シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
二個目の幸せ
「あら、ブルー君!」
学校からの帰りに、バス停から家まで歩いていたブルー。いつものように通学鞄を提げて。
其処へ、道沿いの家から声を掛けられた。顔馴染みの奥さんが庭に立っている。
「こんにちは!」
元気よく挨拶をして、頭をピョコンと下げたのだけれど。
「おかえりなさい。丁度良かったわ」
「え?」
何のことだろう、とキョトンとした。「丁度良かった」の言葉に、心当たりが無いものだから。
奥さんと顔を合わせる日は多いけれども、何が「丁度いい」のか、本当にまるで分からない。
「ブルー君、ちょっと待っててね」
直ぐに戻るわ、と奥さんは家に入っていって…。
(何なんだろ…?)
お使いを頼まれるのだろうか。母に渡したいものがあるとか、奥さんが関わっている催しなどのチラシを預かることになるのか。
(どっちかだよね…?)
きっとそうだ、と考えていたら、奥さんが家の中から出て来た。庭を横切り、道路との境にある生垣の側までやって来ると…。
「はい、お待たせ」
どうぞ、と手のひらに乗せられた瓶。高さは六センチくらいだろうか、小さくて丸っこいガラス瓶。薄いレモン色の液体が中に閉じ込めてある。
「えっと…?」
母への届け物だろうか、と瓶を見詰めた。それに中身は何なのだろう、と首を傾げて。
「あら、分からない? 書いてあるでしょ、高原ハチミツって」
とても小さなラベルだけれど、と奥さんが小さな瓶を指差す。「其処の金色よ」と。
「ホントだ!」
これって、蜂蜜の瓶なんだ…。
高原ハチミツって書いてあるものね、このラベルに。…これが蜂蜜…。
薄いレモン色だから分からなかった、と眺めた瓶と「高原ハチミツ」と書かれたラベル。金色の地に赤い文字で。小さな瓶の飾りみたいに、ラベルも小さい。
蜂蜜色をしていない蜂蜜。「高原ハチミツ」と謳うからには、高原の蜂蜜はこうなのだろうか?
分かんないや、という疑問を読み取ったように、奥さんは蜂蜜の話をしてくれた。
「薄い色だけど、これも蜂蜜よ。ミツバチが何の蜜を集めるかで、蜂蜜の色が変わってくるの」
蜂蜜専門のお店に行ったら、色々な色の蜂蜜の瓶が並んでいるわよ。蜂蜜色だけじゃなくて。
これは高原の花の蜜なの、リンゴの花の蜜なのかしらね?
高原にはリンゴ畑が沢山あるから、と奥さんは笑顔。「きっとリンゴの白い花よ」と。
「この蜂蜜…。買ったんじゃないの?」
買ったんだったら、説明がついていそうだけれど…。何の花なのか、紙が添えてあるとか。
「そうね。買った蜂蜜だったら、養蜂場の名前なんかも書いてありそうだけど…」
この蜂蜜は、お友達から送って来たの。旅行に出掛けて、見付けたらしいわ。…小さなお店で。
沢山あるのよ、瓶がとっても可愛いから、ってドッサリ送ってくれたから。
せっかく見付けた可愛い瓶だし、沢山の人にあげたいらしいわ。こういう瓶は珍しいのよ。
それにね、これは固まらない蜂蜜なんですって。
だから、これからの季節にお勧め、と奥さんは薄いレモン色をした瓶の中身に目を遣った。寒い季節には、白く固まってしまう蜂蜜。まるで砂糖の粒みたいになって、流れなくなって。
けれど、花の蜜で変わる性質。固まりやすい蜂蜜もあれば、その逆になる蜂蜜も。
この瓶の蜂蜜は固まらないらしい。固まりにくい蜂蜜は、リンゴの花やらアカシアやら。
「高原なんだし、アカシアよりはリンゴの花だと思うのよ。リンゴの木の方が多そうでしょ?」
貰って直ぐに一つ開けてみたけど、とても美味しい蜂蜜なの。
普通の蜂蜜よりサラサラしていて、クセが無いから。
それに珍しいし、持って帰ってみんなで食べてね。其処に行かないと買えない蜂蜜らしいから。
「ありがとう!」
ママも、とっても喜びそう。この瓶、とても可愛いから。
それに珍しい蜂蜜だものね、高原に行かないと買えない蜂蜜…。
いいもの、どうもありがとう!
奥さんに御礼を言って、「貰っちゃった」と眺めた瓶。コロンと丸くて可愛らしい瓶。
中に詰まった薄いレモン色の蜂蜜は、ハーブティーにも合うらしい。サラサラしていて、直ぐに溶けるから。…クセの無い蜜は、ハーブティーの風味を損なわないから。
(ぼくだと、ハーブティーじゃなくて、ホットケーキとか…?)
蜂蜜を味わうなら、ホットケーキが良さそうな感じ。メープルシロップの代わりに、たっぷり。明日の朝御飯はホットケーキを焼いて貰って、この蜂蜜をかけてみようか?
(パパとママも、蜂蜜、食べるだろうしね?)
みんなでホットケーキがいいかな、と考えた途端に思い出した。
朝の食卓に、いつも置かれるマーマレードの大きな瓶。トーストに塗ったり、紅茶に入れたり、両親もお気に入りのそれ。夏ミカンの実で出来た金色、夏のお日様のようなマーマレード。
それを持って来てくれる恋人の顔が、ポンと頭に浮かんで来た。
夏ミカンの実のマーマレードは、隣町に住むハーレイの母が作るもの。庭のシンボルだという、とても大きな夏ミカンの木。その実をハーレイの父がもいだら、洗って、皮を刻んだりして。
朝御飯と言ったら、そのマーマレード。切れてしまう前に、新しい瓶を届けてくれるハーレイ。
(この蜂蜜…。珍しいんなら、ハーレイにも…)
食べて欲しいと思うけれども、生憎と瓶は一つだけ。手のひらに乗るような、小さな瓶が。
それに「みんなで食べてね」と分けて貰ったからには…。
(家に帰ったら、ママに渡して、パパとママとぼく…)
その三人で食べるだけ。薄いレモン色の、固まらないらしい蜂蜜を。「高原ハチミツ」と金色のラベルが貼られた、リンゴの花の蜜らしいのを。
(蜂蜜の瓶って…)
朝食のテーブルには似合いそう。小さい瓶でも、マーマレードの瓶に負けない存在感。朝の光が射し込む中に置いてあったら、中の蜂蜜が輝いて。
トーストにも、焼き立てのホットケーキにも、良く合いそうなレモン色。
けれど、夕食の時には無さそうな出番。ハーレイも一緒に食べる夕食。そのテーブルの上に母が並べる料理は、蜂蜜なんかは必要としない。蜂蜜を味付けに使ってあっても、ただそれだけ。
トーストやホットケーキみたいに、それぞれの好みで蜂蜜をかけはしないから。
夕食のテーブルに蜂蜜の瓶が無いなら、この蜂蜜はハーレイには食べて貰えない。蜂蜜の出番が無い以上は。
そうなるんだ、と気付いた蜂蜜。夕食のテーブルに並びはしなくて、両親と自分が食べるだけ。朝食の時に瓶を開けては、トーストに、ホットケーキにと。
ハーレイにも食べて欲しいのに。…コロンと丸い瓶の中身を、ハーレイにも御馳走したいのに。
(蜂蜜、せっかく貰ったのに…)
呼び止められて渡されたほどに、珍しいのがこの蜂蜜。高原の小さな店に行かないと、買えないらしい高原ハチミツ。それをハーレイにも食べて欲しいのに、ハーレイの分が無いなんて。
(…晩御飯に蜂蜜なんかは無理だし…)
蜂蜜をかけるような料理を、母に注文するのも無理。あまりにも我儘すぎるから。
(仕方ないよね…)
ハーレイには食べて貰えなくても、と心の中で零した溜息。残念だけれど、それ以外に道は全く無い。夕食の時には出て来てくれない、蜂蜜の瓶。朝食だったら、当たり前のように似合うのに。
きっと自分は、見るからに元気が無かったのだろう。まるで自覚は無かったけれど。
「どうしたの?」と奥さんに訊かれた。「ブルー君、気分が悪くなったの?」と。
「ううん、なんでもない…。蜂蜜、ホントにありがとう。ママに渡すよ」
じゃあね、とペコリと頭を下げて、歩き出そうとしたら。
「待って、ブルー君」
「なあに?」
奥さんの声に引き止められた。まだ何か用事があるのだろうか、と不思議に思ったのだけど…。
「この蜂蜜、もっと欲しいんじゃないの?」
ブルー君は、と問い掛けられて仰天した。奥さんの言う通りだから。
「なんで分かったの!?」
そう叫んでから、慌てて押さえた自分の口。…正直に喋ってしまった、「お行儀の悪い」口を。
蜂蜜は一つ貰ったのだし、奥さんも最初から「一つ」のつもり。
いくら沢山あるにしたって、一人に二つも三つも渡しはしないだろう。そうするよりは、もっと大勢の人に。通り掛かった人や、奥さんの知り合いなんかに一つずつ。
その蜂蜜の瓶を「もっと欲しい」だなんて、これではまるで、ただの欲張り。
「欲しい」と言ってはいないけれども、「欲しいんじゃないの?」と訊かれた答えが、そのまま「欲しい」の意味だから。「なんで分かったの!?」と叫べば、そうだと分かるのだから。
大失敗、と口を押えて慌てているのに、奥さんはクスクス可笑しそう。「やっぱりね」と笑みを浮かべて、「大当たりだわ」と。
「ブルー君を見てれば分かるわよ。最初はとても喜んでたのに、しょげちゃったから」
蜂蜜、あげたい人がいるのね。お父さんとお母さんの他にも。
…あの学校の先生でしょう?
