シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(ふうん…?)
綺麗、とブルーが眺めた新聞の写真。学校から帰って、おやつの時間に。
真っ白なロングドレスの女性と、黒の燕尾服の男性たち。女性はブーケを持っているから…。
(結婚式…?)
様々なデザインの純白のドレス。袖なしのドレスばかりだけれども、ウェディングドレスにしか見えないデザイン。肘まである白い手袋だって。
それに男性は燕尾服だし、結婚式だと思ったのに。ずいぶん大勢のカップルが揃ったものだと、目を丸くして記事を読み始めたのに…。
(オーパンバル…)
社交界デビューのためのイベントらしい。地球が滅びるよりも前の時代に、オーストリアという国があった辺りの地域。其処で二月のカーニバルの頃に開催される舞踏会。
今も、地球が滅びる前にも、オーストリアでは最大の行事だと書かれているけれど。
(SD体制の時代は、無かったんだ…)
消えてしまっていたオーパンバル。そもそも地球が無かったのだし、オーストリアだって宇宙の何処にも無かった時代。オーパンバルがあるわけがない。前の自分が生きた時代には。
(これも復活して来たヤツで…)
死の星だった地球が蘇った後、あちこちの地域で特色を出そうと復活させた色々なもの。これもその一つで、今は立派に地域に定着している行事。
二月になったら、オーパンバル。
純白のロングドレスを纏って、ブーケを手にした女性たち。頭にはお揃いの小さな冠。燕尾服の男性にリードされて。
広いホールに入場したら、始まるワルツ。それは軽やかにステップを踏んで。
オーストリアでは、とても人気のイベントらしい。
人間が地球しか知らなかった時代、「会議は踊る」と言われたウィーン会議が始まりだという。由緒ある行事、オーパンバル。
(一度、消えちゃっているんだけどね?)
いくら由緒があったとしたって、地球と一緒に。人間が地球を離れた時に。
ついでに社交界も今の時代は無い筈だけど、と記事を読み進めたら。王様も貴族もいない筈、と首を捻って読んでいったら…。
(とっくの昔に…)
無くなっていた社交界。地球が滅びる前の時代に。SD体制が始まるよりも、遥かな昔に。
オーパンバルは、イベントと化していたらしい。地球のあちこちから見物の人が訪れるような。
(特訓なわけ?)
舞踏会の最初に踊り始めるのが、燕尾服の男性と白いドレスの女性たち。
社交界があった頃には、社交界にデビューする女性たちが踊っていたのだけれど。その社交界が無くなった後は、これに出るためにダンスの特訓を積んだほど。
最大の行事のオーパンバルで、白いドレスで踊るには。
黒い燕尾服を着て、舞踏会の幕開けを飾るデビュタントの女性をリードするには。
(オーディションなんだ…)
今も昔も、オーディションで選ばれるデビュタントの女性と、お相手の男性。カップルでダンス教室に通って、せっせとダンスの腕を磨いて。
選りすぐりのカップルが踊るわけだから、綺麗に揃ったステップのダンス。
彼らの華やかなダンスが済んだら、他の客たちも踊り始める。見物していた場所を離れて、広いホールで。純粋にダンスを楽しむために。
オーパンバルに踊りにやって来る人は、いいけれど。デビュタントと呼ばれる白いドレスを着た女性たちと、お相手の男性たちのダンスを眺める人はいいのだけれど。
見物される男性と女性、オーディションで選ばれるカップルたち。ダンス教室で特訓を積んで、二人で何度も練習をして…。
(そっちは、とっても大変そう…)
踊りを楽しむどころではなくて、練習だから。それも特訓、ダンス教室に通ってまで。
けれど人気は高いという。オーパンバルは歴史が長くて、由緒もたっぷり。
その幕開けを飾ってみたい、と地球のあちこちからオーディションに挑むカップルが多数。地球だけではなくて他の星からも、受けに来る人がいるくらい。
よほどダンスが上手くなければ、きっと合格しないだろう。大勢の人が受けるのでは。
(ぼくには関係なさそうだけどね?)
