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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

思い出の七月・第1話

別の世界から来たソルジャーのせいでドキドキだった期末試験も無事に終わって、今日はいよいよ終業式。去年は学校中に氷柱が並べられていて壮観でしたが、今年は何が起こるのでしょう? ジョミー君たちとバス停で待ち合わせてから学校の方まで来てみると…。
「…また狸か?」
キース君が柵と生垣の向こうを指差しました。木々の間に丸っこいシルエットが見えています。また狸か、という台詞には根拠があって、私たちが普通の1年生だった時に迎えたシャングリラ学園初の終業式の日は学校中が信楽焼の狸に埋め尽くされるという出来事が…。
「狸かな?」
ジョミー君が屈み込んで柵の間から矯めつ眇めつ。
「…狸っぽいけど、ピンク色だよ? ピンクのヤツってあったっけ?」
「メスじゃねえのか?」
そう言ったのはサム君でした。
「メスの狸もいるじゃねえかよ、ピンク色ならメスだって!」
「そっか。だったら狸で決まりだね」
納得した様子のジョミー君。今年は信楽焼の狸が再登場したみたいです。先生方のネタが尽きたのか、それとも何年か毎に同じパターンが回ってくるのか。そういえば信楽焼の狸が出たのは4年前ですし、経験者は既に全員卒業しました。私たちの一番最初の同級生は今は大学で頑張っています。
「金なら1個で銀なら5個か…」
キース君が呟き、スウェナちゃんが。
「その辺は変えてくるかもしれないわよ? 狸の色だって違うんだもの」
「なるほどな。どっちにしてもブルーが怪しい店を出すのは同じだろうが」
「「「あー…」」」
そうだったね、と溜息をつく私たち。シャングリラ学園の夏休みには変わった制度がありました。終業式で発表されるアイテムをゲットしてきた生徒は宿題が免除されるのです。アイテムは毎年変更されて、入手方法も勿論変更。『金なら1個で銀なら5個』は必要な狸の数でした。去年はおみくじ形式で氷柱の中にクジを結んだ花の枝。その当たりクジを販売するべく店を出したのが会長さんで…。
「ぼくたち、今年もお手伝いですか…」
ゲンナリした顔のシロエ君にキース君が。
「教頭室も忘れるなよ? あいつはアイテムを手に入れるために教頭先生を脅すからな」
「「「………」」」
私たちは青々と茂った枝越しに見える本館へ視線を向けました。そこには教頭室があります。今日も行くことになるのだろう、と諦め切った気持ちでトボトボと歩き、正門で門衛のおじさんたちに頭を下げて構内へ。蝉の合唱が降ってくる中、足を踏み入れた前庭には…。
「…狸…じゃない?」
「違うようだな…」
何だこれは、とジョミー君とキース君が並べられたものを見下ろしています。ピンク色のそれは耳が尖っていて狸の耳ではありません。どちらかと言えば猫ですけども、下半身安定型のコロンとした体形はちょっと狸に似ているかも?
「猫じゃないでしょうか?」
マツカ君が座り込んで陶器製の置物を検分しながら。
「狸に首輪はつかないでしょう? それにこの耳はどう見ても…」
猫ですよ、というマツカ君の意見に反対する人は皆無でした。ニッコリ笑顔を現したらしい糸のような目と愛嬌のある口と顔立ち、真っ赤な首輪。座りのいい二頭身の身体は流行りの『ゆるキャラ』を目指したのかな?
