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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

飛べない空

(今は飛ぶのに資格が要るんだ…)
 ブルーは小さな溜息をついた。
 学校から帰って、母が用意してくれたおやつを食べて。何か面白い特集でも載っていないか、と広げた新聞にあった記事。飛行可能な場所の案内、写真も多数。
 今の時代はタイプ・ブルーも珍しくはなくて、飛行能力を持つ者も多い。しかし市街地などでの飛行は禁止で、許可された場所でのみ可能な一種のレジャー。
 休日は空を飛んで過ごそう、という人を狙った特集記事だが、今のブルーには無縁に等しい。
(ぼくは空なんか飛べないものね…)
 それでもいつかは、と心に決めていることでもあるから、記事を読んでみた。
 いつか自分が空へと飛び立つ日の参考にと、何処で飛ぼうか決める時のための参考に、と。青い海を見ながら飛べる場所やら、何処までも広がる草原や森や。
 どれもいいな、と胸を膨らませて読み進めていたら、最後に資格の案内情報。
(こんなのが必要だっただなんて…)
 知らなかった、とブルーは資格についての解説を読み返しながら暗澹たる気分になっていた。



 自分が一人で飛ぶだけだったら、今の時代も資格は要らない。
 それは個々人の能力なのだし、ジョギングをするのに何の資格も要らないのと同じ。マラソンをしようというほどの人も走ってはいるが、家の近所だけを走って終わりの人も大勢。
 要は自分で責任を持て、というだけのことで、飛ぶ距離も高さも問われはしないし、資格だって取れと言われはしない。
 けれども誰かを連れて飛ぶなら、要るらしい資格。そのための資格の案内情報。
 タイプ・ブルーではない他の誰かを、飛べない人を連れて飛ぶなら要る資格。
(色々あるんだ…)
 空を飛んでみたい人のために、と遊覧飛行を手掛ける場合は最上級。観光業の一種になるから、厳しい審査が必要らしい。飛行能力の方はもちろん、コミュニケーション能力なども。
(お客さんと息が合わないから、って断っていたら仕事にならないものね)
 どんな顧客とも息を合わせて、空の旅を案内出来てこそ。最上級というのも分かる。
 逆に一番簡単な資格は、自分よりも遥かに小さくて軽い子供と飛ぶ時。観光目的の飛行と違って保護者としての飛行、親が自分の子供と飛ぶ時。あるいは年下の兄弟を連れての空の旅。



(でも…)
 自分よりも体重の重い誰かを連れて飛ぶには、それなりの資格。
 家族と飛ぼう、と思い立っても必要な資格。しかも何段階かに分けられていた。
 体重の差の大きさに合わせて決まるそれ。
 僅かな違いなら、まだ取りやすいようなのだけれど、差が広がるほど難易度は上がる。
(ぼくがハーレイを連れて飛ぶには…)
 一番簡単な資格というわけにはいかないらしい。
 ハーレイは小さな子供ではないし、親が自分の子を連れて飛ぶ資格は当てはまらない。それより上の資格が必要、体重の差に応じて取得しなければいけない資格が必要。
(何キロくらい違うんだろう?)
 前に体重の話をしたことがあるが、ハーレイの体重は訊き出せなかった。
 だから正確な数値は分からず、どのランクの資格が必要なのかも分からないけれど。
(十キロや二十キロではないよね…)
 かてて加えて、飛行能力を持つ方の体重や体格も考慮の対象、前の自分と同じ背丈まで育ったとしても資格取得へのハードルはかなり高そうだ。他の誰かと飛べる資格の初級ではない。
(何段階目になっちゃうんだろう?)
 中級でいいのか、それよりも上を要求されるのか。
 資格無しで飛んでいる人も多いと記事にはあったが、個人的な飛行なら資格無しだと発覚しても注意で済むと書いてはあったが、今の自分には無資格で飛ぶ度胸など無い。
 サイオンの扱いがとことん不器用、ろくに思念も紡げないようなレベルだから。
 もしもハーレイを連れて飛ぶなら、ハーレイの命を預かるからには、きちんと資格。これだけの能力を持っています、というお墨付きなるものを貰っておきたい。



