忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

マーマレード

 夏休みも明日で終わってしまう八月の三十日。
 ぼくはハーレイから素敵なプレゼントを貰ってしまった。
 真夏の太陽の光を集めてギュッと閉じ込めたみたいな、綺麗な金色をしたマーマレード。
 昨日、ハーレイは夕食を食べずに早めに帰って行ったんだ。隣町にあるハーレイが育った家で、お父さんとお母さんが食事を作って待ってるから、って。
 誕生日の次の日だもの、仕方ないよね。誕生日はぼくが独占しちゃったんだもの。
 そしたら今日の朝、マーマレードの大きな瓶が入った紙袋を提げて訪ねて来てくれた。
「おふくろと親父が、持って行けってうるさくてな」
 ぼくの部屋のテーブルに瓶を置いて、アイスティーとお菓子を持って来たママにも説明をした。
「母が作ったマーマレードです。いつもお世話になっていますし、お召し上がり下さい」
「いえ、そんな…。お世話になっているのはブルーですのに」
「庭に夏ミカンの木があるんですよ。食べ切れないほど作ってますから、ご遠慮なく」
 お口に合えばいいんですが、ってハーレイは言うけど、きっと美味しいに決まってる。とろりと溶けた蜂蜜とお日様を混ぜた色。夏の光がいっぱい詰まったハーレイのお母さんのマーマレード。



 ママが直ぐに持って行こうとしたから、「待って」って止めた。
 せっかく貰ったマーマレード。ハーレイのお母さんの話も聞きたかったし、夏ミカンの木の話も聞きたい。作ってくれた人を思い浮かべながらマーマレードの瓶をよく見てみたい。
 後で下まで持って行くから、とテーブルの上に置いたままにしておいて貰った。本当にゆっくり見たかっただけなんだけれど、ママが部屋を出て、階段を下りて。足音が小さくなって消えたら、ハーレイがニッコリ笑ったんだ。「どうして分かった?」って。
「え、何が?」
「なんだ、知ってたわけじゃないのか。これはな、本当はお前に渡したかったんだ。…おふくろも親父もそうしたかったんだが、お前の家ではそれは通用しないしな…」
「何の話?」
 キョトンとしたぼくに、ハーレイはパチンと片目を瞑ってみせた。
「将来、俺の……その、なんて言うんだ? 嫁さんと言っていいのかどうか…。とにかく俺の結婚相手になるお前に、って親父とおふくろが持たせてくれたマーマレードなのさ」
 …お嫁さん。ぼくがハーレイのお嫁さん…。
 いつかハーレイと結婚するんだって決めているけど、パパにもママにも話していない。
 でもハーレイはお父さんたちに話してくれたんだ。ぼくのことを。ぼくと結婚することを…。
「お前のパパとママはそういう事情は知らないからなあ…。だから表向きは俺が世話になっている御礼ってコトにしといたが、本当はお前宛なんだよ。親父もおふくろも喜んでたさ」
 とても可愛い子供が一人増えた、ってな。
 そう聞いてぼくは真っ赤になった。
 ハーレイと結婚したら、ハーレイのお父さんとお母さんはぼくのお父さんとお母さんだ。
 まだ結婚もしていないのに、もう子供だって言って貰えた。お母さんが作ったマーマレードまで貰ってしまった。
 嬉しいけれど、ちょっと恥ずかしい。だから耳まで赤く染まった。
 ハーレイのお父さんとお母さん。ハーレイから時々、話を聞くだけのお父さんとお母さん。
 どんな人たちなんだろう? ぼくのためにってマーマレードをくれた人たちは…。



