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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

スイートポテト

(ほほう…)
 美味そうだな、とハーレイの目を引き付けたスイートポテト。
 ブルーの家には寄れなかった金曜日の帰り道、寄った馴染みの食料品店。駐車場に車を停めて、店に入って直ぐのコーナー、日曜日までの特設売り場と書かれてあった。
 スイートポテトを専門に売る店、それが出店しているらしい。シナモンをまぶしてサツマイモのように仕上げ、切り口から黄色の中身を覗かせたものや、タルトに仕上げてあるものやら。
 もちろんごくごく普通のものまで、売り場に溢れた艶やかな黄色。金色と呼んでもおかしくない色、サツマイモの甘さを示すかのような蜜色、黄金色。
 サツマイモは元から甘いけれども、スイートポテトはもっと甘くて滑らかな味。それに舌触りもホクホクと甘い。小さなブルーも好きそうな味で、サツマイモは今がシーズンだから。



(土産に買って行ってやるのもいいな)
 明日は土曜日、ブルーの家に出掛けてゆく日。土産にするには丁度良さそうなスイートポテト。店は朝から開いているから、行く前に寄れば出来立ての味を届けてやれることだろう。どの品物も朝一番に店で作って、此処へと運んで来るのだろうから。
(どうせ買うなら、その日に作ったヤツがいいしな)
 スイートポテトは出来立てでなくても美味しいけれども、同じ買うのなら作り立てのものを。
 小さなブルーへの土産なのだし、その日に作ったものがいい。今日から買っておくよりも。
(…ということは…)
 明日に買うなら、試食代わりに買ってみるのもいいだろう。どんな味なのか、買って自分の舌で確かめ、自信を持ってブルーに勧める。「美味いんだぞ」と。



(試食だ、試食)
 そいつが一番、と並べられたスイートポテトを端から順に眺めていった。
 サツマイモを象ったものも面白いけれど、金色をした美味しそうな部分がシナモンの色に隠れてしまって見えにくいから、もっと金色が引き立つものを。
 四角い形に仕上げてあるもの、絞り出したもの、様々なものがあるけれど。
 凝ったものならタルトだろうか、タルト生地の上にスイートポテトがたっぷりと。飾りに絞った模様も綺麗で、さながら金色のクリームが盛られたタルトのようで。
(…こいつがいいかな)
 スイートポテトの金色が見えるし、なによりも手間がかかっている。これを作るにはタルト生地から必要になってくるのだから。スイートポテトを作るだけでは済まないのだから。
(よし、これだな)
 これに決めた、と下見しておいて、他の買い物をしに行った。特設売り場はレジが別物、そこで会計する決まり。箱も出店して来ている店のものに入れて貰える仕組み。
 肉や野菜や、必要なものを選んで買い物、それらを食料品店の袋に詰めて貰って、店を出る前にスイートポテトの売り場へと。
 甘い香りを漂わせている、金色をしたタルトを一つ。店のロゴ入りの小さな箱つきで。



 駐車場に停めていた愛車を運転して家に帰って、夕食の支度。
 慣れた手つきで煮物に焼き物、一人暮らしでも充実の食卓。食べ終えた後は後片付けを済ませ、愛用の大きなマグカップに熱いコーヒーを淹れて書斎へと。
 スイートポテトのタルトを載せた皿も運んで行った。ダイニングで食べてもいいのだけれども、今日は書斎の気分だから。
 お気に入りの椅子にゆったりと座り、コーヒーを一口、それからフォークでスイートポテトを。口に入れるのに丁度いいサイズに切り取って頬張り、舌先で軽く転がしてみて。
(うん、美味いな)
 スイートポテトが売りの店だけに、なんとも風味豊かな味わい。舌触りもいい。
 特設売り場に書かれていたとおり、採れたてのサツマイモで出来ているのだろう。それも甘さが抜群のものを、ふかすだけで食べても充分に甘いサツマイモを使ったスイートポテト。
 砂糖の甘さがくどくないから、きっとそういうスイートポテト。小細工が要らないサツマイモ。
(元のイモから違うんだな、これは)
 うんと甘いイモを使っているな、とスイートポテトの作り方を頭に思い浮かべた。
 サツマイモを加熱して柔らかくして、それを裏ごし。砂糖にバターに、生クリームに卵黄などを加えて練り上げたら好きな形に仕上げて、オーブンで焼いて出来上がりだけれど。
 味の決め手はイモだと思う。サツマイモの味で左右されると、いいイモを使わなくてはと。



