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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

夏休み・第1話

夏休み初日、私たち7人グループは午前中から「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋にいました。手作り水羊羹が山盛りになったお皿を前に、これからの計画を相談中です。
「海は絶対外せないよ。…ついでに花火大会なんかもあるといいなぁ」
「そんな美味しい場所は宿が満員なんじゃないか?…キャンセル待ちという手もあるが」
ジョミー君とキース君が話している所にマツカ君が口を挟みました。
「海辺で花火大会ですね?うちの別荘がありますけど…」
「「「別荘!!」」」
歓声を上げる私たち。別荘なら宿泊費はタダですよね。海と花火大会は決定です。
「ぼく、山登りなんかもいいんじゃないかと思うんですけど」
「登りたいなら一人で行けよ」
シロエ君の意見はサム君に却下されました。
「重いリュック背負って歩きたくないね」
「でも高原って涼しそうよ?私、お花畑を歩いてみたいな」
スウェナちゃんが言うと、またマツカ君が。
「高原にも別荘あるんです。日帰り登山もできますよ」
「そうなのか。そこに世話になって、行きたいヤツだけ登山というのも面白そうだ」
キース君の提案に皆が頷き、高原行きも決まりました。マツカ君の家って別荘が沢山あるんだなぁ…。誘拐されかけたことがあるのも頷けます。今は柔道部で鍛えてますから、スタンガンとかは持ち歩かなくなったようですが。海と山の計画が立った所へ会長さんがやって来ました。
「海と山とで別荘ライフか。楽しそうだね。ぼくも一緒に行っちゃダメかな?」
「ブルーが行くなら、ぼくも行きたい!!」
そう言ったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「…あんた、夏休みはフィシスとデート三昧なのかと思っていたが」
キース君の言葉に会長さんは極上の笑顔を見せました。
「ぼくとフィシスなら、わざわざデートに行かなくても…ね。一緒に住んでるようなものだし」
「「「えぇぇっ!!?」」」
私たちは腰が抜けるほど驚きましたが、会長さんは涼しい顔です。
「その内、ぼくの家にもご招待するよ。…夏休みじゃなくて、もう少し先のことだけど。フィシスの部屋はぜひ見てほしいな」
フィシスさんのお部屋が会長さんの家に?さっきの発言といい、会長さんとフィシスさんは…仲がいいっていうだけじゃなくて、もしかしなくても…とっくに籍が入ってるとか?
「フィシスはぼくの女神なんだ。女神は俗世とは無関係だよ」
うーん…。うまいことはぐらかされたような…。会長さんはクスクス笑って続けました。
「で、ぼくとぶるぅも夏休みの旅仲間に入れてもらえるのかい?」
断る理由はありませんでした。断ったら怖いと思っている人もいそうです。海と山へは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も加えて9人の旅。別荘に入りきれるでしょうか?
「部屋の数なら大丈夫ですよ。使用人もいますし、着いたらすぐに遊びに行けます」
マツカ君、凄い!とても楽しみになってきました。みんなワクワクしながら旅のプランを練り始めます。えっと…柔道部の強化合宿に重ならないようにすればオッケーかな?カレンダーと睨めっこしていると、会長さんが呟きました。
「海と山も楽しそうだけど…もっと非日常な体験が出来る場所ってないかな?」
「…心霊スポットとか…?」
ジョミー君が肩を竦めると、会長さんは「そうじゃなくて」と否定して。
「非日常を体験させてくれる人が、このメンバーの中にいそうだよ。そうだろう?…キース」
「えっ!?」
指差されたキース君が声を上げると、シロエ君が頷きました。
「そうですね。…キース先輩の家っていうのも楽しそうです。時期もいいですし、夏休みの宿泊計画は先輩の家を一番最初にしませんか?」
そういうことで、私たちは二泊三日分の荷物を持ってキース君の家へお邪魔することになりました。明後日の朝、学校前に集合です。