 ドキドキしながらハーレイに訊いた。ぼくのことをいつ話したの、って。
「ん? 前から話はしてあったがな…。事情があってチビの守り役をする、とな」
「チビは酷いよ!」
「お前、本当にチビだろうが。俺と会ってから少しも育たん」
 そう言ってハーレイは笑うけれども、昨日の夜にお父さんとお母さんの前で宣言したらしい。
 年を取るのはもうやめる、って。これからも誕生日を迎える度に年を取るけど、外見の方は今の姿で止めておく、って。
 その約束はハーレイがぼくと再会した時にしてくれた。キャプテン・ハーレイだった頃と同じに見える今の姿を保ってぼくが育つのを待つ、と。
 ハーレイが年を取るのをやめにするから、お父さんとお母さんも年を取るのを止めるんだって。
 流石ハーレイのお父さんたちだ。ハーレイはぼくに会わなかったらまだまだ年を取る予定だったと前に話してくれたし、年を取るのが好きな家系なのかな?
 今の時代はみんなミュウだから、若いままの人も多いのにね。ハーレイくらいの年になったら、自分のお父さんたちと見た目の年が変わらないなんて、ごくごく普通のことなのに。
 ハーレイのお父さんたちは、ハーレイがぼくの守り役になったことは知っていたけど、恋人とは思っていなかったから凄くビックリしたらしい。
 こんなに小さいのにもう恋人で、もう結婚すると決めているのか、と。
 ぼくの年には驚いたのに、ぼくが女の子じゃないってことは全く気にしていなかったって。
 ハーレイが一日遅れの誕生日を祝いに帰った家で、ぼくのことをきちんと話してくれたっていうのが嬉しかった。ハーレイのお父さんとお母さんが喜んでくれたことも。
 お父さんには「小さな子供に手を出すなよ」って釘を刺されたみたいだけどね。



 ハーレイ、ぼくの姿もちゃんと思念でお父さんたちに伝えてくれたんだ。
 「可愛いだろう」って自慢したって威張ってた。
 庭に大きな夏ミカンの木がある家のリビングで、ぼくの話をして、姿も伝えて。
 夏ミカンの実で作るマーマレードが自慢のお母さんは、ぼくが女の子じゃなかったことには少しガッカリしたかもしれない。マーマレード作りが好きな男の子は、ぼくの友達には一人もいない。ぼくもマーマレードを作りはしないし、ちょっぴり申し訳ない気がした。
 いつかハーレイと結婚したら。
 ハーレイと一緒に暮らせるようになったら、ハーレイのお母さんの家に出掛けてマーマレードの作り方を習わなくっちゃ。
 ぼくのために、ってマーマレードをくれたお母さんの隣でエプロンを着けてマーマレード作り。お鍋に沢山の金色が溢れて、庭ではハーレイが夏ミカンの実を採っているだろう。キッチンに次の夏ミカンの山が届けられたら、洗って、むいて、皮を刻んで…。
 そういう時間もきっと楽しい。
 ハーレイのお母さんも「女の子じゃなくても楽しいわね」って思ってくれると嬉しいな。
 幾つも並んだマーマレードが詰まったガラス瓶。
 ハーレイのお父さんたちが家で食べる分と、ぼくとハーレイとで食べる分。ぼくのパパとママに届けて食べて貰う分。
 うん、結婚してハーレイの家で暮らすんだったら、三軒分のマーマレードが要りそうだよね。
 夏ミカンの木はとても大きいらしいし、それだけ作っても余るんだろう。余った分はハーレイのお母さんが知り合いの人たちに配って回る。新しく出来た子供と一緒に作りました、って。
 想像しただけで胸がじんわり暖かくなった。
 ぼくはハーレイのお父さんたちの新しい家族になって、夏ミカンの大きな木がある家でテーブルを囲んで食事なんかも出来るんだ。隣町にあるハーレイが育った家で。



 ちょっとヒルマンに似ているっていうハーレイのお父さんは、ぼくを川遊びとかキャンプとかに連れて行きたいと言ってくれた。
 釣りが大好きなお父さん。海釣りもするけど、今の時期だと川でアユの友釣り。オトリのアユを使って釣る方法は本で読んだことがあるだけで、ぼくは普通の釣りさえしたことがない。
 ぼくの身体が弱いと聞いたお父さんは「可哀相にな」って心配してくれて、「そういう子供でも元気に遊べる川やキャンプ場に連れて行ってやりたいな」とハーレイに言ったらしいんだけど。
 ハーレイはぼくが大きくなるまで、お父さんたちに会わせてくれないんだ。
 「親父たちの家まで連れて行く途中と帰りの道とが大変だしな?」と頭をポンと叩かれた。
 二人きりで車に乗って出掛けることになるから、ハーレイの我慢の限界を超えてしまうって。
 キスを許してくれないのと同じで、二人きりのドライブも許してくれない。
 せっかくお父さんが釣りに誘ってくれているのに。ぼくは釣りをしたことが一度も無いのに。
 キャンプ場に行こうって、お父さんが言ってくれてるのに。
 ハーレイのケチ!



