シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
シャングリラ号でゴールデンウィークの後半を過ごし、今日から再び授業スタート。連休で弛んだクラスメイトたちはグレイブ先生のお気に召さなくて、1年A組、朝のホームルームから叱られまくり。お蔭で放課後は全員で掃除をする羽目になり…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
遅かったね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎え。掃除の時間が長引いたために柔道部三人組も部活に行き損ね、私たちと一緒に来ています。
「やあ。たっぷり掃除をして来たようだね」
お疲れ様、と会長さんに労われ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大量の焼きそばを作ってくれて。
「みんな、お腹が空いたでしょ? 庭までお掃除してたもん」
「ああ、すまん。…流石の俺も今日は疲れた」
なんで業者さんの担当区域まで掃除になるんだ、とキース君までが疲れた顔。私たちは焼きそばで体力をチャージし、それから今日のおやつの蜂蜜シフォンをパクパクと。気力が戻って愚痴祭りも終わり、いつものお喋りが始まりましたが…。
「ウチって火渡り、しないんだよねえ?」
ジョミー君の唐突な台詞に全員が「は?」と。
「なんだよ、それ? ウチの学校にはそんなのねえぞ」
サム君が目を剥き、シロエ君が。
「そもそも火渡りって何なんです? もしかして火の上を歩くアレですか?」
「そう、それ、それ! 昨日パパがさ、テレビで見てて…。ジョミーはコレはやらないのか、って訊くんだよ! 璃慕恩院には無いよね、アレ?」
「無いねえ…」
「無いな」
会長さんとキース君が同時に答えて、会長さんがその先を。
「あれは山伏の修行の一つだし、山伏と関係の深い宗派のお寺でないと…。でも火渡りをやりたいんだったら紹介するよ? 精神修養をしたいと言うなら大歓迎さ」
「要らないし! あんなのまで絶対やりたくないから!」
無いんだったら安心だし、と言うジョミー君は未だにお坊さんの修行どころか、会長さんの家での朝のお勤めにも出ていません。精神修養に火渡りなんかをやりたがる筈ないですってば…。
ジョミー君の発言が引き金になって話題は一気に火渡りへ。私もテレビでしか知りませんけど、火の上を裸足で歩くだなんて、火傷したりはしないのでしょうか?
「しないよ、初心者でもきちんと歩けば」
小さな子供でも大丈夫、と会長さん。
「素人さんがやる時は山伏さんが一緒に歩いてくれる。注意を守れば安全だね。あれは焦って走ったりするとマズイんだよ、うん」
「かみお~ん♪ ぼくもやったことある!」
ブルーと一緒に歩いたもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は得意そう。そっか、会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」もバッチリ体験済みなんだぁ…。
「そりゃあ、修行の一環としてね。璃慕恩院ではやらないけれども、ぼくは恵須出井寺にも行ったから…。あっちの宗派じゃ火渡りもアリさ。よかったら君たちも体験してみる?」
今からだったら此処と此処と…、と場所を挙げ始める会長さんに、ジョミー君が。
「お断りだし! やりたくないって最初に言ったし!」
「そう? 他のみんなは?」
「「「……うーん……」」」
どうだろう、と目と目で見交わし、経験者の「そるじゃぁ・ぶるぅ」をチラチラと見つつ。
「……遠慮しときます」
お坊さんコースは結構です、とシロエ君が返し、サム君が。
「俺、まだ璃慕恩院の方でも一人前になっていねえし…。またの機会ってことにしとくぜ」
「…興味がゼロだとまでは言わんが、他の宗派の行事はマズイな」
もう少し修行を積んでからだ、とキース君も。キース君たちの宗派はお念仏が第一、他の宗派に心動かす事なかれ、という厳しい教えがあるのだそうで。
「勿論、他の宗派も尊重するが…。ブルー並みの境地ならともかく、俺のレベルでは他の教えに転びそうだと看做される。実際、転んだら大惨事だ」
まるで前例が無いわけではない、と語るキース君によると、お寺の息子さんが別の宗派のお坊さんになってしまうケースもあるそうです。それだけにウッカリ火渡りをしてハマるとマズイ、と思うらしくて。
「残念だが、今は遠慮しておく。だが、他のヤツがやるなら見学は行くぞ」
「いえ、ぼくも今回はパスしておきます」
みんなやらないようですし、とマツカ君が逃げ、スウェナちゃんと私も断りました。会長さんはガッカリしたようですけど、他を当たって下さいよ~!
