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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

前途を阻む者  第1話

空が日増しに高くなってきて秋の気配が漂っています。この時期と言えば収穫祭! 恒例の薪拾いにマザー農場でのジンギスカンに…。特別生一年目の生徒は薪拾いの翌日から収穫祭の日までマザー農場に泊まり込むことに決まっていました。シャングリラ号をサポートする農場を見ておかなくてはいけないからです。そんなわけで…。
「じゃあ、ぼくは明日からアルトさんたちと一緒にマザー農場に行ってくるから」
会長さんがそう言ったのは薪拾いの日の放課後でした。
「この部屋はぶるぅが留守番をしててくれるし、いつもどおりに遊んでて。用事があったら携帯に。緊急の場合は思念波でね」
コクリと頷く私たち。会長さんったらアルトちゃんとrちゃんを連れてマザー農場で遊び放題ですか…。
「ん? 君たちも行きたいのなら手配するけど、ジョミーあたりが嫌がるかなぁ…って。ほら、テラズ様の話があるだろう? 農場の人たち、ジョミーもお坊さんを目指して頑張ってると信じて疑いもしていないから」
「「「………」」」
それはヤバイかもしれません。農場の人の勘違いはともかく、会長さんの場合はそれを利用してジョミー君を仏門に押し込もうとする可能性大。そうでなくてもキース君の三週間の道場入りが近付いてますし、抹香臭い話は身近に転がっているのでした。会長さんはクスッと笑って…。
「そうそう、キースもそろそろショートカットに見せかけなくっちゃいけないんだよね。で、いつ頃?」
「親父にはギリギリまで好きにさせてくれと言ってある。サイオン・バーストのこともあるから、うるさく言う気はないようだ。…まあ、前日ってところかな」
まだ先なんだ、とキース君。サイオニック・ドリームで五分刈りに見せかける技をマスターしたものの、お気に入りのヘアスタイルを変えるつもりはないようです。お父さんのアドス和尚にはカツラを作ったと大嘘をつき、少なくともシャングリラ学園の方へは長髪で登校するのだとか。
「なるほど、カツラねえ…。それならサイオニック・ドリームも最低限の努力で済むか…。君の根性には頭が下がるよ」
頑張って、と微笑む会長さん。
「それじゃカツラはプレゼントってことにしておこう。銀青からの贈り物となればお父さんも文句を言えないだろうし、家でも堂々と被ることができる。道場暮らしの後の負担も減ると思うな、すぐにサイオニック・ドリームを解いちゃえるしね」
「恩に着る。あんたには世話になってばかりなんだが、礼をしようにも金がなくて…」
「お礼なんか必要ないよ、たまには銀青らしいこともしておかなくちゃ。今度の道場入りは昼間は大学に行けるだろ? 時間があったらシャングリラ学園にも遊びにおいでよ、息抜きをしに。…ぼくは一足お先にマザー農場で息抜きするから、みんな留守番よろしくね」
「「「はーい!」」」
次に会長さんと一緒に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でおしゃべり出来るのは収穫祭の翌日です。アルトちゃんとrちゃんなら変な事件に巻き込まれたりしないでしょうし、のんびりまったり待てばいいかな?

会長さんがいない日々は順調に過ぎていきました。お留守番を引き受けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」も元気です。
「かみお~ん♪ 今日のホットケーキは美味しいよ!」
マザー農場の生みたて卵、と新鮮な材料でお菓子を作ってくれたり、マザー農場での色々な話をしてくれたり。寂しがり屋の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は私たちが下校した後はマザー農場に出掛けて行ってしっかりお泊まりしているのでした。…お気に入りの寝床の土鍋を持って。
「それでね、昨夜はブルーがね…」
お部屋に帰ってこなかったんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「朝になったらrさんのお部屋から出てきたんだよ。寝坊しちゃったって笑ってたけど、泊まるんだったらぼくも連れてってほしいのに…」
頬を膨らませている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の話によると、アルトちゃんとrちゃんは一部屋ずつ貰っているようです。どちらも二人用でベッドも二つあるらしいのですが、会長さんがrちゃんのお部屋から出てきたとなるとアヤシイ雰囲気。会長さんとrちゃんは別々のベッドで寝たのでしょうか?
