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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

肉体美を示せ

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






今年も楽しい夏休み。恒例の柔道部の合宿と、ジョミー君とサム君の璃慕恩院での修行体験ツアーが終われば遊び放題の日々の始まりです。キース君にはお盆に備えての卒塔婆書きなんていう仕事もありますが、それも一段落しましたし…。
「かみお~ん♪ 夏はやっぱりバーベキューだね!」
沢山食べてね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちはアルテメシアの郊外にある涼しい谷間に来ていました。とっても素敵な河原ですけど、そこへ行くにはハードな山越えが必須。暑い盛りに山道を歩いてバーベキューに行こうなんて人はありませんから貸し切りです。
「ホントのホントに穴場だったね!」
凄いよね、と御機嫌で串焼き肉に齧り付いているジョミー君。私たちは反則技の瞬間移動で会長さんの家からやって来ましたが、こんな場所でも春と秋にはそこそこ賑わっているのだとか。
「アウトドアが好きな人にはいいらしいんだよね」
だけど夏場は流石にちょっと、と会長さん。
「辿り着いたら涼しいけどさ、途中の山道が暑いしねえ…。もちろん帰りも汗だくになるし、来ようって人はまず無いよ」
バーベキューだと荷物も多いし、なんて言ってますけど、その点については山越えでも問題なかったような気がします。何故かと言えば…。
「ブルー、そろそろ鍋も乗せるか?」
「鍋だって? ダッチオーブンと言って欲しいね、そりゃあ見た目は鍋だけど」
火の番もしっかりしといてよ、と顎で使われている教頭先生。バーベキューに欠かせない竈を河原の石で組み上げ、更に火起こしと火の番をするために駆り出されてしまわれたのでした。山越えだった場合は全ての荷物が教頭先生の肩にかかっていたことでしょう。
「えとえと…。この辺に乗せてね、お肉とかも焼かなきゃいけないし!」
ここにお願い、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が頼んだ場所に教頭先生がダッチオーブンを乗せました。朝一番に市場で仕入れたというシーフードたっぷりのパエリアが出来る予定です。
「缶ビールチキンは?」
どうやるんだい、と興味津々で覗き込んでいる会長さんのそっくりさん。山奥の河原でバーベキューパーティーという情報を掴んでキャプテン連れでの参加を表明、ちゃっかり登場。あちらの世界のシャングリラ号には特別休暇だと言って来たとか。
「んーとね、缶ビールの蓋を外して…」
「中身を飲んで空にするわけ?」
「飲んじゃダメ―ッ!」
ビールが大事なんだから、と缶を抱え込む「そるじゃぁ・ぶるぅ」。文字通りザルなソルジャーにかかっちゃ、缶ビールなんてアッという間に全滅ですよ…。



缶ビールチキンは丸ごとのチキンをビールの缶に被せて焼くという豪快なもの。ビールの湯気で蒸し焼きになり、バーベキューの炎で皮がこんがり。ダッチオーブンで炊き上がったパエリアと共に今日のバーベキューのメインです。
「うん、美味しい! はい、ハーレイ。あ~ん♪」
「…ああ、これは…。美味しいですね」
ソルジャーが差し出すチキンの足をキャプテンが齧り、代わりに「どうぞ」と自分のお皿のパエリアを。スプーンで掬われたそれをソルジャーが御賞味、そこから先のソルジャー夫妻はお互いのチキンとパエリアの食べさせ合いで。
「…また始まったぜ…」
キース君が毒づけば、シロエ君が。
「さっきまでより悪化しましたね、肉とかも「あ~ん」でしたけど…」
「うっわー、あそこまでやるのかよ…」
パフェとかだったら王道だけどな、と呆れるサム君の視線の先では、キャプテンとソルジャーが一本のチキンの足を両側から美味しそうに齧っていました。これぞバカップルというヤツです。止めるだけ無駄、見るだけ目の毒、と視線を逸らしていたのですけど。
「…おしどり夫婦か…」
「「「えっ?」」」
なんだ、と振り返ると教頭先生がチキン片手に涎の垂れそうな顔でバカップルの姿を見ておられました。おしどり夫婦と言われてみれば、そういう言い方もあるような…。
「なにさ、ハーレイ。羨ましいわけ?」
バカップルが、と会長さん。
「そりゃそうだろうねえ、君には理想のカップルだもんね? あっちのハーレイは君にそっくり、ブルーはぼくと瓜二つ。あれが自分とぼくだったら、と思わずにいられないんだろう?」
「い、いや、まあ…。それは確かに理想ではあるが……」
無理そうだしな、と教頭先生はションボリと。
「お前は一向に応えてくれんし、どうにもならん。バーベキューのお供がせいぜいだ」
「ふうん…。一応、分は弁えてる、と」
もっと馬鹿かと思ってたけど、と会長さんは遠慮がありません。
「おしどり夫婦を目指そうだなんて、色々な意味で無理があるんだよ。まず、訊こう。君は美しさに自信があるわけ?」
「「「…は?」」」
教頭先生ばかりか、私たちまで間抜けな声が出てしまいました。美しさだなんて、どういう意味?