がっしりしていて大きな身体で、褐色の肌の。…金色の髪をしている男の先生。
そうじゃないの、と問い掛けられた。「ハーレイのことだ」と、ピンとくる言葉たちを並べて。
「…ぼくの先生、知ってるの?」
「ええ。…確かハーレイ先生よね?」
奥さんは名前まで言い当てた。ハーレイの姿を知っているばかりか、「ハーレイ」の名まで。
「ハーレイ先生って…。誰に聞いたの?」
「ブルー君のお母さんよ。あの先生のお話をしていた時にね」
お名前を教えて貰ったのよ、と返った返事。奥さんは、ハーレイが庭でお茶を飲んでいる姿を、何度も目にしていたらしい。
庭で一番大きな木の下、其処に置かれた白いテーブルと椅子。日向の芝生に運んでゆくことも。其処でハーレイとお茶を飲むのが、今ではすっかりお気に入り。生垣の向こうを通ってゆく人は、まるで気にしていなかった。
(ハーレイと話すのに夢中で、道の方なんか見ていなかったよ…)
もちろん挨拶もしていない。奥さんが通っていたことにさえも、全く気付いていないのだから。
そうは言っても、近所の人なら知っていること。
身体に聖痕が現れたことも、その再発を防ぐためにと「守り役」がついていることも。
この奥さんも、その中の一人。ハーレイが誰か、話さなくても、充分、承知。
「ブルー君、先生といつも、楽しそうにお話しているものね」
だから蜂蜜、先生の分が欲しかったんでしょう?
一つしか無いと、先生に渡す分が無いから。…ブルー君の家で食べる分だけで。
「そうだけど…。でも…」
蜂蜜、一個貰ったから…。パパとママには、これで足りるから…。
ごめんなさい、欲しそうな顔をしちゃって…。
失敗しちゃった、と謝ったけれど、奥さんは「いいのよ、正直なのが一番」と微笑んでくれた。
「ブルー君くらいの年の子供はね、遠慮していちゃいけないの」
そういうことはね、もっと大きくなってから。…今の学校を卒業してからで充分なのよ。
先生の分の蜂蜜、持って帰って。沢山送って来てくれたから、本当に山ほどあるのよ、蜂蜜。
其処で少しだけ待っててね、と家に入って行った奥さん。
戻って来た時は、ちゃんと蜂蜜の瓶を持っていた。コロンと丸っこい、可愛らしい瓶を。
それを「はい、これはハーレイ先生の分」と手のひらに乗せて貰って、本当に貰えたハーレイのための蜂蜜の瓶。さっき一つ目を貰っているのに、もう一個。
「ありがとう…! 二つも貰って、本当にいいの?」
「遠慮しちゃ駄目って言ったでしょ? 二つ目はハーレイ先生にあげてね」
気に入って貰えるといいんだけれど、と奥さんは蜂蜜の味の心配。ハーレイの口にも合うのか、そっちの方を。
「大丈夫! ハーレイ先生は、何でも美味しそうに食べる人なんだよ」
自分でお菓子も作ったりするし、蜂蜜だって、きっと大好き。いいもの、本当にありがとう!
先生が来たら、ちゃんと渡すね、と奥さんに何度も御礼を言って、足取りも軽く家に帰った。
「ハーレイの分も貰っちゃった!」と、小さな瓶を二つ、大切に持って。通学鞄を持っていない方の手で、しっかりと。
片手で二つ持てるくらいに、小さくて可愛らしい瓶。中身は薄いレモン色をした高原ハチミツ。家に帰り着いて、門扉を開ける所で「これじゃ落としちゃう」と鞄に仕舞った。
(このままでも、開けられるんだけど…)
鞄を持った方の手を使えば、なんとか開いてくれるだろう門扉。
けれど身体のバランスを崩してしまったりしたら、もう片方の手にある蜂蜜の瓶が落っこちる。落としたら瓶は呆気なく割れて、蜂蜜も地面に吸われておしまい。
(それじゃ大変…)
二つ貰った意味が無い。あの奥さんにも申し訳ない。
それに、門扉を開けて入ったら、次は玄関の扉もある。そっちも開けないと入れないから、瓶は仕舞っておかなければ。
割れないように、鞄の中に。教科書やノートが詰まっている中に、そうっと滑り込ませて。
玄関を開けて、入った家。「ただいま!」と靴を脱いで上がって、キッチンの母の所に行った。鞄から小さな蜂蜜の瓶を、二つ取り出して。
「ママ、これ…」
高原ハチミツなんだって。普通の蜂蜜よりも薄い色だけど、寒くなっても固まらない、って。
ほらね、と見せた「高原ハチミツ」と書かれたラベル。金色の地に、赤い文字で。
「あら、本当…。こんな蜂蜜、どうしたの?」
「帰って来る途中で貰っちゃった。えっとね、あそこの家の…」
母に話した、蜂蜜をくれた奥さんのこと。蜂蜜の瓶が何処から来たかも、忘れずに。
高原にある小さな店でしか買えない蜂蜜。奥さんの友達が旅行に出掛けて、沢山の蜂蜜を送って来てくれたみたい、と。
「まあ…。珍しい蜂蜜なのね。ママもリンゴの蜜だと思うわ、高原にはリンゴ畑が多いもの」
美味しいリンゴを作るためには、ミツバチも沢山いないと駄目だし…。
ブルー、いいもの頂いたわね。
「でしょ? それにね、蜂蜜は二つ…。一つはハーレイの分なんだよ」
ハーレイのこと、名前まで覚えていてくれて…。「こっちは先生に分けてあげてね」って。
得意顔で見せた瓶の片方。「一つはハーレイの分だからね」と、念を押すように。
「あらあら…。ハーレイ先生の分まで貰って来たのね?」
ブルーったら、無理を言ったんじゃないの?
「言ってないってば! ハーレイの分も欲しいだなんて、そんなお行儀の悪いことは!」
ぼくはしないよ、と叫んだけれども、ちょっぴり、しょげたことは本当。ハーレイの分の蜂蜜が無くて、元気を失くしてしまったこと。
それを正直に白状したら、母は「あらまあ…」と呆れながらも、「良かったわね」と笑んだ。
「ブルーは本当に、ハーレイ先生が大好きだものね」
ハーレイ先生の分が無いと思って、しょげてしまったのも仕方ないわ。珍しい蜂蜜なんだもの。
良かったわねえ、ハーレイ先生の分も貰えて。
「うんっ! ハーレイが来たら、これをプレゼントするんだよ」
ママ、あの家の前を通ったら、ママからも御礼を言っておいてね。
ぼくがとっても喜んでた、って。…蜂蜜、二つも貰えたから。ハーレイの分の御礼もお願い!
蜂蜜の瓶の一つを母に渡して、「おやつに食べたい」とホットケーキを注文した。蜂蜜が似合うホットケーキを。
もう一つの瓶は勉強机の上に飾って、それからダイニングに出掛けて、おやつ。
コロンと小さな瓶の蓋を開けて、高原ハチミツをスプーンで掬って、焼き立てのホットケーキにかけて。薄いレモン色をした、粘りの少ない蜂蜜を。
ホットケーキを口に含むと、甘い蜂蜜の味がする。確かにクセの無い蜂蜜。
(メープルシロップをかけて食べるのも、美味しいけれど…)
この蜂蜜も、とても美味しい。高原育ちのリンゴの花から、ミツバチたちが集めただろう蜂蜜。まるで高原の清々しい風が通ってゆくよう。白いリンゴの花を揺らして。
瓶は小さく見えるけれども、中身は案外、沢山詰まっているらしい。スプーンで掬ってしまった後にも、それほど減ってはいないから。
(この蜂蜜が、ハーレイの分もあるなんて…)
もう一つ貰って帰れただなんて、とても幸せ。
本当だったら、両親と自分の分だけで、一個。あの奥さんも、そのつもりで一個渡してくれた。他に渡したい人がいるなど、考えてもみなかっただろうから。
けれど、二つも貰えた蜂蜜。「待っててね」と、もう一度、家の中まで取りに入ってくれて。
それに何より嬉しかったのは、奥さんに分かって貰えたこと。
(二つ目はハーレイの分なんだ、って…)
そうだと気付いてくれた奥さん。「あの先生でしょう?」と、ハーレイの名前を口にして。
「よく見掛けるわ」とも話していたから、ハーレイと庭でお茶を飲む姿を、何度も見ていたのに違いない。…こちらは気付いていなかったけれど。挨拶さえもしなかったのだけど。
(学校の先生、って言ってたから…)
あの奥さんは、ハーレイとは「先生と生徒」の関係なのだと思っている。聖痕を持った生徒と、守り役の教師。それも事実だし、間違ってはいない。けれど本当は、前の生からの恋人同士。
(蜂蜜、ハーレイにもあげたいんだ、ってこと…)
分かって貰えたのが、もう嬉しくてたまらない。
今は誰にも話してはいない、恋人同士の二人の絆。それに気付いて貰えたみたいで、じんわりと胸が温かくなる。
二つ目の蜂蜜を貰えたことで。ハーレイに渡す分の蜂蜜まで、もう一つ分けて貰えたことで。
幸せ一杯で食べ終えた、おやつ。高原ハチミツをつけて頬張ったホットケーキ。母に空になったカップやお皿を返して、戻った二階の自分の部屋。
其処から何度も、窓の向こうを覗いてみた。「ハーレイが来てくれないかな?」と。
貰ったばかりの蜂蜜の瓶を、一刻も早く渡したい。出来るのなら、貰った今日の間に。
机に置いた蜂蜜の瓶も、眺めて、触って、「高原ハチミツ」と書かれたラベルを何回も読んだ。瓶の姿も、ラベルの字体も、そっくり覚えてしまうくらいに。
その内に聞こえたチャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、ハーレイが腰を下ろすのを待って、蜂蜜の瓶を取って来た。勉強机の上に置いてあったのを。
「はい、ハーレイ。…これ、あげる」
蜂蜜だよ、と差し出した瓶。ハーレイの前のテーブルにコトリと置いたら、ハーレイは丸っこい瓶をしげしげと見て…。
「なんだ、土産をくれるのか? 珍しいこともあるもんだ」
お父さん、旅行にでも行って来たのか、高原ハチミツと書いてあるしな?
蜂蜜なのか、とハーレイは「父の土産」だと勘違いした。学校がある期間に旅行するなら、父の他にはいないから。
「ううん、ぼくからだよ」
パパじゃなくって、ぼくからだってば。…ぼくから、ハーレイにプレゼント。
「プレゼントって…。お前が買って来たのか?」
この辺りじゃ見掛けない形の瓶だが、蜂蜜フェアでもやっていたのか、近所の店で…?
