シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
ナキネズミの青
(そういえば…)
いないかも、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
子供からの質問に答えるコーナー。其処に載っている、下の学校に通う男の子の問い。
「どうして青い毛皮の動物はいないんですか?」と。
鳥だったら青いのも沢山いるのに、と男の子が抱いた「青い毛皮」への疑問。言われてみれば、確かに頭に浮かんでこない。青い毛皮の動物などは。
(答えは…?)
回答するのは専門の学者。小さな子供にも分かりやすいよう、易しい言葉を選びながら。
青い毛皮の動物が存在しない理由は、色覚の問題なのだという。色を識別するための能力。
どの生き物でも、自分自身が感知できない体色は持っていないのが基本。持っていたって、その色は意味を成さないから。…他の仲間が見た時に、「分からない」ような色は要らない。
霊長類以外の哺乳類だと、青い色を見ることは出来ないらしい。犬や猫も、他の哺乳類たちも。
(哺乳類は、夜行性の生活が長くて…)
そのせいで色覚が退化した。青い色が見えなくなってしまった。
長い年月、天敵だった爬虫類に追われて隠れる内に。夜の闇に紛れて生きる間に、鮮やかな色が無い夜の世界で暮らす間に。
爬虫類から進化した鳥類、そちらだったら色覚を維持し続けたのに。
鳥たちは空を飛んでゆくから、哺乳類ほどには爬虫類を恐れなくても良かった。昼の間も堂々と飛んで、色のある世界を眺め続けた。
(それで鳥には、青いのがいて…)
セキセイインコや、オオルリなどや、青い色を持つ鳥は沢山。
けれど、青い毛皮を持つ動物はいない。人間やサルのような霊長類、それを除けば、青い色など分からないのだから。青い毛皮でアピールしたって、仲間たちは見てくれないから。
(色覚ってヤツが問題で…)
鳥と同じに青が分かる魚類は、青い身体の種類も多い。他の仲間も「青い」と認識出来るから。
哺乳類の場合は、そうはいかなくて、青い毛皮の動物はいない。鳥には青い色のがいても。
そうだったんだ、と納得して閉じた質問コーナー。「賢くなった」と。
下の学校の男の子の疑問、それに学者が答えたお蔭で。
学校では教えてくれないこと。色覚について習いはしたって、毛皮の色は教わらない。
(もっと学年が上になったら、習うのかもね)
一足お先に教わっちゃった、と嬉しい気分で戻った二階の自分の部屋。空になったカップなどを「御馳走様」と、キッチンの母に返してから。
勉強机の前に座って、さっきの答えを思い出す。青い毛皮を持つ動物は、存在しない。哺乳類は青が見えないのだから、青くなっても仕方ない。
(犬も猫も、みんな青くはないし…)
青いウサギもいないよね、と考えていたら、ふと掠めた記憶。
(あれ…?)
いたじゃないの、と気が付いた。
青い毛皮を持った動物。それを自分は知っている。遠く遥かな時の彼方で、ちゃんと目にした。あれは確かに青い毛皮で、間違いなく哺乳類だった。
(ナキネズミ…)
白いシャングリラで、ミュウが開発した生き物。とうに絶滅したのだけれど。
思念波を上手く扱えない子供のサポート役に、とヒルマンやゼルたちが作り上げた。元になった動物はリスとネズミで、遺伝子レベルの操作や交配などを重ねて。
リスのようにも、ネズミのようにも見えた動物。シャングリラの外にはいない生き物。
(前のぼくが、青い毛皮の個体を選んで…)
この血統を育ててゆこう、という指示を下した。「青い毛皮をした子がいいよ」と。
そうして繁殖させて増やして、ナキネズミは青い毛皮になった。ナキネズミと言ったら、誰もが青い毛皮を思い浮かべたほどに。
思念波を持つ「ナキネズミ」が完成した時だったら、他の毛皮の個体もいたのに。白いのやら、茶色や、黒もブチもいた。研究室のケージの中には、様々な毛皮のナキネズミたち。
(だけど、そっちは選ばなかったし、一代限りで…)
希望者が貰って、ペットにしていた。思念波で会話が出来たのだから、希望者多数で。
けれど、繁殖させてはいない。船の仲間たちと楽しく暮らして、それで終わった。一代きりで。
繁殖したのは青い毛皮を持った血統。
前の自分が「この子にしよう」と選んだ、青い毛皮のナキネズミ。他の色には目もくれないで、一目惚れ。青い毛皮を持っていたから。
そうなったのには理由がある。前の自分が青い毛皮に惹かれたこと。
(青い鳥…)
幸せを運ぶ青い鳥。それを飼いたいと願った自分。船に沢山の幸せを運んでくれるよう。
けれど、一言で切り捨てられた。「青い鳥など役に立たんわ」と、ゼルに言われた。鶏だったら卵を産むし、肉にもなる。シャングリラで飼う価値は、充分にある。
(でも、青い鳥は…)
眺めて楽しむことしか出来ない。卵を産んでも、それは栄養豊富ではなくて、肉にすることさえ出来ない小鳥。まるで反論出来なかった。「それでも飼おう」と押し切ることも。
これでは無理だと諦めたものの、忘れられなかった青い鳥。地球の青色を纏った小鳥。
青い鳥は飼えない船だったから、青い生き物が欲しかった。青い水の星の色を持つものが。
其処へ現れた、青い毛皮のナキネズミ。惹き付けられないわけがない。鳥ではなくても、毛皮が青い生き物だから。…青いナキネズミがいたのだから。
迷うことなく青を選んだ。「この血統を増やしてゆこう」と、青い毛皮のナキネズミを。
前の自分は、何の疑問も抱くことなく、青いナキネズミに決めたのだけれど…。
(青い毛皮を持った動物、何処にもいないって言うのなら…)
ナキネズミは、青い薔薇のよう。
人間が地球しか知らなかった頃、薔薇には青い色が無かった。青い色素を持たなかったから。
青い薔薇と言えば、「不可能」の意味とされていたほど。どう頑張っても、青い薔薇を作り出すことは出来はしない、と。
それでも、無ければ欲しくなるもの。人間は青い薔薇を求めて、改良に改良を重ね続けた。紫に近い青が生み出された時、「ようやく出来た」と愛好家たちが喜んだ青薔薇。
けれども、それが限界だった。本当に「青い」薔薇は出来ずに、紫を帯びた薔薇があっただけ。
なのに、SD体制が敷かれた時代には、存在していた青い薔薇。青い色素を持っていた薔薇。
今の時代もある青薔薇とは違うもの。人工的に青い色素を組み込まれた薔薇。
(真っ青で、綺麗な薔薇だったけど…)
それは不自然な青だから、とシャングリラでは育てなかった。滅びゆく地球と引き換えのように生まれた青薔薇。地球の青を吸い取り、その身に纏ったかのように。
本当にそうではなかっただろうけれど、人間の驕りの象徴だったとも言えた青薔薇。
ヒルマンたちは「青い薔薇は駄目だ」と唱えた。存在してはならない色を持つから、あの船には相応しくないと。「本来の色の薔薇だけでいい」と。
白いシャングリラに薔薇は何本も植えられたけれど、一本も無かった青い薔薇。当時はごくごく当たり前の色で、「青い薔薇が船に無い」ことを、不思議に思った仲間もいたというのに。
(シャングリラはそういう船だったのに、青いナキネズミ…)
哺乳類は持たない、青い色の毛皮。ナキネズミの身体は、青く柔らかな毛に覆われていた。
前の自分は「青い鳥の代わりに育てていこう」と、その色を選んだのだけど。青い毛皮の動物が存在するかどうかも、まるで考えたりはしないで、一目見ただけで。
(この子がいいよ、って決めちゃったけど…)
そう決まったから、ナキネズミは青い毛皮の血統だけが増やされ、青くて当然。誰も不自然だと思いはしなくて、「ナキネズミだな」と見ていただけ。
シャングリラの中で、青い毛皮を持つ生き物に出会ったら。思念波で話し掛けられたら。
(前のぼくも、船のみんなも、すっかり慣れてしまってて…)
「青い」とさえ意識していなかった。それがナキネズミの色だったから。
青い毛皮を持った動物などは存在しないのに。…人類の世界にあった動物園、それを端から見学したって、青い毛皮の動物はいない。図鑑のページを繰ってみたって、データベースに収められた膨大なデータを解析したって。
(青い毛皮の哺乳類は、何処にもいないんだから…)
さっき読んでいた新聞にあった。「青い毛皮の動物がいない」ことの理由。
青を認識できない色覚、それでは青い毛皮は持てない。青くなっても、仲間たちの目には青色が映らないのだから。
(だけど、ナキネズミは青くって…)
有り得ない筈の青い毛皮を纏っていた。あの時代にはあった、青い薔薇のように。人工的に青い色素を組み込み、鮮やかな青に仕立てた薔薇さながらに。
