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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

眼鏡

(んーと…)
 おやつを食べてるテーブルの上に、パパに届いたダイレクトメール。百貨店からの眼鏡の広告。
 パパは眼鏡をかけてないけど、そういったことは関係ないんだ。何処の家でも届くと思う。この百貨店で買い物をしてて、登録している家だったら。
(今でも眼鏡があるんだよね…)
 近眼なんかは眼科に通えば簡単に治る。前のぼくの時代でもそうだったけれど、眼鏡はあった。眼鏡でなくちゃ、と頑固にかけてる人たちがいた。
 前のぼくがメギドで失くしてしまった右目。キースに撃たれて失くした右の目。
 あの目だって、ぼくが死なずに生きていたなら治せていた。細胞を取って、培養して。失くした右目と全く同じな目玉を作って、移植するだけで視力も戻った。
 そこまで進んでいた医療。前のぼくが生きていた頃でさえ、そう。
 あれから長い長い時が流れて、死の星だった地球が蘇って今みたいに人が住める星になった。
 もちろん医療技術も進んで、眼鏡は全く要らない時代。なのに絶滅していない眼鏡。



(シャングリラにだって眼鏡の人はいたんだけどね…)
 眼鏡をかけてた子供だって居た。子供に眼鏡は邪魔そうだけれど、本人は気にしていなかった。子供のためのコンタクトレンズだってあったのに。成長に合わせて作り替えが可能だったのに。
 近眼を治す医療技術もあった。だけど眼鏡の子や、コンタクトレンズ。
 元のままの身体がいいと思ったのか、単なる好みか。
 前のぼくの目は普通に見えていたから、その辺りの気持ちは分からない。今だって同じ。
(…お洒落だと思っていたのかな?)
 かっこいいとか、そういった理由で眼鏡だったのかな、と思わないでもない。コンタクトレンズだった人たちの方は謎だけれども、眼鏡は少し分かる気がする。
 だって、今では眼鏡は完全にファッションだから。
 パパにダイレクトメールが届くくらいに、お洒落なアイテムなんだから。
 眼鏡が今まで絶滅しないで来られた理由は…。



(…マードック大佐の眼鏡だなんてね)
 SD体制が崩壊した時、グランド・マザーが最後に命じた地球の破壊。
 人の手を離れた六基のメギドが地球へと照準を合わせ、それらが発射される直前。地の底深くで息絶えようとしていたジョミーとキースの意を汲んだ者たちが止めに向かった。
 ジョミーはトォニィとナスカの子たちに、キースは直属の精鋭部隊にメギドを止めろと伝えた。
 けれども間に合わなかった一基。壊せずに残ってしまったメギド。
 誰もが「駄目だ」と思ったメギドを、乗った船ごと体当たりして止めた英雄がマードック大佐。彼が眼鏡をかけていたから、眼鏡は残った。
 かっこいい男は眼鏡なのだと、マードック大佐みたいに自分をカッコ良く見せてみたいと。
(マードック大佐は英雄だもんね…)
 ジョミーもキースも英雄だけれど、マードック大佐も地球をメギドから守った英雄。
 英雄の威力は実際凄くて、今じゃ眼鏡は断然、男性。
 眼鏡をかけた女性の英雄がいなかったせいか、眼鏡の愛好者には男性が多い。
 女性の場合はジャーナリストに眼鏡の人が多いかな?
 SD体制崩壊の過程で活躍していた女性ジャーナリストが、いつも眼鏡をかけていたから。
 ジョミーの幼馴染だったスウェナ・ダールトン。
 彼女みたいになりたい人とか、あやかりたい女性に眼鏡派が多い。
 要するに眼鏡は男性も女性もファッションでかけるし、自分をお洒落に見せるアイテム。
 だけど……。