おしどり夫妻なソルジャー夫妻が羨ましくてたまらない教頭先生。いつかは自分も、と夢を見たい気持ちは分かりますけど、それに対する会長さんの突っ込みは斜め上ではないのでしょうか? 教頭先生と美しさって、どう考えても結び付かない要素なのでは…。
「何をポカンとしてるんだい? ぼくはハーレイに訊いてるんだよ、自分の美しさに自信があるのかって!」
「…う、美しさだと…? それを言うならお前の方が…」
「ぼくの方が美しいだって? 決まってるじゃないか」
でなきゃシャングリラ・ジゴロ・ブルーはやってられない、と自信満々の会長さんは超絶美形。それに対して教頭先生は威厳があるとしか言いようのない、非常にいかつい御面相です。
「ぼくの方が綺麗だって言い出す時点で失格なんだよ、おしどり夫婦! 世間一般ではそれで通るかもしれないけれども、ここは厳格に言わせて貰う。…オシドリはオスの方が断然綺麗で、メスは思い切り地味なんだけど」
「た、確かに…」
華やかなのはオスだったな、と応じた教頭先生に、会長さんは。
「おしどり夫婦を目指したいなら、君も美形でなくっちゃね。それともアレかい、ぼくがオスでもかまわないと? 当然、ぼくがオスの立場で」
「そ、それは困る!!」
「ぼくも嫌だよ! 女性はもれなくオッケーだけども、君を相手にするのはねえ…。というわけで、ぼくの心を射止めようだとか、そういう以前に却下なんだよ、おしどり夫婦」
さっさと諦めて成仏しろ、と、けんもほろろな会長さん。ところが横からソルジャーが…。
「そう言わずにさ。…ぼくからすれば充分に美しく見えるんだけどねえ、ぼくのハーレイ」
「…君の目はいわゆる節穴だろう!」
そうでなければ恋は盲目、と会長さんは即座に言い返しましたが、ソルジャーはチッチッと指を左右に振ると。
「違うね、これは見方の問題! ハーレイの魅力は顔じゃない。もちろん顔も大切だけれど、まずは逞しい身体だよ。ぼくの身体とは比べ物にならない筋肉に覆われた身体がいいんだ、あれは綺麗だと思うけど?」
そこの君たちはどう思う、と尋ねられてみれば否定できない部分もあります。柔道十段、古式泳法でも鍛え上げられた教頭先生の身体、肉体美という観点から見れば「美しい」としか譬えられないような…。
「ね、本当に綺麗だろう? ブルーよりもさ」
これでバッチリおしどり夫婦、と言われましても。会長さんが納得しなけりゃ無理だと思いますけどねえ…?



