シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
それはハーレイが休憩時間に公園を散歩している時のことだった。
遊んでいた子供たちが一斉に駆けてきたのだ。
その勢いに傍らにいたブラウが「何事だろうね」とつぶやく。
「お前が目当てではないか? ブラウ」
「あたしかい?」
言われてみればハーレイは船長然としていて、子供たちが全力で駆け寄ってくるということは考えにくい。
故にハーレイのその指摘は正しかった。
しかし今回は例外だったらしい。
「キャプテン!」
「キャプテン!!」
子供たちが口々に叫ぶ。
「残念だねぇ。あたしじゃないみたいだよ」
肩をすくめて楽しげにハーレイに告げる。
「何だ?」
尋ねると子供たちは口を閉じた。
ハーレイの低くよく通る声に子供たちは威圧を感じ緊張してしまったからだ。
「キャプテン」
その様子を見てブラウが肘でこづく。
だがハーレイはにこやかに尋ね直したりはしなかった。
「――あのっ!」
集まった子供たちの中で最年長の男の子が意を決して声を出す。
こちらも両隣の女の子にこづかれてのことのようだ。
「何だ?」
「キャプテンとソルジャーのどちらがぶるぅを産んだんですか?」
その問いをハーレイは全く理解出来なかった。
いや理解は出来た。
だがどこをどうしたらそんな疑問が出てくるのか、そしてどうしてどちらかが産むことになるのか、全く全然これっぽっちも分からなかった。
「子供たちの疑問にきちんと答えるのが大人の義務だよ」
ブラウは思い切り楽しそうに子供たちの肩を持って言い添えた。
たっぷり時間をかけて考えたハーレイが「それは誰から聞いた?」と尋ねると、子供たちは「ぶるぅだよ」と元気よく答えた。
その時ぶるぅは「僕のママはどっちだと思う?」と尋ねてきて、誰も答えられなかったのだとも。
「そうだろうな」
と、ハーレイは呟く。
「キャプテンは絶対答えられる?」
確かめるように問いかけてきた子供の頭をハーレイは撫で、
「それは明日ぶるぅに聞いてみるといい」
「明日?」
「そうだ。明日だ」
「はいっ」
期待に満ちた笑顔で子供たちは礼をして走って行く。
どっちかなぁ? という言葉をそこに置いて。
「ハーレイ」
「……なんだ?」
「明日なんて期限を切って大丈夫だったのかい?」
「責任はとってもらう」
「ぶるぅにかい? それは無理だろう。あいつの頭の中は食べ物の事と悪戯の事しかないからね」
「この船にはもう一人ブルーがいる」
言い残してハーレイは足早に公園を出て行った。
「責任をとってもらう……ねぇ……。悪あがきじゃないかって思うけどね」
消えた後ろ姿を思い浮かべながら言うブラウの表情は、悪戯を思いついたぶるぅのように楽しげだった。
「ぶるぅにどう説明したのか、教えて欲しいのだが」
ブルーを前にするなりハーレイはいきなりそう口にした。
「どうって?」
「出生のことだ」
「ああ、卵から生まれたと言った」
「他には?」
「別に」
「そんなことはあるまい。きちんと説明していればあんな質問が出るはずもない」
「どんな質問だ?」
「どちらが卵を産んだのか、ということだ」
「どちらって?」
「お前か、私か」
ほんの少し怒気を含んだ真面目な表情で言い放つハーレイを見やり、ブルーは小さく吹き出して笑ってしまった。
「ブルー!」
「可愛い誤解じゃないか」
「見過ごして良いものとそうでないものがある」
「お前はこれがそうでないものだと言うのか?」
「そうだろう。我々は産む事は出来ない。そもそも人間は卵から孵化しない」
「じゃあぶるぅは人間じゃないんだ?」
「……………」
「ある日アレはここにあった。丁度クリスマスだった。誰かが僕にプレゼントしてくれた綺麗な石だと思った。正直、お前だと思ったんだけどね、ハーレイ」
「私ではない」
「それが石ではなく卵だと分かり二人で温めた。アレは少しずつ大きくなり一年後、割れてぶるぅが出てきた」
「そうだ。だが……」
「僕にもお前にも真実は分からない。だがぶるぅは信じている。僕かお前が卵を産んだのだと」
「有り得ん!」
ハーレイが言い放った時、青の間のベッドの向こうから泣き声が聞こえてきた。
それも聴覚を補う補聴器が悲鳴をあげるほどの大きさで。
「ぶ……ぶるぅ!」
補聴器を取り、耳を覆ってハーレイがベッドに駆け寄る。
「うわぁぁぁぁぁん」
「ぶるぅ」
「僕にはパパもママもいないんだ~~~っ」
「いいか、ぶるぅ……」
「わぁぁぁぁん」
泣き声が青の間中に響き、ハーレイの身体を揺さぶるほどだ。
「ぶるぅ、落ち着きなさい」
「うわぁぁぁぁん。ぼく……ぼく……ママに抱っこしてもらいたかったんだもん。ぎゅってしてもらいたかったんだもん」
泣きながらも懐から取り出したのは一冊の本だった。
データベースの中にあった古い古い子供向けの話を絵本にしたもので、内容はハーレイもよく知っている。
母親を捜して旅に出て、最後に出会うというものだった。
わんわんと泣き続けるぶるぅをハーレイは見つめ、そしてそっと抱き締めた。
と、ピタリと泣きやみ、
「ぎゅってして~、ハーレイ、ぎゅってして~」
言われるままに抱き締めるとぶるぅは涙の残る顔で嬉しそうに笑った。
翌日から『ぶるぅのママはハーレイである』という否定出来ない噂が流れ出したのは言うまでもない。
■作者メッセージ
と言うわけで、ぶるぅのパパママ戦争に決着がつきました。
…ハーレイの意志とは関係なく(笑)
さて、黒幕は誰でしょう?
という問いは必要ないと思いますv