(サツマイモってヤツは、土で美味さが決まるんだよな)
 栽培方法に詳しいわけではないけれど。父に教えて貰ったのだったか、サツマイモは砂地がいいらしい。普通の土より、断然、砂地。わざわざ海岸の砂を運んで来て混ぜる畑もあると聞く。
 このスイートポテトの元になったイモも、そういう畑で採れたのだろうか。太陽の光を反射する砂、それに育まれて極上の甘さを中にたっぷり溜め込んだろうか。
 けれども、そういう砂地でなくてもサツマイモは充分に甘くて美味しい。何処のものでも。
(ふかすだけでホクホクするんだ、これが)
 ほんの少しだけ塩をつけると引き立つ甘さ。砂糖が必要無い甘さ。
 石焼きイモならもっと甘いし、砂糖を加えたスイートポテトは名前の通りに甘いもの。口の中のタルトも甘いけれども、サツマイモの甘さを活かした甘さで。



(ジャガイモとはまた違うんだ)
 同じイモでも、ジャガイモの味とは全く違う。ジャガイモもふかして食べられるけれど、まるで違ったその味わい。あちらは菓子と言うより料理の味だ、と思ってしまう。
 裏ごししたならマッシュポテトで、それをタルトの生地に詰めたら菓子ではなくて料理になる。ハムや野菜でも混ぜてやったら、さながらキッシュといった所か。
(ジャガイモの菓子は少ないからなあ…)
 すぐに浮かぶのはポテトチップス、コーヒーには合うが、紅茶には似合いそうもない。あくまでスナック、来客に出せはしないもの。手土産にするのもどうかと思う。
 サツマイモの方ならスイートポテトは立派な菓子だし、和風にするならイモ羊羹。どちらも客に喜ばれそうで、土産に持って行くにもいい。



(サツマイモなあ…)
 ジャガイモとはかなり違うようだな、とスイートポテトを口へと運んだ。菓子にするのが似合うイモだと、甘いイモだけのことはあると。
 幼かった頃にはイモ掘りをしに出掛けたものだ。幼稚園の先生に引率されて。
 砂地ではなくて、隣町の普通の畑で育ったイモだったけれど。それでも掘り立てのサツマイモはとても甘かったと記憶している、農家の人がその場で焼いたりふかしたりしてくれたサツマイモ。
 掘る時からしてもうワクワクしていた、畑一杯に茂ったサツマイモの葉を前にして。
 何処を掘ってもかまわないから、と言われたけれども、土の中のイモはサイズが揃っていない。小さなイモから大きなイモまで、当たり外れの差が大きいから、大きいイモを掘り当てようと。
 幼稚園児ではまだ無い能力、土の中を透視する力。
 ゆえに本当に運で勝負で、誰もが懸命に掘っていた。大きなイモが出ますようにと、一番大きなサツマイモが自分に当たりますようにと。
(俺はけっこう運がいい方…)
 これだ、と選んで掘った蔓には大きめのイモがあったと思う。大喜びした記憶があるから。
 誰よりも大きなイモを掘り当てたか、そこは定かではないけれど。
(ガックリしたって覚えは無いしな、比べたらきっとデカイ方だぞ)
 こんなのだったし、と幼かった自分が誇らしげに抱えていたイモを手で作ってみた。今の自分の手なら片手で持てそうだけれど、幼稚園児の手だと両手サイズで。
 いい思い出だ、と顔が綻んだけれど。懐かしいサツマイモ畑だけれど。



