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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

博物館のお土産

「ほら、土産だ」
 ハーレイが差し出す紙袋。ブルーは目を丸くしてそれを見詰めた。
 今日は平日、普通に学校に出掛けた日。ハーレイの授業は無かったけれども、ハーレイも学校の帰りの筈だ。なのに、お土産。テーブルに「ほら」と置かれた紙袋。
「…ハーレイ、今日は研修だった?」
 知らなかったけど、何処かへ出掛けた?
「いや。こいつはお隣さんから貰ったんだ。俺がお前の守り役だってことを知ってるからな」
 出掛ける時に持ってってくれ、と昨日、届けに来てくれた。
 チビはこういうのが好きだろう、ってな。
「なあに?」
「さてなあ…?」
 お隣さんは何も言わなかったし、俺も透視はしていないんだ。
 お前用に貰った土産だからな。
「そっか…。で、何処のお土産?」
「まあ、出してみろ」
 袋から出せば一目で分かるさ、誰でもな。
「ふうん…?」
 何だろう、とブルーは小さめの紙袋を手元に引き寄せたのだけれども。



「わあ…!」
 中に入っていた箱を見るなり、ブルーは思わず歓声を上げた。
 紙袋の中から出て来たもの。両手の上に乗っかるくらいの大きさの箱。
 それはこの地球で一番大きな博物館のミュージアムショップの包装紙で綺麗に包まれていた。
 広い地球の上で、最大と名高い博物館。
 決して大都市というわけでもないのに、環境が良かったせいなのだろうか、ブルーの住んでいる町にある博物館。広い敷地に沢山の立派な建物、充実の展示と所蔵品。
 学校から見学に行くことも定番だけれど、前世の記憶が戻ってからは一度も行ったことがない。
 そうでなくても一日ではとても回り切れない規模を誇る施設。
 生まれつき身体の弱いブルーは、全部を制覇したことは未だに無かった。



 けれど、憧れの博物館。地球の生き物から宇宙の様々な文化までをも網羅した施設。
 ただでも興味の尽きない場所だったのに、今ではもっと惹き付けられる。
 そう、その大きな博物館には…。
「ハーレイ、此処って、宇宙遺産の木彫りのウサギ…。ううん、ナキネズミだっけ」
 あれがあるんだよね、前のハーレイが彫った。
 普段はレプリカが出てるけれども、本物が収蔵庫の奥に入っているんだよね…?
「そうだが?」
「この箱…。軽いけど、ウサギのレプリカかな?」
「箱のサイズからしてそれは無かろう」
 縦横はともかく、厚みが足りんぞ。四センチほどしか無いだろうが。
 これじゃウサギはとても入らん。
「…ウサギのクッキー?」
「無いとは言えんな、あのウサギはレプリカの展示でも人気だからな」
 なにしろ宇宙遺産ってヤツだ、レプリカでもいいから見たいんだろう。
 本物のアレを見られる機会は、五十年に一度の特別公開だけしか無いんだからな。
「包装紙には何も書いてないね…」
 博物館のシールが貼ってあるだけだよ、マーク入りの。
「開けて見てみればいいだろう」
 その箱はもう、お前のだからな。



 包装紙を破ってしまわないように、そうっと、そうっと剥がしてみて。
 中から出て来た箱の姿に、ブルーの心がドキリと跳ねた。
 其処にシャングリラが刷られていたから。
 箱の表に、青い地球の写真と合成された白い鯨が浮かんでいたから。
「シャングリラだ!」
 白い鯨は青い地球を見られないままに時の彼方に消えたけれども、この手の合成写真は多い。
 本物のシャングリラが辿り着いた死の星の代わりに、青い水の星。
 なんて素敵な箱なんだろう、と見惚れるブルーの向かい側からハーレイの手が伸びて来て。
「ふむ。ということは、だ…」
 箱を手に取り、裏返してみたハーレイの顔が「やはり」と綻ぶ。
「うん、ビスケットだな」
「ビスケットだったら、何かあるの?」
「開けてみりゃ分かる」
 お前のものだろ、開けて見てみろ。そうすりゃ、直ぐに分かるってもんだ。
 よく言うだろうが、百聞は一見に如かずってな。
「うん」
 何だろう、と首を傾げながらもブルーは箱の蓋を留め付けたシールを剥がした。
 ごくごくありふれた、お菓子の箱には付き物の透明な何も刷られていないシールを。