「違うよ、ぼくが貰ったんだよ」
買ったんじゃなくて、貰った蜂蜜。珍しいのは本当だけどね。高原のお店でしか買えない蜂蜜。
それを貰って、ハーレイの分も一緒に貰って来たんだけれど…。
だって、ハーレイの分が無いなんて、悲しいから…。せっかく珍しい蜂蜜なのに…。
瓶だってとても可愛いのに、と丸っこい瓶を指でつついた。「これはハーレイの分の蜂蜜」と。
「はあ?」
お前が貰ったというのは分かるが、どうして俺が出て来るんだ?
なんだって俺の分まで貰うと言うんだ、話がサッパリ分からんぞ。
第一、誰から貰った蜂蜜なんだ、これは…?
俺にも分かるように話してくれ、と首を捻るハーレイに説明をした。帰り道での出来事を。
呼び止められて、分けて貰った蜂蜜の瓶は、最初は一個。それだけしか無いと、ハーレイの分の蜂蜜が無い。そうと気付いてしょげてしまったら、もう一個分けて貰えたのだ、と。
「ちゃんとこうして貰えたんだよ、ハーレイの分も」
くれる時には、「ハーレイ先生の分」って言ってたよ。ハーレイのこと、よく知ってるんだよ。大きな身体で、褐色の肌で、金髪の男の先生だ、って。
「…そんなに有名人だったのか、俺は…」
この家の近所では良く知られていて、お前と庭でお茶を飲んでいたら、通ってゆく人たちが俺を見ている、と。…あれがハーレイ先生なんだ、と。
俺は挨拶をしてもいないのに、向こうじゃ俺の名前まで知っているってか…?
この蜂蜜をくれた奥さんの家も名前も知らないんだが…、とハーレイは少し困り顔。照れているような顔にも見える。「参っちまうな」と頭を掻いて。
「ぼくも気付いていなかったけど…。ハーレイ、有名人みたいだよ」
きっとハーレイが思っている以上に、沢山の人が顔と名前を覚えているんじゃないかと思うな。
ぼくと一緒に庭に出てたら、ハーレイ、うんと目立ちそうだから。
身体が大きくて、スポーツ選手みたいだし…。古典の先生には見えていないかも…。
「それはあるかもしれないなあ…。教師とだけしか知らないならな」
よく勘違いをされちまうから。
教師ばかりが集まる所に行っても、俺の担当は体育だ、とな。
「体育って…。先生同士でも間違えちゃうんだ、ハーレイが何を教えているのか…」
ハーレイみたいな体格だったら、誰でも間違えそうだけど…。でも、先生まで間違えるって…。
信じられない、と瞳を瞬かせたら、「仕方ないだろ」とハーレイは苦笑い。
「首から札でも下げれば別だが、そういうのは特に無いからなあ…」
何の教師か分からなかったら、大抵は勘に頼っちまう、と。
もっとも、体育の担当というのも、まるで間違ってはいないんだが…。
体育の教師をやっていないだけで、何処の学校でも、俺に回って来るのは柔道部か、水泳部かの顧問ってヤツだ。…それも名前だけの顧問じゃなくて、指導力を期待されているってな。
俺が顧問になったからには、大会に出るのも、賞を取るのも夢じゃない、と周りの先生たちに。
この家の近所だと、どうだろうな、と窓の向こうを見ているハーレイ。「体育でもいいが」と、何の教師にされているかを考えるように。
「古典の教師じゃないかもなあ…。見た目だけで判断しているんなら」
そうだった時は、お前とは実に似合っていない組み合わせだが。
お前の身体が丈夫じゃないこと、近所の人なら昔から知っているんだろうし…。バスで通学している辺りも、弱いってことの証明だしな。
そんなお前の守り役の俺が、体育の教師となったなら…。授業じゃロクに会えんだろうが。
「ホントだ。ぼくは体育、見学の方が多いから…。授業に出たって、途中で見学…」
ハーレイがぼくを教えたくても、ぼく、グラウンドにいないのかもね。…体育館で授業の時も。
見学用の場所にポツンと座って、みんなの授業を見ているだけ。
そんなの嫌だな、ハーレイが教えているんなら。…ハーレイの授業、ぼくだけ仲間外れなら…。
つまらないよ、と想像してみただけでも分かる。
学校では教師と生徒だけれども、その関係さえ希薄になってしまいそうだから。ハーレイが体育担当だったら、そうなってしまっていただろうから。
「俺も、そいつは大いにつまらん。せっかくお前を教えられるのに、見学ばかりの授業じゃな」
体育の教師の道に進んでいなくて良かった。古典の教師になったからこそ、お前にも俺の授業を休まずに受けて貰えるんだから。…病気で休んだ時は駄目だが。
「ぼくも、ハーレイが古典の先生で良かったよ。…近所の人たちは間違えているかもだけど…」
この蜂蜜をくれた人も、もしかしたら勘違いをしているのかもしれないけれど。
何の先生かは訊かれなかったし、どうなってるかは分からないけどね。
でも、蜂蜜は美味しかったよ、ハーレイの分も貰えて良かった。
体育の先生だと思われてたって、ハーレイの分には違いないもの。ぼくが貰った、二つ目の瓶。
ハーレイも家に帰ったら食べてね、とコロンと丸い瓶を指先でつつく。「美味しいよ?」と。
「美味いって…。お前、もう蜂蜜を食ったのか?」
今日の帰りに貰って帰って、早速に味見したってか…?
すばしっこいヤツだな、食べられる量は小鳥みたいに少ないくせに。
食事もしょっちゅう残しちまっては、「お腹一杯」ばかり言ってるくせにな…?
「だって、おやつだもの。…おやつくらいは平気だよ」
いつも学校から帰った後には、おやつの時間。その時に蜂蜜、食べたんだってば。
蜂蜜をおやつに食べたわけではないけれど、と付け加えた。蜂蜜だけでは、流石に足りない。
「ママにホットケーキを焼いて貰って、それにつけたよ」
メープルシロップをかける代わりに蜂蜜。…サラサラしていて、クセが無いから美味しくて…。
リンゴの味はしなかったけれど、高原の風が吹いてるような気がして来ちゃった。
「ホットケーキか…。お前らしいな」
前のお前の夢だったからな、地球に着いたらホットケーキの朝飯を食うというヤツが。
合成品のメープルシロップじゃなくて、砂糖カエデから採れた本物をたっぷりかけてやって。
それと地球の草で育った牛のミルクのバターだ、そいつがお前の夢だった。地球に着いて平和な時代が来たなら、朝飯にはホットケーキがいい、と。
今のお前は、ホットケーキにデカい夢を見てはいないんだが…。それでもホットケーキが浮かぶくらいに、前のお前の夢のホットケーキは、憧れってヤツが大きかったのかもしれないな。
お前が蜂蜜、そうやって食っていたんなら…。
俺もホットケーキを焼いて食うべきだろう。お前が貰ってくれた蜂蜜、明日の朝にでも早速に。
ホットケーキの材料は家にある筈だよな、とハーレイは指を折っている。卵に砂糖…、と必要なものを挙げながら。
「ハーレイの朝御飯、普段はホットケーキじゃないんでしょ?」
トーストとか、田舎パンだとか…。バゲットを食べてることもあるよね、パンでなければ御飯を炊いて食べてたり。
ぼくが聞いてるハーレイの朝御飯は、いつだって量がたっぷりだから…。
ホットケーキには合いそうにないよ、オムレツも、焼いたソーセージとかも。
蜂蜜の食べ方は色々なんだし、ホットケーキにこだわらなくてもいいと思うな。ハーブティーに入れはしないだろうけど、ハーレイが好きな食べ方で食べてくれればいいよ。
この蜂蜜はハーレイのだから、と瓶をハーレイの方に押しやる。「好きなように食べて」と。
「それはまあ…。俺も全部をホットケーキに使おうとまでは思っていないが…」
しかし、同じ蜂蜜を食うんだったら、じっくり味わって食いたいじゃないか。
お前がホットケーキにつけていたなら、その真似もきちんとしておきたい。お前が食ってた時の味わい、俺だって知りたいと思うしな?