(ナキネズミは動物で、薔薇じゃないけど…)
考えてみれば、ナキネズミだって、青薔薇と同じに「不自然な生き物」。
自然には血が混じらない筈の、リスとネズミを交配した上、DNAなどを弄って作られたもの。動物は持たない筈の思念波、それを使って人間と会話が出来るようにと。
そうやって生まれたナキネズミ。白いシャングリラの実験室から生み出されたもの。
思念波を上手く扱えない子たちの、いい友達になるように。思念波増幅装置の代わりに、生きた増幅装置として。…子供たちを支えるサポート役で、パートナーだったナキネズミ。
(完成した頃には、それで良かったけれど…)
シャングリラがミュウの箱舟だった時代は、重宝がられたナキネズミ。広い船の中を自由に行き来し、子供たちを手伝う役目が無ければ、農場でのんびり暮らしていた。
(牛小屋に入って、牛の背中を走り回ってみたり…)
農場にある木に登ったりして、生き生きとしていたナキネズミたち。子供も生まれて、仲のいいカップルや親子もよく見かけた。農場に視察に行った時には。
けれど、SD体制が倒された後。
人類との長い戦いが終わって、平和な時代が訪れた後は、繁殖力が衰えていったナキネズミ。
生まれる子供の数が減り始めて、やがて生まれなくなって、そして滅びた。
最後の一匹だったオスが死んでしまって、ナキネズミは何処にもいなくなって。
(そうならないよう、絶滅を防ぐ方法は…)
当時でもちゃんと分かっていた。
白いシャングリラで蓄積されていた、様々なデータ。それにナキネズミを作り出した時の方法。そういった情報は残っていたから、分析さえすれば答えは導き出せる。
滅びそうなくらいに減ったナキネズミを、遺伝子レベルで操作したなら、繁殖力は元に戻ると。
シャングリラがあった時代と同じに、いくらでも子供が生まれて来ると。
(方法は、みんな分かってたのに…)
生物学者も、動物園でナキネズミの飼育を担当していた係たちも。
ナキネズミの絶滅を防ぎたかったら、どうすればいいか。まだ充分な数のナキネズミたちがいた間ならば、手を打つことは可能だった。近親交配にならない内に、遺伝子を操作してやれば。
けれども、彼らはそうしなかった。
放っておいたら滅びることに気付いていながら、自然に任せようと決めた人間たち。
「生き物は全て、自然のままに」と。「人間が手を加えることは許されない」と。
青い薔薇も同じ理由で消えた。
地球の青さを吸い取ったかのように生まれた、不自然な青は。青い色素を組み込んだ薔薇は。
今の時代は無い、青い薔薇。青い色素を持っていたから、完璧な青を誇った薔薇。
そういった青薔薇は全て失われて、今では紫を帯びた青薔薇だけ。薔薇が本来持つ色素だけで、出来るだけ青に近付けたもの。
それ以外の青は、「不自然だから」と二度と作り出されず、この宇宙から滅びていった。
青いナキネズミが、今は何処にもいないのと同じで。
(ナキネズミは、毛皮が青かったせいで、滅びたわけじゃないけれど…)
不自然とされたのは青い毛皮ではなくて、その生まれの方。
人間の手で作り出された、「本当だったら、存在しない筈」の生き物。リスとネズミは、自然の中では血が混じり合いはしないから。…全く別の生き物だから。
(それを交配して、おまけに遺伝子操作まで…)
繰り返して出来たのがナキネズミ。青い色素を薔薇に組み込むより、もっと不自然で有り得ないもの。人間が母なる地球に「還ってゆく」なら、そんな生き物を作っていてはいけない。
(だから、滅びるって分かっていても…)
誰も救いはしなかった。ナキネズミの滅びを止めるためには、不自然すぎる操作が必要。それは行ってはならないことだ、と皆が考え、賛同して。
けれど、そうして滅びていったナキネズミ。今は何処にもいない生き物。
彼らがその身に纏った毛皮は、どうして青かったのだろう。
哺乳類は青い色を持たない筈だというのに、ナキネズミは何故、青い毛皮になったのだろう?
(ナキネズミの元になってた、リスもネズミも…)
どちらも青い毛皮ではない。哺乳類だし、青い毛皮を持ってはいない。
彼らをベースに作り出されたナキネズミだって、哺乳類というものだったろう。卵ではなくて、子供を産んでいたのだから。…生まれた子供は、母親の乳で育ったから。
そのナキネズミを青い毛皮にしたいのならば、あの頃にあった青い薔薇と同じで…。
(生き物の仕組みは、分かんないけど…)
どうやるのか見当もつかないけれども、青い色素を組み込む以外に無かっただろう。
目を青色にするのとは違って、毛皮に青が出るように。
青い目だったら、猫だって持っているわけなのだし、目を青くするなら方法はある。けれども、毛皮はそうはいかない。青い毛皮を持った動物、それは存在しないのだから。
青い毛皮だったナキネズミ。哺乳類には無い筈の色。どうして、青色だったのか。ナキネズミの毛皮に、青を発色させたのか。
(なんで、そんなことをしていたわけ…?)
自然界には存在しない、青い毛皮を持った動物。それがナキネズミで、白いシャングリラで作り出された生き物。平和になったら、「不自然だから」と、滅びの道を皆が選択したような存在。
(…有り得ない生き物には違いないけど…)
そのことを承知で、「不自然な生き物」の象徴として青にしたなら、青い毛皮のナキネズミしかいなかった筈。実験室で生まれたナキネズミは全て青い毛皮で、他の毛色のナキネズミは無しで。
(青がシンボルなんだしね?)
どのナキネズミも、青い毛皮にしておけばいい。白や茶色や、ブチの個体を作らなくても、青い毛皮のものだけでいい。
「不自然だから青でいいのだ」と考えたのなら、そうなっている。他の毛色は全部排除で、どのナキネズミも青くして。「これがナキネズミの色なのだから」と。
けれど、様々な色の個体がいたのがナキネズミ。思念波を持った生き物として、シャングリラに姿を現した時は。「どの血統を育てたいのか」と、前の自分が訊かれた時には。
(…青い毛皮のナキネズミは…)
あの段階では、他のナキネズミたちに「混ざっていただけ」の試作品。
どれを選ぶかは前の自分の自由で、白も茶色も、好きに選べた。黒でもブチでも、気に入りさえすれば。「これにしよう」と考えたなら。
(…白も茶色も、黒いのも、ブチも…)
動物の毛皮としては、ありきたりのもの。リスとネズミがベースにしたって、遺伝子まで何度も操作していれば、様々なものが生まれただろう。三毛でも、縞の毛皮でも。
(でも、青だけは、絶対に…)
生まれて来ないし、青い毛皮になるわけがない。哺乳類が持っていない色なら、遺伝子レベルで弄ってみたって、青などは出ない。…何らかの方法で、青い色素を組み込まない限り。
その筈なのに、青い毛皮のナキネズミがいた。白や茶色やブチに混じって。
つまり、わざわざ青い毛皮の個体を作って、「どれがいいのか」前の自分に選ばせた。
ヒルマンとゼルが。…あのナキネズミたちを開発していた、二人の最高責任者が。
(まさか、ゼルたち…)
もしかしたら、と頭に閃いたこと。
彼らは青い毛皮を持ったナキネズミを、意図的に作り出したのだろうか?
白や茶色や黒やブチでも、能力に差は生まれないのに。…青い毛皮を作ってみたって、色だけのことで能力は別。青い色素を組み込む分だけ、余計な手間がかかる代物。
それでも彼らは作っただろうか、青い毛皮のナキネズミを。…前の自分に選ばせるために。
青い鳥を飼いたいと願った、ソルジャー・ブルー。幸せを運ぶ青い鳥が欲しくて、それでも夢は叶わないまま。青い鳥は役に立たないから、と一蹴されて。
(代わりに青いナキネズミなの…?)
「青い鳥など役に立たんわ」と言ったお詫びに、ゼルたちは青いナキネズミを作ろうと努力したかもしれない。ナキネズミならば「役に立つ」から、シャングリラの中で飼ってもいい。
幸せを運ぶ青い鳥は駄目でも、青い毛皮のナキネズミなら飼える。ソルジャー・ブルーのペットではなくても、船の中に「青い生き物」が生まれる。
しかも、シャングリラの外の世界には「いないもの」。ミュウの船にしかいない生き物。それの毛皮が青かったならば、前の自分が如何にも喜びそうではある。
(…ホントに喜んじゃったしね?)
一目惚れした、青い毛皮のナキネズミ。「この子がいいよ」と、直ぐに選んで。
ゼルとヒルマンは、そのために青い毛皮の個体を作って混ぜておいたのだろうか。哺乳類ならば持たない色素を、ナキネズミの中に組み込んで。
「これで喜んで貰えるのなら」と、青い毛皮を持った個体を生み出して。
(そうだったの…?)
