シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
イルカが加わる女子の部のリレー。1年A組が出したタイムは文句なしの学年一位で同時に学園一位でした。けれど他のクラスはゴールするまでに酷く手間取り、3年生の部が終わってイルカが回収されたのはお昼前。ここで昼食休憩となり、男子の部は午後との発表が…。
「おい、俺たちはどうなるんだ?」
キース君が会長さんに尋ねたのはプールサイドでのお弁当タイム。家から持ってきたお弁当の他に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意してくれたサンドイッチなんかも並んでいます。会長さんはカツサンド片手に「さあ?」と首を傾げました。
「どうなるのかって訊かれても…。ぼくは教師じゃないからね。何が出るのか知らないよ」
「嘘つけ! 先生の心を読めるんだろう? とっくに全てを知ってる筈だ」
「その話、この前もしたと思うけど? フィシスの占いと一緒で何でもかんでも先が読めてちゃつまらない。だから男子の競技も知らない。…まあ、頑張ってくれたまえ」
学園一位、とキース君の肩を叩く会長さん。ジョミー君たちは戦々恐々、あれこれ推測しています。全校生徒が思い悩む中、午後の部の開始時刻が訪れ、マイクを握るのはブラウ先生。
「さて、お待ちかねの男子の部だよ! まずは各クラスへの配布物だ。保健委員は取りに来るように」
「「「保健委員?」」」
なんじゃそりゃ、と訝しむ声が上がりましたが、ブラウ先生はプリントをヒラヒラさせています。各クラスから代表が取りに行き、1年A組も男子の保健委員が出掛けました。
「なんだ、それ?」
「おいおい、何のプリントだよ?」
我先に覗き込む男子に向かって保健委員はプリントを掲げ、それを見た男子はキョトンとして。
「L? LL?」
プリントにはクラスの男子全員の名前と、その横にアルファベットが数文字。いったい何の暗号でしょう? ブラウ先生がパチンとウインクをして。
「自分の記号をしっかり覚えな。それからリレーの順番を決める! そうそう、同じ記号の男子が続けて泳げるのは三人までだ。上手く調整して重ならないようにしておくれ」
「「「???」」」
たちまち飛び交う『?』マーク。なのに質問は受け付けられず、男の子たちは振られた記号を検討しながら順番を決めるしかありませんでした。
「…アンカーどうする?」
「どんなリレーか分からないしな。最後で巻き返せそうなヤツといったら…」
「そるじゃぁ・ぶるぅ?」
「他に誰がいると? 不思議パワーで何でも楽々クリアだろ!」
やってくれるか、と口々に頼まれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頷いて。
「いいよ、頑張る!」
「よっしゃあ! ぶるぅは○だし、何処に入れても問題ないし!」
ガッツポーズの男子たち。「そるじゃぁ・ぶるぅ」につけられた記号はアルファベットではなくて○印。同じ記号の生徒はいません。全部のクラスの泳ぐ順番が決まった所で、ブラウ先生が。
「リレーは1年生から始めるよ。さあ、1年生は並んだ、並んだ!」
1年生の男子生徒がスタート地点に整列すると、シド先生とグレイブ先生、それに数人の職員さんが台車を押してやって来ました。台車の上には大きな箱。今度は何が始まるんですか…?
「「「………」」」
次々に運び込まれてプールサイドに並んだ箱。その蓋が開くと男子は全員、目が点でした。箱から出てくる魚、さかな、サカナ…。銀色に光る大きな魚が次から次へと出て来ます。シド先生たちは身長の半分ほどもある魚を抱えて右へ左へ仕分け中。
「Sが三つにMを三つ…と。よし、揃ったな」
「じゃあ、A組から配りますか。おっと、1年A組には○が一つ、と」
シド先生が小さい魚を持ち上げました。いえ、魚ではありません。頭がついてない銀色のアレは「そるじゃぁ・ぶるぅ」御自慢の人魚の尻尾というヤツなのでは…。ついでに各クラスに割り振られたのも人魚用の変身アイテムなのでは…?
