シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
シャングリラ学園特別生としての日々は順調に過ぎていました。キース君は大学と掛け持ちしながら出席しては柔道部にも通っていますし、サム君は会長さんにベタ惚れ中。その会長さんは折を見つけては留年してしまったアルトちゃんとrちゃんを口説いていますが、もうこれは不治の病というものでしょう。今日も放課後、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でレモンパイを食べていました。そろそろキース君が来る頃です。
「忙しいヤツだよなぁ。朝からこっちに来て、それから大学に行って、また戻ってこようっていうんだからさ」
サム君が「俺にはとても真似できねえや」と言った所へキース君が壁を抜けて現れました。
「約束どおり戻ってきたぜ」
「かみお~ん♪キースのパイ、ちゃんとあるからね!」
はい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお皿を差し出し、キース君は大きなカバンを「よいしょ」と床に。
「いつ見ても重そうなカバンだよねぇ。…それ、全部要るの?」
ジョミー君が言うのも無理はありません。大学生の荷物って少ないんだと思っていたのに、キース君のカバンは中身が沢山詰まっています。ノートPCはもちろん、普通のノートや本もギッシリ。
「…一般の学生なら要らない物も多いんだが、俺はそういう訳にはいかん。教授には偉い坊さんも多いからな…。講義以外で話を聞けるチャンスに備えて、仏教関係の本は常に持っていないと」
うわぁ、お寺を継ぐのって大変なんだぁ…。
「キースが真面目すぎるんだよ。適当にやってても単位が取れれば問題ないのに」
クスッと笑ったのは会長さん。緋の衣を許された高僧のくせに、ソレイド八十八ヶ所の御朱印を集めた掛軸を8本も売り飛ばそうとして表装に出しているのは周知の事実。出来上がってきたら『箱書き』とかいうものを知り合いの名僧に頼んで更に付加価値を付ける気です。
「あんたがいい加減すぎるんだろうが!…まぁ、学ぶべきことも多いのかもしれんが…」
「肩の力を抜くのも大事さ。人生を楽しむっていうのも悟りの境地の一つなんだし」
「そういうものか?」
「うん。自分が満たされてない状態で、他人を救おうだなんておこがましいよ。だから気楽にするのが一番」
一理あるようなことを言って、会長さんはキース君のカバンを眺めました。
「ところで…。何を持っているんだい?風呂敷包みが気になるな」
「…気付いてたのか。だったら、話が早い」
キース君がカバンの中から取り出したのは細長い風呂敷包みでした。箱が入っているようです。
「うちの檀家から預かったんだ。こないだ一周忌が済んだ爺さんの遺品らしいんだが…」
風呂敷包みの中身は古ぼけた桐箱で、蓋には毛筆で文字が書かれていました。
「ふぅん…やっぱり掛軸か。月下仙境、ねぇ…」
「待て、開けるな!」
蓋を取ろうとした会長さんの手をキース君が掴んで押し戻します。
「なんで?…見せるために持って来たんだろう」
「それはそうだが…。いわくつき、ってヤツなんだ。開けるのは話を聞いてからにしてくれ」
「「「いわくつき!?」」」
私たちの声がひっくり返りました。いわくつきの掛軸ですって?
「…呪いの掛軸…?」
ジョミー君の問いにキース君は複雑な表情になり、掛軸の箱をテーブルの真ん中に置いて。
「一概にそうとも言えなくてな。親父が三百年以上も生きた高僧にお任せしろ、と寄越したんだが、あまり開けたい心境ではない。…とりあえず事情を説明しよう」
元老寺のアドス和尚が会長さんに託した掛軸。いわくつきって、どんな話が…?