手間暇をかけて、青い毛皮のナキネズミを作った二人。哺乳類には無い、青い毛皮を。
本当の所はまるで分からないけれど、あの時、確かに前の自分は「青い毛皮の個体」を選んだ。完成したという報告を受けて、実験室に出掛けて行って。
様々な毛皮のナキネズミたちをグルリと見回し、青い毛皮に惹き付けられて。
「この子にしよう」と、青い毛皮の血統を育ててゆくことに決めた。他の色には目もくれないで青にしたけれど、他の色を選んでいたならば…。
(青い毛皮を頑張って作った意味なんか…)
無かったのだし、そうなった可能性もある。ゼルとヒルマンの努力は、すっかり水の泡で。
選ばれるとは限られなかった、青い毛皮のナキネズミ。前の自分ならば、ほぼ間違いなく選んでいたのだろうけれど。「青い毛皮だ」と、幸せの青い鳥に重ねて。
(だけど、青いのがいなくても…)
何も困りはしなかった筈。ナキネズミの血統を決めるだけだし、白でもブチでも、気に入りさえすれば問題はない。「この子がいいよ」と選び出すだけ。
(青い毛皮の動物なんかは、いないんだから…)
ナキネズミたちの色に「青」が無くても、「青いのがいない」と責めたりはしない。青い毛皮の個体を作れとゴネたりもしない。どれにしようかと、白や茶色の個体を見比べるだけで。
(…前のぼくは、何も考えていなかったけれど…)
青い毛皮のナキネズミが如何に貴重な存在なのか、有り得ない色を持っているのか。本当に何も気付きはしないで、「青い子がいい」と思っただけ。…青いナキネズミがいたものだから。
(でも、あれは…)
考えるほどに、不思議な色。哺乳類の毛皮には「無い筈の」青。
その青色を、ゼルたちが作った理由が分からない。白や茶色で充分だろうに、混ぜ込んであった青い毛皮のナキネズミ。遺伝子レベルで弄ってみたって、作れない色の毛皮が青。
(ナキネズミを作る実験とは別に、その研究もしてないと…)
青いナキネズミは出来ないけれども、前の自分は何も知らない。ゼルたちが青い個体を開発した理由も、どうやってそれを作ったのかも。
ナキネズミの開発は、生き物を使っていた実験。リスとネズミを何匹も飼っては、交配したり、遺伝子操作を試みたりと、生き物を相手に続ける研究。まるでアルタミラの研究所のように。
(リスやネズミか、ミュウなのかっていう違いだけで…)
どっちも実験動物なのだ、と思っていたから、見たくなかったケージの中の動物たち。狭い檻の中で生きていた頃の、自分の姿が重なりそうで。
そのせいで、ナキネズミたちを開発中だった実験室には…。
(入っていないし、覗いてもいない…)
前の自分はその場所を避けて、ただ報告を聞いていただけ。会議の席で。
研究の進捗状況を聞いては、「続けてくれ」と指示を下しただけ。実験室には行きもしないで、扉の向こうをサイオンで覗くこともしないで。
そんな具合で、実験室には顔を見せなかったソルジャー・ブルー。
ナキネズミの研究が完成するまで、どの血統を育ててゆくのか、意見を求められた時まで。
実験室に一度も姿を現さないなら、研究内容にも興味を示すわけがない。思念波を使える動物を作っていようが、青い毛皮を持った動物を作り出すべく、懸命に努力していようが。
(青い毛皮を持ったナキネズミは、ぼくには内緒で…)
ゼルとヒルマンがコッソリ作って、前の自分にプレゼントしてくれたのだろうか?
青い鳥が欲しかったソルジャー・ブルーに、「代わりにこれを」と、青い毛皮のナキネズミを。鳥でなくてもかまわないのなら、「青いナキネズミ」を選ぶといい、と。
(そうだとしか思えないんだけれど…)
白や茶色もいたのだったら、青いナキネズミを作り出す意味は全くない。能力だけなら、白でもブチでも、どれでも同じなのだから。
「不自然な生き物」の象徴として青を選んだのなら、どのナキネズミも青かった筈。前の自分に選ばせなくても、最初から「青い毛皮」の個体だけしかいなくて。
(前のぼくのために、青いナキネズミを作ってくれたの…?)
そうだったの、と尋ねたくても、ゼルもヒルマンも此処にはいない。二人とも遠い時の彼方で、叫んでみたって届きはしない。前の自分の強い思念波でも、時の流れは遡れない。
本当の所はどうだったのだろうか、青いナキネズミが生まれた理由。
(ハーレイだったら…)
知ってるのかな、と今のハーレイに訊きたくなった。
今は学校の教師だけれども、前のハーレイはキャプテン・ハーレイ。白いシャングリラを預かるキャプテンだったわけだし、あるいは知っているかもしれない。
(研究のことには、ノータッチでも…)
詳しい報告を受けていたとか、視察に出掛けていただとか。
ゼルとヒルマンの報告書などに目を通しながら、「これは何だ?」と質問したり、視察の途中でケージの中を覗き込んだり。…「青くないか?」と、妙な毛色に気が付いて。
(青が完成する前だったら、ちょっぴり青くなるだけだとか…)
部分的に青い所があるとか、なんとなく青く見えるとか。其処でハーレイが気付いていたなら、青くしようとしている理由も聞いただろう。「青い毛皮」を目指す理由を。
今となっては、頼りになるのはハーレイだけ。青い毛皮の謎が知りたくて、仕事の帰りに訪ねて来てくれないか、耳を澄ませていたら聞こえたチャイム。窓から覗けば、手を振るハーレイ。
(やった…!)
これで訊けるよ、と部屋に来たハーレイとテーブルを挟んで向かい合うなり、切り出した。
「あのね、青い毛皮の動物はいないってことを知っている?」
青い毛皮だよ、フサフサの毛皮。…そんな動物はいないんだ、って。
「いないって…。いただろ、青いナキネズミが」
お前だってよく知ってる筈だが、とハーレイは大真面目な顔で返した。「あれは青いぞ」と。
「そうだけど…。それは昔で、ナキネズミはもう、宇宙の何処にもいなくって…」
絶滅しちゃった生き物なんだよ、だから数には入らないよ。とっくにいない生き物だから。
ナキネズミの他に青いの、知ってる?
毛皮が青い動物だけど、と繰り返した。「他にはいない筈なんだけど?」と。
「青い毛皮の動物だって…?」
ナキネズミが直ぐに浮かんじまったが、アレの他に青いヤツってか…?
青い毛皮なあ…。犬や猫には青なんか無いし、ウサギも青くないわけで…。毛皮だろ…?
毛皮が青い生き物か…、と考え込んでから、ハーレイも「いないな」と答えた。青い身体のは、鳥や蛇とか魚だっけな、と。
「でしょ? 鳥や蛇なら青い色のも多いんだけれど…。魚もいるけど…」
哺乳類には、青い色のはいないんだって。
今日の新聞に書いてあったよ、子供向けの質問コーナーに。…でも、答えてたのは専門の学者。
人間とかの霊長類以外は、色覚が退化しちゃってるから、青い色を見ることが出来なくて…。
もし青かったら、自分の色がどうなってるのか、他の仲間がどんな色かも分かんないでしょ?
でも、ナキネズミは青かったんだよ。…あれだって哺乳類なのに。
赤ちゃんを産んで、お乳で育てていたものね、と確認してみたナキネズミのこと。生物学的には哺乳類だよね、と。
「それはまあ…。元になったのがリスとネズミだから…」
哺乳類には違いないだろう。鳥でも爬虫類でもなければ、魚でもないし。
だが、青かったな、あいつらは。…間違いなく哺乳類だった筈だが。
とんでもない色をしてたってわけか、とハーレイは何度か瞬きをした。「青かったんだが」と。
「俺には見慣れた色だったんだが、あの色は有り得ないんだな?」
青い毛皮をした動物ってヤツは、確かにいない。あいつらは色まで特別だったのか…。思念波を持っていただけじゃなくて、毛皮も特別製だったってな。
「あの毛皮…。あの青色は、前のぼくが選んだんだけど…」
青い鳥を飼うのは無理だったから、その代わりに青いナキネズミにしたんだけれど…。
どうして青いナキネズミがいたのか、ハーレイ、知らない?
聞いてないかな、と問い掛けた。それが「知りたいこと」だから。
「どうしてって…。そいつは、どういう意味だ?」
青いナキネズミは青かっただけで、そういう特徴を持った個体だったと思うんだが…?
「其処だよ、青かった所が問題。…哺乳類には無い筈の色で、有り得ない色を作った理由」
哺乳類に青い色が無いなら、青い毛皮にしてやるためには、必要な色素を組み込まないと駄目。生き物の身体に青い色をね。…それって、不自然すぎるでしょ?
あの時代には当たり前だった青い薔薇だって、シャングリラには無かったんだよ。自然の中では生まれない色で、人工的に青い色素を組み込んでたから。…そんな不自然な色は駄目だ、って。
青い薔薇でも植えなかったような船なのに、なんでわざわざナキネズミを青くしちゃったわけ?
船で作った動物なんだし、特別だから、っていう意味だったら、青いのしか作らない筈で…。
不自然な青い毛皮のナキネズミだけで充分なのに、他の毛皮の色、ちゃんとあったよ?
