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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

探していた人

(んーと…)
 見られてるな、と小さなブルーが気配を感じたバスの中。学校からの帰りに、いつも乗るバス。お気に入りの席に座っていたら、後ろの方から感じる視線。誰か見てる、と。
(誰…?)
 この路線バスは、近所の人が乗っていることも多いから。それなら挨拶しなくっちゃ、と視線の方を振り返ってみたら、年配の夫婦。遠い所で暮らす祖父母たち、そのくらいの年。
 まるで見覚えのない顔だけれど、こちらに向けられたにこやかな笑み。
 明らかに自分を見ていると分かる、優しい光を湛えた瞳。自分の孫がいるかのように。
 何故、とキョトンと目を丸くしたら、手を振ってくれた二人。幼い子供ではないというのに。
(そういえば…)
 学校の近くでバスに乗り込んだ時、先から乗っていた夫婦。乗り込む自分を見ていたのだった、嬉しそうな顔で。知り合いの子が乗って来たかのように。
(子供好きの人は多いから…)
 その時は気にしていなかった。誰かと重ねているのだろう、と。あの子だったらこんな風、と。
 けれど、そうではないらしい夫婦。
 知り合いでもない年配の人に、無邪気に手を振れる年でもないから、「こんにちは」という声の代わりに返した会釈。途端に弾けた二人の笑顔。また手を振ってくれた、知らない人たち。
 もういいよ、と合図をしてくれたから、元の通りに座ったけれど。後ろは向いていないけど。
(久しぶりに会っちゃった…)
 ソルジャー・ブルーが大好きな人、と分かった年配の夫婦の正体。前の自分のファンの人たち。たまに、こういう人たちに出会う。バスの中だったり、買い物に出掛けた先だったり。
(…そっくりだものね?)
 少年だった頃のソルジャー・ブルーに。今の時代にも伝わっている、アルタミラ時代に撮られた写真。成人検査を受けた時のまま、成長を止めていた姿。十四歳のままで。
 チビの自分はそれにそっくり、おまけに本物、と可笑しくなった。
 ソルジャー・ブルーの大ファンらしい、あの夫婦には内緒だけれど。生まれ変わって来た本物のソルジャー・ブルー。サイオンは全く駄目だけれども、とても本物には見えないけれど。



 バスを降りる時にペコリと頭を下げたら、また手を振ってくれた人たち。「さよなら」と笑顔、バスが発車してからも、見えなくなってしまうまで。
 初対面の子で、何処の子供かも分からないのに。名前も知らない、他所の子なのに。
(こういう孫が欲しいんだろうな…)
 あんなに嬉しそうだったのだし、きっと欲しいに違いない。ああいう孫がいたらいいな、と。
(お祖父ちゃんたちだって、喜んでるし…)
 祖父母たちの自慢の、小さな自分。成績優秀な孫でなくても、可愛がられたことは請け合い。
 ソルジャー・ブルーにそっくりな子だと、素敵な孫が生まれて来たと。
 生まれた時から、名前は「ブルー」。アルビノの子供だったから。伝説の英雄と同じアルビノ、両親が迷わず名付けた名前。
 祖父母たちも「小さなソルジャー・ブルーが来てくれた」と、喜んで抱っこしていたらしい。
 ソルジャー・ブルーの赤ん坊の頃の、写真は残っていないのに。同じかどうか分からないのに。
 けれども、期待通りに育った自分。アルタミラ時代のソルジャー・ブルーに瓜二つ。
 そうなったお蔭で、大喜びなのが祖父母たち。
 きっと将来も本物そっくり、と。ソルジャー・ブルーにそっくりの孫と一緒に歩けると。一緒に食事だって出来るし、のんびりお茶を飲むことだって、と。
 ただでも孫は可愛いらしいのに、その孫がソルジャー・ブルーにそっくり。
 楽しみにしている祖父母たち。いつかソルジャー・ブルーと食事する日を、賑やかにテーブルを囲める時を。



