忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

酔芙蓉

(酒も山ほどあるんだよなあ…)
 今の時代は、とハーレイは食料品店の棚を覗き込んだ。
 ブルーの家には寄れなかった日の帰り、買い出しに寄ったついでに酒も。食料品をメインに扱う店だけれども、酒のコーナーもあったから。
 以前だったら酒屋に出掛けることも多くて、目当ては試飲。もちろん車で行けはしないし、散歩がてら歩いて行っていた。仕事の無い日に。
 それが今ではすっかり御無沙汰、酒屋へ酒を選びに行くよりブルーの家。酒は食料品店で充分、馴染みの銘柄はそこそこ揃っているのだし…。



(シャングリラの頃とは比較にならないってな)
 合成ではない本物の酒がズラリと並んで、しかも地球の水で仕込んであるという値打ち物。今の自分には当たり前の地球、けれども前の自分は違う。地球へ行こうと長い旅を続けた、青い地球がきっとあると信じて。前のブルーを失くした後にも、ただひたすらに。
 前のブルーが遺した言葉を守って辿り着いた地球、前のブルーが焦がれた地球。前の自分の旅の終わりは青い地球にはならなかった。命懸けの旅路を嘲笑うような死の星、それが地球だった。
(…あんな地球では酒を仕込むどころか…)
 水さえ飲めはしない、と赤かった地球を思い返して、今の自分の幸せをしみじみと噛み締める。この酒は全部値打ち物だと、本物の地球の水を使って仕込んだ酒だと。
 水もそうだし、酒の材料。麦も、米も、どれも地球で採れたものばかり。
 おまけに酒の種類だって増えた、前の自分が生きた頃には無かった酒。様々な文化が地球の上に蘇り、バラエティー豊かな酒も再び作られ始めた。
 和風の酒やら、他にも色々。この店の棚にも和風の酒が何種類も置かれているけれど。



(…俺はやっぱりこいつなんだ)
 これが好みだ、とウイスキーの瓶を手に取った。
 和風の酒も好きだし、買ったりもする。酒屋へ試飲に出掛けていた頃には和風ばかりか中国風の酒なども買った、もっと他の酒も。
 とはいえ、何が一番好きかと訊かれればウイスキーかブランデーといった所になるのだろうか。書斎でゆっくり飲みたい時には、そういう酒。グラスに注いで、時には氷を入れたりもして。
(今から思えば、前の俺のせいかもしれないなあ…)
 白いシャングリラで馴染んでいた酒、無意識の内にそれを選んでいたかもしれない。今の書斎は雰囲気が何処かキャプテンの部屋に似ているから。
 其処で飲むならこれなのだ、と。この酒がいいと、前の自分の好みに釣られて。
 それも悪くはない気分だから、今日もやっぱりウイスキー。書斎で飲むならこれが一番、と。



 ウイスキーの他にも食料品を買い込み、家へ帰って。
 鼻歌交じりに夕食の支度、出来上がったらのんびりと食べて、後片付けも。それから気に入りのグラスを用意し、ウイスキーの瓶なども持って書斎に向かった。
 いつもの机の前に座って、ウイスキーのボトルの封を切る。新しいボトルは久しぶりだと、前に比べてあまり飲まなくなったから、と。
(…あいつのせいだな)
 酒屋にも御無沙汰になっちまったし、とウイスキーをグラスに注ぎ入れながら考える。グラスに入れて来た氷が弾ける音を聞きながら。氷が奏でる歌を聞きながら。



 青い地球の上に生まれ変わって、再び出会った前の生から愛したブルー。
 前とそっくり同じ姿に生まれたブルーだけれども、まだ幼い。十四歳にしかならないブルー。
 十四歳では酒は飲めない、酒の瓶などには「二十歳から」と書かれているから。
 その上、前のブルーも酒は駄目だった、今のブルーとは違って大人だったのに。飲めば悪酔い、酒の味も苦手で好きではなかった。
 そんな恋人と再会したからか、前ほど飲まなくなってきた酒。休日に楽しく出掛けていた試飲に行けなくなったことも、残念だという気持ちはしない。ブルーの方が大切だから。試飲に行くよりブルーに会いたい、キスも出来ない恋人でも。



