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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

卒業旅行・第1話

会長さんの家に午前十時。そう約束した私たちはシャングリラ学園の校門前に集合しました。日曜日なので門は閉まっています。部活などで登校する生徒は別の所の通用門から入りますから、誰も通っていかなくて…。卒業したんだ、という実感がやっと浮かんできたような。
「ぼくたち、これからどうなるんだろ?」
ジョミー君が校門の正面に建つ本館をじっと眺めています。
「学校に残ることも出来るよ、なんて言われてたけど…そんな話も無いもんね」
「卒業しても分からねえことばかりだよな」
サム君が相槌を打つと、キース君が。
「大切な話って、それなんじゃないか?わざわざ俺たちを呼び出すんだし」
「「「えぇぇっ!?」」」
会長さんが私たちの今後のことを教えてくれる…?先生方じゃなくて会長さんが…?
「…まさか…。先輩、それは有り得ないですよ。だって生徒会長じゃないですか。…先生じゃなくて」
「シロエ、本当にそう思うのか?あいつがただの生徒会長だ…って」
「そ、そりゃ…二人しかいないタイプ・ブルーだって言ってましたけど…」
「最強の力を持つタイプ・ブルーで、シャングリラ学園創立以来の生徒なんだ。グレイブ先生よりも年上なんだし、恐らくかなりの信用があるんじゃないかと俺は思うな。俺たちの件を学校側から一任されてても不思議じゃない」
大真面目なキース君でしたけれど、会長さんの悪戯やお騒がせに散々付き合ってきた私たちには全然ピンと来ませんでした。学校から信頼されるどころか、ブラックリストに載っていそうです。
「お前、考えすぎだって」
サム君がキース君の背中をバン!と叩きました。
「そりゃあ、サイオンの話くらいは出るだろうけど…俺たちの進路ってヤツはシャングリラ号で決まるんだろ?」
「…それはそうだが…」
「とにかく家に行ってみようぜ。…今日も昼飯、出るんだろうな♪」
私たちはバス停に向かい、バスの中では無難に卒業式や謝恩会の話を交わして、アルテメシア公園近くのバス停で下車。会長さんが住むマンションはすぐそこです。

