シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(えーっと…?)
ピンクなの、とブルーが驚いて眺めた記事。学校から帰って、おやつの時間に広げた新聞。何か面白いニュースはないかと、ダイニングのテーブルで熱い紅茶を飲みながら。
其処に書かれていた、幸せの色。もちろん「幸せ」に色などはついていないのだけれど。
(一位はピンク…)
幸せをイメージする色の一位。幸せの色、と思い浮かべる色はピンクが一番多いという。男女を問わずにピンクが一位。そう書かれた記事。
(ピンク…)
女の子が好きな色だとばかり思っていたのに、幸せの色。男性の場合もピンクだなんて、と首を捻ってしまったけれど。
(でも、ピンク色…)
幸せというものを考えてみたら、ポンと頭に浮かんだマーク。ハッピーな印のハートの形。愛の印でもあるハートだけれども、幸せと言えばやっぱりハート。星や三角ではなくて。
幸せのハートマークに色を塗るなら、きっとピンクが相応しい。赤では愛になってしまうから。青や緑では、なんだか幸せらしくないから。
(…ぼくでもピンク…)
ホントにピンクになっちゃった、と目をパチクリとさせた幸せの色。思ってもみないピンク色。確かにピンクが一位なのだろう、自分の中でも。
(ちょっとビックリ…)
考えたこともなかったよ、と驚かされた幸せの色。幸せだったら、毎日幾つも降ってくるのに。まさかその色がピンクだなんて、と。
幸せの色の一位がピンクだったら、二番目の色は何色だろう。改めて記事を覗き込んでみたら、二位はオレンジ色だった。これも男女で同じ答えで、二番目はオレンジ。
(部屋の明かりの色なのかな…?)
ホッとする気分になれる色。夜に暖かく灯る明かりは、オレンジが断然、幸せに見える。素敵なことが始まりそうで。美味しい食事や、楽しいパーティー。
(蝋燭とか、暖炉もオレンジ色だよ)
家に暖炉は無いのだけれども、両親と出掛けたホテルなんかで見た暖炉。前に座ってパチパチと燃える炎を見ていた時には、幸せな気分になったもの。とても暖かくて、とても幸せ、と。
バースデーケーキに灯す蝋燭もオレンジ色の火、クリスマスに飾る蝋燭の火も。咄嗟にこれだけ浮かぶのだから、オレンジ色が二位なのも分かる。ピンク色の次に幸せな色。
三番目は…、と記事を読んだら、これまた男女が全く同じ。黄色だという幸せの色。
(お日様の色かな…?)
太陽そのものは金色だけれど、暖かな日だまりは黄色だと思う。柔らかく包み込む黄色。人間も草木も、動物たちも。お日様の色なら、暖炉や明かりの色より大切な色になるけれど…。
(当たり前すぎて、みんな慣れっこ…)
パチンとスイッチを入れなくても日だまりは出来るから。蝋燭や暖炉みたいに火を点けなくても空から降ってくる色だから。
同じ選ぶなら、ひと手間かかるオレンジ色の方が幸せの色になるだろう。当たり前にある太陽の光よりかは、人工の光。それを灯せば「幸せの色」が出来るのだから。
沈んだ気分になっていたって、暖炉の前の椅子に座ればきっと心が温まる。身体と一緒に、心もほぐれて。蝋燭だって、きっとそう。優しい光が心を温めてくれる筈。
(自分で作れる所が人気なんだよ、きっと)
それでオレンジ色の方が黄色よりも上、と納得した二位。三位が黄色になることも。
さて次は、と眺めた記事に添えてある表。この先は男女で幸せの色が変わってくるから、と。
(うーん…)
変わっちゃうのか、と不思議な気分。三番目までは同じだったのに、此処から先は違うという。それほどに偉大な色なのだろうか、ピンクとオレンジと黄色の三つ。特に一位のピンク色は。
(お日様の色でも、明かりの色でもないんだけどな…)
どうしてピンク、と思うけれども、自分もピンク色だったから。ピンク色をしたハートマークが浮かんだのだから、幸せはピンク色なのだろう。理由は謎でも、幸せのピンク。
(えっと、四番目は…)
ぼくは男の子だからこっち、とチェックした男性の幸せの色の四番目。今度は緑。
(緑色…)
草も木も緑色だよね、と溢れる自然の色を思った。太陽と水と土が育てる草木の緑。それに…。
(ハーレイのサイオンカラーも緑…!)