「シャングリラ・ジゴロ・ブルーだしねえ…」
考えたらきっと負けなんだよ、とジョミー君が言い、キース君が。
「俺もジョミーに賛成だ。…ぶるぅ、夜中にブルーがいなくなっても探さない方がいいと思うぞ」
「うん、知ってる。でもでも…朝まで帰らないなんて!」
ひどいよう、と膨れっ面の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は仲間外れにされたと不満そうです。でも…会長さんに締め出されるのは、フィシスさんのお泊まりの時でも一緒なんじゃあ…?
「え? フィシスが来る時と同じなの?」
知らなかったよ、と目を丸くする「そるじゃぁ・ぶるぅ」。アルトちゃんたちを何だと思っていたのでしょう? 会長さんと二年以上も付き合っている筈ですが…。
「あのね、フィシスはブルーの女神なんだよ。アルトさんたちは女神じゃないし、お友達かと思ってたんだ。ブルー、教えてくれないんだもん! そっか、夜に遊ぶ人と同じなんだね」
「「「夜!?」」」
「うん、夜だけ一緒に遊ぶ人。みんな綺麗な女の人で、今まで沢山いたんだよ」
「「「………」」」
流石シャングリラ・ジゴロ・ブルーです。ひょっとすると今もアルトちゃんたちの他に現役の愛人がいたりするかも、と頭を抱える私たち。こんな会長さんに片想い中の教頭先生、報われる日は来ないでしょうねえ…。
そんなこんなで収穫祭がやってきました。今年は単なる1年A組の生徒としての参加です。それでもマザー農場では顔見知りの職員さんたちが歓迎してくれ、特製アップルパイなども御馳走になって大満足。帰りのバスに会長さんはいませんでしたが、明日には戻って来る筈です。
「アルトさんたち、楽しそうだったね」
ジョミー君がバスの後ろを振り返り、シロエ君が相槌を打ちながら。
「そりゃそうでしょう、ぼくたちの時と違って問題も起こってないようですし。…で、テラズ様は拝んで来たんですか?」
「ううん、宿泊棟には近づいてないよ!」
あそこは鬼門、とジョミー君。宿泊棟の屋根裏にはテラズ様が納められているのです。サム君がハアと吐息をついて、キース君が。
「ジョミーのヤツ、俺とサムが誘ってやったのに来なかったんだ。未来の高僧が聞いて呆れる。…まったく、なんでブルーはジョミーなんかに目をかけるんだか…」
ロクな坊主にならんと思うが、と冷たい瞳のキース君ですが、ジョミー君はまるで気にしていません。仏門も仏弟子もジョミー君には別の次元の話らしくて、この夏に行かされた璃慕恩院の修行合宿も喉元過ぎれば熱さ忘れるとばかりに忘却の彼方。期待している会長さんには気の毒ですが、仏の道はサム君とキース君しか歩まないんじゃないでしょうか…。

収穫祭が済むとアルトちゃんたちが学校に戻り、普通の日々が始まりました。グレイブ先生も張り切っています。カツカツと響いてくる足音の高さがそれを示していますし、今日もビシビシやるのでしょうが…。
「諸君、おはよう」
出席を取ったグレイブ先生は浮ついた気分を引き締めるよう訓示してからキース君の名を呼びました。
「ヒルマン先生がお前に話があるそうだ。すぐに第二会議室へ行くように」
「は、はいっ!」
キース君はパッと立ち上がり、教室を出て行ったのですが……戻って来たのは一時間目が終わる頃。ちょっぴり元気がないような…? サム君が休み時間に早速声をかけに行きます。
「よっ、どうしたんだよ、暗い顔して」
「…いや……別になんでも……」
「そうかぁ? ひょっとして何かやらかしたとか? …そんなわけないか、お前だもんな」
優等生で模範生、とヒュウと口笛を鳴らすサム君。キース君は苦笑いをして鞄から教科書を取り出しました。
「優等生はサムもだろう? もう教科書は要らないほどにバッチリ覚えていると思うが」
「まあね。でもさ、ジョミーたちだっておんなじだぜ? 特別生も二年目なんだし、一年生は三回目だ。…それでヒルマン先生がなんて?」