 たまに前のブルーの写真を前にして、何杯も飲んでしまうけれども。
 前のブルーを失くした辛さを、その悲しみを酒で紛らわすかのように杯を重ねるけれど。
(そういう酒も…)
 あまり飲まなくなった、ずいぶんと心が落ち着いて来た。
 新しいボトルの封を切るのは久しぶりだと思うのは酒量が減った証拠で、落ち着いた証拠。心が穏やかで落ち着いていれば、酒は好きでも多くは要らない。味を、喉ごしを楽しめればいい。
(あいつの右手と同じだな) 
 ブルーの右手、と笑みを浮かべた。
 前の生の終わりに
メギドで凍えたブルーの右手。その手に持っていた温もりを失くして、冷たく凍えてしまったという。右手が冷たいとメギドを思い出すと、悪夢を見るのだと恐れるブルー。
 けれど最近、減って来ているらしいメギドの悪夢。
 右手が冷たくならないようにと贈ってやったサポーターのお蔭だと言っているけれど、そのせいだけではないだろう。
 ブルー自身の傷が少しずつ癒えて来ている。
 この地球の上で記憶が戻って、それから流れた時と共に。



(だから、俺だって…)
 ブルーを失くす夢を見る夜がずいぶんと減った。自分の叫びで目覚める夜が。
 それと同じで、前のブルーを失くした痛みも癒えつつある。ブルーは確かに生きているのだと、生きて帰って来てくれたのだと、小さなブルーに前のブルーが重なるから。
 小さくてもブルーはブルーなのだと、俺のブルーは此処にいるのだ、と。
 気高く美しかった前のブルーはもういないけれど、代わりに小さなブルーがいる。自分を慕ってくれるブルーが、愛くるしい笑顔の小さなブルーが。
 同じ地球の上に、同じ町に小さなブルーがいる。学校でも、ブルーの家でも会えるブルーが。
 そうして何度も逢瀬を重ねて、前のブルーを失くした悲しみも辛さも少しずつ癒えて…。



(前のあいつを忘れたわけではないんだがな…)
 覚えているが、と机の引き出しを開けて取り出した一冊の写真集。自分の日記を上掛け代わりに被せてやっている、『追憶』という名のソルジャー・ブルーの写真集。
 表紙に刷られた、真正面を向いた前のブルーの写真に向かって微笑み掛けた。
 俺はお前を忘れていないと、お前は今でも俺のブルーだ、と。
「お前も飲むか?」
 新しいボトルを開けたんだが、とウイスキーのグラスを掲げてみせる。
 ブルーの分のグラスは持っては来ていないけれど。前のブルーと飲む予定ではなかったから。
 今夜はそういう気分ではなくて、前のブルーを悼む酒ではないのだから。
 ただ懐かしいというだけのこと。
 前のブルーと生きていた日々が、白いシャングリラで過ごした日々が。



「お前は酒は苦手だったからなあ…」
 こいつは地球の水で仕込んだウイスキーでだ、前の俺たちには信じられない極上の酒というわけなんだが…。それでもお前の舌には合わんな、ウイスキーだしな?
 ウイスキーもブランデーも駄目だったろうが、お前の舌は。
 よく言ってたっけな、「何処が美味しいのか分からないよ」と顔を顰めて。なあ…?
 地球の酒でも美味くないよな、と戯れに話し掛けていて。
 写真集の表紙の前のブルーに、「ウイスキーは所詮、ウイスキーだしな?」と語っていて。
 ふと、ブルーでも美味しく飲める酒はあるな、と気が付いた。
 酒だけれども、酒らしい味がしない酒。
 まるでジュースのような味わい、酒が苦手でも飲めるカクテル。
 正体は酒だし、ものによっては下手な酒よりアルコール度数が高いけれども、それと分からない味のカクテル、見た目もジュースそっくりで。
 グラスに果物が添えてあったりと工夫を凝らしたカクテルの数々、あれならブルーも飲める筈。
 そうは言っても酒なのだから、やはりブルーは酔うだろうけれど。
 次の日の朝には「酷い目に遭った」と二日酔いに苦しみそうだけれども。