前のぼくが選ばなかっただけで…、と挙げていった白や茶色のナキネズミ。繁殖させずに、一代限りのペットとして配られたナキネズミを。
「いたなあ、そういうヤツらもな。…希望者多数で大人気だったぞ」
もっとも、選ぶ権利を持っていたのは、人間様じゃなかったが。…ナキネズミの方で。
「そうだっけね。…それでね、青いナキネズミのことだけど…。もしかしたら、って…」
ゼルとヒルマン、前のぼくに「青い鳥」の代わりをくれたのかな、って…。
「なんだって?」
青い鳥の代わりというのは何だ、とハーレイは怪訝そうな顔。「あれは鳥じゃないぞ?」と。
「そうだけど…。鳥じゃなくってナキネズミだけど、青かったでしょ?」
ほら、青い鳥は駄目だって言われちゃったから…。前のぼくが欲しかった、青い鳥…。
ゼルにハッキリ言われてたでしょ、と説明をした。「青い鳥など何の役にも立たん」と、一刀の下に切って捨てられた日のことを。
けれど、ゼルたちはそれを覚えていて、青い鳥の代わりに、青い毛皮のナキネズミをプレゼントしてくれたのでは、と。
「そんな気がしているんだけれど…。でも、前のぼくは何も知らなくて…」
実験室を覗いてもいないし、研究のことも会議で聞いていただけで…。どうして有り得ない色の青を作っていたのか、ホントに分からないんだよ。
ハーレイ、青いナキネズミを作ろうとしていた理由を知らない?
キャプテンだったし、船のことには詳しそうだよ。ナキネズミの実験室にしたって。
前のぼくは、アルタミラの記憶と重なっちゃいそうで、あそこは避けてしまっていたから…。
サイオンで覗いてもいない、と白状したら、ハーレイは「すまん」と謝った。
「実は、俺もだ。…キャプテンにあるまじきことなんだろうが、どうにも好きになれなくて…」
キャプテンの仕事は忙しいんだ、と理由をつけては、あそこは避けて通っていた。
まるで行かないわけにもいかんし、出来るだけ、ということではあるが…。
行った時には、最低限の視察程度で、ザッと見渡したらそれで終わりだ。異常は無いな、と確認するのが俺の仕事で、研究のことはサッパリだしな?
ゼルもヒルマンも俺の飲み友達ではあったが、あいつらだって、ナキネズミの開発の話は滅多にしなかった。動物を使った実験なんだし、愉快なことではないからな。
だから、青い毛皮のナキネズミが生まれた理由は分からん。
あいつらが上げて来た細かい報告ってヤツも、形だけしか見ていないから。…この段階だな、と最後だけ見て、専門用語を並べ立てた部分はすっ飛ばして。
だがな…。
あいつらだったら作っただろう、とハーレイは笑んだ。
ゼルとヒルマンが青い鳥の話を覚えていたなら、青い毛皮のナキネズミを。
「…作っていそう?」
前のぼくには内緒にしといて、青い毛皮のナキネズミ…。
哺乳類には青い毛皮が無くても、なんとかして青くしてやろう、って…?
やり方は分かんないけどね、と首を竦めた。
青い薔薇なら植物だから、動物よりは簡単に出来たことだろう。青い色素を組み込んでやって、目が覚めるような青に仕上げることも。
けれど、ナキネズミは動物なのだし、仕組みがまるで分からない。どうすれば青い色素なんかを組み込めたのか、毛皮に発色させられたのか。
「俺にも見当もつかないが…。前はキャプテンだし、今は古典の教師だぞ?」
動物の毛皮を青くしてくれ、と注文されたら、染める以外に無いってな。食っちまっても毒にはならない、青い色素を探して来て。…ゼリーとかを青く染めるヤツとか。
そういうのを毛皮にペタペタと塗って、「青くなったぞ」としか言えないんだが…。
ゼルとヒルマンの場合は違う。あいつらは根っから研究が好きで、才能も充分あったんだ。
そんなヤツらが、前のお前の夢を諦めさせたから…。青い鳥は駄目だ、と切り捨てたから…。
代わりに青いナキネズミだ、と頑張った可能性ってヤツは高いな。
俺には話しても通じんだろう、と放っておいて、二人であれこれ研究して。
そうやって出来たのがアレじゃないか、とハーレイは顎に手を当てた。「他にもいたし…」と、「青の他にもいたんだったら、青はお前へのプレゼントだろう」と。
「本当に?」
やっぱりそうなの、青いナキネズミは、ゼルとヒルマンがぼくにくれたの…?
好きなのを選んでいい、って言っていたのは、ぼくに青いのをくれるためだった…?
全部が青いナキネズミよりも、その方がずっと素敵だもんね…。
色々な毛皮のナキネズミたちが揃ってる中に、青いのが混じっている方が…。
幸せの青い鳥を見付けたみたいな気がするよ、と白いシャングリラに思いを馳せた。実験室まで出掛けて行った日、青いナキネズミを選んだ日に。
「裏付けは何も無いんだが…。データを見たって、分からんだろうな」
青い色素を組み込んだ時のデータが今もあったとしたって、目的までは書かれていまい。
前のお前へのプレゼントならば、なおのこと、そうは書いていないぞ。…あいつらだけに。
だが、飲み友達だった俺の勘だな、「多分、そうだ」と。…お前のために青くしたんだな、と。
「そうだったんだ…」
ナキネズミの毛皮が青かったのは、青い鳥の代わりだったんだ…。
前のぼくが飼いたがっていたから、鳥は駄目でも、ナキネズミなら、って…。
どうやったのかは謎だけれども、青い毛皮のナキネズミを作ったゼルとヒルマン。
哺乳類は持っていない筈の青い毛皮を、青い小鳥を思わせる色を纏うようにと努力を重ねて。
それが出来たら、前の自分に選ばせてくれた。白や茶色や、ブチの毛皮をしたナキネズミたちと一緒に並べて、「どれにしたい?」と。
大喜びで青を選んだ、前の自分。「この子にしよう」と、一目惚れして迷いもせずに。
青い鳥を飼うことは諦めざるを得なかったから、青いナキネズミが嬉しくて。
その青色が「有り得ない色」だとは考えもせずに、青い個体を選んでいた。「この血統を育てていこう」と、青色の毛皮のナキネズミに決めた。
お蔭で、ナキネズミと言えば今も「青」。誰に訊いても「青だ」と返る、毛皮の色。
(前のぼく、ナキネズミに青い鳥を重ねて…)
見ていたこともよくあった。
農場の木に巣箱をかけて、ナキネズミが入るのを待ったことまであったほど。青い鳥の代わりに住んで欲しくて、青いナキネズミのために設けた巣箱。
青いナキネズミは、前の自分にとっては、幸せの青い鳥のようなもの。
鳥ではなくても、空は飛ばなくても、四本の足でトコトコと船の中を歩く生き物でも。それでも充分、青い鳥の代わりになってはいた。幸せの青い鳥の代わりに、あれがいるよ、と。
青い毛皮のナキネズミを作った、ゼルとヒルマンの読みは見事に当たったのだから…。
「ゼルたちに御礼を言いたいな。…ナキネズミの御礼」
青い鳥の代わりに、青い毛皮のを作ってくれてありがとう、って。
前のぼくは少しも気付いていなかったから、御礼、言えずに終わっちゃったし…。
でも、二人とも、今は何処にいるのか分かんなくて…。
前のぼく、ホントにウッカリ者だよね…。せっかく青いのを作ってくれていたのに、青い毛皮が珍しいことには少しも、気付かないままでいたなんて…。
「その辺のことは、ヤツらも気にしちゃいないだろう。気にしていたなら、言うだろうから」
何かのはずみに、恩着せがましく。「作ってやったのに、礼も無しか」と、ズケズケと。
礼を言いたいなら、今からだって、気持ちだけでも伝わるさ。…あいつらのトコに。
俺も一緒に言ってやるから、窓に向かって言うといい。「ありがとう」とな。
「うんっ!」
ゼルとヒルマンに届くといいよね、ぼくたちの御礼。…青いナキネズミを貰った御礼…。
二人で言おうね、とハーレイと声を揃えて、窓の向こうに頭を下げた。「ありがとう」と。
白いシャングリラにいた、青い毛皮のナキネズミ。有り得ない色を持っていた生き物。
あのナキネズミはきっと、ゼルとヒルマンがくれた、青い鳥の代わり。
「青い鳥を諦めたソルジャー・ブルー」のためにと作ってくれた、青い毛皮をしたナキネズミ。
その青いナキネズミを乗せていた船は、ちゃんと幸せを手に入れた。ミュウの未来を。
誰もが幸せに暮らせる世界を、ミュウが殺されない平和な時代を。
それに今の十四歳の自分と、学校の先生になったハーレイにだって…。
(幸せ、ちゃんと来たからね…!)
前の生では手に入らなかった、夢のような世界にやって来た。ハーレイと一緒に、離れないで。
青く蘇った地球の上に生まれて、幸せに生きてゆける今。
(これって、きっと…)
青い鳥の代わりに、青い毛皮のナキネズミが運んでくれた幸せだろう。
シャングリラに青い鳥はいなくて、青い毛皮のナキネズミたちがいたのだから。
翼を広げて空を飛ぶ代わりに、四本の足でトコトコ歩いたナキネズミが。
そのナキネズミを貰った御礼を、ゼルとヒルマンの二人に届けたい。
「青いナキネズミを作ってくれて、ありがとう」と。
今では、とても幸せだから。この地球の上で、ハーレイと二人、幸せに生きてゆくのだから…。
ナキネズミの青・了
※青い毛皮だったナキネズミ。哺乳類は青を認識出来ないので、青い色を持たないのに。
ナキネズミを作ったヒルマンとゼルが、前のブルーに青い鳥の代わりに、くれた生き物かも。
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いないかも、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
子供からの質問に答えるコーナー。其処に載っている、下の学校に通う男の子の問い。
「どうして青い毛皮の動物はいないんですか?」と。
鳥だったら青いのも沢山いるのに、と男の子が抱いた「青い毛皮」への疑問。言われてみれば、確かに頭に浮かんでこない。青い毛皮の動物などは。
(答えは…?)