お相手の男性はハーレイだけれど、前の生からのカップルだけれど。
白いドレスは結婚式の時に着るだけ、その一度だけ。それにダンスも踊らない。結婚式の時も、他の場所でも。ワルツなんかは、きっと一生。
踊りたいとも思わないから。オーパンバルを目指すつもりも無いのだから。
おやつを食べ終えて部屋に帰って、勉強机の前に座ったら、思い出したオーパンバルの記事。
あれからケーキを食べたりしている間に、すっかり忘れてしまっていたのに。
舞踏会の幕開けを飾るカップル、結婚式かと思ったくらいに綺麗な写真だったけれども…。
(カップルで頑張るわけだよね?)
オーディションで選ばれるのは、ダンスが上手なカップルだから。男性と女性を別々に選んで、組み合わせるわけではないのだから。
(あれに出たいと思ったら…)
恋人と一緒に踊りたいなら、カップルで頑張るしかないダンス。もっと上手くと、今よりもっと上手になろうと。誰にも負けない腕前になって、オーディションを突破しなければ、と。
他の星からも受けに来るカップルがあるというほどのオーディション。この地球の上の、色々な地域からだって。
特訓を積んだカップルばかりが挑むのだろうし、其処で選ばれるほどの腕前になれるレッスン。それを二人で乗り切ってゆくには、愛がなければ…。
(無理だよね?)
きっと物凄い猛特訓。ダンス教室の厳しい指導に、自主練習にとダンス漬けの日々。
楽しくデートに出掛ける代わりにダンス教室、来る日も来る日も二人でステップ。もっと上手に踊らなければと、もっと上手くと。
(喫茶店に行くのも、食事に行くのも…)
きっとダンスの練習のついで。お茶を飲んでから教室に行くとか、教室の帰りに食事するとか。メインはダンスで、お茶や食事の方がオマケになるデート。
二人一緒にオーパンバルで踊るなら。オーディションを突破したいのなら。
ハードなのだろう、ダンスの特訓。デートに行ってもダンスの話題で、きっと何処かで練習も。此処で少し、と二人で踊る。上手にステップを踏むために。
(こんなの嫌だ、と思っても…)
投げ出せはしないダンスの練習。相手は頑張りたいのだから。もっと練習したいのだから。
男性と女性、どちらが「嫌だ」と投げ出したって、喧嘩になってしまうだろう。下手をしたならカップル解消、「もっとダンスが上手な人を見付けたら?」と。
容易に想像出来る結末、片方がダンスを投げ出した時。ダンスの練習ばかりは嫌だと、猛特訓の日々はもう沢山だ、と。
けれど、喧嘩別れになってしまわないで、見事にデビューを果たすカップル。黒い燕尾服と白いドレスで、オーパンバルの幕開けを飾って。
(将来は絶対、結婚だよ…)
あの写真で見たカップルたちは、そういうカップルばかりだろう。二人一緒に越えたハードル、手を取り合って踊り続けて。ダンス教室でも、デートに出掛けた先でも、きっと。
頑張り続けて、オーディションを突破した仲のいい二人。
そんな二人が結婚しない筈がない。二人一緒に頑張った末に、晴れ舞台で踊ったのだから。
記事には書かれていなかったけれど、そうなのだろうと思うカップル。
オーパンバルで踊った後には、いつか二人で結婚式。女性は白いウェディングドレスを纏って、ブーケを持って。男性もお洒落な服を着込んで。
大勢の人たちと踊る代わりに、自分たちだけが主役になって。