「もう分かったね?」
ブラウ先生が笑っています。
「男子の競技は人魚リレーだ! この間、ハーレイがぶるぅ人魚を連れていたのを見ていた生徒もいるだろう。見損ねた生徒が気の毒だからね、ぶるぅ人魚をもう一度…と職員会議で決定したんだ。粋な計らいに感謝しな」
男子はショックで固まっています。こんな展開になるんだったら「そるじゃぁ・ぶるぅ」人魚は見られなくてもよかったのに、と誰の顔にも書かれていました。ブラウ先生はそれには構わず、更に続けて。
「さっきの記号はサイズ表さ。まりぃ先生が念入りに測ってくれたし、自分のサイズに合った尻尾を着用すること! 微調整は内側についた専用テープでできるからね」
うわぁぁぁ…。えらい展開になりましたよ! 男子はもれなく人魚だなんて、なんと悲惨な…。
「だから女子の部に入ったんだよね」
会長さんのクスクス笑いに、応援席の女子の視線が集中します。会長さん、知ってたんですか? 男子は人魚リレーだってことを?
「ぼくが進言したんだよ。ぶるぅ人魚が大人気だから人魚リレーはどうだろう、って。ぶるぅを男子の部に入れると女子の助っ人がいなくなるから、ぼくが女子。…それに人魚はやりたくないし! みっともない姿は御免蒙る」
あちゃ~。フィシスさんの占い云々言っていたのは大嘘でしたか! 女子での登録を希望した時のグレイブ先生との攻防戦も実はヤラセというヤツですか…?
『もちろん。ジョミーたちには内緒にしておかなきゃ面白くない』
スウェナちゃんと私に思念波を送って寄越した会長さんは男子生徒の混乱ぶりに満足そうです。
「あのサイズ表、まりぃ先生の力作なんだ。健康診断のセクハラもどきはそのせいさ。人魚の尻尾を着けるんだからね、きちんと測っておかなくちゃ。ウエストだとか腰回りとか…徹底的に触った筈だよ」
なるほど。まりぃ先生が学校公認の行為なのだと強気だったのはこれでしたか! スウェナちゃんの質問に「仔猫ちゃんには関係ない」と答えていたのも至極当然。人魚リレーは男子だけですし、女子は関係ないでしょう。でも…ジョミー君たち、可哀想…。
「なんで俺たちが人魚なんだよ!」
「三人までしか同じ記号を続けちゃダメだ、ってこういう意味かよ…」
列の後ろにズラリ並んだ人魚の尻尾に嘆くしかない男の子たち。一つのサイズに尻尾が三つ。リレーをスムーズに繋ぐためには三つ必要なのでしょう。一人が泳いで、一人が控えで…上がってきた人の尻尾を外して次に、というのは時間的に余裕がないので三人前かな? 案の定、ブラウ先生がそういう意味の説明をして。
「そろそろ覚悟はできたかい? ここでお手本を出しておくから、着け方と泳ぎ方をよく見ておきな。一回でキッチリ覚えるんだよ」
「「「!!!」」」
颯爽と登場したのはショッキング・ピンクの尻尾を抱えた教頭先生。キリリと締めた赤褌に女子の一部が騒いでいます。アルトちゃんとrちゃんも見惚れていますが、褌でも尻尾はくっつきますか? 専用下着じゃなくっても?