毛筆で『月下仙境』と書かれた桐箱に作者の名前はありませんでした。キース君が言うには蓋の裏側とかにも何も書かれていなくて、軸には落款も無いのだとか。
「つまり作者は不明ってことだね。…月下仙境って言うんだし、絵なんだろう?」
会長さんの問いにキース君は即座に頷きました。
「ああ。かなり色褪せているが、こう…仙人が住んでいそうな景色で、空に月が」
「なるほど。…つまり君は広げて見たってことだ」
「そりゃあ…ここへ持って来るからには見ておかないと話にならないし。昨日、親父と二人で見た。親父は預かる時にも見たらしいぜ」
「じゃあ開けたって特に問題ないだろう?」
「待て!俺の話はこれからなんだ」
箱に手を伸ばす会長さんを止め、キース君は深呼吸して。
「…その掛軸。持ち主だった爺さんが何処かで手に入れたらしいんだがな…。軸の中から仙人や仙女が出てくると言って、爺さんの部屋の床の間にずっと飾ってあったそうだ。家族はもちろん信じてなかった。ところが、爺さんが死んだ後、部屋に入ると掛軸から…仙人やら龍やら得体の知れないモノがゾロゾロと…」
「で、出たってわけ!?」
ジョミー君が叫び、私たちも背筋に冷たいものが…。
「そういうことになるんだろうな。錯覚か幻覚だと思い込もうとしたそうなんだが、この1年の間に何回となく目撃してはそうもいかん。とうとう俺の家に持ち込んで来た。預かってくれ、ってな。…永代供養料並みの金を包んで来られちゃ、もう無期限で預かるしかない」
「寺宝が増えていいじゃないか」
会長さんが笑いましたが、キース君は「そんなものは寺宝にならん」と苦い顔です。
「俺も親父も、見世物で稼ぐ気は無いんだ。だからこいつは蔵にしまうしか無いと思っているんだが…一応、供養はしないとな。どんな因縁で奇妙なモノが湧いて出るのか分からないし」
「それで、ぼくに鑑定させようっていうのかい?…呪いの掛軸か、そうでないのか」
「察しが早くて助かるぜ。親父と俺にはサッパリなんだ。何が原因か分からないんじゃ、供養の仕方も分からない。だから高僧の法力と三百年の知恵に縋ってこい、と親父に言われた」
「…ふうん…」
人差し指を顎に当てて考え込んでいた会長さんですが、不意に悪戯っぽい笑みを浮べて。
「力を貸すのは構わないけど、タダ働きじゃないだろうね?…せめてこれくらいは貰わなくちゃ」
指を1本立てる会長さんに、キース君がすかさず差し出したのは袱紗包み。会長さんはそれを開いて中身を確かめ、満足そうに分厚い金封を受け取りました。
「君のお父さんは気前がいいね。いや、よほど困っているのかな?…なんといってもモノがモノだし…。扱いに失敗したら命が無いってことも有り得るし。いいよ、この掛軸はぼくが引き受けよう」
地獄の沙汰も金次第とは言いますが…会長さんときたらヤバそうな掛軸をお金と引き換えに背負い込むつもりみたいです。巻き添えを食う前に逃げるべきでしょうか?得体の知れないモノがゾロゾロ出てきてからじゃ間に合わないと思いますし!
金封を片付けた会長さんは桐箱の蓋に手をかけました。逃げよう、と思ったのは私だけではない筈ですが…。
「ブルー!やめろよ、危ないじゃないか!」
サム君が会長さんの手を掴んで押さえ、腰を浮かせていた私やジョミー君たちを見回します。
「お前たちも止めてくれよ。もしも…もしもブルーに何かあったら…。キース、お前、なんてモノを持って来るんだ!ブルーがどうなってもいいってぇのか!?」
「い、いや…。ブルーなら大丈夫だと…」
「そんなの分からねぇじゃねえか!家へ帰って親父に言えよ、断られました…って!」
会長さんを止めようと必死のサム君。でも会長さんはニッコリ笑って。
「平気だよ、サム。…ぼくなら大丈夫。ちゃんと修行はしてきたんだし、第一、タイプ・ブルーだし」
「…でも…」
「いいんだってば。あ、だけどサムたちは避難した方がいいかもね。ぶるぅ、みんなを連れて奥の部屋へ。…部屋ごとシールドを張れば大丈夫だろう」
「オッケ~♪」
ついてきて、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が立ち上がり、渡りに船と続こうとすると…。
「俺は残るぜ。持ち込んだ以上、見届ける義務があるからな」
「俺も!ブルーだけ置いていけるかよ!!」
キース君とサム君が残ると言い出し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が困ったように首を傾げました。
「ブルー…。キースとサムにもシールド要るよね?…奥のお部屋と此処と、二ヶ所いっぺんに張れないことはないけれど…。ぼく、お化けとか苦手だし、ホントに何か出てきちゃったら集中力が続かないかも」
「そうか…。じゃあ、ジョミーたちは外に出ててもらおうかな。この部屋自体がシールドになるし、生徒会室の方にいれば問題ないさ」
えっと。それって会長さんはともかく、キース君とサム君を見捨てて逃げるってことですか?あまりいい気分はしませんけれど、やっぱり命あっての物種。三十六計逃げるにしかず…って、あれ?シロエ君?