「面白いんだけどねえ、火渡り…」
本当に誰もやらないのかい、と会長さんは未練たらたら。そんなに言うなら「そるじゃぁ・ぶるぅ」と行けばいいじゃないか、と思うのですけど、初心者にやらせてなんぼだそうで。
「あんなの出来るわけがない、と逃げ腰な人がおっかなびっくり足を踏み出すのが醍醐味なんだよ。君たちだったらピッタリなのに…」
「それじゃ教頭先生は?」
初心者だよね、とジョミー君。おおっ、自分が逃げるためなら教頭先生を売りますか! でも…教頭先生、初心者でしょうか?
「ハーレイかぁ…。確かに誘ったことは無いねえ…」
「じゃあ、教頭先生でいいじゃない! ぼくも応援に行くからさ」
教頭先生なら絵になると思う、とジョミー君が言い出し、私たちも賛成しました。火渡り自体は興味深いですし、教頭先生が参加なさるのだったら是非とも見学したいです。
「…ハーレイねえ…。悪くはないけど後がマズそう」
お寺に迷惑がかかりそうだ、と会長さん。えっ、なんで?」
「火傷だよ。…普通は絶対火傷しないけど、雑念だらけだと危険なわけ。そしてハーレイを連れてった場合、頭の中はもれなく妄想。男を上げてぼくのハートを射止めようとか、そういう系で」
「「「あー……」」」
それはありそう、と容易に想像がつきました。そんな理由で火傷されても責任はお寺に行くでしょう。次から火渡り禁止になったら謝って済む問題では無く。
「…だからハーレイには無理ってね。妄想まみれの男に修行は向かない。ぼくが主催の火渡りだったら、救護班設置で火渡り三昧させるんだけどさ…」
モノが宗教行事なだけに妄想男を担ぎ出すための開催はちょっと、と残念そうな会長さん。
「ぼくが銀青でさえなければねえ…。いわゆるヒラの坊主だったら娯楽のための火渡り大会もアリなんだけども」
運動会の感覚で…、と溜息をついた会長さんは諦め切れないみたいです。とはいえ、火渡りは宗教行事。ヒラのお坊さんならキース君ですが、他の宗派の行事には参加出来ないと言っている以上、主催どころじゃないですし…。
「うーん…。何か無いかな、妄想ハーレイを追い込む方法…」
火渡りでなくてもいいんだけれど、と腕組みをして考え込んでいる会長さんは既に思考がズレていました。教頭先生を苛め倒して遊びたい、という目的が見え見えです。これはロクでもないことになりそう、と戦々恐々として見守っていると。
「そうだ、アレ!」
アレが使える、と赤い瞳に悪戯っぽい煌めきが。何か閃いちゃいました…?
「火の反対は水なんだよ、うん。でもって集中力が大切!」
人差し指を立てる会長さんに、キース君がすかさず突っ込みを。
「教頭先生は古式泳法の達人でいらっしゃるんだぞ? そう簡単にはいかんと思うが」
「…水泳ならね」
違うんだな、と会長さんはニヤニヤと。
「前にニュースで見たんだよ。外国のイベントで、プールの上に斜めになった柱が突き出してるわけ。その先っぽに旗がついてて、柱を駆け登って行ってそれを取ったら優勝ってヤツ」
「「「???」」」
簡単そうに聞こえますけど、傾斜が半端じゃないのでしょうか? それとも水面からの高さが凄くて、グレイブ先生みたいに高所恐怖症の人だと登るどころじゃなかったり…?