前の生から愛した恋人、ハーレイが纏うサイオンの色。滅多に目にすることはないけれど、淡い緑がハーレイを包む。前の生も今も、ハーレイはタイプ・グリーンだから。
おまけに車の色も緑で、前のハーレイのマントの緑。深い緑はハーレイのシンボル、今は愛車の色として。前のハーレイなら、キャプテンのマント。
ホントに緑は幸せの色だ、と嬉しくなった。自然の緑も大切だけれど、ハーレイと縁が深い色。サイオンに車に、キャプテンのマント。三つもハーレイと繋がるのだから、とても幸せ、と。
次が水色、その次は青。似たような色が二つも続いた。
水色も青も、蘇った地球が持っている色。今の自分は宇宙からは見ていないけれども、この星は青に彩られた星。七割を水が覆っているから、宇宙から見れば青い星。
海も空も青い星なのが地球で、空は明るさでその色を変える。抜けるような青から、水色まで。雲の具合や、光の具合で。
地球の色なら、幸せの色にもなるだろう。前の自分なら、一番に選んでいたかもしれない。
(ぼくのサイオンカラーも青で…)
ハーレイから見たら、幸せの理由が自分よりも一つ増えそうな青。「ブルーの色だ」と。残念なことに、今の自分はハーレイに見せてあげられないけれど。サイオンカラーを身に纏えるほどに、上手く扱えはしないサイオン。前と違って不器用すぎて。
(次は金色…)
多分、太陽の光の金色。燦然と輝く金色の光は、宝物の色も兼ねている。遠い昔から価値のある黄金、本物でなくても豊かな気分になれる色。どういうわけだか、感じる幸せ。
(本物の金は持ってないけど…)
今の自分も前の自分も、黄金などとは縁が無い。それでも幸せの色なのは分かる。自分と近しい金色の物は何があったか、と数えてみた。
真っ先に浮かんだ、前のハーレイの制服の肩章。威厳たっぷりのキャプテンの金色。あの制服にあしらわれた模様も金色だった。前の自分のソルジャーの上着、それとお揃いの意匠だった模様。
(ぼくのが銀色で、ハーレイは金色…)
そこまで考えた所で気付いた、ハーレイの髪。制服の模様と同じに金色。前のハーレイも、今のハーレイも金色の髪だった。見慣れすぎていて、今まで浮かんで来なかったけれど。
やっぱり金も幸せの色、と綻んだ顔。今のぼくにも、前のぼくにも幸せな色、と。
その次に挙がっていたのが白。何故、白なのかと思うよりも前に…。
(シャングリラの色…!)
遠く遥かな時の彼方で、ハーレイと暮らした真っ白な船。最初はともかく、改造した後には白く輝いていたシャングリラ。あの船でハーレイと恋をしていた。二人、幸せに暮らしていた。
船の中だけが全ての世界でも。…降りる地面が無かった船でも。
前の自分には、白は幸せの色だった。幸せな世界を乗せていた船、世界の全てだった船。それが纏った美しい白は、本当に好きな色だったから。あそこに幸せが詰まっている、と。
今の自分が生きる世界に、白いシャングリラはもう無いけれど。時の流れが連れ去っていって、何処を探しても無いのだけれど。
いつか着るだろう花嫁衣装は、シャングリラと同じ真っ白な色。ウェディングドレスか、白無垢なのか、今はまだ分からないけれど。どちらも白くて、頭にはベールか綿帽子。それも真っ白。
(白も幸せの色なんだよ…)
前のぼくにも、今のぼくにも、と心に幸せが満ちる。純白の花嫁衣装を纏う時には、もう最高に幸せだろう。前の生から恋人同士だった二人を、神様が結び合わせてくれる日。
その日が来るのが待ち遠しい。真っ白な衣装で、ハーレイと愛を誓い合う日が。
白も素敵、と結婚式を思い描いた後に書かれていた赤。幸せの色の九番目。
(ぼくの瞳の色…)
それしか思い付かないけれども、幸せな色ではあるらしい。こうして書かれているのだから。
(ハーレイが幸せになってくれるといいな…)
ぼくの瞳の色の赤で、と自分の瞳に感謝した。恋人に幸せを感じて貰える色で良かった、と。
幸せの色は十番目までで、最後の色は黄緑色。春の訪れを告げる芽吹きの緑。いい季節だな、と誰もが幸せになりそうな色で、選ばれる理由は充分だけれど。
(褐色は…?)