『無理に決まっているだろう』
会長さんの思念にスウェナちゃんと私は青ざめました。アルトちゃんたちには聞こえなかったらしく、代わりにジョミー君たちが会長さんを凝視しています。
『この思念波は君たち限定。専用下着を知っているのは君たちだけしかいないからね。…あの褌はサイオニック・ドリームで見せているのさ、本当は紫のTバック。ハーレイ、こないだの校内一周で度胸がついたし、Tバックくらいじゃ動じないよ』
そう来たか、と額を押さえる私たち。靴下と靴だけで学校中を歩かされた悲劇に比べれば、たとえ紫のTバックでもあるだけマシというものです。教頭先生は尻尾をプールサイドに下ろすと足を突っ込み、ファスナーを引き上げて人魚に変身! ブラウ先生がマイクを握って。
「今のみたいに自分でやるのが理想だけどね、初心者には難しいから手伝ってもらって着けてもいいよ。泳ぎ方の方は…ご覧のとおりさ」
人魚になった教頭先生はプールにドブンと飛び込みました。尻尾に包まれた足を巧みに動かし、腕で水をかいて進んでいきます。会長さんとソルジャーの猛特訓で磨かれた泳ぎは全く無駄がなく、アッという間にコースを往復。シド先生の手を借りてプールから上がると尻尾を外して教員専用の控え席に…。赤褌はそのままですから、つまり紫のTバック…?
『そういうこと。まあいいじゃないか、真っ裸よりマシだろう』
会長さんの思念が笑いを含んで震えています。教頭先生は開き直って椅子に堂々と座っていました。そして司会のブラウ先生は…。
「コツは見当がついたかい? あれを目標に頑張っとくれ。両手が自由に使えるようにバトンは無しでタッチでリレーだ。一往復したら選手交代。三人目までの選手は尻尾を着けて!」
ひぃぃっ、と悲鳴が上がりましたがブラウ先生は容赦しません。
「スタートまでの時間制限を設けるからね。今から5分でホイッスルが鳴る。尻尾を着けていようがいまいが、そこで遠慮なくスタートだ。棄権するならゆっくりしてな。始めっ!」
パン、と両手を打ち合わされて慌てふためく男子たち。棄権するクラスは無いようですが、このリレー、いったいどうなるんでしょう…?
スタート地点に勢揃いした銀色の尻尾の男子の姿は傑作でした。視覚の暴力ではないのですけど笑えます。ただし笑っているのは女子生徒だけ。男子の方は文字通り「明日は我が身」だけに悲壮な顔つきをしていました。シド先生がホイッスルを握り、ブラウ先生が。
「不景気な顔をするんじゃないよ! そんなんじゃロクなタイムが出ないね。女子も見てるし、かっこいい泳ぎを披露しな。スピードが出せりゃ誰も文句は言わないさ。…分かったね?」
「「「はーい…」」」
渋々といった様子の男子。直後にホイッスルが吹き鳴らされて、最初の選手が飛び込みましたが…。
「うわぁ、あれって沈むのかよ?」
「違うだろ、腕でしか泳げないから沈むんだろ?」
大騒ぎする男子たち。プールの中では尻尾を上手く動かせない選手が悪戦苦闘しています。ガボガボ、ゴボゴボと浮上してきてはゴボリと沈み、少し進んではゲボゲボ、ゴホゴホ。教頭先生の見事な泳ぎとは月とスッポン、1年A組も例外ではなく…。
「頑張ってー!!!」
「そるじゃぁ・ぶるぅパワーで頑張ってぇぇぇ!!!」
女子の声援が届いているのかいないのか。トップの男子は必死ですけど他のクラスと大差なしです。これはアンカーの「そるじゃぁ・ぶるぅ」に賭けるしかないということかも…、と誰もが諦めかけた時。
「「「あぁっ!?」」」
1年A組の選手の尻尾が沈まなくなり、浮力を得た彼は一所懸命に水をかき分け、前へと進み始めました。
「そるじゃぁ・ぶるぅだ!」
「不思議パワーだ!!!」
これで勝てるぜ、と拳を突き上げる男の子たち。尻尾さえ邪魔にならないのなら腕力勝負というわけです。恐らく「そるじゃぁ・ぶるぅ」か会長さんか、どちらかがサイオンで浮かせているのでしょうが…。
『ぼくの方だよ』
スウェナちゃんと私に会長さんの思念が届きました。
『ぶるぅの出番はまだ先なんだ。えっと…最初に泳ぐのはマツカなのかな?』
いつもの七人グループの中ではマツカ君がトップに立つようです。サイズとタイムの関係でしょう。それと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に関係があると?