回答するのは専門の学者。小さな子供にも分かりやすいよう、易しい言葉を選びながら。
青い毛皮の動物が存在しない理由は、色覚の問題なのだという。色を識別するための能力。
どの生き物でも、自分自身が感知できない体色は持っていないのが基本。持っていたって、その色は意味を成さないから。…他の仲間が見た時に、「分からない」ような色は要らない。
霊長類以外の哺乳類だと、青い色を見ることは出来ないらしい。犬や猫も、他の哺乳類たちも。
(哺乳類は、夜行性の生活が長くて…)
そのせいで色覚が退化した。青い色が見えなくなってしまった。
長い年月、天敵だった爬虫類に追われて隠れる内に。夜の闇に紛れて生きる間に、鮮やかな色が無い夜の世界で暮らす間に。
爬虫類から進化した鳥類、そちらだったら色覚を維持し続けたのに。
鳥たちは空を飛んでゆくから、哺乳類ほどには爬虫類を恐れなくても良かった。昼の間も堂々と飛んで、色のある世界を眺め続けた。
(それで鳥には、青いのがいて…)
セキセイインコや、オオルリなどや、青い色を持つ鳥は沢山。
けれど、青い毛皮を持つ動物はいない。人間やサルのような霊長類、それを除けば、青い色など分からないのだから。青い毛皮でアピールしたって、仲間たちは見てくれないから。
(色覚ってヤツが問題で…)
鳥と同じに青が分かる魚類は、青い身体の種類も多い。他の仲間も「青い」と認識出来るから。
哺乳類の場合は、そうはいかなくて、青い毛皮の動物はいない。鳥には青い色のがいても。
そうだったんだ、と納得して閉じた質問コーナー。「賢くなった」と。
下の学校の男の子の疑問、それに学者が答えたお蔭で。
学校では教えてくれないこと。色覚について習いはしたって、毛皮の色は教わらない。
(もっと学年が上になったら、習うのかもね)
一足お先に教わっちゃった、と嬉しい気分で戻った二階の自分の部屋。空になったカップなどを「御馳走様」と、キッチンの母に返してから。
勉強机の前に座って、さっきの答えを思い出す。青い毛皮を持つ動物は、存在しない。哺乳類は青が見えないのだから、青くなっても仕方ない。
(犬も猫も、みんな青くはないし…)
青いウサギもいないよね、と考えていたら、ふと掠めた記憶。
(あれ…?)
いたじゃないの、と気が付いた。
青い毛皮を持った動物。それを自分は知っている。遠く遥かな時の彼方で、ちゃんと目にした。あれは確かに青い毛皮で、間違いなく哺乳類だった。
(ナキネズミ…)
白いシャングリラで、ミュウが開発した生き物。とうに絶滅したのだけれど。
思念波を上手く扱えない子供のサポート役に、とヒルマンやゼルたちが作り上げた。元になった動物はリスとネズミで、遺伝子レベルの操作や交配などを重ねて。
リスのようにも、ネズミのようにも見えた動物。シャングリラの外にはいない生き物。
(前のぼくが、青い毛皮の個体を選んで…)
この血統を育ててゆこう、という指示を下した。「青い毛皮をした子がいいよ」と。
そうして繁殖させて増やして、ナキネズミは青い毛皮になった。ナキネズミと言ったら、誰もが青い毛皮を思い浮かべたほどに。
思念波を持つ「ナキネズミ」が完成した時だったら、他の毛皮の個体もいたのに。白いのやら、茶色や、黒もブチもいた。研究室のケージの中には、様々な毛皮のナキネズミたち。
(だけど、そっちは選ばなかったし、一代限りで…)
希望者が貰って、ペットにしていた。思念波で会話が出来たのだから、希望者多数で。
けれど、繁殖させてはいない。船の仲間たちと楽しく暮らして、それで終わった。一代きりで。
繁殖したのは青い毛皮を持った血統。
前の自分が「この子にしよう」と選んだ、青い毛皮のナキネズミ。他の色には目もくれないで、一目惚れ。青い毛皮を持っていたから。
そうなったのには理由がある。前の自分が青い毛皮に惹かれたこと。
(青い鳥…)
幸せを運ぶ青い鳥。それを飼いたいと願った自分。船に沢山の幸せを運んでくれるよう。
けれど、一言で切り捨てられた。「青い鳥など役に立たんわ」と、ゼルに言われた。鶏だったら卵を産むし、肉にもなる。シャングリラで飼う価値は、充分にある。
(でも、青い鳥は…)
眺めて楽しむことしか出来ない。卵を産んでも、それは栄養豊富ではなくて、肉にすることさえ出来ない小鳥。まるで反論出来なかった。「それでも飼おう」と押し切ることも。
これでは無理だと諦めたものの、忘れられなかった青い鳥。地球の青色を纏った小鳥。
青い鳥は飼えない船だったから、青い生き物が欲しかった。青い水の星の色を持つものが。
其処へ現れた、青い毛皮のナキネズミ。惹き付けられないわけがない。鳥ではなくても、毛皮が青い生き物だから。…青いナキネズミがいたのだから。
迷うことなく青を選んだ。「この血統を増やしてゆこう」と、青い毛皮のナキネズミを。
前の自分は、何の疑問も抱くことなく、青いナキネズミに決めたのだけれど…。
(青い毛皮を持った動物、何処にもいないって言うのなら…)
ナキネズミは、青い薔薇のよう。
人間が地球しか知らなかった頃、薔薇には青い色が無かった。青い色素を持たなかったから。
青い薔薇と言えば、「不可能」の意味とされていたほど。どう頑張っても、青い薔薇を作り出すことは出来はしない、と。
それでも、無ければ欲しくなるもの。人間は青い薔薇を求めて、改良に改良を重ね続けた。紫に近い青が生み出された時、「ようやく出来た」と愛好家たちが喜んだ青薔薇。
けれども、それが限界だった。本当に「青い」薔薇は出来ずに、紫を帯びた薔薇があっただけ。
なのに、SD体制が敷かれた時代には、存在していた青い薔薇。青い色素を持っていた薔薇。
今の時代もある青薔薇とは違うもの。人工的に青い色素を組み込まれた薔薇。
(真っ青で、綺麗な薔薇だったけど…)
それは不自然な青だから、とシャングリラでは育てなかった。滅びゆく地球と引き換えのように生まれた青薔薇。地球の青を吸い取り、その身に纏ったかのように。
本当にそうではなかっただろうけれど、人間の驕りの象徴だったとも言えた青薔薇。
ヒルマンたちは「青い薔薇は駄目だ」と唱えた。存在してはならない色を持つから、あの船には相応しくないと。「本来の色の薔薇だけでいい」と。
白いシャングリラに薔薇は何本も植えられたけれど、一本も無かった青い薔薇。当時はごくごく当たり前の色で、「青い薔薇が船に無い」ことを、不思議に思った仲間もいたというのに。
(シャングリラはそういう船だったのに、青いナキネズミ…)
哺乳類は持たない、青い色の毛皮。ナキネズミの身体は、青く柔らかな毛に覆われていた。
前の自分は「青い鳥の代わりに育てていこう」と、その色を選んだのだけど。青い毛皮の動物が存在するかどうかも、まるで考えたりはしないで、一目見ただけで。
(この子がいいよ、って決めちゃったけど…)
そう決まったから、ナキネズミは青い毛皮の血統だけが増やされ、青くて当然。誰も不自然だと思いはしなくて、「ナキネズミだな」と見ていただけ。
シャングリラの中で、青い毛皮を持つ生き物に出会ったら。思念波で話し掛けられたら。
(前のぼくも、船のみんなも、すっかり慣れてしまってて…)
「青い」とさえ意識していなかった。それがナキネズミの色だったから。
青い毛皮を持った動物などは存在しないのに。…人類の世界にあった動物園、それを端から見学したって、青い毛皮の動物はいない。図鑑のページを繰ってみたって、データベースに収められた膨大なデータを解析したって。
(青い毛皮の哺乳類は、何処にもいないんだから…)
さっき読んでいた新聞にあった。「青い毛皮の動物がいない」ことの理由。
青を認識できない色覚、それでは青い毛皮は持てない。青くなっても、仲間たちの目には青色が映らないのだから。
(だけど、ナキネズミは青くって…)
有り得ない筈の青い毛皮を纏っていた。あの時代にはあった、青い薔薇のように。人工的に青い色素を組み込み、鮮やかな青に仕立てた薔薇さながらに。
(ナキネズミは動物で、薔薇じゃないけど…)
考えてみれば、ナキネズミだって、青薔薇と同じに「不自然な生き物」。
自然には血が混じらない筈の、リスとネズミを交配した上、DNAなどを弄って作られたもの。動物は持たない筈の思念波、それを使って人間と会話が出来るようにと。