 さっきの夫婦が手を振っていた理由はよく分かる、と考えながら帰った家。生まれ変わった今の自分が暮らしている家。血の繋がった両親と一緒に。
 今も人気のソルジャー・ブルー。遠い昔に世界を、地球を救った英雄。
 その英雄にそっくりな孫が欲しい人たちは多いだろう。バスで出会った夫婦のように。瓜二つの孫でも嬉しいのだから、それが自分たちの子供となったら…。
 もっと欲しいだろう、ソルジャー・ブルー。自分たちの手で育てられる子。生まれたら直ぐに、自分たちの家にソルジャー・ブルーがやって来る。ほやほやの、ちっちゃな赤ん坊が。
 ミルクを飲ませて、あやして、寝かせて、ソルジャー・ブルーを育ててゆける。そういう子供が生まれたら。自分たちの息子に生まれて来たら。
(ちっちゃい頃から…)
 両親の友達に羨ましがられた、自分の姿。ブルーという名で、アルビノの自分。
 小さなソルジャー・ブルーといつも一緒だなんて、と両親を羨んでいた人たち。こういう子供が生まれて来たなら、もう可愛くてたまらないのに、と。
(ママたちも、おんなじ気持ちだったし…)
 ブルーと名付けるほどなのだから、物心ついた頃から、ソルジャー・ブルーと同じ髪型。もっと小さな子供だった頃も、髪型はやっぱりソルジャー・ブルー。
 他の髪型は、一度も試してみたことがない。美容室の人たちだって、勧めもしない。
(ぼくも慣れてるしね?)
 この髪型で、と覗いた部屋の壁に掛かっている鏡。小さい頃から見慣れた顔と、髪型と。
 ただ、自分でも、まさか本当にソルジャー・ブルーだとは夢にも思っていなかったけれど。
 学校で必ず教わる英雄、その生まれ変わりが自分だなんて。



 似てるだけだと思ってたっけ、とクスッと笑って制服を脱いで。それから、おやつを食べようと出掛けたダイニング。階段を下りて、母が用意をしてくれているテーブルへ。
 美味しいケーキは母の手作り、熱い紅茶もコクリと飲んでいるのだけれど。
(ぼくがおやつを食べていたって、きっと見物…)
 少年の姿のソルジャー・ブルーが、おやつを食べている姿。そう見えるのだし、見物したい人は大勢いるのだろう。ケーキを口に入れる所や、紅茶を飲んでいる所。
 ソルジャー・ブルーだ、とバスで出会った夫婦みたいに、大喜びで。
 きっと何人もいるに違いない。窓の向こうの庭から中を覗けたら、と夢見る人が。
 前の自分のファンの人たち。ソルジャー・ブルーにそっくりな自分を、眺めてみたいと思う人。
(動物みたい…?)
 猫とか、小鳥とか、そういうペットに似た感覚。
 眺めていたいし、出来れば欲しい。何をしていても可愛いから、と。おやつのケーキを頬張っていても、紅茶のカップを傾けていても。
 自分で言うのも変だけれども、「可愛い」と誰もが言ってくれるから、そうなのだろう。
 可愛らしいから、見ていたいもの。少年の姿のソルジャー・ブルー。
(大きくなったら、今度はカッコいいから、って…)
 写真集が何冊も作られるほどのソルジャー・ブルー。小さな子供も憧れる英雄。
 育った時には、ソルジャー・ブルーそのものの姿になってしまうから、やっぱり見物される筈。
 「ソルジャー・ブルーだ」と、前の自分のファンたちに。
 散歩していても、食料品の買い出し中でも、きっと自分を追っている視線。伝説の英雄が歩いていたなら、こんな具合、と。キャベツやトマトを買いに来たなら、こんな感じ、と。



 一生、見物されそうだけれど。何処へ出掛けても、視線が追って来そうだけれど。
 それでもいいや、と思ってしまう。一生、見物されていたって。
 今の姿が大切だから。前の自分とそっくりに育つ、この身体が大切なのだから。可愛がられたいわけではなくて、カッコいいと言われたいわけでもなくて…。
 自分では別にどうでもいいこと。自分の姿がどうであろうが、自惚れたいとも思わないから。
 けれど、どうしても必要な身体。見物したがる人が大勢いそうな身体。
(ハーレイには、この姿でないと…)
 前の生から愛した恋人、青い地球の上で再び巡り会えた人。
 そのハーレイは、前の自分を失くしてしまった。遠く遥かな時の彼方で、「さよなら」のキスも交わせないままで。
 だから、ハーレイには前の自分と同じ姿を返してあげたい。いつか大きく育った時に。失くした時と同じ姿を、前のハーレイが失くしてしまったソルジャー・ブルーと同じ姿を。
 もしも自分が猫や小鳥に生まれていたなら、ハーレイを悲しませてしまうから。
 再会した時、「俺のブルーだ」と喜びはしても、きっと心の何処かでガッカリするに違いない。人の姿で会いたかったと、失くした通りの姿で戻って来て欲しかった、と。
 それに、寿命も短いから。猫や小鳥だと、またハーレイは自分を失くしてしまうから。
 二人で幸せに生きてゆくには、必要な身体。前の自分とそっくり同じに育つ身体が欠かせない。
 一生、見物される身体でも。「ソルジャー・ブルーだ」と視線を集めてしまっても。