「傾斜の方は普通かな。高さの方は、まあ、そこそこ…。高飛び込みの台くらいだしね」
でも問題は其処じゃない、と会長さん。
「その棒、たっぷりと油が塗ってあるんだよ。歩いても滑る、走っても滑る。滑ったら最後プールにドボンで失格なオチ」
「あんた、教頭先生にやらせるつもりか!?」
もしかしなくても一人参加か、と噛み付くキース君に、会長さんは。
「ハーレイが一人じゃ可哀相なら、君もやる? 他にも参加希望者がいればハードルを低くしてもいい。…プールにカミツキガメを放すコースは諦めるさ」
「「「カミツキガメ?!」」」
「うん。ただドボンだけじゃ面白くないし、火傷の代わりにガブリガブリと…。ハーレイは防御に優れたタイプ・グリーンだ、カミツキガメでも怪我はしないよ」
外すのに苦労するだけで…、とクスクス笑う会長さん。
「顎の力が凄いらしいね、カミツキガメは。でもハーレイの馬鹿力なら剥がすのも案外、簡単かもだし…。どうかな、誰か参加する? それならカミツキガメはやめておくけど」
「…お、俺は謹んで遠慮させて貰う」
カミツキガメがいなくてもな、とキース君が逃げ、他の男の子たちも大却下。スウェナちゃんと私が参加する筈もなく、教頭先生の一人参加が決定で。
「いいねえ、計画どおりってね。一人参加だからドボンした時はやり直しのチャンスを認めよう。カミツキガメのプールから脱出するには蜘蛛の糸! ギャラリーな君たちの人数分を用意するけど、エロい考えを起こしたが最後、プツンと切れてドボンといくわけ」
いろんな意味で集中力が欠かせないよね、と会長さんの瞳が輝いています。これって火渡りよりも大変なんじゃないですか? 油を塗った棒とか、カミツキガメとか…。
ウキウキと火渡りならぬ水渡りもどきのプランを練っている会長さん。仲間が経営しているフィットネスクラブの飛び込み用のプールを貸し切り、柱をセットするつもりです。教頭先生を呼び出す方法もバッチリだそうで。
「頑張って旗をゲット出来たら、ぼくからキスのプレゼントってね。単なる祝福のキスってヤツでさ、頬っぺたにチュッとやるだけだけど…。ハーレイはそうは思わない。思いっ切りのディープキスを夢見て、釣られてノコノコ出て来るわけだよ」
そして滑ってプールに落ちたら蜘蛛の糸、とニヤニヤニヤ。
「エロいことを考えたら切れると分かっていてもね、御褒美がぼくのキスだろう? プツンと切れるのは間違いないさ。人数分の蜘蛛の糸を無駄にしちゃうか、心頭滅却して這い上がるか。火渡りよりも遙かにスリリングな精神修養の世界だってば」
火傷代わりのカミツキガメも控えているし、と会長さんは壁のカレンダーを眺め、吉日を選び出しました。フィットネスクラブに連絡をして臨時休業の約束を取り付け、決定した日は来週の土曜日。それまでに教頭先生を釣り上げ、柱なんかも用意して…。
「いいねえ、ぼくも見学していい?」
「「「!!?」」」
誰だ、とバッと振り返った先に会長さんのそっくりさんが。スタスタと部屋を横切り、ソファに腰掛けて蜂蜜シフォンを御注文。
「ハーレイが精神修養だって? 面白そうだし、見たいんだけど」
「…止めないけどさ…」
ハーレイの苦労は増えそうだねえ、と会長さん。
「君がハーレイにエールを送ると、蜘蛛の糸がプツプツ切れまくりそうで」
「その蜘蛛の糸! どんなシステムにするつもりなわけ?」
「タコ糸をサイオンで強化して柱から垂らしておこうかなぁ、と思ってる」
落っこちた場所にサイオンで結び付けて、という会長さんの答えに、ソルジャーは。
「それじゃイマイチ面白くないよ。蜘蛛の糸ってアレだろ、誰だったっけ…。偉い人が天国から垂らしてくれるんだろう?」
「お釈迦様だよ、それに天国じゃなくって極楽!」
間違えるな、と会長さんは苦い顔ですが、ソルジャーはまるで気にせずに。
「そうだっけ? 何でもいいけど、そのオシャカ様? それの係をぼくがやりたい!」
「「「は?」」」
お釈迦様の役を希望とは、これ如何に? ソルジャーは何をやりたいと?
降ってわいたソルジャーですけど、蜂蜜シフォンをフォークで切って頬張りながらニコニコと。
「エロい考えを起こしたら切れるって言っていたよね、蜘蛛の糸! 単に柱に結んであるんじゃエロい考えになりにくいから精神修養になってない。君そっくりのぼくが糸を握って垂らしていたとしたら、どうなると思う?」
「そ、それは……。結んだパターンよりも厳しいかと…」
「だろう? おまけに励ましの言葉も付ければバッチリだよね」
糸はプツンと切れまくり、と微笑むソルジャー。
「ぼくは基本的にはハーレイを応援してるんだけど…。君と結婚してくれたらなぁ、と思ってるけど、それには精神修養ってヤツも必要なのかもしれないしね。さっき話してた火渡りだっけ? それも出来ないような男に君が惚れるとは思えない」