「招き猫と言うより貯金箱ですね」
シロエ君の指摘に私たちはプッと吹き出しました。猫の置物は招き猫が定番ですけど、この置物は手を両脇につけています。丸っこい外見と相まって貯金箱というのがお似合いかも。登校してくる生徒たちがズラリと並んだ猫の置物に驚いている中、私たちはピンクの猫を撫で回して。
「金を入れる穴は開いていないな」
大真面目に言ったキース君に「貯金箱なわけないし!」と口々に突っ込み、今年のアイテムは金の猫と銀の猫なのだろうと笑い合ってから教室に向かったのでした。

宿題免除アイテムが狸だった年と同じで校舎の中にも猫、猫、猫。狸の時と違っているのはどの猫も両手でヒョイと持てるサイズに統一されていることでしょうか。サイズ的にもちょっと大きめの貯金箱です。…お金を入れる穴は開いてませんが。教室の中にも置かれたピンクの猫に、「あれは何か」とクラスメイトが尋ねに来ます。
「先生が説明すると思うよ」
ジョミー君が答え、入学前から私たちの存在を知っていたという男子生徒に。
「先輩から何も聞いていないの?」
「うん。とにかく1年A組だったらツイてるんだ、って話しか…」
彼の先輩は私たちの嘗ての同級生でした。その先輩から聞かされた話は多いようですけど、宿題免除のアイテムについては何も知らないみたいです。私たちは顔を見合わせ、アイテムの話は黙秘することに決めました。せっかくのラッキーアイテムですもの、種明かししない方が嬉しいですよね。そして…。
「諸君、おはよう」
グレイブ先生が靴音も高く登場すると教卓の上にドリルやプリントをドカンと積み上げます。
「明日から楽しい夏休みだが、これは私からのプレゼントだ。二学期の始業式の日に必ず提出するように。忘れた場合は数学のドリルが1冊加算される」
「「「えぇぇっ!?」」」
「ええっ、ではない! 学生の本分は勉強だ! 試験の度に楽をしているのを忘れたか? 夏休みこそ懸命に学び、実力で満点が取れる自分を目指したまえ。…ただし…。我が校には実に嘆かわしい制度がある。私は廃止を提案し続け、去年は折衷案を採用させることに成功したが…そこまでだった」
残念だよ、とグレイブ先生。去年のおみくじ形式はグレイブ先生の発案でした。
「我が校には宿題免除の制度があるのだ。とあるアイテムを入手した生徒は宿題を全て免除される」
おおっ、と湧き立つクラス一同。グレイブ先生は舌打ちをして…。
「やはりこの制度は大人気か。去年、私が実施したものは先生方にも不評でな…。被害を蒙った生徒が今年も在学しているからと埋め合わせをすることに決定した。アイテムは例年よりも多めに出る」
何故そうなったかを説明されてクラスメイトは青ざめました。去年のおみくじは大吉ならば宿題免除、大凶だったら宿題加算。大凶の生徒が大吉の生徒を上回るという悲劇に終わった結果、グレイブ先生は職員会議で叱られたのです。
「そういうわけで今年はアイテムが増やされた。例年の十倍という異例の数だ。アイテムが何かは終業式で発表される。…せいぜい頑張ってゲットしたまえ」
私は制度に反対だが、と繰り返してからグレイブ先生は私たちを引き連れて終業式が行われる講堂へと出発しました。去年のおみくじで大吉が殆ど出なかったのは会長さんがサイオンで細工していたからなんですけど、それは私たちしか知りません。その黒幕の会長さんは宿題免除のアイテムを高額で販売する店を中庭に…。あれ?
『…ブルー、いないよ?』
ジョミー君が思念波を送ってきたのは中庭の脇を通る時。去年はここに机を置いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」と出店の準備をしてたんですけど…。
『今年は場所を変えたんじゃないか?』
もっと人目につく所に、とキース君が応じた途端に。
『出店の予定はないんだけれど?』
会長さんの思念が届きました。
『あんなにアイテムを増やされたんでは店を出しても儲からない。自力でゲットできちゃうからね。…だから今年はのんびりするさ。君たちもぶるぅの部屋へおいでよ』
アイテムなんか要らないだろう、と会長さん。特別生に宿題は出ませんから、アイテムは必要ないのでした。けれどアイテム探しが終了しないと終礼の時間にならないわけで…。会長さんがアイテムの店を出さないのなら教頭室へ連れて行かれる心配なんかはありません。よーし、今年は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で終礼までの時間を潰そうっと!