 オルゴールみたいにパカリと一方向に蓋が開く箱。
 白い鯨が刷られたその蓋を開けて、ドキドキしながら覗き込んでみれば、ビスケットが九個。
 個別包装のサイズは同じだけれども、色も形も様々な中身のビスケットが九個。
 縦横に三個ずつ行儀よく並んで、見た目の違いで存在を主張しているビスケットたち。
「綺麗だね。それになんだか可愛い気がする」
 ビスケットが集まって笑ってるみたい。賑やかにワイワイお喋りしてそう。
「言われてみれば、そんな感じもするな。で、そこに栞が入ってるだろう?」
「ビスケットのでしょ?」
「よく見てみろ」
「限定品…?」
 二つ折りの栞の表に「限定品」の文字が躍っていた。博物館のマークと一緒に。
「こいつは此処でしか売ってないんだ、博物館の限定品だな」
 ビスケット自体は、有名な菓子店のものなんだが…。ほら、此処に店のマークが入ってる。
 しかし、この詰め合わせはあの博物館にしか無いって話だ。
「ホント?」
「本当さ。その理由ってヤツも栞に書いてる筈だぞ」
 そいつが売りのビスケットだしな?
 読んだらお前も驚くぞ、きっと。



「えーっと…?」
 箱の中から栞を取り上げ、開いたブルーの目が真ん丸に見開かれた。
「タイプ・ブルー・アソート…?」
 なんなの、これ?
 タイプ・ブルーって、サイオン・タイプのタイプ・ブルーのこと?
「書いてあるだろ、その説明も」
「んーと…」
 読み進めたブルーは「嘘!」と叫んでしまっていた。
 可愛らしいと、賑やかそうだと眺めた九つのビスケット。箱に詰まったビスケット。
 名付けてタイプ・ブルー・アソートなるそれに添えらえた説明。
 ナスカで揃った九人のタイプ・ブルーをイメージしました、という文章。
 前のブルーの名前を筆頭に、ジョミーにトォニィ、ナスカの子たち。
 どれが誰かはお好みでどうぞ、と。



 白いシャングリラが蓋に刷られた箱の中身の、九つの種類が異なるビスケット。
 それを九人のタイプ・ブルーに見立ててくるとは…。
「なんだか凄い…」
 ビックリした、と改めて中身をまじまじと見詰めるブルーに、ハーレイは笑顔。
「博物館の人気商品らしくてな。限定品な上に、一日当たりの販売数が決まっているそうだ」
 だから毎日、昼前には全部売り切れてしまうって噂だぞ。
 お隣さんはいつも早起きだからな、朝一番に出掛けて来たんだろうな。
「ハーレイ、これって食べたことある?」
「無いな、売られているのは記憶が戻る前から知っているが」
「ぼくはあるのも知らなかったよ」
 学校から見学に行った時には、ミュージアムショップは寄らないし…。
 パパやママに連れてって貰った時には見て回るだけで疲れてしまって、ショップよりも御飯とか喫茶室とか…。
 それで帰ってしまっていたから、ミュージアムショップは覗いただけ。
 見て来た展示の本とか写真集を買って貰って、他のコーナーまでは見てないんだよ。



 ブルーが今日まで存在も知らなかったもの。
 九人のタイプ・ブルーが詰まった、イメージされたビスケットの箱。
「…どれがぼくだろ?」
 ビスケットを端から眺めるけれども、「これがそうだ」という決め手に欠ける。
 栞の謳い文句どおりに「お好みでどうぞ」、どれが誰とも判然としない。
 ハーレイに訊いても「さてなあ…」と曖昧な返事が返って来るから。
「うっかり食べたら共食いになる?」
「あやかれるんじゃないか、前のお前に」
 サイオンの扱いが少しくらいはマシになるとか、そんな感じで。
「それだといいけど、メギドは嫌だよ。食べたらメギドの夢を見るとか…」
 ちょっと怖いから、前のぼくのビスケットを詰めるくらいなら。
 ハーレイのも一緒に入れてくれれば良かったのに…。
 どうせだったら、タイプ・ブルーにこだわってないで、シャングリラ・アソート。
「いいのか、それだとゼルやブラウも増えちまうぞ」
 ヒルマンもエラも。
 やたら賑やかな詰め合わせになる上、何が何だか分からないことになりそうだが。
「そっか…」
 ダメかな、シャングリラ・アソートだと。
 いいアイデアだと思うんだけど…。