 マーマレードが自慢のお母さんは、小さなぼくと二人で散歩に行きたいんだって。
 一人息子のハーレイはとっくの昔にすっかり大きくなってしまって、連れて歩いても全然可愛く見えないから、って聞いたら可笑しくて少し笑ってしまった。
 天気のいい日は、あちこちの家の庭に咲いた花や実をつけた木とかを眺めながら歩いて、公園を幾つも回って歩くお母さん。散歩コースには知り合いの人が大勢いるんだって。
 「すっかりおばあちゃんになった私がこの子を連れて歩いたら孫みたいでしょ?」とハーレイにニッコリ笑って、ぼくを連れて行きたいと頼んだらしい。
 ぼくと二人で通り道にある家の庭を見ながら歩いて、公園に行って。公園に着いたら搾りたてのミルクで作ったソフトクリームを買って貰って、一休みして、また二人で歩いて。それから小さな喫茶店に入って、お母さんのお気に入りの美味しいものを食べて休憩するんだ。
 ホットケーキがうんと分厚いお店や、選んだ果物でフルーツパフェを作ってくれるお店とか。
 そういう所にぼくを連れて行きたい、ってお母さんは言ってくれたのに。
 季節の花とか果物の木を沢山見せて教えてあげたい、って言ってくれてるのに。
 これまたハーレイは許してくれない。
 ぼくと二人で隣町までドライブするのは絶対ダメだ、と許してくれない。
 お母さんと散歩をしてみたいのに。喫茶店にも行ってみたいのに。
 ハーレイのドケチ!



 庭に大きな夏ミカンの木がある、隣町のハーレイが育った家。
 その家だって見てみたい。
 ハーレイが子供だった頃には真っ白な猫のミーシャをお母さんが飼っていた。ハーレイがぼくに似ていると言ってた甘えん坊のミーシャ。登った木から下りられなくなってしまってミャーミャー鳴いて、お父さんが梯子をかけて助けに行った。
 ミーシャが下りられなくなった木はどんなのだろう?
 枝を四方に広げる木なのか、真っ直ぐ上に伸びる木なのか。ミーシャが下りられなくなった時はハーレイはまだ子供だったというから、木はその頃よりグンと大きくなっただろうか。
 夏ミカンの木はその木の隣にあるのかな?
 真っ白な花の匂いが風に乗って道まで届く大きな木。夏ミカンが枝いっぱいにドッサリ実って、沢山のマーマレードが作れる木。
 ぼくも夏ミカンをもいでみたいけど、ハーレイは「届かないぞ」と笑って言った。
 下の方の枝なら小さなぼくでも採ることが出来る。だけど夏ミカンが山ほど実る木はハーレイの背よりもずっと高くて、全部採るには長い柄がついた専用のハサミが要るらしい。それでも一番上まで届かないから、梯子の出番。
 ぼくの手が届きそうな辺りの夏ミカンはお母さんが採って一番最初のマーマレードが作られる。ハーレイはそれを貰いに出掛けて、お父さんと二人で残りの夏ミカンを全部採るんだ。
 つまり、ハーレイがぼくを連れて行ってくれても手の届く所に夏ミカンは無い。
「一つだけ残しておいてもらうか? お前用に」
 いつか行こう、とハーレイがぼくの頭を撫でる。
「大きくなったら連れて行ってやるさ。その年は下の方の枝に残しておくよう頼んでやろう」
「約束だよ? ぼくも採りたいんだから」
「ああ。…下の方の枝に一個ポツンと残っていたら、なんだか木守りみたいだな」
「木守り?」
 その言葉をぼくは知らなかった。
 実をつける木の天辺の方に実を一個だけ残すんだって。来年もよく実るようにと祈りをこめて。
 ハーレイの家の夏ミカンの木にも木守りの一個が残してあって、次の年の実が実る頃になってもまだ天辺にくっついてる年もあるそうだ。
 夏ミカンの実を全部もいでも、最後に一個だけ残ってる。ぼくの知らない、遠い遠い昔の地球にあったらしい実のなる木のためのおまじない。
 そういうことを大切にする家で育ったから、ハーレイは古典の先生の道を選んだのかな?
 七夕とか、端午の節句だとか。昔の習慣を教えてくれる授業は歴史じゃなくて古典だものね。