ハーレイの肌の色の褐色、それに瞳の色の鳶色。どちらも表に入っていない。もしかしたら、と女性の方の表を眺めても、書かれていない褐色と鳶色。
今の自分も、前の自分も、幸せになれる色なのに。褐色も鳶色も大好きなのに。
(どうして入っていないわけ?)
酷い、と記事を読み進めてみた。何処かに書かれていないかと。表には無くても、記事の方には詳しく色々載っているかも、と。十五番目とか、二十番目くらいまで、と。
けれど無かった、あの表の続き。代わりに解説がくっついていた。
(ほんの一例…)
幸せの色は、何処で統計を取るかで変わってくるらしい。同じ地球でも、同じ地域でも、人間は大勢いるのだから。全員に訊いたわけではないから、その時々で。
ただ、色々な人が調べたデータを比較してみると、順位はともかく、ピンクと暖色系の色が多い傾向があるという。幸せの色を尋ねたら。
男性も女性も選ぶらしいのが、ピンクと暖色系の色。幸せの色はこの色だ、と。
必ず一番と限ってはいない、幸せの色のピンク色。とはいえ選ばれることが多い色がピンクで、暖色系の色も選ばれやすい。男性であっても、女性であっても。
(ぼくの場合は…)
どうなんだろう、と考えながら帰った部屋。空になったお皿やカップをキッチンの母に返して、戻った二階の自分のお城。勉強机の前に座って、頬杖をついて考え事の続き。幸せの色は、と。
今の自分なら、褐色と鳶色。ハーレイと直ぐに結び付く色。
時の彼方の前の自分なら、シャングリラの白と地球の青。世界の全てを乗せていた船、恋をして幸せに暮らしていた船。シャングリラの白は幸せの色で、あの船で目指した地球の青もそう。
もちろんハーレイの色だって。褐色と鳶色も、前の自分の幸せの色。
どれもピンクとも暖色系とも違うけれども、幸せの色はこれだと言える。褐色と鳶色、白と青。欲を出すなら金と緑も。ハーレイの髪の色の金色、前のハーレイのマントの緑。
幸せの色の半分はハーレイ、半分以上とも言えそうな自分。幸せの色はハーレイの色。
(ハーレイだったら…?)
どうなるのだろうか、幸せの色は。ハーレイが「これだ」と考える色は。
(ぼくの色、ちゃんと入ってる…?)
瞳の赤とか、髪の銀色。ハーレイが思う幸せの色に、自分の色はあるのだろうか?
さっきの表だと赤が入っていたのだけれども、あくまで一例。統計によって変わってくる色。
(赤は暖色系だけど…)
選ばれやすい暖色系の赤。銀よりは望みがありそうだけれど、ハーレイにとっての幸せの色とは限らない。もっと他の色がいいかもしれない、それこそピンク色だとか。
(ぼくの色の中にピンクは無いよ…)
今の自分も、前の自分も、縁の無いピンク。唇の色が辛うじて桜色なだけ。ピンク色よりも薄い桜色、頬っぺたの色も似たようなもの。
(ぼくの色、無かったらどうしよう…)
ハーレイが幸せを感じる色たちの中に、自分の色が一つも無かったら。銀色も赤も、他の色も。
そういうことだって無いとは言えない、決めるのはハーレイなのだから。
かなり心配になってきた色。ハーレイにとっての幸せの色。
(どんな色なの…?)
その中にぼくの色はあるの、と悩んでいる内に聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、思い切って訊いてみることにした。それが一番早いから。
テーブルを挟んで向かいに座ったハーレイ、好きでたまらない鳶色の瞳。幸せの色を湛えた瞳を見詰めて、投げ掛けた問い。
「あのね、幸せの色ってなあに?」
幸せに色があるとしたなら、どういう色が幸せの色?
「ほほう…。珍しい質問だな。幸せの色か」
それならピンクだ、幸せの色はピンクだろうが。
「えっ、ピンク!?」
そんな、と悲鳴を上げそうになったハーレイの答え。自分には無いピンク色。
まさかハーレイもピンクだったなんて、と愕然とした幸せの色だけれども。
「違うのか? ピンクというのが多いと聞いたが」
統計を取ると必ずと言っていいくらいにだ、ピンクが入ると聞いたんだがな…?
