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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

前途を阻む者  第2話

昨夜からエロドクターの家に来ていたというソルジャーの唇には楽しげな笑みが乗っていました。何を企んでいるのか分かりませんが、ドクター人形を隠蔽していた事実からするにロクなことではなさそうです。会長さんの青いサイオンが光り、そこへ青い光がぶつかって…。
「おっと。取り戻されちゃ困るんだよね」
大人しくしてて、とソルジャーが会長さんを窘めます。
「あの人形は諦めたまえ。うかつな真似はしない方がいいよ、ノルディは苦手なんだろう?」
「苦手だからアレが要るんじゃないか! なのに隠したり飛ばしちゃったり、妨害ばかりするなんて!」
「…そんなにカリカリしなくても…。変な事はされてないくせに」
ソルジャーの指摘にウッと息を飲む会長さん。今日のドクターは職務に忠実なお医者さんです。セクハラも何もしてませんけど、それがある意味、不安なような…。おまけにソルジャーがいるのですから。
「三十六計、逃げるに如かず…か」
会長さんが呟きました。
「帰ろう、こんな所に長居は無用だ。次は三日後でいいんだよね?」
「そうなりますね」
鷹揚に返すエロドクター。
「土曜日ですが、特別に空けておきますよ。月曜日までお待たせしては申し訳ない。他ならぬソルジャーのご友人ですし」
「話が早くて嬉しいよ。それじゃキースは連れて帰るから」
行くよ、と踵を返そうとした会長さんの足がピタリと止まって…。
「…あれ? キースは?」
「まだみたい」
更衣室から出てきてないよ、とジョミー君が扉を指差します。何を手間取っているんでしょうか? 制服に着替えるだけなのに…。私たちが首を傾げた所で更衣室の扉がバァン! と開き、飛び出してきたのはキース君。
「「「!!?」」」
キース君は検査服のままでした。ツカツカとソルジャーに近付いて行くと、眼光鋭く睨み付けて。
「おい、俺の制服を何処へ隠した!?」
「なんのことだい? おっと、まずは挨拶しなくっちゃね」
こんにちは、と差し出された手をキース君は不愉快そうに握り返すと…。
「挨拶はちゃんと済ませたぞ。だから制服を返してくれ」
「…藪から棒に言われてもねえ…。君の制服がどうしたのさ? ブルーの制服なら此処にあるけど」
ぼくが着てるし、とソルジャーは襟元を引っ張っています。サイズがぴったり同じなだけに似合っていますが、ソルジャーが着る時は校章を外すのがお約束。キース君もそれで見分けていたのか、雰囲気で見分けがついたのか…。この場合、多分、後者ですよね。ソルジャーは余裕たっぷりですし、会長さんはピリピリしてますし…。
「しらばっくれるな!」
キース君は声を荒げました。
「俺が検査を受けてる間に制服が消えていたんだぞ? どうなったのかと焦っていたら外の騒ぎが聞こえてきたんだ。あんたが此処に出てきたってことは制服も絶対あんたの仕業に決まっている!」
「ふーん…。流石キースは頭が切れるね」
パチパチパチと拍手してからソルジャーはキース君に微笑みかけて。
「素晴らしい頭脳に敬意を表して、ぼくが姿を現してからの情報を全部教えてあげよう。ブルーはそこまで冷静になれないみたいだし…。はい、こんな感じ」
キラッと青いサイオンが走り、瞬時に引き攣るキース君の顔。
「ちょっと待て!」
「ん? 何か足りない所でもあった?」
「違う!!」
アイスブルーの瞳に激しい焔が燃えていました。
「あんた、俺に恨みがあるっていうのか!? エロドクターと結託して何をやらかすつもりなんだ!」
「人聞きの悪い…。今日は君の日だって言っただけだよ、単にそれだけ」
「素材がどうとか言ってただろうが!!!」
「…まあね」
ソルジャーはクスッと小さく笑って。
「たまには趣向を変えてみるのもいいかと思って、今日は君の日。…君の制服は戻しておいたし、ちゃんと着替えてそれから話そう」
ゆっくりとね…、とキース君の背中を押して更衣室へと促すソルジャー。キース君は渋々戻って行って扉がパタンと閉まります。制服を隠すだなんて、悪戯の初歩の初歩ですが…ソルジャーは何をしたかったのかな?