「ああ、ちょっと…。別に大したことじゃないんだ」
また後で、とキース君が言った所でチャイムが鳴ってエラ先生の歴史の授業。その後の授業とお昼休みと午後の授業も問題なく終わり、放課後になって…。
「悪い。今日は部活は休む」
キース君がマツカ君とシロエ君に頭を下げました。
「ブルーに急ぎの用事があるから、別行動を取らせてくれ」
「「え?」」
驚いているマツカ君たち。
「用事って…ヒルマン先生のお話ですか? ブルーと何の関係が?」
「会長に用事って…ぼくたちにも関係ありますか?」
気になりますよ、と続ける二人にキース君は首を横に振って。
「いや、お前たちには関係ない。…これは俺だけの…って、まるで関係ないこともないか…」
「「「???」」」
私たちも疑問符だらけでした。キース君ったらヒルマン先生に何を言われたというのでしょう? 会長さんの所に行けば分かるかな? マツカ君とシロエ君も顔を見合わせていましたが…。
「ぼくたちも今日は休みますよ。先輩、何か隠してるでしょう?」
「そうですよ。…ジョミーたちが先に聞くんだったら、一緒に聞いても同じです。ぼくも行きます」
欠席届を出してきますね、とマツカ君が体育館へ走って行きました。キース君の身にいったい何が? 悪いことでなければいいんですけど…。

キース君を先頭にして「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入ると待っていたのは会長さん。ソファで腕組みをしています。テーブルにはマロンタルトのお皿が並び、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がポット片手に。
「かみお~ん♪ 紅茶とコーヒー、どっちにする? ココアでもいいよ」
ああ、ホッとするこの笑顔。私たちがソファに座ると会長さんが切り出しました。
「キース、ぼくに急用ってどういう気だい?」
「え…。それはヒルマン先生が…」
「ヒルマンがぼくに相談しろと? それとも君の独断なのか、どっちかな?」
会長さんの表情は明らかに不快そうでした。キース君は言葉に詰まり、逡巡の末に…。
「…俺の独断というヤツだ。ヒルマン先生は特に何も…」
「そうだろうね。君自身の問題じゃないかと思うんだけど、どうしてぼくに持って来るかな?」
「……その……俺一人では今一つ……」
歯切れの悪いキース君に会長さんは舌打ちをして。
「一人も何も、ただの健康診断じゃないか。それの何処に疑問があると? ぼくがその道のエキスパートに見えるのかい?」
「い、いや……しかし…」
「言っておくけど健康診断は苦手なんだ。理由は君も知ってる筈だよ、毎年騒ぎになってるからね。ノルディの名前も聞きたくないのに、わざわざぼくに聞かせに来たと?」
「違う! 俺があんたに訊きに来たのは健康診断の話じゃなくて…」
会長さんの迫力に気押されながらもキース君は懸命に言葉を絞り出しました。
「健康診断自体はどうでもいいんだ。…学校指定の病院でしか受けられないというのも分かった。しかし、断る手はないのか?」
へ? 健康診断って何? ジョミー君たちも怪訝そうです。会長さんは露骨に溜息をつき、フォークでタルトをつっついて。
「キース、話は簡潔に。いつもグレイブが注意してると思うけど? …まあいい、ぼくが代わりに説明しよう。キースは健康診断を受けることになった。ノルディの診療所指定でね」
「「「えっ?」」」
「理由は夏休みのサイオン・バースト。あの時は何の検査もしていないけど、その後の経過がどうなってるかを確認するのが目的らしい」
「「「………」」」
なんと! 今頃になって検査だなんてビックリです。サイオン・バーストは命に係わる危険があるとは聞かされましたが、検査するなら直後なのでは…? 会長さんはキース君を冷ややかに眺めて続けました。