 前のブルーでも飲めそうなカクテル、酒の味がしないと喜んで飲んでいそうなカクテル。
(あれはシャングリラには無かったんだ…)
 ほんの一時期、存在しただけで姿を消してしまったカクテル。
 シャングリラが白い鯨になるよりも前の遥かな昔に、ほんの僅かな間だけあった。人類の船から奪った酒をベースに、ジュースを混ぜて作られていた。酒を嗜む者たちの間で、これも美味だと。
 誰かがデータベースで見付けたカクテル。同じ酒でも、こんな飲み方があるようだ、と。
 酒をそのままの形で飲むより、ひと工夫というのが人気を呼んだ。成人検査と人体実験で記憶を失くしてしまっていたから、新しい情報や味というものに皆が貪欲だった。
 酒を好んだ者たちの間でカクテルは一気に話題になったし、バーテンダーを気取る者まであったほど。新作を作ったと披露してみては、皆にやんやともてはやされて。



 ところが上手くは運ばないもので、カクテルはまるでジュースだったから。
 ある時、不幸な事故が起こった、休憩室に置かれていたのをエラがジュースと間違えて飲んだ。喉ごしが良くて、ほど良く冷えていたというのも悪かった。
 何も知らなかったエラはジュースだと思い込んだままで何杯か飲んで、気付いて止める者も誰もいなくて。ブラウがエラを見付けた時には、いわゆる大トラ。とてもエラとは思えない女性が泥酔していた、それは御機嫌で。
 エラは部屋へと運ばれたけれど、「自分で歩ける」と千鳥足で踊るように歩き、歌まで歌った。出会った者たちに「よう!」と声を掛けては肩を叩いた、ブラウさながらに。
 すっかり人が変わってしまって、シャングリラ中を練り歩いたエラ。自分の部屋へ真っ直ぐ帰る代わりに、ブリッジまで覗いて陽気に騒いだ。
 けれど翌朝は酷い二日酔い、記憶はまるで無かったけれども、皆の様子で何があったかは充分に把握出来たから。エラは怒った、カクテルのせいだと。あれは危険な飲み物だと。
 風紀が乱れると激怒したエラ、被害に遭ったのが自分だったから良かったけれど、と。
 そうしてカクテルは禁止されてしまった、シャングリラには相応しくない悪魔の飲み物だと罵倒されて。二度と作るなと出された通達、逆らえる者は誰も無かった。



(あれっきりになっちまったんだよなあ…)
 シャングリラで力をつけていたエラの鶴の一声、無かったことにされたカクテル。ベースにする酒まで禁じられたら大変だから、と皆は粛々と従った。ジュースのような酒は姿を消した。
 密かに作ろうという度胸のある仲間もいなかったから、もう本当にそれっきり。エラと一対一でやり合えるだけの発言力を持った人物、ゼルとヒルマンが自室でコッソリ楽しんでいた程度。
(あの二人でもコッソリだったんだ…)
 厨房にいた頃、ジュースの調達を何度か頼まれた。明らかにカクテルだろうと分かった、自分もレシピは知っていたから。流行っていた頃に目にしてもいたし、耳でも情報を集めたから。
 ゼルやヒルマンにジュースを渡すと「今夜どうだ?」と誘われたから、間違いはない。御禁制のカクテルの宴、それを催していたに違いない。
 エラの目から逃れて、コソコソと。酒とジュースを混ぜ合わせて。



 シャングリラではそういう飲み物だったカクテル、悪魔の飲み物のレッテルがベタリと貼られたカクテル。
 だから前のブルーはカクテルを飲んだことが無い。少年の姿だった頃はもちろん、成長した後も飲んではいない。
 既にカクテルが禁止だったことも大きいけれども、それよりも前にエラの泥酔。カクテル禁止の原因になった泥酔事件はブルーも見たから、恐ろしい飲み物だと考えていた。二日酔いになる上、人格までもが変わってしまう。カクテルは悪魔の飲み物なのだと。
 「ハーレイはアレは作らないよね」と信じ切った目で見られたから。ゼルやヒルマンはコッソリ作っているようだけれど、ハーレイは作りはしないよね、と言われたから。
(…あいつの信頼は裏切れんしな?)
 作らないままで終わったカクテル、レシピは幾つも知っていたけれど。
 酒が苦手な前のブルーでも美味しく飲めそうなカクテルの味も知っていたけれど、一度も作りはしなかった。エラを見舞ったような不幸がブルーを襲わなくても、二日酔いは起こすだろうから。原因はジュースだったのだろうと、あれはカクテルだと責められたくはなかったから。



