シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
「ほら、ブルー。こんなのが出来ているらしいぞ?」
ハーレイが持って来た一枚の紙を覗き込んだブルーは仰天した。カラーでプリントされた紙には青い目玉が溢れている。小さなものから大きなものまで、丸いものやら雫形やら。
今日は休日、ハーレイと二人、ブルーの部屋で向かい合って座っているのだけれど。
「なに、これ?」
「メデューサの目さ。覚えていないか?」
「…メデューサの目?」
何処かで聞いた言葉のような、と改めて紙に刷られた沢山の目玉を眺めてみて。
「あっ…! もしかして、これってヒルマンが言ってた…」
「そうさ、前の俺たちの服の赤い石だ」
あの石の元だ、と微笑むハーレイがプリントアウトしてきた青い目玉は『地球の歩き方』という人気のデータベースから引っ張り出して来たものらしい。
地球の様々な地域へ気ままな旅をする人が情報を得たり、自分が得た知識を付け加えたりもするデータベース。ブルーも存在を知ってはいるが、十四歳の子供には少し敷居が高すぎた。旅の計画すらも立てられない上に、旅行の資金だって無い。
「ハーレイ、此処はよく見ているの?」
「ああ。前の記憶を取り戻す前から、気が向くままにな。適当にデータを引っ張り出すだけだが、これは違うぞ。ヒルマンの話を思い出したから調べてみたんだ」
確かこの辺りの話だったか、とアクセスしてみたら、こいつを見付けた。
地域の独自性にこだわる今の地球なら、きっと作っていると思った。
「こいつが昔のトルコの辺りで、こっちはギリシャだ。写真だけ抜き出して来たんだが…」
凄いだろ、とハーレイが指先でなぞる画像の青い目玉は魔除けのお守り。見た人を石に変えると伝わる遠い昔の神話に出て来る怪物、メデューサの目を象ったもの。
邪視と言ったか、悪意の籠もった呪いの視線を弾き返すための目玉のお守り。悪意のある視線を弾き返すには、相手を石にしてしまうほどのメデューサの目が相応しい。
「前の俺たちが生きた時代には無かったのにな? 人間ってヤツは逞しいよな、地球と一緒に文化まで復活させるなんてな」
「うん…。本当に凄いね、人は。あの頃、ぼくたちは人間扱いじゃなかったけれど」
「その俺たちが今じゃ立派な人間ってヤツだ。分からんもんだな」
ついでに二人で青い地球まで来ちまったな、とハーレイは感慨深そうに言った。あの頃の地球の姿を思うと今の青い地球はまさに奇跡だ、と。
「そんな地球にだ、今はメデューサの目まであるんだ。俺たちはヒルマンの話と古い資料だけしか知らなかったのに、ちゃんと本物が出来てるんだぞ」
「そうだね。あの頃の地球には絶対に無いね」
地球は死に絶えた星であったし、其処に文化など残ってはいない。長い長い時を経て蘇った星に遠い昔のお守りだったメデューサの目が復活していた。それを思うと嬉しくなる。前の生の自分は辿り着けずに終わったけれども、メギドを沈めておいたからこそ青い地球まで来られたのだと。
「メデューサの目かあ…。凄いね、SD体制よりもずっと古いのに、伝わったんだ…」
「きちんとデータが残っていたのが大きいだろうな。…メデューサの目は復活したのに、俺たちの赤い石の理由は伝わらずに終わってしまったな…」
歴史の彼方に消えてしまった、シャングリラに居たミュウの制服の赤い石。誰の服にも何処かに必ず赤い色の石があしらわれていた。大部分のミュウとソルジャーの衣装は襟元に。キャプテンの服はマントの飾りに。長老たちの服でもマントの飾りで、フィシスは首飾りに赤い石。
赤い石が選ばれた理由は確かにあったのだけれど。
「だって、伝わらないと思うよ。…ぼくはジョミーにも話してないもの」
「そうだったのか!?」
ハーレイが驚いた顔をするから「うん」と頷く。
「訊かれなかったから、話さなかった。…恥ずかしいしね」
それに理由を説明したなら、ジョミーがソルジャーになった時点で石の色を緑に変えなくちゃ。
そんな面倒なことはしなくていい。それに…。
「ぼくに縛られる必要は無いんだよ。ただの赤い石でかまわないじゃない」
「…お前は最初からそう言っていたな。ヒルマンが赤を推した時から」
「青でも、緑でも、別にいいもの」
制服の色に似合っていればいい。
ブルーは心からそう思っていたし、そもそもは制服を作ろうという話だった筈。