『うん、まあね。せっかくなんだし華麗にいこうと』
華麗に…って何か企んでますか? サイズがまちまちなのでジョミー君たちはバラけてますけど、そういえば人魚の尻尾って…ぴったりフィットが売りだった筈。学校指定の水着なんかじゃフィットしないと思うのですが…。
『うん。ぴったりフィットしていない分、スピードがかなり落ちるんだ。足の動きが上手く伝わらないってところかな。でも、腕次第ではそこそこいける。そのうち分かるさ』
プールに注目、と微笑んでいる会長さん。会長さんのサイオンで浮き上がっている1年A組の選手以外は実に惨めな姿でした。尻尾を引きずってガボガボ、ゴボゴボ…。なんとかリレーは出来ていますがA組とは既に大きな開きが。そのA組は次がいよいよマツカ君です。
「かみお~ん♪ 頑張ってね!」
マツカ君の背中をトントンと叩く「そるじゃぁ・ぶるぅ」。銀色の尻尾のマツカ君がプールに入り、戻って来た選手と交替して泳ぎ始めました。両手で水をかき、尻尾を綺麗に動かして…って、ええっ!? マツカ君、人魚泳法で泳いでる…? 女子もザワザワしています。マツカ君、いつの間にあんな特技を…?
「特別生に期待しててよ」
会長さんがウインクしました。
「ジョミーにサムに、シロエにキース。みんなバッチリ泳げる筈だ。特別生はぶるぅパワーに慣れているから完璧さ。あの5人がいればA組の学園一位は約束されたようなものだけど…他の子たちも楽に泳げた方がいいだろ?」
だからぶるぅの力で身体を浮かせているんだよ、と会長さんは得意顔です。女の子たちは大歓声。でも…スウェナちゃんと私は心に何か引っ掛かるものがあるような…? マツカ君は見事泳ぎ切って次の子に繋ぎ、その次に出たのがジョミー君。そこへ…。
『無理だよ、マツカみたいの絶対無理!』
泣きの入ったジョミー君の思念が流れました。マツカ君は男子一同の称賛を浴び、ジョミー君も同じ特別生なので期待されてるみたいです。会長さんの話を聞いていた女子の声援も物凄く…。
「「「ジョミー君、頑張ってー!」」」
『どうしよう…。ぼく、人魚なんか無理なのに…』
助けてよう、とジョミー君の心の声が伝わってきます。ここで無様な泳ぎをしたら赤っ恥ですが、あの様子ではどうにもこうにも…。と、ジョミー君の背中を「そるじゃぁ・ぶるぅ」がチョンチョンと…。
「頑張ってね、ジョミー!」
『え?』
戸惑ったような思念を残してジョミー君は飛び込んでいき、前の選手と交替するなり凄い速さで泳ぎ始めました。腕の力ではありません。マツカ君よりも遥かに鮮やかな尻尾の動きは実に滑らか。これっていったいどういうこと?
『ぶるぅの出番って言っただろう? せっかくだから華麗にいこう、って』
大歓声の中、会長さんの思念が届きます。
『ジョミーもマツカも人魚泳法の極意を教えて貰ったのさ。ぶるぅが身体に触れた瞬間、サイオンで情報が送られる。後はどれだけ活用できるか、本人の資質がモノを言うわけで…。ジョミーはサッカーの才能がある分、足の動きが抜群なんだよ。キースなんかも期待できるね』
速い、速い…と拍手している会長さん。それから「そるじゃぁ・ぶるぅ」はサム君、シロエ君、キース君の順にタッチし、みんな素晴らしい人魚泳法を披露しました。間を繋いだ男子生徒も頑張りを見せ、いよいよアンカー、尻尾のサイズが○印だった専用尻尾の「そるじゃぁ・ぶるぅ」! ノーパンではなく学校指定の水着ですけど、これもサイオニック・ドリームなのかな?
