シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
除夜の鐘も初詣も三が日も済み、冬休みも残り数日ですが。私たちは今日ものんびりまったり、会長さんの家で過ごしていました。お正月っぽい料理も飽きる頃だと今日のお昼は牡蠣とホウレンソウのグラタンなどなど。美味しく食べつつ、ワイワイガヤガヤ。
「教頭先生、今年もおせちを沢山用意してたとか?」
ジョミー君の問いに、会長さんが。
「決まってるだろう、用意してない筈がない。和洋中とドッサリ揃えていたよ」
「そうか、今年も無駄になったか…」
申し訳ないことをしたな、とキース君。教頭先生は私たちが年始回りに出掛けることを見越して例年、おせちを用意していらっしゃいます。役に立つ年もあればハズレ年あり、ハズレの年が圧倒的に多め。
「別に無駄にはなってないからいいじゃないか」
今年もしっかり有効活用、と会長さんに罪の意識は全く無し。私たちが行かなかった年のおせちはシャングリラ号のクルーに振る舞われると聞いています。シャングリラ号自体は宇宙でお正月を迎えてますから、交代要員で地球にいる現役クルーの皆さん用で…。
「いいかい、おせちの大盤振る舞いでハーレイの人気は高いんだよ? 問題ない、ない」
「そうだろうか…」
「そうだってば! おせちが残らなかった年には不名誉な噂も立っているしね」
金欠だということになるのだ、と会長さんは冷たい笑み。
「豪華おせちのパーティー無しだろ、そういう噂が立って当然! 新年早々麻雀で大負けしたとか、年末から負けが込んでいるとか、ロクなことにはならないんだってば」
ゆえに今年は名誉な年になったであろう、という話。そういうことなら別にいいかな…、と笑い合っていたら。
「新年早々、楽しそうだねえ…」
「「「!!?」」」
いきなり背後で聞こえた声。もしや、この声は…!
揃ってバッと振り返った先で優雅に翻る紫のマント。来たか、と思うよりも先に挨拶が。
「えーっと、あけましておめでとうかな?」
今年もよろしく、と出ました、ソルジャー。平和な冬休みは終わったかな…?
新年の挨拶をされたからには返すのが礼儀。仕方なく「あけましておめでとうございます」と返せば、「ハーレイからも今年もよろしく、って」とソルジャーからの伝言が。
「ハーレイは今日はちょっと抜けられなくってねえ…」
「今日はパーティーでも何でもないから!」
来なくていい、と会長さん。けれどソルジャーは澄ました顔で。
「用が用だし、ハーレイも居た方が良かったと言うか、居るべきというか…」
「「「は?」」」
「その前に、ぼくも昼御飯!」
其処のグラタンとか…、という注文に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンへと。おかわり用だったらしいグラタンが間もなく焼き上がり、スープなども出て来てソルジャーは早速パクパクと。
「うん、美味しい! ニューイヤーのパーティーでも色々食べたけれども、やっぱり地球には敵わないねえ…」
「それで用事って何なのさ?」
会長さんが訊くと「食べてから!」という返事。まずは食事が優先なのか、と私たちも食事を続行しました。食卓の話題はソルジャーの世界のニューイヤーパーティーやら、私たちの年末年始やら。和やかに食べて話している内に用事などすっかり忘れ果ててしまい…。
「「「御馳走様でしたー!」」」
美味しかったあ! と合掌すれば、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパパッと手早くお片付け。リビングに移動し、食後のお茶を兼ねた飲み物とお菓子なんかがテーブルに。
「かみお~ん♪ ブルーもゆっくりしていってね!」
「うん、もちろん。最初からそのつもりだしね、ぼくは」
それにササッと済むような用でもないし…、と言われて思い出した用件とやら。
「ちょ、ちょっと待って。ホントに用があったのかい?」
言葉の綾ってヤツじゃなくて、と会長さんが尋ねると「そうだけど?」という返事。
「ちゃんと言ったよ、ハーレイからもよろしくと!」
「何なのさ、それ!」
「これ!」
ドンッ! とテーブルの上に置かれたバスケット。そういえば来た時に提げてたような…?
リビングのテーブルに籐製のバスケット。ソルジャーの持ち物にしては変ですけれども、現れた時に持っていたのをチラッと見かけた気がします。食事中は床に置いていたのか、はたまた先にリビング辺りに瞬間移動で飛ばしたか。
どちらにしても一瞬しか目にしなかった筈のバスケットがしっかり、ドッカリ。小さな子供が提げると丁度くらいのサイズの品で、お菓子なんかも詰めて売られるサイズです。キャプテンからも「よろしく」だったらお遣い物の一種でしょうか?