エレベーターで最上階に着き、玄関のチャイムを押すと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出てきました。
「かみお~ん♪リビングでブルーが待ってるよ。入って、入って!」
お邪魔します、と広いリビングに行くと会長さんが私たちをソファに座らせて…。
「約束の時間ピッタリだね。頼もしいな、仲間として。…ぶるぅ、お茶の用意を頼むよ」
「おっけぇ~」
みんなの好みに応じて紅茶とコーヒー、それにフィナンシェがテーブルの上に並びます。うん、この雰囲気では大切な話と言ってもさほど重大ではないでしょう。会長さんに勧められるままにお茶を飲み、談笑していると。
「…さて、君たちは卒業したってわけだけど。どう?…サイオンは使えるようになったかい?」
「「「えっ!?」」」
私たちはポカンとしてから、慌てて意識を集中しました。えっと、えっと…サイオンってどう使うんだっけ。っていうか、どうすれば心が読めるんだっけ…?と、とにかく会長さんの心を読めばいいのかな?…うーっ、私って才能無いかも…。
「ふふ。…全員、挫折」
会長さんのクスクス笑いが聞こえ、みんなの深い溜息が…。
「いいんだよ、それで。まだ使えなくて当然なんだ。とはいえ、みんなのサイオンはかなりハッキリしてきてる。集中されると押さえ込むのに前よりもずっと力が要るな」
「…まだ俺たちの力を封じ込めているのか?」
キース君が尋ねると、会長さんは即座に頷きました。
「君たちのサイオンは十分に使いこなせるレベルになっているんだけどね…。シャングリラ号に乗り込むまでは封じておくのが決まりなんだ。まぁ、単なる節目ってことだけど…シャングリラ号への乗船は」
「「「節目?」」」
「そう、節目。…通過儀礼と言ってもいいかな。シャングリラ号が無かった頃は卒業式を終えた時点でサイオンが表に出るようにしてた。でも、今はシャングリラ号という船があるから、それに乗り込む方が卒業式よりも遥かに劇的じゃないか。だからシャングリラ号が迎えに来るまで、ぼくは君たちの力を封じる」
会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が淹れた紅茶を一口飲んで。
「…シャングリラ号は普通の人には知られていない宇宙船だ。君たちが乗り込むことは家の人にも言わないで欲しい。もっとも、話したところで信じてもらえる筈も無いから特に問題ないんだけどね…。君たちの正気が疑われちゃうっていうだけで」
宇宙人に攫われて宇宙旅行をしてきました、っていうトンデモ話と同レベルだろ、と会長さんは真顔です。
「シャングリラ号が出来て百年以上経つけど、まだ宇宙人には出会ってないな。普通の人間を乗船させたこともない。なのに宇宙人の船でよその星に行ってきました…って人がいるから面白いよね。そういう人がどう思われてるか、君たちだって知ってるだろう?」
ううっ。確かにそういう体験をしたという人がテレビに出たりしています。変な人だな、とか大嘘つきとか思ってましたが、もしもシャングリラ号のことを普通の人に話したら…私たちも同類認定ですか!
「…しゃべったら変人扱いなんだ…」
ジョミー君が言い、私たちは一気に不安になってしまいました。シャングリラ号が迎えに来ることばかり考えていましたけれど、パパやママに何と言い訳したら…。それとも乗り込むのはほんの半日くらいで、朝に出かけたら夜には家に帰れるのかな?心配していると会長さんが。
「君たちがシャングリラ号に乗り込む期間は、家の人には進路相談会だと通知される。特別に卒業することになってしまった生徒の適性を見極め、フォローするための合宿期間。ごまかす手伝いを学校がやってくれるんだから、自分からボロを出さないように気をつけて」
安心してシャングリラ号に行っておいで、と会長さんはウインクします。
「とても大きな宇宙船だよ。…あとは見てのお楽しみかな」
「…あんたは一緒に来ないのか?」
キース君の問いに、会長さんは「決めていない」と答えました。
「気が向けば行くし、向かなかったら行かないし。…君たちのサイオンを抑える必要がなくなるんだから、家でのんびり昼寝もいいよね」
そっか…会長さんは来てくれるかどうか分からないんですね。私たちだけで大丈夫かな?
「君たちが乗る時、シャングリラ号にはハーレイがキャプテンとして乗船する。船の中で何かあったらハーレイに相談すればいい。キャプテンだから一番偉いし、多少の無理も聞いてくれるよ」
「…じゃあ、キャプテンって呼ぶんですか?」
おずおずと言ったのはマツカ君。
「そうだね…。キャプテンと呼ぶのが正式だけど、君たちは体験乗船扱いだから…いつもどおりでいいんじゃないかな。ブリッジクルーを指揮するハーレイが教頭先生と呼ばれているのは見ものだろうし」
クスクスクス。職場体験みたいで面白いかもね、と会長さんは楽しそうです。
「シャングリラ号が君たちを迎えにやって来るのは、学校が休みになってハーレイの手が空いてからだよ。3月末のことになる。まだ何週間も先のことだし、暇な間に卒業旅行なんかどうだろう?…そっちなら、ぼくも一緒に行きたいな」
卒業旅行!!…シャングリラ号がいつ来るのかを知らなかったので、卒業旅行なんか思いも寄りませんでした。みんなの瞳が輝いています。
「うん、みんな元気な顔になったね。じゃあ、お昼ご飯を食べようか。…ぶるぅが用意してくれてるよ」
知らない間に時計はお昼を過ぎていました。キッチンの方からいい匂いが…。私たちは会長さんに連れられてダイニングへと大移動です。