(だけど取れない…)
 取れそうもない、と記事を眺めて溜息をついた。
 資格取得への案内なども書かれてはいたが、今の自分には絵に描いた餅。欲しい資格を取ろうという以前に、自分一人でも飛べないのだから。
 こんな案内は役に立たない、と新聞を閉じて部屋へと戻った。キッチンの母にカップやおやつの皿を返して、「御馳走様」と御礼を言って。
 階段をトントンと上りながらも出てくる溜息。
 今の自分はこの高ささえも飛んではゆけない。二階へ上がるには階段と自分の足が必要。
 前の自分なら、二階どころか星から星へも軽々と飛んでゆけたのに…。



 部屋に入って、勉強机の前に座って頬杖をついた。
 机に飾ったフォトフレームの中、笑顔のハーレイと、その左腕に抱き付いた自分。
 大好きなハーレイと空を飛べたら、と思うけれども、それが出来ない情けない自分。
(ぼく一人だって飛べないんだもの…)
 二階の高さまで飛べないどころか、ほんの少ししか浮けない自分は空など飛べない。ハーレイを連れて飛べる資格など夢のまた夢、どうにもこうにも手が届かない。
(資格だなんて…)
 酷い、と涙が出そうだけれども、それが現実。今の世の中、資格が必要。
(ぼくだけが飛ぶのも難しいんだよ…)
 前にハーレイと一緒に見上げた、天使の梯子。
 庭で一番大きな木の下のテーブルと椅子に居た時、それが雲間から射して来た。光の道のように見える光で、天使の梯子と呼ぶのだとハーレイに教えて貰った。
 その中を飛んでゆくブルーが見たい、と言ったハーレイ。
 「お前ならさぞかし綺麗に飛ぶんだろうな」と、「きっと天使のようだろうな」と。
 けれども今の自分は飛べない。
 そんな姿をハーレイに見せてはあげられないから、飛べないのだと白状した。
 ハーレイは酷く驚いたけれど、それで終わりにはしなかった。



(プールで教えてくれるって…)
 空を飛ぶためのコツを、プールで。
 今のハーレイは水泳が得意で、プールは馴染みの世界だから。
 浮力がある水の世界で何度も泳いで勘を取り戻せばいいと言われた。前の自分が自由自在に空を駆けていた感覚を。そのための努力を惜しみはしないと。
(でも…)
 そうやってハーレイが協力してくれ、勘が戻っても飛べるのは自分だけだろう。
 自分が一人で天使の梯子を昇る姿を見せるのが精一杯だろう。
(ハーレイを連れて飛ぶ方は…)
 一緒に練習をすることは出来ない。ハーレイに教わるわけにはいかない。
 プールの中ではハーレイの大きな身体も水の浮力で軽くなるから。
 軽々と抱えられるハーレイを連れて泳げるようになった所で意味が無い。その技を空に持っては行けない。空ではハーレイは元の重さに戻るのだから。



(ハーレイと飛べるような資格を取るには…)
 さっき読んだ記事にも書いてあった。
 自分が取りたい資格に応じて、決められた重さの袋を抱えて空を飛ぶとか、そういうことから。
 専門の施設で訓練を積んで、その後で受ける認定試験。
 遊覧飛行の観光業を、というのでなければ筆記試験は無いのだけれど。
 実技試験だけで済むのだけれども、ハーレイを連れて飛びたいのならばきっと、重量だって…。
(うんと重たい袋を抱えて飛ぶんだよ、きっと)
 安全のための資格なのだし、ハーレイの体重よりも思い袋を持つ必要があるのだろう。何事にも余裕が欠かせないから、ハーレイの体重にプラスアルファの何キロか、あるいは何十キロか。
 それほどの重さの袋を抱えて何度も練習、更に実技試験。
 危うい技を披露したなら、容赦なく落とされてしまうと思う。ほんの一回、よろめいただけで。宙で一瞬バランスを崩してしまっただけで、「不合格です」と容赦なく。
(ぼくの力じゃ通りそうにないよ…)
 まるで無理だ、と試験官の厳しさを思い浮かべて泣きたくなった。
 何十回と挑んでみたって、不合格。
 試験会場へと通い詰める内に常連になって、「また落ちに来た」と笑われるのかも…。