更衣室の扉が再び開いたのはそれからキッチリ5秒後でした。
「貴様、いったい何のつもりだ!!!」
キース君の怒声をソルジャーは平然と受け止めて。
「返せと言ったのは君だよ、キース。制服、置いてあっただろう?」
「あれのどこが制服なんだ!?」
「えっ? 制服だと思っていたけどなぁ…。ブルーも前にそう言ってたし。まあ、どうしても嫌って言うなら他の服を用意してもいい。こっちの世界のハーレイみたいに他のみんなには見えるってヤツを」
いわゆる裸の王様ってヤツ、とソルジャーはウインクしてみせました。
「安心したまえ、きちんとフォローするからさ。…ひょっとしたらノルディはそっちが好み?」
「ほほう…。裸の王様ときましたか。それは確かにそそられますね」
ブルーでなくても味わい深い、と舌なめずりするエロドクター。
「そうだろ? 制服を着込んでいるように見えても実際は裸。君はそんなのも好きそうだしさ…。で、どうする、キース? ぼくが用意した制服を着るか、サイオニック・ドリームの制服を着てみるか。すぐに着替えてこないんだったら裸の王様が望みなんだと解釈するよ?」
「……貴様……」
ギリギリと奥歯を噛み締めるキース君。私たちも凍りついていました。ソルジャーが妙な衣装を用意したのは確かです。それを身につけるか裸の王様かの二択だなんて、キース君に起死回生のチャンスとかは…?
「キース。…助けは来ないからね。ブルーに期待してるんだったら無駄ってものだよ。ねえ、ブルー?」
ソルジャーが改めて言うまでもなく会長さんの顔には既に血の気がありません。前門のソルジャー、後門のドクター。この状況で下手に動けば自分の首が締まるのですから。そして残る一人のタイプ・ブルーは事態がサッパリ理解できないお子様、無邪気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。何が始まるのかとワクワクしている様子です。
「くそっ、足許を見やがって!」
覚えてろよ、と吐き捨てたキース君が更衣室に消え、ソルジャーが。
「初めて着るんじゃあるまいし…。あ、全部きちんと着るんだよ? 省略は許さないからね!」
「やかましい!!!」
キース君の怒鳴り声の後、更衣室はシンと静かになって…どのくらいの時間が経ったのでしょう? キイと扉が微かに軋み、そこから出てきたキース君は…。
「「「!!!」」」
自慢の長髪に乗っかっている白くて長いウサギ耳。首に蝶ネクタイ、足には黒いハイヒール…。これって…この格好って、バニーちゃんではありませんか! ドクターがゴクリと唾を飲み込みました。
「…素晴らしい…」
「ほらね、ぼくが言ってたとおりだろう? 素材がいいと映えるんだよ」
得意げにキース君を示すソルジャー。
「君が診察をしてた時にはどう見えた? 美味しそうだって思えたかい?」
「そうですねえ…。私も場数を踏んでますから、おおよその見当はつけられますが…。これはなかなか…」
食べでがありそうな逸品です、とエロドクターはキース君を上から下まで値踏みするようにじっくり眺め回して。
「まずは触診しませんと。健康診断の基本です」
「うわっ!」
腕を掴まれたキース君が振り払おうとするよりも早く、ドクターはカフスだけをつけた腕にツツーッと指を走らせました。
「ぎゃあっ!!!」
「ふむ。感度の方はイマイチですか…。こちらの方はどうでしょう?」
「うひゃぁっ!」
大きく背中が開いた衣装を利用し、首筋からツーッと腰のすぐ上までを撫で下ろされたキース君。全身に鳥肌を立てて固まってますが、いつもの勢いはいったい何処へ? 普段だったら即、反撃に転じていると思うのですけど…。
「もう動けないようですね。手加減はしたと思うのですが、感度が低いのに敏感なことで」