「金と銀とじゃなかったんだね」
ジョミー君が大きく伸びをしています。私たちは終業式の後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入って涼んでいました。特別生を除く全校生徒は今頃アイテム探しでしょう。教頭先生が発表したアイテムはやはりピンクの猫に纏わるものでしたけれど…。
「あの猫に入っているなんてなあ…」
ビックリしたぜ、とサム君がオレンジジュースをお代わりしながら。
「だけどあんなに沢山あったら、当たりの猫を見つけ出すのが大変だよな」
「端から開ければ解決だよ。ぼくの出番は一切なし」
つまらないや、と会長さんがアイスティーのグラスを指で弾いて。
「いつもの十倍にされちゃっただろう? ぼくの店に買いに来るお客よりも自力でゲットがきっと多数さ。そんな状態で高い値段はつけられない。だからといってこの暑いのに特別価格で奉仕するのも御免だし…。今年は見送ることにした」
「でも…猫は簡単には開かないんだよ?」
マンゴー・ラッシーをかき混ぜているジョミー君。
「教頭先生が言ってたじゃないか。首輪についてる金色の鈴を七回左右に回すんだ、って。右と左の回数の組み合わせが正しい時だけ、首がパカッと外れるんでしょ?」
「そして間違っていたら数の設定はリセットだったな」
しかもランダムに切り替わる、とキース君がジョミー君の言葉を継いで。
「教頭先生は簡単に見本を開けて見せていたが、そんなに上手くいくものだろうか? 右か左かに七回だぞ。右の次が同じ右なのか、左なのか。そもそも最初は右なのか? 組み合わせの数は半端じゃないぞ」
「そも正解が分かりませんしね。全部が同じじゃないんでしょう?」
シロエ君も首を捻っています。
「ゼル先生が設定したって言ってましたし、正解の数も山ほどですよ。その正解もリセットされたら変わるとなると……これは相当大変かも」
「平気、平気」
その内に開くさ、と会長さんは呑気でした。
「ハーレイはそう言ったかもしれないけどね、あれは一応、言ってるだけ。簡単に開いちゃったんでは有難味が無いし、脅しが入っているんだよ。本当はリセットに上限がある。確か十回だったかな? その辺で数の組み合わせが何であろうと猫の頭は外れる仕掛けだ」
「「「………」」」
なーんだ、そういう仕組みでしたか…。それなら確かに会長さんの出番はありません。いくら猫の数が多いと言っても生徒も大勢いるんですから人海戦術というヤツです。当たりの猫を誰が開けるかが運なのであって、アイテム自体は制限時間内に殆ど発見されるでしょう。もしかしたら全部出ちゃうかも?
「あーあ、今年は楽勝かぁ…」
つまんないの、とジョミー君が愚痴ってますけど、アイテムゲットが大変だったら会長さんの出番です。そうなると私たちも駆り出された上、教頭室に同行させられて悪戯の片棒を担がされるのは必定で…。
「ジョミー、平和が一番なんだぞ?」
ブルーが出店をしたらどうする、とキース君に指摘されたジョミー君は。
「あっ、そうか! 今の、取り消し! 楽勝でいいよ!」
「おやおや…。ぼくも嫌われたよね」
そう言いつつも会長さんは笑っています。その隣では「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピンクの猫を撫でていました。可愛いビジュアルが気に入ったらしく、教頭先生に頼んで1個貰ってきたのだそうです。もちろんサイオンで中を確認して、アイテム入りではない猫を。
「可愛いよね、これ。中にお菓子を入れようかなぁ?」