きっとそうだ、と思い浮かべたハッピーエンド。あの写真で見たカップルの数だけ、待っているだろう結婚式。揃ってワルツを踊るのではなくて、思い思いの日に、それぞれの場所で。
高いハードルを越えた二人は、それだけの絆があるのだから。
ダンスの練習の日々が辛くても、どちらも投げ出さなかったのだから。
(うんと頑張って、ダンスの練習…)
才能のあるカップルばかりとは限らないのに。二人揃って最初からダンスが上手いのだったら、ダンス教室は要らないと思う。特訓しなくても踊れるのだから。
(どっちかが下手か、二人とも下手か…)
今のままではオーディションには受からない、と思うから通うダンス教室。もっと上手く、と。
そうやって教室に通っていたって、上達の速度は揃いはしない。片方の腕前がグンと伸びても、もう片方は上手くいかないだとか。
(それでも二人で頑張るんだよ…)
二人一緒にオーパンバルで踊りたいから。選ばれてステップを踏みたいから。
挫けそうになっても、負けないで。もっと上手にと、頑張ればきっと出来る筈だと。二人一緒に選ばれるためには、お互いが上手くならなければ、と。
(もっと上手な人と組んだら、選ばれそうだ、って思っても…)
そんな考えは捨てて頑張る。恋人のために、懸命に。自分のことだけを考えないで。
自分の方が上手だったら、相手も上手くなれるようにと積む練習。自分が下手なら、相手の足を引っ張らないよう、猛特訓。もっと上手くと、誰よりも上手く踊れるようにと。
頑張るのだろうカップルたち。オーパンバルで踊った後には、きっと結婚式になる。二人一緒に越えたハードル、しっかりと結ばれた絆。
愛が深いから頑張れたのか、頑張ったから愛が深まったのか。ダンスの練習ばかりの日々でも、ろくにデートも出来ないほどでも、頑張った二人。
(どっち…?)
愛の深さで頑張れたのか、頑張った結果が深い愛なのか。
どちらもありそう、という気がする。深い愛なら、より深く。付き合い始めたばかりの恋でも、二人で踊る間に、深く。この人とずっと一緒にいたい、と。
きっと両方あるんだよね、と考えた恋。踊る間に深くなった恋も、最初から深く愛していたから頑張れたという恋人たちも。
オーパンバルで踊るカップルの中には、きっと幾つもの恋模様。喧嘩になったカップルだって。もう嫌だ、と片方が練習を投げ出そうとして。それでも引き止められて踊って、深まった恋。
やっぱりこの人しかいない、と。
辛くても練習を続けてゆこうと、この人と踊りたいのだから、と。
色々だよね、と思う恋。カップルの数だけ、恋も色々。ハッピーエンドのカップルたちでも。
きっと結婚するのだろうと分かる、高いハードルを二人で越えたカップルでも。
(…前のぼくだと、どうだったのかな?)
ハーレイと二人で頑張ったから恋に落ちたか、恋していたから頑張れたのか。
今の平和な時代とは違う、前の自分たちが生きていた時代。ミュウだというだけで虐げられて、生きる権利さえも無かった時代。
そんな時代を二人で生きた。ソルジャーとキャプテン、そういう立場で。
船を、仲間を守るソルジャー、船の舵を握っていたキャプテン。
いつも二人で頑張り続けた。ミュウという種族が滅びないよう、船が沈んでしまわないよう。
そうして二人で頑張ったから、ハーレイと恋に落ちたのか。
それとも、ハーレイに恋していたから、前の自分は頑張れたのか。
(えーっと…?)
