シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(猫用ケーキ?)
なあに、と新聞を覗き込んだ、ぼく。
猫用ケーキ、言葉のまんま。猫のためのケーキで、人間用とは違ったケーキ。
カラフルなケーキの写真が一杯、いろんな猫用ケーキの特集。
(お誕生日に、御褒美に、おやつ…)
これじゃ人間と変わらない。人間だって、ケーキはそういう扱いだもの。
ぼくの家ではママが作るから、ケーキは珍しくないんだけれど。お菓子作りが得意じゃない人はケーキをお店へ買いに出掛けるし、一番は多分、誕生日用。バースデーケーキ。この記事みたいなホールケーキを買うんだったら、きっと誕生日が多いだろう。
次が記念日、それから御褒美。おやつ用は最後になると思うな、ホールケーキなら。
大きなケーキを家族や友達、食べる人数に合わせて切って。一切れずつお皿に載せて食べるのが人間用のケーキだけれども、猫用ケーキは…。
(ホールケーキで一人前…)
一人って言うか、一匹と言うか。
ペロリと一度に食べ切れるサイズ、そういう分量の小さめケーキ。
何切れかにカットしてあげるってわけじゃなくって、丸ごと一個を盛り付けるみたい。
(これが猫用?)
言われなければ分からないケーキ。綺麗なケーキ。
マジパンやクッキーで作った猫が乗っかってるけど、子供だったら好きそうな感じ。クリームで飾ってミントの葉っぱも。何処から見たって人間用。
(フレッシュクリームたっぷり…)
「猫ちゃんの大好きなフレッシュ生クリームをたっぷりとケーキ一面にデコレーション!」って謳い文句で、ケーキの上には生クリームを絞り出した飾りが星みたいに幾つも鏤めてある。
ぼくの今日のおやつも生クリームたっぷりのケーキなんだけど。
真っ白なクリームが甘くてとっても美味しいんだけれど、猫並みってこと?
ぼくが学校に行ってる間にママが作ってくれたんだけど…。
いろんなベリーを沢山乗っけて、生クリームもたっぷりと塗って。
(煮干しパウダー入りのスポンジ…)
猫用ケーキとぼくのケーキは其処が違った。
ぼくのケーキはふんわりスポンジ、卵の風味が優しいケーキ。味の決め手は泡立てた卵、それにお砂糖だと思う。後はバターとミルクくらいかな、しっとりふわふわ、ママの手作り。
膨らんだスポンジに煮干しパウダーは入っていなくて、猫用ケーキとは別だけれども。
(うーん…)
他にも色々、ケーキの種類。猫用ケーキと書かれたケーキ。
ムースケーキみたい、と眺めたケーキは牛のミンチを贅沢に使った黒っぽい部分と、白い濃厚ミルクムースの二層になっててホントにムース。「至福の牛ムース」っていう名前。
(猫用なんだけど…!)
食べる猫は分かっているんだろうか、「至福」って言葉。説明したって欠伸だけして、ムースに夢中で齧り付きそうな気がするんだけど。
(こっちはなあに?)
ぼくが寝込むとハーレイが作りに来てくれる、野菜スープのシャングリラ風。何種類もの野菜を細かく刻んで基本の調味料だけでコトコト煮込んだ野菜のスープ。
それに似てるよ、と思ったケーキは「鴨レバーのカクテルテリーヌ」だった。二層になってて、上が細かく刻んだ野菜のテリーヌ。下の部分が鴨のレバーのムースなんだ。
(野菜スープのシャングリラ風に、こんなムースはついてないから!)
ハーレイが「新作だぞ」ってテリーヌ仕立てを編み出してくれたけれども、ママのテリーヌから思い付いたって言っていたけど、それが限界。野菜スープのシャングリラ風。
ぼくがレシピを変えて欲しくないって頼んだからではあるけれど…。
(猫のケーキは鴨のレバーのムースつき…)
お洒落すぎる猫用カクテルテリーヌ、贅沢すぎる猫用ケーキ。
ぼくより凄い、と目を丸くした。
(これを食べるの、猫なんだけどな…)
世界はなんて広いんだろう。猫用のケーキがあるってだけでも凄いのに…。
よくよく読んだら、牛のミンチも鴨のレバーも最高級品を使ってた。それが自慢の猫用ケーキ。
(人間並み…)
こだわりの飼育方法が売りの牛と鴨。そんなのを使った猫用ケーキ。
考えてみれば最高級品の鴨だの牛だの、普段の食事でパクパク食べてはいないから。
もしかしたら人間以上だろうか?