「それは読んだよ、新聞で!」
ホッとした余りに、八つ当たりじみた口調になってしまった自分。これじゃ駄目だ、と分かっているから、慌てて直した子供っぽい態度。幸せの色について話したいのに、喧嘩になったら不本意だから。不幸せの色は欲しくないから。
こういう記事を読んだんだよ、と幸せの色の例を順番に挙げた。ピンクでオレンジ、と。十番目だった黄緑色まできちんと並べて、それから質問。ハーレイの幸せの色はなあに、と。
「ふうむ…。俺にとっての幸せの色か」
それならピンクというわけじゃないな、いや、ピンク色も入りはするんだが…。
一番に浮かぶのはピンクなんだが、俺が幸せになれる色ってことなら、お前の色だな。ピンク色より、そっちがいい。…お前が持ってる色の方が。
「ぼくの色って…。やっぱり赤色?」
新聞記事にも載ってた色だし、暖色だし…。ぼくの瞳の赤色がいい?
「赤もそうだが、銀色もそうだ。お前の髪の色の銀色」
前のお前も入れていいなら、紫も幸せの色なんだろうな。前のお前のマントの色だし。
「そうなの?」
赤で銀色で紫になるの、ハーレイの幸せの色っていうのは?
ピンク色が一番に浮かんで来たって、ぼくの色の赤とか銀色になるの…?
「当たり前だろうが、俺はお前が好きなんだから。恋人の色が俺の幸せの色だ」
そう言うお前はどうなってるんだ、幸せの色は何色なんだ?
「ハーレイの色だよ、決まってるでしょ」
だけど、新聞にあった幸せの色には入ってなくて…。ぼくの幸せの色の、ハーレイの色。
それで心配になっちゃったんだよ、ハーレイの幸せの色はどうだろう、って。
ハーレイの幸せの色の中には、ぼくの色は入っていないのかも、って…。
「なるほど、そう思ったから怒ってたんだな、俺がピンクと答えた時に」
俺の幸せの色はお前の色じゃないらしい、と早合点して。お前、ピンクじゃないからな。
心配は要らん、俺だってお前と全く同じなんだから。幸せの色はお前の色だし、ピンクはただのイメージってヤツだ。漠然と幸せの色を考えた時に浮かぶ色。お前は何色になるんだ、そこは?
「えーっと…。ぼくも最初はピンクだったよ、新聞を読んで考えた時…」
なんでピンクが一番なの、って驚いたけれど、ぼくの頭の中にもピンク。…ピンクのハート。
ごめんねハーレイ、それを忘れて怒っちゃって。
「ほらな、お前もピンクだろうが。…ありがちなんだな、幸せの色にピンクはな」
謝らなくてもかまわないんだぞ、俺の答えも悪かったんだし…。話をきちんと聞くべきだった。どういう意味の質問なのかを、考えて答えるべきだったんだ。
ん…?
待てよ、幸せの色でピンクってか…。問題は色で、其処へピンクで…。
そういう話をずっと昔にしたような…、と考え込んでいるハーレイ。腕組みをして。
「幸せの色はピンクなんだが、そいつはどうかという話で…」
変だな、幸せの色が何色だろうが、別にかまわないと思うんだが…。人によって違うのは普通のことだし、俺とお前でも違うんだしな?
俺はお前の色で幸せになれるし、お前は俺の色だと言うし…。世の中、そんなものなんだが。
「誰かピンクに文句を言ったの?」
そんなの、どうでもいいのにね。幸せの色は幸せの色だよ、それ、いつの話?
「お前と会ってからではないなあ、もっと昔の話の筈だ」
はてさて、あれは何処だったんだ…?
俺の友達に、そんなに心の狭いヤツらは一人もいそうにないんだが…。
そうなると今の俺じゃないのか、前の俺なのか…?
だが、前の俺でピンクって…。それに文句をつけるヤツらがいたって状況、有り得るのか?
シャングリラだと話題になりそうもないが…。幸せの色はともかく、ピンクを巡って頭を悩ますことなんかはな。あの船じゃ、たかが幸せの色くらいのことで…。
…いや、違う。それだ、シャングリラだ!