「えーっと…。これが何か?」
くれるのかい? と会長さんが口にした途端。
「貰ってくれる?」
「えっ?」
「いや、君が貰ってくれるんだったら万事解決、ぼくのハーレイも喜ぶってね」
「なんだって?」
解決って何さ、と会長さん。
「いわゆる貢物だとか? これを貰ったら君たちのために何かしなくちゃいけないとか?」
「うーん…。貢物とは違うんだけど…。まあ、お願いには違いないかな」
「「「お願い?」」」
「そう、お願い」
とにかく見てくれ、とソルジャーはバスケットの留金をパチンと外しました。
「「「………」」」
鬼が出るか蛇が出るか、はたまたオバケか。つづらの中から大量のオバケは『舌切り雀』の欲張り婆さんの末路だったか、と記憶しています。あれは大きなつづらですから、こんな小さなバスケットとなれば宝物を希望なんですが…。
誰もが息を詰めて見守る中で、バスケットの蓋がパカリと開いて。
「要は問題はコレなんだよ」
「「「へ?」」」
なんで、とバスケットの中身に視線が釘付けの私たち。其処にはクッションみたいなものが詰められ、その上にコロンと卵が一個。鶏の卵サイズの青い卵がコロンと一個…。
「ま、まさか、これって…」
「「「ぶるぅの卵?!」」」
会長さんの言葉に続いて叫んだ私たちですが。なんで「ぶるぅ」の卵なんかが?
鶏の卵サイズの青い卵は見慣れたと言うか、お馴染みと言うか。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が得意としている変身技で、新入生歓迎のエッグハントでは必ず化けます。そういった変身技とは別に、六年に一度の孵化イベント。卵に戻ってゼロ歳からやり直すという大切な節目の行事も…。
「えとえと…」
その「そるじゃぁ・ぶるぅ」がバスケットの中身を覗き込んで。
「ぶるぅ、卵になれたっけ?」
「「「さあ…?」」」
そうとしか答えられませんでした。ソルジャーの世界に住む「そるじゃぁ・ぶるぅ」のそっくりさんが「ぶるぅ」です。悪戯小僧の大食漢ですが、卵に化けられるかどうかは知りません。
「ぶるぅ、卵になっちゃったの? こないだ誕生日パーティーしたばかりなのに…」
ねえ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の顔には不安が一杯。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も「ぶるぅ」も誕生日はクリスマスですし、その日あたりにパーティーが恒例。去年の暮れにはクリスマス当日に盛大に祝い、クリスマスイブにもパーティーで盛り上がっていたのですが…。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」は六年に一度卵に戻って、子供にリセット。ちゃんと記憶は引き継ぐくせに、永遠のお子様コースです。卵になってから孵化までの日数は早い時にはたったの一日だったりしますが、「ぶるぅ」の方はどうなのでしょう?
「ねえねえ、ぶるぅは卵になったらどうなるの? いつ出てくるの?」
「さあねえ…? 生憎、ぼくにも分からないねえ…」
実は用とはその件で、とソルジャーは卵を指差しました。
「ニューイヤーのイベントが終わった後でね、青の間で発見したんだよ、これを」
「「「発見?」」」
「いつものコースさ、ぼくの青の間は散らかり放題! 今日あたりお掃除部隊が突入するから、ってハーレイが頑張って片付けをしてて…。ほら、恥ずかしいモノとかが落ちてたら困るし」
大人の時間のアイテムとかね、と悪びれもせずに言われましても。
「そんなモノくらい片付けたまえ!」
みっともない、と怒鳴る会長さん。
「そういうモノをね、散らかしておこうっていう神経が全然分からないけど!」
「え、だって。盛り上がってる最中に片付けるなんて不可能じゃないか」
だから適当にその辺に…、と解説されても困ります。つまりはキャプテン、変なモノがゴミに紛れていないか、頑張って掃除をしてたんですね…?