「うん、有り得ない」
銀青としては認められない、とキッパリ言い切る会長さん。ソルジャーは深く頷いて。
「そうだろうねえ、だからハーレイには精神力をつけて欲しいんだ。ぼくが絡んでも見事に旗をゲット出来たら、少しは株が上がりそうだし」
「…まあ、少しはね…」
ほんの少しね、と嫌々といった感じの会長さんですが、ソルジャーの方は御機嫌で。
「やっぱり株が上がるんだ? それじゃ大いに励まさなくっちゃ! ぼくの蜘蛛の糸の誘惑に負けず、エロい考えを封じまくって立派にゴールインするんだよ、って!」
それでこそハーレイの男が上がる、とブチ上げたソルジャー、蜘蛛の糸なタコ糸を垂らす係を会長さんから任命されることに。
「…どんなエールを送るつもりか知らないけどねえ、ハーレイの苦難が増えるんだったら大歓迎! あ、ズルをしてハーレイを助けるパターンは無しだよ?」
「心配しなくても今回は無し! ハーレイの男を下げるだけだし」
頑張りまくって自力でクリア出来てこそ、とソルジャーは会長さんに約束しました。お助けアイテムな蜘蛛の糸はソルジャーのせいで切れ易くなってしまいそうですが、教頭先生、大丈夫かな…。
「さあねえ? ぼくは最初からハーレイで遊ぶつもりだったしね」
ブルーのお蔭で楽しさ倍増、と会長さんは教頭先生を呼び出すための手紙の文面を考えています。曰く、君の本気を見てみたいだとか、精神修養で男を上げた君にキスを贈ろうとか…。
「そこはさ、もう一歩突っ込んで! キスの先まで行きたい気持ちにさせてくれるのを期待していると書いとくべきだよ」
「その案、採用!」
乗った、と会長さんの唇に悪魔の笑みが。ソルジャーの参加でハードルは上がりまくりです。教頭先生、来週の土曜日は受難の日になるんじゃないですかねえ…。
火渡りに端を発した水渡りもどき。教頭先生は会長さんの手紙にアッサリと釣られ、次の週の土曜日、私たちが待ち受けるフィットネスクラブにやって来ました。
「来たね、ハーレイ。敵前逃亡しなかったんだ?」
まだ今からでも逃げられるけど、と笑みを浮かべる会長さんですが。
「いや、逃げるような真似はせん。要は精神修養だろう? 水渡りだったか…。初耳だが」
頑張るまでだ、と胸を叩いた教頭先生はイベントの内容を全く知らされていませんでした。手紙で指示されたとおり水着持参でいらしただけで、油を塗った柱のこともカミツキガメも、蜘蛛の糸も何も御存知無くて。
「いい覚悟だねえ…。それじゃ後悔しないようにね」
まずは水着に着替えて来て、と言われた教頭先生、更衣室へと向かわれました。颯爽と戻って来られた時にはキリリと赤い褌が。その姿にソルジャーが見惚れています。
「カッコイイねえ、赤褌! ぼくのハーレイだと締めても披露する場所が無くてさ」
「あ、ありがとうございます…。精神修養と聞いたからには、やはり褌だと思いまして」
締めると気持ちが引き締まるので、と教頭先生。そのやり取りを聞いていた会長さんがクスッと笑って。
「緊褌一番って所かい? それじゃルールを説明するから会場の方へ」
こっち、と先頭に立ってプールに向かう会長さん。フィットネスクラブは臨時休業の名目で本日貸し切り、すれ違う人は誰もいません。重いドアを開けて入ったプールには競泳用の大きなプールと、飛び込み用の深いプールが。
「ハーレイ、水渡りは向こうのプールになるんだ。あそこに柱が見えるだろう?」
上の方だよ、と会長さんが指差す先に、飛び込み台の代わりに取り付けられた平均台より少し太いくらいの四角い柱が。長さ六メートルくらいでしょうか、急な坂レベルの傾斜付き。
「あの柱をね、駆け登って先に付けてある白い旗を取ってくればいい」
「…それだけか?」
「そう、それだけ。ただし柱には油が塗ってあるから滑るよ? 滑ったらプールにドボンとね」
「なるほど…。それで水渡りなのか」
気を付けて行こう、と顔を引き締める教頭先生に、会長さんは。
「火渡りの方は知っているよね? 雑念があるとペースが乱れて火傷する。水渡りも同じさ、精神統一が出来ていないと滑りやすい。そして落ちたら噛み付かれるから」
「は?」
「カミツキガメだよ。タイプ・グリーンの力があるから怪我はしない筈!」
でも噛まれたら剥がれないんだよね、と会長さん。教頭先生、プールを覗いて真っ青ですよ…。
「…ブ、ブルー…。大きな亀がウジャウジャいるのだが…」
アレがそうか、と震える声の教頭先生の後ろからプールを覗き込んだ私たちも息を飲みました。甲羅の長さが五十センチはありそうな亀が無数に泳いでいます。全部カミツキガメですか?