それが何処かで変わってしまった。変わった理由がメデューサの目玉。
ハーレイが持って来てくれた紙に刷られた、沢山の青い目玉のお守り。遠い昔の地球のお守り。
あの時には多分、実物は博物館くらいにしか無かっただろうと思うけれども…。
シャングリラでの生活が軌道に乗って、制服を作る案が出た。全員一致で作ることが決まると、次はデザインの選定で。
男女で制服のデザインが変わってくるし、ソルジャーとキャプテン、長老も変わる。そこで皆の服に共通な何かが欲しいという話が出て、採用されたものが同じ色の石。ミュウのシンボル。
黒がベースの服が多いから、赤か、青か、緑がいいであろうと服飾部門の者たちが挙げた。
赤と青と緑。その中から一つを選んで使う。
アンケートで決めようかと考えていたら、長老たちを集めた会議でヒルマンが赤を推してきた。根拠になったのが、あのお守り。魔除けのメデューサの瞳のお守り。
青いメデューサの瞳の代わりに、ソルジャーであるブルーの瞳の赤。人類側の攻撃を全て退け、ミュウとシャングリラを守り続けるブルーの瞳。
その赤がいい、と唱えたヒルマンに長老たちが次々と賛同した。同じシンボルなら、意味のある色を使いたい。自分たちにとっての魔除けの色なら赤であろう、と。
「…ぼくはメデューサの青い目でいいと思ったのに…」
小さなブルーは不満そうに唇を尖らせた。
「でなきゃ緑でも良かったじゃない、服の色に似合えば良かったんだし」
「そう言うな。…俺たちは縋りたかったんだ。ヒルマンが言ったメデューサの目に。魔除けの力を持っていそうな、お前の赤い瞳の色に」
「ぼくの目にそんな力なんか無いよ。そう言ったのに…」
それにその話は皆にしないで、と口止めしたのに、みんなで喋ってくれちゃって…。そのせいで赤になっちゃったんだよね、ぼくたちの石。
「賛成しない方がどうかしていると思うがな?」
シャングリラ中のミュウたちの賛成を得て、制服にあしらう石は赤と決まった。そうして制服が作られて配られ、新しく船に来たミュウたちも制服と共に赤い石を貰った。しかし…。
「お前が恥ずかしがって「新しく来た者たちには絶対に言うな」と緘口令を敷いてしまったから、伝わらずに消えてしまったじゃないか。…どうして赤い石だったのかが」
まさかジョミーにも言わなかったとは、とハーレイが指で額を押さえる。
「せっかくの由来を次のソルジャーにも伝えなかったとは思わなかったぞ」
「いいんだよ。ただの赤い石、それだけでいい」
意味なんか何処にも無くていいんだ、とブルーはクスッと笑ったのだけれど。
「…ぼくの目かあ…」
ふと思い出した。いつもいつも、心を掠める前の生の記憶は右の手ばかり。
その手で最後にハーレイに触れた温もりを失くして、メギドで冷たく凍えた右の手。凍えた手が冷たいと泣きながら前の自分は死んでいったけれども、何故、ハーレイの温もりを失くしたのか。
キースに撃たれた傷の痛みが酷くて温もりが薄れ、右の瞳への銃撃が完全に奪い去っていった。最期まで抱いていたいと願った温もりを右手から奪い、消してしまった。
そう、右の瞳。
失くしたものはハーレイの温もりだけれど、ブルーは自分の右目も失くした。
「…ぼくの右目…」
「ん?」
ハーレイはもちろん右目のことを知っているから、心配そうな顔になる。
右の瞳がどうかしたのかと、問うような目を向けて来るから、ブルーは「平気」と微笑んだ。
「…キースに撃たれた、ぼくの右の目。…ぼくの目が本当に魔除けだったら、あの右目がお守りになってくれたかな…。みんなが地球まで行けるように…」
遙かな昔にヒルマンが話したメデューサの目を象った魔除けのお守り。
ガラスで作られていたという青いお守りは、災いから人を守って割れると聞いた。もしも自分の目がミュウたちの魔除けのお守りだったなら、砕かれた右の瞳は皆を守って割れたのだろうか。
「…メデューサの目は人を守ったら割れるんだよ。ぼくの右目もそうだったのかな…」
…それなら、いい。
撃たれた痛みで君の温もりを失くしたけれども、みんなのお守りになったのならば。
「…ブルー…」
ハーレイの手がそっと伸ばされ、ブルーの右の頬に触れ、瞳も包んだ。
「きっとお守りにして下さったさ、神様は……な。だから俺たちは地球まで行けた」
この瞳だ、と閉じた瞼の上から温かい指で優しく撫でられる。
此処に在ったソルジャー・ブルーの赤い瞳がミュウを、シャングリラを守ったのだ、と。