「早い話がそういうことだよ。でもってコレを見付け出した…、と」
ゴミに紛れて落ちていたのだ、とソルジャーは指で卵をつつきました。
「君はぶるぅが消えていたって気が付かないわけ!?」
「そこまで酷くはないつもりだけど?」
「ゴミに紛れていたんだろう!」
そんな状態になるまで気付かないなんて、と会長さんは怒りを通り越して呆れた様子で。
「保護者失格にも程があるんだよ、これがぶるぅの親だなんて…」
「ぼくとハーレイ、どっちがママかは未だに決着がついてないしね」
親の責任と言われても困る、とソルジャーはいけしゃあしゃあと。
「その辺もあって、こっちの世界に相談に…ね」
「いつ孵化するのか訊きたいとか?」
「えっと…」
「孵化のタイミングは外からじゃ絶対分からないから!」
会長さんの言葉に私たちも揃って頷きました。ずうっと昔に初めて卵に戻った時。クリスマスに孵化させてあげないと、とソルジャーたちまで動員して泊まり込みで見守っていましたけれども、会長さんのお手製の検卵器で覗いても何も分からなかったのです。
「それはぼくだって覚えているよ。中身はぼんやりしていただけで…。何も無いな、と思っていたのに次の日に孵ったんだっけね」
「知ってるんなら、君も黙って待っていたまえ!」
「でもねえ…。ぼくの世界のぶるぅの卵は全く事情が違うものだから」
どうなるんだか、とソルジャー、溜息。
「なにしろ基本が石なんだってば。指先くらいの白い石が変化を遂げて卵になる。だから殻だって石で出来てるし、こっちのぶるぅの卵みたいに光で透かして見られないんだ」
「だけど見かけの問題だけだろ?」
「その後も違う。こっちのぶるぅは孵化する直前も同じサイズのままだよね? ぼくの方のぶるぅは卵がぐんぐん大きくなるから」
最終的にはこのくらい、と示されたサイズは両手で抱えるくらいの大きさ。それはデカイ、と思うと同時に、そこまで育つのに何日かかるか首を捻る羽目に陥りました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」みたいに一日で育つこともあるのか、はたまた何日もかかるのか、どっち…?
「ぶるぅは一年かかったからねえ…」
クリスマスから次のクリスマスまでだ、とソルジャーは卵を指先でチョンチョンと。
「こっちのぶるぅは早けりゃ一日コースだよね?」
「そうだけど…。ぶるぅも最初に生まれて来た時は一年ほどかかったよ、孵化するまでに」
それで「ぶるぅ」は? と会長さん。
「卵に戻ってるって話は聞いたことが無いから、けっこう早いと思うんだけど?」
「早いも何も、一度も卵に戻っていない!」
だから全く分からないのだ、とソルジャーは胸を張りました。
「この卵がどのくらいで孵化するかなんて、ぼくにもハーレイにも全くの謎!」
「だったら、ぼくにも分からないってば!」
訊かれても困る、と会長さん。
「その辺は黙って待つしか無いねえ、孵化するまで。育ってくると言うんだったら、それで大体分からないかい? 孵化しそうな時期」
「面倒なんだよ、温めるのが! こっちのぶるぅは温めなくても孵化するらしいけど、ぼくの方のは…」
「………。温めたんだっけね、君とハーレイが」
それで未だに揉めていたっけか、と会長さんは頭を振って。
「御愁傷様としか言いようがないけど、そういうことなら孵化するまでは温めるんだね」
「ぼくとハーレイの大人の時間はどうなるんだい!?」
「元から気にしていないじゃないか!」
そのせいで凄いのが生まれただろう、と会長さん。「ぶるぅ」はソルジャーとキャプテンが大人の時間を繰り広げるベッドで一年間も温められた挙句に、胎教のせいか物凄い「おませ」。今も平気で大人の時間を覗き見している子供です。
「あんなのが生まれた勢いなんだし、どうせ普段から見られてるんだし? 孵化するまでの間も今までと同じでかまわないだろうと思うけど?」
「ぶるぅだったらそうするよ!」
「「「は?」」」
ソルジャー、なんて言いました? これは「ぶるぅ」の卵なのでは…?
「ぶるぅ」だったら大人の時間もお構いなしがソルジャーの流儀。しかし話が何処か変です。「ぶるぅ」だったらそうするのだ、って、この卵…。
「もしかして…。ぶるぅの卵じゃないのかい、これは?」
会長さんが目を丸くすれば、、ソルジャーは。
「残念ながら…。いくらぼくでも、ぶるぅがいなけりゃ気が付くよ、うん。ニューイヤーのイベント期間中はぶるぅもテンションが上がっているから、悪戯多めで」
シャングリラの何処かで騒ぎが起こる、という話。すると「ぶるぅ」が卵に戻ったとしても、ゴミに埋もれるほどの長い間は放置されないと言うか、流石に探し回るとか…?
「そういうことだね、姿を隠して超ド級の悪戯なんかを計画してたら大変だしね?」
「じゃあ、これは…」
「ズバリ言うなら、第二のぶるぅ!」
「「「ええっ!?」」」
まさかの二個目の「ぶるぅ」の卵? 悪戯小僧が更に増えると…?
