまったとか…。あの一本だけ残ったとかな。
「ううん、貰ったのは一本だけ。でも…」
あの花を見てたら思い出したんだよ、青いケシの花を。
前のぼくが見たかった、地球の青いケシ。
「あれか…!」
前のお前が憧れた花か。
俺と一緒に見に行くんだと何度も何度も言ってた花か…。
ハーレイは前のブルーの憧れの花を覚えていた。
ヒマラヤの高峰に咲く青いケシの花。地球に着いたら二人で見ようと誘われた花を。
「青いケシなあ…。しかしだ、どうして思い出したら元気が無くなるんだ?」
むしろ逆だろ、その青いケシが咲く地球の上に居るんだろ、お前。
「見たいんだけれど、見られないんだもの…」
今のぼく、空を飛べないよ。青いケシが咲いてる場所まで行けないんだよ…。
「青いケシなら植物園にあったと思うが? 俺の親父が住んでいる町の」
いつか連れて行ってやろう、と言われたけれども、それはブルーが見たい花とは違う。植物園の展示室に咲いているなら、天上ではなくて地上の花。幻の青いケシではない。けれど…。
「…やっぱり植物園で我慢するしかないのかな…」
「我慢?」
「…前のぼくが見たかった花はヒマラヤにしか無いんだよ…」
人が簡単には近付けない場所に咲くっていうから憧れたんだ。
地球みたいな花だと、青いケシも地球も幻の青だ、って。
だからヒマラヤで見たいのに…。
本物の幻の青いケシが咲いているのを見てみたいのに、ぼくは登れないよ、あんな高い山…。
「そうだろうなあ…」
お前の足ではとても無理だし、運んで貰っても高山病になりかねん。
今のお前には危険すぎだ。
「そうでしょ? だから見られないんだよ…」
せっかく来たのに…。
地球に来たのに、とブルーの瞳から零れた涙。
自分はそれを見に行けないと、天上の青を見られないのだと…。
白い頬を伝って零れる涙。
ハーレイは褐色の指でそれを優しく拭うと、「諦めるにはまだ早いさ」と微笑んだ。
「行って行けないことはない…かもしれん。高山病予防の酸素ボンベは要るだろうがな」
そういうツアーも無いことはないんだ、お前みたいなヤツがいるから。
自分の足では登れないくせに、どうしても高山植物が見たいってな。
ずうっと昔には凄い高さまで高速道路があったりしたから、車で行けたって話もあるが…。
そんな代物が今は無いのは分かっているよな?
車で快適なドライブとはいかん。
ヤクって動物の背中に乗るんだ、そいつに運んで貰うんだ。
「…ヤク?」
「毛の長い牛みたいな動物だな。六千メートルくらいまでなら生息できるっていう頼もしさだぞ」
お前が乗っても楽々と山を登ってくれるさ、青いケシが見られる高さまで。
けっこう人気が高いらしいぞ、その手のツアーも。
いつか二人で参加してみるか?
俺は歩いて、お前はヤクで。
「そっか、見に行けるツアーがあるんだ…」
でも、とブルーは呟いた。
「ツアーだったら他にも参加者、いるんだよね?」
ぼくはハーレイと二人で青いケシを見てみたかったのに…。
前のぼくは二人きりで見ようと思っていたのに、他の人がいるの?
ぼくたちが青いケシを見ている隣で記念撮影してたりするの…?
「お前なあ…。ツアーから外れて人のいない所へ行こうってか?」
「……やっぱりダメ?」
「当たり前だろう!」
ツアーってヤツはな、自由時間以外は集団行動するもんだ。
そしてヤクに乗って行くようなツアーに自由時間は無いだろうなあ、危ないからな。
だが……。
お前の望みか、とハーレイは腕組みをした。
生まれ変わる前からの望みで、それが叶いそうな場所に二人で生まれて来たわけか、と。
「…前のお前が見たかった花だ。俺と二人きりで見たいと言うんだったら…」
そういうツアーを組んで貰うか?
俺と、お前と。参加者は二人だけのツアーだ、他はいわゆる旅行会社の人たちだな。
青いケシが咲くような高さまで行ったら、咲いている場所を教えて貰って。
見に行ってる間は待ってて貰えば二人きりだぞ。
俺がお前の乗ってるヤクを連れてな。
「…そんなの、出来るの?」
「大昔だったら無茶だったさ。だが、今だったら出来るだろう」
思念波で簡単に連絡がつくし、いざとなったら瞬間移動で安全に移動できるしな。
登山ツアーを貸し切るようなモンだし、費用はかなり高いだろうが…。
「高いんだ…」
「いいさ、お前の夢なんだからな」
前のお前の夢だったんだから、何年越しの夢なんだか…。
それを思えば高いと言ってもたかが知れてる。
考えてみろよ?
前の俺がだ、前のお前に借金を申し込んだとしよう。
借りる金額は……そうだな、今の時代でジュースを一本分って所か。
そいつを俺が借りたまんまで、前のお前が逝っちまって、だ。
今のお前に「あの時の金を今までの年数分の利子をつけて返せ」と言われたらどうなるんだ?