「うん、あれがカミツキガメだけど? 攻撃されると噛むらしいんだよ」
君が落ちて来たら攻撃と見なして噛むだろうねえ、と可笑しそうに笑う会長さん。
「でもね、落ちたら終わりってコトじゃないんだな。此処で見ているギャラリーの人数分だけ蜘蛛の糸がある」
「蜘蛛の糸だと?」
「そのまんまの意味さ、キースたち七人グループに因んで七本の糸を用意した。お釈迦様の役目はブルーが引き受けてくれてるんでね、ブルーが垂らした糸を掴んでプールから柱まで攀じ登ればいい。…ただし!」
この先が肝心で…、と会長さんは指を一本立てました。
「昔話の蜘蛛の糸ってヤツは自分のことしか考えなかった罰でプツンと切れるよね? 君を助ける糸も同じさ。精神修養だってことを忘れてエロい考えを起こした途端にプッツンだ。ぼくとブルーが君の心を監視する。エロさを感じたら容赦なく切る!」
カミツキガメの上に落っこちてしまえ、と言われて顔面蒼白の教頭先生。
「…そ、そんな…。で、では、私は……」
「えっ、簡単なことだろう? 精神統一して駆け登って行けば旗を取るのは簡単だ。運悪く滑っても蜘蛛の糸がある。それも七本! これだけのフォローがあっても水渡りが成功しないようなら、最初から望みは無いんだよ。ぼくのキスなんて夢のまた夢」
今すぐ棄権も認めるけれど、と会長さんが最後のチャンスをチラつかせましたが。
「い、いや…! 私も男だ、此処まで来たのに逃げるわけには…。あの旗を取って水渡りを成功させるまでだ!」
拳を握り締める教頭先生。覚悟のほどは御立派ですけど、どうなったって知りませんよ? 会長さんもフンと鼻を鳴らして。
「そこまで言うなら頑張りたまえ。いいね、集中力が大切! 旗を取ることだけを考えるんだね、そうすれば自然と道は開ける。精神修養とはそういうものさ」
火渡りも水渡りも心頭滅却! と発破をかけられ、教頭先生は飛び込み台へと向かわれました。決意も固く登ってゆかれて、いざ、柱へと。平均台より少し太いだけの幅な上に油で滑りますから、気合を入れて一気に走って下さいね~!
何回か大きく深呼吸をして、ダッと駆け出した教頭先生。一歩目からツルッと滑りましたが、両手を広げてバタバタと必死にバランスを取って二歩、三歩。あらら、走れるものなんだ…。
「へえ…。なかなかやるねえ、こっちのハーレイ」
ぼくの出番は無かったりして、とソルジャーが感心した途端にツルリと踏み出した足が宙に浮き。
「「「あーーーっ!!!」」」
二メートルくらい駆け登っていた教頭先生、体勢を崩して真っ逆さまにプールへと。ドッパーン! と派手な水飛沫が上がり、続いてバシャバシャと激しい水音。
「た、助けてくれーっ!!」
亀が、亀が、と浮かび上がった水面で手を振り回している教頭先生。カミツキガメが丈夫な顎で身体のあちこちに噛み付いています。会長さんがプールサイドで声を張り上げて。
「亀のフォローはしてないんだよ! まず剥がしてから救助要請! そしたら蜘蛛の糸!」
「な、なんだって!?」
「タイプ・グリーンなんだし、平気だろ? とにかく剥がす!」
君の馬鹿力で、と会長さんが叫び、教頭先生は懸命に姿勢を保ちながらカミツキガメに立ち向かいました。指くらいなら噛み切る力があるそうですから口を開けさせるのも簡単ではなく…。おおっ、拳を振り上げていらっしゃいます、ここは一発、殴るんですね?
「バーカ」
会長さんが小馬鹿にした口調で言い放つなり、大声で。
「総員、退避ーーーっ!!!」
「「「えっ?」」」
事情を飲み込む前に張られたシールド。ソルジャーまでが会長さんのシールドに包まれ、目を白黒とさせています。
「なっ、何?! 何があったわけ?」
「最後っ屁!」
会長さんの言葉と指差す方向。プールの中では苦悶の表情の教頭先生がカミツキガメと戦っています。顔が思い切り歪んでますけど、最後っ屁って何のことですか?