クッキーとか、と楽しそうな「そるじゃぁ・ぶるぅ」に会長さんが。
「そうだね。中は意外にひんやりしてるし、キャンディーなんかもいいかもしれない。分けて貰えて良かったね、ぶるぅ」
「うん! アヒルちゃんもいいけど、この猫も好き!」
御機嫌で猫の置物と向き合う「そるじゃぁ・ぶるぅ」はとても微笑ましく、私たちの気分もほのぼのです。今年の宿題免除アイテムも忘れられないものになりそう! ピンクの猫をみんなで触って「笑顔がぶるぅに似ているね」などとワイワイ賑やかに騒いでいると…。
「「「???」」」
聞き慣れないメロディが流れてきました。アイテム探しの終了時間はいつものようにベルで知らせる筈ですが…。と、会長さんがソファから立ち上がって。
「ぼくだ、どうした?」
会長さんの手には今まで一度も鳴ったことのない「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の電話の受話器。レトロな形をしていますから飾りだとばかり思っていました。けれどそうではなかったようです。会長さんは電話の向こうと真剣な口調で言葉を交わすと受話器を置いて。
「…事故だ」
「「「えっ!?」」」
アイテムゲットの途中で事故が!? 猫が爆発しちゃったとか? けれど陶器の猫ですし…。慌ただしく飛び出して行った会長さんを私たちは慌てて追い掛けました。後ろから「そるじゃぁ・ぶるぅ」もついて来ています。事故って…。まさか学校の中で事故なんて…。
『誰かバーストしちゃったとか?』
ジョミー君が送ってきた思念に私たちの背筋がゾクリとしました。シャングリラ学園に入学してから事故が起こったのは一度きり。去年の夏休みにキース君がサイオン・バーストを起こして「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を吹っ飛ばした事故。まさか、まさかね…。会長さんが駆けてゆく先は本館です。どうかバーストではありませんように、と祈るような気持ちで私たちは走るだけでした。

本館の奥に設けられた教職員用の休憩室。会長さんはそこに飛び込み、扉は開け放たれたまま。私たちはその部屋に入ったことはありません。どうしたものか、と恐る恐る部屋に近付いていくと…。
「すまん」
ゼル先生の声が中から聞こえてきました。
「…本当にすまん。わしに悪気は無かったんじゃ…」
「当然だろうね」
悪気があったら最悪だよ、と会長さんが罵っています。えっと…事故って、ゼル先生がやったんですか? 構内を自転車で威勢よく駆け抜ける姿をよく見ますけど、生徒の誰かをはねちゃったとか? 私たちが顔を見合わせていると会長さんが扉の奥からヒョイと覗いて。
「何をコソコソしてるのさ? 入っておいでよ、みんなもぶるぅも」
「し、しかし…」
事故じゃないのか? と尋ねたキース君に「事故だけどさ」と返した会長さんは。
「君たちが想像しているような事故じゃない。アイテムゲットで起こった事故には間違いないけど、被害者は生徒全員だから」
「大変じゃないか!」
キース君が叫びましたが、会長さんは苦笑して。
「まだ大事故にはなってない。その前になんとか揉み消してくれ、というわけさ。もう教師にはバレてるけども…。電話してきたのはハーレイだったし、あの電話は緊急回線だしね」
会長さんに呼び入れられた休憩室にはゼル先生の他に教頭先生、ヒルマン先生、エラ先生にブラウ先生。いわゆる長老の先生方がズラリと顔を揃えていました。テーブルを囲む先生方の下座でゼル先生が縮こまっていて、その前には不似合いなピンクの猫。