(…前のぼくの補聴器は流行らなかったんだよ)
 今のちっぽけなぼくと違って、ソルジャー・ブルーは英雄だった。
 全ての始まりとされる伝説のタイプ・ブルー・オリジン、初代のソルジャー。
 入学式とかでは「ソルジャー・ブルーに感謝しましょう」って校長先生が言うのが定番。それにお墓も特別扱い、記念墓地の一番奥に単独で据えられた立派な墓碑。ジョミーとキースがその次に並ぶ。
 英雄の中の英雄になってしまった前のぼく。
 そのぼくが着けていた記憶装置を兼ねた補聴器は、トォニィの代まで受け継がれたのに。
 ソルジャーの象徴であるかのように大切に継がれていったというのに、何故か全く見かけない。
 眼鏡をかけた人はけっこういるのに、あの補聴器は一度も見たことがない。
 お洒落じゃないって言いたいんだろうか、ずいぶん失礼な話だと思う。
(…ジョミーとトォニィは着けてくれたのに!)
 二人とも完全な健康体だったから、補聴器としての機能は切っていた筈。記憶装置としての機能だけを使っただろうと思うけれども、ちゃんと着けてた。ソルジャーの衣装の一部みたいに。
 ソルジャー自体が「かっこいい」と思われる存在なんだし、初代は伝説のソルジャー・ブルー。前のぼくやジョミーやトォニィが着けた補聴器はどうして流行っていないんだろう?
 あれを着けた人がいたっていいのに。
 前のぼくと、ジョミーと、それにトォニィ。ヘアスタイルがまるで違った三人なんだし、どんなヘアスタイルでもあれは似合うと思うんだ。
(…それなのに誰も着けてないだなんて、どういうこと!?)
 マードック大佐の眼鏡は大人気なのに、無視された形の前のぼくの補聴器。
 全然お洒落じゃないとばかりに商品化されていない補聴器…。
(…補聴器はハーレイも着けていたけど…)
 前のぼくのとは違ったタイプの補聴器。
 ハーレイが着けてた補聴器は…仕方ないよね、流行らなくっても。
 ぼくはハーレイのことが大好きだけれど、世間一般では「かっこいい」と評価されないだろう。前のハーレイを女性クルーたちがどう評してたか、ぼくは今でも覚えているもの。



 薔薇の花のジャムが似合わないだとか、薔薇の花さえも似合わないとか。
 前のハーレイの外見に対する評価は酷かった。最悪とまでは言わないけれども酷かったよね、と部屋に戻ってから思い出し笑いをしていた所へ来客を知らせるチャイムの音。
(もしかして…!)
 ハーレイかも、と見下ろした窓の向こうに見慣れた人影。門扉を開けに庭へと出てゆくママ。
(ちょうどいいから訊いてみようっと!)
 前のぼくの補聴器が流行らない理由。
 マードック大佐の眼鏡は流行っているのに、前のぼくの補聴器を見かけない理由。
 忘れないようにと心にしっかりメモした。
 でないとハーレイに会った途端に、幸せが溢れて質問を何処かへ持ってっちゃうから。



 ママがハーレイをぼくの部屋まで案内して来て、お茶とお菓子を置いて行って。この後は夕食に呼ばれるまでママは絶対二階に来ないし、二人きりの時間。
 テーブルを挟んで向かい合わせで、ぼくは早速切り出した。
「ねえ、ハーレイ。…なんで眼鏡だけ流行るんだろう?」
「眼鏡?」
 意味が分からないといった顔のハーレイ。ちょっと言葉が足りなかったか、と眼鏡と補聴器とを巡る疑問を説明したら。
「仕方ないだろう、お前の補聴器は服を選ぶんだ」
 ソルジャーの衣装を着けていないと絵にならない、と返った答え。
 マントや上着や、手袋にブーツ。そういったものが揃っていないと駄目だと言われたら、そんな気もする。でも…。
「ハーレイの補聴器は服を選びそうにないけど、流行ってないね」
 ちょっぴり意地悪してみたくなった。前のハーレイの評価の酷さを知っているから。
 薔薇の花のジャムも、薔薇の花さえも似合わないって女性クルーたちが評したハーレイ。自覚はしていたと記憶してるから、苛めてみたら。
「俺のも服を選ぶんだ!」
 何だろう、この自信たっぷりと言うか、開き直った態度と言うか。
「そういうことにしてもいいけど…」
「文句があるのか?」
 お前が何を考えてるのか、俺には筒抜けになってたからな?
 酷い評価がついてたと知ってて、お前は俺に惚れてるわけだ。
 実に悪趣味だな、お前の好み。それを承知で俺の悪口、言ったんだろうな…?