興味深い反応です、とウサギの尻尾がついた辺りを撫で回しているエロドクター。
「怒鳴られるかと思っていれば硬直ですか…。これは予想もしませんでしたね」
「彼は初めてじゃないからねえ」
のんびりとした声はソルジャーでした。ドクターの耳がピクリと動き、キース君のお尻を撫でながら。
「…なんですって? それは聞き捨てなりません。経験者となれば扱い方を変えないと…。先ほどからの様子を見る限りでは不愉快な過去しかないようですが」
「うん。少なくとも合意の上ではなかったし」
「ほほう…。柔道で鍛えたキース相手に無理やりだとは酔狂な…。さては先輩というヤツですか? 体育会にはありがちです」
「手っ取り早く言えばそんなとこかな」
ソルジャーの答えに私たちはビックリ仰天。さっきから変な展開になっているとは思ってましたが、キース君、いつの間にそんな過去持ちに? 同じ柔道部のマツカ君とシロエ君などは目が点です。そりゃそうでしょう、自分たちの所属する部で不祥事があったというのですから。エロドクターは一人で頷き、キース君の顎を持ち上げて。
「…そういうことなら私の出番になりますね。不幸な過去など綺麗さっぱり洗い流して差し上げますとも。…トラウマ持ちを仕込むというのは最高です」
「だよね?」
そそられるだろ、と売り込むソルジャー。
「しかもさ、キースの相手と言うのが君のライバルのハーレイなんだ」
「「「えぇっ!?」」」
エロドクターが息を飲むのと私たちの悲鳴は同時でした。まさか教頭先生が…。会長さん一筋三百年の童貞だとばかり思っていたのにキース君に手を付けたとは、教頭先生、ご乱心ですか? 会長さんはショックで眩暈を起こしたらしく、サム君が身体を支えています。
「何もそんなに驚かなくても…。みんなも目撃してたじゃないか、ほら、マツカの海の別荘でさ…。ぼくがハーレイのヘタレ直しの手伝いをしてて、仕上げにキースをちょっと使って」
「「「………」」」
それなら覚えがありました。会長さんのバニーちゃん姿を妄想していた教頭先生、ソルジャーに夢を操られた末にバニーちゃん姿のキース君を撫で回したとかで謝りまくってましたっけ。なんだ、そのことだったんですか! ソルジャーったら意地悪すぎです。けれどドクターは…。
「ヘタレ直し?」
キース君の身体を撫でるのをやめたドクターの瞳に不穏な光が。
「…その言葉には覚えがありますよ。あれは私が初めてあなたに会った頃です。ハーレイがあなたの世界に行って修行がどうこう…。懲りずに修行を始めたのですか、ハーレイが?」
あちゃ~。ソルジャーの余計な台詞はエロドクターの闘争本能と競争心に思い切り火を点け、更にガソリンを注いだようです。ヤバイなんてものじゃありません。キース君、これからどうなっちゃうの?

エロドクターはキース君をしっかり抱えて不敵な笑みを浮かべていました。キース君の方はといえば金縛りに遭ったように動けない上、助けを呼ぶことも出来ないらしく…。
「ハーレイがヘタレ直しを始めたとなれば、見過ごすわけにはいきませんね。…バニーちゃんな彼も魅力的ですが、ハーレイはブルーが本命の筈…。ヘタレ直しはブルーを口説いてモノにするための修行でしょう? そこでどうしてキースが出るのか…」
首を捻っているドクター。
「顔の造りは似ていませんねえ…。身体の方も似ているとはとても思えませんが、もう少し調べてみるとしますか」
あぁぁぁぁ。エロドクターはキース君の背中から胸から足に至るまで触診しまくり、キース君の顔はどんどん青ざめ、会長さんは寝不足と心労のダブルパンチでサム君にもたれかかっています。やばい、やばいですよ、どうすれば…。そうだ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頼んでエロドクターをガツンと一発…!