「ぶるぅそっくりのが生まれて来るのか、大人しいのが生まれて来るかは謎なんだ。とにかく、ぶるぅの弟か妹が入ってるんだよ、この卵には」
「「「うーん…」」」
想定外としか言えない、この展開。「ぶるぅ」だけでも大概なのに、卵が二個目。「ぶるぅ」のママすら決まってないのに、卵が二個目…。
「どうするんだい、これ…」
一年間温めて孵すんだよね? と会長さんが訊くと、ソルジャーは。
「それで相談に来たんだってば、今後のことで!」
「胎教だったら、君たちのやり方はお勧めしないよ」
ぶるぅが増えるよ、と会長さん。
「弟か妹かは知らないけれども、孵化した後には覗きが二人になると思うね」
「……やっぱり?」
「ぶるぅで身をもって知ってるだろう! 絶対、ああなる!」
「そうなんだ…?」
それは非常に困るのだ、とソルジャーはバスケットの中の卵をチョンとつついて溜息再び。
「君たちにも何度も言っているとおり、ぼくのハーレイは見られていると意気消沈で…」
ぶるぅだけでも大変なのに…、と嘆くんだったら、今度はきちんと対処してみれば?
おませな「ぶるぅ」に悩まされているというソルジャー夫妻。「ぶるぅ」の件で懲りたのであれば、二個目の卵は慎重に温めて孵化させるのがベストでしょう。とんでもない胎教などは論外、身を慎んで温めてやれば「そるじゃぁ・ぶるぅ」みたいな良い子が生まれるかも…。
「禁欲生活あるのみだね」
会長さんがビシッと言い放ちました。
「孵化するまでに一年間なら、一年間! しっかり禁欲、そして良い子を孵化させるんだ」
「…いい子に育ってくれないと困る。困るんだけれど、禁欲も困る」
一年間も我慢できない、とソルジャーの本音。
「ぼくのハーレイだって同じなんだよ、だからよろしくと!」
「何をよろしく?」
温め方ならもう言った、と会長さん。
「君たちだって分かってるんだろ、それしかないっていうことは! 悪戯小僧を増やさないためにはキッチリ禁欲、増えていいなら好きにしたまえ」
「増えるのも禁欲も困るんだよ!」
だけど卵は来てしまったし、とソルジャー、ブツブツ。
「ぼくもハーレイも必死にあれこれ考えたんだよ、最悪、捨てるというのもアリかと」
「捨てるだって!?」
会長さんが叫び、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も真っ青な顔で。
「ダメダメダメ~ッ! 捨てちゃダメだよ、死んじゃうよう!」
「…だろうね、放り出したらね」
だから捨てるのは断念した、とソルジャーはいとも残念そうに。
「捨てるのが一番早いんだけどね、解決策としては」
「殺生の罪はどうかと思うが…」
キース君が呟き、会長さんも。
「感心しないね、捨てるコースは」
「そうだろう? 仕方ないから考えた末に、ちょっといい方法が見付かったわけで」
「それについてぼくに相談したいと?」
「そのとおり!」
話が早い、とソルジャーは嬉しそうですけれど。いい方法とは何なのでしょう?
ゴミの中から発見されたという二個目の「ぶるぅ」の卵とやら。捨ててしまおうとまで考えたらしいソルジャー夫妻が見付けた「いい方法」とは…、と誰もが拳を握っています。相談に来たと言うのですから、場合によってはトバッチリとか、と警戒していれば。
「こっちの世界には居るよね、カッコウ」
「「「格好?」」」
格好をつけて禁欲を装い、その実、裏では…、という流れでしょうか?
「バレバレだろうと思うけどねえ、格好だけつけても君たちの本音は」
胎教を甘く見るんじゃない、と会長さんの厳しい視線。けれど…。
「違う、違う、そっちの格好じゃなくて…。鳥のカッコウ」
「ああ、あれか…」
いるね、と会長さんが頷き、キース君も。
「今の季節は鳴いていないが、俺の家の裏の山でもよく聞く声だな」
「それ、それ! そのカッコウがいいんじゃないかと…」
「どんな風に?」
会長さんの問いに、ソルジャーは。
「カッコウで卵の話なんだよ、分からないかな? ズバリ、托卵!」
「「「托卵?」」」
「カッコウって鳥は自分で卵を孵す代わりに他の鳥の巣に産んで行くんだろう? でもって卵を孵して貰って、世話もさせてさ」
「そうだけど…。って、君はまさか!」
その托卵を、と会長さんがブルブルと震える指で示したバスケット。
「相談と言えば聞こえはいいけど、ぼくたちに卵を預けようとか!?」
「ピンポーン♪」
大正解! と明るい声のソルジャー。
「ハーレイも賛成してくれていてね。それが最高の方法ですね、と」
「だ、誰に托卵…?」
「えっ? ぼくとしては誰でも気にしないけど?」
当番を決めて回してくれても…、とソルジャーはサラリと言ってくれましたが、ぶるぅの卵は回覧板とは違いますから~!