「…お前の瞳。前のお前の赤い瞳は、間違いなくミュウのお守りだったさ」
…もっとも、俺はそんな悲しいお守りを貰うよりかは、お前を連れて行きたかったがな…。
地球へ。
苦渋に満ちたハーレイの顔。
今もなお遠い昔に失くしてしまったソルジャー・ブルーを忘れられないハーレイの苦痛。それを知るから、ブルーは「ぼくは居るよ」とハーレイを見詰める。
ぼくは此処に居るよ、生きているよ、と。
「ねえ、ハーレイ。…ちゃんと着いたよ、青い地球へ。ぼくは地球まで来られたんだよ」
まだ小さいから、君が失くした時の姿じゃないけれど。
もう何年かしたら育つよ、ソルジャー・ブルーとそっくり同じに。
…だから待ってて。ぼくが大きくなるのを待ってて、前とおんなじ姿になるまで…。
ね? と首を傾げれば、「そうだな」と鳶色の瞳が和らいだ。
「…そうだな、お前は帰って来たな…。ついでに地球まで来たんだったな」
「うん。ハーレイと一緒に地球まで来たよ」
青い地球だよ、とブルーは窓の向こうの空に目をやり、それからメデューサの目が沢山刷られた紙を指先でチョンとつついた。
「本物の地球だから、本物のお守りがあるんだよ。メデューサの目の」
ぼくたちの赤い石みたいな、こじつけじゃなくて。
本当に本物の魔除けの目玉で、赤じゃなくて青い目玉のお守り。
「そうでしょ、ハーレイ? 本物の魔除けの目玉は青いんだものね」
「…それは違うな。お前の瞳も、俺たちにとっては本物だったさ」
これと何ひとつ変わりやしない、とハーレイは青いメデューサの目とブルーの赤い瞳とを何度も見比べてから。
「いや、これよりも強かった。本当に守ってくれたんだからな、俺たちを」
メギドだけじゃなくて、それまでの日々も。
お前の赤いその瞳こそが、俺たちの魔除けのお守りだった。
そんな理由を知らないヤツらが殆どを占める時代になっても、本物で最強だったんだろう。
俺たちを地球まで連れて行ったジョミーも、この目が見付けて来たんだからな。
…違うか、ブルー?
お前の赤い瞳が無ければ、どうにもこうにもならなかったさ…。
「…そうかなあ…?」
ブルーにはあまり自信が無かった。
メギドで失った右の瞳は効果があったかもしれないけれども、それは命と引き換えだったから。
普段、自分の顔に在っただけの瞳に魔除けの力など無さそうなのに…。
「お前が信じないと言うならそれでもいいがな、少なくとも俺にはそうだと思えた。…俺の服には二つあったが、お前がメギドに行っちまった後で何度眺めたか分からない」
こいつがただのお守りではなくて、此処にお前が居るのなら。
居るのならば俺たちを守ってくれ、と何度祈ったか分からない…。
もっとも、うっかり祈る度に謝る日々だったがな。
「なんで謝るの?」
「これ以上、まだお前に頼って縋るつもりか、と情けないじゃないか。…お前はおれたちを守って死んじまったのに、そんなお前に死んでなお重荷を背負わせるのか、と…」
そんなことは出来ん。…断じて出来ん。
たとえお前が許したとしても、俺自身が許せなかったんだ。
お前を守ると誓っていたくせに、守るどころか守られちまった。
そうしてお前は死んじまった…。
「お守りだったら当然だよ? 人を守ったら代わりに割れるとヒルマンは言ったよ」
「割れてしまったお守りに向かってまだ頑張れと言うようなもんだぞ、死んだお前に守ってくれと祈るのは。…何度となくやっちまったがな…」
すまん、とハーレイが謝るから。
多分、ぼくの瞳の色の石には少しくらい効き目があったんだろう。
お守りとしての効果はともかく、気休めとでも言うのかな…。
祈れば救われるような気持ちになるから、ハーレイは祈っていたんだと思う。
ぼくが死んだ後、あの石の意味を知っていたのは長老たちと、ごくごく僅かな年配者だけ。
彼らの支えになっていたなら、それで良かったと思っておこう。
ぼくの瞳の色に合わせて赤かった石。
メデューサの目のお守りを気取るだなんて恥ずかしいけれど、効いていたならそれでいい。
ほんの僅かな人だけのための魔除けの石でも、彼らの救いになっていたなら…。
でも…。
ぼくの瞳の色のお守りはシャングリラに居たミュウを守っただけ。
役目を終えたら時の彼方に消えたというのに、メデューサの目は残った末に復活を遂げた。
本当に本物のお守りだったから、青い目玉は地球の上に戻って来たんだと思う。
青い地球の上に青い目玉の魔除けのお守り。