 天辺に木守りの実を一個残した夏ミカンの木。
 どのくらい大きな木なのか、その下に立って上を見上げる日が楽しみだ。
 ぼくが初めて出会う季節は花の頃かな、それとも実がまだ青い頃?
 夏ミカンは秋の終わりに黄色くなり始めるけれど、その時に食べても酸っぱいだけなんだって。すっかり熟して美味しくなるのは初夏の頃。だから夏ミカンと呼ばれるらしい。
 どの季節にハーレイが育った家の庭に立てるのか、夏ミカンの木に会えるのか。
 ハーレイのお父さんとお母さんに初めて会える日はいつなのか…。
 その時が来たら、ぼくはハーレイが運転する車で隣町に行く。ドライブと呼ぶには短すぎる距離でも、ぼくにとっては特別な旅になるんだろう。
 隣町に着いて、庭に夏ミカンの大きな木がある家に着いたら、新しいお父さんとお母さんになる人たちがぼくを迎えてくれる。
 ぼくの背が伸びてソルジャー・ブルーだった頃と同じになったら、その家に行ける。
 そしてハーレイと結婚するんだ、ハーレイの新しい家族になるために。
 今度こそ二度と離れないよう、手を繋いで歩いてゆくために…。



 ハーレイのお母さんが庭の夏ミカンで作った自慢のマーマレード。
 金色のお日様を閉じ込めた瓶を、ぼくの部屋でハーレイと過ごす間に何度も眺めた。ハーレイのお父さんとお母さんがくれたマーマレード。
 パパとママはぼくがハーレイと結婚するなんて思ってないから、表向きはハーレイがぼくの家で休日を過ごしたりしていることへの御礼で、家族みんなで食べるためのもの。
 でも、本当は違うんだ。
 ハーレイのお父さんとお母さんは、ぼくのためにとマーマレードをくれた。
 いつかハーレイと結婚するぼくにプレゼントしてくれたマーマレード。
 見ているだけで幸せな気持ちになってくる。ハーレイのお父さんとお母さんの優しさが詰まった金色に輝くマーマレード。どんなに甘くて美味しいんだろう?
 ハーレイは「夏ミカンだから少しビターだぞ。大人向けかもな」と言うけれど、きっと食べたら甘いと思う。
 だって、ハーレイのお父さんとお母さんがくれたんだもの。
 新しい家族になるぼくに、って。



 一日中、飽きずに瓶を眺めて、ハーレイと一緒に夕食を食べる時に持って下りてママに渡した。パパとママも同じテーブルで食べる夕食。このテーブルにハーレイのお父さんとお母さんも加わる日はいつになるんだろう?
 早くその日がくればいいな、と思いながらハーレイが「また、明日な」と帰ってゆくのを家の前まで出て見送った。大きな影が見えなくなるまで手を振り続けて、ハーレイが何度も振り返って。
 夏休みはまだもう一日ある。明日がハーレイと丸一日過ごせる最後の平日。
(…あと一日しか残ってないけど、まだ一日も残っているし!)
 明日はハーレイとどんな話をしようか。
 天気が良ければ庭の木の下の白いテーブルと椅子でゆっくり過ごすのもいいかもしれない。
 ぼくの家の庭に夏ミカンの木は無いし、猫のミーシャが下りられなくなった木ももちろん無い。だけどハーレイが作ってくれた特別な場所が木の下のテーブルと椅子なんだ。
 最初はハーレイが持って来てくれたキャンプ用のテーブルと椅子だった。それが夏休みの間に白いテーブルと椅子に変わって、今ではぼくのお気に入りの場所。
 夏休みの最後の一日だから、あの椅子にも座ってみたいよね…。
 ママに頼んでスコーンを焼いて貰おうかな?
 ハーレイのお父さんとお母さんがくれたマーマレードをたっぷりとつけて食べるんだ。
 木漏れ日が模様を描く木の下のテーブルで見たら、マーマレードはお日様の光そのものだろう。ママのスコーンと、ハーレイのお母さんのマーマレード。お母さんが二人分の味。
(…うん、いいかも…!)
 明日の朝、起きて晴れだったなら、ママにスコーンをお願いしなくちゃ!



