シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(えーっと…)
そうだったっけ、と新聞を覗き込んでしまったブルー。
学校から帰って、おやつの時間に。ダイニングのテーブルにあった新聞、それを広げて見付けた記事。幸せそうな花嫁の写真が目を引いたから。ブーケを手にして、最高の笑顔で。
自分もいつかはこんな写真を撮れる日が来る、とワクワクと記事を読んだのだけれど。てっきり結婚式の儀式の中身か、そんな内容だと思ったけれど。
(んーと…)
誓いのキスとか、結婚指輪の交換だとか。二人で署名する結婚証明書と言うのだったか、それの書き方とか、そういうものだと後学のために読んだのに。
(勉強にはなったと思うんだけど…)
記事の主役は花嫁が手にしたブーケだった。真っ白な薔薇と飾りのグリーンと、名前を知らない白く清楚な花を纏めた綺麗なブーケ。純白のリボンも結び付けてある、ブーケの花たちの美しさを更に引き立てるように。多分、レースで出来ているリボン。
ブーケについての記事と言っても、注文の仕方や選び方というわけではなかった。花嫁のためのブーケはあって当然、それを前提として書かれた記事。ブーケの参考には全くならない。
けれども、記事には重要なことが書かれてあった。結婚式で花嫁がすべきこと。
(ブーケトス…)
正確に言うなら、結婚式を終えた花嫁から参列者に向けての贈り物。それがブーケトス、花嫁のブーケを空へと投げる。結婚式に集まってくれた人たちの方へと高く投げ上げ、ブーケが落ちたら其処にいた人が次の花嫁。次に結婚出来る花嫁になれるというのがブーケトス。
実際に見たことは一度も無かったけれども、考えてみればドラマのシーンで見たかもしれない。花嫁が空へブーケを投げる姿を、ふわりと飛んでゆくリボンが結ばれた花束を。
(欲しいな、これ…)
勉強になったと思った点は其処だった。花嫁が投げたブーケを貰えば次の花嫁になれると書いてあったから。そのためのブーケトスだったっけ、と思い出した。
自分自身が結婚式でブーケを空へと投げるかどうかは、この際、あまり関係がない。関連行事の一つなのだと覚えておけばそれで充分、忘れていたって多分、問題は無いだろう。
(…誰かが教えてくれそうだしね?)
ブーケを手にしたままでいたなら、「早く投げて」と声が上がるとか、結婚式を挙げた所の係に促されるとか。こうして記事になるほどだから。
(ぼくのブーケはどうでもいいけど…)
結婚式を挙げた後なら、ブーケは本当にどうでもいい。花嫁姿を引き立てるための飾りの花束、貰って喜ぶ人がいるなら惜しげもなくポンと投げるだけ。空に向かって。
それはどうでもいいのだけれども、問題はブーケ。この新聞の記事にあるような。自分より先に結婚式を迎える花嫁、その人が空へと投げ上げるブーケ。
(ぼくもブーケが欲しいんだけど…)
自分の結婚式用ではなくて、先輩の花嫁が手にしたブーケ。それが欲しいと記事を眺める。白い薔薇と名前も知らない花々、それにグリーンを纏めたブーケを。
ブーケトスのブーケを貰いさえすれば、ハーレイと早く結婚式を挙げられそうだから。結婚式を早く挙げられるように、背丈だってグンと伸びそうだから。
(ブーケを貰えば、次の花嫁になれるんだしね?)
