シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
ママは料理が得意なんだけれど。もちろん、お菓子も。
毎日、いろんな美味しい料理やお菓子を作ってくれてる、ぼくのママ。
(んーと…)
おやつを食べながら考えてみた。学校から帰って、いつものダイニングのテーブルで。
ぼくにおやつを出してくれた時、「今日は餃子よ」って言ってたママ。ぼくの家の餃子は当然、手作り。沢山の餃子をママがせっせと包むんだ。
(たまに皮まで作るよね、ママ…)
普段は買って来た皮だけれども、色付きの餃子を作りたい時にはママは皮から作ってる。緑色は確かホウレン草。ターメリックを入れて黄色とか、トマトジュースを入れたピンク色とか。
今日は普通の餃子だろうけど、その餃子。
この頃では「ハーレイ先生がいらっしゃるかもしれないから」って多めに作るのがママの定番。沢山食べるハーレイのために餃子も沢山、余った時には次の日に取っておいて別の食べ方。
元々、ママは食事の時間に合わせて餃子を焼いたり蒸したりしてるし、余ったって全く大丈夫。餃子鍋とか、少なめだったらスープの具だとか、使い方は沢山あるんだから。
(今日はハーレイ、来るのかな?)
分からないけど、もしハーレイが来るんだったら。
仕事帰りに寄って、晩御飯をぼくの家で食べてくれる嬉しい日だったら。
(手作り餃子…)
ママの自慢の手作り餃子。
買って来た皮を使っていたって、中の具はママがきちんと作る。色々な野菜や、お肉や海老や。その日の気分で決めて、刻んで、うんと美味しい具の出来上がり。それを綺麗に皮で包んで…。
(えーっと…)
学校の調理実習くらいしか経験していない、ぼく。
料理のお手伝いは出来ないけれども、餃子を包むくらいだったら手伝えそう。ママに教わったら出来ると思うし、包んで餃子の形に出来たら、その餃子はぼくが作った餃子。中身はママが作ったヤツでも、餃子の形はぼくが完成させたもの。
(具だけだったら、それは餃子じゃないもんね?)
餃子なんです、って主張するなら形が大切。皮で包んで仕上げて、餃子。
包み方も色々と種類があるけど、ママは何種類もの包み方を知っているけれど。
(ぼくが手伝う、って言ったら基本の包み方を教えてくれるよね?)
ごくごく普通の餃子の形。それに仕上がる包み方。
教えて貰って具を包んだなら、「作ったんだよ」ってハーレイに出せる。
今日の餃子はぼくが作った餃子だよ、って。ママに習って包んだんだよ、って。
パパとママも一緒の夕食だけれど、ハーレイと二人きりってわけじゃないけど。
それでも、其処で「ぼくが作ったよ」ってハーレイに言っても平気じゃないかと思うんだ。
これがぼくの餃子、ってハーレイの前に出したって。
(調理実習だってあるんだもの。作ったんだよ、って自慢したって…)
パパもママも変だとは思わないだろう。
だってハーレイは先生なんだし、ぼくの守り役で、前はキャプテン・ハーレイなんだし…。
小さなぼくが「餃子を作った」と得意満面なだけで、ハーレイに食べて貰いたいだけ。こんなに上手に包んだんだ、って、ぼくが作った餃子なんだ、って。
そう考えるのが、きっと自然で当たり前。パパもママも絶対、気付きやしない。
ぼくが恋人に食べて欲しくて餃子を包んでいたなんて。
大好きな恋人のハーレイのために餃子を作っていたなんて。
(よし!)
決めた、とぼくは決意した。
もしもハーレイがやって来たなら、手料理を御馳走するチャンス。
ぼくが作った餃子なんだよ、って教えて食べて貰える絶好のチャンス。
ハーレイは料理が得意だけれども、ぼくの手料理も食べて欲しいし、餃子はピッタリ。
パパやママの視線を気にせずに出せて、ハーレイに食べて貰える料理。
包むだけだけど。
ぼくの出番は料理じゃなくって、餃子を包むってトコしか無いけど、それで餃子が出来るから。包めば餃子の形になるから、もう充分にぼくの手作り。
作りました、ってハーレイに言える。包んだんだよ、って自信満々で出せる。
このチャンスを大いに生かさなくっちゃ、と決めたぼく。
ハーレイのために餃子を作ろうと、今日の餃子はぼくが包もう、と。
食べ終えたおやつのお皿とかをキッチンに返しに行ったら、ママは餃子の具を刻んでた。
トントンと響く包丁の音と、ボウルに入った挽肉や野菜。
「ママ、餃子、包むの?」
ドキドキしながら訊いてみた。
ボウルの中身を覗いた感じじゃ、変わり餃子ではなさそうだから。凝った包み方をしそうな感じじゃないから、これならぼくでも包めそうだ、って胸が高鳴る。
ママはぼくの心臓の音に気付きもしないで、手を止めてぼくに向かって笑顔。
「もう少ししたら包むのよ。下味が馴染むまで寝かせてあげないと」
混ぜて直ぐよりその方がいいの、美味しくなるのよ。
「ぼくも手伝う!」
餃子を包むの、手伝いたいよ。ママに習って包んでみたい!