(…ん?)
 思い出と言えば、自分には今の自分よりも前の記憶がある。
 白いシャングリラで生きた記憶が、キャプテン・ハーレイだった頃の記憶が。
 優に三百年以上もある、その記憶。今の自分よりも遥かに長い時間を生きたけれども、その生で食べたサツマイモ。それの思い出が浮かんで来ない。
(…何かありそうな筈なんだが…)
 今の自分だけでもイモ掘りの記憶に、家の庭の焚火で作った焼きイモ、他にも色々。冬になれば石焼きイモを売る車が通るし、母と一緒に呼び止めて買った記憶も鮮やかで。
 たった三十八年だけの人生、それでも沢山ある記憶。サツマイモの思い出、それが幾つも。
 ところが前の自分の思い出は蘇って来なくて、サツマイモはまるで出て来ない。
 前の自分はサツマイモを食べていたのだろうか、と不思議になるほど、どうにも引っ掛からない記憶。思い出が無いサツマイモ。



 そんな筈は…、と遠い記憶を手繰った。前の自分とサツマイモの。
 ジャガイモとはかなり違うと思ったけれども、サツマイモもイモの内だから。食べる物だから、まずは厨房、とキャプテンに就任するよりも前の古い記憶を探ってみた。
 アルタミラから脱出した後は厨房で料理をしていた自分。あれこれ試作もしていた自分。きっとサツマイモの記憶も其処に…、と考えたけれど。
(…料理していた覚えが無いぞ)
 あの独特な形のイモを手に取ったという覚えが無い。皮を剥いたという記憶も。
 ふかしてもいないし、焼いてもいない。包丁を入れた覚えすら無い。
(ジャガイモだったら嫌と言うほど…)
 前のブルーが奪った食材が偏ってしまったジャガイモ地獄。来る日も来る日もジャガイモ中心の料理ばかりで、皆が不満を漏らしていた。何とかしようとレシピを調べて料理し続けた、来る日も来る日もジャガイモを剥いて。
 そんな思い出がジャガイモ地獄で、キャベツ地獄などもあったけれども。
 サツマイモの方は地獄どころか、お目にかかった記憶が無い。料理しようと手にした記憶が。



(あいつが奪って来なかったのか…?)
 前のブルーの略奪品には無かったかもしれない、サツマイモは。
 輸送船から奪う物資は基本的には手当たり次第で、目標を定めて奪うことの方が稀だった。広い宇宙を飛んでゆく内に出会う輸送船、それの荷物を頂戴したから。載せているものを奪ったから。
(サツマイモを積んだ船と出会わなければ、サツマイモは奪って来られないよな…)
 そういうこともあるだろう、と考えたけれど。
 前の自分が厨房に立っていた頃は、サツマイモが無かったのだと一度は納得しかけたけども。



(待てよ…?)
 白い鯨になったシャングリラの広い農場。自給自足で生きてゆくために栽培していた作物たち。
 巨大な船の中、広大な畑があったけれども、サツマイモを見た覚えが無い。サツマイモの葉も、その下の地面で育ったイモも。
(視察に出掛けて、見落としたとしてもだ…)
 農場で何を栽培中なのか、何が収穫出来たのか。報告は全て上がって来た筈で、キャプテンにもデータが届いていた筈。豊作だったか不作だったか、その種のデータも目を通していた。
 それなのに記憶に無いサツマイモ。まるで全く覚えていなくて、思い出さえも無いサツマイモ。



(なんで無いんだ?)
 あんなに目立つイモなんだが、と独得の形と皮の色とを頼りに探っても、やはり無い記憶。
 忘れたにしても薄情すぎる、とサツマイモを使って出来る料理や菓子を端から挙げてみた。
(天麩羅も美味いし、煮物もいいし…。菓子にしたって、スイートポテトに…)
 イモ羊羹に大学イモに…、と思い付く限りのサツマイモのレシピを数えたけれど。サツマイモのカリントウなども挙げたけれども、ハタと気付いた。
(まさか…)
 自分には馴染みの菓子や料理は、どれも昔の東洋のもの。SD体制よりも前の時代は東洋の名で呼ばれた地域のものばかり。日本や中国、そういった国。
(スイートポテトは違うようにも思うんだが…)
 そんな気がするが、西洋で通用しそうなサツマイモの調理法はそれくらいなもの。
 もしかしたら、前の自分が生きた時代には無かったのだろうか、サツマイモは?
 人類を統治しやすいようにと統一されていた当時の文化。
 マザー・システムが築き上げた時代の食文化の中に、サツマイモは入っていなかったろうか?