人間用に出荷するにはちょっと落ちるよ、って部分を使って作ってるにしても、最高級品。猫用ケーキに最高級品の牛だの鴨だのを惜しげもなく。
野菜スープのシャングリラ風だって、猫用になると最高級品の鴨のレバーのムースつき。
(負けたかも…)
人間のぼくが、ニャーと鳴く猫に。
おやつで負けた、とケーキをパクリと頬張った。
猫も喜ぶフレッシュクリームたっぷりのケーキ、煮干しパウダーは入っていないけど。
おやつを食べ終わって部屋に帰ってから、綺麗だったケーキを思い出す。
猫用だなんて思えなかった、普通のケーキにそっくりのケーキ。
(お誕生日に、御褒美に、おやつ…)
ハーレイのお母さんが飼ってたっていう猫のミーシャもあんなのを食べていたかもしれない。
甘えん坊で真っ白なミーシャ。ハーレイが生まれるよりも前から家に居たミーシャ。
とっくに死んじゃったミーシャだけれども、可愛がられていたらしいから。
猫用のケーキ、毎日は無理でも、お誕生日に、御褒美に。
今日はちょっぴり特別だよ、ってミーシャ用のお皿に入れて貰って。
(猫用ケーキかあ…)
こだわりの素材の猫用ケーキ。
猫の身体に悪くないよう、素材を厳選したケーキ。
材料の卵も、フレッシュクリームも、煮干しパウダーも、全部、地球産。
此処は地球だから当然だけれど、他の星から運んで来るより安くつくから当たり前だけど。
それでも地球産、前のぼくが焦がれて行きたいと願った地球の食材で作ったケーキ。
なのに猫用、猫が食べるために作られたケーキ。
(前のぼくでも食べられるよ、あれ)
新聞記事には「人間は食べないで下さい」って書いてあったけれど、大丈夫。
材料をちゃんと読んでみたけど、変なものは入っていなかったから。
小麦に卵に、それからミルク。いろんな野菜に、最高級品の牛と鴨。
(煮干しパウダーくらいだよね)
ケーキにしては変な材料って、これくらい。
牛とか鴨はムースなんだし、ケーキという名前がついているだけでお料理だから。充分に人間が食べられるお料理、牛ミンチのムースに鴨のレバーのカクテルテリーヌ。
(煮干しパウダーのケーキにしたって…)
前のぼくなら、ちょっと生臭い程度のスポンジ、気にしやしない。
憧れの地球のケーキだったら、猫用のケーキだったって。
大喜びで食べた、間違いなく。
地球のケーキだと、地球の食材で作ったケーキが手に入ったと。
(ハーレイにだって御馳走するんだよ)
そういうケーキが手に入ったなら、前のハーレイが青の間に来た時、紅茶を淹れて。
猫用ケーキは小さいけれども、二人仲良く半分ずつで。
ケーキの上に乗った飾りも半分ずつ。
猫の形のマジパンだって、猫の形のクッキーだって。
(食べたかったな…)
前のぼくだった時に、猫用ケーキ。
地球産の食材だけで作った、素敵なケーキ。
(もしもあったら、絶対、食べてる…)
ノアとかアルテメシアとかの猫用ケーキは要らないけれども、食べたいとも思わないけれど。
地球のだったら、間違いなく食べる。あると知ったら、奪って食べる。
(その地球が無かったんだけれどね…)
宇宙の何処かにあると信じた青い地球。焦がれ続けた、青い水の星。
けれども青い星は蘇らないままで、死の星のままで。
マザー・システムは「地球は青い」と嘘を貫き通したけれども、本当は青くなんかはなかった。作物が採れる筈もなくって、地球の食材で猫用ケーキは作れなかった。
だから食べずに済んだんだろうか、猫用ケーキ。
地球の土と水と光が育てた小麦や、地球で育った鶏の卵。そんな材料で出来たスポンジ。煮干しパウダーだって地球の海から獲れた魚の粉なんだから。
(とっても贅沢…)
前のぼくにしてみれば夢のようなケーキ。
たとえ煮干しの味がしたって、猫用と書いてあったって。
(地球の味がするケーキだしね?)