「あらあら…」
調理実習の練習なの、って尋ねられちゃったから。
ちょっと興味、って答えておいた。
餃子の包み方に興味を持ったと、一度経験してみたいんだ、って。
(そっか、下味…)
馴染ませなくっちゃいけないのか、と餃子について一つ賢くなった。
ケーキとかクッキーを寝かせているのは知っていたけれど、コロッケだって寝かせるけれど。
餃子もそれとおんなじらしくて、寝かせる時間があるみたい。今日のレシピだと三十分。ママはまだ材料を混ぜてもいなくて、「混ぜ合わせてから三十分よ」って言われたから。
ちょっと時間がかかるよね、って部屋に戻って本を読んでたら、ママの呼ぶ声。階段の途中まで上がって来たらしい、ママの声。
「ブルー、そろそろ包むわよ!」
「はぁーい!」
返事して、本に栞を挟んで。
それから急いで部屋を飛び出して、階段を下りてキッチンに行った。
ママが待ってる、餃子を包んで綺麗な形に仕上げるための大切な舞台。
ハーレイのための餃子がこれから生まれる舞台。
はい、ってエプロンを渡された、ぼく。
せっかくやる気になったんだから、ってママがニコニコ笑ってる。お料理には形も大切なのよ、って。調理実習をしているつもりでエプロンもね、って。
(本格的だよ…)
ぼくが調理実習の時に学校に持ってくエプロン。ママのエプロンを借りたわけじゃない。
これから料理を始めるんだ、って気分が高まる。
餃子を包むだけの作業なんだけど、これで一気に料理する気分。ハーレイのために手作り餃子。
ぼくの初めての手料理なんだし、うんと頑張らなくっちゃね。
「ブルーは初めてだから、最初の間は見ていなさいね」
こうよ、って見本を見せて貰った。
ママの手が餃子の皮を一枚、手のひらに乗っけて、その上にスプーンで具を乗せて。
それから縁にクルリと水を塗り付けた。水が接着剤になるんだな、って分かった、ぼく。ママの指が皮の端っこを摘んで合わせて、襞を寄せながら何度も畳んでいって。
最後まで襞を畳んで閉じたら、襞の無い方を押して形を整えた。半月みたいな餃子の形。いつも見ている餃子の形。
「どう、分かった?」
「だいたい…」
どうするのかは分かったけれども、それって畳むの難しい?
襞を作って畳んでいくトコ。
「そうねえ…」
習うよりも慣れね、ってママは答えて、もう一度お手本。
左の手のひらに皮を乗っけて、ぼくにも分かりやすいように、って少しゆっくり。
接着剤になる水が乾いてしまうと駄目だし、あまりゆっくりとはいかなかったけれど。
五つほど見本を見せて貰って、ぼくも挑戦することになった。
左の手のひらに皮を一枚、見よう見真似でボウルの具材をスプーンで掬って…。
「そんなに入れたら、はみ出すわよ?」
「えっ?」
ママが入れてたのと変わらない量を掬ったつもりだったんだけど。
駄目なのかな、って首を傾げながら皮の縁に水を塗ってみた。
(充分いけると思うんだけど…)
端っこを寄せてくっつけて…、って皮を合わせたらちゃんとくっつく。うん、大丈夫。
(次はこうして…)
襞を寄せて、って一つ目の襞。我ながら上手く出来たと思う。気を良くしながら、二つ、三つと畳んだ所でママの言ってた意味に気付いた。
(なんだか中身が…)
閉じてない方の端っこに寄って来ちゃってる。つまりは多すぎ、入れ過ぎってこと。
(だけどボウルに戻せないし…!)