そうやって生まれたナキネズミ。白いシャングリラの実験室から生み出されたもの。
思念波を上手く扱えない子たちの、いい友達になるように。思念波増幅装置の代わりに、生きた増幅装置として。…子供たちを支えるサポート役で、パートナーだったナキネズミ。
(完成した頃には、それで良かったけれど…)
シャングリラがミュウの箱舟だった時代は、重宝がられたナキネズミ。広い船の中を自由に行き来し、子供たちを手伝う役目が無ければ、農場でのんびり暮らしていた。
(牛小屋に入って、牛の背中を走り回ってみたり…)
農場にある木に登ったりして、生き生きとしていたナキネズミたち。子供も生まれて、仲のいいカップルや親子もよく見かけた。農場に視察に行った時には。
けれど、SD体制が倒された後。
人類との長い戦いが終わって、平和な時代が訪れた後は、繁殖力が衰えていったナキネズミ。
生まれる子供の数が減り始めて、やがて生まれなくなって、そして滅びた。
最後の一匹だったオスが死んでしまって、ナキネズミは何処にもいなくなって。
(そうならないよう、絶滅を防ぐ方法は…)
当時でもちゃんと分かっていた。
白いシャングリラで蓄積されていた、様々なデータ。それにナキネズミを作り出した時の方法。そういった情報は残っていたから、分析さえすれば答えは導き出せる。
滅びそうなくらいに減ったナキネズミを、遺伝子レベルで操作したなら、繁殖力は元に戻ると。
シャングリラがあった時代と同じに、いくらでも子供が生まれて来ると。
(方法は、みんな分かってたのに…)
生物学者も、動物園でナキネズミの飼育を担当していた係たちも。
ナキネズミの絶滅を防ぎたかったら、どうすればいいか。まだ充分な数のナキネズミたちがいた間ならば、手を打つことは可能だった。近親交配にならない内に、遺伝子を操作してやれば。
けれども、彼らはそうしなかった。
放っておいたら滅びることに気付いていながら、自然に任せようと決めた人間たち。
「生き物は全て、自然のままに」と。「人間が手を加えることは許されない」と。
青い薔薇も同じ理由で消えた。
地球の青さを吸い取ったかのように生まれた、不自然な青は。青い色素を組み込んだ薔薇は。
今の時代は無い、青い薔薇。青い色素を持っていたから、完璧な青を誇った薔薇。
そういった青薔薇は全て失われて、今では紫を帯びた青薔薇だけ。薔薇が本来持つ色素だけで、出来るだけ青に近付けたもの。
それ以外の青は、「不自然だから」と二度と作り出されず、この宇宙から滅びていった。
青いナキネズミが、今は何処にもいないのと同じで。
(ナキネズミは、毛皮が青かったせいで、滅びたわけじゃないけれど…)
不自然とされたのは青い毛皮ではなくて、その生まれの方。
人間の手で作り出された、「本当だったら、存在しない筈」の生き物。リスとネズミは、自然の中では血が混じり合いはしないから。…全く別の生き物だから。
(それを交配して、おまけに遺伝子操作まで…)
繰り返して出来たのがナキネズミ。青い色素を薔薇に組み込むより、もっと不自然で有り得ないもの。人間が母なる地球に「還ってゆく」なら、そんな生き物を作っていてはいけない。
(だから、滅びるって分かっていても…)
誰も救いはしなかった。ナキネズミの滅びを止めるためには、不自然すぎる操作が必要。それは行ってはならないことだ、と皆が考え、賛同して。
けれど、そうして滅びていったナキネズミ。今は何処にもいない生き物。
彼らがその身に纏った毛皮は、どうして青かったのだろう。
哺乳類は青い色を持たない筈だというのに、ナキネズミは何故、青い毛皮になったのだろう?
(ナキネズミの元になってた、リスもネズミも…)
どちらも青い毛皮ではない。哺乳類だし、青い毛皮を持ってはいない。
彼らをベースに作り出されたナキネズミだって、哺乳類というものだったろう。卵ではなくて、子供を産んでいたのだから。…生まれた子供は、母親の乳で育ったから。
そのナキネズミを青い毛皮にしたいのならば、あの頃にあった青い薔薇と同じで…。
(生き物の仕組みは、分かんないけど…)
どうやるのか見当もつかないけれども、青い色素を組み込む以外に無かっただろう。
目を青色にするのとは違って、毛皮に青が出るように。
青い目だったら、猫だって持っているわけなのだし、目を青くするなら方法はある。けれども、毛皮はそうはいかない。青い毛皮を持った動物、それは存在しないのだから。
青い毛皮だったナキネズミ。哺乳類には無い筈の色。どうして、青色だったのか。ナキネズミの毛皮に、青を発色させたのか。
(なんで、そんなことをしていたわけ…?)
自然界には存在しない、青い毛皮を持った動物。それがナキネズミで、白いシャングリラで作り出された生き物。平和になったら、「不自然だから」と、滅びの道を皆が選択したような存在。
(…有り得ない生き物には違いないけど…)
そのことを承知で、「不自然な生き物」の象徴として青にしたなら、青い毛皮のナキネズミしかいなかった筈。実験室で生まれたナキネズミは全て青い毛皮で、他の毛色のナキネズミは無しで。
(青がシンボルなんだしね?)
どのナキネズミも、青い毛皮にしておけばいい。白や茶色や、ブチの個体を作らなくても、青い毛皮のものだけでいい。
「不自然だから青でいいのだ」と考えたのなら、そうなっている。他の毛色は全部排除で、どのナキネズミも青くして。「これがナキネズミの色なのだから」と。
けれど、様々な色の個体がいたのがナキネズミ。思念波を持った生き物として、シャングリラに姿を現した時は。「どの血統を育てたいのか」と、前の自分が訊かれた時には。
(…青い毛皮のナキネズミは…)
あの段階では、他のナキネズミたちに「混ざっていただけ」の試作品。
どれを選ぶかは前の自分の自由で、白も茶色も、好きに選べた。黒でもブチでも、気に入りさえすれば。「これにしよう」と考えたなら。
(…白も茶色も、黒いのも、ブチも…)
動物の毛皮としては、ありきたりのもの。リスとネズミがベースにしたって、遺伝子まで何度も操作していれば、様々なものが生まれただろう。三毛でも、縞の毛皮でも。
(でも、青だけは、絶対に…)
生まれて来ないし、青い毛皮になるわけがない。哺乳類が持っていない色なら、遺伝子レベルで弄ってみたって、青などは出ない。…何らかの方法で、青い色素を組み込まない限り。
その筈なのに、青い毛皮のナキネズミがいた。白や茶色やブチに混じって。
つまり、わざわざ青い毛皮の個体を作って、「どれがいいのか」前の自分に選ばせた。
ヒルマンとゼルが。…あのナキネズミたちを開発していた、二人の最高責任者が。
(まさか、ゼルたち…)
もしかしたら、と頭に閃いたこと。
彼らは青い毛皮を持ったナキネズミを、意図的に作り出したのだろうか?
白や茶色や黒やブチでも、能力に差は生まれないのに。…青い毛皮を作ってみたって、色だけのことで能力は別。青い色素を組み込む分だけ、余計な手間がかかる代物。
それでも彼らは作っただろうか、青い毛皮のナキネズミを。…前の自分に選ばせるために。
青い鳥を飼いたいと願った、ソルジャー・ブルー。幸せを運ぶ青い鳥が欲しくて、それでも夢は叶わないまま。青い鳥は役に立たないから、と一蹴されて。
(代わりに青いナキネズミなの…?)
「青い鳥など役に立たんわ」と言ったお詫びに、ゼルたちは青いナキネズミを作ろうと努力したかもしれない。ナキネズミならば「役に立つ」から、シャングリラの中で飼ってもいい。
幸せを運ぶ青い鳥は駄目でも、青い毛皮のナキネズミなら飼える。ソルジャー・ブルーのペットではなくても、船の中に「青い生き物」が生まれる。
しかも、シャングリラの外の世界には「いないもの」。ミュウの船にしかいない生き物。それの毛皮が青かったならば、前の自分が如何にも喜びそうではある。
(…ホントに喜んじゃったしね?)
一目惚れした、青い毛皮のナキネズミ。「この子がいいよ」と、直ぐに選んで。
ゼルとヒルマンは、そのために青い毛皮の個体を作って混ぜておいたのだろうか。哺乳類ならば持たない色素を、ナキネズミの中に組み込んで。
「これで喜んで貰えるのなら」と、青い毛皮を持った個体を生み出して。
(そうだったの…?)