(まるで覚えていないとなると…)
 その可能性もゼロではないな、と端末を起動し、データベースにアクセスしたら。
 サツマイモの歴史を呼び出してみたら、衝撃の事実が記されていた。
(やはり消されてしまっていたのか…!)
 SD体制の崩壊後に復活、と書かれた注釈。今では昔と全く変わらず広く栽培されている、と。
 ジャガイモと同じく、遥かな昔の南米生まれのサツマイモ。
 大航海時代に発見されて船でヨーロッパへと運ばれたけれど、涼しかった気候が合わなかった。ジャガイモの方は主食としていた地域があるほど、ヨーロッパの文化に根付いたのに。
 涼しい土地では育たないサツマイモは再び船に乗せられ、もっと暖かい植民地へ運ばれ、其処で栽培されたという。
 今、自分たちが住んでいる地域、遠い昔には日本だった国へも運ばれて来たと。やせた土地でも育つ植物だと重宝されたと、飢えた時には蔓までも食べたくらいなのだと。



 マザー・システムに消されていたというサツマイモ。それを食べていた文化ごと。
(そりゃあ…。俺の記憶に無いわけだよなあ…)
 前のブルーが奪って来ないのも当たり前のことで、無かったものは奪えない。
 食べる文化が無かったのだから、シャングリラの中でも栽培しようとするわけがない。
 サツマイモの記憶は無くて当然だった、と腑に落ちたけれど。
 同時に些かショックでもあった、今はこんなに馴染みの深いイモなのに、と。
 冬になったら住宅街を走ってゆく石焼きイモの車は季節を感じさせるものだし、幼かった自分が出掛けたイモ掘りは今も幼稚園児に人気の行事。あのイモ掘りだって…。
(ジャガイモの方だと今一つなんだ)
 そちらも幼稚園の頃に行ったけれども、イモの大きさが違うから。
 サツマイモのように桁外れな大物が出ては来ないから、その辺りからして違っていた。ふかしたジャガイモは美味しかったけれど、焼きジャガイモは無かったというのも大きな違い。
 サツマイモ掘りなら、ふかしたイモも焼いたイモも好みで選べたのに。焼きイモの方は、先生や農家の人と一緒に焚火に入れて、焼き上がるまで火の側で待つ楽しみもあったのに。



 ジャガイモをふかしても美味しいけれども、バターでも塩でもホクホク熱くて美味しいけれど。
 同じふかして食べるのだったら、サツマイモに塩をちょっぴりつけて。それが美味しい、そんな気がする。焼きイモにも出来るサツマイモの方が特別、掘り上げた後の楽しさが違うと。
 料理か菓子かと尋ねられたら、菓子の出番が多いように思えるサツマイモ。
 ジャガイモを潰せばマッシュポテトで、ポテトサラダにもなるけれど。
 料理が主な使い道な上に、菓子と言えばポテトチップスが浮かぶジャガイモよりもサツマイモ。
 甘いサツマイモを潰して裏ごし、生クリームなども加えればスイートポテトで、見た目に洒落た菓子も作れる。手土産に提げてゆけるような。
 ブルーへの土産に、と何の気なしに試食用に一つ買って来たスイートポテトのタルトだけども。
(こいつは…)
 買って帰った甲斐があったな、と嬉しくなった。
 前の自分たちが全く知らなかった味、栽培しようとも思わなかったサツマイモ。
 明日の話題はスイートポテトとサツマイモだと、これで決まりだと。