「「「……卵……」」」
どうするんだ、と顔を見合わせる私たち。こんな卵を押し付けられても困ります。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵みたいに孵化が早くて鶏の卵サイズだったら、一万歩譲って回り持ちで世話も出来るでしょうが…。
「これは育つと言ったよね?」
会長さんが確認をすれば、「うん」という返事。
「最終的にはこのくらいだねえ…」
両手で示された大きなサイズに、そんな卵はとても回せないと思いました。バスケットに収まるサイズどころか、登山用のリュックか長期旅行用のバックパックが必要なサイズ。でなければ巨大風呂敷に包んで背中に背負うしかありません。
「順番に回すのは無理だよ、それ…」
ジョミー君が言って、サム君も。
「絶対無理だぜ、そんなデカイの学校に持っては来られねえよ」
「ですよね、会長かぶるぅが瞬間移動で運んでくれるんなら別ですけれど…」
シロエ君の意見に、スウェナちゃんが「シーッ!」と。
「解決策を喋ってどうするのよ!」
「そ、そうでした…」
「なるほど、ブルーが運んでくれるなら回すのもアリ、と」
それでもいいよ、とソルジャーは笑顔。
「ぼくたちでは面倒を見られないから、君たちにお願いしたいわけだし…。回してくれても親が増えるだけで、特にグレたりはしないと思うな」
要は覗きをしない子が育てば無問題だ、という話。おませでなければ他は問わない、と極論を述べるソルジャーはバスケットの中身を預ける気満々、押し付けて逃げて帰る気満々。
「とにかく、ぼくのハーレイからも是非よろしくと!」
「よろしくされても困るから!」
「困らないだろ、上手く行ったら刷り込みも出来るよ」
孵化した時に当番だった人が親になれるかも、と無責任発言をされましても。「ぶるぅ」の弟だか妹だかの親になりたい奇特な誰かが、この中にいるとは思えませんが…?
「…生みの親より育ての親か…」
そうは言うが、とキース君。
「あんた、そうなっても構わないのか? たとえば俺が親認定とか?」
「いいねえ、君がママなんだね」
とてもいい子が育ちそうだ、とソルジャーはキース君を見詰めて「うん、うん」と。
「ぼくとハーレイの極楽往生を日々、祈ってくれている君がママねえ…。親思いのいい子になると思うよ、間違っても覗きなんかはしないだろうね」
それどころかアイテムをプレゼントしてくれるかも…、とウットリした顔。
「ぶるぅは悪戯と大食いばかりでロクに役には立たないんだけど、親思いの弟か妹の方は大人の時間に役立ちそうなアイテムを探して来てくれるかもね?」
「俺はその手の胎教はせんぞ! 他のヤツらも絶対にしない!」
「ああ、そっち方面には期待してないよ。ぶるぅが色々教えると思うよ、お兄ちゃんとして」
だけど覗きは覚えない良い子、と都合よく解釈しているソルジャー。
「誰が親でも良い子だろうけど、キースが一番いいかもねえ…」
「お断りだ!」
「じゃあ、君たちはぶるぅが増えても構わないわけ?」
「「「うっ…」」」
悪戯小僧が二人になるのか、と誰もが絶句。「ぶるぅ」のせいで散々な目に遭わされたことは一度や二度ではありません。二人に増えたらパワーアップもさることながら、出没回数も増えるでしょう。平和な時間はガンガン削られ、戻ってくる可能性は限りなくゼロ。
「……それは困りますね……」
マツカ君が呟き、ジョミー君が。
「困るなんていうレベルじゃなくって、最悪だし!」
遠慮したいし、という気持ちは全員の心に共通でした。「ぶるぅ」を増殖させたくなければ、ソルジャー夫妻の最悪すぎる胎教を止めるしかないのですけれど。そうしたいなら、もれなく托卵。ソルジャー夫妻の思惑通りに、預かって温めるしか選べる道は無さそうですけど~!