教頭先生の方が綺麗でなければ却下されるらしい、おしどり夫婦。会長さんは首尾よく蹴り飛ばしたつもりだったのでしょうが、混ぜっ返したのがソルジャーで。
「ぼくはハーレイの方がぼくより綺麗だと思うわけ。…そうでなければ夜も満足できないしねえ? 夫婦は夜の時間が大切なんだよ」
もちろん昼間でも大人の時間は大歓迎、とキャプテンの腕に抱き付くソルジャー。
「この肉体美が最高だってことが分からないようじゃ、君もまだまだ…」
「分かりたいとも思わないってば!」
「うーん…。それはハーレイがヘタレだからじゃないのかなぁ…」
ヘタレてなければ君にも分かる、と主張するソルジャーと大反対な会長さんはバーベキューそっちのけでギャンギャンと言い争いを始めました。実に不毛な応酬です。火元になった教頭先生は巻き込まれては災難だとばかりに背を向けてバーベキューの世話係。
「もっと野菜も食わんといかんぞ、肉ばかりでは栄養が偏ってしまうからな」
「「「分かってまーす!」」」
でも美味しい、とジューシーに焼き上がったローストビーフをパクついていると。
「あーっ、食べられてる!」
「…ホントだ、ぼくとしたことが…」
油断した、と慌てて戻って来た会長さんとそっくりさん。「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製のソースで頂くローストビーフで一時休戦らしいです。食べ終わったら再び喧嘩かと思っていれば。
「………肉体美ねえ…」
それだけではちょっと足りないな、とローストビーフを頬張る会長さん。
「ハーレイとは付き合い長いんだよ。素っ裸だって何度も見たしさ、今更惚れろと言われても…。もっと強烈にアピールするなら別だけど」
「アピールって…。いわゆるセックスアピールかい?」
そう言ったソルジャーの額にピシャリとイエローカードが。
「もっと上品に言えないかな、君は! オシドリのオスは特にコレということはやらないけどねえ、クジャクのオスだと派手にやる。クジャクも綺麗なのはオスだよね? でもってメスの気を引くためには尾羽をパァーッと広げるわけで」
「それならぼくも知ってるよ。…そういうアピールを希望なんだ?」
「そう! ハーレイの肉体美の凄さが引き立つアピール!」
「なんだ、それなら簡単じゃないか」
そこの柔道部員を纏めて一度に投げ飛ばせば、とソルジャーが返し、キャプテンも大きく頷いています。でも、キース君たちを投げたくらいで教頭先生の株が上がりますか…?



会長さん曰く、教頭先生が自分の肉体美を示したいならアピールが必要。オシドリならぬクジャクのオス並みの派手さで気を引け、と言い出しましたが、具体的にはどういったことを希望でしょう? 一筋縄で行くわけがない、と私たちにだって分かります。そして案の定…。
「キースたちを纏めて投げる? その程度のこと、普通じゃないか」
楽勝で出来る技を見せられたって、と、会長さんはツンケンと。
「ヘタレ返上くらいの勢いでやってくれなきゃ話にならない。だけどベッドに付き合いたいとも思わない。…ついでにベッドじゃ鼻血で終わりだ」
「…うっ……」
教頭先生が鼻の付け根をギュッと摘むのを見て、せせら笑っている会長さん。
「ほらね、想像しただけでコレさ。…なのにバカップルが羨ましいと言うんだからねえ…。しっかりアピールしてくれたなら、まずは「あ~ん♪」から始めてもいい。そしていずれは二人で一つのパフェを食べるとか、缶ビールチキンを齧るとか」
「ほ、本当か!?」
本当なのか、と喜色満面の教頭先生に向かって、会長さんは。
「この件に関しては嘘は言わない。でも、その前にまずはアピールありきだよ」
「…分かっている。私は何をすればいいのだ? 鍛え上げた身体を見て貰うには、夏だけに遠泳あたりだろうか?」
海の別荘行きの時に披露しよう、と教頭先生はグッと力瘤を見せたのですけど。
「違うね、それも君にとっては大したことじゃないだろう? ぼくの希望はヘタレ返上! 鯉が龍に化けるくらいの勢いが欲しい」
「「「…鯉???」」」
なんですか、それは? 鯉ならそこの川にも泳いでいますし、教頭先生も怪訝そうな顔。しかし、会長さんは鯉が泳ぐ川を指差して。
「…知らないかなぁ、登竜門。君は古典の教師だよねえ?」
「もしかしてアレか? 滝を登り切った鯉は龍になるという伝説のことか?」
「そう、それ! 君も根性で滝を登れば龍になったと認めてもいい。鯉から龍に変化したなら立派にヘタレ返上だ。…君に滝登りの経験なんかは無いだろう?」
「う、うむ…。クライミングは範疇外だ」
滝など登ったこともない、と答えた教頭先生に、嫣然と微笑む会長さん。
「じゃあ、決まり! キースたちが忙しくなるお盆の前にみんなで行こうよ、遊びにさ」
大きな滝がある所へね、と誘われた教頭先生は二つ返事でOKしました。クライミングは超初心者でも、会長さんを射止められるチャンスとあれば滝登りにチャレンジらしいです。教頭先生、明日あたりからクライミングの特訓かも?