(さて、今度は…)
 どうしようか、と考える。
 ブルーの口にも合いそうなカクテル、苦手だと言わずに飲めそうな酒。ジュースを飲むのと同じ感覚で飲めるカクテル、あれならばブルーも美味しく飲める。
 「何処が美味しいのか分からない」と嫌っていた酒を、自分と一緒に飲むことが出来る。小さなブルーはまだ駄目だけれど、二十歳の誕生日を迎えたならば。
 それに、今度の小さなブルー。酒が飲めるように努力をすると言っていたブルー。
 苦手な酒をそのままで飲ませるよりかは、カクテルがいい。同じ酒なら楽しんで欲しい、これは美味しいと喜んで欲しい。
 ただ、飲みすぎには注意だけれど。「もっと欲しい」と飲ませすぎたら危険なカクテル。そこは昔と変わってはいない、エラが泥酔していた頃から。今も昔も口当たりの良さで飲みすぎる人間が後を絶たない、なにしろ味はジュースだから。酒の味はまるでしないから。
 「もうそのくらいにしておけよ」とブルーの酒量に注意しながら、二人で飲むのも今ならでは。
 カクテルは禁止されていないし、ブルーと二人で酒を飲むにはピッタリのもので。
(あいつに訊くかな…)
 カクテルを飲んでみたいかどうかを。
 明日は土曜日、ブルーの家を訪ねてゆくから、小さなブルーに。



 次の日の朝、目が覚めたら直ぐに思い出したカクテルのこと。これは訊かねば、とブルーの家に出掛けて行った。いい天気だから、秋晴れの空の下を歩いて。
 生垣に囲まれたブルーの家に着き、二階の部屋に案内されて。いつものようにテーブルを挟んで向かい合わせで座って、こう切り出した。
「お前、今度は酒が飲めるように努力をするんだったっけな?」
「そうだよ、ハーレイをパパに取られたくないしね」
 ぼくがお酒を飲めなかったら、ハーレイはパパと飲むんだって言うし…。
 ハーレイとパパが楽しく飲んでて、ぼくは仲間外れになっちゃうだなんて、最悪だもの。
「よし。それなら、カクテルに挑戦するか?」
「…カクテル?」
 なあに、それ? そういう名前のお酒があるの?
「名前と言っていいのかどうか…。カクテルにも色々あるからな」
 カクテルの中には甘いジュースみたいなヤツもあるんだ、見た目も味もジュースそのままだ。
 お前が苦手な酒の味はしない、そういうカクテルが幾つもあるのさ。



 エラの事件を覚えていないか、と尋ねてみたら。
 シャングリラで起こった事件なんだが、と言えば、ブルーはキョトンとして。
「…エラ?」
 エラがどうかしたの、シャングリラで事件って…。エラは事件なんかは一度も…。
「いや、あった。酔っ払っただろうが、休憩室でジュースを飲んで」
 正確に言えば、ジュースと間違えて酒を山ほど飲んだわけだが。
「ああ…! そういえばあったね、歌まで歌って、ブラウみたいになっちゃったエラ」
 後から凄く怒ってたけど…。あれは悪魔の飲み物だ、って、シャングリラの風紀が乱れるって。
「あの時のジュースがカクテルなんだ。…あれで禁止になっちまったが」
 シャングリラではカクテル作りは禁止されたし、幻の酒っていうヤツだな。
 ゼルとヒルマンがコッソリ部屋で楽しんでいたが、他のヤツらは飲んでいない筈だ。エラが相手じゃ勝ち目がないしな、バレたらタダでは済まんだろうし…。
 前のお前がカクテルって名前を覚えるよりも前に消えちまったな、シャングリラではな。
「そっか、あのジュースがカクテルだったんだ…」
 エラが間違えて飲んじゃったお酒、今でもあるの?
 ジュースみたいな味のお酒なら、確かにぼくでも飲めそうだけど…。エラも飲んだんだし。
「あるぞ、カクテル。挑戦するかと訊いてるからには、もちろんあるさ」
 酒の強さもピンからキリまで、前の俺たちが生きてた頃より遥かに沢山のカクテルがな。