「おっと」
暴力反対、と口にしたのはソルジャーでした。しまった、今の、読まれてましたか…。ソルジャーは目を丸くして見学中の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でて。
「分かるかな、ぶるぅ? これは健康診断だから。ノルディは色々と調べなくっちゃいけないんだよ。ああやって触るのは触診と言う。…ぶるぅも診察してもらうかい?」
「えっと…えっとね、ぼく、お医者さん、大嫌い…」
お薬も注射も嫌いだもん、と逃げ腰になる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そこへドクターが猫なで声で。
「ぶるぅ、疲れていませんか? そういえばブルーも眠そうです。そんな時には栄養剤がよく効きますよ。注射1本で疲労回復、元気一杯。…打っておきましょうね」
次の瞬間、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はパッと姿を消していました。シールドを張って隠れているのか気配がまるで掴めません。
「ふふ、ノルディも隅に置けないね。ぶるぅは逃げてしまったようだ」
「あなたこそ。…ぶるぅの力は脅威なのですが、いないとなればこっちのもので…」
ソルジャーとエロドクターはフフフと笑い合いました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんのマンションに一目散に逃げ帰ってしまい、土鍋で震えているのだそうです。もうダメかも…。キース君、エロドクターに食べられちゃうかも~!
「…そこまでにしてくれませんか?」
声が微かに掠れてましたが、割り込んだのはシロエ君でした。
「キース先輩を離して下さい。もちろん制服も元に戻してもらいます」
「制服? これも制服なんだよ、君は知ってると思ったけどな」
平然と返してくるソルジャー。
「ぶるぅの部屋のお披露目パーティーをやっていた時、ブルーが確かにそう言った。キースがホストをしただろう? 大切なのはスマイルだとか何とか言って着せていたのがこれなんだけど?」
「「「………」」」
蘇ってくる笑いの記憶。まさか今頃こんな惨事が起こるだなんて思いもよらず、ただひたすらに笑い転げた夏休み。ソルジャーが覗き見していたことは知っていますが、なんでこういう方向に…。いえ、めげている場合じゃありません。ここはなんとか脱出を…! シロエ君、何か名案を~!
「…それも制服かもしれませんけど…」
シロエ君がハァと溜息をついて立ち直りました。行けっ、頑張れ、シロエ君!
「会長が制服だよって言っていたことは認めますけど、それとこれとは話が別です。…先輩の制服を返して下さい。ドクターにも離れて頂きましょうか。でないと人を呼びますよ」
「「人?」」
怪訝そうなソルジャーとエロドクター。シロエ君は携帯を取り出し、そんな二人に突き付けて…。
「言った通りにしてくれないなら発信ボタンを押すことにします。この番号はとある先生の携帯電話に繋がるんですが?」
「そう来ましたか。…助っ人というわけですね。どれどれ…」
表示された番号を覗き込んでいるエロドクターにソルジャーが。
「誰のだい? シロエの心は読めるけれども、それじゃスリルが全然ないし」
「スリルとはまた頼もしい。…この番号はゼルですよ。あなたのシャングリラでも見かけましたね、こちらの世界ではハーレイと同じで教師をしている機関長です」
「なんだ、ゼルか」
それは傑作、とソルジャーは笑い出しました。
「ぜひともお目にかかりたいね。ぼくはこっちじゃ世間が狭くて、ゼルとは一度も会ってない。いい機会だから紹介してよ。…パルテノンの夜の帝王で、おまけに過激なる爆撃手だろ? 誘惑し甲斐があるってものさ」
「「「誘惑?」」」
えっと。なんで話がそういう方に行きますか? そもそもソルジャーが誘惑したって、ゼル先生にその趣味は…。けれどソルジャーはチッチッと人差し指を左右に振ると。