「シャングリラ?」
あの船で問題になりはしないでしょ、幸せの色がピンクだろうが、別の色だろうが。
似合っていない、って笑われる程度でおしまいになると思うんだけど…。前のハーレイに薔薇のジャムが似合わないって言われていたのと同じ。クスクス笑って、それでおしまい。
「そいつが誰かの幸せの色のイメージならな」
ゼルがピンクだと主張したとか、前の俺とか、それなら笑われて終わりだったろうが…。
そうじゃないんだ、ピンクは船の色だったんだ。
覚えていないか、シャングリラの色の候補ってヤツだ。前の俺たちの白い鯨の。
危うくピンクになりかけたんだぞ、お前、忘れているようだがな。
「…ううん、思い出した…」
最初から白い鯨じゃなかったっけね、そのイメージじゃなかったんだっけ…。
そうだった、と蘇って来た遠い遠い記憶。シャングリラがまだ白い鯨ではなかった時代。
今のままでは駄目だと皆が考えた、船での生き方。人類から奪った物資に頼るようでは、未来は創り出せないから。自分たちの力で生きられなければ、一つの種族とは言えないから。
船の中だけで全てを賄い、自給自足の生活をする。それが理想で、そうしなければと。
そして決まった、シャングリラを丸ごと改造すること。今の船とは全く違ったミュウの箱舟に。形も、船の性能さえも。…元の船の使える部分は生かして、他の部分は一から作っていって。
それまでのゼルやヒルマンの研究成果を盛り込んだ船。すっかり生まれ変わる船。
完成すれば独特のカーブを描くであろう優美な船体、鯨を思わせる船の設計図が出来上がった。ミュウが持つサイオンを使ったシステム、シールドやステルス・デバイスとの兼ね合いで鯨。
最大限の効果を発揮するには、鯨に似た船体が最適だった。人類の船とは外見からして全く別の種類の船が。人類が見たなら、非効率だと思いそうな姿をしている船が。
設計図を前にして開かれた会議。こういう船に生まれ変わる、と説明したゼル。会議の席には、いつもの六人。ソルジャーだった前の自分と、キャプテンのハーレイ、長老のゼルたち。
「それで、船体の色なんじゃがな…」
ヒルマンとも何度も話し合ったんじゃが、暗めの色がいいじゃろう。
宇宙空間で目立たないような色にすべきじゃ、人類に発見されんようにな。
迷彩色にするという方法もあるし、どういう色にするべきか…。それを早めに決めておかんと。
これだけのデカイ船となったら、塗料も大量に要るんじゃから。
「今、ゼルが言った通りだよ。塗料の量も馬鹿にならない」
早い間に決めて準備を進めないと、とヒルマンも言った。資材の調達が必要だから。
「あんたらの言うことは分かるんだけどさ。でもねえ…。どうせ見えないじゃないか」
ステルス・デバイスを稼働させたら、船は見えなくなるんだろ?
見えてないのに、暗めの色だの迷彩色だの、そんなので塗る意味があるのかい?
何色にしてもいいじゃないか、と言い出したブラウ。
どんな色を塗ってもかまわないのだし、ハッピーなピンクでもいいくらいだ、と。
「ピンクじゃと!?」
何を言うんじゃ、この船をピンクに塗るんじゃと…?
ピンクというのはピンク色じゃな、とゼルの声が震えているのに、ブラウは涼しい顔だった。
「そうだよ、ピンクの水玉模様でもいいくらいだよ」
ピンクはハッピーな気分になるしね、水玉模様もハッピーでいい感じだよ。
見えやしないんだし、うんとハッピーなピンクにするのもいいと思うけどねえ…?
「…わしは、そんな船は御免じゃぞ」
ハーレイ、お前はどう思うんじゃ。キャプテンじゃろうが、ピンク色の船でも気にならんのか?
「私も勘弁して欲しいのだが…」
いくらなんでも、ピンクは酷い。…幸せなイメージの色かもしれんが、船にその色は…。
ピンク色をした船のキャプテンには、私もなりたくないのだが…!