こういう味か、と最初はホットケーキと一緒に食っておくべきだ。お前に貰ったからにはな。
それに量だって、そんなに無いぞ、とハーレイの手が小さな瓶を包んだ。コロンとした丸っこい蜂蜜の瓶は、大きな手だと隠れてしまいそう。
「なんたって、この大きさだから…。ホットケーキが最優先だ」
他の食い方をして減った後だと、そう沢山はつけられんだろう。ホットケーキを焼いたって。
だから最初がホットケーキで、それから別のも試してみる、と。蜂蜜をつけて食うのが似合いのヤツを、あれやこれやと。
しかし、この瓶…。お前の家だと、中身は直ぐに無くなっちまうな。
お前の他に、お父さんとお母さんも食うわけだから。
「あっ…!」
本当だ…。パパもママも蜂蜜、食べるんだよね…。朝御飯の時にはスプーンで掬って、たっぷり果物にかけたりもして。…ホットケーキを焼いても、蜂蜜たっぷり…。
パパたちも食べるなら、ホントに直ぐに無くなっちゃうよ。この瓶、うんと小さいんだもの。
おやつのホットケーキの時には、そんなに減った気、しなかったけど…。
でも…、と考えてみれば分かること。ハーレイが言うまで、まるで気付いていなかったけれど。
(ぼくの家だと、パパもママも食べて、三人だから…)
みるみる減っていくだろう蜂蜜。薄いレモン色の、高原から来たリンゴの花のものらしい蜂蜜。とても小さくて可愛らしい瓶の中身は、日ごとに減って、じきにおしまい。
三人もが食べる家のテーブルに置いておいたら、それこそアッと言う間にでも。
(おんなじ蜂蜜、ハーレイが持って帰っても…)
ハーレイは一人暮らしなのだし、減ってゆく量はハーレイが食べてしまった分だけ。
ホットケーキにつけて食べても、果物にかけても、蜂蜜はハーレイが食べた分しか減らない。
この家だったら、三人分が減ってゆくのに。…ホットケーキでも、果物でも。
(瓶の大きさは同じなんだし、中に入ってる蜂蜜も…)
当然、同じ量になる。詰める時には、きちんと量っているだろうから。
そっくり同じな瓶の蜂蜜を三人で食べるのと、一人きりで食べるハーレイと。その差は大きい。
この家の蜂蜜の瓶が空っぽになって、母が「可愛い瓶だから」と洗って乾かしている頃だって、まだハーレイは楽しんで味わっていそうな感じ。
一人だけしか食べないのだから、瓶には残りが充分にあって。「あと何回か食べられるな」と。
そうなっちゃうんだ、と目を丸くして蜂蜜の瓶を見下ろした。まだハーレイが開けていない瓶。薄いレモン色が蓋の所まで一杯に詰まった、「高原ハチミツ」のラベルが貼られた瓶を。
「…この蜂蜜…。ハーレイの方が沢山食べられるんだ…」
ぼくの家だと三人家族で、パパもママも蜂蜜、食べるんだから…。スプーンで掬って。
でも、ハーレイの家の方なら、ハーレイだけしか食べないんだし…。
減るのも遅くて、食べられる量も、ぼくよりも、ずっと多いよね。ぼくの三倍は食べられそう。
…ううん、四倍くらいかも…。それよりも、もっと多いかも…。
パパとママが沢山掬っちゃったら、ぼくが食べられる量は、その分、少なくなっちゃうから。
ずっと少ない量になりそう、と悲しくなった高原ハチミツ。
せっかくハーレイの分まで貰って来たのに、その蜂蜜を沢山食べることは出来ないらしい。父と母にも食べられてしまって、みるみる内に残り少なくなって。
ある日、気付いたら、「もう空っぽね」と、母が洗うために瓶を運んで行って。
コロンと丸っこい可愛らしい瓶は、綺麗に洗われて、別の何かが詰められるのだろう。丁度いい量のジャムを大きな瓶から移し替えるとか、そんな具合に。
(……ぼくの蜂蜜……)
ハーレイのよりも先に無くなっちゃう、と零れた溜息。同じだけの量の蜂蜜だったら、そういう結果が待っているから。
三人で食べる家の瓶が先に空っぽになって、一人しか食べない家の瓶の中身の方が長持ち。この家の瓶の中身が蜂蜜からジャムに変わった後にも、ハーレイは蜂蜜を食べ続けていそう。
「これは美味い」と、スプーンで掬って。
果物の上にかけて食べたり、もしかしたらホットミルクに混ぜてみたりもして。
(ハーレイ、いいな…)
ホントにいいな、と羨ましくてたまらない。
同じ蜂蜜を貰って来たのに、この差はいったい何だろう?
父にも母にも食べられて減ってゆく蜂蜜。…高原の小さな店でしか買えない、可愛らしいガラス瓶に入った蜂蜜。
ハーレイの家なら、ハーレイが食べた分しか減らないのに。
この家の瓶がすっかり空っぽになっても、ハーレイの家には、まだ蜂蜜がありそうなのに…。
それって酷い、と見詰めてしまう蜂蜜の瓶。どうして差が出てしまうのだろう、と。
貰ったのは同じ瓶なのに。「これはハーレイ先生の分」と、もう一つ分けて貰って来たのに。
「…ハーレイの家だと、蜂蜜、減るのが遅いのに…」
ぼくの家のは、ホントに、じきに空になりそう。小さな瓶だし、パパもママもきっと、朝御飯の度に食べるだろうから…。
無くなっちゃうのも早いよね、と嘆いた瓶の中身の蜂蜜。薄いレモン色の蜂蜜が詰まった瓶。
「なんだ、お前、惜しくなったのか? …美味い蜂蜜だったらしいしな?」
それなら、こいつは置いて帰るが。
俺はまだ蓋を開けてはいないし、お前が貰っておけばいい。そうすりゃ、蜂蜜、増えるだろう?
もう一個あれば、お前もたっぷり食えるだろうしな。
ほら、とハーレイが瓶をこちらに寄越そうとするから、慌てて止めた。
「駄目だよ、それはハーレイのだから!」
ハーレイ先生に分けてあげてね、って渡して貰って、家まで持って帰ったんだから…!
ママにもきちんと話しておいたよ、これはハーレイの分なんだから、って。
貰った御礼を言いに行く時は、ハーレイの分の御礼も言っておいてね、って頼んだんだもの…!
「しかしだな…。お前は蜂蜜に未練たっぷりのように見えるんだが?」
お前の家のは早く減るぞ、と言った途端に、なんだかションボリしちまって。
そんな顔をされると、俺だって…、とハーレイは蜂蜜を置いて帰ってしまいそう。それでは全く意味が無くなる。
「ハーレイの分も欲しい」と思って、運よく、それを貰えたのに。
「これはハーレイ先生の分」と、二つ目の瓶を貰って来たのに。
だから、蜂蜜はハーレイに渡さなくてはいけない。最初からハーレイの分の蜂蜜なのだし、この家には置いておかないで。
ハーレイに持って帰って貰って、美味しく食べて貰わなければ。
ホットケーキにつけるのもいいし、果物にかけて食べたっていい。ホットミルクに溶かすのも、そのままで舐めて味わうのも。
どうやって食べるのもハーレイの自由で、それがハーレイの分の蜂蜜。
一人しか食べる人がいなくて、減るのがとても遅いとしても。この家のよりも、長持ちしても。
ちゃんとハーレイに渡さなければ、と蜂蜜の瓶をハーレイの前に置き直した。これはハーレイの分なんだから、とハーレイと自分に言い聞かせるように。
「ぼくのじゃなくって、ハーレイのなんだよ。…こっちの瓶は」
ハーレイのために貰ったんだし、ちゃんと忘れずに持って帰って。…ぼくは、いいから。
でも、ぼくの家の分に貰った蜂蜜、パパとママには…。
あんまり沢山食べないでね、って頼もうかな…。
そしたら、減るのが遅くなるから。…ハーレイの分のが無くなる頃まで、残ってるかも…。
そうしようかな、と大真面目な顔で考え込んだ。両親は自分に甘いのだから、「これが好き」と言っておいたら、食べる量を控えてくれるだろう。あるいは、食べずにいてくれるとか。
御礼を言うための味見で済ませて、残りは全部、「可愛い一人息子」に譲って。
「ははっ、お前も、とんでもないことを考え付くな」
俺には瓶ごと大盤振る舞いで、お母さんたちには「食べないで」とケチケチするってか?
酷いヤツだな、美味い蜂蜜らしいのに…。
「いいでしょ、ぼくが貰ったんだから!」
あの家の前を通ったのは、ぼくで、パパやママとは違うんだから…!
ぼくが貰って、ハーレイの分の二つ目の瓶も貰ったんだし…。大盤振る舞いするのも、ケチケチするのも、ぼくの自由だと思うんだけど…!
通らなかったら貰えないしね、と自分の正しさを主張する。いくら沢山の瓶が届いたとはいえ、この家にまでは「どうぞ」と配りに来ないだろうから。せいぜい、隣とお向かいまで。
他の瓶は「出会った人」が優先、きっとそうなる。そして自分も、「出会った人」の一人。
「まあなあ…。お前が言うのも、一理はある」
こいつは有難く頂いておこう、俺のためにと貰って来てくれた蜂蜜なんだし…。
お前はお母さんたちにもケチケチするほど、大切に食べるようだから…。俺も大事に食うことにするさ。最初はホットケーキを焼いてだ、お前と同じ食べ方からで。
其処の所は譲れんな、とハーレイの明日の朝御飯はホットケーキになるらしい。貰ったばかりの蜂蜜をつけて、ホットケーキの朝御飯。
「ありがとう、ハーレイ…。蜂蜜、ちゃんと美味しく食べてあげてね」
ぼくも大事に食べるから。…パパとママには、食べ過ぎないようにお願いして。
明日の朝御飯は、ぼくもホットケーキにしようかな、と考えてみる。ハーレイがホットケーキを焼くなら、同じものを食べてみたいから。…同じ高原ハチミツをつけて。
(…この瓶は、ハーレイが持って帰る瓶で…)
ぼくの家のとお揃いだよね、と眺めたコロンと丸っこい瓶。高原ハチミツが詰まった瓶。
とても小さいから、本当に直ぐに空っぽになってしまいそうだけれども…。
(でも、幸せ…)
思いがけなく、ハーレイの分まで貰えたから。「これはハーレイ先生の分」と。
蜂蜜の瓶を二つ貰えて、ハーレイと自分の間の絆に、気付いて貰えたような気がするから。
今は「先生」と「生徒」だけれども、いつか結婚する二人。
遠く遥かな時の彼方で、恋をして生きていた二人。
白いシャングリラで、誰にも明かせない恋を。
そんな二人の分を貰えた、可愛らしい瓶に入った薄いレモン色の蜂蜜。高原から来た、リンゴの花のものだろう蜂蜜。
それを二人で、大切に食べる。お揃いの蜂蜜の瓶の中身を、それぞれの家で。
本当に小さな瓶だけれども、ハーレイの分まで貰えた蜂蜜。
きっと中には、幸せがたっぷり詰まっている筈。
「ハーレイ先生の分」と貰えた幸せ、二人の絆が蜂蜜の瓶の中を満たしているだろうから…。
二個目の幸せ・了
※ブルーが貰った蜂蜜の瓶。ハーレイの分も欲しいと願った気持ちが通じたようです。
思いがけず貰えた、ハーレイの分の瓶。学校の先生と生徒に見える仲でも、二人の絆は本物。
ハレブル別館は、このお話で終了ですけど、サイトの構造上、更新が無いと広告が出ます。
放っておけるのは三カ月が限度らしくて、それを超えたら、TOPに広告がベッタリ。
そうならないよう、たまに書くかもしれません。
ハーレイ先生とブルー、「その後の二人」のお話を、とても短い形で…。
長い間、ありがとうございました。
おバカなシャングリラ学園生徒会室は、これからも今まで通りです。
他の二つのサイトも、書ける間は、続けてゆこうと思います。
此処も、増える時があるかもしれませんので、時々、覗いてみて下さい。
←拍手して下さる方は、こちらからv
←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv
学校からの帰りに、バス停から家まで歩いていたブルー。いつものように通学鞄を提げて。
其処へ、道沿いの家から声を掛けられた。顔馴染みの奥さんが庭に立っている。
「こんにちは!」
元気よく挨拶をして、頭をピョコンと下げたのだけれど。
「おかえりなさい。丁度良かったわ」
「え?」
何のことだろう、とキョトンとした。「丁度良かった」の言葉に、心当たりが無いものだから。
奥さんと顔を合わせる日は多いけれども、何が「丁度いい」のか、本当にまるで分からない。
「ブルー君、ちょっと待っててね」
直ぐに戻るわ、と奥さんは家に入っていって…。
(何なんだろ…?)