あったら絶対、奪いに行ってる。
アルテメシアに落ち着いた後で、物資は奪わない自給自足の生活をしていた時代でも。
あれは別だと、あのケーキだけは別なんだと。
そうして奪って、ハーレイと食べる。
憧れの地球の食材で出来た猫用ケーキを、二人で分けて。
(ハーレイに呆れられそうだけどね)
猫の上前をはねるんですか、って。
これは猫用のケーキなのですが、って。
だけど特別、地球産のケーキ。地球の食材で作ったケーキ。
猫用だろうが、煮干しパウダーで生臭かろうが、最高のケーキなんだから。
行きたくてたまらない青い地球で育った食材の旨味がギュッと詰まっているんだから。
(やっぱり猫に負けてるよ、ぼく)
今のぼくのおやつも猫に負けたと思ったけれども、前のぼくが。
ソルジャー・ブルーだったぼくが、欲しくて欲しくて奪いに行きそうな猫用ケーキ。
つまりは猫の方がうんと贅沢な食事、地球産の食材で出来た豪華な猫用ケーキ。
(猫の方がいいもの食べてるだなんて…)
大英雄だったソルジャー・ブルーが欲しがるほどの猫用ケーキ。
ソルジャー・ブルーが地球産っていうだけで釣られてしまう猫用ケーキ。
猫のケーキはとっても贅沢、大英雄のソルジャー・ブルーが羨ましくって欲しがるケーキ。
それに…。
(最高級品の鴨のレバーに牛ミンチ…)
シャングリラに鴨はいなかった。卵と鳥の肉は鶏で充分、鴨までは飼わなくてもいいと。鶏さえいれば卵も鳥肉も手に入るのだし、鴨まで育てなくてもいいと。
だから鴨のレバーなんかは無くって、最高級品も何もあるわけなかった。
牛は居たから牛のミンチはあったけれども、所詮は宇宙船の中で育てた牛。地面の上で、牧場を自由に歩き回って育った牛とは違うし、肉の質だって比較にならない。要はただの牛。
鴨のレバーは最初から無いし、牛のミンチは最高級どころか高級品とさえ呼べないレベル。
楽園だったシャングリラだけど、最高級品の食材が売りな猫のケーキは作れない。
完全に敗北、猫のケーキに。
猫が誕生日や御褒美に、おやつに買って貰うという猫用ケーキに。
(前のぼく、ソルジャー・ブルーだったのに…)
大英雄だった前のぼくなのに、猫に負けてる。
ニャーと鳴くだけの猫に負けてる、食べ物のことで。
(おまけに猫用ケーキを奪って喜んで食べそうなんだよ、前のぼく…)
地球産の猫用ケーキに限るけれども、あったら奪う。地球のケーキだと喜んで食べる。
前のぼくよりも猫の方が上、奪わなくっても猫用ケーキを買って貰える。地球産の食材を贅沢に使った猫用ケーキを、いろんな時に。
(猫に負けるなんて…)
英雄のくせに情けないかも、って思っていたら、チャイムの音。お客さんだよ、ってチャイムの音。窓から見たら大きく手を振るハーレイ。
ママが門扉を開けに出て行って、ぼくの部屋までハーレイを案内して来たから。
お茶とお菓子をテーブルに置いてってくれたから、ぼくはお菓子を指差して言った。
「聞いてよハーレイ、猫の方がグルメだったんだよ!」
「はあ?」
どうしたんだ、ってハーレイの鳶色の瞳が丸くなったけど。
「前のぼくより、猫の方がグルメ!」
ホントなんだよ、ホントのホントに猫の方がグルメだったんだよ。
前のぼくはとっても敵わなくって、猫の食事を奪いに出掛けてしまいそう。
あれが食べたいって、どうしてもあれを食べるんだ、って。
だって、本物の地球の食材で出来ているんだもの。
猫用だけれど、地球産だもの…。
こんなケーキがあったんだよ、って話をした。
人間用のケーキなんです、って言ってもおかしくなさそうな出来の猫用ケーキ。
見た目も綺麗で、こだわりの素材。最高級品の牛のミンチに鴨のレバーに…。
一気に喋って、それから訊いた。
ミーシャも猫用ケーキだったの、って。
「どうだかなあ…。おふくろが買ってやってたかもなあ、手作りだったかもしれないが」
俺は全く覚えていないが、猫用ケーキを食っていたなら手作りかもしれん。
おふくろは菓子作りだって得意だからなあ、猫用ケーキも手作りかもな。
「ミーシャのケーキは手作りなの?」
ハーレイのお母さん、猫用ケーキも作れるの?