「…その猫が事故を起こしたんだよ」
フンと鼻を鳴らす会長さん。
「不具合なんてレベルじゃない。アイテムゲット開始から1時間以上も経っているのに、どうして誰も気付かないのさ? 職務怠慢としか言いようがないね」
「…いや、だから…」
教頭先生がハンカチで額の汗を拭いながら。
「今年のアイテムはゲットして即、提出するようなものではないし…。制限時間終了の時点でゲットしていた生徒の数だけ宿題免除ということで…」
「それで?」
「だからチェックしていなかった。皆、順調にアイテムをゲットしているものだと…」
「で、どうなっているか確認もせずに涼しい部屋で休憩してた、と。…事故に気付いたのは誰だったっけ?」
シドだ、とヒルマン先生が答えました。
「グラウンドの横を通ったら猫が全部そのままだったそうでね。…開けた猫をわざわざ閉めたりしないだろうから、そこにいた生徒に尋ねてみたら何度やっても開かないらしい。十回試せば開く筈だし、妙に思って挑戦させたら十回やっても開かなかった、と」
「プログラムが間違っていたってことは?」
会長さんの問いにエラ先生が。
「ありません。…これも本当なら開く筈なのです。十回試しましたから」
テーブルの上のピンクの猫をブラウ先生が掴み、頭をキュッと捻ったのですが、首は外れませんでした。さっき「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で触っていた猫は簡単にパカッと開いたんですけど…。
「ほらね、全然開かないのさ。プログラムはゼルが確認したし、これで開かない筈がない。でも開かないし…」
そこでハーレイが言ったんだよ、とブラウ先生。
「ぶるぅが1個持ってった、ってね。可愛いからって1個貰って、その場で開けて喜んでたって。だったら確かに猫は開くんだ。…だけど誰にも開けられなくて、開けられたのはぶるぅだけ。ひょっとして、とゼルを問い詰めてみたら案の定だ」

「…すまん!」
この通りじゃ、とゼル先生はペコペコ頭を下げました。
「あれだけの数の猫に細工するのは大変じゃから、そのぅ…。ちょこっと、お神酒をな…。そしたら気分が大きくなって、簡単に開けられてたまるかい、と…」
「…タイプ・イエローの馬鹿力か…」
会長さんがフウと大きな溜息をついて。
「去年の夏はキースがバースト、今年はゼルがやらかすとはね。…貸して」
猫を手に取った会長さんは苦も無くパカッと開けてしまうと。
「これは確かに大事故だよ。どの猫も絶対開けられないと保証する。…いや、そんなのを保証されても困るかな? とにかく開けられないのは間違いないね。タイプ・イエローの力は場合によってはタイプ・ブルーに匹敵する。そのサイオンでもって蓋をされたらどうにもこうにもならないさ」
今年のアイテムは該当者なし、と冷たく言い切る会長さんに先生方は揃って頭を下げて。
「そこをなんとかして欲しいのだ!」
「頼むよ、アイテムが出てこなかったら生徒たちだって困るだろ?」
「お願いです、ブルー! ゼルには責任を取らせますわ」
懇願する先生方に会長さんは。
「責任ねえ…。そんなのどうでもいいんだけれど? 問題はお神酒気分で事故を起こすような気の緩みの方。サイオンの存在はまだ公にしていない。…この学校でも力があるのはぶるぅだけってことになっているよね」
「「「も、申し訳ございません…」」」
会長さんはソルジャーの貌をしていました。先生方は真っ青になり、平謝りに謝って…。あっ、今のベルの音はもしかして…?