 ブルーは未練がましく九つのビスケットが詰まった箱を見ながら。
「タイプ・ブルーが九人分かあ…」
 どれが誰だか、ホントに決まっていないのかな?
「らしいぞ、現に作っている菓子店の方じゃ、普通のビスケットとして売ってるからな」
 それぞれに商品名はあるがだ、前のお前やジョミーの名前はついていない。
 アーモンドだとか、チーズだとか。
 うんと平凡な分かりやすい名前で売られているのさ、どのビスケットも。
「なんでだろ?」
「お前とジョミーとトォニィばかりが売れるからだろ」
 他のビスケットも売れるんだろうが、ネーミングだけでこの三種類がバカ売れしそうだ。
「…そうなるわけ?」
「前のお前たちの人気のほどは、お前だって充分に承知してると思うがな?」
 そしてだ、俺の名前のビスケットなんぞは作っても売れん。
 そういう意味でもタイプ・ブルー・アソートってトコがいいんだろうなあ。
 売れそうもない商品なんぞは、開発するだけ無駄だからな。



 自分の名前を冠したビスケットなどは売れもしない、とハーレイは決めてかかるのだけれど。
 ブルーにはそうは思えないから、「そうなのかな?」と首を捻って呟く。
「ハーレイのだって、売れそうだけど…」
「お前、冷静に考えてみろよ?」
 前のお前やジョミーの写真集は沢山あるがだ、俺の写真集は一冊も出ていないんだぞ。
「でも…。ハーレイ入りのシャングリラ・アソートは売れると思うよ、賑やかだもの」
 詰まってるビスケットの数も増えるし、お土産にもとても良さそうだけど…。
「そうかもしれんが、一つ間違えたら罰ゲームみたいにならないか?」
「罰ゲーム?」
「これがゼルだの俺だのと決めて、目隠しをしてみんなで取り合うとかな」
 前のお前とかジョミーが当たれば万々歳だが、ゼルだったりしたらどうするんだ。
 周りが派手に囃し立てるぞ、「引いちまった」と。
「怖いね、それ…」
 ゼルには悪いけど、ハズレだってことはよく分かるよ。
「うむ、闇鍋の親戚だな」
「…闇鍋?」
 何なの、それ。闇鍋って言うから、お出汁が真っ黒?
「そうか、知らんか…」
 いいか、闇鍋というヤツは、だ。
 ずうっと昔の、SD体制よりも前の時代に日本って島国にあった鍋でな…。



 ハーレイは小さなブルーに教えてやった。
 学生時代に仲間たちと遊んだ愉快なゲームを。
 日本の文化と一緒に復活して来た、些か迷惑とも言える鍋のやり方を。
「部屋を真っ暗にしておいてやるか、みんな揃って目隠しをするのが闇鍋ってヤツの大前提だ」
 もちろんサイオンは禁止だぞ?
 使ったりしたらペナルティーだな、一人で二杯食わされるとかな。
 でもって、鍋の具材だが…。
 食えるものなら何でもいいんだ、美味い不味いは関係無しだ。
 そして中には食べられないモノを放り込むヤツまで出たりするんだ、悪戯だな。
 流石に食えないモノが当たった時にはパス出来るんだが、そうでなければ食わなきゃならん。
 何が出ようが食うしかないんだ、そいつが闇鍋の醍醐味なんだ。



