シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
親睦ダンスパーティーを締めくくるワルツを前に、私たち一般の生徒は壁際の方へ移動しました。空いたフロアが先生と選ばれた生徒達のためのダンス会場になるんです。「壁の花になりたかった」らしいアルトちゃんも踊ることに決まったらしく、体育館の中央に十組の生徒が揃いました。少し距離を取ってワルツを踊る先生方。グレイブ先生とパイパー先生の姿も見えます。教頭先生と組んでいるのは保健室のまりぃ先生でした。
「へえ、サムも意外と似合ってるじゃない」
スウェナちゃんが言うとおり、先輩らしい女の子と並んで立っているサム君は普段からは想像もつかないほどカッコよく見えます。rちゃん、アルトちゃんも他の女の子もみんな綺麗なドレス姿でお姫様みたい。
「あーあ、踊ってみたかったわ。こんなに素敵だと分かっていたら、ズルしていても許されたわよね」
「せっかく、ぶるぅが言ってくれてたのにね…」
チャンスをフイにしてしまった私とスウェナちゃんはガッカリです。ワルツのことばかり考えていて、服のことまで頭が回っていませんでした。「当日は浴衣」と言われたせいでドレスもタキシードも思いもよらなかったんです。ポスターには確かにタキシードの生徒会長さんとドレスのフィシスさんの写真が載っていたんですから、気付かなかった私たちが悪いんですけど。
「…ねぇねぇ、ドレスが着たかったの?」
私たちにくっついていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。『そるじゃぁ・ぶるぅ研究会』の人が近づいてこないので、のんびりくつろいでいるようです。
「それはやっぱり…着てみたかったわ」
「だって女の子の夢だもん」
「そっか…。じゃ、着てみる?」
「「え?」」
「着たいんだったら着せてあげるよ。どんなのがいい?」
えぇっ、まさか本当に?うわぁ、どんなドレスが着たいかなぁ…。私の頭の中いっぱいにフワフワと夢が広がりましたが、その夢をパチンと覚ましたのはスウェナちゃんでした。
「あのね、さっきから気になってたんだけど。浴衣をタキシードとドレスに変えたわよね?あれって魔法?…ぶるぅは魔法が使えるの?」
さすが新聞部に入部したかったスウェナちゃん。不思議現象を追求せずにはいられない性分みたいです。
「ううん、魔法は使えないよ。ちょっと着せ替えしてあげただけ。みんなの浴衣はロッカー室に送ってあるけどね」
「えっ、着せ替え?一瞬で?」
「うん。ぼく、女湯にも入れる子供だし…。女の子の着替えを手伝ったって誰も困らないでしょ?」
言われてみれば確かにそうかも。「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に温泉とかに入ってみるのも楽しそうです。…って、問題はそんなところじゃなくて!スウェナちゃんも勿論、話のズレに気付いていました。
「じゃ、着替えの件はいいとして。…タキシードとドレスは何処から来たの?」
「お店から!…シャングリラ学園と契約してるお店があってね、タキシードはお揃いだからサイズで選んで。ドレスはどんなのを着たがってるのか心を読んで、似たようなイメージのドレスとアクセサリーを選んだんだよ」
ニコニコニコ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が得意そうに説明している間に音楽が流れだし、ワルツの時間が始まりました。先生方と十組の生徒たちが一斉に踊り始めます。生徒会長さんとフィシスさんの組が際立っていますが、ジョミー君たちも負けていません。パートナーチェンジが楽しみです。…と、その時。
トン、トン…と背中を叩かれ、スウェナちゃんと私が振り返ると。
「ねぇ、スウェナ。さっき考えてたファッション・ショーって、どんなもの?」
「え?…あ、ああ…あれね。ドレスをコーディネートしたっていうから、ファッション・ショーみたいだなぁって思ったの。いろんな服を着たモデルさんが出てくるのよ」
「そうそう!…テレビでしか見たことないけど、凄く華やかで…」
話しながらも私たちの目はダンスフロアに釘付けでした。さあ、パートナー・チェンジです。やっぱり生徒会長さんが目立ってますね。ワルツも上手いし、超絶美形だし…。会長さんならドレスも似合ったりして。
「ふぅん…。なんだか面白そうだね」
「え?」
「ファッション・ショーだよ。…ね、一緒に来て♪」
アッ、と思う間もなくスウェナちゃんと私は見慣れた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋のソファに座っていました。ワルツは?ダンスパーティーは!?
「大丈夫。ワルツはとても人気があるから、生徒会が録画してるんだよ。個人販売もするし、あんな遠い距離で見ているよりも素敵な映像が見られるんだから!」
そう言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何処からかカタログのようなものを取り出しました。え?これって…ウェディング・ドレスのカタログなんじゃあ…?
「うん!ドレスのお店に置いてあったの、持ってきたんだ。ファッション・ショーの最後はウェディング・ドレスが出てくるんだよね?…みゆとスウェナが知っていること、頭の中から読んじゃった」
無邪気な笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はカタログをテーブルの上に広げ、私たちの方にズイッと押して。
「ね、この中から好きなドレスを選んでよ」
えっ!まさか私たちにウェディング・ドレスを着せてくれるというのでしょうか?