(……ぼくって悪趣味?)
 思いもかけない逆襲に遭って絶句していたら、ハーレイの大きな手にポンポンと頭を叩かれた。
「安心しろ。前のお前はどうだか知らんが、今ならさほど悪趣味でもない」
「…なんで?」
 上がったんだろうか、ハーレイの評価。今のハーレイ、モテるんだろうか?
「柔道部のヤツらに人気があるのは知ってるだろう? 前の教え子たちも同じだ」
 憧れのハーレイ先生だ。
 前の俺と姿形は同じ筈だが、柔道と水泳で幾つもの賞を取っているんだぞ。かっこいいと憧れる生徒は多いし、目標にしているヤツだっている。俺の評価はけっこう高いさ。
「…そうなんだ…」
「ついでにお前は膨れそうだが、学生時代は女性にもうんと人気があったな」
 俺が出る試合や大会を見に来る女性が沢山いたもんだ。
 プロの選手になっていたなら、ファンを続けてくれたんだろうが…。
 俺は教師になっちまったし、彼女たちとの御縁もそこで終わりさ。
 良かったな、おい。
 俺の周りに女性ファンが大勢くっついていなくてな。
(…うーん……)
 自信たっぷりの根拠はこれか、と分かったけれども複雑な気分。
 今のぼくが悪趣味じゃないらしいことは嬉しいけれども、女性にモテてたらしいハーレイ。
(…恋人、いたかな…?)
 考えかかって、慌ててやめた。
 今のハーレイはぼくのものだし、記憶が戻る前のことまで文句を言っても仕方ない。ぼくだってハーレイを忘れてたんだからお互い様だ、と諦めておくことにした。
 そんなことより…。



「…前のぼくの補聴器なんだけど…」
 強引に話を元へと戻す。
「ハーレイは服を選ぶと言うけど、使いようはあると思うんだよ」
 イヤーマフとか、ヘッドホンとか。
 そういうものなら、ソルジャーの衣装がついてなくても使えそうだと思わない?
 だけど一度も見たことがないよ、使っている人も、売っているのも。
「なるほどな…。なら、言ってやろう」
 あれはな、人を選ぶんだ。服じゃなくって、人の方を選ぶ。
「人?」
「そうさ。お前でなければ格好がつかん」
「…そんなことないと思うけど…」
 ジョミーもトォニィも着けてたんだし、誰が着けても同じでしょ?
 格好がつくとか、つかないだとか。
 それはソルジャーの衣装とセットの話で、イヤーマフとかヘッドホンなら普通に使えるよ?
 前のぼくの補聴器と同じ形のヤツなんだな、って思われるだけ。
 着けて歩いてても眼鏡と同じで、「ああいうのが好きな人なんだな」って思って貰えるよ。



「…お前なあ…」
 分かってるのか、とハーレイの指がぼくの額をピンと弾いた。
「あれを最初に着けていたのはお前なんだ。ソルジャー・ブルーの補聴器なんだ」
 そいつは分かるな?
「うん。…だから酷いと思ったんだよ、どうして流行ってくれないんだろう、って」
「酷いも何も…。ソルジャー・ブルーが着けていたってコトを考えてみろ」
 最高の美人が一番最初に着けていたわけで、モデルなんだぞ?
 下手に同じのを着けてみろ。見劣りするなんてどころじゃないんだ、誰が着けたい?
 似合ってないな、と思われるに決まっているモノを。
「でも…。ジョミーも、それにトォニィだって…」
 ちゃんと着けたし、似合ってたよ?
 ぼくは写真でしか知らないけれども、二人とも。
「あの二人だって、かっこいい部類に分類されると思うがな?」
 しかし、お前が一番上だ。
 前のお前の写真集ってヤツが何冊出てると思ってる?
 ジョミーとキースの比じゃないからな。
「…知ってる。ハーレイの写真集が一冊も出てないってことも知ってる」
「こらっ!」
 コツンと頭を小突かれた。
 前の自分は写真集も出ないレベルだけれども、今の自分にはファンだっていると。
 柔道や水泳をやる生徒たちには、憧れのハーレイ先生なのだと。