なんとかなるよ、って無理やり閉じた。もう襞は作れなくて、くっつけただけ。
具がはみ出すっていう悲劇は回避出来たけれども、半分だけしか襞が寄ってない餃子。おまけに半月、三日月っぽい半月じゃなくて、ホントのホントに半分に欠けたお月様。
(…餃子って言うより…)
出来損ないのヨモギ餅だろうか、ぼくが作った初めての餃子。
ママが隣で作ってるヤツとはまるで違った、みっともない餃子。
(うんと下手くそ…)
具材を入れ過ぎてしまった、ぼく。
半分だけしか襞が畳めなくて、お月様の形に整えることも出来なかった餃子。
(中に入れる量、気を付けなくちゃ…)
今度は失敗しないんだから、って慎重にスプーンで掬った中の具。皮の縁に水をくるっと塗って端っこを合わせて、襞を畳んで…。
(…もしかして、今度は足りなかった?)
余裕がありすぎる餃子の皮。襞をたっぷりと畳めちゃう皮。
(今から中身を追加するのは…)
どう考えても絶対に無理。スプーンで具を押し込めるだけの幅はもう無いんだから。
仕方ないから、襞を畳んで畳んで端まで閉じて。
襞の無い方をギュッと押してみたけど、お月様の形にはなったけれども。
(痩せっぽっちのお月様…)
ママの餃子の隣に置いたら、ぼくの餃子は痩せっぽちだった。中身少なめ、皮だけ多め。
またまた失敗しちゃった、ぼく。
入れ過ぎの次は足りなさ過ぎって、どんなに才能が無いんだろう?
ママが手早く器用に作ってゆく横で、精一杯、努力したんだけれど。
形が揃った餃子にしようと、整ったお月様を幾つも並べていこうと頑張って包んでたんだけど。
(全然ダメだよ!)
中身が多すぎ、少なすぎとか、襞が綺麗に畳めてないとか。
ぼくの餃子はうんと不揃い、ぼくが作ったと一目で分かるほど酷い出来栄え。
綺麗に揃ったママのとは違う。整列しているお月様の形の餃子とは月とスッポン。
(うーん…)
ホントに月とスッポンだよ、って情けなくなった。
ぼくが作った餃子の形がスッポンの形っていうんじゃなくって、同じ餃子とも思えない出来。
「ブルーは餃子は初めてだもの。これでも充分、餃子の形よ」
パパが喜んで食べるわよ、ってママは笑顔で励ましてくれた。
ぼくが初めて作った餃子なんだし、そう言えばパパは大喜びだ、って。
「…ホント?」
「本当よ。ブルーの初めての餃子でしょう?」
ブルーが作ってくれたんだな、って大感激よ、パパは。
もちろん、ママもね。
今夜の食卓はきっと素敵よ、ってママはウインクしてくれたけれど。
失敗しちゃった、ぼくの下手くそな餃子。
ハーレイにはとても出せない餃子。
エプロンを外して部屋に戻った後、ぼくは勉強机の前で祈った。
(どうかハーレイが来ませんように…)
不揃いどころか、みっともない餃子。
あんなのをハーレイに見られたくないし、見せたくもない。
料理が得意だと聞いてるハーレイ。前のハーレイだって、キャプテンになる前は厨房に居た。
とんでもない出来の餃子なんかを披露するには、ハーレイの腕が凄すぎる。
だから来て欲しくないハーレイ。
いつもだったら来てくれないかと窓の方ばかり気にしているけど、今日はそうじゃない。
餃子が上手に出来ていたなら、来て欲しくってお祈りしたんだろうに。
まるで逆様のお願い事。来て欲しい筈のハーレイが来ませんように、と必死のお祈り。
そうしたら、チャイム。鳴って欲しくなかった、チャイムの音。
(ハーレイ、来ちゃった…!)
ママはぼくが作った失敗餃子を隠しておいてくれるだろうか?