ハーレイの丁寧な言葉遣いが崩れたくらいに、衝撃的だったピンク。前の自分の前では敬語で、けして崩しはしなかったのに。
よほどピンクが嫌だったのだろう。全体がピンクに塗られている船、それのキャプテンを務めることが。キャプテンは船の代表だから。持ち主ではなくても、責任者だから。
ハーレイを慌てさせたくらいに、とんでもなかったピンク色。いくらハッピーなピンク色でも、船の色としてはどうなのか。ピンク色をした巨大な鯨の宇宙船は。
けれど、ブラウの言う通り。船を何色に塗ったとしたって、見えないことは確かに事実。新しい船に搭載されるステルス・デバイス、それを使えば近付くまで発見出来ないのだから。
「…ピンクは嫌じゃが、何色でもいいというわけか…」
暗い色だの迷彩色だのと、隠す方へと考える必要は無いんじゃな。わしも失念しておった。
何色にしようが、確かに見えはしないんじゃった。よほど近付かない限りはのう…。
「そういうことなら、地球の青でもいいんだね」
ぼくはピンクよりも青がいいかな、と前の自分が考えた青。
物資を奪いに出掛けた時に、青い宇宙船にも出会っていたから、地球の色の青も素敵かも、と。
「そういうことだね、青もいいだろう。しかし…」
何色でもいいということになれば、皆の意見も訊いてみないと、とヒルマンが髭を引っ張った。
船の命運を左右しないのなら、こういう会議で決めなくても、と。
「私もそれに賛成ですわ。皆、この船で暮らすのですから」
自分が好きな色の船が一番でしょう、とエラも言ったから、取ることになったアンケート。船の仲間は誰でも一票、新しい船に相応しい色を。
どんな色でもかまわないから、と船の完成図を食堂に貼って、皆に配られた投票用紙。鯨の姿に似たシャングリラには、どういう色が似合うかと。これだと思う色を一つ、と。
食堂の壁に貼られた船の完成図は、様々な角度で描かれていた。見れば見るほど鯨の姿。本物の鯨は宇宙を泳げはしないのに。海が無ければ生きられないのに。
船の仲間たちは完成図を見ては、賑やかに話し合っていた。鯨らしい色にするより、洒落た色の船がいいだとか。宇宙で映える色がいいとか、それよりも地球の青だとか。
投票期間が終わった後に、いつもの会議で開けてみた箱。投票用紙を次々に開いて確認したら。
「なんだ、ピンクは無いのかい?」
一人もピンクと書いちゃいないよ、そりゃ、あたしだって書かなかったけどさ…。
ハーレイのあんな顔を見ちまった後じゃ、遠慮するのが筋ってもんだし。
でもさ、一人くらいはいたっていいと思うんだけどねえ、ハッピーなピンク。
あの色の何処がいけなんだい、とブラウは不満そうだったけれど。
「内装ならともかく、外側じゃぞ?」
センスの問題というヤツじゃろうが、皆、真剣に考えたんじゃ。ピンクはいかん、と。
しかし意外じゃな、白がトップになるとはのう…。
平凡なんじゃが、とゼルが首を捻った白という色。宇宙船にはありがちな色。
けれども、白は宇宙では映える。恒星の側を飛んでいたなら、白く輝く船になるから。
ステルス・デバイスを使っていたなら、その美しさは見えないけれど。宇宙の暗さに溶け込んだままで、何処からも見えはしないのだけれど。
圧倒的に多かった白という意見。そう書かれている投票用紙。
会議室のテーブルに並んだ白を推す紙を見ながら、「そういえば…」とエラが口を開いた。
「白い鯨の話がありましたね。とても大きな白い鯨の」
SD体制が始まるよりも、ずっと昔に書かれた小説。…人間が地球だけで暮らしていた頃に。
とても有名だったそうです、「白鯨」というタイトルで。
「ふうむ…。私も読んだよ、あの話なら」
もっとも、本当に白い鯨がいたかどうか…、とヒルマンも知っていた小説。遥かな昔に綴られたもの。白い鯨と戦い続ける船員たちの物語。その頃は捕鯨船で鯨を狩っていた時代だから。
ヒルマンが言うには、白い鯨は多分、創作。アルビノの鯨は長く生きられないだろうから。
けれど、小説の白い鯨は巨大な鯨で、人間よりも強かった鯨。戦いを挑んだ人間の船は、壊れて海に沈んでいった。助かった者はただ一人だけで、小説の語り手は生き残りの男。
「へえ…! 人間の船を沈めちまうのかい、白い鯨は…!」
あたしたちの船にピッタリじゃないか、この船で地球を目指すんだからさ。
いつかは戦う時も来るだろ、人類軍の船ってヤツと。そいつを沈めてやらなくっちゃ。
白い鯨みたいに強い船がいいね、とブラウは白へと意見を変えた。ピンクだと言い出して投票をさせた、張本人の宗旨替え。
鯨の形の宇宙船なら、白い色がいいと。強そうな白い鯨にしようと。
ブラウが意見を変えた後には、ゼルも続いた。同じ鯨なら、強い鯨の白が良さそうだと。白鯨の話を知っていたヒルマンとエラに異存があるわけがないし、前の自分もいいと思った。
白に投票した仲間たちは其処まで考えたわけではないだろうけれど、白がトップで、白くて強い鯨の話があるのなら、と。
ハーレイも反対しはしなかったし、ゼルなどはすっかり御機嫌で。
「白い鯨じゃな、うんと目立つ色もいいからのう。見えないとなれば、どんな色もアリじゃ」
誰も投票してはおらんが、金色に輝いていてもいいくらいじゃぞ。
ヒルマン、金色の鯨というのはおらんのか?