 次の日、良く晴れた空の下を歩いて出掛けて、昨日の食料品店に寄って。
 特設売り場を覗き込んだら、思った通りに朝一番で作られたスイートポテトたちの金色がズラリ並んでいたから、昨日買ったのと同じタルトを二つ。
 絞り出したスイートポテトが綺麗な模様を描いたタルトを箱に詰めて貰い、足取りも軽く歩いて行った。目指す生垣に囲まれた家に着き、門扉の脇の呼び鈴を鳴らせば二階の窓からブルーが手を振る。手を振り返して、出て来たブルーの母にタルトの箱を渡した。「買って来ました」と。
 ブルーの部屋に案内されたら、小さなブルーが目を輝かせて。
「ねえ、ハーレイ。お土産、なあに?」
 持って来たでしょ、何かの箱を。あの箱、ママに渡したんでしょ?
「見てたのか…」
 目ざといヤツだな、俺の荷物までチェックしやがって。
 まあ、土産には違いないしだ、何だったのかは見てのお楽しみだ。



 すぐに来るさ、と片目を瞑った。お母さんが持って来てくれる、と。
 やがてブルーの母が運んで来たスイートポテト。紅茶のカップやポットも揃って、お茶の時間の始まりだけれど。
「…ハーレイのお土産、スイートポテト?」
 買って来てくれたの、来る途中で?
「いつもの食料品店なんだが…。特設売り場だ、スイートポテトの専門店のだ」
 明日まで期間限定で来てる。昨日見付けて買ってみたんだが…。
 専門店だけあって美味いんだぞ。まあ、食ってみろ。
 うんと甘いぞ、と促してやれば、ブルーはフォークで切り取って口に入れてみて。
「ホントだ、甘いね!」
 それに美味しいよ、サツマイモの甘さが凄く自然で。
 お砂糖とかの甘さじゃなくって、サツマイモの甘さが勝ってる感じ。
 そういうサツマイモを使って作ってるんだろうね、スイートポテトの専門店なら。



 ホントに美味しい、とブルーが嬉しそうに食べているから。
 スイートポテトを頬張っているから、チャンス到来とばかりに質問をぶつけてやった。
「美味いスイートポテトなんだが…。前のお前も好きだったか、それ?」
「えっ?」
 このお店、そんなに前からあるってことはないよね、レシピの問題?
 前のぼくたちはお店に買いには行けないし…。シャングリラのレシピと似てる味なの?
「さてなあ…。要は前のお前がスイートポテトを好きだったかどうか、ってトコなんだが」
 好き嫌いが無かったってことは抜きにして、スイートポテト。
 よく食っていたか、あんまり馴染みが無いか、どっちだ?
「スイートポテト…?」
 前のぼく、何度も食べていたかな?
 それともあんまり食べてなかったか、どっちだったっけ…。



 どうだったろう、とブルーは暫く考え込んで。
 記憶の糸を手繰るかのように、スイートポテトを口に運んで舌で転がしたりもしてみた末に。
「…スイートポテト…。知らないかも…」
 前のぼくは食べた記憶が無いかも、忘れちゃったっていうわけじゃなくて。
 シャングリラで食べた覚えが無いかも、スイートポテトもサツマイモも…。
「な? お前も覚えていないだろ?」
 俺も全く記憶に無いんだ、スイートポテトもサツマイモもな。
 今の俺のサツマイモに関する思い出は山ほどあるがだ、前の俺のが一つも無い。
 そいつはあまりに変じゃないか、と気が付いて調べてみたんだが…。
 俺もお前も全く覚えてない筈だ。スイートポテトを食べるどころか、サツマイモってヤツが何処にも無かった。サツマイモを食べる文化が無くって、サツマイモは植物だったんだ。
 多分、植物園とかにあったんだろうな、サツマイモ。食うためじゃなくて、観賞用に。
 花が咲くこともあるって言うから、葉だか花だか、そういうのを見せる目的でな。