「カミツキガメはね、危険を感じると足の付け根から悪臭を出す習性があるんだな。ハーレイがガツンと殴っただろう? あれで最後っ屁をかましたわけさ」
当分シールドを解きたくはない、と会長さんが言い終える前に再び最後っ屁が放たれた模様。群がる亀を引き剥がすまでにオナラを何発食らわされるのか、あまり数えたくなかったり…。
鼻が曲がるほどに臭くて凄まじいらしいカミツキガメの最後っ屁。散々にやられた教頭先生はズタボロでしたが、お身体の方に怪我は無く。
「…か、亀はなんとか剥がしたぞ…!」
今の間に引き上げてくれ、と仰向けに浮いていらっしゃる教頭先生。攻撃されなければ噛まないというカミツキガメは周囲にウヨウヨいるのですけど…。
「えーっと、行ってもいいのかな? まだ臭そう?」
だったら一応シールドを、とソルジャーが尋ね、会長さんが。
「もう散ってると思うけど…。換気を強めにしておいたから」
「じゃあ、行ってくる。蜘蛛の糸、まずは一本目だね」
トン、とプールサイドを蹴って飛んだソルジャー、棒の上の宙にフワリと浮いて。
「ハーレイ、聞こえる? 今から糸を垂らすから! これに掴まって登ってきたまえ」
蜘蛛の糸だよ、とソルジャーの手から白いタコ糸が。ええ、文字通りのタコ糸です。スルスルと伸びて教頭先生の前まで降りて来たものの、教頭先生、心許ない表情で。
「…い、糸か…。これは本当に切れないのか?」
「疑ってると切れるかもねえ?」
君は信心が足りなさすぎだ、と会長さん。
「救いの糸だよ、信じて登る! そしたら足を滑らせた場所までちゃんと登っていけるから!」
「わ、分かった、登ればいいのだな?」
お前の言葉を信じよう、とタコ糸を掴んだ教頭先生の腕に筋肉がググッと盛り上がりました。ソルジャーが垂らす糸を頼りに腕を伸ばしてグンと攀じ登り、もう一方の腕を上へと。
「すげえや、糸でも登れるのかよ!」
揺れていねえぜ、とサム君が感心すれば、会長さんが。
「サイオンで強化してあるからねえ、糸でも強度はロープ以上さ。揺れの方はブルーが抑えてる。エロい妄想をしたならともかく、揺れてドボンじゃ気の毒だ…ってね」
「ほほう…。あいつらしいな」
惚れた相手には手加減するのか、というキース君の台詞に、会長さんの訂正が。
「惚れていないよ、ハーレイにはね。自分の伴侶と同じ顔には手加減する、の間違いだってば!」
「そうだった…。同じ顔だというだけだったな」
間違えた、とキース君が苦笑した所へソルジャーからの思念波が。
『ブルー、どうする? もう少しで君のキスをゲットだ、ってハーレイの心が零れてるけど』
「ぼくのキス!? その発想はエロいって!」
ぶった切れ、と会長さんが指示を飛ばして、蜘蛛の糸はそこでプッツンと。半分ほど登った教頭先生、カミツキガメが群れるプールへと落下してゆかれたのでした…。
せっかくの救いの糸をフイにしてしまわれた教頭先生。落ちたプールでカミツキガメに噛まれ、最後っ屁をかまされまくった末に二本目の糸をゲットし、今度は無事に棒の上まで。ソルジャーに励まされて「頑張ります!」と駆け出したものの…。
「また落ちたか…」
でも半分までは行ったのか、と会長さん。教頭先生はプールの中でカミツキガメに囲まれ、容赦なく最後っ屁を食らっています。とはいえ、既に半分まで走ったからには残り半分、行けないことはないのかも…。
「まあね。体力さえ持てば残り半分をクリアすることは出来るだろう。蜘蛛の糸も五本も残っているし…。ただね、ゴールに近づけば近づくほど、妄想も入りやすくなる」
その妄想を追い出せてこその水渡りだ、と会長さんは冷ややかな目で。
「どう思う、ブルー? ハーレイは最後まで行けそうかな?」
「うーん、どうだろ…。ぼくのハーレイと似てるんだったら、詰めは非常に甘そうだ。最後の最後でツルッと滑ってドボンと落ちてしまいそうだよ」
「やっぱりねえ…。まあ、仮に成功したとしてもさ、祝福のキスしか無いわけだけど」
そうとも知らずに頑張ってるねえ、とプールを眺める会長さん。
「その先のことを期待したくなるように努力しろ、と書いておいたから妄想だけは山ほどある筈! ゴールが近くなれば自然と気分がそっちの方に」
「だろうね。そして心が乱れて滑って落ちるか、蜘蛛の糸をプツンと切られるか。ぼくとしては妄想にしっかり蓋をしといてゴールインして欲しいけど…」
ちょっと無理かな、と首を振り振り、ソルジャーは亀を引き剥がした教頭先生のために蜘蛛の糸を垂らしに出掛けました。さっきみたいに登り切れるか、一度目のように切られるか。ハラハラしながら見守っていると、会長さんへのお伺いもなく糸がいきなりプッツンと…。
「うわぁーーーっ!!!」
野太い悲鳴と共に教頭先生はプールにドボン。カミツキガメは「落ちて来るものは敵」と学習したらしく、噛み付くと同時に最後っ屁までもお見舞いしている模様です。教頭先生、まさに踏んだり蹴ったりですけど、ソルジャーはどうして糸を切ったの?