「ぼくも残ります!お化けごときで後ろを見せたくありませんし」
「じゃあ、ぼくも一緒に残ります。日頃の鍛錬の成果を試すいい機会ですよね」
シロエ君とマツカ君の決意に、ジョミー君が。
「ぼくも残る!…一人だけ逃げるって男らしくないし!!」
「…みんなが残るんだったら私も残るわ。ジャーナリスト志望としては何が起こるか見届けたいもの」
ええっ、スウェナちゃんまで残るんですって?もしかして逃げるのは私一人だけ…?それって…凄くカッコ悪い…。
私は半ばヤケクソで「残る」と叫び、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が私たちを一ヶ所に集めてシールドを張りました。
「これで見つからないで隠れてられるよ。みんなの声、ブルーにだけ届くようにしてあるから。ぼく、頑張るね!」
お化けはとても怖いけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。もしシールドを張る集中力が無くなるような凄いモノが出てきたらどうすれば…。
「ぶるぅが駄目でも、ぼくがいる。…だからそこで見てて」
「ブルー、あんたに何かあったら俺はキースを許さねえからな!」
殴るくらいじゃ済まさねえぜ、と凄むサム君。場合によってはキース君の首を絞めてしまいそうな勢いです。会長さんは「大丈夫だよ」と柔らかな笑みを浮べました。
「ぼくは絶対に大丈夫。恋人の言葉は信じるものだよ」
「………!」
真っ赤になったサム君に向かってウインクしてから、会長さんは徐に桐箱の蓋を開けたのでした。
箱の中に入っていたのは古ぼけた掛軸。会長さんが掛軸の紐を解き、テーブルの上に広げてゆきます。まず色褪せた表装の布が現れ、続いてかなり退色した山水画が。キース君が言っていたとおり、仙人が住んでいそうな雰囲気です。薄墨色の空に満月が淡く描かれていて、その風景はまさしく『月下仙境』。特に怪しいモノは見当たりません。
「見たところ普通の絵だけれど…。特に負の思念も感じない。呪われているわけじゃなさそうだ」
会長さんは絵をじっくりと見てゆきます。
「だとすると…絵の内容が問題なのかな?何かを引き寄せやすいとか…。でも、そんなモチーフも無さそうだね」
「無いだろう?それは俺も親父も確認したんだ。…ひょっとして下絵に何かあるとか?」
キース君が言い、会長さんが「なるほど」と呟きました。
「絵具の下に塗り込められているってことはあるかも。サイオンを使って見ていけば…」
青い光が会長さんの身体を包み、その光が掛軸に描かれた満月に届いた瞬間。
「「「ああっ!?」」」
部屋が夜のように暗くなり、絵の月が煌々と照り渡ったかと思うと、空間がぐにゃりと歪んでゆきます。
「まずい…!」
会長さんが歪みを封じ込めようと放った青い光が掛軸を包もうとして弾き飛ばされ、四散して。
「かみお~ん!!!」
掛軸の中から雄叫びを上げて飛び出したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿でした。
「「「えぇぇっ!?」」」
空間の歪みが消え、元通り明るくなった部屋に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が立っています。でも…でも、私たちがいるシールドの中にも「そるじゃぁ・ぶるぅ」はちゃんと居て。いったい何がどうなってるの!?
「こんにちは。はじめまして…だよね、ソルジャー・ブルー」
呆然としている会長さんに掛軸から出てきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコと右手を差し出しました。
「ぼく、ぶるぅ。あちこちのシャングリラを回って遊んでるんだ。よろしくね♪」
「…あちこちの…シャングリラ…?」
「うん。いろんなブルーやハーレイがいて楽しいんだよ」
そう言って「ぶるぅ」と名乗った「そるじゃぁ・ぶるぅ」のソックリさんは会長さんの右手を握り、ブンブンと振り回すように握手をして。
「でも、ぼくがいるシャングリラって初めて見ちゃった。…かくれんぼしてるの、ぼくだよね?君の名前も『そるじゃぁ・ぶるぅ』っていうんでしょ?」
げげっ。シールドの中の私たちの姿が見えているようです。この「ぶるぅ」って、もしかしなくてもタイプ・ブルーだったりするのでしょうか?あたふたとする私たちを見て「ぶるぅ」はニッコリ笑いました。
「シールドしなくても大丈夫だよ。ぼく、遊びに来ただけだしね。…んとね、ぼくもタイプ・ブルー。全開だと3分間しか力が使えないんだけど、シャングリラを渡り歩くには十分なんだ」
会長さんは「ぶるぅ」をまじまじと見つめ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ぶるぅ、シールドを解いてくれ。どうやら別の世界から来たお客様のようだ」
「オッケー!」
シールドが解かれ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と私たちは「ぶるぅ」とじかに御対面です。どこから見ても「そるじゃぁ・ぶるぅ」に瓜二つで服装も同じ。別の世界からのお客様って…?