学校を卒業して十八歳の誕生日が来たら、直ぐに結婚出来るようにと前の自分と同じ背丈に。
誕生日がまだ来ない内から、ハーレイとキスを交わせる背丈まで育っていたなら、結婚式だってグンと早まるに違いないから。
結婚式に向けての力強い味方になってくれそうな花嫁のブーケ。幸せな花嫁が空に向かって投げ上げるブーケ、それが欲しいと思うけれども。
(でも…)
ブーケトスのブーケを貰いたかったら、行くべき場所は結婚式場。花嫁のブーケを作るだけなら花屋さんで間に合うだろうけど。「こんなのが欲しい」と注文したなら、予算に合わせて幾らでも作れるのだけれど。
(…ブーケだけあっても、意味なんか無いし…)
投げてくれる花嫁がいなくては。幸せを分けてくれる先輩の花嫁、その人が投げたブーケを手に出来なければ、次の花嫁にはなれないのだから。
結婚式に行かない限りは、手に入らない花嫁のブーケ。本物のブーケ。
(譲って貰う、っていうのも書いてあるけど…)
記事に載っている花嫁のブーケの入手方法、運に頼らずに確実に手に入れるための方法。
空へと投げるブーケトスだと、誰が貰えるか分からないから。「あの人にあげたい」と力一杯に空へ投げても、狙いが外れて違う誰かが貰ってしまうかもしれないから。
そうならないよう、あらかじめ花嫁に頼んでおく。「結婚式が終わったらブーケを下さい」と。
一言お願いしておきさえすれば、ブーケトスの代わりにプレゼント。「どうぞ」と渡して貰えるブーケ。花嫁の手から直接、幸せのブーケ。
次は自分が花嫁になりたいと強く願うなら、この手段。
花嫁の方でも「是非に」と欲しがる人がいるなら、喜んで譲ってくれるから。ブーケトスという結婚式を彩る行事は出来ないけれども、他の誰かが幸福になってくれるなら。
花嫁のブーケを貰いたいなら、ブーケトスで飛んで来たのを掴むか、花嫁に頼んで手に入れる。方法は二つもあるのだけれども、どちらのブーケも自分は貰えそうにない。
結婚式に呼ばれる機会は無さそうな上に、結婚しそうな知り合いが何処かにいたとしたって…。
(…男の子のぼくには…)
ブーケなんかは譲って貰えないに決まっている。
男の子は花嫁にならないのが普通で、花嫁を貰う方だから。「譲って下さい」と大真面目な顔で頼みに行っても、きっと冗談だと思われる。結婚式を盛り上げるためのジョークで、花嫁の緊張をほぐしてくれる素晴らしい笑いをプレゼントしたと全員に誤解されるのがオチ。
ブーケトスの方で貰おうと待っていたって、掴んだ途端に「こっちに頂戴」と言われるだろう。自分の周りにいるだろう女性、その中の誰かに「どうぞ」と笑顔で渡すしかない。たまたま自分が受け取ったけれど、これは女性のものだから、と。間違いでしたと、あなたのですよ、と。
(…カッコよく譲らなきゃ駄目なんだよ…)
本当は自分が欲しいのに。
次の花嫁になろうと思って、頑張って手にしたブーケなのに。
そうは思っても、普通だったら花嫁にならない男の子。それが自分で、どんなにブーケを持っていたくても、女性陣から「頂戴」と言われたら譲るべき。
彼女たちは何も知らないのだから。ブーケを貰った男の子だって花嫁を夢見て生きているとは、微塵も思っていないのだから。
どう考えても、手に入りそうもない花嫁のブーケ。投げて貰う方も、譲って貰う方も。
それさえあったら、次の花嫁は自分なのだと大いに自信がつくのだろうに。全く伸びてくれない背丈も、ぐんぐんと伸びてゆきそうなのに。
結婚式に出掛けて行っても貰えないブーケ。頑張って掴んでも、譲らなくてはいけないブーケ。
(…ハーレイと結婚するって決まった後なら…)
婚約したなら、花嫁になるのに違いないから、ブーケを貰おうとしても不思議ではないけれど。変だと言われもしないけれども、今度はブーケを貰う意味の方が無くなってしまう。
もう結婚が決まっているなら、ブーケが欲しいと努力しなくても次の花嫁になれるから。周りの女性たちと順番が多少前後したとしても、花嫁になるのは確実だから。
(ちょっと早いか遅いかの違いだけだしね…)
次の花嫁には違いない自分。ハーレイと結婚する自分。
婚約していては、貰う意味が全く無いブーケ。他の人が貰うべきブーケ。
まだ結婚が決まっていない誰か、そういう女性に「どうぞ」と譲ってあげるべきだし、もちろんそれでかまわない。もう欲しいとも思わない。次の花嫁は自分だから。結婚式の日が来たら花嫁になって、ハーレイと結婚出来るのだから。