「そんな遊びがあるんだね…」
「まあ、俺みたいな運動に夢中のヤツらが楽しんでいたってわけだがな」
 お前みたいに本ばかり読んでるタイプには向かんさ、野蛮すぎるって顔を顰めて終わりだ。
 とんでもない鍋を食ってやがると、あいつら馬鹿じゃないのか、ってな。
「何でもかんでも投げ込んじゃうって…。シャングリラだともったいなくて出来ないね、それ」
 美味しくなるなら面白いけど、不味くなるのが普通なんでしょ?
「うむ。たまに嘘のように美味いのが出来たりするとも聞いてはいたが…」
 俺にそういう経験は無いな、いつも素敵に不味かったもんだ。
 あれはシャングリラじゃとても出来んな、食べ物が粗末になるからな。
 愉快で楽しいゲームではあったが、今の平和な時代ならではだ。



 かつてシャングリラの厨房に立っていた自分としても許可は出来ない、とハーレイは笑う。
 シャングリラの仲間たちが闇鍋をやりたいと言っても許可はしないと、キャプテンの権限を行使してでも止めてみせると。
「しかしだ、今はシャングリラの時代ではないし、闇鍋をやっても何の問題も無いってな」
「好き嫌いが無ければ大丈夫、それ?」
 ハーレイもぼくも好き嫌いっていうのが全然無いでしょ、闇鍋も平気?
「いや、それは闇鍋には当てはまらん」
 好きとか嫌いとか言う以前に、だ。
 有り得ない味っていうのがあるんだ、そいつは俺でも御免蒙る。
 だが、せっかく思い出したんだ。二人で闇鍋、やってみないか?
「たった二人で?」
 いつ闇鍋をしようと言うのだろう?
 鍋と言うだけに冬になったらやろうと言うのか、それとも二人で暮らすようになった後なのか。
 それにしても、たった二人で闇鍋。
 入れる具材が少なすぎて意味が無いのでは、とブルーは思ったのだけど。



「本物の闇鍋をやろうって言うわけじゃないさ、闇鍋ゲームだ」
 このビスケットでやろうじゃないか。
 ゼルなんていう酷いハズレは入っていないし、闇鍋気分のお遊びはどうだ?
 幸い、ビスケットの包装は全部おんなじサイズだからな。
 混ぜちまったら触っただけでは分かりゃしないぞ、どれがどれだか。
「いいね!」
 サイオン抜きってルールなんだよね、それならぼくでも大丈夫だよ。
 ぼくは目隠しして触っただけでは中身が何だか分からないもの。
「よし、やるか」
 箱の仕切りを外してやったら、この箱の中で混ぜられるしな?
 二人で目隠ししてから混ぜてやってだ、一つずつ掴んでみようってな。
「このビスケット…。どれがぼくかな?」
「まずはそいつを決めないとな?」
 前のお前は、この丸くって赤いのはどうだ?
 ラズベリージャムか何かの色だな、前のお前の瞳の色だ。
「だったら、ジョミーはこっちの緑の?」
「そいつもいいなあ、金髪だったからチーズの黄色かとも思ったが…」
 ジョミーの瞳の色にしとくか、多分ピスタチオのビスケットだろう。
 ピスタチオだから、ペスタチオの分のビスケットにすべきなのかもしれないが…。
「そんな子もいたね、ホントにどれが誰だか決まってないんだ…」
 赤だって、ぼくの瞳の色ではあるけど、ジョミーのマントも赤だったものね。
 「お好みでどうぞ」って言われるわけだね、トォニィはどれに決めたらいいんだろう…?



 ああだこうだと案を出し合って、名前が決まった九人分のビスケット。
 どれが誰かをメモに書き付け、ビスケットを区切っている仕切りを箱から外した。
 こうしてしまえば、後は混ぜるだけ。
 個別包装の袋を箱の中で二人でかき混ぜ、元の位置が分からなくなった所で一つずつ選ぶ。
 闇鍋ならぬ、闇ビスケット。
 ブルーはテーブルを挟んで向かいに座ったハーレイに「いい?」と念を押した。
「サイオン無しだよ、ズルは禁止だよ?」
「分かってるとも、闇鍋のルールは守らないとな」
 でないと闇鍋の意味が無いだろ、それではつまらん。
 やるからには真剣勝負ってヤツだ、俺とお前の運試しだな。