お使いを頼まれるのだろうか。母に渡したいものがあるとか、奥さんが関わっている催しなどのチラシを預かることになるのか。
(どっちかだよね…?)
きっとそうだ、と考えていたら、奥さんが家の中から出て来た。庭を横切り、道路との境にある生垣の側までやって来ると…。
「はい、お待たせ」
どうぞ、と手のひらに乗せられた瓶。高さは六センチくらいだろうか、小さくて丸っこいガラス瓶。薄いレモン色の液体が中に閉じ込めてある。
「えっと…?」
母への届け物だろうか、と瓶を見詰めた。それに中身は何なのだろう、と首を傾げて。
「あら、分からない? 書いてあるでしょ、高原ハチミツって」
とても小さなラベルだけれど、と奥さんが小さな瓶を指差す。「其処の金色よ」と。
「ホントだ!」
これって、蜂蜜の瓶なんだ…。
高原ハチミツって書いてあるものね、このラベルに。…これが蜂蜜…。
薄いレモン色だから分からなかった、と眺めた瓶と「高原ハチミツ」と書かれたラベル。金色の地に赤い文字で。小さな瓶の飾りみたいに、ラベルも小さい。
蜂蜜色をしていない蜂蜜。「高原ハチミツ」と謳うからには、高原の蜂蜜はこうなのだろうか?
分かんないや、という疑問を読み取ったように、奥さんは蜂蜜の話をしてくれた。
「薄い色だけど、これも蜂蜜よ。ミツバチが何の蜜を集めるかで、蜂蜜の色が変わってくるの」
蜂蜜専門のお店に行ったら、色々な色の蜂蜜の瓶が並んでいるわよ。蜂蜜色だけじゃなくて。
これは高原の花の蜜なの、リンゴの花の蜜なのかしらね?
高原にはリンゴ畑が沢山あるから、と奥さんは笑顔。「きっとリンゴの白い花よ」と。
「この蜂蜜…。買ったんじゃないの?」
買ったんだったら、説明がついていそうだけれど…。何の花なのか、紙が添えてあるとか。
「そうね。買った蜂蜜だったら、養蜂場の名前なんかも書いてありそうだけど…」
この蜂蜜は、お友達から送って来たの。旅行に出掛けて、見付けたらしいわ。…小さなお店で。
沢山あるのよ、瓶がとっても可愛いから、ってドッサリ送ってくれたから。
せっかく見付けた可愛い瓶だし、沢山の人にあげたいらしいわ。こういう瓶は珍しいのよ。
それにね、これは固まらない蜂蜜なんですって。
だから、これからの季節にお勧め、と奥さんは薄いレモン色をした瓶の中身に目を遣った。寒い季節には、白く固まってしまう蜂蜜。まるで砂糖の粒みたいになって、流れなくなって。
けれど、花の蜜で変わる性質。固まりやすい蜂蜜もあれば、その逆になる蜂蜜も。
この瓶の蜂蜜は固まらないらしい。固まりにくい蜂蜜は、リンゴの花やらアカシアやら。
「高原なんだし、アカシアよりはリンゴの花だと思うのよ。リンゴの木の方が多そうでしょ?」
貰って直ぐに一つ開けてみたけど、とても美味しい蜂蜜なの。
普通の蜂蜜よりサラサラしていて、クセが無いから。
それに珍しいし、持って帰ってみんなで食べてね。其処に行かないと買えない蜂蜜らしいから。
「ありがとう!」
ママも、とっても喜びそう。この瓶、とても可愛いから。
それに珍しい蜂蜜だものね、高原に行かないと買えない蜂蜜…。
いいもの、どうもありがとう!
奥さんに御礼を言って、「貰っちゃった」と眺めた瓶。コロンと丸くて可愛らしい瓶。
中に詰まった薄いレモン色の蜂蜜は、ハーブティーにも合うらしい。サラサラしていて、直ぐに溶けるから。…クセの無い蜜は、ハーブティーの風味を損なわないから。
(ぼくだと、ハーブティーじゃなくて、ホットケーキとか…?)
蜂蜜を味わうなら、ホットケーキが良さそうな感じ。メープルシロップの代わりに、たっぷり。明日の朝御飯はホットケーキを焼いて貰って、この蜂蜜をかけてみようか?
(パパとママも、蜂蜜、食べるだろうしね?)
みんなでホットケーキがいいかな、と考えた途端に思い出した。
朝の食卓に、いつも置かれるマーマレードの大きな瓶。トーストに塗ったり、紅茶に入れたり、両親もお気に入りのそれ。夏ミカンの実で出来た金色、夏のお日様のようなマーマレード。
それを持って来てくれる恋人の顔が、ポンと頭に浮かんで来た。
夏ミカンの実のマーマレードは、隣町に住むハーレイの母が作るもの。庭のシンボルだという、とても大きな夏ミカンの木。その実をハーレイの父がもいだら、洗って、皮を刻んだりして。
朝御飯と言ったら、そのマーマレード。切れてしまう前に、新しい瓶を届けてくれるハーレイ。
(この蜂蜜…。珍しいんなら、ハーレイにも…)
食べて欲しいと思うけれども、生憎と瓶は一つだけ。手のひらに乗るような、小さな瓶が。
それに「みんなで食べてね」と分けて貰ったからには…。
(家に帰ったら、ママに渡して、パパとママとぼく…)
その三人で食べるだけ。薄いレモン色の、固まらないらしい蜂蜜を。「高原ハチミツ」と金色のラベルが貼られた、リンゴの花の蜜らしいのを。
(蜂蜜の瓶って…)
朝食のテーブルには似合いそう。小さい瓶でも、マーマレードの瓶に負けない存在感。朝の光が射し込む中に置いてあったら、中の蜂蜜が輝いて。
トーストにも、焼き立てのホットケーキにも、良く合いそうなレモン色。
けれど、夕食の時には無さそうな出番。ハーレイも一緒に食べる夕食。そのテーブルの上に母が並べる料理は、蜂蜜なんかは必要としない。蜂蜜を味付けに使ってあっても、ただそれだけ。
トーストやホットケーキみたいに、それぞれの好みで蜂蜜をかけはしないから。
夕食のテーブルに蜂蜜の瓶が無いなら、この蜂蜜はハーレイには食べて貰えない。蜂蜜の出番が無い以上は。
そうなるんだ、と気付いた蜂蜜。夕食のテーブルに並びはしなくて、両親と自分が食べるだけ。朝食の時に瓶を開けては、トーストに、ホットケーキにと。
ハーレイにも食べて欲しいのに。…コロンと丸い瓶の中身を、ハーレイにも御馳走したいのに。
(蜂蜜、せっかく貰ったのに…)
呼び止められて渡されたほどに、珍しいのがこの蜂蜜。高原の小さな店に行かないと、買えないらしい高原ハチミツ。それをハーレイにも食べて欲しいのに、ハーレイの分が無いなんて。
(…晩御飯に蜂蜜なんかは無理だし…)
蜂蜜をかけるような料理を、母に注文するのも無理。あまりにも我儘すぎるから。
(仕方ないよね…)
ハーレイには食べて貰えなくても、と心の中で零した溜息。残念だけれど、それ以外に道は全く無い。夕食の時には出て来てくれない、蜂蜜の瓶。朝食だったら、当たり前のように似合うのに。
きっと自分は、見るからに元気が無かったのだろう。まるで自覚は無かったけれど。
「どうしたの?」と奥さんに訊かれた。「ブルー君、気分が悪くなったの?」と。
「ううん、なんでもない…。蜂蜜、ホントにありがとう。ママに渡すよ」
じゃあね、とペコリと頭を下げて、歩き出そうとしたら。
「待って、ブルー君」
「なあに?」
奥さんの声に引き止められた。まだ何か用事があるのだろうか、と不思議に思ったのだけど…。
「この蜂蜜、もっと欲しいんじゃないの?」
ブルー君は、と問い掛けられて仰天した。奥さんの言う通りだから。
「なんで分かったの!?」
そう叫んでから、慌てて押さえた自分の口。…正直に喋ってしまった、「お行儀の悪い」口を。
蜂蜜は一つ貰ったのだし、奥さんも最初から「一つ」のつもり。
いくら沢山あるにしたって、一人に二つも三つも渡しはしないだろう。そうするよりは、もっと大勢の人に。通り掛かった人や、奥さんの知り合いなんかに一つずつ。
その蜂蜜の瓶を「もっと欲しい」だなんて、これではまるで、ただの欲張り。
「欲しい」と言ってはいないけれども、「欲しいんじゃないの?」と訊かれた答えが、そのまま「欲しい」の意味だから。「なんで分かったの!?」と叫べば、そうだと分かるのだから。
大失敗、と口を押えて慌てているのに、奥さんはクスクス可笑しそう。「やっぱりね」と笑みを浮かべて、「大当たりだわ」と。
「ブルー君を見てれば分かるわよ。最初はとても喜んでたのに、しょげちゃったから」
蜂蜜、あげたい人がいるのね。お父さんとお母さんの他にも。
…あの学校の先生でしょう?