 おやつを食べ終えて、戻った部屋。座った勉強机の前。頬杖をついてハーレイを想う。また巡り会えた、恋人のことを。生まれ変わって、この地球の上で。
(ぼくが、どんな姿でも好きになるって…)
 ハーレイは何度も言ってくれたけれど、この姿が一番に決まっている。前の自分と同じ姿が。
 「どんな姿でも好きになるさ」と言ったハーレイも、この姿の自分に巡り会えたことを喜んだ。前とそっくり同じ自分に出会えたことを。
 それに自分も、この姿がいいと思っている。注目を集めてしまう姿でも。
(猫や小鳥に生まれていたら…)
 ハーレイの家で飼って貰えて、いつも一緒にいられるようでも、そうはいかない。
 仕事に出掛けるハーレイについて行けないことは、人間だって同じだけれども、他の時。
 ハーレイが街などに出ようという時、ケージに入れて貰ってついて行けても、ペットが入れない場所もあるから。行き先がそういう所だったら、家で留守番するしかない。一人、ポツンと。
 ハーレイがベッドで眠る時だって、猫は一緒に入れて貰えても、小鳥だと無理。しなやかな猫の身体と違って、小さくて脆い小鳥の身体。
 きっと潰れてしまうから。ハーレイが寝返りを打ったはずみに、下敷きになって。
(御飯を食べる時だって…)
 猫や小鳥は、ハーレイと同じ御飯をテーブルで食べられない。少しくらいなら分けて貰えても、身体に毒にならない程度。
 ペットも一緒に食事をどうぞ、という謳い文句のお店で食べても、ハーレイとは違うメニューになってしまうだろう。猫や小鳥にピッタリの食事、それが自分に届くのだから。



(やっぱり、今の身体でなくちゃ…)
 猫や小鳥の身体は駄目だし、人間に生まれて来るのだったら、前とそっくり同じがいい。自分もそうだし、ハーレイだって。
 だから見物されても平気、と思ったけれど。一生、見世物でもかまわないや、と考えたけれど。
(あれ…?)
 こうして覚悟を決めるよりも前、もっと小さくて幼かった頃。
 本当に小さかった頃から、見物されても平気だった自分。両親と一緒に出掛けた先で、知らない人たちに囲まれたって。「小さなソルジャー・ブルー」を見たい人が大勢、寄って来たって。
 ちやほやされるのが好きだったろうか、幼かった自分は?
 誰もが「可愛い」と褒めてくれるのだし、それが大好きだったのだろうか…?
(…そうでもないよね?)
 どちらかと言えば、はにかみ屋だった幼い自分。「お名前は?」と訊かれた時は、もじもじ。
 胸を張って「ブルー」と答える代わりに、「えっと…」と尻込みしていたくらい。
 けれど、逃げたりしなかった。いつもニコニコしていた自分。元気に名前を名乗れなくても。
(公園でも、遊園地でも、お店とかでも…)
 小さなソルジャー・ブルーがお目当ての人たちに囲まれていても、それがちょっぴり恥ずかしい時も、嫌がらなかった幼い自分。名前を訊かれて、もじもじしても。両親に促されて「ブルー」と名乗った途端に、ワッと歓声が上がっても。
 そうなって更に人が増えても、「早く帰ろうよ」とは言わなかった。
 却ってキョロキョロすることもあった、誰が自分を見ているのかと。どんな人たちがいるのか、眺め回していた。自分を囲んでいる人の群れを、其処に新たに増えてゆく人を。