そうは言っても、今はまだ見えもしない婚約。遠すぎて見えない結婚式の日。
少しでも早く結婚したいし、花嫁になりたいと思うから。
(…ブーケ、欲しいのに…)
こういうブーケを投げて貰うか、頼んで譲って貰いたいのに、と眺める写真。新聞記事の花嫁のブーケ、真っ白な薔薇や名前も知らない花を纏めて純白のリボンを結んだブーケ。
欲しくて欲しくてたまらないのに、貰えない。
誰も自分には投げてくれないし、譲って貰えそうもない。結婚式に呼んで貰えるアテも無い上、呼んで貰えても男の子はブーケを貰えない。
(どう考えても駄目だよね…)
貰えないよ、と溜息をついて閉じた新聞。諦めるしか無さそうなブーケ。
せっかく耳寄りな情報を掴んでも、どうにもならない花嫁のブーケ。貰えたら心強いのに。次の花嫁は自分なのだと、幸せな気持ちになれるだろうに…。
素晴らしい力を持っているらしい花嫁のブーケ。それがあればと、何処かで貰うことが出来たらいいのに、と部屋に帰ってからもブーケが頭から離れない。新聞で見掛けた真っ白なブーケ。
(…誰か、くれないかな…)
本当にあれが欲しいのに、と勉強机の前に座って諦め切れずに考えていたら、耳に届いた来客を知らせるチャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、もう早速にブーケの話題を持ち出した。母の足音が階段を下りて消えるなり、テーブルを挟んで向かい合わせで。
「あのね、花嫁のブーケって知っている?」
花嫁さんが持ってる花束。白い薔薇のとか、ドレスに合わせて色々あるヤツ。
「いつかお前が持つんだろ?」
俺と結婚する時に。ウェディングドレスのデザインに似合いの綺麗なヤツを?
これを使いたいという好みの花でも出来たのか、
と訊かれたから。
「そうじゃなくって、ブーケトスだよ」
結婚式の後で花嫁さんがブーケを投げるでしょ。今日の新聞にも書いてあったよ。
「ああ、あれな。…ブーケトスなら何度も見たなあ、結婚式で」
お前は本物を見たことが無いというわけか。チビだからなあ、無理もないが…。シャングリラの頃にはやってなかったし、知らなくても仕方ないんだが…。
ブーケトス、誰に投げてやるんだ?
お前の従姉妹か友達あたりに、欲しがりそうなヤツがいるのか?
「ぼくが欲しいんだよ!」
あれを貰ったら、次の花嫁になれるって言うし…。新聞にもそう書いてあったし。
次の花嫁になれるんだったら、ハーレイと結婚出来る日だって早く来てくれそうだから…。
でも…。
結婚式に出掛けて行っても、花嫁に譲って欲しいと頼んでも、男の子の自分にはブーケを
貰える道が無い、と説明していて気が付いた。
「そうだ、ハーレイ、結婚式は?」
「はあ?」
結婚式って誰の話だ、俺とお前の結婚式なら、まだまだ先の話なんだが…?
「友達の結婚式とかは無いの?」
そういうのに呼ばれて行くことは無いの、ハーレイ、友達、多いでしょ?
学校の頃の友達もそうだし、柔道とか水泳で出来た友達とか、学校の先生仲間とか…。
「そうだな、まるで無いとは言えんが…」
結婚がまだの友達もいるし、後輩だったら人数はもっと増えるな、うん。
「だったら、それに呼ばれた時には、ぼくを一緒に連れて行ってよ」
結婚式の後のパーティーは出られなくてもいいから、結婚式に。
式だけだったら、祝福してくれる人は多いほどいいって聞いたことがあるから、結婚式だけ。
「…どうするんだ?」
式だけだなんて、お前、何しに行くつもりなんだ。
結婚式が無事に終わったら、俺はパーティーに行っちまうんだが?
「花嫁さんのブーケを貰うんだよ!」
結婚式場の前で待ってるんだよ、ブーケを投げてくれるのを。
欲しいっていう人が予約を入れてて貰っちゃったら仕方ないけど、そうでなければブーケトスで投げてくれるでしょ?
運が良ければ受け止められるし、と話したら。
ハーレイが隣にいてくれるのなら、「こいつは俺の花嫁になる予定で…」と周りの人に説明して貰えるから、男の子でもブーケを持って帰れそうだとアイデアを披露してみたら。
「お前なあ…。そりゃあ、説明くらいはしてやるが、だ」
俺と一緒に結婚式なんかに行けるってことは、とっくに俺と結婚してるか、結婚が決まった後のことだと思うがな?
今のお前は俺とデートに行けやしないし、デートに行くなら大きく育てと言ってあるよな?