 こんなことなら。
 資格が取れなくてハーレイと飛ぶことが出来ないのならば。
(…ハーレイと飛んでおけば良かった…)
 そうすれば良かった、とブルーはフォトフレームの中の笑顔のハーレイを見詰めた。
 今のこの笑顔のハーレイではなく、前のハーレイ。同じ笑顔でもキャプテン・ハーレイ。
 前の生でハーレイと二人で飛んでおけば、と。
 ハーレイと飛んで、思い出を作っておくべきだったと。
(前のぼくなら簡単だったし…)
 何処へでも自由に飛んでゆけた自分。
 シャングリラの外を、雲の海の中も青空の下も、自在に飛べたソルジャー・ブルー。
 資格だって要りはしなかった。
 そんな資格がいつか出来ると思うことさえ全く無かった。
(あの頃のぼくなら…)
 シールドの中にハーレイを入れて、シャボン玉に包まれたように浮かんで飛ぶことも出来た。
 もちろんハーレイを抱えても飛べた。
 風を受けながら飛ぶのも、シールドで遮って快適に飛ぶのも、それこそハーレイの好み次第で。



(どうせだったら…)
 同じ飛ぶのならば、二人並んで手を繋いでの遊覧飛行。
 今の資格でも難しいという、最難関の試験に通ってやっと可能な並んでの飛行。
 ハーレイの身体をサイオンで支え、自分と同じ高さに浮かせて手を繋ぎ合って飛んでゆく。同じ景色を下に見ながら、互いに微笑み交わしながら。
 そうやって飛んでおけば良かった。前の生で二人で飛べば良かった。
(宇宙だって二人で飛べたのに…)
 真空の宇宙空間でさえも。
 ハーレイと二人、いくらでも飛べた。二人、手を繋いで、暗い宇宙でも。
 そこまでの力を持っていたくせに、一度も飛ばずに終わってしまった。
 ハーレイと飛ぼうと思い付きさえしなかった。
 ただの一度も、本当にただの一度でさえも。



 最初の間は親しい友達というだけだったから。
 思い付かなくても仕方ないとは思うけれども、それよりも後。
(恋人同士になってからでも、そういう時間は取れたのに…)
 とうにアルテメシアに着いてはいたけれど、シャングリラをこっそり抜け出して。
 雲海を突き抜け、その上の宇宙に行くことも出来た。宇宙だって飛べた。
(ハーレイ、夜には暇だったものね)
 殆どの夜を青の間で共に過ごしていたほど、でなければブルーがハーレイの部屋へ。
 キャプテンだったハーレイの仕事に夜勤などは無く、夜を徹してのメンテナンスの時くらいしか夜間に呼び出しはかからなかった。ブリッジに出てゆく仕事は無かった。
 だから夜なら、夜の間なら何処へでも行けた。
 瞬く星々を眺めながらの雲海の上の遊覧飛行も、星が瞬かない宇宙空間を飛んでゆくことも。



(それに昼間だって…)
 昼であっても、ハーレイがブリッジを抜けられたなら。
 「休憩してくる」と一時間ばかり、ブリッジを離れることが出来たなら。
(そういうことだって、よくあったしね?)
 食事時間とは別に、休息のためにと設けられた時間。「今は休憩中ですから」と青の間にも顔を出したりしていた。そうした時にはお茶を飲んだり、ボードゲームをしたこともあった。
 ハーレイの休憩時間中であれば、充分に二人で外へ出られた。空を飛ぶために出掛けられた。
(ぼくたちが空を飛んでいることくらい、誤魔化せた筈…)
 シャングリラの者たちも、人類の方も。
 きっと二人で心ゆくまで空の散歩を楽しめた。青い海の上を、白い雲の上を二人で飛べた。気が向けばそのまま宇宙へまでも。
 足の向くまま、気の向くままにハーレイと空を飛べたというのに、どうして飛ばなかったのか。飛ぼうとさえ思いもしなかったのか。
 何故、と自分に問い掛ける内に、遠い記憶が答えを返した。
 飛べるわけがないと、飛ぼうと思い付きさえしないと。