電車と路線バスを乗り継いで着いた、郊外の山沿いに建つキース君の家は…。
「…乃阿山…元老寺?」
大きな門にかけられた板に書いてある文字を私たちはポカンと眺めました。
「のあさん、げんろうじ。…何か文句が言いたそうだな」
キース君がジロリと睨んでいます。えっと…やっぱりお寺なんですよね?この門、どう見ても山門ですし。キース君はさっさと石段を登り、山門をくぐって歩いていきます。目指す先には本堂と庫裏。その横の建物には宿坊と書かれた板がかかっていました。こ、これは確かに非日常かも…。
「お帰りなさい!…お友達もどうぞ上がってくださいな。キースの母のイライザです」
キース君のママは、フィシスさんに似た黒髪の美人でした。私たちは宿坊に案内され、スウェナちゃんと私で一部屋、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、ジョミー君とサム君、マツカ君とシロエ君がそれぞれ一部屋。部屋にお風呂がないことを除けば旅館に引けを取らない造りです。私たちは部屋に荷物を置いて食堂に集まり、お饅頭を食べ始めました。キース君は庫裏に入っていったまま、まだ宿坊に来ていません。
「キースの家がお寺だなんて知らなかったよ」
ジョミー君が物珍しそうにキョロキョロとあちこち見回しています。
「じゃあ、あいつ将来は坊主になるのか?…意外だよなぁ」
サム君が言うとシロエ君がチッチッと指を左右に振って。
「ご両親はとっても期待してますし、先輩もそのつもりだったらしいんですけど。十四歳の誕生日って言ってたかなぁ…、本山の得度式に出る時に初めて丸坊主にしたら凄く似合わなかったそうです」
ぶぶっ。丸坊主のキース君を想像した私たちは思わず吹き出してしまいました。
「それ以来、先輩はお寺を継ぐ気を無くしてしまって。…俺は俺のしたいようにする、っていうのが口癖ですよ」
「喋りすぎだぞ、シロエ」
現れたキース君の姿にビックリ仰天の私たち。墨染めの衣に袈裟までつけて、格好だけは立派なお坊さんです。
「…母さんにうるさく言われたんだ。今月はお盆で墓回向が多いし、たまには親父を手伝ってやれって」
「「「墓回向!??」」」
「ここからは見えないが、裏山に大きな墓地があるんだ」
そこへドスドスと足音がして、太ったお坊さんがツルツルの頭をタオルで拭きながら入ってきました。
「ああ、暑い、暑い。外は暑くてたまらんわい。…いらっしゃい、せがれがいつもお世話になっているようで。住職をしとるアドスです。皆さん、お寺ライフを満喫したくていらしたとか」
えぇっ!?…いつの間にそんな方向に…。私たちはキース君の家に遊びに来ただけで、来てみたらお寺だったというだけのことで…。
「いやぁ、実にいい心がけですな。寺に泊まって仏様に仕え、功徳を積む。お盆というものを分かってらっしゃる。この時期に御先祖様を思い、お念仏を唱えることは御先祖様への何よりの供養であると同時に、お浄土と縁を結ぶものでもありまして…」
「親父、話が長い」
キース君が止めてくれなかったら、延々と法話を聞かされていたことでしょう。アドス和尚は頭の汗を拭って宿坊生活の心得を簡潔に話し、昼食までは自由に寛いでくれるように、と言って庫裏に戻って行きました。と、いうことは…昼食の後は?
「いわゆるお寺ライフというヤツだ。…俺はこれから墓回向に行くが、興味があるなら見に来てもいいぞ」
衣の袖を颯爽と靡かせ、キース君は出て行ってしまいました。えっと…墓回向なんか見て面白いかな?みんなで顔を見合わせていると…。
「僕が行く」
会長さんが立ち上がりました。でも、宿坊の入り口ではなく部屋の方へ歩いていきます。もしかして会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋からは墓地の方角が見えるのでしょうか。
「お庭しか見えないよ?」
お饅頭を頬張りながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が答えました。
「ブルー、着替えに行くんじゃないかな。楽しそうに荷造りしてたし」
そういえば会長さんのボストンバッグは二泊三日にしては大きかったような気がします。着替えを沢山持ってきたのかもしれません。アロハシャツとか「かりゆしウェア」とかが入っていたら楽しいかも…。あれこれ妄想している内に会長さんが戻ってきました。
「じゃあ、行ってくるよ。…どうかな?」
「「「!?!?!」」」
着替えをしてきた会長さんの姿に、私たちは呆然とするばかり。鮮やかな朱色の着物と、刺繍の入った立派な袈裟。いったい何の冗談ですか!?
「ぼくの正装。この着物は緋の衣と言ってね、位の高いお坊さんしか着られないんだ。ダテに三百年以上も生きちゃいないさ。キースに見せびらかしたら悔しがるよ、きっと。負けず嫌いだし、お坊さんになってお寺を継ごうと思うかもね」
会長さんは用意してきた草履を履いてスタスタと墓地の方向へ歩いていきます。これは私たちも見に行くだけの価値がありそう!

辿り着いた墓地の入り口ではアドス和尚が扇子を片手に涼んでいました。が、会長さんに気付くと飛び上がらんばかりに驚き、私たちにはサッパリ分からない専門用語だらけの会話を交わして…庫裏に走って取って来たのは立派な日傘。会長さんはアドス和尚が差し掛ける日傘の影に入って悠然と墓地に入っていきます。キース君のパパったら、奴隷みたいにペコペコしちゃってるんですけど~!
「じゃあ、ぼくとぶるぅは昼寝するから。君たちは掃除を頑張りたまえ」
精進料理の昼食の後、私たちは本堂の掃除を命じられました。でも会長さんは偉いお坊さんということで免除された上、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も会長さんの世話をする人だという名目でサボリです。二泊三日の滞在中、会長さんはアドス和尚と大黒(住職の奥さんをそう呼ぶそうです)のイライザさんに丁重にもてなされ、まるでお殿様。私たちの方はといえば、掃除に勤行、読経の練習とキリキリ舞いで、身体中が抹香臭く…。
「結局、あれって会長流の別荘ライフだったわけ?…別荘じゃなくてお寺だったけど」
元老寺からの帰りのバスでジョミー君が言いました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は夕食を御馳走になってから車で送ってもらうそうでバスに乗っておらず、キース君はもちろん自分の家で夕食です。
「なにが非日常だよ!…そりゃ非日常な経験したけど、会長と俺たちじゃあ、同じ非日常でも凄い格差が…」
サム君のぼやきにマツカ君とスウェナちゃんが頷いています。
「でも、先輩がお寺を継ぐ気になったんですし、よかったんじゃないですか?」
シロエ君がニコッと笑いました。キース君は会長さんの緋色の衣に度肝を抜かれ、負けられないと思ったらしいのです。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、御礼に一席設けるから、とアドス和尚に言われてお寺に残ったのでした。
「やっぱり精進料理かな?」
「仕出し屋さんに電話してたわよ。…ほら、あの有名な…」
スウェナちゃんが口にしたお店の名前は、とても高級な仕出し屋さんで。
「うぅっ、いいなぁ…。会長、どこまで非日常なんだ…」
元老寺のある山の方を振り返りながらサム君が零した言葉は、私たち全員の心の叫びでもありました。二泊三日の非日常の旅。貴重な体験をしてきたくせに、お浄土に至る道への壁はまだまだかなり厚そうです…。 




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