 今から思えば不思議な話。はにかみ屋で、名前も直ぐには名乗れなかったほどなのに。
(なんで平気だったの…?)
 大勢の人たちに取り囲まれても、それが知らない人ばかりでも。いつも、何処でも。
 両親の後ろに隠れていたって、興味津々で眺めた自分。ぼくを見ているのはだあれ、と。知っている人がいるといいな、と。
 知り合いだったら、とっくに声を掛けられているに決まっているのに。「ブルー君」と。自分で名前を名乗らなくても、ちゃんと名前を呼んで貰えて。
 けれども、誰かを探していた。周りに人が寄って来たなら、いつだって。
(来ないかな、って…)
 この人たちの中にいるといいな、と思った誰か。来てくれるかな、と。
 でも、誰を?
 幼い自分は誰を探していたのだろうか、自分を囲んでいる人の中に。知らない人たちが集まって来るのに、いったい誰を探すのだろう?
 知り合いだったら探さなくても…、と考えたけれど。
(誰か、待ってた…?)
 まさか、と思い浮かんだハーレイの顔。前の生から愛した人。
 もしかしたら、と。
 幼かった自分は、ハーレイを待っていたのだろうか、と。



(ぼく、ハーレイを探していたの…?)
 大勢の人たちが寄って来るなら、その中にいるかもしれないと。いるといいな、と探した誰か。
 それはハーレイだったのだろうか、前の自分の記憶は戻っていなかったのに。
 記憶が戻っていないからには、会っても分かる筈がないのに。
 ハーレイが側に来てくれていても。「名前は?」と尋ねてくれたとしても。
(だけど…)
 他には思い当たらない。ハーレイの他には、誰一人として。
 幼い自分が探しそうな人。知り合いでもないのに、待っていた誰か。大勢の人に囲まれる中で、逃げ出しもせずに、ニコニコとして。恥ずかしいのに、両親の後ろに隠れながらでも。
 その人が姿を現さないかと、来てくれないかと待っていた人。顔も知らない、何処かの誰か。
 ハーレイを探していたのだろうか、幼かった自分は。
 いつの間にか、探さなくなったけれども。探したことさえ、すっかり忘れていたけれど。
(見付からなくって、諦めちゃった…?)
 だとしたら、ずいぶん薄情な話。
 いつ諦めたかは謎だけれども、前の生から愛し続けた人を探すのをやめてしまった。ハーレイがいないか、見回すことを。来てくれないかと、待っていることを。
 諦めたならば、もう探せないのに。探すことをやめたら、出会えないのに。
 どんなに愛した人であっても、探さなければ出会えない。諦めてしまえばそれで終わりで、次のチャンスは来ないのに。



 けれど、探すのを諦めた自分。来てくれないかと待つのをやめてしまった自分。
 ハーレイはもう来ないんだから、と考えたのか、探すだけ無駄だと投げ出したのか。幼い自分は探すのをやめて、それっきり。飽きっぽいのは、子供にありがちなことだけれども…。
(諦めちゃうなんて、酷いよね?)
 もしも探すのをやめなかったら、もっと早くに出会えていたかもしれないのに。記憶は戻らないままだったとしても、「この人だよ」と見付け出して。
 出会えていたなら、惹かれる理由は分からなくても、お気に入りの人になっていたろう。公園に行ったら会える人だ、と勇んで出掛けてゆくだとか。会ったら遊んで貰えるだとか。
(…記憶が無くても、きっと知り合い…)
 ハーレイが公園に来る日を教えて貰って、一緒にお弁当を広げたりして。仲良くなったら、家に呼ばれたり、ハーレイが遊びに来てくれたりして。
(失敗しちゃった…)
 もう少し頑張って探せば良かった。諦めたりせずに、待つのをやめずに。
 ハーレイにも悪いことをしちゃった、と謝りたい気分。自分のせいで会い損なったと、頑張って探すべきだったと。



 後悔しきりだった所へ、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、母がお茶とお菓子を置いて去るなり、自分の罪を打ち明けた。
「あのね…。ぼく、ハーレイを諦めたみたい」
 諦めちゃったみたいなんだよ、ハーレイのこと…。
「はあ? 俺を諦めるって…。諦めるも何も、現に今だって…」
 そうか、ついにキッパリ諦めたんだな、キスをすること。いいことだ、うん。
 チビのお前にキスは早いし、諦めた方がいいに決まってる。そのまま当分諦めておけよ、俺からキスを貰える日まで。
「そうじゃなくって…! キスは諦めていないから…!」
 諦められるわけがないじゃない。ハーレイに会っても、ちっともキスしてくれないんだから…。
 ぼくが諦めたのは今じゃなくって、子供の頃だよ。本当に小さかった頃。
 知らない人たちに囲まれた時は、ぼく、いつだってキョロキョロしてた…。顔も知らない誰かを待っていたんだよ。来てくれないかな、って見回しながら。
 きっとハーレイを探してたんだよ、この人たちの中にいないかな、って。
 他に探しそうな人は誰もいないから、ぼくが探していたのはハーレイ。
 だけど、探すの、諦めちゃった…。
 いつやめたのかは覚えてないけど、もう探さなくなっちゃった。…ハーレイのことを。
 探してたことも、すっかり忘れてしまってて…。あんなにハーレイを待っていたのに…。