「まだまだ甘いね、君たちは。…その趣味はないと言い張ってるのを引きずり落とすのがいいんじゃないか。それにゼルとぼくとがいい仲になればブルーのピンチが更に増す。ゼルの目標は生涯現役、その意地にかけてこっちのブルーも口説き落とそうと頑張りそうだし」
「「「………」」」
私たちの背中を冷たい汗がタラリと伝い、シロエ君は発信ボタンを押すどころではありませんでした。万事休す。キース君には悪いですけど、打つ手はもはや無さそうです。エロドクターとソルジャーの最強コンビに睨まれたのでは、会長さんだけでも守り通して逃げるしか…。

「…結論が出たみたいだね」
ソルジャーがクスリと笑いました。私たちは誰からともなく会長さんとサム君の周囲を固め、ジリジリと後退していたからです。
「キースを見捨てて逃げるってわけか。それとも一旦外へ出てから策を練り直して突入する気? 無駄じゃないかと思うけどな」
ブルーは使い物にならないし、と痛い所を突くソルジャー。最強のサイオンを誇るタイプ・ブルーなソルジャーがエロドクターの肩を持っている以上、互角に戦えるのは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の二人だけです。けれど会長さんはパニック状態、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はとっくに逃亡しましたし…。
「すみません、先輩! 必ず助けに来ますから!」
シロエ君が叫び、マツカ君に檄を飛ばして。
「今はとにかく引きましょう! マツカ先輩、後ろ、頼みます!」
逃げますよ、とシロエ君はサム君と一緒に会長さんの腕を引っ張り、外へ通じるドアへとダッシュ。私たちも慌てて追いかけ、エロドクターに捕まえられたキース君だけが取り残される筈でしたが…。
「かみお~ん♪」
パッコーン! と小気味いい音が響き渡って、ハッと振り返る私たち。フライパンを持った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が鮮やかに宙を舞い、エロドクターが顎を上にして仰け反っているのが目に入りました。その手からキース君の身体が離れて反転して…。
「ぐぅっ!」
ドクターの顎に決まった蹴り。ハイヒールを容赦なく見舞ったキース君の足がカッと床を鳴らし、仰向けに倒れたドクターを無視してソルジャーの方へと近付きます。
「…よくもオモチャにしてくれたな」
「余興だよ、余興。…健康診断は楽しまないと」
「うるさいーっ!!!」
キース君が繰り出した蹴りをソルジャーはスッと余裕でかわすと、キース君の腕を捩じ上げて。
「ぼくを誰だと思ってるんだい? この程度の攻撃が避けられないんじゃ、ソルジャーの肩書き返上だよ。まあ、君も大したものだけどね。…いつから機会を窺ってた?」
「忘れたな」
放せ、とソルジャーの腕を振りほどこうとしたキース君ですが、ソルジャーはクスッと笑っただけ。
「無駄な抵抗はやめたまえ。…それより、ぶるぅがどうして此処に? フライパンとは凄い武器だけど、それはブルーの注文かい?」
「ううん、フライパンは前に映画で見たの! ぼく、キースを助けに来たんだよ。このままだと注射されちゃいそうだし、ぼくだけ逃げてちゃ弱虫になってしまうでしょ? 映画みたいに頑張らなくちゃ!」
悪者はフライパンで殴られるんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は構え直しました。
「で、ブルーも悪者? 殴っていい?」
「ちょっと待って。ブルーというのはぼくのことかい?」
「うん! ぼくのブルーはあっちにいるしね」
フライパンを握る「そるじゃぁ・ぶるぅ」にソルジャーは苦笑し、両手を広げて。
「遠慮しとくよ、いくらぼくでもそれは避けられそうにない。…でもね、悪者ってわけじゃないんだよ? これには色々と訳があってさ」