「えーっと…。それはもう、ジュースの値段じゃなさそうだよ?」
「うむ。ジュース工場ごと買っても余ると思うぞ、俺が全額返せた場合は」
絶対に返せっこないんだ、破産だ。
そのくらいの年数がかかってる夢だ、ツアー代金が高いくらいは問題ないのさ。
安心しろ、ジュースの借金なら破産な俺だが、ツアーの代金はちゃんと出せるからな。
金ならきちんと貯めてあるさ、とハーレイは笑う。
以前からコツコツ貯めてあったし、ダテに年を食っているわけでもないのだから、と。
「それに俺はな、お前に連れてって貰う代わりに連れて行けるのが嬉しいんだ」
前のお前は俺を連れて飛ぶと言ったよな?
俺は飛べないから、青いケシを見られる場所まで俺を連れて飛ぶと。
ところが、だ。
お前は飛べなくなっちまった。そして俺にはお前をツアーに連れて行けるだけの金がある。
分かるか、俺がお前を連れて青いケシを見に行くことが出来るんだ。
お前に連れて行って貰うんじゃなくて、俺が連れて行ける。
前の俺には不可能だったことが今度は出来る。
そしてお前は今度は出来ない。
俺がお前を連れて行けるし、青いケシを見に行く間も守れるってな。
「…守るって?」
「お前がヤクから落っこちないように頑張らないと駄目だろうが」
二人きりで出掛ける間は全責任が俺にかかってくるしな?
ヤクが言うことを聞かなかったら、俺がお前を背負わないと…。
背負ってでも俺が連れてってやるさ、青いケシが咲いてる所までな。
「それにだ、俺が守ると言っただろう?」
今度こそ俺がお前を守ると。
まさに命懸けでお前を守れるチャンスだ、今の時代は登山ツアーで命懸けとはいかんがな。
大昔は本当に命懸けのツアーってヤツだったんだぞ、瞬間移動で救助も出来んし…。
ウッカリ崖から落ちようものなら真っ逆様でおしまいだった。
今じゃサイオンで落下は止まるし、落ちてもシールドを張れるしな?
もっとも、お前みたいに不器用なヤツだと、今でも命が懸かってそうだが…。
「…うん、多分…。ぼく、落っこちたら終わりだと思う」
「うむ。俺としては守り甲斐があるってことだな」
そうだ、二人きりの間は酸素ボンベなんて無粋な代物は無しで行こうか、その程度のシールドは充分張れる。
お前をヤクの背中に乗っけて、俺のシールドでお前を包んで。
青いケシを見に山を登るか、いつか二人で。
「…二人きりの時間、ちょっぴりだけなんだよね?」
「さあな? 行ってみたら案外、のんびり二人でいられるのかもな」
青いケシ、俺と見に行くか?
俺のシールドに命を預ける度胸があるなら。
「あるに決まってるよ、ハーレイなら平気」
ハーレイと二人なら何でも平気。
何処へ行くのでも平気なんだよ、ハーレイが一緒に居てくれるのなら…。
いつか二人で出掛けて行こう、と二人は固く指切りをした。
ソルジャー・ブルーだった頃のブルーが焦がれた、天上の青。四千メートルを超える高さでしか咲かない青いケシの花を見に、ハーレイは歩いて、ブルーはヤクの背中に乗って。
ヤクが言うことを聞かなかったら、ハーレイがブルーを背負って登る。
青いケシが咲いている場所に着くまで、背負って登る。
「…だが、その前に植物園だな。隣町の」
こんな花なら見なくていい、と言うかもしれん。
わざわざヤクに乗っかって出掛けなくても、植物園だけでもう充分、とな。
「そうかもね?」
植物園でも見られるんだものね、おんなじ花は。
ぼくがヒマラヤの青いケシにこだわってるだけで、何処で咲いても花の形は同じだものね。
…でもね、ハーレイ。
たとえ一生、ヒマラヤの青いケシを見られなくっても、ぼくは悲しくなくなったよ。
ハーレイに連れてって貰えば見に行けるんだ、って分かったから。
前のぼくが夢を見ていたとおりに、ハーレイと二人で行けるんだから。
無茶をしてまでヒマラヤで見たい気持ちが減って来たかな、行けるって話を聞いただけで。
行った気分になってきたよ、とブルーは幸せそうな笑みを浮かべた。
二人で行こうと指切りをしたけれど、行き先は隣町にある植物園でいいと。
ハーレイの両親が住む家がある隣町。
その町の植物園まで出掛けて青いケシを眺めて、ハーレイの両親の家に寄ろうと。
「…しかしだ、お前、植物園の花は違うとか言っていなかったか?」
「言ったけど…。そういう気持ちは今もあるけど、植物園の花でいいんだよ」
ハーレイと二人で地球に居るから、とブルーは答えた。
植物園の青いケシの花が見られればいいと、その花を二人で眺められれば充分なのだと。
天上の青が咲く青い地球。
其処に二人で来られた奇跡を上回るものは無いし、天上の青よりもハーレイがいいと。
ハーレイと二人でいられさえすれば、それ以上の幸せは無いのだから、と……。
青いケシ・了
※前のブルーが見たいと願った、ヒマラヤの青いケシの花。いつかハーレイと眺めようと。
叶わなかった夢が今度は叶いそうですけれど…。植物園の青いケシでも充分幸せ。
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