 ごめんね、とハーレイに謝った。探すのを諦めちゃってごめん、と。
「…ぼくが諦めずに頑張っていたら、もっと早くに会えたのに…」
 記憶は戻って来ないままでも、友達になれたかもしれないのに。…ハーレイと、ぼく。
「そいつは無理ってモンだろう。いくらお前が探していたって」
 諦めないで頑張り続けていたって、お前は俺を見付けられない。どう頑張っても。
「…なんで?」
 探してたら、きっと見付けられるよ。ハーレイが来てくれていたなら。
 ぼくがキョロキョロしていた時はね、周りに大勢人がいたから…。ハーレイだって覗くと思う。
 あんなに人が集まってるなんて、いったい何があるんだろう、って。
「それはそうかもしれないが…。ついでに周りの騒ぎってヤツも聞こえるわけだし…」
 小さなソルジャー・ブルーがいるらしい、と分かれば覗きに行っただろうな。
 見てみたいじゃないか、チビの可愛いソルジャー・ブルーを。
 生憎、そういう現場に出会った覚えは無いから、探すだけ無駄だ、というのは別にして、だ…。
 俺がお前を見に出掛けたって、お前、俺の顔なんか知らないだろうが。
 キャプテン・ハーレイの写真を見たって、まるで反応しなかったんだと前に聞いたぞ。
 知ってる顔だ、と思いもしなくて、歴史の授業で教わる重要人物の一人ってだけで。
「ハーレイを探してたようなチビの頃には、写真、見ていないと思うけど…」
 前のぼくの方なら知っていたけど、ハーレイの写真は知らないと思うよ。
 勉強するには早すぎるんだし、ママたちも教えていないと思う。ソルジャー・ブルーは、ぼくに似ている人だから、って何度も教えてくれたけど。
「なるほど。その頃だったら、俺の写真に反応したかもしれない、と…」
 だが、本当に俺を探していたか?
 お前がせっせと探していたのは、本当に俺の姿ってヤツか…?



 褐色の肌の男を探していたと言うなら別なんだが、と尋ねられてみたら。
 具体的には無かった目標。人を探していたのは確かだけれども、その人の特徴は何も無かった。肌の色はもちろん、髪の色も、瞳の色だって。
 そればかりか、探している人は男性だとも、女性だとも。
 幼かった自分は、知らない誰かを探していただけ。待っていただけ、来てくれないかと。
「…ぼく、ハーレイを探してたわけじゃなかったの?」
 誰でもよくって、優しくてお菓子をくれそうな人とか、そんなのだったの…?
「いや、探してはいたんだろうが…。お前は頑張っていたんだろうが…」
 それが誰だか、きっと分かっていなかったんだな。探す相手が、誰なのかが。
「誰か分かっていないのに…。それでも探して、待ってるなんて…」
 そんなことって、あるのかな?
 ハーレイを探しているんだってことも分かってないのに、探すだなんて…。
「あるかもしれん。…子供には不思議な力があると言うからな」
 特に小さな子供には。お前が誰かを探し続けていたような年の子供なら。
「ぼくのサイオン、小さい頃から駄目だったよ?」
 赤ちゃんの時から不器用すぎて、ママはとっても大変だったみたいだから。
「だが、七歳までは神の内だと言うからな」
「なに、それ?」
「ずっと昔の言い伝えだ。…人間が地球しか知らなかった頃の」
 この辺りが日本だった頃には、そう言ったんだ。七歳までは神の内だと。