がっしりしていて大きな身体で、褐色の肌の。…金色の髪をしている男の先生。
そうじゃないの、と問い掛けられた。「ハーレイのことだ」と、ピンとくる言葉たちを並べて。
「…ぼくの先生、知ってるの?」
「ええ。…確かハーレイ先生よね?」
奥さんは名前まで言い当てた。ハーレイの姿を知っているばかりか、「ハーレイ」の名まで。
「ハーレイ先生って…。誰に聞いたの?」
「ブルー君のお母さんよ。あの先生のお話をしていた時にね」
お名前を教えて貰ったのよ、と返った返事。奥さんは、ハーレイが庭でお茶を飲んでいる姿を、何度も目にしていたらしい。
庭で一番大きな木の下、其処に置かれた白いテーブルと椅子。日向の芝生に運んでゆくことも。其処でハーレイとお茶を飲むのが、今ではすっかりお気に入り。生垣の向こうを通ってゆく人は、まるで気にしていなかった。
(ハーレイと話すのに夢中で、道の方なんか見ていなかったよ…)
もちろん挨拶もしていない。奥さんが通っていたことにさえも、全く気付いていないのだから。
そうは言っても、近所の人なら知っていること。
身体に聖痕が現れたことも、その再発を防ぐためにと「守り役」がついていることも。
この奥さんも、その中の一人。ハーレイが誰か、話さなくても、充分、承知。
「ブルー君、先生といつも、楽しそうにお話しているものね」
だから蜂蜜、先生の分が欲しかったんでしょう?
一つしか無いと、先生に渡す分が無いから。…ブルー君の家で食べる分だけで。
「そうだけど…。でも…」
蜂蜜、一個貰ったから…。パパとママには、これで足りるから…。
ごめんなさい、欲しそうな顔をしちゃって…。
失敗しちゃった、と謝ったけれど、奥さんは「いいのよ、正直なのが一番」と微笑んでくれた。
「ブルー君くらいの年の子供はね、遠慮していちゃいけないの」
そういうことはね、もっと大きくなってから。…今の学校を卒業してからで充分なのよ。
先生の分の蜂蜜、持って帰って。沢山送って来てくれたから、本当に山ほどあるのよ、蜂蜜。
其処で少しだけ待っててね、と家に入って行った奥さん。
戻って来た時は、ちゃんと蜂蜜の瓶を持っていた。コロンと丸っこい、可愛らしい瓶を。
それを「はい、これはハーレイ先生の分」と手のひらに乗せて貰って、本当に貰えたハーレイのための蜂蜜の瓶。さっき一つ目を貰っているのに、もう一個。
「ありがとう…! 二つも貰って、本当にいいの?」
「遠慮しちゃ駄目って言ったでしょ? 二つ目はハーレイ先生にあげてね」
気に入って貰えるといいんだけれど、と奥さんは蜂蜜の味の心配。ハーレイの口にも合うのか、そっちの方を。
「大丈夫! ハーレイ先生は、何でも美味しそうに食べる人なんだよ」
自分でお菓子も作ったりするし、蜂蜜だって、きっと大好き。いいもの、本当にありがとう!
先生が来たら、ちゃんと渡すね、と奥さんに何度も御礼を言って、足取りも軽く家に帰った。
「ハーレイの分も貰っちゃった!」と、小さな瓶を二つ、大切に持って。通学鞄を持っていない方の手で、しっかりと。
片手で二つ持てるくらいに、小さくて可愛らしい瓶。中身は薄いレモン色をした高原ハチミツ。家に帰り着いて、門扉を開ける所で「これじゃ落としちゃう」と鞄に仕舞った。
(このままでも、開けられるんだけど…)
鞄を持った方の手を使えば、なんとか開いてくれるだろう門扉。
けれど身体のバランスを崩してしまったりしたら、もう片方の手にある蜂蜜の瓶が落っこちる。落としたら瓶は呆気なく割れて、蜂蜜も地面に吸われておしまい。
(それじゃ大変…)
二つ貰った意味が無い。あの奥さんにも申し訳ない。
それに、門扉を開けて入ったら、次は玄関の扉もある。そっちも開けないと入れないから、瓶は仕舞っておかなければ。
割れないように、鞄の中に。教科書やノートが詰まっている中に、そうっと滑り込ませて。
玄関を開けて、入った家。「ただいま!」と靴を脱いで上がって、キッチンの母の所に行った。鞄から小さな蜂蜜の瓶を、二つ取り出して。
「ママ、これ…」
高原ハチミツなんだって。普通の蜂蜜よりも薄い色だけど、寒くなっても固まらない、って。
ほらね、と見せた「高原ハチミツ」と書かれたラベル。金色の地に、赤い文字で。
「あら、本当…。こんな蜂蜜、どうしたの?」
「帰って来る途中で貰っちゃった。えっとね、あそこの家の…」
母に話した、蜂蜜をくれた奥さんのこと。蜂蜜の瓶が何処から来たかも、忘れずに。
高原にある小さな店でしか買えない蜂蜜。奥さんの友達が旅行に出掛けて、沢山の蜂蜜を送って来てくれたみたい、と。
「まあ…。珍しい蜂蜜なのね。ママもリンゴの蜜だと思うわ、高原にはリンゴ畑が多いもの」
美味しいリンゴを作るためには、ミツバチも沢山いないと駄目だし…。
ブルー、いいもの頂いたわね。
「でしょ? それにね、蜂蜜は二つ…。一つはハーレイの分なんだよ」
ハーレイのこと、名前まで覚えていてくれて…。「こっちは先生に分けてあげてね」って。
得意顔で見せた瓶の片方。「一つはハーレイの分だからね」と、念を押すように。
「あらあら…。ハーレイ先生の分まで貰って来たのね?」
ブルーったら、無理を言ったんじゃないの?
「言ってないってば! ハーレイの分も欲しいだなんて、そんなお行儀の悪いことは!」
ぼくはしないよ、と叫んだけれども、ちょっぴり、しょげたことは本当。ハーレイの分の蜂蜜が無くて、元気を失くしてしまったこと。
それを正直に白状したら、母は「あらまあ…」と呆れながらも、「良かったわね」と笑んだ。
「ブルーは本当に、ハーレイ先生が大好きだものね」
ハーレイ先生の分が無いと思って、しょげてしまったのも仕方ないわ。珍しい蜂蜜なんだもの。
良かったわねえ、ハーレイ先生の分も貰えて。
「うんっ! ハーレイが来たら、これをプレゼントするんだよ」
ママ、あの家の前を通ったら、ママからも御礼を言っておいてね。
ぼくがとっても喜んでた、って。…蜂蜜、二つも貰えたから。ハーレイの分の御礼もお願い!
蜂蜜の瓶の一つを母に渡して、「おやつに食べたい」とホットケーキを注文した。蜂蜜が似合うホットケーキを。
もう一つの瓶は勉強机の上に飾って、それからダイニングに出掛けて、おやつ。
コロンと小さな瓶の蓋を開けて、高原ハチミツをスプーンで掬って、焼き立てのホットケーキにかけて。薄いレモン色をした、粘りの少ない蜂蜜を。
ホットケーキを口に含むと、甘い蜂蜜の味がする。確かにクセの無い蜂蜜。
(メープルシロップをかけて食べるのも、美味しいけれど…)
この蜂蜜も、とても美味しい。高原育ちのリンゴの花から、ミツバチたちが集めただろう蜂蜜。まるで高原の清々しい風が通ってゆくよう。白いリンゴの花を揺らして。
瓶は小さく見えるけれども、中身は案外、沢山詰まっているらしい。スプーンで掬ってしまった後にも、それほど減ってはいないから。
(この蜂蜜が、ハーレイの分もあるなんて…)
もう一つ貰って帰れただなんて、とても幸せ。
本当だったら、両親と自分の分だけで、一個。あの奥さんも、そのつもりで一個渡してくれた。他に渡したい人がいるなど、考えてもみなかっただろうから。
けれど、二つも貰えた蜂蜜。「待っててね」と、もう一度、家の中まで取りに入ってくれて。
それに何より嬉しかったのは、奥さんに分かって貰えたこと。
(二つ目はハーレイの分なんだ、って…)
そうだと気付いてくれた奥さん。「あの先生でしょう?」と、ハーレイの名前を口にして。
「よく見掛けるわ」とも話していたから、ハーレイと庭でお茶を飲む姿を、何度も見ていたのに違いない。…こちらは気付いていなかったけれど。挨拶さえもしなかったのだけど。
(学校の先生、って言ってたから…)
あの奥さんは、ハーレイとは「先生と生徒」の関係なのだと思っている。聖痕を持った生徒と、守り役の教師。それも事実だし、間違ってはいない。けれど本当は、前の生からの恋人同士。
(蜂蜜、ハーレイにもあげたいんだ、ってこと…)
分かって貰えたのが、もう嬉しくてたまらない。
今は誰にも話してはいない、恋人同士の二人の絆。それに気付いて貰えたみたいで、じんわりと胸が温かくなる。
二つ目の蜂蜜を貰えたことで。ハーレイに渡す分の蜂蜜まで、もう一つ分けて貰えたことで。
幸せ一杯で食べ終えた、おやつ。高原ハチミツをつけて頬張ったホットケーキ。母に空になったカップやお皿を返して、戻った二階の自分の部屋。
其処から何度も、窓の向こうを覗いてみた。「ハーレイが来てくれないかな?」と。
貰ったばかりの蜂蜜の瓶を、一刻も早く渡したい。出来るのなら、貰った今日の間に。
机に置いた蜂蜜の瓶も、眺めて、触って、「高原ハチミツ」と書かれたラベルを何回も読んだ。瓶の姿も、ラベルの字体も、そっくり覚えてしまうくらいに。
その内に聞こえたチャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、ハーレイが腰を下ろすのを待って、蜂蜜の瓶を取って来た。勉強机の上に置いてあったのを。
「はい、ハーレイ。…これ、あげる」
蜂蜜だよ、と差し出した瓶。ハーレイの前のテーブルにコトリと置いたら、ハーレイは丸っこい瓶をしげしげと見て…。
「なんだ、土産をくれるのか? 珍しいこともあるもんだ」
お父さん、旅行にでも行って来たのか、高原ハチミツと書いてあるしな?
蜂蜜なのか、とハーレイは「父の土産」だと勘違いした。学校がある期間に旅行するなら、父の他にはいないから。
「ううん、ぼくからだよ」
パパじゃなくって、ぼくからだってば。…ぼくから、ハーレイにプレゼント。
「プレゼントって…。お前が買って来たのか?」
この辺りじゃ見掛けない形の瓶だが、蜂蜜フェアでもやっていたのか、近所の店で…?