前のお前と同じに育って、俺とキスしてもかまわない背丈になるまでな。
「そっか…。そうだよね、ハーレイと一緒に行けるってことはそういうことだね…」
ぼくも結婚式に出てみたいから連れて行って、って頼めるんならデートだし…。
ハーレイとデートに行けるんだったら、結婚するってことは決まっているよね…。
それならブーケを貰う意味が無いね、ぼくは結婚するんだから。
次の花嫁になれるんだから、ブーケは他の人のものだね…。
名案を思い付いたと思ったけれども、ハーレイと一緒に出掛けた結婚式でも貰えないブーケ。
他の誰かが貰える筈の幸せを横から奪ってしまっては駄目だろう。花嫁のブーケを貰わなくても次の花嫁になれるのだから。ハーレイとの結婚はもう決まっていて、結婚式を待つだけだから。
(…ブーケ、やっぱり貰えないんだ…)
結婚が早くなるおまじない。貰えば次の花嫁になれる花嫁のブーケ。
譲って貰う方はもちろん、ブーケトスで手に入れる道もどうやら夢で終わるらしい。幸せ一杯の花嫁が投げてくれるブーケは貰えない。
いつか自分が投げるだけで。
結婚式の時に忘れていたって、「投げるんですよ」と注意されるか、「投げて下さい」と沢山の手が空に向かって差し伸べられるか、どちらかで。
「ぼく、あげるだけでおしまいなんだ…」
花嫁さんのブーケは貰えなくって、ぼくのブーケを誰かにあげるだけなんだ…?
「いいじゃないか、その後は俺との結婚生活なんだぞ?」
お前がブーケを投げるってことは、結婚式が終わりましたという意味だろうが。
俺との結婚式を済ませて、お前は俺の嫁さんなんだ。
いいか、嫁さんになるんだぞ?
前のお前が三百年以上も俺と一緒に暮らしていたって、ついになれなかった嫁さんにな。
メギドで死んじまって終わりじゃないんだ、と大きな褐色の手で握られた右手。
この手はずっと温かいんだ、と。
二度と温もりを失くしはしなくて、冷たく凍えはしないんだ、と。
「…そうだね、ハーレイと一緒なんだね。今度はずっと」
ぼくの右手は欲しいだけ温もりを貰えるんだね、いつでも、欲しいと思いさえすれば。
「そうだ、死ぬ時までしっかり握っててやるさ」
お前の右手は最後まで温かいままなんだ。俺が握っていてやるから。
死ぬ時も俺と一緒なんだろ、今度のお前は。
「うん、ハーレイと最後まで一緒」
ハーレイと一緒に死ぬんでなければ嫌だよ、ぼくは。
独りぼっちで生きていくなんて、ぼくは絶対、耐えられないから…。
前のハーレイにそれをやらせてしまったけれども、ぼくには無理に決まっているから…。
ちゃんと心を結んでおいてよ、結婚したら。
ハーレイの心臓が止まる時には、ぼくの心臓も一緒に止まるように。
「…それがお前の望みだったな、寿命が短くなってしまってもかまわないから、と」
「何度も言ったよ、そうしておいて、って」
ぼくのサイオンは不器用だから、心を結ぶなんてことは出来ないし…。
ハーレイに頼んでおくしかないから、結婚したら直ぐに結んで。
そして最後まで一緒なんだよ、ハーレイに手を握って貰ったままで一緒に死ぬんだよ。
ぼくの手は温かいままで。
ハーレイの温もりを持ったまんまで、ハーレイと一緒に何処かへ還って行くんだよ…。
いつか命が尽きた時には、ハーレイと二人で還ってゆく場所。
この青い地球に生まれ変わる前に二人で過ごしていたのだろう場所、其処へハーレイと手を繋ぎ合ったまま還ってゆく。
今度は温もりを失くすことなく、前の生の終わりに凍えた右手をハーレイにしっかり握り締めて貰って、包んで貰って。
それが今度の自分の最期で、その日が来るまでハーレイと離れることなく一緒に暮らして…。
幸せになれるに決まっているのが今の生。前と違って今度はきっと、とハーレイの手をキュッと強く握り返したら。
「よし、俺と一緒に暮らせるってことが幸せなんだとは分かっている、と」
だったら、贅沢を言っていないで、だ…。
お前の幸せ、分けてやるんだな。これから幸せになりたいヤツに。
「え?」
分けるってなあに、ぼくの幸せを誰に、どうやって…?