 カクテルに使う酒の種類も増えているし、と例を挙げてやった。SD体制の時代には存在自体が消されていた酒、それの一つのリュウゼツランから作る酒。テキーラと呼ばれて愛されたけれど、カクテルのベースとしても有名だったけれど、前の自分たちの時代には無かったと。
「テキーラは強い酒なんだがなあ、カクテルにすればいい感じになるぞ」
 これが酒か、と思うような美味いジュースになるんだ。お前でもきっと飲めるだろう。テキーラそのものは嫌がりそうだが、カクテルならな。
 それから、和風の酒がベースのカクテルもある。和風の酒も前の俺たちの頃には無かったな。
「そうなんだ…!」
 テキーラはちょっと無理そうだけれど、和風のお酒だったら大丈夫かも…。
 カクテルでなくても、そのまんまでも。
「おいおい、どういう根拠でそうなるんだ?」
 和風の酒なら大丈夫そうって、お前、まだ酒なんかは飲めないだろうが。
「酒蒸しとかがあるじゃない。ママが時々、作ってくれるよ」
 ぼくは酒蒸し、大好きだから…。嫌な味だと思ったことが無いから、和風のお酒は平気かも。
 前のぼくでも大丈夫だったかもしれないよ。無かったから試せなかったってだけで。



 人によって駄目なお酒は違うかも、とブルーは大真面目だから。
 今の自分も前の自分も、和風の酒なら飲めるのかも、と酒蒸しを根拠に決め付けるから。
「アルコール入りの飲み物って所は、どれも同じだと思うがなあ…」
 酒蒸しにするとアルコール分は飛んじまうんだぞ、もはや酒とは言えん代物だ。風味だけだな、酒蒸しで酔っ払っちまったって話は聞いたことがないが。
「…そう?」
 でも、ぼくの嫌いな味はしないよ、酒蒸しからは。
 それに和風のお酒が駄目でも、カクテルだったら飲めるんでしょ?
 カクテルになったらジュースみたいで、お酒だって感じがしなくって…。それならぼくでも絶対平気。いつかカクテル、飲んでみたいな。
「エラと同じ末路ってことも有り得るが?」
 飲みやすかったからエラはああなっちまった。お前だって、そうならないとは限らんぞ。
 お前の酒の限界ってヤツが謎だからなあ、俺が止めるにしても間に合わないって可能性も…。
 エラほど派手には酔わなくっても、二日酔いコースはあるかもなあ…。
「二日酔いでも、ぼくは気にしないよ」
 だって、ハーレイと一緒にお酒が飲めるんだよ?
 美味しくない、って文句を言わずに、ジュースみたいに美味しいのを。
 次の日に頭が痛くなっても、ちょっと気分が悪くなっても、ハーレイと一緒にお酒がいいな。



 カクテルに挑戦してみたい、とブルーは飲む気のようだから。
 飲んでみたいと大乗り気だから、「よし」と大きく頷いた。
「なら、カクテルも勉強しておくかな」
 普通のも、和風の酒とかのも。たまに作って試飲に研究、お前と飲む時に備えてな。
「…ハーレイ、カクテルは詳しくないの?」
 パパとお酒の話をしてたし、詳しいのかと思ったけれど…。
 これから勉強するんだったら、カクテルは作っていないわけ?
「俺は普通に飲むのが好きでな」
 酒はそのまま、それが基本だ。氷を入れたり、水で割ったり、その程度だな。和風の酒なら熱くするとか、冷やすとか…。
 前の俺も酒はそのままだったな、ゼルやヒルマンはカクテルも飲んでいたんだが…。
 あの頃のレシピも覚えてはいるが、今の時代に似合いのカクテルの方がいいだろう?
 和風の酒とか、前の俺たちの頃には無かったテキーラとかで作ったカクテル。
 俺も自分で作りはしないが、たまに飲むのは嫌いじゃないぞ。



 カクテルを作って飲ませてくれる店があるんだ、と話したら。
 決まったレシピで作る他にも、注文に合わせてオリジナルのを作って貰えると教えてやったら。
「それ、行ってみたい…!」
 ハーレイに作って貰うのもいいけど、専門のお店だったら材料だって色々あるよね?
 こういう味のカクテルが飲みたい、って言えば作ってくれるんでしょ?
 もっと甘くして、って頼んだら甘くなったり、ソーダ入りのにして貰えたり。
「お前、何杯も飲むつもりなのか?」
 いくらカクテルでも相手は酒だぞ、甘くて美味いと飲んでいる内に酔いそうなんだが…。
 いや、確実に酔っちまうから、俺としてはだ、二杯くらいで止めて欲しいが…。
「たったの二杯? それじゃ美味しいのに出会えないよ…!」
 もっと甘く、って頼んだら、それでもう二杯目だよ?
 ソーダ入りのが飲みたくっても、それを試す前におしまいになってしまうじゃない…!