そいつが白より強いんじゃったら、金色も悪くはなさそうじゃがな。
「ちょいと、やりすぎだよ、金色ってのは。ピンクの方がまだマシってもんだ」
キンキラキンの船よりは、ハッピーなピンクだよ。あたしは断然、そっちを推すね。
でもピンクよりも白だけどね、と白がお気に入りになっていたブラウ。白鯨の白、と。
ブラウがピンクと言わなかったら、きっと無かっただろう投票。船の色はゼルとヒルマンの提案通りに、暗い色になっていただろう。そうでなければ迷彩色に。
宇宙で少しも目立たない色、まるで本物の鯨のように。ステルス・デバイスを稼働させなくても見えにくかったろうシャングリラ。
同じ形でも、違って見えたに違いない。前の自分たちが暮らした白い鯨とは。
そうして白にすると決まったシャングリラの色。仲間たちの投票で決めた通りに、白く塗られた新しい船。自給自足で生きてゆける船、ミュウの箱舟。
白い鯨はそうやって生まれたのだった、とハーレイのお蔭で思い出せた。
「シャングリラ…。ホントだ、ピンクになるトコだったんだっけね」
どうせ見えないから、ってブラウが…。
まさか本当にピンクに塗りはしなかっただろうけど、ブラウがピンクって言わなかったら、白い鯨になってはいないね。投票は無しで暗い色になったか、迷彩色で。
「そういうこった。白い鯨にはならなかったぞ、ゼルとヒルマンの意見が通って」
前の俺にしても、それが正しいと思っただろうし…。見付かったら駄目な船なんだから。
とはいえ、俺も忘れていたんだがなあ、白になる予定じゃなかったことを。あの船で長年暮らす間に、すっかり慣れてしまっていて。…シャングリラは白い船なんだ、とな。
だが、冷静に考えてみれば、あの色は目立ち過ぎなんだ。暗い宇宙じゃ白は目を引く。
ちゃんと分かってはいたんだが…。ナスカでも姿を消していたんだぞ、何も来なくても。
ステルス・デバイスのオーバーホールが必要になった時には焦ったもんだ。普段だったら、特に心配いらないんだが…。予備のシステムが使えるんだが、あの時は違った。デバイス・システムを完全に止めなきゃ出来んと言われて、生きた心地もしなかった。
止めちまったら、船は丸見えになるんだし…。万一ってこともあるんだからな。
それでも思いはしなかったんだよな、「なんだって白にしたんだ」とは。
人類軍の船の中には、暗い色のも迷彩色のもあったのになあ…。
シャングリラは白いものだと思い込んでいたんだな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
他の色は思い浮かばなかったと、塗り替えようとも思わなかった、と。
「それだけ馴染んだ色だったんだな、あの船の白は」
ついでに気に入りの色だったわけだ、キャプテンとしても。…目立ち過ぎる白い鯨でもな。
「ハーレイ、あの船、人類軍は確か…」
白い鯨の名前で呼んでいたんだよね?