どうだったろう、と思うけれども、きっと最初から特別な二人。
ダンスは踊っていないのだけれど、ダンス教室に通って猛特訓もしていないけれども…。
(出会った時から、命懸けだよ…)
メギドの炎で燃えるアルタミラの地獄で出会った。同じシェルターに閉じ込められて。
前の自分が壊したシェルター、自分でも信じられない力で。
何が起こったのかも分からないまま、呆然としていた前の自分。ハーレイの声が聞こえるまで。「お前、凄いな」と声を掛けられるまで。
(ハーレイが、他にも仲間がいるって…)
同じようにシェルターに閉じ込められた仲間、それを助けに二人で走った。炎を、割れる地面を避けて。崩れ落ちて来る瓦礫を掻い潜って。
(自分が逃げるだけだったら…)
冒さなくても良かった危険。他の仲間を助けに行かずに、真っ直ぐに船へ向かっていたら。
なのに自分も前のハーレイも、二人とも逃げはしなかった。最後の一人を助け出すまで、他にはいないと確認するまで。
これで最後だ、と開けたシェルター。閉じ込められていた仲間を逃がして、それから二人で船に向かった。空まで赤く燃えていた地獄、深い亀裂が走る地面を懸命に駆けて。
一つ間違えたら、無かった命。炎の渦に巻き込まれても、裂けた地面に飲み込まれても。
(ダンスするより、凄く頑張ったんだけど…!)
それで恋してしまったろうか、と考えていたら聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり切り出した。
「あのね、ハーレイ…。前のぼくたち、ダンスよりもうんと頑張ったよね?」
「はあ?」
何の話だ、と見開かれたハーレイの鳶色の瞳。鳩が豆鉄砲でも食らったように。
(いけない…!)
ハーレイに通じるわけがない。ずっと考え続けていたから、話を省略し過ぎていた。大失敗、とコツンと叩いた自分の額。「ぼくって馬鹿だ」と。きちんと説明しなければ。
「えっとね…。オーパンバルっていうのは知ってる?」
オーストリアのイベントらしいんだけど…。昔は社交界デビューの舞台だった、って…。
「前に何かで見掛けたな。若いカップルが踊るヤツだろ、一番最初に」
「そう、それ…! 今日の新聞に記事が載ってて、最初に踊るカップルの人たち…」
オーディションで選ばれるんだって。それもカップルで。
だから二人で合格するには、うんと練習しなくっちゃ…。ダンス教室に通って特訓。
地球だけじゃなくて、他の星からもオーディションを受けにやって来るから、とても大変。
デートの代わりに毎日ダンスで、デートに行ってもダンスだよ、きっと。
こんなの嫌だ、って投げ出しちゃったら大喧嘩になって、カップル解消になっちゃいそう…。
「如何にもありそうな話だな。どっちが嫌になっても駄目、と」
合格するぞ、と二人でダンスを頑張るわけか。そいつは仲良くなれそうだ、うん。
「でしょ? 元から仲が良かった人なら、もっと仲良くなるんだよ」
二人一緒に頑張るんだもの、どんどん絆が深くなりそう。…喧嘩別れをしなかったらね。
ダンスの練習を頑張り続けて、オーディションを突破したカップルたち。オーパンバルで踊った二人は、きっと結婚すると思う、とハーレイに話したら「そうだろうな」と返った言葉。
それだけの絆が出来るだろうと、二人で頑張ったんだから、と。
「二人で楽しく遊ぶ代わりに、来る日も来る日も練習だしな?」
もうやめた、と放り出したら、いくらでも遊びに行けるのに…。それをしないで練習なんだ。
戦友と言ってもいいくらいだよな、戦場じゃなくて舞踏会だが。
「ハーレイもそう思うんだ…。あれに出られたカップルは結婚するよね、きっと」
それでね、ダンスを頑張ったカップルだって結婚するんだから…。
前のぼくたちも、それと似たようなものだったかな、って考えちゃって…。
アルタミラで出会って、二人でシェルターを開けて回っていたじゃない。逃げ出さないで、他の仲間を助けようとして。火とか地震とか、とても危ない場所だったのに。
命懸けで二人で頑張ってたから、ハーレイに恋をしちゃったかな、って…。
ダンスの練習なんかよりもずっと、頑張ってたでしょ、ぼくとハーレイ。
「アルタミラか…。確かに二人で頑張っちゃいたが…」
俺はお前に一目惚れしたつもりなんだが?