「本当に作ったかどうかは知らんが、人間用のと同じ材料だろ? 猫用のケーキ」
愛情をこめてやりたかったら手作りだってな。
どんな材料かが分かっていたなら、おふくろなら工夫しそうだぞ。
最初の一個か二個は買って食わせて、ミーシャがそれで喜ぶようなら次から手作り。ミーシャの好物をあれこれ使って、ミーシャ専用ケーキってトコか。
「そっか…」
ハーレイのお母さん、ミーシャ用に作ってあげるんだ…。
ミーシャの好物がたっぷり詰まった、地球産の食材を使った猫用ケーキ。
ということは、ミーシャにも負けているかもしれない、前のぼく。
ハーレイのお母さんが猫用ケーキを買ってあげていたら、その時点で負けているんだけれど。
もしもハーレイのお母さんが猫用ケーキに凝っていたなら、負けるどころの騒ぎじゃない。
猫用ケーキを買って貰う猫は、お店に売ってる種類の中から選んで貰って食べるもの。あっちがいいとかこれがいいとか、喋れない猫は選べやしない。
だけどミーシャは自分の好物を使ったケーキを食べられた可能性がある。ハーレイのお母さんに工夫を凝らして貰って、大好きな魚を使ったムースや、生クリームたっぷりのケーキなんかを。
そうなってくると、ミーシャは前のぼくよりもずっと恵まれた立場。
地球の食材を色々と食べて、好き嫌いもして、好物はこれだと主張して。
その好物を使った猫用ケーキを作って貰って食べていたなら、最高に贅沢な食生活。
前のぼくは地球に憧れるだけで、地球の食べ物は何一つ食べられないまま死んでしまったのに、ミーシャは我儘言いたい放題、好きな材料で猫用ケーキを作って貰って食べたんだから。
前のぼくはミーシャに負けたかもね、と甘えん坊の真っ白な猫を思い浮かべながら訊いてみた。
「ハーレイのお母さん、こだわる方?」
ミーシャが猫用ケーキを気に入ってたなら、専用ケーキも色々作るの?
「愛情はたっぷりだったからなあ、色々作ってやったんじゃないか?」
俺はガキだったから忘れちまったが、魚のムースでも凝ると思うぞ。生クリームの猫用ケーキにしたって、スポンジがミーシャ好みの味になるよう、何度も作って「どう?」と訊くとか。
ミーシャが喜んで食った時のレシピが定番のスポンジになるってわけだ。
「じゃあ、前のぼくはミーシャにすっかり負けちゃってるんだ…」
地球の食材で我儘を言って、好物だけで作って貰ったケーキ。
そんなケーキは食べたくっても食べられなかったのが前のぼくだもの。猫用ケーキでも欲しいと思ってしまうくらいなのに、好物ばかりで作って貰った猫用ケーキがあっただなんて…。
「安心しろ、お前だけじゃない」
「えっ?」
「俺も同じだ、そういうケーキは前の俺だって食えていないだろうが」
前のお前と条件は全く同じなんだぞ、同じシャングリラに居たんだから。
お前がミーシャに負けたと言うなら、俺も敗北してるんだ。
もっとも、ミーシャが猫用ケーキを食ってないなら負けはしないがな。ただの猫だしな。
「そっか、前のハーレイもぼくとおんなじ立場にいたんだっけ…」
地球産のケーキなんかは手に入らなくて、シャングリラの中。
最高級品の鴨のレバーも牛のミンチも無かったっけね…。
そうだった、と思い出した、ぼく。
地球産の猫用ケーキがあると知ったら奪いに出掛けて、ハーレイと分けて…。
「えっとね、ハーレイに御馳走しようと思ってたんだよ、猫用ケーキ」
前のぼくが地球産の猫用ケーキを奪っていたなら、青の間でハーレイと食べるんだよ。みんなに内緒で二人でこっそり。猫用ケーキは小さいけれども、半分に分けて。
「そいつはゴージャスな話だな。お前と二人で地球産のケーキか、猫用でもな」
熱い紅茶を淹れんといかんな、シャングリラ産だから香りの方はイマイチだがな。
「でしょ? うんと素敵なティータイムが出来るよ、地球産のケーキ」
猫用でもホントの地球産なんだし、きっと充分、美味しかったよ。
あの時代に青い地球があったら、猫用ケーキが作られていたら。
ハーレイと二人で食べたかったな、煮干しパウダー入りのスポンジで出来たケーキでも…。
「うむ。最高に美味かったろうさ、地球産の猫用ケーキはな」
地球の食い物っていうだけで美味さが何倍、何十倍にもなりそうだ。猫用に作った菓子でもな。
しかしだ、前の俺たちが猫用ケーキを食ってた場合は本当に笑うしかないんだが。
「なんで?」
猫用ケーキでも地球産だよ。それだけで特別なケーキなんだよ?