大盛況に終わった河原でのバーベキューパーティーから一週間後が教頭先生の滝登りの日。夏真っ盛りで雨の心配も全く無さそう。物見高いソルジャー夫妻も参加するそうで、教頭先生が見事やり遂げた時はバカップルの先達として祝福するとか言ってましたが…。
「…本気で滝登りで教頭先生を認めるわけ?」
サムの立場は、とジョミー君が心配している三日目の午後。私たちは会長さんのマンションに遊びに来ていました。教頭先生はあれから毎日、クライミングの練習中です。
「サムかい? まず大丈夫だと思うけどねえ、公認カップルは揺らがないかと」
ハーレイごときに滝登りは無理、と言い放つ会長さんの隣で「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「んとんと、ぼくも無理じゃないかと思うんだけど…」
「本当か? かなり上達しておられるぞ」
凄いペースで、とキース君。壁に中継画面が映し出されていて、そこでは教頭先生が懸命に岩場を登っておられました。アルテメシアの北の方にあるロッククライミングの練習場です。頭にヘルメットを被り、ザイルを握って着実に上へ、上へと歩みを。
「まあねえ、いい師匠がついたみたいだし…。持つべきは山をやる仲間だよね」
プロだから、と会長さんが教えてくれた教頭先生の指南役の若い男性の実年齢は百歳超え。国内の山はとっくの昔に登り尽くして、もちろん海外遠征も。世界三大北壁と呼ばれて登り切った人は非常に少ない高峰の断崖も制覇したという猛者だそうです。
「滝を登るならフリークライミングもやっておくべき、とアドバイスしたのもこの師匠だよ。そっちは別の人が教えているだろ?」
「そうでしたね…」
そっちも上達なさってますよ、とシロエ君が口にするとおり、教頭先生は道具を使わずに手足の力だけで登るフリークライミングも頑張り中。練習場所は同じですけど、これは先生が変わります。人工的な足場とかを一切使わないため、転落率も非常に高く…。
「ザイルがあるから下まで落っこちていないけど…」
落ちたら完全にアウトだよね、とジョミー君が言い、キース君が。
「滝登りの本番はブルーが安全面をサイオンでカバーするんだろうが…。これほどの努力をなさっているんだ、俺としては無事に登り切って頂きたい」
「無理、無理! それが出来たらハーレイじゃないね」
滝はそんなに甘くない、と会長さんはケラケラと。とはいえ、教頭先生の技術は日に日に向上しています。滝登りの日まで練習日はまだ三日もありますし、登り切られる可能性は大ですよ? それとも会長さんが妨害するとか? それも無いとは言い切れませんね…。



滝登りに出掛ける日はアッと言う間にやって来ました。今度の行き先も歩いて行くには難しいそうで、会長さんの家に集合して瞬間移動で出発です。私たちがお邪魔した時にはソルジャー夫妻が既に来ていて、間もなく教頭先生も。
「おはよう。ついにこの日が来たな」
猛特訓をしてきたぞ、とリュックを背負った教頭先生は自信に満ちておられました。ロッククライミングの練習場でも最も難しいと言われるルートを制覇なさったらしいのです。
「フリークライミングで制覇は流石に無理だが、あれで大いに自信がついた。大抵の滝なら大丈夫ですよ、と太鼓判を押して貰えたし…。今日の私に期待してくれ」
「はいはい、分かった。それじゃ行こうか」
会長さんが投げやりに言えば「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「お弁当の用意も出来てるよ! それじゃ、しゅっぱぁ~つ!」
パアァッと迸る青いサイオン。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにソルジャーの力で移動した先では見上げるような滝が轟々と音を立てて流れ落ちています。
「「「……スゴイ……」」」
こんな滝の横を登るのか、と濡れた岩肌を驚愕しながら眺めましたが、教頭先生は腕組みをして「ふむ」と一言。
「これなら充分いけそうだ。濡れてはいるが、靴もアドバイスして貰ったからな」
よいしょ、と教頭先生がリュックを下ろし、取り出したものに私たちの目が一気に点に。どう見てもコレは地下足袋です。教頭先生は靴を脱ぎ、靴下も脱いで地下足袋に合った靴下に履き替え、地下足袋を。えーっと、素材はゴムですかねえ?
「沢登りにはこれが一番だそうだ。岩を登るにはこれも必須と教えて貰った」
この上からコレをこう履いて、と装着されたアイテムは草鞋の親戚みたいなモノ。濡れた岩でも滑らずに登れて足の力もしっかり伝える登山靴の一種らしいのですが…。
「変な靴だと思っているな? だが、この靴とかは高いんだぞ」
普通の地下足袋よりも遙かに高い、と聞かされたお値段はゴージャスでした。会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」ならランチを一回食べれば消えそうな値段ですけど、ファミレスだったら十回は軽く食べられそうです。
「この靴があれば滝くらいはな…。さて、行ってくるか」
濡れても大丈夫なウェアも用意してきた教頭先生、ヘルメットを被り、ザイルとハーネスとかいう腰につける安全ベルト、落下防止のための道具にハンマー、他にも色々なアイテムを持って滝へと向かいかけたのですが。
「ちょっと待った!」
君が登るのはソレじゃない、と会長さんのストップが。まさかの道具無しですか? この滝でフリークライミングをやるんですか~!?