 せっかく店に出掛けるからには二杯だけではつまらない、と唇を尖らせるブルーだけれど。
 オリジナルのカクテルを色々試してみたい、と膨れるけれど。
 もっと、もっと、と試す間にブルーが酔うのは確実だから。もう間違いなく酔ってしまうから。
「…酔ったお前を人に見せたくないんだがなあ…」
 だからだ、二杯くらいで止めて欲しいと思うわけだな、酔っても顔に出ない間に。
「なんで?」
 酔っ払っても、ぼくはエラみたいになったりしないと思うけど…。
 そうなる前にハーレイが止めてくれるだろうから、ちょっとくらいは酔っ払っても…。次の日に二日酔いになるのはぼくだし、ハーレイじゃないし。
「いや、駄目だ。酔っ払ったお前を披露したくない」
 店の人もそうだし、他にも客がいるんだろうし…。
 酔ったお前を見せてやるだなんて、そんなもったいないことは出来んな。
「えーっ!?」
 もったいないって、なんなの、それは?
 みっともないの間違いじゃないの、エラが酔っ払った時に後でそう言って怒っていたよ?
 あんな飲み物を置いておくから、みっともないことになっちゃった、って…。
 風紀が乱れる酷い飲み物で、悪魔の飲み物。飲んだら、みっともなくなるから、って。



 まるで分かっていないらしいブルー。もったいないの意味が掴めていない小さなブルー。
 酔った自分が美しかったことをブルーは知らない。
 どれほど煽情的であったかも、匂い立つような色気と艶やかさを帯びていたのかも。ほんのりと赤く染まった頬や目許や、香しい息が零れ落ちていた唇やら。
 酔っ払った最中に鏡は見ないし、たとえ鏡を見ていたとしても、自分で気付くわけがない。今の自分がどう見えるのかも、そんな自分が宿す美なども知るわけがない。



 ハーレイはフウと溜息をつくと、小さなブルーに分かるように説明してやった。
「お前、酔ったら凄い美人になるからなあ…」
 元から美人で綺麗なんだが、もっと美人になっちまう。だからもったいないって言うんだ、他のヤツには見せたくないしな。
「…そうなの?」
 酔っ払ったら美人だなんて、言われてもピンと来ないけど…。
 エラはとっても怒ってたんだし、みっともないなら分かるんだけれど。
「いや、酔ったお前は確かに美人だ。芙蓉どころか酔芙蓉ってな」
「なにそれ?」
「ん? 芙蓉が美人で、酔芙蓉は酔った美人ってトコだな」
 芙蓉って花は知ってるか?
 元々は中国で蓮の花を芙蓉と言っていたんだ、そして美人の譬えでもあった。芙蓉のかんばせ、とくれば美人の顔のことだな。
 ところが日本じゃ芙蓉は蓮じゃなくって、全く別の花になっちまった。その芙蓉の中に酔芙蓉という品種があってな、そいつはまさに酔っ払うんだ。一日だけしか咲かない花だが、その間に花の色が酔っ払ったみたいに変わってゆくんだな。酔った芙蓉で酔芙蓉だ。



 そういう綺麗な花があるのさ、と酔芙蓉の解説をしてやったら。
「…あの花かな?」
 えっとね、ちょっと離れた所の家にね、色が変わる芙蓉が咲くんだよ。真っ白だな、って思って通るんだけれど、お昼過ぎに見たらピンクになってて、夕方にはもっと濃いピンク色。
 あれのことかな、酔芙蓉って…?
「そうだ、そいつが酔芙蓉だ」
 雪のように白い肌の美人が酔ってゆくように見えるだろう?
 最初はほんのり淡く色づいて、だんだん顔が赤くなる。美人の芙蓉が酔っ払うんだし、酔芙蓉は酔った美人だろうが。
 お前も酔芙蓉の花を知ってるんなら、どれほど綺麗か直ぐに分かるよな…?