『うん! ブルーがね、みんなの前では水着をきちんと履いてなきゃ、って言っていたから、ファスナーを上げる時に水着だけ他所に飛ばしたんだ♪』
今は履いてないよ、と思念を送ってくる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そっか、やっぱりノーパンなんだ…。
「かみお~ん♪」
雄叫びを上げて泳ぎ始めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は他のクラスの生徒たちからも拍手を送られ、スイスイ泳いでターンして…可愛い尻尾を得意げに振ってのゴールインです。
「1位! 1年A組!」
わあっ、と上がる歓喜の声に銀色の人魚が舞い上がりました。クルクルクル…と宙返りを決め、ストンとプールサイドに降りると大喝采の嵐です。プールではまだ他の人魚がもがいてますけど、1年A組、余裕の1位! 学園一位も多分間違いないでしょう。ジョミー君たちも飛び跳ねています。人魚にされたのはショックかもですが、1位は嬉しいですもんね!
「ジョミー君、凄くカッコ良かった!」
「キース君だって速かったわよ!」
それを言うならシロエ君だって、とかサム君やマツカ君への称賛だとか…戻ってきた男の子たちは女子の歓呼の声で迎えられました。人魚の尻尾姿を笑う人は一人もおらず、浮力に助けられて泳いだだけの一般男子も努力を認められて嬉しそうです。ブラウ先生が言っていたとおり、スピードが笑いを凌駕したのでした。
「……でもさあ……」
人魚は二度とやりたくないよ、とジョミー君が唇を尖らせています。あんなに上手に泳いだのに…? 他の女の子もそう言いましたが、キース君やシロエ君たちも同意見。
「俺もジョミーに賛成だ。坊主頭も大概イヤだが、人魚も御免蒙りたい」
「そうですよ! 人魚っていうのは綺麗なモノでしょ? 人魚姫だけで充分です。男の人魚は要らないんです!」
サム君とマツカ君も深く頷き、1年A組の男子一同、人魚姿を思い切り否定しましたが…。
「ぼくもダメなの?」
涙目になる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。尻尾はとっくに外してますけど、忘れてましたよ、人気の人魚を!
「いや、そうじゃなくて! でかい男の人魚はアレだな~、と…」
「うわぁ、泣くなよ、要らないなんて言ってないから!」
「そうそう、可愛い人魚は歓迎だから!」
ごめん、と謝る男の子たち。半泣きだった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんに頭を撫でられ、頑張ったことを褒めてもらって、いつの間にやらニコニコ顔に。プールではやっと1年男子のリレーが終わったところです。人魚の尻尾は扱い辛いアイテムらしく、なんとか呼吸を確保するのが精一杯のようでした。そんな競技で好タイムを出せるクラスがある筈もなく…。
「男子の部、学園一位! 1年A組!」
ブラウ先生の発表にクラスがワッと湧き立ちました。
「1年A組は女子も学園一位だからね、男女総合で文句なしの学園一位だ。よく頑張った!」
やった、学園一位ですよ! 一位がお好きなグレイブ先生も満足そうに笑っています。イルカ・リレーに人魚リレーと変な種目に泣かされましたが、それだけに感激もひとしおかも…。表彰状は教頭先生からA組代表の会長さんへ。赤褌の教頭先生が穏やかな笑みを湛えて表彰状を手渡す瞬間。
「「「!!!」」」
私たちは目を擦りました。紫のTバックがバッチリ見えましたけど、もしかして今の、学校中に…? それにしてはやたらと静かですよね?
『君たちだけへの特別サービス。やっぱり一度は見ておきたいだろ?』
会長さんの明るい思念に眩暈がします。そんなサービス要りませんから、いい加減、解放して下さい~!