濡れた岩場でフリークライミングなんて、素人が見ても無理すぎます。まして初心者な教頭先生、いくら特訓を積んだと言っても真っ逆さまに落ちそうな気が。会長さんの狙いはコレだったのか、と誰もがゾッとしたのですけど。
「…ふ、フリークライミングで行けというのか…?」
教頭先生の声も震えていました。
「や、やってやれないことはないかもしれんが、こう濡れていては…」
「じゃあ、やめておく? 龍になる前に鯉で終わるんだね?」
それもヘタレらしくて良きかな、と会長さんが嘲笑うと。
「いや、やろう! ただ、そのぅ……。万が一、落ちてしまった時は…」
「分かってるってば、いくらぼくでも殺しやしないよ。ちゃんと責任を持って助けるさ」
「そうか! 助けてくれるか、ありがとう、ブルー」
感極まった様子の教頭先生、ハンマーなどの道具をリュックの中に。いよいよフリークライミングでの出発です。あれだけ頑張っておられたのですし、せめて半分くらいまでは…。え? なんですって、会長さん?
「だから待ってって言ってるんだよ!」
その靴とかは要らないだろう、と会長さんがビシバシと。道具無しどころか裸足なのか、と私たちが絶句していると。
「かみお~ん♪ 靴を履いてたら入らないもんね!」
「「「は?」」」
なんのこっちゃ、と思う間もなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宙にボワンと取り出したものは。
「「「………!!!」」」
「あはははは! これはいいねえ…」
最高だよ、とソルジャーがお腹を抱えて笑っています。
「そ、そ、それで登るんだ…? ホントに鯉の滝登りだねえ…」
来た甲斐があった、と遠慮会釈なく笑い続けるソルジャーの隣でキャプテンが。
「し、しかし…。あれで登るのは無理なのでは……」
「だからこそだよ、登り切ったら鯉でも龍になれそうだってば」
それだけの値打ちは充分にある、と笑い過ぎで涙を流さんばかりのソルジャー。それもその筈、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で運んだアイテムは魚の尻尾だったのです。足ビレなんかではありません。その昔、教頭先生のために会長さんが特注してきた人魚の尻尾というヤツですよ~!



「「「…………」」」
教頭先生も私たちも地面にゴロンと転がっている人魚の尻尾を凝視していました。目に痛すぎるショッキングピンクで鱗と立派な尾ビレつき。身体にぴったりフィットが売りだったかと記憶しています。会長さんはニコニコと…。
「ハーレイ、君も覚えているだろう? この尻尾をつけて人魚泳法を極めてたよねえ、あっちのブルーの世界のハーレイと組んでハーレイズなんかもやったっけ。鯉の滝登りは魚の姿で登ってこそだよ、人魚の姿でやりたまえ」
「ま、待ってくれ、ブルー! この尻尾がいくら丈夫か知らんが、岩で擦れたら傷んでしまうぞ」
そうなったら二度と使えないが、と教頭先生は必死の逃げを打ちましたが。
「ああ、その点なら大丈夫! サイオンでコーティングすれば岩に擦れても引っ掛かっても傷ひとつつかなくなるからねえ…。安心してやってくれればいいよ」
「…ほ、本当にこれでやれと……」
滝と人魚の尻尾の間を教頭先生の視線が忙しなく往復し、キャプテンが気の毒そうな表情で。
「無理はおやめになった方が…。これではとても登れませんよ」
「い、いえ…。フリークライミングで両腕はかなり鍛えましたし、足でキッチリ支えられれば絶対に無理とは言い切れないかと…」
諦め切れない教頭先生の気持ちは嫌と言うほど分かりました。この滝を登り切りさえすれば、会長さんとの甘い日々が待っているのです。結婚までの道は遠くても「あ~ん♪」だの二人で一つのパフェだのがあれば幸せ一杯、夢一杯。ダメ元でチャレンジしたくなるのも至極当然。
「ふうん、諦めないわけだ?」
君は意外と度胸があるね、と会長さんの手が閃いて。
「それじゃ、まずは専用下着から! でないと身体にフィットしないし」
服を脱いでから履き替えて、と紫のTバックが教頭先生の目の前に。そういえば人魚の尻尾はTバックを履いて装着がお約束だった、と蘇ってくる懐かしくも恐ろしく笑える記憶。着替え用のテントも身体を隠すバスタオルも無い状況ですけど、果たして教頭先生は…?
「分かった。女子は後ろを向いていてくれ」
着替えるから、と言い切った勇気ある教頭先生に、会長さんは。
「ダメダメ、それじゃ鯉だよ、龍ならもっと堂々と! 女子にはモザイクをサービスするから、衆人環視の下で着替えがぼくのお勧め」
「…堂々と、か…。そうだな、鯉では未来が無いのだったな」
私も男だ、と教頭先生は服を脱ぎ捨て、紅白縞も放り投げました。途端にスウェナちゃんと私の目にはモザイク、やがて紫のTバック一丁の教頭先生が滝を背に。それから間もなくショッキングピンクの人魚が出現したわけですけど…。