(…だけど…)
今度こそは、って頑張り過ぎた、ぼく。途中で投げ出さなかった、ぼく。
失敗作の餃子は沢山出来た。ママが作った餃子よりかは少ないけれども、かなりの数。
あれだけの数を隠しちゃったら、餃子の数が足りなくなっちゃう。
だって、ハーレイが来たんだもの。
ハーレイが食べる分の餃子が、確実に必要なんだもの…。
やっちゃった、って溜息をついても始まらない。
ぼくが作った酷い出来の餃子は、ハーレイに披露される運命。
変な形の餃子の理由をママは喋りはしないだろうけど、でもハーレイは気付くんだろう。料理が上手なママが失敗するわけがないと、あの餃子には何か理由があると。
(ちょっと考えれば分かることだよ…)
誰が餃子を失敗したのか、ヘンテコな形にしちゃったのかを。
せめて悪戯ではなかったんだと気付いて欲しい。分かって欲しい。
ハーレイに手料理を御馳走したくて頑張ったんだ、って見抜いて欲しいと思うけれども。
(でも、下手くそ…)
ぼくの腕前を知られたくない。
餃子も上手に包めないなんて、ハーレイにはとても話せやしない。
それを考えると、やっぱり気付いて欲しくない。あの餃子は誰が作ったのかってこと。
ぼくがぐるぐるしている間に、ママがハーレイを部屋に案内して来て。
テーブルを挟んで向かい合わせで、お茶とお菓子もあるんだけれど。二人きりの時間が始まったけれど、ぼくの頭は餃子で一杯、失敗作の餃子で一杯。
ハーレイが話し掛けてくれても、うわの空で返事をしちゃったみたいで。
「変だぞ、お前。どうかしたのか?」
何処か具合でも悪いのか、って鳶色の瞳で覗き込まれて。
「……餃子……」
「はあ?」
怪訝そうな顔をしたハーレイだったけど、「ああ!」と思い付いたように手を打った。
「そうか、餃子か…。前の俺たちの頃には無かったな、餃子」
「そういえば…!」
無かったんだよ、シャングリラに餃子。
今じゃすっかり普通だけれども、あの頃に餃子は見なかったよ…。
ぼくの頭から失敗作の餃子は消えてしまって、二人で餃子の話になった。
前のぼくたちが生きてた頃には無かった餃子。消されてしまっていた食文化。
もしも餃子があったなら…、って色々と。
ハーレイは「餃子があったら、酒のつまみになったんだがなあ…」なんて言い出して。
「あの手の料理は作らなかったな、前の俺はな」
「餃子自体が無かったんだもの、作れるわけがないよ」
レシピを見たって、どんな料理かまるで見当も付かないんだもの。
ちょっと試しに作ろうか、って試作するには手間もかかるし…。皮からだしね。
「うむ。パイ皮で包むような洒落た料理も作ってないしな」
パイ皮だったら、それ自体の味は充分に分かっていたんだが…。
そいつを作ってわざわざ包んで食わせなくても、普通に料理をしておけばいいと思っていたな。
シャングリラは船で、レストランとは違うんだしな?
凝った料理を作った所で無駄と言うべきか、食えれば充分と言うべきか…。
「今はそういう料理も作るの、ハーレイ?」
「たまにな。もっとも、食うのが俺一人だしな、普段はシチューに被せるくらいか…」
ポットパイだな、パイ皮の帽子を被ったシチュー。寒い季節はあれが美味いんだ。これから寒くなって来たなら、シチューにはパイの帽子だな。
だが、大勢で食うんだったら。魚のパイ包みなんかはおふくろの得意料理だぞ。
「ハーレイのお父さんが釣った魚で?」
「そういうことだな。スズキとかタイに魚の形に作ったパイ皮を被せてな」
大皿にドカンと載せるようなサイズのパイ包み。
その内にお前にも御馳走したがると思うぞ、親父とおふくろ。
魚を釣るのが親父だからなあ、切り分ける役目は親父なんだな、お前の皿にも盛ってくれるさ。
沢山食べろと、こいつは実に美味いんだから、と。
パイ皮はあったけど、餃子の皮なんてまるで無かったシャングリラ。
白い鯨が出来上がった後にはパイ皮を使った料理もあった。ごく簡単な料理だけれど。
だけど無かった、餃子の皮。餃子自体が消されてしまっていた世界。
餃子の皮があったらあったで戦争だ、ってハーレイが笑う。
船の仲間たちの胃袋を満たすだけの数の餃子を包むなんてとても大変だぞ、って。
「うん、分かる。なかなか綺麗に揃わないものね」
餃子の形。何人もで分けて包むんだったら、同じ形に揃うようになるまでが大変そうだよ。
「まったくだ。どうしても癖が出るだろうしな、最初の間は」
「そうでしょ、具を包む量だって人それぞれだし」
「うむ。このスプーンで、って決めておいても掬えば狂いが出てくるな」
それに襞もだ、寄せ方に個人差というヤツがな。
「最後に形を整える時に、なんとか揃えばいいんだけどね…」
「なかなか上手くは揃わんだろうな、包んだヤツらの数だけ個性が出そうだが…」
って、お前、餃子を作るのか?