「…それはともかく、前のお前の補聴器はだな…」
 似合ってないのを着けているな、と思われそうだから誰も着けない。つまり買わない。
 買う人がいないから売らないし、作らないんだな。
 商品っていうのはそうしたものだろ、売れ行きの悪い菓子なんかは直ぐに消えちまうだろ?
「じゃあ、眼鏡は?」
「人を選んだりはしないだろうが。フレーム次第でどうとでもなるし」
 自分に似合う眼鏡を選んで買えばいいんだ、それだけのことだ。
 お前の補聴器はそういうわけにはいかんがな…。
 色やデザインを変えちまったら別物になるし、ただのイヤーマフとかヘッドホンだ。



「……そっか……」
 そういうことか、と納得した。要は誰にでも似合うかどうかが勝負の分かれ目。
 マードック大佐は眼鏡だったから、簡単にアレンジすることが出来た。眼鏡をかけたい人の顔に合わせて、フレームの色も形も沢山。パパに届いたダイレクトメールの写真みたいに。
 前のぼくの補聴器は独特すぎて、そんな風には使えない。使える場面だって限られてしまう。
(…イヤーマフとかヘッドホンを着けたままで仕事は出来ないしね…)
 そういう点でも負けていたのか、とマードック大佐の写真を思い浮かべた。
 愛用品を後世に残した点では、前のぼくよりも遥かに偉大なマードック大佐。まさか自分が遠い未来のファッションリーダーになるとは夢にも思っていなかっただろう。
 眼鏡と言ったら、マードック大佐。かっこいい男の憧れの眼鏡。
 パパに届いた百貨店の広告に載ってた写真も、マードック大佐風の眼鏡を大きく扱っていた。



「ねえ、ハーレイ。…眼鏡って、マードック大佐風のが一番の人気なんだよね?」
 軽い気持ちでそう言ったのに。
「…らしいな、俺には似合わないがな」
「似合わないって…。もしかしてハーレイ、売り場に行った?」
 ねえ、かけてみたの、マードック大佐風の眼鏡のフレーム。
 試しただけじゃなくって、買った?
「…………」
 返事の代わりに返った沈黙。
 これは試しただけじゃないな、とピンと来た。きっとハーレイは買ったんだ。似合わなくても、眼鏡なんかは必要なくても、かっこいい男のためのアイテム。
「ハーレイ、買ったの? マードック大佐風の眼鏡、かけてた?」
 いつ? ねえ、いつ?
 教えてよハーレイ、眼鏡って、いつ?
「……若気の至りというヤツだ。学生時代だ」
 ハーレイは苦い顔をしたけど、ぼくの好奇心は止まらない。
「どんなの? ねえ、どんな眼鏡?」
 見せてよ、眼鏡をかけたハーレイ!
 ハーレイの記憶の中のでいいから見せてよ、ハーレイ!



 鏡に映ったハーレイでいいから、とぼくは強請った。
「ホントは写真が見たいんだけど…」
「誰が持ってくるか!」
「じゃあ、記憶」
 ハーレイの記憶をちょっと見せてよ、どんな感じか見たいんだよ。
「自分で見ろっ!」
 俺の心を読めばいいだろ、前のお前の得意技だ。
「無理!」
 ぼくは不器用なんだから!
 ハーレイの心なんか絶対読めないってこと、ハーレイ、ちゃんと知ってるくせに!
 手を出して絡めてくれないと無理で、なんにも見られやしないってこと!