 八月三十一日、ぼくの夏休みの最後の日。
 目を覚まして窓のカーテンを開けると空は綺麗に晴れていたから、ママにスコーンを焼いて貰うために急いで階段を下りて行った。生地を休ませる時間が要るから、早めに頼んでおかないと…。
「ママ、おはよう!」
 トーストが焼ける匂いがしてくるダイニングの扉を開けた瞬間、ぼくの目に信じられない光景が飛び込んで来た。テーブルの真ん中に昨日貰ったマーマレードの大きな瓶。蓋が開いてて、パパが齧ってるトーストの上にマーマレードが乗っかっている。
「おはよう、ブルー。美味いぞ、ハーレイ先生に貰ったマーマレード」
「……もう開けちゃったんだ……」
 ぼくのマーマレード、という言葉をグッと飲み込んだ。ハーレイのお父さんとお母さんがぼくにくれた夏ミカンのマーマレード。でも…。
「どうした、ブルー? こういうものはな、頂いたら早めに食べて御礼を言うもんだ」
「そうよ、ブルー。ハーレイ先生、今日も来て下さるでしょう?」
 美味しいわよ、と微笑むママのトーストにもマーマレードが塗られていた。ハーレイのお母さんの自慢のマーマレード。ぼくが貰ったマーマレード…。
 パパが言うことは間違いじゃないって分かってる。それに表向きはハーレイからパパとママへの御礼で、パパとママがぼくよりも先に食べていたって仕方ない。ぼくに文句を言う権利は無い。
 でも、ぼくが一番に開けたかったんだ。
 だって、ハーレイのお父さんとお母さんに貰ったマーマレード。ぼくが貰ったマーマレード…。
 ガッカリしたけど、俯いていたってどうにもならない。
「ブルー? ホントに美味しいマーマレードよ?」
 もう一枚トーストを食べたくなるわね、と嬉しそうなママと、二枚目のトーストを齧るパパと。二人揃って美味しい、美味しいと食べているから、ぼくも食べてみることにした。マーマレードの瓶を開けられてしまったことはショックだったけど、貰ったのはパパとママなんだから…。
 ママにトーストを焼いて貰って、金色のマーマレードをスプーンで掬って乗せた。齧ってみるとハーレイが言ってたとおりに少しビターで、でも蜂蜜の甘さが優しくて。
「……美味しい……」
「でしょ? ハーレイ先生に御礼を言わなくっちゃね」
 御機嫌なママと、「うん、美味かった。さて、行ってくるかな」と会社に出掛けるパパと。
 マーマレードの瓶は大きいけれども、こんな調子で食べられちゃったらアッと言う間に空っぽになってしまうかも…。
 あっ、いけない! ママにスコーンを頼まなくっちゃ!