「はい、お疲れ様。滝壺まではサイオンで運んであげるから」
後は自力で頑張って、と会長さんの青いサイオンが教頭先生人魚をフワリと包むと滝壺へ。古式泳法の達人にして人魚泳法もマスターしている教頭先生、渦巻く水流をものともせずに滝の脇の岩壁に取り付くと。
「よし、行くぞ!」
気合の入った声が滝の響きに負けずに届きました。両腕の力と人魚な下半身の支えだけを頼りにザイルも無しでのクライミングとは、まさに命がけ。何処まで行けるか、と私たちが固唾を飲んだ時です。
「違うよ、岩を登ってどうするのさ!」
会長さんの叫びに教頭先生がこちらを振り向き、私たちの頭上に『?』マーク。岩を登らずにどうすると? 滝を登るんじゃなかったんですか?
「違うんだってば、鯉の滝登りと言っただろう! 鯉は岩なんかを登らないよ! 滝を登ってなんぼなんだよ、でなけりゃ龍になれないし!」
「「「滝!!?」」」
それこそ無茶な注文です。そうめん流しみたいにショボイ滝ならともかく、轟音を立てて流れ落ちる滝。こんなのを登れる鯉なんて…。そんなのがいたら本当に龍になれるでしょう。まして龍どころか人間にすぎない教頭先生、登れるわけがないですよ~!
「…た、滝を…か…?」
無理だ、と呻く教頭先生の呟きがハッキリ聞こえます。会長さんがサイオン中継しているんだと思いますけど、教頭先生、これでギブアップとなるわけですか…。なるほど、「公認カップルは揺らがない」と会長さんが言っていたのも納得かも。
「…無理だろう、ブルー! 人間が滝を登るなど!」
最初から私を騙したのか、と泣きの涙の教頭先生に会長さんはニッコリと。
「まさか。…君ならあるいは出来るかも、と思っただけだよ、ね、ぶるぅ?」
「んとんと…。ハーレイ、ホントに出来ない?」
ぼくでも登れちゃうんだけれど、とピョーンと宙に飛び出して行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、滝壺の表面に着水するなり水面を蹴って飛び上がりました。
「「「わわっ!!?」」」
落下する滝にヒョイと足をつけ、それを足場にポーンと上へ。ピョンピョンと滝の水を蹴り、ヒョイヒョイヒョイ…と上へ上へと登ってゆくと…。
「わぁーい、いっちばぁ~ん!」
登っちゃったぁ! と滝の上の岩を舞台に十八番の『かみほー♪』熱唱です。なんなの、今の、なんだったの~!?