 遠い昔に、神のものだと言われた子供。
 七歳になるまでは、人間よりも神の世界に近い所に住んでいるもの。神の力に守られて。
「だから子供には、不思議な力が宿るもんだ、と言われてた」
 お前にだって、そういう力があったかもしれん。七歳になる前のお前なら。
「でも…。それだと、神様が違うでしょ?」
 ぼくに聖痕をくれた神様は、前のぼくたちが生きていた頃の神様なんだと思うけど…。
 日本に住んでた神様じゃなくて、ずっと教会に住んでる神様。
「あっちの方でも、小さな子供は天使だっていう扱いだろうが」
 無垢な子供には天使がついているもんだ、って。
 大人にだって、守護の天使は必ずついているんだが…。それが見えるのは子供だけだ、と。
 どっちにしたって、子供ってヤツは、サイオンとは別に不思議な力があるようだから…。
 お前も、気付いていたのかもな。その力のせいで。
「何に…?」
 誰を探しているのかも分かってないのに、何に気付くの?
 ハーレイを探し出すための手掛かりだって、ぼくは一つも知らなかったのに…。
「俺を探すと言うよりも…。何のために生まれて来たのかってことだな」
 お前が気付いていたとしたなら、それなんだろう。
 今のお前が何をするために、この地球の上に生まれて来たかを知っていたんだ。
「…ハーレイに会いに来たんだ、ってこと?」
 ハーレイが誰かは分かってなくても、ハーレイのために生まれたんだ、って…?
「ああ。全く記憶が無かったとしても」
 誰かに会うために生まれて来たんだ、と気付いていたから、お前は誰かを探してた。
 それが誰だか分からなくても、来てくれるのを待っていたんだな。…小さかった頃は。
 待ちくたびれて、諦めちまったみたいだが…。探すのもやめてしまったようだが。



 お前は頑張っていたんだろう、と聞かされたら、ふと思い付いたこと。
 自分が誰かを探していた頃、はにかみ屋だったのに、逃げもしないでニコニコ笑っていたこと。
 どうして平気でいられたのかが不思議だったけれど、ハーレイを探していたのなら…。
「そっか…。それで、見られてても平気だったのかな?」
 ぼくが探していたのは、ハーレイだから。…何も覚えていなくっても。
「見られてても…って、何のことだ?」
 取り囲まれてたって話は聞いたが、そのことか?
 小さなソルジャー・ブルーがいるとなったら、そりゃあ大勢、集まるだろうし…。
「そう。何処へ行っても目立っちゃうんだよ、小さなソルジャー・ブルーだから」
 今だって、気付かれちゃったら同じ。ソルジャー・ブルーが大好きな人に。
 普段はそれほど目立たなくても、ソルジャー・ブルーのファンだと駄目。見付かっちゃう。
 そして見物されちゃうんだよ、何をしてても。ソルジャー・ブルーにそっくりだから。
 小さかった頃もそうだったけれど、恥ずかしかったのに、平気だった…。見られていても。
 どうしてだろう、って思ってたけど、探していたのがハーレイだったら、平気な筈だよ。
 ハーレイに見付けて貰うためには、この姿でないと駄目なんだもの。
 前のぼくと同じで、ソルジャー・ブルー。…でないとハーレイ、来てくれないもの…。
「そういうわけでもないんだが…。お前が何に生まれていたって、必ず見付け出すんだが…」
 すまん、見付けてやれなかったな。お前が俺を探してた内に。
 公園で会っていたかもしれないのになあ、周りに人が集まっていない時になら。
「ハーレイは子供じゃなかったんだし、仕方がないよ。…ぼくを探そうとも思わないもの」
 七歳はとっくに過ぎていたでしょ、天使が見えるような子供の年も。
 不思議な力は貰えやしないよ、ぼくを探そう、って思い付く力。
 それに予知能力だって、前のハーレイの時から無いし…。ぼくに会えるっていう予感も無い筈。
「違いないな。…不思議な力は貰えない上に、予知能力も無し、と」
 現にお前に出会った日だって、普通に出勤したんだし…。
 宝物を見付ける夢も見なかったし、こんな俺では、お前を探しに行けやしないな。…残念だが。