「…時間終了」
会長さんが短く告げて壁の時計をピシッと指します。アイテムゲットの時間は終わってしまったのでした。それじゃ猫は? 学校中に溢れ返っていたピンクの猫は? 例年の十倍の数を用意したという宿題免除のアイテムは…? ゼル先生が床にへたり込み、先生方も呆然とその場に立ち尽くす中で。
「大丈夫。猫はギリギリで幾つか開いたよ、最後まで諦めなかった粘り強い生徒に感謝したまえ」
ゆっくりと踵を返す会長さん。
「サイオンを公にできない以上、この方法しかないだろう? 最後の最後まで猫を離さなかった子たちが持っていたのを全部開いた。ただし、開けようとチャレンジしていた子たちの分の猫だけだけどね。いくらなんでも勝手に開いたらおかしいし…。アイテムが入った猫が幾つあったかは君たちが確認するといい」
ぼくが干渉するのはここまで、と会長さんが休憩室を出てゆきます。先生方は会長さんの背中に向かって深くお辞儀し、私たちは終礼に間に合うように教室に戻れと会長さんに言われ…。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が生徒会室の方へ行くのと別れて歩く道にもピンクの猫が一杯でした。サイオンで開かなくなっていたとは、とんでもない事故もあるものですねえ…。

結局、宿題免除アイテムをゲットできた生徒は例年と同じくらいの数で終わったみたいです。けれど私たちのクラスにも該当者がいて、小躍りしながら『宿題免除』と書かれた紙をグレイブ先生に渡していました。例年の十倍のアイテムを用意したからいいですけども、もしも十倍じゃなかったら…。
「去年以上の大惨事だね」
該当者無し、と会長さんが繰り返したのは放課後のこと。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に来ています。テーブルの上にはチーズ風味のクリーミーなアイスケーキが。ブルーベリーのソースも絶品! テーブルの真ん中にはピンクの猫が置かれていて…。
「ああいうことになってたんならアイテムの店を出せばよかった。去年以上に儲かったよ、きっと」
猫を開けられないんだから、と会長さん。でも…アイテムは数を決めて売ってませんでしたか? 他の生徒に行き渡らないといけないからとか、そういう理由で…。そこをキース君に指摘された会長さんは。
「そりゃあ、最初は限定品で売り出すさ。ぼくだってまさか事故とは思わないしね。…そして事故だと分かった時点で追加でドカンと売り出すわけ。普通は後になるほど値が下がるけど、出ないとなれば話は別だ。前売りの方が安いというのは世間一般の常識だろう?」
そう来たか、と私たちは頭を抱えました。長老の先生方にサイオンがどうのと厳しいことを言っていた人と同一人物とは思えません。最初から会長さんが出店してれば、先生方は緊急回線で連絡しなくても思念波かメールで伝えるだけで丸く収めてもらえたのでは…? 私たちがそう尋ねると。
「まあね。その場は上手く切り抜けてあげるさ、アイテムを追加で売り出すんなら儲けの方も大きいし。…だけど、事故は許してあげないよ? それなりの形で厳重注意だ。サイオンはまだ公には出来ないんだから」
そのためにぶるぅがいるんだよ、と会長さんはウインクしました。
「見ての通りの小さな子供でシャングリラ学園のマスコット。座敷童子みたいなものだと思われてるから、不思議な力を持っていたって誰も追究しないしね。サイオンを普通の人たち相手に使っていいのはぶるぅだけさ。…なのにゼルは今回、使ってしまった。だから事故だと報告されたし、緊急回線が使われたわけ」
アイテムを手に入れられる生徒がいなくなるからというだけではない、と会長さんはピンクの猫を手に取って。
「ぼくもウッカリしていたかもね。ぶるぅが欲しいと言い出した時にきちんとチェックをするべきだった。そしたらゼルのサイオンに気付いて、先回りして解除出来たんだろうに…。ぶるぅ、これを最初に開けていた時、蓋が固いと思わなかった?」
「ううん、ジャムの瓶とか、最初は全部固いものでしょ? だからそういうものなんだなぁ、って」
ちっとも不思議じゃなかったよ、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何も分かっていませんでした。ゼル先生がやらかしたことの重大性も、それが事故だと言われる理由も。…でも、だからこその「そるじゃぁ・ぶるぅ」。サイオンという秘密の力を自由に使えて愛されて…。
「ねえねえ、明日から夏休みでしょ?」
何処か行こうよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎ。会長さんが「ぶるぅには敵わないね」と微笑んで。
「今夜はゼルを締め上げようかと思ってたけど、ハーレイたちに任せておこう。ソルジャーなんて堅苦しいのは御免蒙る。…それじゃ一学期も終わったことだし、カラオケにでも出掛けようか。ゼルの責任追及で手いっぱいだから多分パトロールは無いと思うよ」
オールでも絶対大丈夫、と断言されて私たちは大歓声。早速家にメールを入れて、会長さんの家に泊まると大嘘をついて…。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、大学生のキース君の三人以外は初めてのオール、朝まで歌って歌いまくって夏休み初日の日の出をみんなでキッチリ見届けますよ~!



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