前のぼくは直接聞いてはいないけれども、エラが言ってた小説の鯨。
「そうさ、人類軍のヤツらが付けてた名前はモビー・ディックだ。白い鯨だ」
もっとも、そいつを傍受したって、俺は全く思い出しさえしなかったんだが…。
シャングリラが白い理由はそれだと、まさしくモビー・ディックだとはな。
…人類軍のヤツら、縁起でもない名前を付けていやがったんだな、モビー・ディックと戦ったら負ける筋書きなのに…。船は沈んで、一人だけしか生き残らないっていう結末なのに。
「勝てる自信があったんじゃないの? 小説のようにはならないぞ、って」
でも、シャングリラの色、白にしておいて良かったね。白い鯨だからモビー・ディック。
もしもピンクの鯨だったら、そういう名前になっていないよ。人類軍が呼ぶ時の名前。
「ピンクの鯨か…。そんな小説、多分、今でも無いんだろうな」
小さな子供向けの絵本だったら、ピンクの鯨もいそうだが…。きっと可愛い名前なんだぞ、白い鯨とは違ってな。
しかし、人類軍のヤツらが可愛い名前をつけてくれるとは思えんし…。
それよりも前に、悪趣味な船だと思われたかもなあ、巨大なピンクの鯨ではな。
キャプテンの俺でも恥ずかしくなるようなピンク色では、どんな名前でも文句は言えん。いくら幸せの色だと言っても、ピンクの鯨は俺は嫌だぞ。
ピンクにされなくて本当に良かった、とホッとしているらしいハーレイ。ピンク色にはならずに済んだシャングリラ。遠く遥かな時の彼方で、ブラウが「ハッピーな色」と言っていたピンク。
思いがけなく蘇った記憶、シャングリラの白と幸せのピンクが思わぬ所で繋がった。ハーレイと新聞記事のお蔭で、思い出せたシャングリラが白かった理由。
「ハーレイ、今でもピンクのシャングリラは嫌みたいだけど…」
幸せの色はピンクなんでしょ、シャングリラの白も幸せの色?
前のぼくの上着も白だったけれど、白もハーレイの幸せの色の仲間入り…?
「そうだな、シャングリラの白も、前のお前の上着の白もいいんだが…」
別の白もいいなと思い始めたな、幸せの色。
今の俺ならではの幸せの色で、もう最高に幸せな白。
「なあに?」
どんな白なの、今のハーレイが幸せになれる白い色って…?
「決まっているだろ、お前の花嫁衣装の色だ」
ウェディングドレスか、白無垢なのか、どちらを着るかは決まってないが…。
お前、真っ白なのを着るだろ、俺と結婚する日には。
「そっか、ウェディングドレスの白…!」
白無垢だって真っ白だものね、綿帽子もベールも白いよね。
記事を読んでた時に考えたくせに、忘れちゃってた。最高に幸せな日に着る色なのに…。
純白に輝く花嫁衣装。ウェディングドレスにベールを被るか、白無垢を着て綿帽子か。
晴れの日の白に身を包んだら、お嫁に行く。
遠い昔に前のハーレイと恋をしていた船の色を纏って、今のハーレイの所へと。
「お嫁さんの白…。白は今でも幸せの色だね」
シャングリラで幸せだった頃と同じで、今も幸せの色なんだね。
ピンクも幸せの色だけれども、白もとっても幸せな色。
「そうだな、前の俺たちの頃から変わらんなあ…」
前のお前の色、俺は紫だと言ってたが…。白もお前の色なんだよなあ、昔も今も。
お前の肌は真っ白なんだし、そいつを忘れちゃいかんな、うん。
でもっていつかは白い車にするんだっけな、とハーレイがパチンと瞑った片目。
今の俺の車の次のヤツは、と。
「うん、ぼくたちのシャングリラだよね!」
ハーレイが運転してくれる車で、二人だけで乗るシャングリラ。
今の車の色も好きだけど、買い換える時は白い車にしたいって言ってたものね、ハーレイ…!
本物のシャングリラは時の流れが連れ去ったけれど、今は残っていないけれども。
今度も白いシャングリラに乗ろう、白い鯨ではないシャングリラに。
前のハーレイのマントの色をしている車が、役目を終えて去ったなら。
買い換える時がやって来たなら、白い車に買い換えて。
ハーレイと二人、またシャングリラに乗ってゆく。
そういう名前の白い車に、二人きりでドライブに行ける車に。
幸せの色はピンクだけれども、白も最高に幸せな色。
白い花嫁衣装を纏った後には、いつか真っ白なシャングリラに乗って走ってゆけるのだから…。
幸せの色・了
※ブラウがピンクと言わなかったら、白いシャングリラは生まれていなかったのです。
暗い色になったか、迷彩色か。投票で白に決まったのですけど、今の生でも白は幸せの色。
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