「かみお~ん♪大事なお話、終わった?」
お誕生日にプレゼントしたアヒルのアップリケつきのエプロンを着けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコ笑顔でお出迎え。テーブルにつくとすぐに金属製のお鍋が運ばれてきました。
「今日はシーフードのブイヤベースだよ!卒業のお祝いに奮発して伊勢海老も入れちゃったんだ」
ご飯はサフランライスだからね、とサラダも一緒に並べられて。一人用のブイヤベースのお鍋の中には縦半分に切った伊勢海老が気前よくドカンと入っています。うわぁ、とっても美味しそう!
「「「いっただっきまーす!!!」」」
豪華ブイヤベースに舌鼓を打ちながら、話題は卒業旅行のことに。
「ずいぶん長いお休みだよね。…うーん、お金があったら外国旅行ができるんだけどな」
アルバイトをしておけばよかった、とジョミー君。
「マツカ、自家用ジェットとか無いのかよ?」
サム君が聞くとマツカ君は「ありますよ」と答えました。
「皆さんが御希望だったら、いつでも用意させますけれど…長距離には向いていませんよ。飛行機をチャーターした方が絶対いいと思います。で、いったい何処へ行くんですか?ホテルや通訳も手配しないと…」
「ピラミッド!」
叫んだのはシロエ君でした。
「ぼく、ピラミッドが見たかったんです。こう、なんかロマンがありませんか?あと、王家の谷とか大神殿とか…」
「私もピラミッド見てみたいわ。砂漠だしラクダもいるのよね?」
乗ってみたかったの、とスウェナちゃん。ピラミッドかぁ…。いいかも…。
「この時期ならそんなに暑くないよ」
会長さんが割り込みました。
「3月はベストシーズンなんだ。場所によっては寒いくらいだけど、別に野宿をするわけじゃないし」
「…まるで見てきたような口ぶりだな」
キース君が突っ込むと会長さんはニコッと笑って。
「見てきたよ?…ピラミッド観光は基本じゃないか。三百年も生徒会長をやってるんだし、春休みは何回あったと思ってるのさ。それにぼくとぶるぅは渡航費用は要らないんだよね。行こうと思えば何処だって自分の力で移動できるし」
言われてみれば、衛星軌道上までチョコレートを詰めた箱を送れるような会長さんです。お金を払って飛行機や船に乗らなくたって、外国くらい簡単に行けてしまうのでしょう。羨ましいな、と思った時。
「…本当に観光旅行なのか?」
キース君が真剣な目で会長さんを見つめました。
「たった今、初めて気が付いたんだが…俺たちみたいな人間がいるのはこの国だけじゃないかもしれない。あんたが他の国へ行くのは、仲間を見つけるためじゃないのか?」
「………さすがだよ、キース…」
会長さんは溜息をつき、「鋭いね」と呟いて。
「そう。最初は確かにそうだった。でも今は違う。…言っただろう?ぼくの力はどんどん強くなっていった、って。二百年以上前から、ぼくは地球上の全ての場所へ思念波のメッセージを送れるようになっているんだ。家から出なくても仲間は探せる。…でもね…誰も応えてくれないんだよ。不思議だね。ぼくたちの仲間はこの国でしか見つからない」
人種が違うせいなのかな、と語る会長さんは少しだけ寂しそうでした。
「いつかは他の国にも仲間が生まれてくるだろうとは思うけど…。それまで生きていられるかな?」
「……よく言うぜ。殺しても死にそうにないくせに」
一瞬、沈黙が落ちかかったのを打ち払ったのはキース君。
「あんた、死ぬ予定なんか無さそうだもんな。いつかは死ぬとか言い続けながら、その実、不老不死だったりして」
「…確かにね…。ぼくがいつかは死ぬだろうと思っている根拠はゼルなんだ。会った時は若かったのに、あんなに見事に老けちゃったから…ぼくの命もいつかは尽きると思ったっていうわけなんだけど。そのゼルはあの姿で二百年以上も生きちゃってるし、だんだん死ねる自信が無くなってきたよ」
「ちょっ、死ねる自信って…」
ジョミー君が吹き出しました。
「何それ!普通は生きる自信って言うんだよねえ、そういう場合」
違いない、と私たちは涙が出るほど笑いました。会長さんなら不老不死でもちっとも不思議じゃありません。「そるじゃぁ・ぶるぅ」もお腹を抱えて笑っています。いくら卵から生まれたとはいえ、会長さんと同じくらい長い年月を過ごしてきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が笑うんですもの…会長さんの寿命はきっと遥か先まであるのでしょう。