素人にしては詳しすぎだぞ、いつも餃子を包んでたのか?
「あっ…!」
い、いつもってわけじゃないんだけれど…。
いつもだったら良かったんだけど…!
自分で墓穴を掘っちゃった、ぼく。
餃子の包み方をウッカリ喋ってしまって、しっかり墓穴を掘った、ぼく。
仕方ないから白状した。
ママが包むのを手伝いに行ったと、今日の夕食は餃子なんだと。
「俺に手料理?」
それで餃子を包んでいたのか、今日のお前は。
「うん。でも、失敗…」
ママのみたいに揃わなくって、入れ過ぎたのとか、足りないのだとか。
襞も形もうんと不揃いで、ママのとは月とスッポンなんだよ…。
「そいつは是非とも、お前のを御馳走にならんとな?」
「えっ?」
下手くそなんだよ、これが餃子かって笑われそうなくらいに変な形だよ、ぼくの餃子は。
「しかしだ。初めての手料理という所までは行かんが、お前が包んでくれたんだろう?」
俺のためにと、俺に御馳走しようと餃子を包んでいたんだろう?
「そうだけど…」
「だったら、食わない手は無いな。お前が包んでくれた餃子だ」
形が崩れた餃子を選んで食ったら、それが当たりというわけだ。そればかり食えばいいんだな?
「パパとママが絶対、怪しむよ!」
どうして崩れた餃子なのか、って。なんでぼくが作った餃子を選んで食べてるのか、って…。
「問題無いさ、教師の仕事の内だしな。生徒が作った料理を食うのは」
「そうなの?」
ぼくは先生に料理を作ったことなんて無いよ、本当なの?
「本当だとも。学校によっては担任に試食を持ってくるんだ、調理実習の」
焦げていようが、砂糖と塩とを間違えていようが、食わねばならん。教師の仕事だ。
「へえ…!」
知らなかったよ、ハーレイ、そういう学校で試食してたんだ?
ぼくの餃子は形はとっても変だけれども、味はママのだから美味しい筈だよ。
晩御飯にお料理するのもママだし、焦げたりなんかはしないよ、絶対。
ぼくが作った下手くそな餃子。失敗作のみっともない餃子。
ハーレイは食べてくれると言うから嬉しくなった。
そして…。
「晩御飯の支度が出来たわよ」ってママに呼ばれて、ハーレイと二人で階段を下りて。
ダイニングに入ってテーブルに着いたら、ハーレイの席に綺麗に揃った餃子のお皿。
ママが作った餃子がハーレイのお皿や、パパやママやぼくのお皿に整列していて、おかわり用の餃子が盛られた大皿の一つに、ぼくのとんでもない餃子。月とスッポンみたいな餃子。
ハーレイはぼくの大好きな笑みを浮かべて、ぼくの餃子を眺めて言った。
「あちらを御馳走になりますよ」
せっかく盛り付けて頂いたのに、取り替えて頂くことになりますが…。申し訳ありません。
「ハーレイ先生?」
でも、あれは…、ってママが困ったような顔になったら。
「ブルー君から聞きましたので」
餃子作りに挑戦してみたと、難しくて上手く包めなかったと。
あの餃子がブルー君の作った分でしょう?
話を聞いてしまったからには頂きませんとね、これでも一応、教師ですから。
調理実習の試食も仕事の内です、って笑顔で宣言してくれたハーレイ。
パパとママが「大変そうなお仕事ですね」って可笑しそうに返して、ぼくが初めて作った餃子は無事にハーレイの所に行った。
ママが持って来た新しいお皿に盛り付けられて、ママの餃子と取り替えられて。
みっともない出来の餃子を頬張ったハーレイの顔が緩んで、ぼくたちをぐるりと見回しながら。
「美味しいですね」
こちらで御馳走になる餃子はいつも美味しいのですが、今日の餃子も美味しいですよ。
「まあ、形は味に関係ないですからな」
誰が包もうが、味は変わりはしませんよ。
そこが救いと言うべきですねえ、今日の所は。
ハーレイ先生、餃子で命拾いをなさいましたな、ってパパが本当のことを言ったけど。
餃子が美味しいのはママのお蔭で、ぼくの下手くそな包み方は影響していない、って真実を暴露してくれたけれど、ハーレイは「そうですねえ…」って頷いて。
「形が綺麗に揃っていたなら、見た目の美味しさが増しそうですね」
それに、この後、鍋やスープに入れたかったら。
もっと大きさを揃えて作ってやらないと駄目ですねえ…。火の通りが違ってきますから。
「ハーレイ先生、詳しくてらっしゃいますわね」
餃子と、餃子を使ったお料理。餃子もお作りになりますの?