手間暇をかけて、青い毛皮のナキネズミを作った二人。哺乳類には無い、青い毛皮を。
本当の所はまるで分からないけれど、あの時、確かに前の自分は「青い毛皮の個体」を選んだ。完成したという報告を受けて、実験室に出掛けて行って。
様々な毛皮のナキネズミたちをグルリと見回し、青い毛皮に惹き付けられて。
「この子にしよう」と、青い毛皮の血統を育ててゆくことに決めた。他の色には目もくれないで青にしたけれど、他の色を選んでいたならば…。
(青い毛皮を頑張って作った意味なんか…)
無かったのだし、そうなった可能性もある。ゼルとヒルマンの努力は、すっかり水の泡で。
選ばれるとは限られなかった、青い毛皮のナキネズミ。前の自分ならば、ほぼ間違いなく選んでいたのだろうけれど。「青い毛皮だ」と、幸せの青い鳥に重ねて。
(だけど、青いのがいなくても…)
何も困りはしなかった筈。ナキネズミの血統を決めるだけだし、白でもブチでも、気に入りさえすれば問題はない。「この子がいいよ」と選び出すだけ。
(青い毛皮の動物なんかは、いないんだから…)
ナキネズミたちの色に「青」が無くても、「青いのがいない」と責めたりはしない。青い毛皮の個体を作れとゴネたりもしない。どれにしようかと、白や茶色の個体を見比べるだけで。
(…前のぼくは、何も考えていなかったけれど…)
青い毛皮のナキネズミが如何に貴重な存在なのか、有り得ない色を持っているのか。本当に何も気付きはしないで、「青い子がいい」と思っただけ。…青いナキネズミがいたものだから。
(でも、あれは…)
考えるほどに、不思議な色。哺乳類の毛皮には「無い筈の」青。
その青色を、ゼルたちが作った理由が分からない。白や茶色で充分だろうに、混ぜ込んであった青い毛皮のナキネズミ。遺伝子レベルで弄ってみたって、作れない色の毛皮が青。
(ナキネズミを作る実験とは別に、その研究もしてないと…)
青いナキネズミは出来ないけれども、前の自分は何も知らない。ゼルたちが青い個体を開発した理由も、どうやってそれを作ったのかも。
ナキネズミの開発は、生き物を使っていた実験。リスとネズミを何匹も飼っては、交配したり、遺伝子操作を試みたりと、生き物を相手に続ける研究。まるでアルタミラの研究所のように。
(リスやネズミか、ミュウなのかっていう違いだけで…)
どっちも実験動物なのだ、と思っていたから、見たくなかったケージの中の動物たち。狭い檻の中で生きていた頃の、自分の姿が重なりそうで。
そのせいで、ナキネズミたちを開発中だった実験室には…。
(入っていないし、覗いてもいない…)
前の自分はその場所を避けて、ただ報告を聞いていただけ。会議の席で。
研究の進捗状況を聞いては、「続けてくれ」と指示を下しただけ。実験室には行きもしないで、扉の向こうをサイオンで覗くこともしないで。
そんな具合で、実験室には顔を見せなかったソルジャー・ブルー。
ナキネズミの研究が完成するまで、どの血統を育ててゆくのか、意見を求められた時まで。
実験室に一度も姿を現さないなら、研究内容にも興味を示すわけがない。思念波を使える動物を作っていようが、青い毛皮を持った動物を作り出すべく、懸命に努力していようが。
(青い毛皮を持ったナキネズミは、ぼくには内緒で…)
ゼルとヒルマンがコッソリ作って、前の自分にプレゼントしてくれたのだろうか?
青い鳥が欲しかったソルジャー・ブルーに、「代わりにこれを」と、青い毛皮のナキネズミを。鳥でなくてもかまわないのなら、「青いナキネズミ」を選ぶといい、と。
(そうだとしか思えないんだけれど…)
白や茶色もいたのだったら、青いナキネズミを作り出す意味は全くない。能力だけなら、白でもブチでも、どれでも同じなのだから。
「不自然な生き物」の象徴として青を選んだのなら、どのナキネズミも青かった筈。前の自分に選ばせなくても、最初から「青い毛皮」の個体だけしかいなくて。
(前のぼくのために、青いナキネズミを作ってくれたの…?)
そうだったの、と尋ねたくても、ゼルもヒルマンも此処にはいない。二人とも遠い時の彼方で、叫んでみたって届きはしない。前の自分の強い思念波でも、時の流れは遡れない。
本当の所はどうだったのだろうか、青いナキネズミが生まれた理由。
(ハーレイだったら…)
知ってるのかな、と今のハーレイに訊きたくなった。
今は学校の教師だけれども、前のハーレイはキャプテン・ハーレイ。白いシャングリラを預かるキャプテンだったわけだし、あるいは知っているかもしれない。
(研究のことには、ノータッチでも…)
詳しい報告を受けていたとか、視察に出掛けていただとか。
ゼルとヒルマンの報告書などに目を通しながら、「これは何だ?」と質問したり、視察の途中でケージの中を覗き込んだり。…「青くないか?」と、妙な毛色に気が付いて。
(青が完成する前だったら、ちょっぴり青くなるだけだとか…)
部分的に青い所があるとか、なんとなく青く見えるとか。其処でハーレイが気付いていたなら、青くしようとしている理由も聞いただろう。「青い毛皮」を目指す理由を。
今となっては、頼りになるのはハーレイだけ。青い毛皮の謎が知りたくて、仕事の帰りに訪ねて来てくれないか、耳を澄ませていたら聞こえたチャイム。窓から覗けば、手を振るハーレイ。
(やった…!)
これで訊けるよ、と部屋に来たハーレイとテーブルを挟んで向かい合うなり、切り出した。
「あのね、青い毛皮の動物はいないってことを知っている?」
青い毛皮だよ、フサフサの毛皮。…そんな動物はいないんだ、って。
「いないって…。いただろ、青いナキネズミが」
お前だってよく知ってる筈だが、とハーレイは大真面目な顔で返した。「あれは青いぞ」と。
「そうだけど…。それは昔で、ナキネズミはもう、宇宙の何処にもいなくって…」
絶滅しちゃった生き物なんだよ、だから数には入らないよ。とっくにいない生き物だから。
ナキネズミの他に青いの、知ってる?
毛皮が青い動物だけど、と繰り返した。「他にはいない筈なんだけど?」と。
「青い毛皮の動物だって…?」
ナキネズミが直ぐに浮かんじまったが、アレの他に青いヤツってか…?
青い毛皮なあ…。犬や猫には青なんか無いし、ウサギも青くないわけで…。毛皮だろ…?
毛皮が青い生き物か…、と考え込んでから、ハーレイも「いないな」と答えた。青い身体のは、鳥や蛇とか魚だっけな、と。
「でしょ? 鳥や蛇なら青い色のも多いんだけれど…。魚もいるけど…」
哺乳類には、青い色のはいないんだって。
今日の新聞に書いてあったよ、子供向けの質問コーナーに。…でも、答えてたのは専門の学者。
人間とかの霊長類以外は、色覚が退化しちゃってるから、青い色を見ることが出来なくて…。
もし青かったら、自分の色がどうなってるのか、他の仲間がどんな色かも分かんないでしょ?
でも、ナキネズミは青かったんだよ。…あれだって哺乳類なのに。
赤ちゃんを産んで、お乳で育てていたものね、と確認してみたナキネズミのこと。生物学的には哺乳類だよね、と。
「それはまあ…。元になったのがリスとネズミだから…」
哺乳類には違いないだろう。鳥でも爬虫類でもなければ、魚でもないし。
だが、青かったな、あいつらは。…間違いなく哺乳類だった筈だが。
とんでもない色をしてたってわけか、とハーレイは何度か瞬きをした。「青かったんだが」と。
「俺には見慣れた色だったんだが、あの色は有り得ないんだな?」
青い毛皮をした動物ってヤツは、確かにいない。あいつらは色まで特別だったのか…。思念波を持っていただけじゃなくて、毛皮も特別製だったってな。
「あの毛皮…。あの青色は、前のぼくが選んだんだけど…」
青い鳥を飼うのは無理だったから、その代わりに青いナキネズミにしたんだけれど…。
どうして青いナキネズミがいたのか、ハーレイ、知らない?
聞いてないかな、と問い掛けた。それが「知りたいこと」だから。
「どうしてって…。そいつは、どういう意味だ?」
青いナキネズミは青かっただけで、そういう特徴を持った個体だったと思うんだが…?
「其処だよ、青かった所が問題。…哺乳類には無い筈の色で、有り得ない色を作った理由」
哺乳類に青い色が無いなら、青い毛皮にしてやるためには、必要な色素を組み込まないと駄目。生き物の身体に青い色をね。…それって、不自然すぎるでしょ?
あの時代には当たり前だった青い薔薇だって、シャングリラには無かったんだよ。自然の中では生まれない色で、人工的に青い色素を組み込んでたから。…そんな不自然な色は駄目だ、って。
青い薔薇でも植えなかったような船なのに、なんでわざわざナキネズミを青くしちゃったわけ?
船で作った動物なんだし、特別だから、っていう意味だったら、青いのしか作らない筈で…。
不自然な青い毛皮のナキネズミだけで充分なのに、他の毛皮の色、ちゃんとあったよ?