御機嫌で歌い踊る「そるじゃぁ・ぶるぅ」をポカーンと見ている教頭先生。私たちも何が起こったか分かりませんでしたが、ソルジャーがクッと喉を鳴らして。
「なるほどね…。水を足場に登ったわけだ?」
「そういうこと!」
相槌を打つ会長さん。
「昔からよく言うんだよねえ、右足が沈む前に左足を出せば沈まずに水面を走れるってね。ぼくやぶるぅには簡単なことだ。君にも出来ると思うけど?」
「それはもちろん。上まで競争してみようか」
ぼくが勝つ、とソルジャーが飛び出し、殆ど同時に会長さんが。二人は先を争って滝を駆け登ってみせると「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて揃って飛び降りて。
「どう、ハーレイ? これでも滝は登れないと?」
諦めるんなら今の内、と滝壺の水面に立った会長さんが笑っています。両隣には同じく水面に立つ「そるじゃぁ・ぶるぅ」とソルジャーが。サイオンで身体を浮かせているのか、水に細工をしているか。いずれにしてもタイプ・ブルーならではの技ですけれど…。
「…の、登れるのか……」
教頭先生の苦悶に満ちた呻きに、会長さんは。
「そうだよ、これが龍の実力。それも無いくせに、おしどり夫婦なんて絶対無理だね。ぼくにアピール出来ない自分の限界ってヤツを思い知ったら?」
「…そ、そんな……。いや、諦めるにはまだ早い! 私は諦め切れんのだ…!」
このチャンスをモノにしてみせる、と教頭先生は猛然と泳ぎ出しました。滝の真下へと泳ぎ着くなり、両手を広げて水を掻こうとしましたが。
「…うわぁ…っ!」
ドオォッ、と流れ落ちる滝に飲まれて教頭先生の姿が消滅。これって物凄くヤバイのでは?
「こらぁーっ!」
キース君の絶叫が滝壺の上に立つ会長さんたちに。
「見てずにサッサと救助しろ! 滝壺に引き込まれたら終わりだぞ!」
「平気、平気! だって相手はハーレイだしね」
会長さんがヒラヒラと手を振り、ソルジャーが。
「人魚泳法だけじゃなくって古式泳法だったっけ? 平気だってば、ちゃんと泳いでる」
「「「へ?」」」
だって姿が、と言い終える前にプハーッ! と大きな呼吸音が。滝壺から流れ出す川にショッキングピンクの人魚が浮かび上がりました。えっ、川上に向かうんですか? また滝壺に戻る気ですか、教頭先生?



「…いやあ、諦めが悪いね、ホント…」
まだやってるよ、と滝へと顎をしゃくるソルジャー。私たちは滝がよく見える場所にレジャーシートを敷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕を奮ったお弁当に舌鼓を打っていました。涼しげな滝と木陰にピッタリの鮎の姿寿司をメインに胡麻豆腐やら天麩羅やらと盛りだくさんです。
「そう簡単には諦めないと思うけどねえ…」
ぼくに恋して三百余年、とクスクス笑う会長さん。
「それにさ、鯉はけっこう諦め悪いよ? いつだったかなぁ、鯉の滝登りって動画を見付けてさ。タイトルからしていつか登るに違いない、と延々と十分以上も見てたんだけど…」
「ダメだったわけ?」
ソルジャーの突っ込みに、会長さんは「うん」と素直にコックリ。
「沢山いたから一匹くらいは、と思ってたのに…。どれも流されちゃうんだな。滝と言いつつアレは段差だね、たかだか数十センチじゃないかと」
「それでも登れなかったのかぁ…。なら、ハーレイも無理っぽいねえ」
「どうでしょうか…。要はサイオンの使い方ですし、もしかするかもしれません」
力はおありだと思いますので、とキャプテンが海老の天麩羅を齧った時です。
「うおぉぉぉぉーーーっ!!!」
滝の方から教頭先生の雄叫びが響き、流された川から滝壺に向かって全力で泳ぐ人魚が一匹。
『ここで諦めるわけにはいかん! なんとしてでも滝を登ってブルーの愛をーーーっ!』
ビンビンと頭の中に木霊する思念波は教頭先生の心の叫びでした。会長さんがプッと吹き出し、笹で巻いた鰻の粽寿司を剥きながら。
「愛をあげるとは一言も言ってないけどねえ?」
「例によって妄想大爆発だろ? 一を聞いたら十くらいまで突っ走るよねえ、こっちのハーレイ」
その辺が面白いんだけれど、とソルジャーが返した、その瞬間。
『ブルー、今、行くーーーっ!!!』
凄まじい思念の爆発と共にドォォーン! と上がった水飛沫。滝壺が爆発したかのような凄い飛沫は滝よりも高く遙か上まで吹き上げ、私たちの方にも鉄砲水さながらの勢いで。会長さんたちがシールドで防いでくれなかったら服はビショ濡れ、お弁当も吹っ飛んでいたでしょう。
「…きょ、教頭先生……?」
まさか登った? とジョミー君。滝壺に人魚の姿は見えません。キャプテンが言った「もしかすると」がついに実現したのでしょうか? 教頭先生、内に秘めたサイオンを爆発させて見事に滝を登りましたか?



