シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
学園生活は早くも4日目。グレイブ先生が晴れ晴れとした顔で教室に入ってきました。
「今日はクラブ見学日だ。お祭り騒ぎもいよいよ今日で終わりかと思うと実に嬉しい。やっと明日から授業ができる。…それはともかく、今日はあちこちでクラブ勧誘と実際の活動をやっているから、チラシだけでなく自分の目で見て判断するのがいいだろう」
先生は眼鏡を押し上げ、咳払いをして。
「ちなみに私は数学同好会の顧問で指導教員も兼ねている。だが、年々部員が減って存亡の危機だ。このクラスから入部希望者が殺到するのを期待しているぞ。…で、アルト君」
「え?…ええっ?」
突然指差された女の子がビクンと顔を上げました。
「入部してくれるかね?…君が一番の有望株だが」
「あの、その…謹んでお断りを……」
「そうか。残念だな。まぁ、学園生活はこれからだ。気が変わるのを楽しみにしている」
アルトさん、なんで目を付けられたんでしょう?もしかして凄く数学の成績がいいのかも。初日の実力テストでヤバイ目に遭った私としては羨ましい限りです。…数学同好会だけは御免ですとも!
さて、どこから見学しましょうか。廊下に出るなり、また集まってしまった7人組の意見はサッパリ纏まりませんでした。ジョミー君はサッカー部が見たいそうですし、キース君とシロエ君は柔道部です。そして私も含めた残り4人は特に希望がありませんでした。
「やっぱ最初はサッカー部だって!」
「いや、柔道部だ。…そうだ、マツカ。お前も柔道部に入らないか?スタンガンだの催涙スプレーだのを持ち歩かなくてもいい実力が身につくと思うが」
「あ、ああ…。そうでしょうか…?でも、ぼく…運動はからっきしで…」
「大丈夫ですよ!ぼくと先輩がちゃんと基礎から教えてあげますって」
なんだか身内で勧誘が始まっているようですが…まぁいいか。サッカー部に行くか、柔道部に行くかで揉めながら校内を歩いている間もあちこちから声がかかります。
「華道部です!フラワーアレンジメントも始めました。男性部員、強化中です。よろしくお願いしま~す!」
「演劇部で~す!新人公演、準備してます。舞台に立ってみませんか?ホールで舞台衣装の着装体験やってまぁ~す♪」
なんとも賑やかな勧誘と無差別チラシ攻撃に巻き込まれながら進んでいると…。
「そるじゃぁ・ぶるぅ研究会です!」
いきなりカラー印刷のチラシを渡されました。アイスキャンデーを手にして満面の笑みの「そるじゃぁ・ぶるぅ」の写真が刷られています。でも…視線がこっちを向いてませんし、もしかして隠し撮りでしょうか?
「我が部が誇る最高の写真です。シャングリラ学園のマスコット、そるじゃぁ・ぶるぅは滅多に姿を見せません。これは先々代の部長が夏休みに登校したとき、運よく撮影できたものです」
なるほど。研究会ができているほど「そるじゃぁ・ぶるぅ」は神秘の存在みたいですね。
「どうですか、ぼくたちと一緒に謎を追いかけてみませんか?充実した学園生活になりますよ!」
「…必要ない」
キース君がチラシをつき返しました。
「もう思い切り、間に合っている。他を当たってくれ」
「……間に合っている……?」
研究会の人は二人組の男の子でしたが、互いに顔を見合わせ、それから私たちをじっと眺めて。
「あーーーっっっ!!!」
ものすごい声で叫んでジョミー君を指差しました。
「7人グループで、金髪に緑の瞳の男子学生って聞いたっけ!男5人に女2人の新入生。見つけた、クレープ冷麺だぞ!」
「…クレープ冷麺…?」
昨日のゲテモノを思い出して顔をしかめたジョミー君は『そるじゃぁ・ぶるぅ研究会』の二人にガッチリ脇を固められています。
「写真、いいかな?会報に載せたいんだ」