「え、聞くまでもなかったからね」
スイッとプールサイドに下りて来たソルジャーが蜘蛛の糸を持っていた右手をヒラヒラと。
「せっせと無心で登る間に蜘蛛の糸の話を思い出したらしい。極楽から垂らされた糸だったな、と考える内に頭の中が理想の蓮に…ね」
「「「は?」」」
「アレだよ、ぼくの理想の蓮! キースにお願いしてあるヤツさ」
阿弥陀様から遠い場所に在ってハーレイの肌の色が映えるヤツ、と言われて浮かんだソルジャー夫妻の夢の極楽。来世はそういう蓮に生まれてヤリまくるのが夢でしたっけ…。
「…君の蓮の花を連想したのか…。それじゃ水渡りは絶望的かな?」
蜘蛛の糸はこの先プツンプツンと切れまくり、と会長さんが嘲笑い、ソルジャーが。
「そうなりそうだね、ぼくも手加減する気は無いし。…残り四本だったっけ? 無我の境地で登り切れるのが何本あるか…。そして最後に登り切った場所が旗の近くかどうかって所が運なのかな」
もしかしたら根性で腕を伸ばして旗を取るかも、と僅かな可能性に賭けるソルジャー。けれど蜘蛛の糸を垂らす係がソルジャーであり、そのソルジャーが理想の蓮を常に夢見ているとなっては…。
「絶望だよな?」
まず無理だよな、と油を塗った棒を見上げるサム君。
「あと半分も残ってるしよ…。糸の数だけでいけば無理とも言い切れねえけどよ」
「カミツキガメで消耗する分もあるしね…」
噛むし、おまけに最後っ屁だし、とジョミー君が肩を震わせています。
「ぼくだったらとっくにギブアップだってば、水渡りなんて…」
それくらいなら火渡りでいい、とお坊さん嫌いのジョミー君が言い出すくらいにカミツキガメは強烈でした。泳ぎも力も並みの人より優れている筈の教頭先生でさえ、脱出までにかなりの時間がかかるのです。おまけに臭いと来た日には…。
「まさに地獄というヤツか…。蜘蛛の糸は地獄に仏なんだが…」
それを活用出来るかどうかが勝負だな、とキース君が言い、マツカ君が。
「教頭先生ならこの逆境を乗り越えられると思いたいですけど…。どうでしょう…」
「賭けますか?」
ちょっと不謹慎ではありますけれど、というシロエ君の提案に賛同する人はいませんでした。教頭先生が旗をゲット出来る可能性は限りなくゼロに近そうです。そっちに賭けて当たった場合は大穴ですけど、負ける可能性の方が遙かに高いわけでして…。
「ブルー、君はハーレイに賭けてあげないのかい?」
男を上げて欲しいんだろう、と会長さんがソルジャーに水を向けましたが。
「嫌だよ、ぼくは確実に勝てる戦いしかしたくないんだ。負けるなんてこと、たとえ賭けでも縁起が悪い。それに不正は厳禁だよね?」
ハーレイのエロい妄想を見逃したりしちゃダメなんだろう、と尋ねられた会長さんがコックリと。
「当たり前! 君の役目は蜘蛛の糸を厳しく管理すること!」
いくらハーレイに肩入れしたって不正は厳禁、と会長さん。教頭先生をカミツキガメのプールから救える蜘蛛の糸を垂らすソルジャーの夢は理想の蓮。それに気付いた教頭先生、もう地獄へと真っ逆さまに落ちまくるしかないですってば…。
頑張るだけ無駄と思われた教頭先生だったのですけれど。大量のカミツキガメに噛まれまくって最後っ屁を山ほど浴びせられたことが結果的には良かったらしく。
「かみお~ん♪ 凄い、凄いよ、登ってるー!」
今までで一番速いよね、と感激している「そるじゃぁ・ぶるぅ」。最後に残った七本目の蜘蛛の糸を教頭先生はグイグイ攀じ登っていました。腕に加えて足の力もMAXです。赤褌だけを締めた身体に盛り上がる筋肉、そして無我の境地。
『…うーん、登ることしか考えてないや…』
頭の中は亀地獄からの脱出だけ、と蜘蛛の糸を垂らしているソルジャーの思念。頭の中から妄想の山を駆逐するほどにカミツキガメのプールは生き地獄だったみたいです。この糸を無事に登り切ったら旗までの距離は一メートル弱。滑ったとしても腕を伸ばせば届くかも…。
「おい、ひょっとしてひょっとするのか?」
シロエの賭けに乗るべきだったか、とキース君が呻き、ジョミー君も。
「うわぁ、賭ければ良かったよ~。いけるよ、絶対いけるって!」