 お願い、とぼくが頼んでいるのに。
 ハーレイは手なんか出すかとばかりに腕組みをしてる。ぼくに記憶を見せてくれない。どういう眼鏡をかけていたのか、どんな姿に見えていたのか教えてくれない。
 眼鏡のハーレイを見てみたいのに。
 前のぼくだって一度も目にしてはいない、眼鏡のハーレイ。眼鏡をかけたハーレイには出会ったこともなければ見たこともないし、どうしても見たくて仕方ないのに…。
(…こうなったら!)
 意地でも見てやる、とぼくは真正面からハーレイと戦うことにした。
「見せてくれる気が全然無いなら、結婚してから眼鏡はどう?」
 二人で眼鏡売り場に行こうよ、あれこれ試して一つ買おうよ。
「…お前、俺に似合うと思っているのか?」
「フレーム次第だって言ったよ、ハーレイ。眼鏡を自分に合わせるんだ、って」
 ハーレイに似合う眼鏡も見付かるよ、きっと。
 普段にかける眼鏡もいいけど、海に行くならサングラスとかも!



 サングラスもいいよね、と思ったぼく。
 ハーレイは海へ泳ぎに行くのが好きだし、日射しの強い砂浜なんかはサングラスをしている人も大勢。サングラスのハーレイも見てみたいな、と勢いで叫んだだけなのに。
「…………」
 またまた返って来た沈黙。眼鏡を買ったの、と尋ねた時のと同じ沈黙。
「……ハーレイ、もしかしてサングラスも…」
「若気の至りだ!」
 世にも珍しい仏頂面。こんなハーレイ、そう簡単には見られない。此処まで来たのに、諦めたら負け。見なきゃ損だ、と戦法を少し変えてみた。
「お願い、ハーレイ。どっちか、見せてよ」
 眼鏡か、サングラスか、どっちか片方。
 見てみたいんだもの、ハーレイが眼鏡をかけている顔。
「……サングラスでいいか?」
「つまり、眼鏡は似合わなかったんだ?」
 サングラスでいいか、って言ってくるってことは、そういうこと。眼鏡は似合わなかったんだ。
 だけど、若気の至りらしいし、似合わなくても買ってかけてたことは確実。
 ますます見たくなって来た。
 サングラスも眼鏡も、どっちも見たい。
 どっちをかけたハーレイの顔も、絶対見たくてたまらないから。



「…いいよ、今はサングラスのハーレイを見せてくれるだけで」
 どうせ将来、バレるんだものね。
「はあ?」
 意味が掴めていないハーレイに、ぼくはニコッと笑ってみせた。
「結婚してからアルバムを調べれば出て来るよ、全部!」
 サングラスのハーレイも、眼鏡のハーレイも、あるだけ全部。
 写真が残っている分は全部、ぼくがゆっくり眺めるんだよ。
「ちょっと待て!」
 俺のアルバムを勝手に掘り返すな!
 若気の至りだの、ガキの頃の惨憺たる失敗の図だの、お前、端から探すつもりか!
「…他にもあるんだ?」
 眼鏡の他にも、若気の至り。それとか、子供の頃の変な写真とか。
「お前にだってあるだろうが!」
「さあ…?」
 あったかな、と記憶を探ったけれども、ぼくは生まれつき身体が弱かったから。
 パパとママは御機嫌なぼくとか、頑張ってるぼくばかり写していた。変な写真は一枚も無いし、若気の至りとやらな写真は十四歳ではまだ撮れない。だからクスッと笑って答えた。
「これから失敗しなければ無いよ?」
 いくらハーレイが探したくっても、見られたくない写真なんか無いよ。
 だから結婚したら探すよ、ハーレイのアルバムのそういう写真を。