「キース、この掛軸の謎は解けたよ。何かのはずみで別の世界との間の扉が開くらしい。今はぼくのサイオンで発動したけど、きっと気象条件とか様々な要素があるんだろうね」
会長さんの言葉にキース君が困惑しきった顔で。
「…それは解決できないのか?あんたの力でも扉を閉じるのは無理みたいだしな。…さっきは失敗したんだろう」
「ううん、それはタイプ・ブルーの力で弾かれたからで…掛軸自体を封印するのは問題ない。一度封印すれば二度と歪みは生じない筈だし、歪みが無ければ何も出ないよ。ただ、封印は…このお客様がお帰りになってからでないと気の毒だろう?帰りの道が無くなってしまう」
それを聞いていた「ぶるぅ」が首を傾げました。
「えっと。なんのお話か分からないけど、ぼくが通ってきた道が閉じても平気だよ?タイプ・ブルーの力が使える間は何処からでもシャングリラに帰れるしね。…いつも他のシャングリラに遊びに行くけど、勝手に道が開いたのって初めてだからビックリしたぁ。どのシャングリラに行こうかな~、って思ってたらグイッて身体が引っ張られて」
だから力は要らなかったんだ、と「ぶるぅ」。
「でも、出口が見えたと思ったらいきなり道が閉じかけて…ちょこっと力を使っちゃった。空間を閉じようとしたのはブルーの方のサイオンだよね?よかった、閉じる前にここに遊びに来られて♪」
いわくつきの掛軸から現れたのは仙人でも龍でもお化けでもなく、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のソックリさんで、別の世界から来たみたい。しかもシャングリラがあちこちにあるって言ってますけど、本当でしょうか?
招かれざるお客様はキョロキョロと部屋を見回しながら会長さんに話しかけました。
「ねぇねぇ、ここって青の間じゃないね。こんなお部屋は見たことないけど、ブルーのお部屋?」
「ぶるぅの部屋だよ。…君の部屋とは似てないのかい?」
「うん。ぼくのお部屋は…って、あれ?もしかして、今、何処かに降りてる?なんだか地面に近い感じがする」
「地面?」
怪訝そうな顔の会長さんに「ぶるぅ」は床を指差しながら。
「あのね、ちょっと自信がないんだけど…ここの下って、空とか宇宙じゃなくって地面だったりするのかなぁ、って思ってさ。メンテナンスで着陸中?」
「着陸って…。君が言ってるシャングリラというのは船なのかい?」
「そうだよ。シャングリラは船に決まってるもん!」
エヘンと胸を張った「ぶるぅ」の言葉に全員が息を飲みました。シャングリラは船に決まってる、って…。このお客様が住んでいる世界や遊び歩いている世界ではシャングリラといえば宇宙クジラで、シャングリラ学園は無いのでしょうか?
「ぶるぅ、と言ったね。確かにぼくたちもシャングリラという船は持っているけど、今は遠い宇宙にいるんだ。二十光年くらい離れてるかな。ここはシャングリラ学園っていう学校だよ」
「え?…ええっ!?」
今度は「ぶるぅ」が驚く番でした。会長さんをまじまじと見つめ、それから部屋の周囲をサイオンで探っているようです。全開だと3分間しか力が使えないとか言ってましたけど、この程度なら問題ないのかな?…やがて「ぶるぅ」はフウ、と溜息をついて。
「ホントだ…。ここ、シャングリラじゃないみたい。こんな地面に降りてて平気なの?…ミュウじゃない人も沢山いるよ?」
「「「ミュウ?」」」
それは初めて聞く単語でした。ミュウって何のことでしょう?