「今回の検査は学校側が依頼したものだ。バーストの原因が原因だけに、今度の道場入りに際して危険があってはたまらない。三週間もの長期に亘ってサイオニック・ドリームを扱えるだけの体力があるか、それも含めて検査する。…そういう事情じゃ断る手段は無いんじゃないかと思うけど?」
「…本当に絶望的なのか? あんたが口添えしてくれても…?」
「特例かい? これに関してはダメだろうね。…なんと言っても前例がないし」
「…断れないのか…。俺はエロドクターに恨まれてそうだし、検査の結果に響くんじゃないかと…」
キース君の声は消え入りそうでした。私たちの顔もサーッと青ざめ、視線は自然と会長さんに。会長さんは咳払いをして紅茶のカップを手に取ると…。
「なるほどね。ぼくの健康診断に付き添ったせいだというわけか」
「デートの時も妨害したしな。絶対あいつは根に持ってるぞ」
ヤバすぎる、とキース君は額に汗を浮かべています。これは確かにマズイかも…。執念深そうなドクターだけに、ここぞとばかりに仕返ししても全く不思議じゃありません。道場入りは認められないと診断されれば、キース君の仏道修行はお先真っ暗。住職への道が閉ざされるのです。会長さんは少し考えていましたが…。
「ノルディはそこまでやらないよ。データの改竄がバレたりしたら懲戒だしね。下手をするとぼくの主治医でいられなくなる。…どっちかと言えば、心配なのは嫌がらせだろう」
「「「嫌がらせ!?」」」
なんですか、それは? 健康診断に便乗しての嫌がらせって、セクハラとか…?
「それはないね」
有り得ない、と会長さんは一言で切って捨てました。
「ノルディの今までの言動からして、キースは興味の対象外だ。やりそうなのは採血でわざと失敗するとか…。あ、でもセクハラという線もあるか。キースにそういう趣味がないのは知ってるんだし、嫌がらせとしてのセクハラはアリか…」
げげっ。キース君は鳥肌を立てて顔面蒼白、私たちだって目が点です。セクハラまがいの健康診断はまりぃ先生の十八番ですが、エロドクターがやるとなったらレベルは更に上を行くわけで…。

「頼む、ブルー!」
キース君がガバッと土下座しました。
「俺の検査に付き添ってくれ! ほら、人形があっただろう? あれを持ってついてきて欲しい」
「…人形? ああ、そういえばあったね、そういうものが」
忘れていたよ、とポンと手を打つ会長さん。
「あれはブルーが作ったヤツだし、ポーズも実に不愉快だから物置の奥に突っ込んじゃって記憶の彼方に放り投げてた。…うん、あれがあるなら恩を売るのも悪くない。ノルディの悔しがる顔も面白そうだ」
「ありがたい。ヒルマン先生には明日の放課後に出掛けるようにと言われたんだが…」
「いいよ、明日でも明後日でも。…じゃあ人形を探さなきゃ。何処だったかな、ぶるぅ?」
押し込んだのは確かだけれど、と人差し指を顎に当てている会長さん。
「お人形? えっとね、ブルーが布でグルグル巻きに…。ゴミ箱に入れた? それとも壺の中だった…?」
分かんないよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が困っています。会長さんの健康診断の時にソルジャーが作ったジルナイト製のドクター人形、何処に片付けられたのでしょう? まさか捨ててはいないでしょうが…。
「捨ててはいないと思うんだけどね…。次の健康診断の時まで忘れておこうと自分に暗示をかけたんだ。あんなモノ、記憶に留めたくないし。…ぶるぅの記憶も消しちゃったっけ?」
「うん、多分。なんにも思い出せないよう…」
何処なんだろう、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は必死に記憶を手繰っています。これは物置に入って発掘するしかないのでは? 物置といっても大きいですし、全員で行って手伝った方がいいのかな…? と、スウェナちゃんが「あっ」と声を上げて。