二人一緒に頑張ったから、というヤツが無くても、お前に出会った瞬間に恋をしてたってな。
もっとも、恋だと気付くまでには、とんでもない時間がかかったわけだが。
「ぼくも…。ハーレイに会った時から、ずっと特別だと思ってたから…」
二人で一緒に頑張らなくても、ぼくたち、ちゃんと恋してた?
頑張ったのと恋は、何も関係無かったのかな…?
「いや、恋をしていたから頑張れたんだと俺は思うぞ」
あんな地獄でも、お前と一緒だったから、俺は頑張れた。もう逃げよう、と投げ出さないで。
時間が経てば経ってゆくほど、どんどん危険になっていくのに…。
そいつに気付いていた筈なのに、俺もお前も逃げ出さなかった。最後の仲間を助け出すまで。
お前とでなけりゃ、俺は逃げたかもしれないな。これ以上はもう危ないから、と。
助け出せなかった仲間がいたかもしれん、とハーレイに言われて気が付いた。前の自分も、同じだったかもしれないと。一緒にいたのがハーレイだったから、最後まで逃げなかったのかも、と。
「…前のぼくも、途中で逃げていたかも…。ハーレイと一緒じゃなかったら」
危ない所へ走って行かずに、途中の何処かで諦めて。…もう充分に頑張ったよね、って。
だったら、ダンスもそうなのかな?
オーパンバルに出ようと思って、ダンスの練習をしてるカップル。
恋しているから、練習、最後まで頑張れるのかな?
もうやめた、って投げ出したりせずに、オーディションを受ける日が来るまで、ずっと。
「多分な。オーディションの日も、朝から二人で練習じゃないか?」
最後の最後まで諦めちゃいかん、と早起きをして。二人一緒に何処かで踊って。
それだけ頑張ったカップルだったら、選ばれなくても、恋はそのまま続くんじゃないか?
「お前のせいで選ばれなかった」と喧嘩になりはしないと思うぞ、片方が失敗したとしたって。
ずっと二人で頑張ったんだし、俺なら「失敗のことは気にするな」と言ってやるだろう。
相手が「ごめん」と泣いていたとしても、「充分、頑張ったじゃないか」とな。
「前のぼくたちも、そうだったよね…」
ハーレイが操舵の練習をする時、酷い目に遭わせちゃったけど…。
一度も喧嘩にならなかったよね、ぼく、怒鳴られても仕方ないようなことをしてたのに…。
最悪なコースばかりを選んで、ハーレイを先導してたんだから。
「お前の気持ちは分かっていたしな」
俺のためを思ってやってるんだ、ということは。
怒るわけがないだろ、死ぬような思いをさせられたって。ゼルたちに苦情を言われてたって。
第一、お前に惚れていたんだ。喧嘩しようとも思わなかったな、あの時の俺は。
そう簡単に恋は壊れやしないさ、とハーレイが微笑む。本物の恋をしていたら、と。
「俺たちの場合は、恋だと気付いていなかったが…」
それでも壊れやしなかった。お前が俺をしごいた程度じゃ。
ダンスの練習を頑張っているカップルだって、本物の恋をしていればきっと大丈夫なんだ。
どんなに辛い練習の日々でも、二人ならな。
「そうだよね…。きっと頑張れるよね」
今は下手でも、上手くなろう、って。デートの代わりにダンス教室でも、毎日練習ばかりでも。
二人で練習出来るだけでも、幸せな気分になれるのかも…。踊る時は二人一緒だから。
だけど、オーパンバル…。前のぼくたちの時代には無かったんだって。
今はとっても有名だけれど、SD体制が始まる前にも、有名だったらしいんだけど…。
「そりゃ無いだろうな、あの頃は地球も死の星だったし」
オーストリアも何も無かった時代だ、オーパンバルがあったわけがない。
「ダンスの方は、あったのかな?」
オーパンバルはワルツで始まるんだって。選ばれたカップルが揃ってワルツ。