ぼくの瞳よりずっと効きそうで、きっと本物の魔除けのお守り。
どのくらい効くのか、ちょっと試してみたい気もする。
「ねえ、ハーレイ。…このお守りって、よく効くのかな?」
青い目玉の写真を指差したら、「どうだかな?」と答えが返った。
「なにしろ魔除けのお守りだしな? 除けるものが無ければガラス玉だぞ、青いだけの」
「…んーと…。そういえば今って平和だったね、前のぼくたちの頃と違って」
「そうだろう? 特に出番を思い付かんが、欲しいのか?」
いつか買うか、とハーレイが穏やかな笑みを浮かべた。
「前のお前は自分の瞳を魔除けにされちまってたし、今度はこいつに守ってもらうか? 現地じゃ人気の土産物らしいぞ」
「えっ、そうなの?」
「だから沢山あるんだろうが。…結婚したら此処へ行ってだ、似合いそうなヤツを探すとしよう」
家を丸ごと守るタイプの玄関用の大きな目玉から、手首につけるブレスレットまで。青い目玉のお守りはバラエティー豊かに揃うのだそうで、なんだか嬉しくなってきた。
シャングリラでは由来を思い出す度に恥ずかしくなった赤い石。あの頃の恥ずかしさを帳消しに出来るほど、青い目玉のお守りを沢山買い込んでドッサリ飾るのもいいかもしれない。
「おいおい、家じゅう目玉だらけか?」
「ぼくは時々、そういう気分になってたんだけど? シャングリラで!」
あっちにもこっちにも赤い石。
誰の服を見ても赤い瞳の色のお守り。
それに気付いた時のいたたまれないような気持ちに比べれば、青い目玉のお守りくらい…!
「分かった、分かった。…その頃までお前が根に持っていたら、目玉だらけでも我慢してやる」
赤い石になった責任の一部は俺にもあるし、とハーレイは白旗を高く掲げた。
キャプテンだった上に長老でもあったハーレイの責任は、赤い石に関してはけっこう重い。
そこら中に目玉が溢れ返った気分というのを、ちょっぴり味わって欲しいかも…。
もっともハーレイに本当の意味で思い知らせるには、青い目玉じゃ駄目なんだけれど。
ハーレイの瞳と同じ色をした、鳶色にしないと駄目なんだけれど…。
青いガラスの目玉のお守り、メデューサの目。
魔除けの目玉をいつかハーレイと一緒に買いに行きたい。家じゅうに飾ってハーレイを苛めるかどうかはともかく、ぼく専用に一つは欲しい。
ソルジャー・ブルーの赤い瞳はお守りにされて、ぼくに目玉のお守りは無かった。自分が自分のお守りだなんて何かが違うし、今度の生ではメデューサの目玉のお守りが欲しい。
魔除けなんか要らない平和な世界で、ぼくの手首に青い綺麗な魔除けの目玉。首から下げられるペンダントでもいいし、とにかく自分の瞳とは違う本物の魔除け。
買いに行く時の参考にしようと、ハーレイが刷って来た沢山の青い目玉の写真を眺めていたら。
「こいつが復活するんだったら、俺たちの赤い石の由来も伝わっていて欲しかったが…」
ハーレイが名残惜しげにボソリと呟く。
「嫌だよ、そんな恥ずかしいこと!」
絶対に嫌だ、と文句を言った。
あの石はぼくの瞳の色で、赤い瞳はぼく一人だけ。
自分の瞳の色をしたお守りに囲まれて暮らす恥ずかしさと、いたたまれなさは誰も知らない。
ぼく一人だけしか持たなかった瞳の色だし、誰も分かってくれはしないし、分からない。
「忘れられてて良かったんだよ、あの石の色は!」
そう、今だって忘れられるなら忘れたい。
青い目玉のお守りを買いに行きたい気持ちごと忘れてしまってもかまわない。
「ハーレイに言われるまで忘れてたくらいに、忘れたいと思っていたんだからね…!」
叫んでやっても、ハーレイはまだボソボソと赤い瞳の色のお守りにこだわっている。
やっぱり青い目玉のお守りを山ほど買って飾ってやろうか、家じゅうが目玉だらけになるほど。
そしたら少しはぼくの気分が分かると思うよ、残念どころじゃないってことが。
忘れてしまいたい、赤い石の由来。
神様、青い目玉も忘れてしまってかまわないから、綺麗に忘れられますように…。
メデューサの目・了
※ミュウの制服の赤い石。実はお守りだったのです。前のブルーの瞳の色をした魔除け。
前のブルーには意味が無かったお守りですけど、今度は本物の魔除けの目玉が手に入りそう。
青い目玉のお守りはナザールボンジュウ。検索すると色々見付かりますv
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