「それ、フィシスさんに訊いたらどうかしら? 占いでなんとかならないの?」
「…ならないこともないんだけどね…」
モノがモノだけに頼みたくない、と会長さんは顔を顰めました。
「あんな人形、フィシスに見せたくないんだよ。…仕方ない、根性で物置を掘る! で、明日のキースの健康診断、付き添いがぼく一人では心許ない。万一ってこともあるだろう? もちろん全員、来てくれるよね? サムは頼まなくてもついて来てくれると信じてるけど」
「おう、もちろんだぜ!」
サム君が即答し、私たちも頷きました。キース君の健康診断、賑やかなことになりそうです。エロドクターとシンクロできるジルナイト製のドクター人形、どんな活躍をするんでしょうね?

そして健康診断の日。キース君たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が疲れた顔で座っていました。テーブルの上には栄養ドリンクの空き瓶なんかも転がってますし、二人とも徹夜明けみたいに見えますが…?
「……何処を探しても無かったんだよ……」
もう1本、と栄養ドリンクを飲み干してから会長さんが告げました。
「ねえ、ぶるぅ? 人形、何処にも無かったよね…?」
「…うん…。あのね、ぼく、最後はフィシスに訊きに行ったの。探し物が見つからないから占って、って」
でもダメだった、と寝不足な顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「何を探したいのかハッキリしないとダメなんだって。お人形だよって言ったんだけど、それだけじゃやっぱりダメなんだって…」
「仕方ないよ、ぶるぅ。フィシスの力にも限界ってものがあるからね。…だから人形は持ってきていない。ノルディは自由に動けるってわけだ」
「「「………」」」
あちゃ~。これってヤバくないですか? エロドクターが自由自在に動けるとなれば、キース君も会長さんも飛んで火に入る夏の虫です。会長さんにはいつものセクハラ、キース君には仕返しという名のセクハラ三昧…?
「仕方ありません。自分の身は自分で守って下さい」
シロエ君がキース君を見詰めました。
「先輩の健康診断ですから、先輩はとにかく自分を守ればいいんです。ぼくたちも予定通り一緒に行きますよ。…会長は留守番してて下さい。ぶるぅも留守番で構いません」
「…でも…。君たちだけでどうする気だい?」
会長さんの疑問にシロエ君は。
「場合によってはゼル先生にお願いします。電話番号はこれでしたよね、過激なる爆撃手」
機動力抜群と伺ってます、と言うシロエ君の言葉で脳裏に浮かぶ大型バイク。自慢の名刀を引っ提げて駆けつけてくれれば心強いことこの上なしです。けれど会長さんは「うん」とは言いませんでした。
「…ぼくは逃げる気は無いんだよ。キースが健康診断を受ける羽目になったバーストはぼくのせいだしね…。ノルディの恨みだって原因はぼくだ。ここでキースを見捨てちゃったら銀青の名に傷がつく。…人形が無いのは不安だけれど、やっぱり一緒に行かなくちゃ」
いざとなったらサイオンでドクターを吹っ飛ばす、と会長さんは拳を握りました。自分がセクハラされている時はサイオンが乱れて何も出来ないらしいのですが、キース君への苛めだったら問題ないというわけです。
「ぼくの健康診断の時に仕返しされるかもしれないけどね…。その頃には自分にかけた暗示が解けて例の人形が見つかる筈だし、そう簡単にはやられない。…今日は日頃の鬱憤晴らしにノルディを叩きのめそうかな? ゼルを呼ぶのも面白いかも…」
「すまん。俺がバーストを起こしたばかりに…」
深々と頭を下げるキース君。会長さんは「いいんだってば」と微笑んで…。