一人が素早くカメラを取り出し、もう一人はメモ帳を出しました。いつでもどこでも取材体制は万全っていうことですね。…でなきゃ『そるじゃぁ・ぶるぅ研究会』なんてやってはいられないでしょう。なんたって「幻の存在」ですから。
「クレープ冷麺の感想を一言!そるじゃぁ・ぶるぅも不味さのあまり逃げ出すモノを完食したって聞いているけど」
「えっと…完食はしてないよ。残った汁はそるじゃぁ・ぶるぅに飲ませちゃったし。不味かったのは確かだけどね」
「なんと!そるじゃぁ・ぶるぅに無理やり飲ませたという話も本当だった、と…。君、才能があるんじゃないかな。あ、それから…」
メモを取っていた人がスウェナちゃんと私の方を振り向き、見比べてから言いました。
「みゆっていうのはどっちなのかな?」
「えっと…私です」
「そるじゃぁ・ぶるぅと文通してるんだって?キッカケは?どんなやりとりをしてるのかな?…そるじゃぁ・ぶるぅの手紙を持っているなら会誌に掲載させてほしいんだけど」
え。ど、どうしましょう…。
「たった7人のグループの中に、そるじゃぁ・ぶるぅと既に関係のある者が2人。これは驚くべき数字だよ。君たちが入会してくれれば、ぼくたちの研究は飛躍的に前進するだろう。他の部には絶対に渡さないぞ!」
研究会員さんはケータイで仲間を呼び出したらしく、私たちは包囲されていました。こんなに大勢いるなんて…。キース君とシロエ君の腕だけで包囲網を突破するのは難しそうです。ジョミー君とサム君は喧嘩なら負けていないでしょうけど、相手にケガをさせずに投げ飛ばすなんて無理っぽいですし。
「おい、まずいな…。シロエ、なんとかなりそうか?」
「無茶ですよ、先輩!ぼくたちだけなら逃げられますけど、女の子が2人もいるんですから」
「やばいよ、これ。もしかしてクレープ冷麺のせいで研究会にまで入れられちゃうとか?不味かっただけでは終わらないわけ!?」
ジョミー君がクレープ冷麺の調理人を罵ろうとした時、ヒュン!と何かが飛んできて研究会員さんの頭に当たりました。
「痛っ!」
ヒュン、ヒュン、ヒュンッ!続けさまに飛んできて研究会員さんたちを直撃したのは1個ずつラッピングされたマドレーヌ。そして…。
「かみお~ん♪」
忘れようもない雄叫びと共に、校舎の屋上に小さな影がスックと立っていたのです。逆光で顔は見えませんけど、背格好といい、風になびいているマントといい…。
「「「そるじゃぁ・ぶるぅだ!!」」」
研究会員さんたちが屋上を指差すのと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がマドレーヌを投げて寄越したのは同時でした。
「最後の1個~!…ぐずぐずしてると回収しちゃうよ?ぼくの手作りマドレーヌ、食べたかったら急いでね!」
「なんだと!手作りマドレーヌだとぉ!?」
ワッ、と地面に屈んでマドレーヌの袋を拾い上げ、検分する研究会員さんたち。もう他のことは眼中にないようです。
「急げ、今の間に逃げるんだ!!!」
キース君がダッと駆け出し、私たちも続いて走りました。囲みは難なく突破でき、追ってくる様子もありません。よかった、危機一髪でした。『そるじゃぁ・ぶるぅ研究会』なんかに入会させられちゃったら、私たち、きっとモルモット扱いです。だって…全員「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出入り自由なんですもの。
「だから助けに来たんだよ」
逃げ延びて裏庭に座り込んでいた私たちの前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が現れました。抱えていたクーラーボックスから取り出したのはアイスキャンデー。
「いっぱい走って汗だくでしょ?…いろいろ買ってきたから好きなの食べてね。今日もぼくのお部屋に遊びに来てくれると嬉しいな♪」
アイスキャンデーを配り終えると「そるじゃぁ・ぶるぅ」はフッと消え失せてしまいました。クラブ見学もなかなか楽ではないようです…。