『ところが、そうはいかないんだな。…お楽しみはまだまだこれからなんだよ』
え? これから…って、どういう意味? 首を捻った所へブラウ先生が再び登場。
「さてと、学園一位の1年A組に御褒美があるよ。今から水中鬼ごっこだ。相手は先生チームになる。この鬼ごっこで捕まった先生はもれなく人魚になるってわけさ」
「「「えぇっ!?」」」
「ただし男の先生だけだよ、これはお笑いイベントだから。ついでに必須条件として教頭先生を捕獲すること! 人魚の元祖を捕まえられたら、それから後に捕まえた先生を人魚に変身させられる。いいね?」
教頭先生が逃げ切った場合は何も起こらずおしまいなのだ、とブラウ先生は言いました。
「あたしたちは教頭先生が捕まらないよう妨害するから挑んできな。制限時間は十分間だ。さあさあ、プールに入った、入った!」
ゴクリ、と唾を飲む私たち。他のクラスや学年からも「頑張れ」の声がかかっています。先生方が人魚になればさぞかし愉快な眺めでしょう。よーし、まずは教頭先生を取り押さえなくちゃ!
1年A組の生徒全員がプールに入ると、赤褌の教頭先生が続いてプールに入って来ました。他の先生方もプールに入り、教頭先生のガードを固めています。プールサイドのまりぃ先生が時計を片手にホイッスルを鳴らし、鬼ごっこ開始! ところが…。
「ダメだよ、鉄壁のガードだよ…」
「泣き言なんか言ってる場合か! 制限時間が終わってしまうぞ!」
ジョミー君がぼやき、キース君が檄を飛ばしています。クラスメイトも頑張ってますが、教頭先生を捕まえようと向かっていくと他の先生がすかさず妨害。教頭先生に近付けもせず、まさに手も足も出ないのでした。
「あと5分!」
まりぃ先生が叫び、これで貴重な時間は半減。残り5分でどうしろと…? 会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はどうして助けてくれないのでしょう? 端っこの方で見ているだけで加わろうともしませんし…。
『そろそろいいかな?』
突然響いた不穏な思念に、会長さんを振り返って見た次の瞬間。
「うわぁっ!?」
野太い叫びが上がりました。その声の主は教頭先生。プールの中に蹲っていて、すぐ傍からザッパーン! と派手な水飛沫が…。
「かみお~ん♪」
いつの間に移動していたものやら、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宙に舞います。真っ赤な布をはためかせて。ん? 真っ赤な布って、あれはもしや…。全員の視線が布に向けられ、同時に布の正体を悟りました。
(((赤褌!?)))
誰もが心で叫んだ所へ、会長さんの号令が。
『「全員、かかれ!」』
肉声と思念の両方を使ったそれは強いパワーを秘めていたらしく、クラス全員が一つになってぶつかった先は教頭先生。他の先生方は赤褌に気を取られていて総崩れになり、教頭先生は蹲ったまま哀れ御縄に。でも…捕まえたのはいいんですけど、褌は…? 教頭先生を取り押さえている男子生徒たちも視線を他所に逸らしています。
「馬鹿だね、ハーレイ」
水の中をゆっくりと近づいてくる会長さん。
「ぶるぅの力を忘れたのかい? あの褌が本物だとでも? ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
パァァッと青い光が走って赤褌は銀色の小さな魚の尻尾に変わっていました。そう、○印の「そるじゃぁ・ぶるぅ」専用尻尾に…。つまり全員が化かされていたというわけです。赤褌が奪われたものと思ってましたが、あれはサイオニック・ドリームというヤツでしたか…。
「褌が外れたかどうかも分からないくらいに間抜けってことか。ストリーキング気分はどうだった? …みんな、ハーレイは捕まえたから他の先生を捕まえて!」
「「「ひゃっほーい!!!」」」
男の子たちが捕まえてきたのはゼル先生にグレイブ先生。シド先生も捕まえようとしたそうですが、制限時間が終わってしまって取り逃がしたとか…。ブラウ先生の陽気な声がプールサイドに弾けます。
「よ~し、人魚は三匹だね? ハーレイの分は専用尻尾で、他の二人はサイズが不明…と。まりぃ先生、出番だよ!」
「はいは~い!」
メジャーを手にしたまりぃ先生、セクハラもどきをするかと思えば実に淡々と作業しました。まあ、ゼル先生相手では燃えないでしょうし、グレイブ先生の方は奥さんのミシェル先生の目が光ってますし…。シド先生を捕まえていたら何かが違っていたのでしょうか?