「地球の味だね」って感動しながら食べていたって、可笑しくはないと思うけど…。
感激のあまり泣いていたって、ちっとも変ではなさそうだけど…?
「それはそうだが、前の俺たち。アルタミラに居た頃は餌だぞ、餌」
ケーキなんかがあったか、あそこに。
俺たちが食わせて貰っていたのは餌と水だけだったんだが?
「あっ…!」
ホントだ、餌と水だけだった…。
猫の餌でももっとマシだね、好きなタイプの餌を貰って食べるんだものね。
そんなぼくたちに猫用ケーキって、アルタミラの頃だと贅沢すぎる餌だったんだ…。
地球産の猫用ケーキじゃなくても、猫用に作ったケーキってだけで。
餌と水しか食べられなくって、その餌だってオーツ麦で作った不味いシリアル。栄養だけは充分摂れるけれども、食べる楽しみなんかは無かった。文字通り飼っておくための餌。
地球産の猫用ケーキを食べるどころか、ただの猫用ケーキでさえも貰えなかった、アルタミラ。
ペット以下だった、前のぼくたち。
猫と同じで飼われてはいても、猫はペットで可愛がって貰えて、餌も色々貰える存在。おやつも貰えて、猫用ケーキも。
なのに、前のぼくたちには餌と水だけ、ミルクも貰えはしなかった。
ミュウは実験動物だから。
ペットじゃないから、研究者たちは愛情なんかを与えようとも思わない。彼らだって自分の家に帰ればペットが居たかもしれないのに。猫が居たかもしれないのに。
家の猫には「いい子だな」って、猫用ケーキ。もちろん好物の餌やミルクもたっぷり。
だけどミュウには何もくれなくて、餌と水だけを食べさせてたんだ…。
「前のぼくたち、なんだか悲惨…」
酷い扱いだとは分かっていたけど、猫にだってケーキがあると思ったら惨めだよ。
猫は誕生日とかに猫用ケーキを買って貰えるのに、前のぼくたちは…。
「まあな。人類のヤツらの記念日だ、って時もケーキは出てこなかったし…」
餌が料理になってただけだな、ケーキは無しでな。
自分たちはケーキを食ってただろうに、猫用のケーキくらいは寄越してくれても…。
「前のぼく、相当に悲惨だったのかも…」
猫用のケーキも食べられなくって、餌と水だけ。
アルタミラから脱出した後も、青い地球が無いから地球産の猫用ケーキも食べられなかったよ。
今じゃこだわりの猫用ケーキが売られているのに、最高級品の鴨や牛のもあるのに。
ミーシャだって、ハーレイのお母さんに特製の猫用ケーキを作って貰ったかもしれないのに…。
「俺も同じだと言った筈だぞ、その辺はな」
それに、前のお前が食い物で悲惨な思いをした分、今のお前は恵まれてるぞ。
今度のお前が食っているもの、何もかも全部、地球産だろうが。
毎日の飯も、おやつも、全部。
何から何まで地球で作られた食い物ばかりだと思うがな…?
「そうだけど…。そうなんだけど…」
恵まれてることは分かってるけど、猫用のケーキ。
今のぼくだって凄いと思うよ、素材にこだわっているんだよ?
最高級品の牛のミンチや、鴨のレバーで出来てるケーキ。あんなの、普段に食べられないよ。
それが猫用ケーキなんだよ、「お誕生日に、御褒美に、おやつに」って書いてあったよ。
普段のおやつに食べてるんだよ、こだわりの素材の猫用ケーキ。
猫に負けたよ、ぼくのおやつ。
今のぼくのおやつだって猫に負けちゃってるよ…!