「…なるほどな。それで先に食べられてしまっていた、と」
 ハーレイが可笑しそうに笑う姿を見ながら、ぼくは頬っぺたを膨らませた。
 庭で一番大きな木の下の白いテーブル、ママの焼きたてのスコーンとハーレイのお母さん自慢のマーマレードと。最高のティータイムになる筈だったのに、マーマレードの一番乗りをパパたちに取られてしまったぼく。金色のマーマレードが盛られたガラスの器が恨めしい。
「ハーレイ、笑いごとじゃないってば! せっかくぼくが貰ったのに…」
「お前用だとは確かに言ったが、表向きは違うとも言っただろうが」
「でも…! パパもママも美味しいって喜んでるから、すぐ無くなっちゃう…」
 せっかくハーレイに貰ったのに。
 ハーレイのお父さんとお母さんがぼくにくれたのに、アッと言う間になくなりそうだ。
 そう言ったら、ハーレイは割ったスコーンにマーマレードをたっぷりと乗せて頬張りながら。
「俺の家にまだまだ沢山あるぞ。無くなったらまた持って来てやるさ」
「そうじゃなくって!」
 どうして分かってくれないんだろう。
 同じマーマレードでも、全然違うということを。
 ぼくはハーレイのお父さんとお母さんがぼくにくれたマーマレードが嬉しかったのに…。
 ハーレイと結婚するぼくに、ってプレゼントしてくれた特別なマーマレードだったのに…。
「分かった、分かった。そう膨れるな、またその内に貰って来てやるさ」
「…パパとママとが食べちゃうのに?」
「負けないように沢山食べろ。前から言っているだろうが」
 しっかり食べて大きくなれよ、とハーレイがぼくの頭をクシャクシャと撫でた。
 髪の毛がスコーンとマーマレードの匂いになったかもだけど、嫌な気持ちは全然しない。
 ぼくの大好きなハーレイの手。
 この褐色の大きな手ならば、マーマレードの瓶だって簡単にポンと開けちゃうんだろう。
 パパとママとがうんと苦労して開けたと言ってた、固く閉まった瓶の蓋でも。



 明日から、また学校が始まっちゃう。
 ハーレイと毎日のように家で会えてた夏休みが今日で終わってしまう。
 それが残念でたまらないけど、ハーレイと結婚出来る日までの残り日数は夏休みの分だけ減って少なくなったんだ。そう思って我慢するしかない。
 開けられてしまったマーマレードも、減った分だけハーレイと結婚出来る日が近付いてくる。
 ぼくは少しずつしか食べられないから、パパとママに殆ど食べられちゃうけれど…。
 でもいつか、ハーレイのお父さんとお母さんが住む隣町の家の庭で、夏ミカンがドッサリ実った大きな木を見上げる日が来て、ぼくのために残しておいて貰った一個を採ることが出来る。
 その木にぼくが初めて出会う日は、白い花の頃か、青い実の頃か。それともマーマレード作りが始まる季節になるんだろうか…。
 ハーレイのお父さんとお母さんの家まで、ハーレイが運転する車でドライブする日。
 それまでに何度、この金色のマーマレードが詰まった瓶を貰うんだろう。
 早くパパとママに「これはぼくのだ」って言える日が来るといいんだけれど…。
 夏休みの間も、ぼくの背丈は一ミリさえも伸びてはいない。
 ソルジャー・ブルーだった頃のぼくと同じくらいに大きくなるには、食べなくちゃ。
 ハーレイのお父さんとお母さんに貰ったマーマレードで、トーストをおかわりしなくちゃね。
 うん、頑張って食べてみよう。
 少しビターだけど、蜂蜜たっぷりのマーマレード。
 お日様の光を集めたような金色を毎日しっかり食べたら、きっと大きくなれるよね?
 ねえ、ハーレイ…?




         マーマレード・了


※ハーレイのお母さんの手作り、夏ミカンの実のマーマレード。
 これから何度もブルーの家へと届けられることになるのでしょう。そして毎朝の食卓に。
 トーストにたっぷりと塗り付けるブルー君、きっと幸せ一杯ですねv

 毎日更新の「シャングリラ学園生徒会室」にて、作者の日常を公開中。
 公式絵のキャプテン・ハーレイと遊べる「ウィリアム君のお部屋」もそちらにあります。
 お気軽に覗いてやって下さい、拍手部屋の方もよろしくです~。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv

 ←拍手、コメントなどお待ちしてますv
御礼ショートショートが置いてあります、毎月1回、入れ替えです!

 ←ウィリアム君のお部屋、直通はこちらv
「外へ出す」と、ほんのりハレブル風味になる仕様です~。




PR
Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]