シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
マザー、副船長を拝命して初めてブリッジに出勤するのはとても勇気が必要でした。なにしろ「辞令を偽物だと思って初日から欠勤」という大失敗をやらかしています。ゼル様あたりに何を言われるかとビクビクしながら出かけましたが、長老方のお咎めは無し。副船長の肩書きも本当のようで、ブリッジクルーの皆さんに敬礼で迎えられました。…でも清掃員から副船長なんて、絶対、何かの冗談です。
着任挨拶の後はブリッジの様々なことを教わり、本当にここにいてもいいのかしらと一層不安になってきた頃…キャプテンが近づいてこられました。
「ブリッジはこのくらいにしておこう。ソルジャーが青の間で待っておられる」
「えっ?」
「副船長になったのだろう?…ソルジャーにも着任の挨拶をする必要がある」
えぇぇっ!?ソルジャーって…青の間って…ソルジャー・ブルー様の所へ、ですか!?今度こそ冗談だと思いましたが、歩き出されたキャプテンを追いかけていくと真っすぐ青の間の方向へ。これは夢ではありません。私はとりあえず本当に本物の副船長で、着任挨拶をしなければならないのです。
「あのぅ…キャプテン。私、ソルジャーにお会いしたこともないんですけど」
前を行かれるキャプテンに向かって一番の懸念を伝えました。
「なのにいきなり副船長だなんて、何かの間違いじゃないかと思うんですけど…」
「心配ない。ソルジャーは全てご存じだ」
キャプテンは振り返って「大丈夫」と軽く微笑んで下さいました。
「副船長に就任したのを信じなかったことも知っておられる。…そんなに緊張しなくてもいい」
あ。…ソルジャー・ブルー様に失敗談まで伝わっているみたいです。穴があったら入りたいかも…。
一昨日まで清掃員として通った青の間ですけど、ソルジャー・ブルー様はいつもお留守でした。その方が…憧れの方がおいでになると思うと、やはり緊張してしまいます。キャプテンと一緒にエレベーターに乗り、青い照明が灯る空間に出て、緩やかにカーブした通路を天蓋つきのベッドがある中心部へ…。
「…やっと来たね」
ベッドから立ち上がった人が優しい声で呼びかけてきました。銀色の髪、赤い瞳。映像で見たよりも遥かに美しく、この世のものとも思えない人。それがソルジャー・ブルー様でした。滅多にお姿をみることが出来ないと噂に高いミュウの長。幻の部屋とまで言われる青の間の主。本当にお会いできただなんて…!
「君に会うのは初めてか…。いきなり副船長とは大変だろうが」
「は、はいっ!副船長に就任しました。お会いできて感激です!!」
言ってしまってから気付きましたが、ここは「感激です」じゃなく「光栄です」と言うところでは…。ソルジャー・ブルー様にミーハーだと思われてしまったでしょうか?
「…ソルジャーでいい」
思念が漏れたのか、労せずともお読みになれるのか。ソルジャー・ブルー様…もといソルジャーは微笑を浮かべ、「青の間の雰囲気ブチ壊し」であるコタツの方に向かわれました。
「座りたまえ。シャングリラのこと、ミュウたちのこと…。話しておくことが沢山ある」
リオさんが運んできた渋茶と羊羹、それに山盛りのミカンが置かれたコタツに座って、私はソルジャーとキャプテンから様々なお話を伺いました。もちろん思念による情報伝達も。それにしてもソルジャーがコタツに馴染んでおられたのには驚きです。一通りの話が済んでソルジャーにミカンを勧められた時、私の目はもう真ん丸でした。冗談抜きにコタツでミカンなのですね…。ソルジャーはクスッと笑っておっしゃいました。
「ぶるぅが持ってきた時は驚いたけれど、使ってみると便利なものだ。来客の時にちょうどいい。…ベッドだけではお茶を出すのにもワゴンが要るし、椅子も無い。それでは長居しづらいだろう?」
そのとおりかもしれません。ここにコタツが持ち込まれてから、お客様の滞在時間が増えたかも?「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言っていたとおり麻雀だって出来ますし。
「さぁ、麻雀はどうだろうね。ご想像にお任せするよ。…そうだろう、ハーレイ?」
ソルジャーはどこか楽しげです。キャプテンの名が出たことといい、麻雀もなさっているような気が…。あ、いけない。大切なことをお聞きするのを忘れていました。
「ソルジャー。…色々お話を伺いましたが、副船長の主な仕事は何ですか?」
キャプテンはソルジャーの右腕であると知らされた今、そんな重要な方を補佐する役目が私なんかに務まるものとは思えません。一昨日までの私は『青の間清掃員』だったのに…。
「…ハーレイを助けてやってくれ。彼の苦労はいつも目にしているだろう?…たとえば…」
ソルジャーはコタツに片手を差し入れ、中を探っておられました。コタツの中にいったい何が?と思っていると、やがてゴソゴソ出てきたものは眠そうな顔をした「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ぶるぅのせいで胃薬の量がずいぶん増えているようだ。ハーレイになついているから仕方ないのだが、ハーレイが疲れていそうな時は代わりに相手をしてやってほしい」
「分かりました。私でお役に立てるのでしたら」
ソルジャー直々の仰せとあらば「そるじゃぁ・ぶるぅ」に噛まれようとも頑張れます。ええ、頑張ってみせますとも!たとえ「そるじゃぁ・ぶるぅ」の下僕になれ、とのご命令でも。
「ありがとう。…ハーレイとぶるぅをよろしく頼む」
リオさんが包んでくれた羊羹の残りとミカンを幾つかお土産に貰ってキャプテンと私は青の間を出ました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は再びコタツにもぐってしまい、ソルジャーはベッドに行かれたようです。
マザー、今日はとっても素敵な日でした。本物のソルジャーにお会いできた上、長時間お話できたのですから。ソルジャーがお疲れになっていないことを祈ります。お土産に頂いた羊羹とミカンは少しでも日持ちするよう冷蔵庫に入れてあるのですけど、今日の記念に永久保存するいい方法はありませんか…?