『そうかもね。けっこう好みのタイプらしいよ』
会長さんの思念が笑っています。まりぃ先生が測ったサイズに合わせて人魚リレーで使われていた尻尾が運ばれ、シド先生とヒルマン先生が尻尾の装着を手伝って…。
「「「わはははははは!!!」」」
全校生徒の笑いの中でゼル先生とグレイブ先生は銀色の尻尾の人魚に変身しました。似合わないことこの上もない二人の横にはショッキング・ピンクの尻尾の教頭先生。そしてグレイブ先生の眼鏡が外れないようゴムでキッチリ固定されると…。
「水泳大会のフィナーレ、いくよ! 人魚ショーだぁ!」
三匹の人魚が次々に飛び込み、最後に銀色の小さな人魚が…「そるじゃぁ・ぶるぅ」が躍り込んで。
「ぶるぅ、頑張れ!」
会長さんが声を張り上げました。
「ゼルとグレイブもよろしく頼むよ、素人だけどビシバシと!」
それから後は拍手喝采、大爆笑の人魚ショー。サイオンに操られた先生方はジャンプをしたり、宙返りしたり…。輪くぐりの方はブラウ先生が差し出した輪を教頭先生とゼル先生が見事くぐり抜け、グレイブ先生は激突です。眼鏡がなんとか無事だったのはサイオン・シールドのお蔭かな? ショーが終わると人魚はプールサイドに上がって元の人間に戻るのですが…。
「…………」
「どうなさいました? 教頭先生」
尻尾を脱がない教頭先生にシド先生が近付きます。どうやら尻尾が外れないみたい。あの尻尾って…確か…。
『ハーレイの体積が増えると外れない。そういう仕様になってるけどね?』
クスクスクス…と会長さんの思念が聞こえてきました。
『でも今回は違うんだ。ちょっと暗示をかけてある。専用下着を瞬間移動で盗まれた、って思い込んでるのさ、ハーレイは。だから脱ぎたくないんだよ。脱いだらストリーキングだしね』
『『『………』』』
会長さんの悪戯に気付かず、シド先生は教頭先生の人魚の尻尾のファスナーを下ろし、一気に外してしまいました。親切心からの手助けでしたが、教頭先生は声にならない悲鳴を上げて両方の手で前を押さえると、脱兎の如く逃げ去って…。後ろ姿に絡んでいたのは赤くて長い布切れでした。
「「「いやぁーーーっ!!!」」」
女子の絶叫がプールサイドに木霊し、男子は笑い転げています。み、見えちゃった…褌が解けたナマお尻…。
『やっぱり極めてみたいじゃないか』
会長さんの楽しげな思念に私たちは涙を禁じ得ません。褌が解けてしまうだなんて、サイオニック・ドリームにしてもやり過ぎなのでは? 何故かウケてはいるようですけど。
『いいんだってば、ハーレイにとっては褌以上の大惨事だから。ストリーキングをしてると信じて必死に逃げてる最中だから!』
あ、転んだ…、と会長さんは笑っています。教頭先生、何処まで走って行ったのでしょう? 教頭室までは遠いんですが…。かなりの距離があるんですが!
水泳大会のゴールテープは風にはためく赤い褌。全校生徒にナマお尻を披露してしまった教頭先生、それから三日間、欠勤でした。病欠だとか謹慎だとか色々噂は流れてますけど、ぶるぅ人魚と校内一周も今回の件も大好きな会長さんの悪戯ですから、笑って許して下さいです~!