「おい、落ち着け。お前、きちんと記事を読んだか?」
ああいうのは基本的に記念日用のケーキさ、猫用ケーキも人間様のケーキも基本は変わらん。
まずは誕生日で、それから御褒美。気が向いた時に、たまにおやつってトコだ。
猫用ケーキが売られてはいても、毎日食ってはいない筈だぞ。
そういう点では、お母さんがケーキを焼いてくれるお前。
わざわざ買いに出掛けなくっても、しょっちゅうケーキを食ってるだろうが。
今のお前は猫に勝てるさ、ケーキを食ってる回数でな。
「ホント?」
「本当だ。鴨のレバーだの牛のミンチのヤツはともかく、ケーキ勝負ならお前の勝ちだ」
「良かった…!」
前のぼくは猫に負けても仕方ないけど、今のぼくも負けたと思っちゃってた。
ママのケーキは美味しいけれども、最高級品を毎日食べてる猫にはとっても敵わないよ、って。
「ふうむ…。おやつで猫に負けたと思って悲しかった、と」
そんなに猫用ケーキが羨ましかったと言うんだったら。
負けたと思って見ていたんなら、誕生日に、御褒美に、おやつに、ってヤツ。
俺がお前にケーキを作ってやるとするかな、うんと素材にこだわって。
「ハーレイ、ケーキを焼いてくれるの?」
いつなの、ぼくの誕生日とか?
それともおやつに持って来てくれるの、お土産に?
「こら、俺の手料理はお前の家には持って来られないと言ってるだろうが」
ケーキも同じだ、料理と言えないこともないしな。
だから、お前と結婚した後だ。ケーキを作るのはそれからだな。
「そんなに先?」
「待つだけの価値は充分あるだろ、俺の手作りケーキだぞ?」
御褒美はともかく、おやつに幾つも。もちろん誕生日のケーキも欠かせないってな。
その頃に俺が覚えていたなら、いろんなケーキを猫用レシピで。
「ええっ!?」
ハーレイのケーキ、猫用だったの!?
ぼくに作ってくれるケーキは猫用ケーキ…?
「冗談だ。お前がやたら猫用ケーキを連発するから、冗談で言ってみただけだ」
いくら俺でもお前に猫用ケーキは作らん。ミーシャにだったら作ってやるが…。そのミーシャもとっくの昔にいなくなっちまって長いからなあ、猫用ケーキのレシピなんぞは知らないさ。
というわけでな、俺のレシピは人間様用のケーキに限られてるってな。
うんと美味いのを作ってやるから楽しみにしとけ。
フレッシュクリームたっぷりのケーキも、ムースケーキも、いくらでもな。
「うんっ!」
楽しみにしてるよ、ハーレイのケーキ。
結婚したらおやつに食べられるんだね、ハーレイが作ってくれたのを…!
(ふふっ、いつかはハーレイのケーキ…)
どんなケーキが得意なのかな、パウンドケーキはお母さんの味にならないらしいけど。
ぼくのママが作るパウンドケーキがお母さんの味と同じ味だって聞いているから、ママに習ってぼくが焼こうと思ってる。ハーレイのお母さんの「おふくろの味」っていうヤツを。
パウンドケーキはぼくの係で、他のケーキはハーレイが作る。いろんなケーキを沢山、沢山。
(ぼくのおやつをハーレイが作ってくれるんだよ)
誕生日のケーキも、記念日のケーキも、きっとハーレイが作るんだろう。
今から楽しみ、ハーレイのケーキ。
「冗談だ」って言っていたけど、猫用ケーキでもかまわない。
だって、ハーレイが作るケーキは愛情たっぷりに決まっているから。
「ミーシャの猫用ケーキのレシピで作ってみたぞ」って出して来たって、気にしない。
ぼくのために、ってハーレイが作ってくれたケーキだから、ぼくは美味しく食べるんだ。
「ホントに食うのか?」って呆れられても、きっと幸せ、きっと美味しい。
ハーレイが作ってくれたケーキは愛情たっぷり、愛がたっぷり。
美味しいケーキに決まっているんだ、ミーシャの猫用レシピで作ったケーキでも。
煮干しパウダーがたっぷり入ったスポンジで出来たケーキでも、きっと…。
猫用のケーキ・了
※今の時代は、猫用のケーキもある時代。前のブルーよりも恵まれた暮らしをしている猫たち。
「負けた」と思ったブルーですけど、ハーレイが作ってくれるのなら猫用ケーキも歓迎。
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