会長さんたちがやって見せたのとは別の方法で登ったらしい教頭先生。滝壺の水ごと逆流させれば、それに乗って上に登れます。長い年月、教頭先生をからかい続けてきた会長さん。とうとう年貢の納め時か、と私たちは滝を見詰めました。
「…ついに登ってしまわれたか…」
流石は教頭先生だ、とキース君が感慨深げに呟き、シロエ君が。
「そうですね…。でも、サム先輩はどうなるんです?」
「俺かよ? やっぱり身を引けってことになるかな、ブルーは言わねえだろうけど…」
教頭先生に睨まれちまうのはマズイしよ、とガックリと肩を落とすサム君。でも、サム君よりも会長さんが問題です。これからは教頭先生と「あ~ん♪」な日々。二人で一つのパフェを分け合う暑苦しい夏が現実に…。
バカップルなソルジャー夫妻だけでも沢山なのに、そっくりさんな会長さんと教頭先生までが「あ~ん♪」になったら、今年の夏の海の別荘、私たちには生き地獄では…。
「そ、そっか…。海の別荘、ヤバイよね?」
どうしよう、とジョミー君の泣きが入った所へ、会長さんが。
「…バカバカしい。誰が年貢の納め時だって?」
「「「………」」」
あんただろう、と告げたい言葉を私たちはグッと飲み込みました。会長さんも怒りMAXなことは確実です。逆鱗に触れて突き落とされたら滝壺で溺れかねない末路なわけで…。
「ふん、その末路ならハーレイだよ」
「「「えっ?」」」
「…見ていたまえ。今に浮かんでくるから」
「「「えぇぇっ!?」」」
会長さんの指が示した辺りにショッキングピンクの人魚の尻尾がプカリと浮かび上がりました。教頭先生は尻尾を捨てて飛んだのだろうか、と思う間もなく…。
「…女子にはモザイクつきってね」
ポカリと仰向けに滝壺に浮かんだ教頭先生はパンツを履いていませんでした。あまつさえ気絶しているようです。もしや、さっきの大爆発は……。



「カッコ悪いねえ、史上最悪じゃないのかい?」
少なくともぼくは見たことないね、とソルジャーがレジャーシートの上に転がされた教頭先生をチラチラと。腰にはタオルがかけられていますが、他の部分はスッポンポンです。
「ぼくも今回が初めてだよ! なんでサイオン・バーストしたら尻尾とパンツが吹っ飛ぶのさ!」
そんなパターンは聞いたこともない、と呆れ顔の会長さんにキャプテンが。
「…推測の域を出ませんが…。常にあなたを想っていらっしゃいますし、バーストの直前にも強い思念を感じましたし…。恐らく無意識の内にあなたのベッドに飛び込まれたかと」
あくまで妄想の世界でですが、と聞かされた会長さんは一分間くらい固まっていたと思います。それからワナワナと震えながら。
「そ、それじゃ思い切り脱ぎ捨てたわけ…? バーストの余波で心の枷まで吹っ飛んだと…?」
「そうなりますね。そしてあなたのベッドへ、ですよ」
「………。最低だってばーーーっ!!!」
ハーレイのスケベ、変態、エロ教師、と罵倒しまくる会長さんの後ろでソルジャーが。
「…それで、始末書、どうするんだい?」
この件がバレたら始末書だよね、と言われた会長さんは顔面蒼白。教頭先生をオモチャにした上、サイオン・バーストさせたなんてことが長老の先生方に知れたら始末書どころか謹慎かも…。
「ぼくが揉み消してあげようか? ハーレイの記憶も適当に改ざんしといてさ」
高くつくよ、という提案に会長さんが土下座したことは改めて言うまでもありません。その日、ソルジャーとキャプテンは贅を尽くした高級料亭での夕食の予約とホテル・アルテメシアのスイートルームの宿泊予約とをゲットして御機嫌で帰ってゆきました。そして…。
「…教頭先生は溺れたってことで終わりみたいだけど、ぼくたちの記憶はどうなるわけ?」
ジョミー君が零せば、キース君が。
「諦めろ。俺なんか一生モノの秘密を抱えたんだぞ、教頭先生は俺の柔道の師だからな」
今日の記憶は消えないようだ、と頭を抱える私たち。思わぬ展開と想定外の出費で打撃を食らった会長さんが立ち直ったら消してくれるでしょうか? 御自宅のベッドでお休み中の教頭先生、笑ったことは謝りますから、私たちの記憶も消えてくれるよう、よろしくお願い申し上げます~!




          肉体美を示せ・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生の人魚泳法とかハーレイズとか、覚えてらっしゃる方、あるのかなあ…。
 「笑顔に福あり」と「特訓に燃えろ」ってヤツでしたけどね。
 次回、5月は 「第3月曜」 5月18日の更新となります、よろしくです~!


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 こちらでの場外編、4月はお花見、お寺の瓦で焼肉をするそうですが…?
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