「ちがう、ちがう。…ブルーだよ」
「「えぇぇっ!?」」
同時に叫んだ私たちに「そるじゃぁ・ぶるぅ」はチッチッと人差し指を振って見せました。
「みゆ、さっきブルーを見て考えてたよね?ドレスが似合いそうだって」
「ま、まさか…会長さんにウェディング・ドレスを…」
「楽しそうだって思わない?…ブルーにドレス!今年のパーティーのフィナーレはブルーにドレス!…ね、ね、どれが一番似合うと思う?…これかな、それともこっちかな…」
仰天していたスウェナちゃんと私でしたが、いつの間にやら「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒になってカタログに夢中になっていました。ああでもない、こうでもない…と盛り上がった挙句に。
「あ。そろそろワルツが終わるよ、行かなくちゃ!」
再び「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れられて戻った体育館では、ワルツを終えた先生方や生徒会長さんたちが熱烈な拍手を浴びて何度もお辞儀をしていました。
教頭先生が渡されたマイクを握って閉会の挨拶をなさるようです。
「諸君、これで親睦ダンスパーティーは終了だ。もう一度、先生方と選ばれた生徒諸君に盛大な拍手を!」
見逃してしまったスウェナちゃんと私も慌てて拍手を送りました。その横をすり抜けるようにして飛び出していったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「かみお~ん♪…パーティー最後の贈り物だよ!」
パァン、とクラッカーが弾けて青い閃光が走り、ヒラヒラと紙吹雪が舞い落ちる中で…。
「……ぶるぅ……」
生徒会長さんの低い低い声が響きました。タキシードは影も形もなくなっていて、細い身体を包んでいるのは真珠の刺繍に細かいレース、長いトレーンの清楚で真っ白なウェディング・ドレス。真珠のティアラに背丈よりも長いベールがくっついています。おおっ、と体育館中にどよめきが走り、黄色い悲鳴も上がりました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はピョンピョンとフロアを跳ね回りながら、パン、パン、パンッ!とクラッカーを鳴らしまくって。
「ついでにサービス!みんなにサービス!!!」
パァァッと青い光と紙吹雪が舞い、ワルツに選ばれた男の子たちは全員、ウェディング・ドレスとベールに着替えさせられていたのでした。みんな呆然としていますけど、あのデザインには見覚えが…。
「ス、スウェナちゃん…。あれって…」
「やっぱりアレよね…。もしかして私たちのせい?」
ジョミー君たちを包むドレスは、私たちが会長さん用のドレスを選びながら「これはジョミー君に似合うかも」「こっちはキース君よね」なんて軽い気持ちで指差していたものだったのです。そういえばリオさんのも選んじゃいましたっけ。他の3人分は覚えがありませんでしたが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のセンスでしょうか?蜂の巣を突っついたような騒ぎの中で教頭先生の怒鳴り声が炸裂しました。
「悪戯が過ぎるぞ、ぶるぅ!…早く元に戻せ、さもないと…」
「さもないと?」
ぱんっ!クラッカーが弾け、紙吹雪と青い光が教頭先生をクルクルと巻き込んだ次の瞬間。教頭先生のタキシードは消え、ガッチリとした体格にはおよそ不似合いなフリルひらひらの可憐なウェディング・ドレスが…。しかもサイズが合わなかったらしく、はち切れそうに引っ張られた生地とツンツルテンの袖丈や裾が痛々しいかも。
「わーい、元に戻したかったら捕まえにお~いで!…下手に動くとせっかくのドレスが破れるよ~♪」
からかうように教頭先生の前で飛び跳ねてから「そるじゃぁ・ぶるぅ」は体育館を飛び出していってしまいました。
「あっ、こら、待てっ!…止まれ、みんなを元に戻せーっ!!」
駆け出した教頭先生のドレスがビリッと大きな音をたてて裂け、逞しい背中がむき出しに。先生は邪魔なフリルいっぱいの裾をたくし上げ、キャーキャーという歓声と笑い声を浴びながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」を追いかけて体育館を出て行かれましたけど…無理ですよねぇ、捕まえるなんて。
親睦ダンスパーティーのフィナーレを飾ったのは、ワルツを踊った男子全員のウェディング・ドレス姿でした。新聞部が大喜びで写真を撮りまくる中、率先してスマイルを振りまいていたのはもちろん生徒会長さんです。生徒個人との記念撮影にも気軽に応じ、最後は誰かが持ってきたブーケを手にしてフロアを歩いてらっしゃいました。
「ブーケ・トス、お願いします!」
どこかから上がった女の子の叫びに会場中から女の子の声の大合唱が。
「「「ブーケ・トス!…ブーケ・トス!!」」」
「いいよ。…これで今度こそパーティーはおしまいだからね。さぁ、受け取って!」
ポーン、と投げられたブーケを追いかけて殺到する女の子。奪い合う凄い騒ぎの中で会長さんが教頭先生の残したマイクを持って閉会宣言をし、ダンスパーティーは終わりました。教頭先生と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は戻ってこないまま解散となり、ジョミー君やrちゃんたちはドレスを記念品として貰えることに。スウェナちゃんと私はウェディング・ドレス騒動の原因を作ったことは一生の秘密にしておこう、と誓い合いながら体育館を後にしたのでした…。