大笑いしながら食事を終えて、お皿を洗って片付けて。リビングに戻ってお茶を飲みながら卒業旅行の相談です。
「じゃあ、ピラミッドでいいのかな?」
ジョミー君がまとめにかかり、お次は旅行日程を…と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が持ってきたカレンダーをみんなで覗き込んだのですが。
「あ、俺はパス」
キース君が突然言いました。
「旅行はみんなで行ってきてくれ」
「「「えぇぇっ!?」」」
私たちはビックリ仰天。そういえばキース君は行き先を決める時にも何も言ってませんでしたっけ。
「キース、金欠?…でも、お小遣いしか要らないよ?」
ジョミー君が尋ねます。お金が無いのはマツカ君以外…いえ、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もお金は持っていそうですから、それ以外は全員共通で。アルバイトをしている時間も無いのでマツカ君の好意に甘えて交通費と宿泊費、それに食費もまるっとお世話になる予定でした。
「…すみません、キース…。ぼく、出すぎた真似をしちゃいましたか?」
プライドに障ったのかとマツカ君が謝ると。
「いや、全然。本当なら俺も行きたいんだが、野暮用でな。…三週間以上も休みがあるんだし、ここで済ませておくのがいいんだ」
「…ふうん…?」
みんなが首を傾げます。野暮用って、元老寺の用事でしょうか?春のお彼岸っていうのもありますよねえ。
「それってお寺と関係あるわけ?」
「まあな」
ジョミー君の質問にキース君はニッと笑って。
「せっかくだから八十八ヶ所に行ってくる」
「「「八十八ヶ所!?」」」
私たちの素っ頓狂な声が広いリビングに響きました。は、八十八ヶ所って…もしかしなくても『ソレイド八十八ヶ所』のこと!?お遍路さんとかいうヤツですか…?
「知らないのか?…ソレイド地方にある八十八の寺を順番に回る巡礼の旅だ。歩くと早くて二十一日、遅ければもっと日数がかかる」
キース君の説明を聞いたジョミー君がヒクッと頬を引き攣らせて…。
「そ、それって…お遍路さんのこと?」
「知ってるじゃないか。…坊主が遍路に行って何が悪い。一度は回っておきたいからな、体力に自信がある内に。最近はバスツアーの遍路も多いが、坊主たる者、やっぱり自分の足で歩かないと」
親父も歩いて回ったんだ、と言うキース君はお遍路に出る気満々でした。3週間もかかる所を一人でテクテク歩こうだなんて凄すぎます。それも卒業旅行を蹴って。
「いいじゃないか、キース。よく決意したね」
会長さんがパチパチと手を叩きました。
「歩き遍路は大変だけど、やり遂げると自分に自信がつくって言うし。…ぼくは虚弱体質だから歩いて回ったことは無いんだ。ぶるぅと二人で瞬間移動で回っただけだよ」
「そうか、あんたも行ったのか…」
「うん。だからキースも頑張って。最近は趣味で歩いている人も多いらしいけど、君は衣で歩くのかい?」
「そのつもりだ。どうせ行くなら坊主らしくして行きたいし」
キース君はお坊さんの格好をしてお遍路に行くつもりらしいです。じゃあ、私たちはキース君とは別行動でピラミッドへ卒業旅行に出発ですね。えっと…何日間くらい行くのかな?
「キース、出発するのはいつだい?」
会長さんはまだキース君に構っています。緋の衣を着られるという高僧だけに、私たちには分からない次元で通じるものがあるのかも…、と放っておいて日程を練っていたんですけど。
「決めた」
突然、会長さんが私たちの輪に入ってきました。えっ、日程は会長さんの意見が優先ですか?
「ピラミッドはまた今度にしよう。せっかくの卒業旅行なんだし、思い出に残る旅がいいじゃないか」
「えっ…?」
なんだか嫌な予感がします。まさか、まさかと思いますけど…。
「卒業旅行の行き先はソレイド八十八ヶ所だ。キースの修行を見届ける旅」
「「「えぇぇぇっ!?」」」
「と、いうわけで…。マツカ、みんながゆったり乗れるマイクロバスと宿の手配を頼めるかな?あ、キースの宿は要らないよ。修行の旅に豪華ホテルは不要だからね」
「ちょっと待て!!!」
キース君が必死の形相で会長さんの袖を掴みます。
「あんた、いったい何を考えてるんだ!俺の修行を邪魔して楽しいか!?」
「楽しいに決まっているだろう?…煩悩まみれのギャラリーがいても、気にせず黙々と歩き続ける…。それでこそ修行の旅ってものだよ」
会長さんは悪戯っぽい笑みを浮べて私たちの卒業旅行を勝手に決めてしまいました。ソレイド八十八ヶ所だなんて、いったい何処のお年寄りですか…?
「違う、違う。…ぼくたちの旅はキースを見守る旅なんだ。ピラミッドはいつでも行けるけれども、キースの巡礼の旅はそうそう見られるものじゃないしね」
なるほど、面白いかもしれません。それに私たちが歩くわけではないですし。

「畜生、なんでこうなるんだ…」
会長さんのマンションを出てバス停へ向かう途中でキース君はブツブツ言っていました。キース君と私たちが旅に出るのは明後日。キース君以外は先に集合してマイクロバスで元老寺に行き、キース君をピックアップしてソレイドへ向かう予定です。
「いいじゃないかよ。ソレイドまでの交通費が浮くんだからさ」
サム君がキース君の肩を叩いて励ましました。
「それよりも頑張って歩けよな!俺たち、陰ながら応援してるぜ」
「…応援なんか要らないんだが…」
哀愁の二文字を背中に背負ってキース君はガックリと肩を落としています。とんでもない行き先になりましたけど、卒業旅行は嬉しいですよね。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も行くんですから、きっと素敵な道中に…。ソレイド八十八ヶ所の旅、キース君も頑張って~!




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