 早くに出会い損なっちまった、とハーレイが浮かべた苦笑い。せっかく探してくれたのに、と。
 けれども、ハーレイと再会した日に、記憶を戻してくれた聖痕。あんな奇跡が起こるのだから、その聖痕が現れる日までは、きっと出会えはしなかった。
 街の何処かですれ違っていても、公園でジョギング中のハーレイに懸命に手を振ったとしても。一瞬だけの出会いに終わって、生まれはしなかっただろう縁。知り合いにさえもなれないままで。
(…ぼくがどんなに探していたって、あの中にハーレイがいてくれたって…)
 この年になるまで、会えない運命になっていたのだろう、とは思うけれども。
 幼い自分が嫌ではなかった、この姿。ソルジャー・ブルーにそっくりの姿。
 人が大勢集まって来ても、取り囲まれても、逃げる代わりに、いつも探していたハーレイ。
 自分が探し求めているのは、誰かも知らずに。待っている人が誰かも知らずに。
 恥ずかしくても、両親の後ろに隠れてしまっても、知らない人たちを見回していた。ハーレイが来てはくれないかと。ハーレイを見付けられないかと。
(…ぼくが探すのをやめちゃったのは、不思議な力が無くなったから…?)
 ハーレイが言う七歳を過ぎてしまって、天使が見える無垢な子供の時代も終わって。
 そのせいかどうか、探すのをやめてしまったけれど。
 自分でも全く気付かない内に、諦めてしまったらしいけれども…。



 それでも会えた、とテーブルを挟んだ向こう側に座る恋人を見詰める。褐色の肌に鳶色の瞳で、金色の髪のハーレイを。
 幼かった自分が知らなかった特徴、探していた人はハーレイなんだ、と。
「ぼく、ハーレイを探すのをやめちゃったけど…」
 諦めちゃった上に、探してたことも忘れていたけど…。やっと会えたね。今までかかって。
 おんなじ町で暮らしていたのに、聖痕が出るまで会えないままで…。
 だけど会えたよ、ぼくが探していたハーレイに。…誰かも知らずに探したんだけど。
 ハーレイの特徴も知らないくせして、頑張ったつもりだったんだけど…。
「うむ。やっと会えたな、お互いにな」
 前のお前を失くしちまってから、ずいぶん時間がかかったもんだ。今のお前が生まれてからも。
 とはいえ、俺はお前を探していなかったんだがな…。やっと会えたと言う資格は無いか。
 すまん、探してやれなくて。お前は頑張って探していたのに、俺の方は何も知らないままで…。
 どうしようもなく駄目な恋人だな、探すことさえしなかったなんて。
 諦めたお前よりずっと酷いぞ、最初から探していないんだから。
 だが…。



 探していなかった分まで、これからはずっと一緒だしな、とハーレイがパチンと瞑った片目。
 もう見付けたから、離さないと。探し損なったけれど、見付けたから、と。
「お前はちゃんと帰って来たしな、俺の所に」
 しかも探してくれていたんだ、俺がいないかと、うんとチビの頃に。
 そんなお前にやっと会えたから、二度とお前を離しはしないさ。お前は俺のブルーなんだから。
 今度こそ、俺だけのものなんだから…。
「そうだよ、ぼくはハーレイのために生まれて来たんだから」
 今のぼくの身体、ハーレイのための姿なんだよ、一番喜んで貰える姿。
 大きくなったら、前のぼくと同じになる身体。…ハーレイが失くしたぼくの姿に。
 ちゃんと今のぼくに生まれて来たよ。猫でも、小鳥でもなくて。ハーレイが一番好きな姿で…。
 それに頑張ってハーレイを探してたんだし、御褒美のキス、と強請ったけれど。
 「よし、御褒美だな? よく頑張った」と、額に貰ってしまったキス。
 欲しかった唇へのキスではなくて。
 それが悔しい気もするけれども、額へのキスでもかまわない。
 この姿だから、額に落として貰えるキス。
 もしも小鳥の姿だったら、額どころか、頭にキスを貰うのだろう。小鳥の額は小さいから。
 それに、ハーレイと幸せな恋の続きを生きてゆくなら、この姿でないと駄目なのだから。
 前のハーレイが失くしてしまった前の自分にそっくりな姿が、きっと一番だろうから。
 そう思うから、今は額へのキスでいい。
 チビの身体でも、いつか大きく育つから。
 前の自分とそっくりになって、誰が見たってソルジャー・ブルーに瓜二つ。
 そしてハーレイと二人で歩こう、見世物になってしまっても。
 ソルジャー・ブルーが食料品の買い出しに来たならこんな風だと、注目を集めてしまっても。
 今の自分は、ハーレイのために生まれたから。
 小さい頃には、ずっとハーレイを探し続けていたのだから…。




            探していた人・了


※幼かった頃のブルーが、探していた人。それが誰かも分からないまま、探したのはハーレイ。
 いつの間にか探すのをやめてしまっても、出会えたのです。幼かった日に探し続けた人に。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv












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