「お前のブーケだ。…俺の花嫁になった、お前のブーケ」
さっきから自分で言ってただろうが、次の花嫁になれるブーケが欲しいと。
そいつをお前が投げてやるんだ、結婚式に来てくれたヤツに。
誰が受け止めるのかは分からないがだ、お前のブーケは間違いなく最高のブーケなんだ。
どんな花嫁のよりも凄いブーケだ、この宇宙の誰よりも幸せな花嫁がお前だからな。
いいか、ソルジャー・ブルーの恋が実った瞬間なんだぞ、今の俺との結婚式。
前の俺たちはいつから恋して、いつから一緒にいたんだっけな…?
生まれ変わりだと誰にも明かしていなくても。
前の自分たちがソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイだったことなど、誰にも話さないで結婚式の日を迎えたとしても、周りの誰もが知らなくても。
遥かな遠い時の彼方で、あのシャングリラで三百年以上も共に暮らして、恋をして。
ハーレイと一緒に長く長く生きた、キスを交わして、愛を交わして。
恋は誰にも明かせないままで、最後までずっと秘密のままで。
結婚することは叶わなかったけれど、メギドへと飛んでしまって別れたけれど。
それまではずっと続いた恋。前の自分が深い眠りに就いてしまった後にも、その枕元で子守唄を歌ってくれたハーレイ。ナスカで生まれた子供たちのための子守唄を。「ゆりかごの歌」を。
その歌を自分は覚えていた。ハーレイが歌った子守唄を。深い眠りの底にいたのに、その歌声を感じ取っていた。
ハーレイとの絆はずっと続いて、メギドでも断ち切られはしなかった。
悲しみの中で泣きじゃくりながら死んだというのに、ハーレイの温もりを失くしてしまって右の手が冷たく凍えたのに。
独りぼっちになってしまったと、もうハーレイには会えないのだと泣いていた自分。
けれども絆は切れはしなくて、青い地球へと続いていた。前の自分が夢に見た地球へ。その上でハーレイと暮らす未来へ、結婚して生きてゆける未来へ。
考えてみれば、ハーレイが語るとおりに壮大な恋。遥かな時の彼方から今まで繋がった恋。
白いシャングリラはとうに無いのに、前の自分たちは伝説の英雄になったというのに。
「ほらな、お前と俺との恋。…この宇宙の誰よりも長くて凄い恋だってな」
ちょっと誰にも真似は出来んぞ、ここまでの恋は。
「そうかもね…」
ぼくたちの他には誰もいないかもね、こんなに長い恋をした人。
「いないに決まっているだろう。普通は此処まで待たなくっても、何処かで結婚出来そうだぞ」
これだけしつこく恋をしていれば、もっと早くにゴールに辿り着けそうなんだ。
ところが俺たちはそうはいかなくて、とうとう此処まで来ちまった。恋をしてるのに、結婚式を挙げられないまま今に至る、と。
此処に来る前は何処にいたのか知らんが、ちゃんと結婚出来ていたなら忘れはしない。そうだと思うぞ、誓いのキスを交わして結婚していたのなら。
つまりだ、俺たちは恋をしたまま、ゴールに向かって歩き続けて来たわけだ。青い地球まで。
お前との結婚式が恋のゴールになるってことだな、それから結婚生活になる、と。
もう最高の結婚式だぞ、そこまでの長い恋が実って結婚しようというんだから。
式に来てくれた誰も全く気付いていなくても、俺たちの絆はずっと続いて来たんだからな。
自分たちが生まれ変わりだと知る両親はともかく、他の人々はまだ何も知らないだろうから。
長く長く続いた恋が実って結婚するとは、夢にも思いはしないのだけど。
ただの教師と教え子の結婚、そのくらいにしか考えていないわけだけれども。
「分かるな、この地球どころか宇宙の何処にも、これほどの凄い結婚式は無いってな」
その結婚式のためのブーケは最高の愛のお裾分けだ。
お前が幸せを分けてやれ。次の花嫁になる誰かにブーケを投げてやって。
この手で力一杯にな、とハーレイの大きな両手で改めて包み込まれた右手。
前の生の最後に凍えた右の手、メギドでハーレイの温もりを失くしてしまった右手。
「…ぼくが投げるの?」
ぼくのブーケを投げてあげるの、結婚式に来てくれた人たちに?