ソルジャーが持ち込んで来た二つ目らしき「ぶるぅ」の卵。そもそも何が孵るのだろう、と見詰めていると、「多分、ぶるぅにそっくりの弟」とソルジャーの声。
「こっちのぶるぅも、ぼくのぶるぅもこういう卵から孵ったしね? ぶるぅの妹って線は無いんじゃないかと思ってる。ぶるぅそっくりの弟だな、って」
「「「はあ…」」」
「きっと可愛い子供だよ? 上手く育てばこっちのぶるぅと同じになるよ」
親次第だよ、とソルジャーは言っていますけど…。
「どうなんだか」
この親にしてこの子ありだ、と会長さん。
「血は争えないって言葉もあってね。自然出産が無い君の世界じゃ死語だろうけど、けっこう当たる。ついでに君は托卵しようとしてるしね?」
「いけないかい? 実際、ぼくもハーレイも卵の面倒を見ている暇は…」
「ぶるぅの時と条件は変わってなさそうだけど? それはともかく、君が言う托卵。カッコウが預けて回った卵から孵った子供はカッコウなんだよ」
親と全く同じなのだ、と会長さんは指摘しました。
「孵化して最初にやらかすことはね、他の卵を捨てること! でないと面倒見て貰えないしね、親鳥にね」
「…それはデータベースで見たけれど…」
「卵を預けようって親も親なら子供も子供! 自分だけがドドーンと巣に居座ってさ、お人好しの親鳥が世話をするんだ。だけど育った子供は親鳥の人の好さを受け継ぎもしないね」
メスだった場合はいずれは托卵に出掛けてゆくのだ、と説かれる自然の摂理。確かにカッコウの子供はカッコウであって、そうでなければ種族が続いてゆきません。
「早い話が、こうやって君が卵を手にした時点で中身は決まっているかもしれない。誰が孵しても、大食漢の悪戯小僧にしかならないかもねえ?」
「「「うわー…」」」
卵を順番に回して、せっせと温めて。悪戯小僧の誕生を食い止めるべく身体を張った挙句に、孵化した子供は悪戯小僧なオチですか!
割に合わねえ、とサム君がぼやいて、キース君が頭を抱えて。ジョミー君は天井を仰いでいますし、シロエ君とマツカ君は半ば呆然。スウェナちゃんと私は言わずもがなです。
「……最悪だな……」
キース君がようやっと絞り出した声に頷くだけで精一杯。こんな卵は御免蒙る、と放り出したいくらいですけど、そうなれば卵は死んでしまうわけで…。
「もう一度訊くけど…」
会長さんがソルジャーの瞳をまじっと見詰めて。
「本当に君たちは温めるつもりは無いのかい? まるで全然?」
「うん、全然!」
忙しいから、とソルジャーはしれっとした表情。
「ぶるぅの時と条件は変わってなさそうだ、って君は言うけど、全然違ってしまっているから! あの頃のぼくたちは夫婦じゃないしね、結婚なんかはしていなかった」
「「「………」」」
やべえ、と誰が言ったやら。ソルジャーが言う通り、「ぶるぅ」の卵を孵化させた時は結婚前の段階です。だって私たちの世界に一番最初にやって来たのは「ぶるぅ」でしたし、ソルジャーの結婚には私たちだって立ち合いましたし…。
「というわけでね、大人の時間は夫婦の時間に進化したわけ! 夫婦円満の秘訣はセックス!」
これが無ければ夫婦じゃない、とソルジャーは威張り返りました。
「ぶるぅの卵を温めた頃は大喧嘩をして口を利かないとか、ごくごく普通にあったしね? 今ではそういう事態になったら、即、セックスして仲直りってね!」
あの頃よりもずっと大人の時間に重きを置いた生活なのだ、と開き直りと言おうか居直りと言うか。要は卵を温めているような暇があったら大人の時間で、とても多忙だと言いたいらしく。
「ぼくたちは毎日忙しいから、卵なんかとても温められない。禁欲どころの騒ぎじゃなくって、もう最初っから無理な注文!」
今頃になって卵を貰っても困るのだ、と卵をくれたらしいサンタクロースにまで文句を言い出す始末。こんな無責任な親に卵を渡したサンタクロースも見る目があるのか、まるで無いのか。
「子はかすがい、って言うんだけどねえ…」
夫婦の絆を深めるためのプレゼントだと思うんだけどね、という会長さんの意見もスルーされてしまい、ただ「迷惑」の一点張り。まったく、どうして二個目の卵を授かることになったんだか…。
卵を温める気なんか毛頭無いらしいソルジャー夫妻。胎教が云々言い出す以前に、二個目の卵が邪魔だったのに決まっています。ゆえにキャプテンからの「よろしく」、ソルジャーが持参したバスケット。預かってくれ、と決めてかかって押し付けにやって来たわけで…。
「そうそう、ぶるぅは凄く楽しみにしてるから! 弟か妹が生まれるから、って!」
だから頼むよ、とズイと押し出されたバスケット。
「ぶるぅの悲しそうな顔は見たくないしね、卵は孵りませんでした、なんていう結末はね」
「だったら君たちが頑張るべきだろ!」