 まさにそういう感じになるのが酔ったお前で…、と片目を瞑った。
 そんなお前を他のヤツらに見せたくはないと、もったいないと。そうしたら…。
「酔芙蓉、好き?」
「はあ?」
 唐突に問われて、小さなブルーをまじまじと見る。どういう意味か、と。
「酔った前のぼく、好きだった?」
 もったいないから見せたくない、って言うんだったら、そういうぼくも好きだった?
 酔芙蓉みたいだった、っていう前のぼく。
「そうだなあ…。好きではあったが…」
 この上もなく美人だったし、ふらふらと惹き付けられもした。
 こんなお前は俺だけのものだ、と得意にもなったものなんだが…。
 誰も知らんと、誰も見たことのない最高の美人だと、酔芙蓉なお前に酔ったもんだが…。



 迷惑もした、と苦笑した。
 明くる日は散々文句を言われて、と。
 酔芙蓉だった前のブルーはそれは美しかったけれども、魅せられたけども。当のブルーは酔っているのだし、次の日は必ず二日酔い。頭痛や胸やけなどで臥せるか、ぐったりするか。
 そんな自分に無茶をさせたと、どうして寝かせてくれなかったかと膨れたブルー。夜の間に何があったか、自分の身体を見れば一目で分かるから。どういう夜を過ごしたのかが。
「えーっと…。今度のぼくは文句なんかは言わないよ?」
 前のぼくと違って、お酒を美味しく飲めるんだし…。ジュースみたいなカクテルなんだし。
 美味しいカクテルで酔っ払っても、二日酔いでも、苦手なお酒じゃないからいいよ。
「さて、どうだか…」
 お前は分かっていないようだが、前のお前が言ってた文句。
 酒の味の文句も入ってはいたが、チビのお前には分からない文句もあったってな。そっちの方を今度も言われそうだな、ハーレイは酷いと、人でなしだと。
「…言わないよ?」
 ホントのホントに何も言わないよ、美味しくお酒を飲んだんだから。
 二日酔いでも、絶対、ハーレイのせいにはしないよ、酷いだなんて言いやしないよ。



 やはり分かっていないブルーは、今度は二人で酒を飲むのだと上機嫌だから。
 美味しく飲めるならカクテルを飲むと、飲みに行きたいとはしゃぐから。
「酔芙蓉は他のヤツらに見せられんからなあ…」
 飲みに行くなら、うんと弱いのを二杯までだ。そのくらいだったら顔には出ないだろうし…。
 それ以上は駄目だな、お前、酔芙蓉になっちまうしな。
「じゃあ、カクテルは二杯だけなの?」
 ハーレイと一緒に飲みに出掛けても、ぼくは二杯でおしまいなの?
 もっとハーレイとお酒を飲んでみたいのに…。前のぼくが飲めなかった分まで、美味しいのを。カクテルだったら何杯だって飲めそうな気がするのに、二杯だけなの…?
「店で飲むならな。…しかしだ、お前が俺に付き合って飲んでくれると言うのなら…」
 俺が作るさ、家でカクテル。それなら何杯飲んでもいいしな、見てるヤツらはいないしな。
 お前が酔芙蓉になっちまっても、家なら連れて帰らなくても大丈夫だし。
「うんっ! 家で飲むなら、酔っ払っても安心だよね!」
 パタッと倒れて眠っちゃっても、ベッドに運んで貰えるし…。
 次の日の朝に二日酔いでも、そのまま寝ていてかまわないんだし。



 家で二人でカクテルを飲もうね、と笑顔のブルーは未だに分かっていないけれど。
 酔芙蓉になった自分が家にいたなら、ベッドでぐっすり眠るどころではないということにまるで気付いていないけれども、それが可愛くて愛おしい。
(酔芙蓉をそのまま眠らせちまうなんて、それこそもったいないってな)
 小さなブルーは全く分かっていないけれども、酔芙蓉の花は愛でてこそ。愛でて、愛して、花の香に酔って、心ゆくまで味わってこそ。
 いつかはブルーとカクテルもいい。白から紅へと色を変えてゆく、酔芙蓉の花を愛でながら。
(今からレシピを増やしておくかな、いずれブルーと飲むんだからな?)
 前の自分が記憶していたレシピの他にも、あれこれ調べて研究しよう。酒が苦手でも飲めそうなものを、ブルーが喜んで飲んでくれそうなカクテルを。
 店で飲んでもいいのだけれども、自分の家で酔芙蓉。
 最高の美人を一人占めするために、酔芙蓉の花に溺れるために…。




            酔芙蓉・了

※シャングリラでは、ご禁制の品だったカクテル。悪魔の飲み物では仕方ないのですけど…。
 本当はとても美味しいわけで、今度はブルーと飲みたいハーレイ。酔芙蓉なブルーと。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv










PR
Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]