「そうさ、この手が最高に幸せになる日だろうが。結婚式の日」
いや、最高の幸せに向かって歩き出す日か、結婚して一緒に暮らせるようになるんだからな。
「そうだね、ずっとハーレイと一緒だものね」
おんなじ家で二人で暮らして、何処へ行くのもハーレイと一緒。
前のぼくたちには出来なかったことだよ、ずうっと一緒にいるなんてこと。
「なら、そいつを他のヤツらにも分けてやってこそだろ」
俺たちのように幸せな結婚が出来ますように、と俺たちの幸せのお裾分け。
神様だってそうお思いになるさ、幸せを分けてやれってな。
「そっか、神様…」
結婚式には神様もセットだったんだっけね、教会で式を挙げるんだから。
前のぼくたちが生きていた頃にも消えなかった神様、その神様がいるのが教会だから…。
自分たちを生まれ変わらせてくれた神様。
前とそっくり同じ姿に育つ身体に、前の自分が行きたいと願った青い地球の上に。
聖痕をくれた、ハーレイともう一度巡り会わせてくれた神様。
その神様の前で結婚するのだから。
白いシャングリラには無かった教会、きっと其処での結婚式になるのだろうから。
「…ブーケ、投げなくちゃいけないね」
結婚式の記念に取っておきたい気もするけれども、ぼくのブーケは投げなくっちゃね…。
「そうだろ、自分だけ幸せになってはいけないってな」
前のお前ほどにやれとは言わないが…。
自分の命も幸せも捨てて他のヤツらを幸せにしろとは、俺は絶対に言いはしないが。
「…うん、ハーレイに言われなくても、前のぼくみたいに出来はしないよ」
今のぼくにはメギドを沈めに行くのも無理だし、ハーレイと別れて行くのも無理だよ。
あんな強さは持っていないし、サイオンだって駄目で、うんと弱虫なんだもの…。
「それなら、ブーケくらいはな」
幸せのお裾分けにどうぞ、と力一杯に投げてやるんだな。
うんと遠くで「此処までは届きそうにない」と残念そうに見ているヤツにも届くくらいに。
宇宙で最高のブーケなんだし、思いがけない幸せを貰ったと喜んで貰えるのがいいだろうが。
貰えて当たり前のような所で待ってるヤツより、前へ行き損ねちまってしょげてるヤツに。
「そうだね、そういう人の所まで届けられるように頑張ってみるよ」
ボールを投げるのは下手だけれども、遠くまで飛んでくれないけれど…。
ブーケは遠くまで投げられるといいな、貰おうと思って待ち構えている人よりも遠い所まで。
頑張って遠くに投げてみるね、と返事してから気が付いた。
花嫁の幸せのお裾分けのブーケ、貰った人は次の花嫁になれると言われているブーケ。
自分も欲しいと思ったくらいで、手に入らないと溜息をついていたけれど。
それを自分が結婚式の時に投げるのだけれど、その結婚式。
ウェディングドレスを着るのではなくて、白無垢もいいという話もあった。ハーレイの母の花嫁衣装だった白無垢、それを着るのも悪くないと。
もしも白無垢を花嫁衣装に選んだとしたら、ブーケはいったいどうなるのだろう?
白無垢でもブーケは持つものだろうか、持ったとしたって遠くへ投げることが出来るだろうか?
「えーっと…。ハーレイ、ブーケなんだけど…」
ウェディングドレスじゃなかったとしても、ブーケは持っててかまわないの?
ぼくが白無垢を着ていたとしても、花嫁さんならブーケを持つの?
「白無垢か…。そういや、そういう話もあったな、結婚式には白無垢ってヤツが」
俺のおふくろは持ってなかったな、結婚式の写真を見ただけだが。
アレだとブーケは無いものだしなあ、なにしろブーケはウェディングドレスとセットなんだし。
「…ブーケ、変でしょ?」
白無垢だったら変になるでしょ、ブーケなんかを持ってたら。
ブーケは投げてあげたいけれども、白無垢だったらちょっと無理かも…。
白無垢だとブーケは持たないらしい、っていうのもあるけど、投げるのも難しそうだから。
ドレスと違って袖が長いよ、あんな袖だと袖が邪魔して投げられないよ。
「それでも投げたらいいんじゃないか?」
白無垢に似合いそうなブーケを頼んで、作って貰って。
なあに、ブーケを作る人だってプロなんだ。注文があればきちんと作るさ、白無垢用のでもな。
「白無垢ではブーケは持たないものです」と断られることはないと思うぞ、プロなんだから。
プロってヤツはだ、注文どおりに仕事をこなしてこそだからなあ、どんな世界でも。
せっかくだから白無垢でもブーケでいいじゃないか、とパチンと片目を瞑るハーレイ。
男同士の結婚式だし、色々と型破りな式になってもかまわんだろうが、と。
「袖が邪魔をして投げられない、って所も心配無用だ、手伝ってやる」
だからお前は思い切り投げろ、白無垢を着てても力一杯。
「手伝ってやるって…。ハーレイ、サイオンで投げてくれるの?」
ぼくの力じゃ袖が邪魔して近くにポトンと落っこちそうだし、うんと遠くへ飛ぶように。
ハーレイのサイオンを乗せてくれるの、ぼくのブーケに?
「おいおい、それは反則だろうが」
ブーケトスの記事、ちゃんと読んだか?
あれはサイオン抜きのものなんだ、どんなに器用に使える人でも使わないのが決まりだってな。
サイオンを使えば狙った所に届いちまって、ブーケトスをする意味が無くなる。それじゃ花嫁に頼むのと何も変わらんだろうが、「ブーケを下さい」と譲って貰いに出掛けるのとな。
だからだ、サイオンは使わずに自分の力だけで投げることになっている。
もちろんお前もそうするべきだな、俺が手伝うのは袖を持つことだ。
「…袖?」
「白無垢の袖だ、それを押さえておいてやる」
お前の綺麗な腕が剥き出しになっちまうんだが、仕方あるまい。
幸せのお裾分けをしようと言うんだ、「俺だけのものだから見せてやらん」とは言えないしな。
其処は我慢だ、お前がブーケを投げる間はグッと我慢をしておくさ、俺も。
本当の所は、そんな大盤振る舞いはしたくないんだが…、とハーレイは笑う。
お前の綺麗な腕を眺めていいのは俺だけなんだと、前の俺だった頃からそうだった、と。
「ふふっ、そうだね、前のぼくだと手まで隠れていたものね」
手袋ですっかり隠れてしまって、ハーレイとドクターの前でしか手袋は外してなくて…。
腕も同じで、誰も見てなんかいなかったものね。
「うむ。…そいつを大盤振る舞いなんだが、白無垢でもブーケは投げるべきだぞ」
最高の愛のお裾分けが出来ると気付いたからには、ケチケチしていちゃ駄目だってな。
神様も「投げろ」と仰るだろうさ、お前のブーケ。
白無垢だろうが、腕が剥き出しになって誰かがヒューッと口笛を吹こうが、投げてこそだ。
誰の所に届くか知らんが、次の花嫁は間違いなく凄い幸せを掴めるんだろう。
この広い宇宙で多分、一番長い恋をした花嫁のブーケなんだから。
頑張って投げろよ、力一杯。
お前の腕が丸見えになってしまったとしても、俺は我慢して袖を押さえてやるんだからな。
投げるんだぞ、とハーレイが強く念を押すから。
自分でも投げなければいけないだろうという気がするから、結婚式ではブーケを持とう。
ウェディングドレスでも、白無垢でも、ブーケ。
花嫁衣装に似合うブーケを作って貰って、それを手にして結婚式を挙げて。
式が終わったらブーケトス。
きっと何処にも無い、長い長い恋が実った花嫁のブーケ、前の自分だった頃からの長い恋。
前世は知られていないままでも、最高の愛のお裾分け。
前の生の最後にメギドで冷たく凍えてしまった右の手に持って、力一杯に遠くへ投げて。
それが終わったら、ハーレイと二人で歩いてゆく。
結婚指輪を左手の薬指に嵌めて、手を繋ぎ合って、青い地球の上を。
最高の愛のお裾分けをして、いつまでも何処までも、何度も何度もキスを交わして…。
花嫁のブーケ・了
※ブルーが欲しくなった花嫁のブーケ。早く結婚できるように、と思ったのですが…。
花嫁になった時に自分が投げてあげる方が、良さそうです。どんな花嫁衣裳を選んでも。
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