「違うよ、ぼくが貰ったんだよ」
買ったんじゃなくて、貰った蜂蜜。珍しいのは本当だけどね。高原のお店でしか買えない蜂蜜。
それを貰って、ハーレイの分も一緒に貰って来たんだけれど…。
だって、ハーレイの分が無いなんて、悲しいから…。せっかく珍しい蜂蜜なのに…。
瓶だってとても可愛いのに、と丸っこい瓶を指でつついた。「これはハーレイの分の蜂蜜」と。
「はあ?」
お前が貰ったというのは分かるが、どうして俺が出て来るんだ?
なんだって俺の分まで貰うと言うんだ、話がサッパリ分からんぞ。
第一、誰から貰った蜂蜜なんだ、これは…?
俺にも分かるように話してくれ、と首を捻るハーレイに説明をした。帰り道での出来事を。
呼び止められて、分けて貰った蜂蜜の瓶は、最初は一個。それだけしか無いと、ハーレイの分の蜂蜜が無い。そうと気付いてしょげてしまったら、もう一個分けて貰えたのだ、と。
「ちゃんとこうして貰えたんだよ、ハーレイの分も」
くれる時には、「ハーレイ先生の分」って言ってたよ。ハーレイのこと、よく知ってるんだよ。大きな身体で、褐色の肌で、金髪の男の先生だ、って。
「…そんなに有名人だったのか、俺は…」
この家の近所では良く知られていて、お前と庭でお茶を飲んでいたら、通ってゆく人たちが俺を見ている、と。…あれがハーレイ先生なんだ、と。
俺は挨拶をしてもいないのに、向こうじゃ俺の名前まで知っているってか…?
この蜂蜜をくれた奥さんの家も名前も知らないんだが…、とハーレイは少し困り顔。照れているような顔にも見える。「参っちまうな」と頭を掻いて。
「ぼくも気付いていなかったけど…。ハーレイ、有名人みたいだよ」
きっとハーレイが思っている以上に、沢山の人が顔と名前を覚えているんじゃないかと思うな。
ぼくと一緒に庭に出てたら、ハーレイ、うんと目立ちそうだから。
身体が大きくて、スポーツ選手みたいだし…。古典の先生には見えていないかも…。
「それはあるかもしれないなあ…。教師とだけしか知らないならな」
よく勘違いをされちまうから。
教師ばかりが集まる所に行っても、俺の担当は体育だ、とな。
「体育って…。先生同士でも間違えちゃうんだ、ハーレイが何を教えているのか…」
ハーレイみたいな体格だったら、誰でも間違えそうだけど…。でも、先生まで間違えるって…。
信じられない、と瞳を瞬かせたら、「仕方ないだろ」とハーレイは苦笑い。
「首から札でも下げれば別だが、そういうのは特に無いからなあ…」
何の教師か分からなかったら、大抵は勘に頼っちまう、と。
もっとも、体育の担当というのも、まるで間違ってはいないんだが…。
体育の教師をやっていないだけで、何処の学校でも、俺に回って来るのは柔道部か、水泳部かの顧問ってヤツだ。…それも名前だけの顧問じゃなくて、指導力を期待されているってな。
俺が顧問になったからには、大会に出るのも、賞を取るのも夢じゃない、と周りの先生たちに。
この家の近所だと、どうだろうな、と窓の向こうを見ているハーレイ。「体育でもいいが」と、何の教師にされているかを考えるように。
「古典の教師じゃないかもなあ…。見た目だけで判断しているんなら」
そうだった時は、お前とは実に似合っていない組み合わせだが。
お前の身体が丈夫じゃないこと、近所の人なら昔から知っているんだろうし…。バスで通学している辺りも、弱いってことの証明だしな。
そんなお前の守り役の俺が、体育の教師となったなら…。授業じゃロクに会えんだろうが。
「ホントだ。ぼくは体育、見学の方が多いから…。授業に出たって、途中で見学…」
ハーレイがぼくを教えたくても、ぼく、グラウンドにいないのかもね。…体育館で授業の時も。
見学用の場所にポツンと座って、みんなの授業を見ているだけ。
そんなの嫌だな、ハーレイが教えているんなら。…ハーレイの授業、ぼくだけ仲間外れなら…。
つまらないよ、と想像してみただけでも分かる。
学校では教師と生徒だけれども、その関係さえ希薄になってしまいそうだから。ハーレイが体育担当だったら、そうなってしまっていただろうから。
「俺も、そいつは大いにつまらん。せっかくお前を教えられるのに、見学ばかりの授業じゃな」
体育の教師の道に進んでいなくて良かった。古典の教師になったからこそ、お前にも俺の授業を休まずに受けて貰えるんだから。…病気で休んだ時は駄目だが。
「ぼくも、ハーレイが古典の先生で良かったよ。…近所の人たちは間違えているかもだけど…」
この蜂蜜をくれた人も、もしかしたら勘違いをしているのかもしれないけれど。
何の先生かは訊かれなかったし、どうなってるかは分からないけどね。
でも、蜂蜜は美味しかったよ、ハーレイの分も貰えて良かった。
体育の先生だと思われてたって、ハーレイの分には違いないもの。ぼくが貰った、二つ目の瓶。
ハーレイも家に帰ったら食べてね、とコロンと丸い瓶を指先でつつく。「美味しいよ?」と。
「美味いって…。お前、もう蜂蜜を食ったのか?」
今日の帰りに貰って帰って、早速に味見したってか…?
すばしっこいヤツだな、食べられる量は小鳥みたいに少ないくせに。
食事もしょっちゅう残しちまっては、「お腹一杯」ばかり言ってるくせにな…?
「だって、おやつだもの。…おやつくらいは平気だよ」
いつも学校から帰った後には、おやつの時間。その時に蜂蜜、食べたんだってば。
蜂蜜をおやつに食べたわけではないけれど、と付け加えた。蜂蜜だけでは、流石に足りない。
「ママにホットケーキを焼いて貰って、それにつけたよ」
メープルシロップをかける代わりに蜂蜜。…サラサラしていて、クセが無いから美味しくて…。
リンゴの味はしなかったけれど、高原の風が吹いてるような気がして来ちゃった。
「ホットケーキか…。お前らしいな」
前のお前の夢だったからな、地球に着いたらホットケーキの朝飯を食うというヤツが。
合成品のメープルシロップじゃなくて、砂糖カエデから採れた本物をたっぷりかけてやって。
それと地球の草で育った牛のミルクのバターだ、そいつがお前の夢だった。地球に着いて平和な時代が来たなら、朝飯にはホットケーキがいい、と。
今のお前は、ホットケーキにデカい夢を見てはいないんだが…。それでもホットケーキが浮かぶくらいに、前のお前の夢のホットケーキは、憧れってヤツが大きかったのかもしれないな。
お前が蜂蜜、そうやって食っていたんなら…。
俺もホットケーキを焼いて食うべきだろう。お前が貰ってくれた蜂蜜、明日の朝にでも早速に。
ホットケーキの材料は家にある筈だよな、とハーレイは指を折っている。卵に砂糖…、と必要なものを挙げながら。
「ハーレイの朝御飯、普段はホットケーキじゃないんでしょ?」
トーストとか、田舎パンだとか…。バゲットを食べてることもあるよね、パンでなければ御飯を炊いて食べてたり。
ぼくが聞いてるハーレイの朝御飯は、いつだって量がたっぷりだから…。
ホットケーキには合いそうにないよ、オムレツも、焼いたソーセージとかも。
蜂蜜の食べ方は色々なんだし、ホットケーキにこだわらなくてもいいと思うな。ハーブティーに入れはしないだろうけど、ハーレイが好きな食べ方で食べてくれればいいよ。
この蜂蜜はハーレイのだから、と瓶をハーレイの方に押しやる。「好きなように食べて」と。
「それはまあ…。俺も全部をホットケーキに使おうとまでは思っていないが…」
しかし、同じ蜂蜜を食うんだったら、じっくり味わって食いたいじゃないか。
お前がホットケーキにつけていたなら、その真似もきちんとしておきたい。お前が食ってた時の味わい、俺だって知りたいと思うしな?