(前のぼくはレジャーで飛んでたわけじゃないから…)
 そうだったのだ、と思い当たった。
 人が皆、ミュウとなった今では飛ぶことはレジャーの一つだけれど。
 自分の飛行の技を楽しむ愛好家だとか、遊覧飛行を手掛ける飛行のプロだとか。空を舞う理由は様々だけども、空を飛ぶこと自体はレジャー。趣味であったり、遊覧飛行をしてみたり。
 そんな時代に生まれて来たから、ハーレイと飛んでみたいと思った。高い空の上を。雲の上を。
 けれども、前の自分は違った。
 人類に発見された仲間を救い出すために、あるいは救出を手伝うためにと空を飛んでいた。遊びではなくて、ソルジャーの役目。ソルジャーの仕事。
 それではハーレイを連れて飛ぼうと思うわけがない。飛ぶことは仕事だったのだから。
 けれど…。



(気持ちいいとは思ってたんだよ)
 雲を、風を切って飛び立った時は。シャングリラを離れて駆けてゆく時は。
 マントを靡かせ、真っ直ぐに飛んでゆくのだけれども、空の旅には違いなかった。目的地に敵が潜んでいようと、人類軍の監視を躱しながらの旅であろうと。
 時には光の、天使の梯子を見ながらの飛行。
 雲海の上を飛んでゆく時も、果てしなく広がる白い雲の海に見惚れていた。雲の峰を越え、綿のような雲を眺めては雪原のようだと、眩く白い海だと思った。
 その雲海が途切れれば、ほわりと羊を思わせる雲が現れる。何匹もの羊が、雲の羊が。
 空に遊ぶ羊の群れの下には真っ青な海。でなければ陸地。
 人類が住む都市を美しいとは思わなかったが、人が住まない部分の陸地は好きだった。青い水の星を模して作られた、テラフォーミングされた野原や、山や。
 それらの上を飛んでゆく時、心は遥か地球へと飛んだ。
 地球の大地もこうであろうかと、地球の七割を覆うという海もこんなだろうかと。
 雲海に潜むシャングリラからは見えなかった景色。それを肉眼で見られる場所が空だった。空を飛んでゆく時だった。
 だから…。
(ハーレイ、飛びたくなかったのかな…?)
 肉眼で海を、大地を見たいとハーレイは思わなかったのだろうか。
 その上を自在に飛んでみたいと、鳥のように何処までも青い空の上を。
 シャングリラの船体に描かれた自由の翼。それを背中につけてみたいと、空を飛びたいと。



(どうだったんだろう…?)
 ハーレイは飛びたかったのか。青い空を飛びたいと思ったろうか?
 一度も聞いたことがない。
 それを夢見たことがあるとも、飛べればいいのにという言葉さえも。
(ハーレイ、飛んでみたかった…?)
 どうなのだろう、と思いを巡らせていたらチャイムが鳴った。窓辺に駆け寄れば、門扉の側から手を振るハーレイ。今、考えていたばかりのハーレイ。
 これはチャンスだ、と思ったから。
 母に案内されたハーレイが部屋に腰を落ち着けるなり、ブルーは早速、問いをぶつけた。