「えっ、みんなミュウなのに知らないの?…ミュウってぼくたちのことなのに。ここの世界って凄く変!シャングリラは他所に行ってるって言うし、人間たちがウロウロしてる所に平気で住んでるみたいだし…」
「ぶるぅ、ちょっと待って」
会長さんが「ぶるぅ」の話を遮り、真剣な顔で尋ねました。
「ミュウっていうのはサイオンを持った人間だね?…君が知っている世界のミュウは普通の人間と共存できていないのかい?」
「人間と…共存!?それってブルーの理想だよ。でも、人間は聞いてくれない…って。ミュウは何処でも追われてるからシャングリラしか居場所が無いんだ。…ひょっとして、この世界ではそうじゃないの?人間に追われたりしてないの?」
「………。ぶるぅ、君の知ってるシャングリラは何処の世界でもそうなのかい?ミュウは人間に迫害されて…シャングリラでしか生きられない、と?」
「うん。だからブルーは大変なんだよ。…ぼく、あちこちのシャングリラを回ってブルーの友達を捜してるんだ。同じソルジャーなら苦労も分かるし、すぐ友達になれるもん」
無邪気に笑う「ぶるぅ」ですけど、聞かされた事実は衝撃的なものでした。別の世界から来たというだけでも驚きなのに、そんな世界が幾つもあって…しかもそこでは私たちは『ミュウ』と呼ばれて普通の人から追われる立場らしいのです。会長さんがシャングリラ号を建造したのは万一の時に備えてでしたが、他の世界ではシャングリラは既に箱舟になっているみたい…。
「えっ、シャングリラに逃げ込んだことが一度もないの!?」
まん丸な目でポカンとしている「ぶるぅ」。
「ブルーたちは人間に追われて必死で逃げて、やっとシャングリラを造り上げたんだよ。ここってホントに変わってるよね。…じゃあ、テラに行こうっていう目標も無かったりするのかなぁ?」
「「「寺?」」」
なんじゃそりゃ、と私たちは首を傾げました。お寺ならキース君の家で十分間に合ってますし、ソレイド八十八ヶ所も卒業旅行で回りましたし…。迫害されて追われていると抹香臭い世界に安らぎを覚えるっていう意味でしょうか?それとも駆け込み寺という言葉どおりに匿ってくれるお寺があるとか?
「違う、違う!そうじゃなくって、星のことだよ。人類が一番最初に生まれた星。えっと…凄く綺麗な青い星でね、青いのは地表の七割が海に覆われているからだ、ってブルーが言ってた」
こんなのだよ、と「ぶるぅ」が宙に浮べて見せてくれたテラという星の映像は…。
「「「地球!?」」」
それはどう見ても地球でした。春休みにシャングリラで宇宙から見た青い星。とてつもなく見覚えのある星を前にして会長さんがポツリと呟きました。
「…ラテン語だ。確かラテン語で地球のことをテラと呼ぶんだ…」
「あっ、そうそう、地球のこと!じゃあ、やっぱりみんなもテラに行こうと思ってるんだね」
良かったぁ、と「ぶるぅ」は嬉しそうな笑顔になって。
「共通点が無いわけじゃないんだ。あんまり違いすぎるから焦っちゃった。で、テラは遠いの?」
私たちは顔を見合わせ、会長さんは困惑しきった様子で考え込んでいましたが…とうとう覚悟を決めたらしくてスッと足元を指差しました。キョトンとしている「ぶるぅ」に会長さんが告げた言葉は…。
「この部屋がある建物は地球の上に建っているんだよ。シャングリラ学園はテラにあるんだ」
「えっ!?」
別世界から来た「ぶるぅ」はよほどビックリしたのでしょう。青い星の映像が消え、ヘタヘタと座り込みました。
「…ここがテラ…?…ブルーが行きたがってる星?…ミュウと人間が一緒に暮らしてて、おまけにテラ…?ぼく、天国に来ちゃったのかも…。もしかして、ぼく、死んじゃったの…?」
「ぶるぅ!?」
フラッと倒れそうになった「ぶるぅ」を会長さんが受け止めましたが、小さな身体は何の反応もしませんでした。
「駄目だ、気を失ってしまってる。…ぶるぅ、冷たいおしぼりを持ってきてくれ」
会長さんは「ぶるぅ」をソファに寝かせて額におしぼりを乗せました。気絶してしまったお客様。掛軸に描かれた仙境とは似ても似つかない恐ろしい世界から来たようですけど、この場合、私たちの世界の方が仙境ってことになるのでしょうか。…そういえば今夜は満月です。やっぱり此処が月下仙境…?
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