 手がぶつかって落としてしまわないよう、ティーカップなどを勉強机に避難させてから。
 ビスケットの箱をテーブルの真ん中に置いて、二人揃ってハンカチでギュッと目隠しをした。
 まずは箱の中身のビスケットを二人でかき混ぜ、まるで分からない状態に。
 しっかりと混ぜて、ブルーはハーレイに訊いてみた。
「もう掴んでも大丈夫かな?」
「ああ、充分に混ざったろうさ」
「それじゃ、一、二の三で一つ掴むんだね?」
 自分のを一個。何が当たるか、恨みっこ無しで。
「いや、其処はカウントダウンだろう」
「えっ?」
「箱にシャングリラが刷ってあるだろ、それを使わないって手は無いぞ」
 シャングリラ、発進! と行こうじゃないか。
「そうだね、カウントダウンがピッタリ!」
 懐かしいよね、とブルーは航海長だったブラウの口調を真似てみた。
 「カウントダウン開始!」と。
 それを合図に、カウントダウン。
 ハーレイと二人、声を合わせて「ファイブ、フォー…」と数えていって。
「シャングリラ、発進!」
 同時に叫んで、互いに手を突っ込んだビスケットの箱だったけれど。



「…コブだって。どんな子だった?」
 ブルーはメモを覗き込み、自分の手の中のビスケットの名前を確認してみた。
 ナスカ上空で出会ったコブなら、ちゃんと記憶にあるけれど。
 その後のコブも歴史の教科書で見てはいるけれど、それだけだから。
 ハーレイのようにコブと一緒に暮らしたわけではないから、どんな子供か尋ねようとして。
「あれっ、ハーレイ、ジョミー持ってる!」
 褐色の手の中、ジョミーと名付けたビスケット。
 ブルーは前の自分とは殆ど無縁のコブのビスケットを持っているのに、ハーレイはジョミー。
 どんなもんだ、と言わんばかりに褐色の手にジョミーのビスケット。
 ずるい、とブルーは叫んだけれども。
「言っておくがだ、俺はサイオンは使ってないしな?」
 闇鍋のルールは守ると言ったぞ、やろうと言い出した俺が破ってどうする。
 こいつが闇鍋の楽しい所だ、何を掴むか分からないってな。
 しかし、お前も運が無いと言うか…。
 これが本物の闇鍋だったら凄いハズレを引いちまうぞ。
 好き嫌いの無いお前の舌でも「とても無理だ」と思うような味の。
「…うん…」
 分かってる。
 ハーレイが言ってたクリームパンの味噌煮込みとか、そういうのでしょ?
 食べられないことはないと思うけど…。
 ちょっぴり甘い味噌バター味だな、って頑張ったら、多分、食べられるけど…。
 でも、ぼくが引いたビスケットの名前…。



 どうしてコブなの、とブルーはガックリと項垂れた。
 コブは決して悪くはない。
 ナスカを守ろうと幼い身体で懸命だった姿は今も鮮やかに思い出せるし、それからだって。
 シャングリラが地球まで辿り着くために、コブも死力を尽くしてくれた一人。
 だからこそタイプ・ブルー・アソートの中の一人で、大切な仲間。
 分かってはいるが、それでもコブ。
 せめてアルテラを引きたかった、と思う。
 コブと同じく馴染みは全く無いのだけれども、アルテラが残したメッセージ。
 トォニィに宛ててボトルに書かれた「あなたの笑顔が好き」という言葉。
 その文字をそのまま写し取ったメッセージカードは今も人気で、恋人宛のカードの定番。
 コブを引くより、そんなアルテラを引き当てたかった。
 もっと贅沢を言っていいなら、ジョミーかトォニィ。
 前の自分と縁が深かった二人の名前のビスケットを引いてみたかったのに…。