 ぼくの返事は、ハーレイには脅威だったんだろう。心配そうな顔で、こう訊いてきた。
「…今、見せておいたら探さないか?」
 ふふっ、成功。やった、と心で快哉を叫ぶ。
「ハーレイが見せてくれる分で満足しておくよ」
 だけど眼鏡も、サングラスもだよ。両方ともちゃんと見せてくれたら、それだけでいいよ。
「…本当だろうな?」
「うん」
 約束するよ、と指切りをした。その手をしっかりと絡め合って…。
「…こいつがサングラスをかけてた俺だ」
 鏡に映った俺じゃなくって、撮った写真の記憶だがな。
「すっごく派手なシャツ…」
 海を背にして立ってるハーレイの上半身。アルタミラで出会った頃みたいに若い。きっと水着の上からなんだろう、赤いハイビスカスの花を散らしたアロハシャツ。
 鳶色の瞳はサングラスに隠れてしまって見えない。褐色の顔に、黒い大きなサングラス。
「サングラスで海辺はこういうもんだ!」
 悪いか、とハーレイはヒョイと記憶を引っ込めた。ぼくの記憶には残ったけれども。
「それじゃ、眼鏡は?」
「……こうだ」
 今度は鏡の中のハーレイ。やっぱり若くて、アルタミラを脱出した頃に見ていた顔と同じ。その顔にぼくの知らない眼鏡。マードック大佐の写真で知られた、かっこいい男の憧れの眼鏡。
「…ホントにマードック大佐風だね」
 まさかハーレイがかけるだなんて…。
 キャプテン・ハーレイが自分と同じ眼鏡をかけちゃうだなんて、マードック大佐が知ったら腰を抜かしてしまうかも…。
「仕方ないだろう、当時の俺には何の記憶も無かったんだ!」
 シャングリラを散々追い回してくれたヤツの眼鏡とも思わなかったし、かっこいいな、と…。
 こういう眼鏡もたまにはいいな、と気に入ってかけていただけだ!
 似合わなくても満足してたし、気に入りの眼鏡だったんだ…!



 ハーレイはぼくが訊いていないのに、自分から白状してくれた。
 目が悪かったわけではないから伊達眼鏡ってヤツで、ただのファッションアイテムだったとか。格好をつけて人差し指の先でツイと眼鏡を押し上げてたとか、眼鏡に纏わるエピソード。
 サングラスの方にも思い出が沢山、光の強さで色の濃さが変わったりもしていたらしい。ただの黒だと思っていたけど、話は聞いてみるものだ。百聞は一見に如かずって言うのの逆さま。
 あれこれと聞いて満足したから、ぼくはハーレイにお礼を言った。
「ありがとう。ハーレイの眼鏡とサングラス、見られて良かった」
 それでね、ハーレイ。結婚したら色々見せてね、他の写真もね。
「お前、見せたら探さないって言わなかったか!?」
「もっと見たくなった」
 ペロリと舌を出した、ぼく。
「嘘つきめが!」
 天井を仰いで唸るハーレイに向かって「ダメ?」と小首を傾げてみる。
「だって、ぼく…。ハーレイのことなら何でも知りたいと思うんだもの」
「うーむ…」
 そう来たか、とハーレイの顔が緩んで笑顔になった。
「よし。思う存分、掘り返していいぞ。俺のアルバム」
「えっ?」
 お許しが出るなんて思ってないからビックリしたのに、ハーレイは笑ってこう言った。
「そいつは最高の殺し文句ってヤツだ、お前に自覚は無いんだろうがな」
 お前がアルバムを掘り返したくなった時には諦めよう。
 俺の全てを知ってくれると言うんならな。
「うんっ!」
 頑張って掘るよ、とぼくは未来に思いを馳せた。
 前のぼくも知らなかった眼鏡のハーレイ。マードック大佐風の眼鏡をかけたハーレイ。
 サングラスをかけたハーレイも見たし、きっと他にも沢山、沢山、ぼくの知らなかったハーレイがいるに違いない。
 アルバムを端から掘って、めくって、ハーレイの全てを知りたいと願う。
 そして全部を知った後には、もっと思い出を増やしていくんだ。ぼくと二人で暮らすハーレイの姿を写した写真を、沢山、沢山、アルバムに貼って……。




         眼鏡・了

※実は大人気になっていたのが、マードック大佐風の眼鏡だったという時代。英雄だけに。
 それをかけていた今のハーレイ、若かった頃に。ブルーでなくても見たいですよね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






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