お一人分でも、ってママが訊いたら。
「ええ、気が向いたら作りますよ」
この身体ですしね、一人分でも量としてはけっこう沢山作るんですよ。
夕食に食べて、夜食にも食べて。
次の日になったらスープに入れたり、鍋にしてみたり…。二日間ほど楽しめますから。
「そうですの…。でしたら、変わり餃子なんかも?」
「やりますよ。たまには凝りたくなりますからね」
気ままな一人暮らしだからこそ、凝った料理もいいもんです。もちろん、餃子も。
具にも凝りますし、皮の色とか包み方にも凝りますねえ…。
皮の素材も変えるんですよ、なんてハーレイが言ったら、ママがぼくを見て。
「ブルー、いつかハーレイ先生に教えて頂く?」
「えっ?」
「餃子よ、餃子の作り方」
ママに教わるのもいいと思うけど、ハーレイ先生に教えて頂くのも良さそうよ?
先生、餃子にお詳しそうよ。
皮の素材まで変えて作るって、男の人では珍しい方じゃないかしら?
教わったら、ってママに訊かれて、ドキンとしちゃった、ぼくだけれども。
もちろんハーレイに習いたくない筈なんか全く無いんだけれど。
「餃子の作り方ですか…」
古典の範疇外ですね。流石に私の授業で餃子の作り方までは…。
それに餃子を扱った古典の作品などは授業では全く出て来ませんし。
「ほほう…。餃子の出て来る作品なんかもありますかな?」
私は古典には疎いんですが、名作の中には餃子が出て来る作品なども?
「いえ、この地域では…。日本という国では餃子は単なる食べ物だったようですねえ…」
もっとも、日本に影響を与えた隣の国。
中国の方では、餃子は縁起のいい食べ物だったという話がありますから。
お正月には餃子を食べたというほどですから、あちらの作品なら餃子の出番もありそうです。
「なるほど…。そうなってくると、餃子作りは課外授業になりますか…」
そういった餃子の背景も含めて、ブルーに教えて頂く、と。
悪くないですなあ、餃子作りの課外授業も。
パパとハーレイが盛り上がってるな、って眺めていたら。
ママの餃子を頬張りながら見てたら、ハーレイがぼくに視線を向けて。
「いつか作るか、課外授業で?」
俺と一緒に作ってみるか、餃子?
「いいの?」
「気が向いたらな」
教えてやるさ、俺の知ってるいろんな餃子。
こういう普通の餃子から始めて、変わり餃子も色々とな。
もっとも、お前が俺の授業について来られたら、という話だが…。
不揃いな餃子を作ってる内は、変わり餃子なんぞは逆立ちしたって無理だからな。
やってみるか、って笑ったハーレイ。
ママが「キッチンはいつでもお使い下さいね」って言っているけど。
パパも「ハーレイ先生にしごいて貰え」ってママと二人で頷き合ったりしているけれど。
ハーレイの顔に書いてある。
ぼくだけに通じる、魔法の微笑み。ハーレイの顔に浮かんでる。
「いつかお前と結婚したらな」って。
そう、ハーレイと結婚したなら、教えて貰って餃子を作る。
普通の餃子も、ぼくが普通ので腕を上げたら、ハーレイお得意の変わり餃子も。
(ハーレイが教えてくれるんだよ、餃子)
今日は失敗しちゃったけれども、楽しみな餃子。いつかハーレイと作る予定の餃子。
うんと沢山作って、並べて。
焼いたり、蒸したり、スープやお鍋に入れたりするんだ、ハーレイと二人で暮らす家で…。
餃子・了
※ブルーが頑張って作った餃子。ハーレイに食べて欲しくて、懸命に包んでみたものの…。
失敗作の餃子の方を、選んで食べてくれたハーレイ。いつかは二人で作れますよね。
←拍手して下さる方は、こちらからv
←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv