シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
いよいよ進路相談会の日がやって来ました。2泊3日で予備日が1日。合宿所へ行くのだと思い込んでいるパパとママに「行ってきます」と挨拶をして、目指すはシャングリラ学園です。集合時間よりちょっと早めに着いたのですが、ジョミー君もシロエ君も…みんなお泊り用の荷物を持って校門前に揃っていました。ブラウ先生がラフなパンツスーツで立っています。足元にはスポーティーなボストンバッグ。
「よーし、全員揃ったね。今日の引率は私なんだ。グレイブは新婚さんだし、ゼルは大事な用事があるし。担任の先生がいないのはちょっと不安かもしれないけれど、世話係はちゃんと引き受けたから大船に乗った気持ちでいておくれ。…って、行き先は本物の大船か」
あはは、と明るく笑ったブラウ先生に引率されて乗り込んだのはマイクロバス。運転手さんはシャングリラ学園でよく見かけていた男の職員さんでした。バスはアルテメシアの郊外に向かい、山の奥へと入ってゆきます。
「ここから先はシャングリラ学園の土地なんだ」
警備員が立つゲートを通り過ぎる時、ブラウ先生が教えてくれました。
「野外研修とかで使ってることもあるけどね…。本当の使い道はアレさ」
山に囲まれた開けた場所に舗装された区画があります。セスナ機やヘリコプターが止められていて、自家用の空港らしいと分かりました。そして建物も何棟か。こんな所に空港が…。
「表向きは学校所有の小さな空港。でも、ただの空港じゃないんだよ。…あんな飛行機、見たことあるかい?」
滑走路に止まっていたのは見慣れない形の飛行機でした。軍用機のことは全然知りませんけど、ああいう形のもあるのかな…。
「知らねえなあ…。俺、飛行機にはけっこう詳しいんだけど」
サム君が首を捻っています。ジョミー君やキース君も心当りが無いようでした。マイクロバスは滑走路に横付けされて、私たちは荷物を提げてその飛行機の方向へ。もしかして、これは飛行機じゃなくて…。
「宇宙空間でも飛べるシャトルなのさ、これは」
ブラウ先生が小型飛行機くらいのサイズの機体を見上げ、「乗りな」とスロープを先頭に立って上ってゆきます。やっぱりこれでシャングリラ号へ行くみたい。私たちはキョロキョロしながら乗り込みました。えっと…普通に窓や座席があるんですねぇ。通路を挟んで1人掛けのシートが並び、丸い窓から外が見えます。
「荷物は足元に置いといていいよ。それからシートベルトをつけとくれ」
見たところ飛行機とあまり変わらないような機体が滑走を始め、轟音と共に飛び立って…空港はアッという間に遥か彼方へ。かなりの速度らしいですけど、乗り心地は飛行機と変わりません。なので緊張感は全くありませんでした。雲の上へ出て更に高度が上がっていっても空は変わらず青いままでしたし、飛行機に乗って旅をするのと同じ感覚だったのです。そう、その船が現れるまでは。
「…見えてきたよ。あれがあたしたちの船、シャングリラだ」
キラッと光った白い点のようなものが見る間にぐんぐん大きくなって…。
「…宇宙クジラ…」
スウェナちゃんが呟きました。それはまさしく青空に浮かぶ巨大な白鯨。会長さんにスクリーンで何度か見せてもらったシャングリラ号が迫ってきます。
「乗っちまったら外側は見られないから、ちょいと一周していくよ。よく見ておきな」
ブラウ先生に言われるまでもなく、私たちの目はシャングリラ号に釘付けでした。本当にとても大きな船です。こんなサイズの乗り物っていうのは普通に存在するんでしょうか?空母とかは大きいって聞きますけれど…。
「これだけの規模の飛行機や船は無いってことになっている。…シャングリラの存在は普通の人には全く知られてないからね」
私たちがシャングリラ号の大きさについて騒いでいるとブラウ先生が言いました。
「ついでに言えば、ここに浮かんでいるけどさ…。もっと上にある人工衛星から観測してもシャングリラは見えていないんだ。あたしたちが乗ってるコレもレーダーには捕捉されてない。難しい説明は省いとくけど、ステルス・デバイスってヤツのおかげだよ」
シャングリラ学園の校章と同じ赤と金色の紋章がついたシャングリラ号の周りを一周してから、巨大なアーチの下をくぐって滑るように甲板らしき所へ降りてゆきます。その先にあったのは驚くほど広い格納庫。
「さあ、シャングリラに御到着だよ。…荷物を持って見学っていうのも間抜けだし…まずは部屋の方へ案内しようかねえ」
シャングリラ号に降り立った私たちは驚きをとっくに通り越してしまい、すっかりハイになっていました。凄い、凄いと連発しながら移動用の電車みたいなもの…多分電車ではないのでしょうが…に乗り込み、居住区だよ、と言われた場所で電車を降りて。広い通路を歩いていくと扉が幾つも並んでいます。
「はい、あんた達の部屋はこの3つだよ。女の子に1つ、男子に2つ。男子の部屋割りは好きにしな。3人部屋はこっちの部屋さ」
廊下で待っているから荷物を置いたら出ておいで、と言われてスウェナちゃんと入った部屋はホテルと変わりませんでした。ベッドが2つに、テーブルと椅子に…。うーん、本当にここって宇宙船の中?眠ったまんまで連れて来られたら気付かないかもしれません。
「えっと…。私たち、本当に宇宙クジラに来ちゃったのよね?」
「うん。凄いものを一杯見すぎて、何がなんだか分からないけど…」
ビックリすることばかりだよね、とスウェナちゃんと話をしながら荷物を置いて廊下に戻ると、ブラウ先生が。
「どうだい?船の中とは思えないだろ。なんたって、あたしたちの自慢の船だからねえ」
公園だってあるんだよ、と案内された所は確かに公園でした。広い芝生に緑の木々。…でも、その奥の方に浮かんでいるように見える建造物はいったい何…?
「あれがシャングリラのブリッジさ。この船はあそこで指揮している。…おいで、キャプテンがお待ちかねだ」
「「「キャプテン!?」」」
き、キャプテンって…教頭先生のことですよね?そういえば会長さんが言ってましたっけ。シャングリラ号に行ったら教頭先生を頼るように、って。教頭先生、一足先に乗り込んでたんだ…。ブラウ先生に先導されて連れて行かれたブリッジとやらには本当に教頭先生が立っていました。見慣れたスーツ姿ではなく、薄茶色に金の模様をあしらった服。なんだか見覚えのある模様のような気がしますけど、なんだっけ…。でも私たちの目を引いたのは金の肩飾りと、胸元の赤い石が2つくっついた房つきの金色の飾り紐…そして短い緑のマント。ここがシャングリラ号の中でなかったら、仮装だと思ったことでしょう。
「シャングリラへようこそ、諸君。私が船長のウィリアム・ハーレイだ」
いかめしい顔つきでそう名乗ってから、教頭先生はクッと笑っていつもの教頭先生の表情に。
「…ははは、今更格好をつけても始まらんか。ゼル先生もそこにいるぞ」
「「「え?」」」
緊張して気付いていませんでしたが、確かに見慣れた禿げ頭が。スッポリと身体を覆う長いマントを着ています。
「えっ、とは何じゃ、失礼な!ちゃんと挨拶せんかい、行儀の悪い」
「「「す、すみません!」」」
ペコペコと頭を下げる私たちの姿にクスクスと笑う声があちこちから…。見回してみるとブリッジの随所にお揃いの服を着た男女がいました。レーダーや通信を担当する人たちだ、とブラウ先生が説明してくれます。
「ゼルはシャングリラの機関長だよ。ハーレイと一緒で滅多に現場に来ないけどね。そして、あたしは…」
ストン、とブリッジ中央の円形部分に設けられた椅子の1つにパンツスーツで腰かけて。
「これでも航海長なのさ。ホントはゼルと揃いの服があるんだけれど、今日のところはこのままでいいだろ」
ゼル先生が機関長でブラウ先生が航海長!?…ポカンとしている私たちを他所に教頭先生…いえ、キャプテンが舵を握った若い男性に言いました。
「これで全員揃ったな。大気圏内航行装備。上げ舵!」
は?…こ、この船って舵輪で操縦するんですかぁ!?…なんて呆気に取られて眺めていると。
「その辺に適当に座っときな。ま、立ったままでも大して問題ないけどね…性能のいい船だから」
ブラウ先生の言葉に私たちは一箇所に固まり、膝を抱えて座りました。その間に次々と指示が出されて、カウントダウンが始まって…。
「シャングリラ、発進!!」
教頭先生の号令がブリッジに響き、動き出した船は青い大気圏を抜けて真っ暗な宇宙空間へ。円形の巨大スクリーンに映し出された地球がどんどん小さくなっていくのを私たちは声も出せずに見ているだけです。
「じきに月より遠くへ行くよ」
ブラウ先生がスクリーンを指差しました。
「そこまで行ったら一気にワープだ。…あんたたちの進路相談会は二十光年先で始まるのさ」
えっ、ワープ!?…いきなりそこまでやりますか…って、もう教頭先生がゼル先生に「ワープドライブを温めておいてくれ」なんて言ってますし。えっと、えっと…。私たちが座ったまま顔を見合わせている内に再びカウントダウンが始まり、シャングリラ号はワープイン。SF小説でよくあるような衝撃も不快感も無いですけれど、このまま二十光年先へ…?しかもその先で進路相談会って、どれだけスケール大きいんですか~!!
ワープアウトした先は特に何も無い空間でした。2泊3日の間、シャングリラ号は目標を定めずに宇宙を航行するらしいです。ブリッジがすっかり落ち着いたところでブラウ先生が立ち上がりました。
「さてと、シャングリラの性能も堪能してもらったことだし、進路相談会をしようかねぇ。ついておいで」
「「「は、はいっ!」」」
ボーッとスクリーンを眺めていた私たちは教頭先生やブリッジクルーの人たちにお辞儀をしてからブラウ先生を追いかけます。今度は何処へ行くのでしょうか?
「進路相談の前に、まずサイオンを目覚めさせないと。…あんたたち、まだ使えないだろ?」
「「「え?」」」
私たちのサイオンはシャングリラ号に乗り込む時まで封じておく、と会長さんが言っていました。もうシャングリラの中にいるのですし、地球は二十光年の彼方。封印はとっくに解けている筈ですが…。
「えっ、じゃない。…どうだい、使えそうかい、サイオンは?」
「「「…………」」」
ブラウ先生の心を読もうとしても何の手応えもありませんでした。私たちのサイオンは使いこなせるレベルに達している、と会長さんに聞いていたのに、いったい何故?
「ほらね、やっぱり使えないじゃないか。進路相談会をするには、サイオンが目覚めていないと駄目なんだ。あんたたちの封印を解いてもらわなきゃどうにもならない」
「で、でも…」
サイオンを封じた会長さんとは二十光年も離れています。どうやって、と質問すると。
「会場へ行けば解いてくれるさ。…ソルジャーがね」
「「「ソルジャー!?」」」
誰なんですか、ソルジャーって?
「あたしたちの長のことだよ。ソルジャーってのは、ハーレイがキャプテンなのと同じで肩書きみたいなものかねぇ…。意味はそのまんま」
「…戦士ってことか…」
キース君が呟くと、ブラウ先生は「うんうん」と相槌を打って。
「まぁ、実際に戦ったことは一度もないし、ソルジャーって呼んでるだけで誰も本当に戦士だなんて思っちゃいない。ただ、いざとなったら戦えるだけの力を持っているのは確かさ」
ふぅん、と頷く私たち。戦士という名で呼ばれるほどの力があるなら、封印も解いて貰えるでしょう。でも長だっていうことは…キャプテンをやってる教頭先生より偉いんですよね?…だ、大丈夫かな、私たち。サイオンとやらを持った仲間の中では一番の新米のヒヨッコで…しかもサイオンが目覚めてないならヒヨコどころか卵かも。学校だって1年で卒業しちゃいましたから、目上の人に対する礼儀作法もてんで自信がありません。失礼があったらどうしましょう?
「あ、あの…」
シロエ君が口を開きました。
「これからソルジャーにお会いするんですよね?ぼくたち、なんて御挨拶したら…」
「そんなに緊張しなくったって、取って食ったりしやしないよ。いつもどおりにしてればいいんだ」
「…でも…」
「あんたたちのことはソルジャーもちゃんと御承知だから安心しな」
そう言ってブラウ先生は通路をどんどん先へ歩いて行って…大きな扉の前でようやく立ち止まりました。
「この先が青の間。ソルジャーの部屋で、進路相談会の会場さ」
「「「えぇぇっ!?」」」
長だというソルジャーのお部屋が進路相談会の会場だなんてビックリです。ひょっとして私たちの進路はソルジャーの一存で決まるとか…?いかにもありそうな展開だけに、私たちは立ち止まったまま不安そうに視線を交し合っていましたが…。
「こらこら、ぐずぐずしてるんじゃないよ。奥でソルジャーがお待ちかねだ」
ブラウ先生が扉を開くと、中は深海を思わせる神秘的な青い空間でした。青白い光がボウッと灯ったとてつもなく広い大きな部屋。スロープのような通路を上がってゆくブラウ先生に続いていくと、通路の脇が水面であると分かります。青の間には大量の水が湛えられ、スロープの先には天蓋のついたベッドだけがポツンと置かれた円形の場所が見えていました。ベッドに腰かけていた人影がゆっくりと立ち上がって…。
「やあ。やっと会えたね」
紫のマントを纏ったソルジャーと呼ばれる人が近づいてきます。聞き慣れた声に銀色の髪。も、もしかしてソルジャーって…。
「ふふ。そんなに驚いた?…それともソルジャーの正体にガッカリしちゃったのかな」
地球に残った筈の会長さんが微笑みながら立っていました。
「…ま、まさか…。まさか、あんたがソルジャーだなんて…」
キース君の掠れた声は私たち全員の心の叫びでした。
「残念ながら、そうなんだよ。長を引き受けた覚えもないのに、なし崩しにそういうことになっちゃって。…ぼくが君たちの長、ソルジャー・ブルー。シャングリラでのぼくの呼び名だ」
「「「ソルジャー・ブルー!?」」」
その名を聞くなり思い浮かんだのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。何の気なしに呼んでましたけど、あの名前は…。
「そうだよ、ぶるぅの名前と同じ。ソルジャーに祭り上げられちゃって、癪だったから…ぶるぅのこともソルジャーと呼ばせることに決めたのさ。おかげでぼくよりもぶるぅの方がフルネームで呼ばれる機会が多い」
我ながらいいアイデアだった、とクスクス笑う会長さん。この悪戯好きな人が私たちの長のソルジャーだなんて、いくらなんでもあんまりなような…。
騙されているんじゃなかろうか、と私たちは会長さんの姿をまじまじと眺めました。紫のマントに白と銀の上着、黒いアンダーという格好は学園祭の仮装で会長さんが着ていた衣装。上着についた銀の模様は教頭先生のキャプテン服の模様とそっくりで…。どおりで教頭先生の服を見た時、見覚えがある気がしたわけです。それに「そるじゃぁ・ぶるぅ」の服のデザインに瓜二つ。ソルジャーの衣装の縮小版を「そるじゃぁ・ぶるぅ」の普段着にした上、本物を学園祭で着ていたのか…と思うと頭痛がしそうですけど、一つだけ増えているアイテムが…。
「ああ、これ?」
私たちの視線に気付いた会長さんが耳元に手をやりました。両耳を白いヘッドフォンのようなものが覆っています。
「…補聴器だよ。三百年以上も生きている年寄りだから、最近、耳が遠いんだ」
大嘘つき!と心の中で突っ込む私たち。会長さんの耳は余計なことまで聞き取ってきて人の揚げ足を取りまくりです。難聴なわけがありません。
「…バレちゃったか…」
会長さんはクスッと笑い、でもヘッドフォンはつけたまま。
「補聴器っていうのは嘘だけれども、必要なものではあるんだよね。これは一種の記憶装置。ぼくに万一のことがあった時には後継者の手に渡される。…ぼくたちが…ぼくたちの仲間が生きていくために、どういう策を用いればいいか。参考例は多ければ多いほどいいだろう?そのためにぼくの記憶を残す。シャングリラを訪ねる度に、ぼくの記憶を記録してるんだ」
普段は面倒だからやってない、という会長さん。ソルジャーとしてシャングリラに滞在する時に纏めて記録するのだそうです。ろくでもない記憶の数々は無かったことになっているんでしょうね。耳を覆った記憶装置を見ていてハッと気が付きました。もっと単純な形のものを「そるじゃぁ・ぶるぅ」が普段から着けていることに。ファッションなのかと思ってましたが、あれもソルジャーの衣装の真似でしたか…。
「ぶるぅのは記憶装置の機能は無いよ。ただの飾りさ。…ところで、ぼくが本物のソルジャーだってこと、ちゃんと信じてくれたかな?…分かってくれたんなら君たちの進路相談会を始めようかと思うんだけど」
えっと…。会長さんが最強の力を持つタイプ・ブルーだとは聞いています。ソルジャーは戦士の意味だというんですから、最強の会長さんがソルジャーになるのは当然といえば当然かも。もう一人のタイプ・ブルーの「そるじゃぁ・ぶるぅ」はほんの小さな子供ですから、長は務まらないでしょう。じゃあ、会長さんは正真正銘の長でソルジャーというわけで…、と考え込んでいるとブラウ先生が。
「じれったいねぇ、時間がもったいないじゃないか。…予備日まで使うつもりなのかい、ソルジャー?」
「いや。春休みが減るからそれは避けたい」
会長さんは即座に答え、「ねえ?」と同意を求めてきました。
「それじゃ春休みを減らさないために、進路相談会を進めていこう。まずは君たちのサイオンを目覚めさせなくちゃ。解放する、と言った方が正しいかな。うん、これでいい。…使えるようになった筈だよ」
えっ、こんな一瞬でサイオンが?…と思う間もなく。
『君たちは既にコントロールする力を身につけているから、急激な変化は起こらない。心を読むのも、読まれないように遮蔽するのも、呼吸するように無意識の内にやっているのさ』
会長さんの思念が聞こえ、意識がクリアになったような感覚を覚えました。
『せっかくだからサイオンを少し使って貰おうかな。これを持って』
空中にマドレーヌが…お菓子のマドレーヌが7個現れ、私たちの手の中に1個ずつ。
「ぶるぅが焼いたマドレーヌだよ」
思念波から普通の声に切り替えた会長さんは楽しそうです。
「それをね…サイオンで宙に浮べてごらん。持ち上がれ、と思って意識を集中するんだ」
「…持ち上げる…?」
ジョミー君が半信半疑といった様子でマドレーヌをじっと見つめます。キース君は真剣な顔でマドレーヌを睨みつけていました。よーし、私もやってみようっと。意識をマドレーヌに集中して…。うわぁ、美味しそうな焼き色です。このままパクッと齧りたいな、と思考がちょっとズレた瞬間、マドレーヌはフワッと浮き上がって…。
「……!!」
なんともお行儀の悪いことに、私は全く手を使わずにマドレーヌを口にくわえてしまったではありませんか。しっとりとした食感と味が広がりますけど…いいんでしょうか、こんなことで!?あぁぁ、ジョミー君たちはちゃんと空中に浮べてますよ。私ったら、思い切り恥を晒したかも…。慌ててマドレーヌを掴んで口から引き離し、齧った跡が残ったそれを持て余すようにしていると…。
「上出来、上出来」
会長さんがパチパチと拍手して微笑みました。
「みんな上手に出来たじゃないか。それを食べる間、ちょっと休憩。紅茶とコーヒー、どっちがいい?」
そして会長さんは瞬間移動でマドレーヌが沢山入った籠と飲み物を取り寄せ、私たちとブラウ先生に順番に配ってくれたのでした。ソルジャーが会長さんだと知って驚愕しましたけれど、いかにも威厳のある長っぽい人が現れるよりは気楽でいいですよねえ。ベッドしか無い部屋の床に座って「そるじゃぁ・ぶるぅ」お手製のマドレーヌを頬張っているとホッとします。ここが地球から二十光年も離れた場所にいる宇宙船の中だってこと、うっかり忘れてしまいそうですよ?
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