「だよなあ、俺も賭けときゃ良かった…」
あと少しだぜ、と見上げるサム君。賭けを口にしていたシロエ君も残念そうで。
「…ぼく一人でも賭けるべきでしたね、大穴に…。ゴールで間違いなさそうです」
「うーん…。ぼくはハーレイに祝福のキスを贈るわけ?」
まあいいけどね、と会長さんがブツブツブツ。教頭先生はぐんぐん登って棒まで辿り着きました。ソルジャーがトンとプールサイドに飛び降りるのと、バランスを確かめていた教頭先生が旗を目指してダッシュしたのとは殆ど同時で。
「「「!!!」」」
ダダダッと勢いよく駆け登っていった教頭先生、気が焦ったのか腕を伸ばすのが速すぎた様子。右腕が旗を掠めて空を切り、左足がツルンと真上に滑って…。
「「「おぉぉっ!!!」」」
墜落する、と思った次の瞬間、教頭先生は二本の足でガシッと棒を捕えました。グググ…と身体を曲げ、上半身を起こして旗を取ろうと懸命です。
『く、くっそぉ…。諦めてたまるか、なんとしても私はブルーのキスをっ!!』
ギリギリと歯を食いしばる教頭先生の思念がビンビンと。そっか、蜘蛛の糸じゃなければ妄想が原動力になっていたって大丈夫というわけですか…!
「や、やばい…。やっぱりキスかな…」
会長さんの呟きにソルジャーが。
「諦めたまえ。立派に水渡りを成し遂げたんなら仕方ないだろ、キスくらい!」
減るモンじゃなし、と背中を叩かれた会長さんがガックリと肩を落とした時。
「ブルー、今いくぞーっ!!!」
上体をグイと曲げて旗を掴もうとした教頭先生の身体を支えていた足がツルリと油で滑りました。筋肉隆々、金色の脛毛に覆われた二本の足が空中で無様に開かれ、体勢を立て直す暇も無く…。
「ブルーーーっ!!!」
腹の底からの叫びを残して、教頭先生はその頭からプールに突っ込んでゆかれました。カミツキガメの甲羅に激突するゴツンという音が鈍く響くなり、一斉に放たれる最後っ屁。文字通りこれで最後です。蜘蛛の糸はもう無く、旗は空しくプールの上に翻り…。
「…派手にやったねえ……」
プール中の亀が最後っ屁なんじゃないのかい、とシールドを張りつつ、ソルジャーが。
「そうみたいだねえ…。キスせずに済んで良かったよ。ハーレイの精神修養はともかく、君に背中を押されるのだけは避けたいし!」
キスだけで済むとは思えないから、と苦笑いをする会長さん。
「ついでにデートとか余計なオマケがついて来そうだ、ハーレイが水渡りに成功してたら」
「あっ、分かった? 色々と考えていたんだけどねえ…」
「ぼくも色々考えていたよ。君の注文にどう切り返すか、ハーレイをどう封じるか…。でもねえ、ハーレイは当分、そういう妄想をする余裕は無いかと」
失敗のダメージは大きいんだよ、と会長さんが指摘するとおり、教頭先生はカミツキガメに噛み付かれたままプカプカと浮いておられました。唇が小さく動いてますけど、会長さんの名前を呼んでいるとか…?
「違うね、あれは「臭い」と言っているんだよ」
最後っ屁が、と会長さんが笑って答えて、ソルジャーも。
「うん、そうとしか聞こえない。頭の中まで「臭い」で一杯、救出するのは後でいいかな」
匂いがすっかり抜けてから…、と笑い合っている会長さんとソルジャーと。教頭先生の努力の甲斐無く、水渡りは成功しませんでした。せめて最後に呟いていたのが会長さんの名前だったら…。「臭い」なんていうモノじゃなかったら、少しは希望があったんですかねえ…?
精神力で勝て・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
カミツキガメはね、噛むだけじゃなくて最後っ屁なんですよ、本当です。
近所の池にもいるらしいですが、挑む勇気は無いですね…。
今月は月2更新ですから、今回がオマケ更新です。
次回は 「第3月曜」 12月21日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、12月は、迷惑な外来種というヤツの話題で始まり…。
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