「…どんな?」
ソルジャーの拘束を逃れたキース君が低く唸りましたが、バニーちゃんの格好ですからいつもの気迫はありません。そこへドクターがフラフラしながら起き上がって…。
「いたたた…。今の攻撃は堪えましたよ。フライパンも大概ですが、ハイヒールの蹴りも痛いものです」
「ごめんよ、ノルディ。…読めてないわけじゃなかったけどさ、ほら、ぼくだって愉快な見世物は見ておきたいし」
フライパンにハイヒール、と笑うソルジャーにエロドクターは仏頂面です。この二人、息が合っているのかいないのか…。まあ、どう考えてもソルジャーの方が優位に立っているのでしょうが。
「…楽しい見世物と仰いますが、それはあなたの提案ですよ?」
ソルジャーを見据えるドクターの目は据わっていました。
「昨夜いきなり家へいらして、キースの健康診断に付き合いたいとか仰って…。楽しいものを見せてやるから、絶対に損はしないから…と」
「しなかったじゃないか。この格好のキースが気に入ってるのは間違いないだろ、触り心地も確かめてたし」
「…それはそうですが…」
殴られ損な気がします、とブツブツ呟くエロドクター。キース君の制服もまだ戻っては来ていませんし、なんだかイヤな感じです。これで終わるとは思えないような…。
「色々と訳があったんだよ」
さっきも耳にしていた言葉をソルジャーがもう一度繰り返しました。
「ノルディはこの服をどう思う? 魅力的かい、それとも違う?」
赤い瞳が向けられたのはキース君が着ているバニーちゃん服。ウサギの耳に丸い尻尾に、身体のラインがモロに出ている黒いセクシーなレオタード。会長さんが特注してきた男性用のアレンジ品です。
「…魅力的だと思いますね。大いにそそられる格好ですよ」
でなければ触ってみたりしません、とエロドクターは殴られた顎を擦っています。
「なるほどね…。じゃあ、同じ格好を他の誰かがやったとしても魅力がグッと増すのかな? たとえばそこのジョミーとか?」
「ぼく!?」
唐突に名前を呼ばれて驚いているジョミー君にドクターが視線を走らせて…。
「ふむ…。彼でもいいかもしれません。あなたの言葉をお借りするなら素材はなかなか良いようです。…ほほう、こうして見ればブルーが選んだ友達とやらは美形が多い。コンテストをしたくなりますよ。全員にあの服を誂えて」
「君もやっぱりそう思うかい? 誰でも似合うかもしれないと?」
「もちろんですとも。…若干省きたい面子はいますが、コンテストならそれも華です」
省きたい面子とは誰を指すのか、言われなくても一目瞭然。ドクターが鼻でせせら笑うのは会長さんをガードしているサム君でした。そりゃサム君には似合わないでしょうし、サム君だって着てみたいとも思ってはいない筈ですが…って、コンテスト? 男子ばかりのバニーちゃんの…? それはなんとも悪趣味な…。
「それがそうでもないんだな」
誰の思考が零れていたのか、ソルジャーが小さく肩を竦めて。
「まずはキースの制服を返しておこう。…これでいいよね、元の服は?」
パァッと青いサイオンが走り、キース君はバニーちゃんから制服姿に戻っていました。
「…ありがたい、と言うのも癪だが、一応礼は言っておくとしよう。元々はあんたのせいなんだがな」
不快そうな視線をソルジャーはサラッと無視してエロドクターに向き直ると。
「ところでさっきの話だけどさ。全員の服を誂えたいとか言ったよね? その気持ち、ぼくが貰っちゃってもいいのかな?」
「おや。あなたもコンテストに賛成ですか?」
「いい話だと思うんだ。…誰が一番似合いそうかな? キースが一番か、それともジョミーか。大穴でサムもアリかもね」
やってみようよ、と乗り気のソルジャー。…ひょっとして目的はこれでしたか? 男子全員のバニーちゃんのために乗り込んできたというわけですか、この人騒がせなソルジャーは~?




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