会長さんが怒鳴りましたが、ソルジャーは。
「ダメダメ、ぼくたちが夫婦仲良くしていることもね、ぶるぅは嬉しく思っているしね?」
卵を温めるのに忙しくなって夫婦の仲が悪くなったら本末転倒、とカッ飛んだ自説。
「夫婦円満と、ぶるぅの弟か妹と! 両立させるには托卵あるのみ!」
誰でもいいから温めてくれ、と押しの一手で、引き下がる気などさらさら無くて…。
「ホントに誰でもいいんだってば、誰の家で孵化して親認定で刷り込みされても文句は言わない」
ぼくたちは育ての親で充分、と酷い言いよう。
「実の親は誰か、ってコトになったら、其処はハーレイとぼくなんだけれど…。生まれた子供が間違えていても、ぼくたちはまるで気にしないから!」
本当のママの所へ行ってきます、と出て行かれたって構わないのだ、という身勝手さ。
「…本当のママって…」
「ぼくたちの中の誰かでしょうねえ…」
運が悪かった誰かですよ、とシロエ君。自分が当番に当たった時に卵が孵った不幸な誰か。その人が「ぶるぅ」の恐らくは弟であろう子供のパパだかママだか、刷り込みされて本当の親。
「「「…嫌すぎる…」」」
カッコウの子供はカッコウという説が当たれば、悪戯小僧。外れた場合は良い子かもですが、そうなった場合は本当の親と認定された人は慕われそうです。単独で遊びに来てくれるんなら歓迎ですけど、もれなく「ぶるぅ」も付いて来そうで…。
「どう転んでも、こっちで悪戯…」
「そうなるぞ…」
殺生な、と泣けど叫べど、卵は温めてやらないと死んでしまって殺生の罪。なんでこうなる、と恨みたくなるソルジャーの世界のサンタクロース。いくら「子はかすがい」でも、無責任な親に二個目の卵はプレゼントしなくて良かったんですよ!
将来的に悪戯されるのを覚悟で卵を温めるか、見捨てて殺すか。選ぶまでもなく答えは見えていて、もはや退路は断たれたかのように思えましたが。
「かみお~ん♪ 卵、一人いれば温められるんだよね?」
預けるってことは一人だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ぶるぅも前に言ってたし! 基本はブルーが温めてたけど、たまにハーレイが温めたって!」
「…そうだけど?」
だから順番、と答えるソルジャー。
「これだけの人数が揃ってるんだし、順番に回してくれればそれでオッケー!」
「えとえと…。それならハーレイの家が良くない?」
「「「は?」」」
なんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に視線が集中。そのお子様はニコニコとして。
「えっとね、卵から出て来た時にね…。本当のパパたちと全然別の顔の人がいるより、おんなじ顔をした人の方がいいって思うんだけど…」
「そういえば、こっちにもハーレイがいたねえ…」
「でしょ? ハーレイに頼めばいいと思うよ、卵もそっちの方が良さそう!」
孵ったらちゃんとパパかママの顔だよ、と無邪気な意見。私たちは「よっしゃあ!」と心の中でガッツポーズでしたが、顔には出さずに。
「うんうん、ぶるぅの言う通りだよな。知らねえ顔より、知った顔がいいよな」
「こっちが本当のパパなんですよ、って聞かされた時の衝撃が和らぎそうですよね!」
口々に利点を論っていれば、ソルジャーは。
「…其処はパパじゃなくってママだね。卵を温めるのはママの役目でいいんだよ、うん」
よし! とソルジャーはバスケットの青い卵に向かって。
「とりあえずママの所に行こうか、きっと温めてくれると思うよ、こっちのハーレイ」
なんと言ってもブルーそっくりのぼくからの頼み、と自信満々。
「おまけにハーレイがママだってことになったら、ぶるぅのママだって自動的にハーレイに決定しそうだしねえ? ぶるぅ、素晴らしい意見をありがとう!」
「んと、んと…。ぼくは卵の気持ちを考えただけで…」
「危うく間違える所だったよ、預け先! 托卵は正しく預けないとね」
変な親鳥に預けたら逆に卵を捨てられるそうだし…、とソルジャーはバスケットの蓋をパタンと閉めると、それを持って姿を消しました。行先は教頭先生のお宅でしょうけど、卵、どうなるかな…。
托卵の危機が去ってホッと一息、教頭先生の家の監視は会長さんのお仕事で。サイオンで覗き見していた結果、教頭先生は大喜びでバスケットを預かり、引き受けてしまわれたらしくって。
「うーん…。ハーレイは長期休暇に入るらしいね」
「「「は?」」」
「こんなに上手に子育てしました、ってアピールするわけ、このぼくに! 卵が孵化するまでは休職、理由はこれから考えるらしい」
一年間ほどハーレイで遊ぶのはちょっと無理かも…、と会長さん。