「ハーレイ、空を飛びたかった?」
「はあ?」
 鳶色の瞳が丸くなったが、構わず重ねて問い掛ける。
「前のハーレイだよ、キャプテン・ハーレイだった頃だよ」
 ぼくは全く飛べないけれども、前のぼくは空を飛んでいたから…。
 前のハーレイ、ぼくが飛ぶのを見て、空を飛びたいと思ったりした?
 あんな風に空を飛んでみたいと、飛べたらいいなと思わなかった?
「いや。俺の力じゃ飛べないしな」
 飛んでみたいとも思わなかったな、落ちるに決まっているからな。そんな力は無いんだから。
「そうじゃなくって、ぼくと一緒に。ぼくの力で飛ぶんだよ」
 ぼくのサイオンでハーレイをしっかり支えて、二人一緒に。
 空でも宇宙でも飛べただろうけど、飛んでみたいと考えたことは一度も無いの?
「前のお前と一緒に、か…。思い付きさえしなかったなあ…」
 飛びたいと思ったことすら無いな。前のお前の力を使って、一緒に空を飛ぼうだなんて。
「そうなの?」
 面白そうだとか、やってみたいとか、ホントに一度も考えなかった?
「そういう発想、俺には全く無かったな」
 前のお前は目的があって飛んでいたわけで、遊びではないし。
 ブリッジでお前が飛んでゆく姿をモニターしながら、大変そうだと思っていたな。
 無事に戻って来られるように、と祈ってもいた。
 お前だったら大丈夫なんだと分かってはいても、いつも祈って見ていたもんだ。
 それが日常だったんだからな、お前と一緒に物見遊山で飛ぼうだなんて一度も思いやしないさ。



「それはそうだったかもしれないけれど…」
 前のぼくだって一度も考え付かなかったから、前のハーレイを誘わなかったんだけれど。
 だけど、空を飛んでゆくことは好きだった。
 気持ち良かったんだよ、空を飛ぶこと。雲の上や海の上を飛んでゆくことは。
「俺には想像もつかん世界だが、そういうものか?」
 自分の身体だけで空を飛ぶこと、そんなに気持ちのいいものなのか?
「うん。今のぼくは全く飛べないけどね」
 でもね、ホントに気持ちいいんだ、空を飛ぶのは。
 ハーレイを連れて飛びたいけれども、今じゃ資格が要るみたいだし…。
 誰かを連れて空を飛ぶには、資格が必要なんだって。ぼくがハーレイを連れて飛ぶには、初級の資格じゃ無理なんだよ。ハーレイ、ぼくよりもずっと大きくて重たいから。
 資格無しで飛んでる人も多いらしいけど、ぼくは資格が欲しいんだ。ハーレイの命を預かるわけでしょ、資格無しでなんてやりたくないよ。
 でも…。空を飛ぶコツはハーレイにプールで習えるけれども、資格の方は…。
 重たい袋を持って飛ぶとか、そういう試験があるみたいだから、プールじゃ練習するのは無理。
 水の中だと何でも重さが減ってしまうし、ハーレイからコツを教われないよ。
 資格を取るための試験に行っても、ぼく、受かりそうにないんだよ…。



「試験って…。お前、本気で飛ぶつもりなのか?」
 このくらいしか飛べないと言っていなかったか、とハーレイは床からの高さを手で示した。今のブルーが辛うじて浮き上がれるだけの高さを、ほんの数十センチの高さを。
「そうだけど…。ハーレイ、見たいと言ったでしょ?」
 ぼくが飛ぶ姿を見てみたいって。
 天使の梯子を昇っていったら似合うだろうな、ってハーレイ、ぼくに言ったじゃない。
 飛ぶためのコツも教えてやれると、どうすれば浮くかの勘を取り戻しにプールへ行こう、って。
「確かに言ったが…。そのくらいは出来るし、付き合ってやるとも言ったんだが…」
 お前が飛んでゆく姿も見たいが、無理はしなくていいんだぞ?
 飛びたいのならば、お前が一人で飛べる分だけで充分だ。
 俺を連れて一緒に飛ぶ所までは頑張らなくてもいいんだからな。
 重たい袋を持って飛ぶとか、そんな練習、しなくていいんだ。
 俺と一緒に飛ぶための資格が必要だから、と無茶な練習をすることはない。受けるだけで貰える資格だったら止めはしないが、その資格、そうじゃないんだろうが。
 いいか、飛ぶだけのために頑張り過ぎるな。
 今のお前は飛べないんだし、そのままでも困りはしないんだからな。