 俺も昨日まで知らなかった、と話してやった。
 白いシャングリラで生きていた頃にはサツマイモが存在しなかったのだ、と。
「まさか全く無かったとはなあ…。今じゃ馴染みのイモなんだが」
 スイートポテトを買った時にも、お前への土産にしようと思って試食用にと買ったくらいで…。
 こんなとてつもない土産話がくっつくだなんて、夢にも思っちゃいなかったさ。
 美味いヤツだろうと、専門店の味なんだぞ、と食わせるつもりだったんだがなあ…。
「ぼくだってビックリしちゃったよ。前のぼくは好きだったのか、って訊かれたって…」
 どうだったかな、って考えちゃったくらいに、スイートポテトは普通の食べ物。
 サツマイモだって秋から冬にはよく食べるものだし、珍しくもなんともないんだけれど…。
 そのサツマイモを前のぼくは全く知らなかっただなんて、なんだか不思議。
 ぼくがすっかり忘れただけだ、って聞かされた方が納得だよ。
「俺もそういう感じだなあ…」
 生まれ変わる時にサツマイモの記憶を落としちまって、まるで思い出せないだけだと言われたら素直に信じるだろう。
 どうにも思い出せやしないがサツマイモは確かにあった筈だ、という気がするんだ。
 しかし、本当に無かったらしい。
 データベースに嘘の情報があるわけがないし、俺はこの目で確認したしな、無かったんだと。



 白いシャングリラの時代には無かったサツマイモ。存在しなかったスイートポテト。
 ブルーがスイートポテトをフォークでチョンとつついて。
「もしも、前のぼくたちの時代にあったなら…」
 子供たちに人気だっただろうね、そう思わない?
「スイートポテトか?」
 甘いからなあ、好かれそうな味ではあるよな、うん。
「ううん、スイートポテトじゃなくって…。サツマイモの方」
 シャングリラの農場で育てていたなら、イモ掘りをして遊べたんだよ。
 ぼくは幼稚園からイモ掘りをしに出掛けたけれども、ハーレイはイモ掘り、行ってない?
「いや、行った。そいつも昨日に考えていたんだ、サツマイモが無かったと気が付く前に」
 同じイモ掘りだったらジャガイモよりもサツマイモだと、そっちの方が楽しかったと。
 大物のイモが入っているのはサツマイモだし、ふかすだけじゃなくて焼いてもくれたし…。
 お前が行ってたイモ掘りの方はどうだった?
「えっとね、ハーレイのと、多分、おんなじ…」
 ハーレイは隣町の幼稚園だから、行った先は別の所だろうけど…。
 ぼくが行った所もふかしてくれたり、焼いてくれたりしていたよ。掘り立てのを。
 ジャガイモ掘りにも行ったけれども、人気はやっぱりサツマイモの方。
 誰が一番大きなのを掘ったか、競争みたいになっていたよ。ぼくも頑張って掘っていたっけ…。
 何番目だったかは忘れたけれども、こんなに大きなヤツも掘ったよ。



 このくらい、とブルーが両手で示した大きさ。
 幼稚園の頃のブルーの手だから、その大きさではなかったろうけれど、そこそこ大きい。
 ハーレイの思い出の中の大きなイモにも負けていないほどのサツマイモ。
 今でさえ思い出せるほど記憶に刻まれた幼い頃のイモ掘り、もしもシャングリラで出来ていたとしたら、大人にも人気だったろう。
 サツマイモを収穫するとなったら、係ばかりに任せていないで、皆で競ってイモ掘りをして…。
「ゼルとかが凄く頑張りそうだね、イモ掘りがあったら」
 掘る方も頑張っていそうだけれども、掘り終わった後のサツマイモ。
 ふかすとか焚火で焼くだけじゃなくて、釜から作って石焼きイモでもやりそうだよ。
「あいつは如何にも好きそうだなあ…」
 ヒルマンに「調べて来い」とか言うんだ、同じサツマイモを焼くにしてもな。
 いろんな工夫を凝らしそうだぞ、資料さえあれば壺焼きイモでも。
「…壺焼きイモ?」
 なんなの、それって?
 そういうサツマイモの焼き方があるの、壺焼きイモって?
「名前の通りさ、釜の代わりに壺で焼くんだ」
 デカイ壺の中に炭を入れてな、その上にサツマイモを吊るして焼く。ホクホクなんだぞ、壺焼きイモは。石焼きイモとは違った美味さだ。
「そうなんだ…」
 ゼルだったら壺から作りそうだよ、壺が無ければ別の工夫をしちゃうかも…。
 「こいつで壺焼きイモと同じ仕組みになる筈なんじゃ」って、信じられないのを持ち出すとか。
 機関長だもの、何を持って来るか分からないよ。ギブリのパーツで作っちゃうとかね。
「やりかねないなあ、ゼルだけにな」
 ギブリどころか、ブリッジのヤツでも使えそうなら転用するぞ。
 「この椅子のパーツが実にいいんじゃ」と俺のシートから何か外して行くとかな。