こういう味か、と最初はホットケーキと一緒に食っておくべきだ。お前に貰ったからにはな。
それに量だって、そんなに無いぞ、とハーレイの手が小さな瓶を包んだ。コロンとした丸っこい蜂蜜の瓶は、大きな手だと隠れてしまいそう。
「なんたって、この大きさだから…。ホットケーキが最優先だ」
他の食い方をして減った後だと、そう沢山はつけられんだろう。ホットケーキを焼いたって。
だから最初がホットケーキで、それから別のも試してみる、と。蜂蜜をつけて食うのが似合いのヤツを、あれやこれやと。
しかし、この瓶…。お前の家だと、中身は直ぐに無くなっちまうな。
お前の他に、お父さんとお母さんも食うわけだから。
「あっ…!」
本当だ…。パパもママも蜂蜜、食べるんだよね…。朝御飯の時にはスプーンで掬って、たっぷり果物にかけたりもして。…ホットケーキを焼いても、蜂蜜たっぷり…。
パパたちも食べるなら、ホントに直ぐに無くなっちゃうよ。この瓶、うんと小さいんだもの。
おやつのホットケーキの時には、そんなに減った気、しなかったけど…。
でも…、と考えてみれば分かること。ハーレイが言うまで、まるで気付いていなかったけれど。
(ぼくの家だと、パパもママも食べて、三人だから…)
みるみる減っていくだろう蜂蜜。薄いレモン色の、高原から来たリンゴの花のものらしい蜂蜜。とても小さくて可愛らしい瓶の中身は、日ごとに減って、じきにおしまい。
三人もが食べる家のテーブルに置いておいたら、それこそアッと言う間にでも。
(おんなじ蜂蜜、ハーレイが持って帰っても…)
ハーレイは一人暮らしなのだし、減ってゆく量はハーレイが食べてしまった分だけ。
ホットケーキにつけて食べても、果物にかけても、蜂蜜はハーレイが食べた分しか減らない。
この家だったら、三人分が減ってゆくのに。…ホットケーキでも、果物でも。
(瓶の大きさは同じなんだし、中に入ってる蜂蜜も…)
当然、同じ量になる。詰める時には、きちんと量っているだろうから。
そっくり同じな瓶の蜂蜜を三人で食べるのと、一人きりで食べるハーレイと。その差は大きい。
この家の蜂蜜の瓶が空っぽになって、母が「可愛い瓶だから」と洗って乾かしている頃だって、まだハーレイは楽しんで味わっていそうな感じ。
一人だけしか食べないのだから、瓶には残りが充分にあって。「あと何回か食べられるな」と。
そうなっちゃうんだ、と目を丸くして蜂蜜の瓶を見下ろした。まだハーレイが開けていない瓶。薄いレモン色が蓋の所まで一杯に詰まった、「高原ハチミツ」のラベルが貼られた瓶を。
「…この蜂蜜…。ハーレイの方が沢山食べられるんだ…」
ぼくの家だと三人家族で、パパもママも蜂蜜、食べるんだから…。スプーンで掬って。
でも、ハーレイの家の方なら、ハーレイだけしか食べないんだし…。
減るのも遅くて、食べられる量も、ぼくよりも、ずっと多いよね。ぼくの三倍は食べられそう。
…ううん、四倍くらいかも…。それよりも、もっと多いかも…。
パパとママが沢山掬っちゃったら、ぼくが食べられる量は、その分、少なくなっちゃうから。
ずっと少ない量になりそう、と悲しくなった高原ハチミツ。
せっかくハーレイの分まで貰って来たのに、その蜂蜜を沢山食べることは出来ないらしい。父と母にも食べられてしまって、みるみる内に残り少なくなって。
ある日、気付いたら、「もう空っぽね」と、母が洗うために瓶を運んで行って。
コロンと丸っこい可愛らしい瓶は、綺麗に洗われて、別の何かが詰められるのだろう。丁度いい量のジャムを大きな瓶から移し替えるとか、そんな具合に。
(……ぼくの蜂蜜……)
ハーレイのよりも先に無くなっちゃう、と零れた溜息。同じだけの量の蜂蜜だったら、そういう結果が待っているから。
三人で食べる家の瓶が先に空っぽになって、一人しか食べない家の瓶の中身の方が長持ち。この家の瓶の中身が蜂蜜からジャムに変わった後にも、ハーレイは蜂蜜を食べ続けていそう。
「これは美味い」と、スプーンで掬って。
果物の上にかけて食べたり、もしかしたらホットミルクに混ぜてみたりもして。
(ハーレイ、いいな…)
ホントにいいな、と羨ましくてたまらない。
同じ蜂蜜を貰って来たのに、この差はいったい何だろう?
父にも母にも食べられて減ってゆく蜂蜜。…高原の小さな店でしか買えない、可愛らしいガラス瓶に入った蜂蜜。
ハーレイの家なら、ハーレイが食べた分しか減らないのに。
この家の瓶がすっかり空っぽになっても、ハーレイの家には、まだ蜂蜜がありそうなのに…。
それって酷い、と見詰めてしまう蜂蜜の瓶。どうして差が出てしまうのだろう、と。
貰ったのは同じ瓶なのに。「これはハーレイ先生の分」と、もう一つ分けて貰って来たのに。
「…ハーレイの家だと、蜂蜜、減るのが遅いのに…」
ぼくの家のは、ホントに、じきに空になりそう。小さな瓶だし、パパもママもきっと、朝御飯の度に食べるだろうから…。
無くなっちゃうのも早いよね、と嘆いた瓶の中身の蜂蜜。薄いレモン色の蜂蜜が詰まった瓶。
「なんだ、お前、惜しくなったのか? …美味い蜂蜜だったらしいしな?」
それなら、こいつは置いて帰るが。
俺はまだ蓋を開けてはいないし、お前が貰っておけばいい。そうすりゃ、蜂蜜、増えるだろう?
もう一個あれば、お前もたっぷり食えるだろうしな。
ほら、とハーレイが瓶をこちらに寄越そうとするから、慌てて止めた。
「駄目だよ、それはハーレイのだから!」
ハーレイ先生に分けてあげてね、って渡して貰って、家まで持って帰ったんだから…!
ママにもきちんと話しておいたよ、これはハーレイの分なんだから、って。
貰った御礼を言いに行く時は、ハーレイの分の御礼も言っておいてね、って頼んだんだもの…!
「しかしだな…。お前は蜂蜜に未練たっぷりのように見えるんだが?」
お前の家のは早く減るぞ、と言った途端に、なんだかションボリしちまって。
そんな顔をされると、俺だって…、とハーレイは蜂蜜を置いて帰ってしまいそう。それでは全く意味が無くなる。
「ハーレイの分も欲しい」と思って、運よく、それを貰えたのに。
「これはハーレイ先生の分」と、二つ目の瓶を貰って来たのに。
だから、蜂蜜はハーレイに渡さなくてはいけない。最初からハーレイの分の蜂蜜なのだし、この家には置いておかないで。
ハーレイに持って帰って貰って、美味しく食べて貰わなければ。
ホットケーキにつけるのもいいし、果物にかけて食べたっていい。ホットミルクに溶かすのも、そのままで舐めて味わうのも。
どうやって食べるのもハーレイの自由で、それがハーレイの分の蜂蜜。
一人しか食べる人がいなくて、減るのがとても遅いとしても。この家のよりも、長持ちしても。
ちゃんとハーレイに渡さなければ、と蜂蜜の瓶をハーレイの前に置き直した。これはハーレイの分なんだから、とハーレイと自分に言い聞かせるように。
「ぼくのじゃなくって、ハーレイのなんだよ。…こっちの瓶は」
ハーレイのために貰ったんだし、ちゃんと忘れずに持って帰って。…ぼくは、いいから。
でも、ぼくの家の分に貰った蜂蜜、パパとママには…。
あんまり沢山食べないでね、って頼もうかな…。
そしたら、減るのが遅くなるから。…ハーレイの分のが無くなる頃まで、残ってるかも…。
そうしようかな、と大真面目な顔で考え込んだ。両親は自分に甘いのだから、「これが好き」と言っておいたら、食べる量を控えてくれるだろう。あるいは、食べずにいてくれるとか。
御礼を言うための味見で済ませて、残りは全部、「可愛い一人息子」に譲って。
「ははっ、お前も、とんでもないことを考え付くな」
俺には瓶ごと大盤振る舞いで、お母さんたちには「食べないで」とケチケチするってか?
酷いヤツだな、美味い蜂蜜らしいのに…。
「いいでしょ、ぼくが貰ったんだから!」
あの家の前を通ったのは、ぼくで、パパやママとは違うんだから…!
ぼくが貰って、ハーレイの分の二つ目の瓶も貰ったんだし…。大盤振る舞いするのも、ケチケチするのも、ぼくの自由だと思うんだけど…!
通らなかったら貰えないしね、と自分の正しさを主張する。いくら沢山の瓶が届いたとはいえ、この家にまでは「どうぞ」と配りに来ないだろうから。せいぜい、隣とお向かいまで。
他の瓶は「出会った人」が優先、きっとそうなる。そして自分も、「出会った人」の一人。
「まあなあ…。お前が言うのも、一理はある」
こいつは有難く頂いておこう、俺のためにと貰って来てくれた蜂蜜なんだし…。
お前はお母さんたちにもケチケチするほど、大切に食べるようだから…。俺も大事に食うことにするさ。最初はホットケーキを焼いてだ、お前と同じ食べ方からで。
其処の所は譲れんな、とハーレイの明日の朝御飯はホットケーキになるらしい。貰ったばかりの蜂蜜をつけて、ホットケーキの朝御飯。
「ありがとう、ハーレイ…。蜂蜜、ちゃんと美味しく食べてあげてね」
ぼくも大事に食べるから。…パパとママには、食べ過ぎないようにお願いして。
明日の朝御飯は、ぼくもホットケーキにしようかな、と考えてみる。ハーレイがホットケーキを焼くなら、同じものを食べてみたいから。…同じ高原ハチミツをつけて。
(…この瓶は、ハーレイが持って帰る瓶で…)
ぼくの家のとお揃いだよね、と眺めたコロンと丸っこい瓶。高原ハチミツが詰まった瓶。
とても小さいから、本当に直ぐに空っぽになってしまいそうだけれども…。
(でも、幸せ…)
思いがけなく、ハーレイの分まで貰えたから。「これはハーレイ先生の分」と。
蜂蜜の瓶を二つ貰えて、ハーレイと自分の間の絆に、気付いて貰えたような気がするから。
今は「先生」と「生徒」だけれども、いつか結婚する二人。
遠く遥かな時の彼方で、恋をして生きていた二人。
白いシャングリラで、誰にも明かせない恋を。
そんな二人の分を貰えた、可愛らしい瓶に入った薄いレモン色の蜂蜜。高原から来た、リンゴの花のものだろう蜂蜜。
それを二人で、大切に食べる。お揃いの蜂蜜の瓶の中身を、それぞれの家で。
本当に小さな瓶だけれども、ハーレイの分まで貰えた蜂蜜。
きっと中には、幸せがたっぷり詰まっている筈。
「ハーレイ先生の分」と貰えた幸せ、二人の絆が蜂蜜の瓶の中を満たしているだろうから…。
二個目の幸せ・了
※ブルーが貰った蜂蜜の瓶。ハーレイの分も欲しいと願った気持ちが通じたようです。
思いがけず貰えた、ハーレイの分の瓶。学校の先生と生徒に見える仲でも、二人の絆は本物。
ハレブル別館は、このお話で終了ですけど、サイトの構造上、更新が無いと広告が出ます。
放っておけるのは三カ月が限度らしくて、それを超えたら、TOPに広告がベッタリ。
そうならないよう、たまに書くかもしれません。
ハーレイ先生とブルー、「その後の二人」のお話を、とても短い形で…。
長い間、ありがとうございました。
おバカなシャングリラ学園生徒会室は、これからも今まで通りです。
他の二つのサイトも、書ける間は、続けてゆこうと思います。
此処も、増える時があるかもしれませんので、時々、覗いてみて下さい。
PR