前のぼくが選ばなかっただけで…、と挙げていった白や茶色のナキネズミ。繁殖させずに、一代限りのペットとして配られたナキネズミを。
「いたなあ、そういうヤツらもな。…希望者多数で大人気だったぞ」
もっとも、選ぶ権利を持っていたのは、人間様じゃなかったが。…ナキネズミの方で。
「そうだっけね。…それでね、青いナキネズミのことだけど…。もしかしたら、って…」
ゼルとヒルマン、前のぼくに「青い鳥」の代わりをくれたのかな、って…。
「なんだって?」
青い鳥の代わりというのは何だ、とハーレイは怪訝そうな顔。「あれは鳥じゃないぞ?」と。
「そうだけど…。鳥じゃなくってナキネズミだけど、青かったでしょ?」
ほら、青い鳥は駄目だって言われちゃったから…。前のぼくが欲しかった、青い鳥…。
ゼルにハッキリ言われてたでしょ、と説明をした。「青い鳥など何の役にも立たん」と、一刀の下に切って捨てられた日のことを。
けれど、ゼルたちはそれを覚えていて、青い鳥の代わりに、青い毛皮のナキネズミをプレゼントしてくれたのでは、と。
「そんな気がしているんだけれど…。でも、前のぼくは何も知らなくて…」
実験室を覗いてもいないし、研究のことも会議で聞いていただけで…。どうして有り得ない色の青を作っていたのか、ホントに分からないんだよ。
ハーレイ、青いナキネズミを作ろうとしていた理由を知らない?
キャプテンだったし、船のことには詳しそうだよ。ナキネズミの実験室にしたって。
前のぼくは、アルタミラの記憶と重なっちゃいそうで、あそこは避けてしまっていたから…。
サイオンで覗いてもいない、と白状したら、ハーレイは「すまん」と謝った。
「実は、俺もだ。…キャプテンにあるまじきことなんだろうが、どうにも好きになれなくて…」
キャプテンの仕事は忙しいんだ、と理由をつけては、あそこは避けて通っていた。
まるで行かないわけにもいかんし、出来るだけ、ということではあるが…。
行った時には、最低限の視察程度で、ザッと見渡したらそれで終わりだ。異常は無いな、と確認するのが俺の仕事で、研究のことはサッパリだしな?
ゼルもヒルマンも俺の飲み友達ではあったが、あいつらだって、ナキネズミの開発の話は滅多にしなかった。動物を使った実験なんだし、愉快なことではないからな。
だから、青い毛皮のナキネズミが生まれた理由は分からん。
あいつらが上げて来た細かい報告ってヤツも、形だけしか見ていないから。…この段階だな、と最後だけ見て、専門用語を並べ立てた部分はすっ飛ばして。
だがな…。
あいつらだったら作っただろう、とハーレイは笑んだ。
ゼルとヒルマンが青い鳥の話を覚えていたなら、青い毛皮のナキネズミを。
「…作っていそう?」
前のぼくには内緒にしといて、青い毛皮のナキネズミ…。
哺乳類には青い毛皮が無くても、なんとかして青くしてやろう、って…?
やり方は分かんないけどね、と首を竦めた。
青い薔薇なら植物だから、動物よりは簡単に出来たことだろう。青い色素を組み込んでやって、目が覚めるような青に仕上げることも。
けれど、ナキネズミは動物なのだし、仕組みがまるで分からない。どうすれば青い色素なんかを組み込めたのか、毛皮に発色させられたのか。
「俺にも見当もつかないが…。前はキャプテンだし、今は古典の教師だぞ?」
動物の毛皮を青くしてくれ、と注文されたら、染める以外に無いってな。食っちまっても毒にはならない、青い色素を探して来て。…ゼリーとかを青く染めるヤツとか。
そういうのを毛皮にペタペタと塗って、「青くなったぞ」としか言えないんだが…。
ゼルとヒルマンの場合は違う。あいつらは根っから研究が好きで、才能も充分あったんだ。
そんなヤツらが、前のお前の夢を諦めさせたから…。青い鳥は駄目だ、と切り捨てたから…。
代わりに青いナキネズミだ、と頑張った可能性ってヤツは高いな。
俺には話しても通じんだろう、と放っておいて、二人であれこれ研究して。
そうやって出来たのがアレじゃないか、とハーレイは顎に手を当てた。「他にもいたし…」と、「青の他にもいたんだったら、青はお前へのプレゼントだろう」と。
「本当に?」
やっぱりそうなの、青いナキネズミは、ゼルとヒルマンがぼくにくれたの…?
好きなのを選んでいい、って言っていたのは、ぼくに青いのをくれるためだった…?
全部が青いナキネズミよりも、その方がずっと素敵だもんね…。
色々な毛皮のナキネズミたちが揃ってる中に、青いのが混じっている方が…。
幸せの青い鳥を見付けたみたいな気がするよ、と白いシャングリラに思いを馳せた。実験室まで出掛けて行った日、青いナキネズミを選んだ日に。
「裏付けは何も無いんだが…。データを見たって、分からんだろうな」
青い色素を組み込んだ時のデータが今もあったとしたって、目的までは書かれていまい。
前のお前へのプレゼントならば、なおのこと、そうは書いていないぞ。…あいつらだけに。
だが、飲み友達だった俺の勘だな、「多分、そうだ」と。…お前のために青くしたんだな、と。
「そうだったんだ…」
ナキネズミの毛皮が青かったのは、青い鳥の代わりだったんだ…。
前のぼくが飼いたがっていたから、鳥は駄目でも、ナキネズミなら、って…。
どうやったのかは謎だけれども、青い毛皮のナキネズミを作ったゼルとヒルマン。
哺乳類は持っていない筈の青い毛皮を、青い小鳥を思わせる色を纏うようにと努力を重ねて。
それが出来たら、前の自分に選ばせてくれた。白や茶色や、ブチの毛皮をしたナキネズミたちと一緒に並べて、「どれにしたい?」と。
大喜びで青を選んだ、前の自分。「この子にしよう」と、一目惚れして迷いもせずに。
青い鳥を飼うことは諦めざるを得なかったから、青いナキネズミが嬉しくて。
その青色が「有り得ない色」だとは考えもせずに、青い個体を選んでいた。「この血統を育てていこう」と、青色の毛皮のナキネズミに決めた。
お蔭で、ナキネズミと言えば今も「青」。誰に訊いても「青だ」と返る、毛皮の色。
(前のぼく、ナキネズミに青い鳥を重ねて…)
見ていたこともよくあった。
農場の木に巣箱をかけて、ナキネズミが入るのを待ったことまであったほど。青い鳥の代わりに住んで欲しくて、青いナキネズミのために設けた巣箱。
青いナキネズミは、前の自分にとっては、幸せの青い鳥のようなもの。
鳥ではなくても、空は飛ばなくても、四本の足でトコトコと船の中を歩く生き物でも。それでも充分、青い鳥の代わりになってはいた。幸せの青い鳥の代わりに、あれがいるよ、と。
青い毛皮のナキネズミを作った、ゼルとヒルマンの読みは見事に当たったのだから…。
「ゼルたちに御礼を言いたいな。…ナキネズミの御礼」
青い鳥の代わりに、青い毛皮のを作ってくれてありがとう、って。
前のぼくは少しも気付いていなかったから、御礼、言えずに終わっちゃったし…。
でも、二人とも、今は何処にいるのか分かんなくて…。
前のぼく、ホントにウッカリ者だよね…。せっかく青いのを作ってくれていたのに、青い毛皮が珍しいことには少しも、気付かないままでいたなんて…。
「その辺のことは、ヤツらも気にしちゃいないだろう。気にしていたなら、言うだろうから」
何かのはずみに、恩着せがましく。「作ってやったのに、礼も無しか」と、ズケズケと。
礼を言いたいなら、今からだって、気持ちだけでも伝わるさ。…あいつらのトコに。
俺も一緒に言ってやるから、窓に向かって言うといい。「ありがとう」とな。
「うんっ!」
ゼルとヒルマンに届くといいよね、ぼくたちの御礼。…青いナキネズミを貰った御礼…。
二人で言おうね、とハーレイと声を揃えて、窓の向こうに頭を下げた。「ありがとう」と。
白いシャングリラにいた、青い毛皮のナキネズミ。有り得ない色を持っていた生き物。
あのナキネズミはきっと、ゼルとヒルマンがくれた、青い鳥の代わり。
「青い鳥を諦めたソルジャー・ブルー」のためにと作ってくれた、青い毛皮をしたナキネズミ。
その青いナキネズミを乗せていた船は、ちゃんと幸せを手に入れた。ミュウの未来を。
誰もが幸せに暮らせる世界を、ミュウが殺されない平和な時代を。
それに今の十四歳の自分と、学校の先生になったハーレイにだって…。
(幸せ、ちゃんと来たからね…!)
前の生では手に入らなかった、夢のような世界にやって来た。ハーレイと一緒に、離れないで。
青く蘇った地球の上に生まれて、幸せに生きてゆける今。
(これって、きっと…)
青い鳥の代わりに、青い毛皮のナキネズミが運んでくれた幸せだろう。
シャングリラに青い鳥はいなくて、青い毛皮のナキネズミたちがいたのだから。
翼を広げて空を飛ぶ代わりに、四本の足でトコトコ歩いたナキネズミが。
そのナキネズミを貰った御礼を、ゼルとヒルマンの二人に届けたい。
「青いナキネズミを作ってくれて、ありがとう」と。
今では、とても幸せだから。この地球の上で、ハーレイと二人、幸せに生きてゆくのだから…。
ナキネズミの青・了
※青い毛皮だったナキネズミ。哺乳類は青を認識出来ないので、青い色を持たないのに。
ナキネズミを作ったヒルマンとゼルが、前のブルーに青い鳥の代わりに、くれた生き物かも。
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