 前のお前はメギドまで飛んでしまったのだから、とハーレイは言った。
 頑張り過ぎたと、飛び過ぎたのだと。
「お前は後悔してないと言うし、お前がメギドを沈めなかったら今の平和も無かったんだが…」
 それでも俺は頑張り過ぎだと思っている。お前が一人で飛んで行くことはなかったのに、と。
 ジョミーも一緒に行っていたなら、メギドを沈めて二人で帰って来られただろうが。
 前のお前がそうしなかった理由、分かっちゃいるが…。
 俺にしてみれば、メギドまで一人で飛べる自信があったからこその無茶にも思えちまうんだ。
「それは考えすぎだよ、ハーレイ」
「分かってはいると言っただろう。分かってはいても、そう思うんだ。だから…」
 だから、とハーレイはブルーを見詰めた。
 今度は出来れば飛んで欲しくないと、飛ぶのならば自分のためだけに、と。
 難しい資格など取ろうとしないで、一人で自由に飛んでいればいいと。



「でも、ハーレイと遊覧飛行…」
 せっかく青い地球の上に生まれ変わって来たんだもの。
 ハーレイと一緒に飛んでみたいよ、空を飛ぶことがどんなに素敵か、気持ちいいのかハーレイに教えてあげたいんだよ。
 地球の空を飛んで、白い雲とか青い海とか、いろんな景色を下に見ながら。
 もっと飛べるよと、もっと行こうと何処までも飛んで行きたいんだよ。
 飛ぶための許可が下りてる所しか飛べなくっても、その範囲で一番遠い所まで二人一緒に。
「おいおい…。前の俺たちでも飛んでないんだ、飛べないお前がやらなくてもいい」
 そのためには資格が要るんだろ?
 前のお前だったらフラリと出掛けて取れそうな資格、今のお前には難関なんだろ?
 お前一人が飛ぶだけだったら資格は要らんし、俺でもコツを教えてやれると言っただろうが。
 飛ぶならそこまでだけにしておけ、今のお前にはそれが似合いだ。
 それにだ、無理をして資格を取ってまで飛ぼうとしなくても…。



 二人で飛ぶなら方法は他にもちゃんとあるのさ、とハーレイは微笑む。
 ブルーの力を使わなくても、風を感じながら空へ舞い上がり、地上を眺める方法が。
「お前、気球を知らないか? あれに乗ったら簡単じゃないか」
 何もしなくても高く昇るし、風だって吹いてくるってな。地上も眺め放題だぞ。
「そっか、本物の遊覧飛行…!」
 タイプ・ブルーの人に連れてって貰わなくても、遊覧飛行は出来るんだね。
 気球だったら観光地とかに行けば沢山飛んでるんだし、申し込んだら乗れるんだよね…。
「そうさ、お前が必死に頑張らなくてもな」
 あっちの方が飛行可能な範囲も広いぞ、なにしろ普通の乗り物だからな。
 タイプ・ブルーでなくても操縦出来るし、注文次第で色々なコースを飛んでくれるし…。
 愛好家なんかは地球を一周したりもするだろ、気球だけで?
 もちろん補給に降りたりはするが、風任せで地球を一周なんだぞ。
 何日くらいかかるんだったか、気球で地球を一周する旅。
 SD体制が始まるよりもずうっと昔の時代には冒険だったらしいが、今じゃレジャーだ。大勢の人が一周してるさ、気球に乗って青い地球をな。