「でもまあ、遊び方は色々あるしね? 産休だか育児休暇だか…。お見舞いってことで遊びに行ったらいいんだよ、うん。例の卵が割れたりしない程度にね」
「「「………」」」
どう遊ぶのかは考えたくもありませんでしたが、例の卵の親と認定されるよりかは会長さんに付き合う方がマシ。それでいいや、と私たちは思考を放棄しました。
そうして数日後に迎えた新学期。学校に教頭先生の姿は無くって、恒例の闇鍋大会が平穏無事に終わるという珍事。もちろん1年A組が勝利を収めたわけですけれども、指名しようにも教頭先生がいなくては…。えっ、誰が代わりの犠牲者かって? それは言わぬが花ってもので。
新学期のお約束、紅白縞のトランクスを五枚は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭先生のお宅まで一人で届けに出掛けました。教頭先生は「すまんな」と笑っておられたそうです、ベッドの中で。
「…ホントに真面目に温めてるんだ…」
一年かあ…、とジョミー君。教頭先生は食事も簡単なもので済ませて卵に全てを賭けているとか。
「挙句に悪戯小僧なオチなんですよね、孵った卵は」
「さあな…。良い子の可能性もゼロではない」
その辺の事情を御存知ないというのがな…、とキース君が溜息を。教頭先生は美味しい話だけを聞かされ、御自分の都合のいいように解釈なさって卵の世話に懸命で。それもいいか、と放り投げておいて、一週間ほど経った頃のこと。
「「「孵化しない!?」」」
素っ頓狂な悲鳴が放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に木霊しました。
「…うん。ぼくもハーレイも今日まで綺麗に騙されててさ…」
こっちのハーレイになんて言おう、と苦悩のソルジャーに、会長さんが「さあね」と冷たく。
「潔く謝って、お詫びにデートでもしてくれば?」
「…それしかないかな…」
「君が自分で温めてればね、もっと早くに分かったんだよ!」
「……そうらしいね……」
どうしようか、と嘆くソルジャーが教頭先生に預けた卵は無精卵どころか真っ赤な偽物。悪戯小僧の「ぶるぅ」が何処かで見付けた石の卵で、ソルジャー夫妻に温めさせて笑うつもりで置いて行ったもので…。
「……教頭先生の長期休暇は?」
三学期はまるっと休むって届けが出てるんだよね、とジョミー君。
「その先の分も出した筈だよ、キャプテンの仕事も全部ひっくるめて一年分ほど」
自業自得と言うんだけども、と会長さん。一年分もの長期休暇を取った直後に撤回だなんて、信用の失墜、間違いなしです。しかも卵は孵らない上、何もかもが「ぶるぅ」の悪戯で…。
「…ぼくたちが預かるべきだった?」
「後悔先に立たずと言います、ジョミー先輩」
なるようにしかならないでしょう、とシロエ君。ソルジャーは教頭先生の所へお詫びに行くための手土産について「そるじゃぁ・ぶるぅ」に相談中で。
「…やっぱり、ぼくのハーレイも一緒にお詫びに行くべきなのかな?」
「えとえと…。ブルー、どうなの?」
「誠意を示すなら夫婦揃って行くべきだろうけど、君がどういうお詫びをしたいか、それにもよるよね」
お詫びにデートなら一人で行くべし、と会長さん。
「早めのお詫びがいいと思うよ、ぶるぅの悪戯でした、って」
「…このぼくも焼きが回ったのかなあ、騙されたなんて…」
あまりの展開に「ぶるぅ」を叱るタイミングも逃してしまったらしいソルジャー。こっちの世界まで巻き添えにしてくれた悪戯小僧が増殖しないことは嬉しいですけど、偽物の卵。私たちが順番に回す道さえ選んでいたなら、教頭先生の長期休暇は無かった筈で…。
「…俺たちも謝りに行くべきだろうか?」
「ややこしくなるからブルーだけでいいよ」
放っておこう、と会長さんは知らん顔。教頭先生の信用失墜、ソルジャーが預けた偽物の卵。諸悪の根源は「ぶるぅ」だったか、托卵を目論んだソルジャー夫妻か。教頭先生、真実を知っても強く生き抜いて下さいね~!
迷惑すぎる卵・了
※新年あけましておめでとうございます。
シャングリラ学園、本年もよろしくお願いいたします。
ソルジャーが持ち込んだ青い石の卵、「ぶるぅ」の悪戯で良かったですよね。
教頭先生には気の毒でしたけど、本物だったら「ぶるぅ」の弟か妹の誕生ですから。
シャングリラ学園番外編は、今年もこんな調子で続いてゆきます。
次回は 「第3月曜」 2月19日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、1月は、雪の元老寺でのお寺ライフから。お寺という場所は…。
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