 運の悪さを思い知らされた闇鍋ごっこの、闇ビスケット。
 コブの名前のビスケットを手にブルーがしょんぼりと俯いていたら、褐色の手が伸びて来た。
 ブルーの手よりもずっと大きなハーレイの手。その手にジョミーのビスケット。
「ほら、俺のジョミーと換えてやるから、しょげるんじゃない」
 俺はコブとも馴染みがあるしな、お前みたいにハズレってわけじゃないからな。
「ホント?」
「ああ。…もっとも、ヤツらも物騒なことを言ってた時期はあったんだがな」
 みんな殺してシャングリラを乗っ取っちまおうか、なんて恐ろしいことを言ってたなあ…。
 子供ならではの浅はかさってヤツだ、全部筒抜けでした、ってな。
 俺は何とも思わなかったが、他の仲間は怖がってたさ。
 たかが子供の言うことだ、って聞き流せる度胸は普通のミュウには無いからなあ…。
「ハーレイ、昔からタフな神経が自慢だったものね」
「それもあるがだ、前のお前を失くしちまったら、怖いものなんてあると思うか?」
 コブたちに殺されちまったとしても、お前の所へ行くだけだろうが。
 その辺もあったな、俺の度胸が据わってた理由。
「…ごめん…。ぼくがハーレイを置いてっちゃったから…」
「いいさ、そいつは気にするな」
 話の流れで出て来ちまったが、お前が気にする必要は無いさ。
 そんなわけでな、俺はヤツらを怖がらないから、コブたちだって打ち解けてくる。
 ジョミーにはちょっと相談し辛い、っていう小さな悩みを聞いてやったりもしていたもんだ。
 戦いのことしか考えていないように見えたからなあ、あの頃のジョミー。
 お前を失くして抜け殻みたいだった俺でも、ヤツらにしてみりゃキャプテンだしな?



 そういうわけで、とハーレイはコブのビスケットをブルーの手からヒョイと取り上げ、代わりにジョミーのビスケットをそっと持たせてやった。
 これがお前のだと、お前の分だと。
「俺は昔馴染みのコブでいいから、お前はジョミーを食っておけ」
 それに元々、お前が貰ったビスケットだしな?
 ジョミーの名前のビスケットを食って、ジョミーにあやかってうんと元気になるといい。
 ついでに背丈も伸びるといいな。
「ジョミーだったら、百七十五センチ?」
 前のぼくより五センチも高いよ、そこまで伸びる?
「そいつはお前にゃ無理なんだろうが、伸びるのがちょっぴり早くなるかもしれんぞ」
「ありがとう、ハーレイ!」
 早く大きくなってみせるよ、とブルーはジョミーのビスケットを開け、齧り付いた。
 ジョミーにあやかって背を伸ばすのだと、早く大きくなるのだと。
「こらこら、いつも言ってるだろうが、急がなくていいと」
 急ぐんじゃない、とハーレイはコブのビスケットを開けながら微笑む。
 ゆっくり幸せに育てばいいと、何年でも待っていてやるから、と。



「待っててやるから、いつかお前と二人で行こうな、博物館」
 結婚して、二人で手を繋いで。飯を食ったりしながらゆっくり回ろう、疲れないように。
「うん、ハーレイが彫ったナキネズミのレプリカ、見に行かなくちゃね」
 ミュージアムショップでレプリカを買うんだ、ウサギって書いてあるだろうけど。
 早めに出掛けて、このビスケットも買いたいな。
「そうだな、タイプ・ブルー・アソートは買わないとな」
 前の俺たちの船が刷ってある箱だ、シャングリラの箱入りのビスケットだしな。
「でしょ? 絶対買おうね、ナキネズミを見に行く前に買っちゃおうかな」
 売り切れちゃったら悲しいもの、とブルーが言えば、ハーレイも「ああ」と頷いてくれた。
 一番にミュージアムショップに寄ろうと、そして展示を見に出掛けようと。
 青い地球を背景に浮かぶシャングリラが刷られた、ビスケットの箱。
 博物館の限定商品。
 いつか行く頃にはハーレイ入りのも出ているといいな、とブルーは夢見る。
 ハーレイにブラウ、エラやゼルも入った賑やかな中身のビスケット。
 箱に書いてある菓子店に要望を書いて出してみようかと、そういう商品が欲しいんだけど、と。
 タイプ・ブルー・アソートがあるなら、シャングリラ・アソートも作って欲しい。
 大好きなハーレイのビスケットが入った、心が弾む詰め合わせを…。




         博物館のお土産・了

※ブルーが貰った博物館のお土産。タイプ・ブルーなクッキーの詰め合わせセット。
 ハーレイと楽しく食べたのですけど、シャングリラな詰め合わせセットも欲しいようです。
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