「ああでもしなきゃ坊主頭は回避不可能だったしね。少々過激な手だったけれど、ぼくは後悔していない。…君の髪の毛を守った結果が今回の健康診断だ。ノルディの矛先がぼくに向いたら、日頃の恩を返すと思って助けてよ」
「勿論だ。…俺の方は自分で努力する」
こうして方針が決まりました。キース君と会長さんが全力を尽くしてもダメな時にはゼル先生の出番です。出発まで会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に仮眠を取って貰って、いざドクターの診療所へ。豪邸の前でタクシーを降り、立派な診療所の扉を開けると、受付には例によって人影が無く、看護師さんの気配もなくて…。

「ようこそ。お待ちしておりましたよ」
奥から現れた白衣のドクター。サム君がサッと会長さんの前に立ち塞がると、ドクターはフンと鼻で笑って。
「これは嫌われたものですねえ…。ですが、お間違えではないですか? 学校の方から依頼されたのはブルーではなくキース君の健康診断です。…そう、1年A組の特別生のキース・アニアン君ですが」
わざとらしくカルテの名前を読み上げ、確認を取るエロドクター。
「キース君というのは…。ああ、あなたでしたね、腕に覚えがおありだとか? ですが身体能力とサイオンは別物です。ぶるぅの部屋が吹っ飛んだ時は私は直接診ていませんし、その後の経過なども含めて問診から…」
よろしいですね、とドクターは念を押しました。待合室のソファにみんなで腰掛け、キース君は何項目もの質問に答え、合間にドクターがサイオンの性質などを説明します。サイオン・バーストは何故起こるかとか、起こした場合の対処法とか…。あれ? 嫌味の一つも言わないんですか?
「では、問診は以上になります。後は検査を幾つか…ですね。そちらの部屋で着替えて下さい」
キース君は制服から検査服に着替え、CTや心電図、採血などを受けてゆきます。会長さんの時と違って全てがスムーズ、エロドクターは日頃の恨みを返すどころかキッチリ仕事をこなすだけ。セクハラも一切していませんし、私たちはすっかり拍子抜けです。これじゃ普通じゃないですか! ただの健康診断ですよ~!
「終わりましたよ。結果は三日後に分かりますので、また改めて…」
お疲れ様、と言われたキース君が更衣室に消え、サム君が会長さんをガードしようとしましたが。
「…やれやれ、私も信用がない。ピリピリしなくても大丈夫ですよ、今日はキース君の日だと言ったでしょうが」
「そうなんだよね」
ユラリと部屋の空気が揺れて現れたのは会長さん。…あれ? いつの間に奥に行ったんですか? さっきまでそこにサム君と…って、こっちにも同じ姿形の会長さん?
「今日はキースの日なんだよ。素敵な素材だと思ったんだけど、君の目にはどう映ったかな? ねえ、ノルディ?」
本当にいい素材なんだ、と繰り返したのは会長さんそっくりのソルジャーでした。制服まで着て、いつから此処に…?
「ふふ、昨夜の内からこっちに…ね。ノルディの家に泊まってた。あ、誓って何もしていないから! なにしろ昨夜は忙しくてさ。…この人形をブルーの目から隠しておかなきゃいけなかったし、ノルディの相手はしてないよ」
ソルジャーの手にはジルナイト製のドクター人形がありました。それじゃ会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が徹夜しても見つけられなかったのはソルジャーのせい…?
「この人形も面白いけど、もっと素敵なものがある。…とりあえずこれは片付けとくね」
ブルーの家へ、と青いサイオンが走ったかと思うとドクター人形は消えていました。ソルジャーは此処へ何をしに? 素敵な素材が云々だなんて言ってますけど、何が素敵なものなんですか…?




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