 如何にもやらかしそうなゼル。焼きイモに凝っていそうなゼル。
 シャングリラにサツマイモがあったとしたなら、焼きイモだけでなくて…。
「スイートポテトも色々出来るぞ、形を工夫してやれば」
 こいつを売ってた店にもあったな、このタルトの他にもいろんな形が。
 形に凝るなら厨房のヤツらの出番だよなあ、スイートポテト。
「そうだね、それも美味しそう!」
 サツマイモが沢山収穫出来たら、スイートポテトも山ほど出来るね。
「うむ。スイートポテトとかの菓子も美味いが、サツマイモの天麩羅もなかなかいけるぞ」
「うん、天麩羅も美味しいよね!」
 お塩で食べても、天つゆで食べても。
 サツマイモの天麩羅も大好きだよ、ぼく。あんまり沢山は食べられないけど…。



 白いシャングリラがあった時代に、天麩羅は無かったのだけど。
 天麩羅を食べる文化も無かったのだけれど、サツマイモがあったらチップスくらいは…、と言い出したブルー。きっと誰かが作っただろう、と。
「薄くスライスして揚げるだけだし、サツマイモのチップス、きっとあったよ」
「そうだな、イモがあったら揚げてみるのは基本だからな」
 ジャガイモだったらフライドポテトにハッシュドポテトだ、サツマイモだって揚げるだろう。
 どう揚げるのが一番美味いか、あれこれと工夫するんだろうな。
 俺だったらサツマイモで何を作っていたやら…。揚げる他にも試すんだろうが…。
 待てよ、サツマイモがあるってことはだ、サツマイモ地獄もあったかもな。
 前のお前が奪った食材、殆どがサツマイモってヤツが。
「そうかもね…」
 やっちゃったかもね、サツマイモ地獄。あればっかりは選べなかったし…。
 ハーレイが早く帰って来いって心配するから、とにかく奪って帰っていたしね。



 白いシャングリラでジャガイモ地獄だった時には、フライドポテトが人気だったけれど。
 サツマイモ地獄があったとしたなら…。
「ハーレイ、人気はスイートポテトだったと思う?」
「そんなトコだろうな」
 フライドポテトが人気だった理由は、ガキの頃の思い出の味ってことになってたし…。
 サツマイモの場合はスイートポテトになるんだろうなあ、甘くて子供が好きそうな味だ。
 人気の味はきっとスイートポテトだ、お前が言ってる通りにな。
「スイートポテト…。ゼルたちにも食べさせてあげたいね」
 シャングリラには無かった味だったんなら、美味しいよ、って。
「ふうむ…。美味いぞ、と教えてやりたいなあ…」
 あいつらが何処かにいるんなら。
 俺たちみたいに生まれ変わって、サツマイモが食える場所で暮らしているならな。
 せっかく気付いた美味い味なんだ、あいつらにも是非、この美味さを知って欲しいよなあ…。



 今は当たり前になったスイートポテトにサツマイモ。
 前の自分たちが生きた頃には、何処にも無かったスイートポテト。
 何処かにいるのなら食ってみてくれ、と心でゼルたちに呼び掛けた。
 ブルーと二人で、スイートポテトを頬張りながら。
 白いシャングリラで共に暮らした仲間。懐かしい仲間。
 今も宇宙の何処かにいるなら、スイートポテトを。今ならではの味を試してくれ、と…。




          スイートポテト・了

※シャングリラには無かったスイートポテト。そもそもサツマイモそのものが無かった時代。
 今では美味しいスイートポテトに、他にも色々。シャングリラの仲間にも披露したい味。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv








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