 今の俺たちにはそういう空の旅がピッタリだろう、とハーレイが片目を瞑ってみせる。
 それも地球を一周ではなく、思い立った時に気球に乗れる所に出掛けて遊覧飛行。地球を一周というほどになれば大変だけれど、ただの観光なら何も要らない。資格も、積み込む食料なども。
「コース設定とかも頼めるらしいぞ、そして地上から遠隔操作で操縦なのさ」
 操縦士なんかは要らないわけだな、乗客だけで。
 俺とお前が二人きりで乗って、行きたい所へ連れてって貰えるという勘定だ。お前が無理なんか何もしなくても、俺たちは空を飛べるってわけだ。
 そんなのでどうだ?
 この地球でのんびりと生きて行くなら似合いの空の旅だと思うがな。
 今のお前は英雄じゃないし、頑張って自分で飛ばなくてもな。
「そうだね、今のハーレイもぼくも、ソルジャーでもキャプテンでもないんだものね」
「うむ。ただの教師と生徒だな。…いや、気球の旅をしようって頃には元生徒か」
「ふふっ、そうだね。元生徒だね」
 生徒のままだとハーレイと結婚出来ないものね。もちろんデートも出来ないし…。
 ハーレイと遊覧飛行に行くなら、ぼくは学校、卒業してるね。
「そういうことだな、ついでに俺の嫁さんだろうな」
 大事な嫁さんに無茶は言えんさ、一緒に遊覧飛行をするから資格を取って来いとはな。
 嫁さんが趣味で飛んでみたいと言うなら、飛び方のコツを教えてやるのは俺の仕事の一つだが。
 それ以上のことはしろとも言わんし、して欲しいとも思わんなあ…。
 さっきも言ったが、前のお前は本当に飛び過ぎちまったんだからな。



 今度のお前がやるとしたなら出来る範囲のことでいいのさ、とハーレイは笑う。
 生き方も、それに遊び方も。
 二人で空の旅がしたいと頑張って飛ぼうとしなくてもいいと。
「いいな、飛びたいのなら一人で飛ぶだけの力があればいいんだ、それ以上は要らん」
 資格だの、それを取るための練習などと…。
 俺と二人で飛びたいだなんて言って、無茶をされるのは勘弁だ。お前、身体が弱いんだからな。
 二人で一緒に飛ぶなら気球だ、お前が行きたいと思う所で二人で気球に乗ろうじゃないか。
 操縦士は乗せずに、遠隔操作をしてくれる気球。
 そいつならホントに二人きりだろ、お前の力なんかを使わなくても空の上でな。
「うん…。うん、ハーレイ…」
 ぼくの力が無くても飛べるね、気球だったら。
 宇宙空間までは流石に出掛けて行けないけれども、地球の景色はちゃんと空から見られるね。
 真っ白な雲も、真っ青な海も。
 何処までも広がる森も草原も、なんでも二人で見に行けるんだね…。



 いつか二人で気球に乗ろう、と小指を絡め合わせて約束をした。
 貸し切りの気球で空の旅だと、二人で空を飛びに行こうと。
 今の時代には資格が要るという、ハーレイを連れての空の旅。飛ぶための資格が必要な旅。
(ぼくには取れそうもないんだけれど…)
 資格は無理だし、飛ぶ方だって危ういものだと落ち込みそうだったブルーだけれど。
 飛べないのならば、ハーレイと二人、気球に乗ってゆけばいい。
 此処を飛びたいと思った場所で気球に乗り込み、操縦士は抜きで二人きり。
 海の上でも雲の上でも、望み通りに飛んでゆく気球。飛びたい所を飛んでくれる気球。
(サイオンも要らないし、お弁当だって持って行けるよね)
 気球の籠にお弁当や飲み物、二人分を積んで舞い上がる。
 前の自分たちには出来なかったレジャー。遊びでは飛べなかった空。
 その空へ舞い上がる気球に任せて、二人でゆったり空の旅を。
 青い地球の空を、吹いてゆく風を肌で感じて。
 ハーレイと二人、のんびりと景色を楽しませてくれる頼もしい素敵な気球に乗って…。




          飛べない空・了

※今のブルーは飛べない空。その上、飛ぶのに資格が必要な時代になっているようです。
 けれど、ハーレイと飛ぶのだったら、気球という手段が。のんびり遊覧飛行も素敵ですよね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






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