「ワルツにダンスか…。俺はシャングリラじゃ踊っていないぞ」
ダンスってヤツとは無縁だったな、今の俺ならガキだった頃に踊らされたが…。
体育の時間に少しやるしな、ワルツは習っちゃいないんだが。
「ぼくも、シャングリラでは踊っていないよ」
今のぼくなら、ちょっぴり習っているんだけれど…。下の学校の体育の授業で。
でも、シャングリラの頃には一度も…。
舞踏会用の部屋だって一つも無かったものね、シャングリラには。
「やろうと思えば、天体の間とかで出来ないこともなかったろうが…」
あそこだったら、公園よりかは舞踏会向きだ。広いし、床もしっかりしてたし。
だがなあ…。
生憎とそんな優雅なイベントは無い船だったな、と笑うハーレイ。
オーパンバルでワルツどころか、そもそもドレスも燕尾服も無かったんだから、と。
「結婚式を挙げるカップルだって制服だったぞ、ウェディングドレスが無かったからな」
舞踏会のために白いドレスを作るくらいなら、そっちを先に作らんと…。燕尾服だって。
「ホントだね…」
ぼくね、最初に写真を見た時、結婚式だと思ったんだよ。真っ白なドレスだったから。
ずいぶん沢山のカップルだよね、って記事を読んだらオーパンバル…。女の人はブーケも持っていたんだけれど…。
シャングリラには無かったっけね、ウェディングドレス。…みんな制服だったから。
あの時代は、きっとダンスも無いよね。誰も踊っていなかったもの。
「そういうわけでもなかったようだぞ」
シャングリラで踊っていたヤツがいたな、と知っているわけじゃないんだが…。
「えっ?」
それじゃ誰なの、誰がダンスを踊っていたの?
シャングリラで踊っていた人を知らないんなら、誰が踊るの…?
「あの船でないなら、人類だろうが」
人類の世界にはあったんだ。ダンスも、それに舞踏会も。…前の俺は知らなかったがな。
ヒルマンもエラも話しちゃいないし、あの二人も知らなかったんじゃないか?
前の俺たちとは縁の無い世界で、調べてみたって国家機密ということもあるし。
「国家機密って…。ダンスなのに?」
どうしてダンスが国家機密なの、暗号入りの踊りだったとか…?
舞踏会で踊るダンスの種類で、何かコッソリ伝えてたとか…。
ワルツの他にもダンスの種類は色々ある、と今の自分は知っているから。同じワルツでも、曲が幾つもあることも知っているものだから。
国家機密と聞いた途端に、頭に浮かんだものは暗号。ダンスの種類や、曲名で作れそうなもの。
「暗号だったの、前のぼくたちの頃のダンスは?」
この曲が流れたら、こういう意味、って。…このダンスだったら、こうだとか。
「お前、発想が豊かだな…。俺は思いもしなかったが」
あの時代にダンスがあったってことを思い出しても、そいつを知った時にもな。暗号だなんて。
ダンスと言ったら、ただ踊るだけだ。
パルテノンのお偉方とかが踊っていたんだ、前の俺たちが生きてた頃は。
ずっと前に読んだ本にあったぞ、読んだのは今の俺なんだがな。
パルテノンは最高機関だったし、内情は極秘扱いということもある。国家機密で。
どういう風に勤務してるか、元老たちの仕事は何だったのか。
あの連中は、パルテノン専用の食器で晩餐会を開いてたんだぞ。食器の話はしたろうが。
そんな世界があったわけだし、舞踏会の方もありそうな気がしてこないか?
「…あったのかもね…。舞踏会だって…」
って、本当に踊っていたの?
ハーレイ、本で読んだんだって言ったよね?
前のぼくたちが知らなかっただけで、人類の世界には舞踏会がちゃんとあったわけ…?
オーパンバルは無かった時代。それは新聞の記事で分かったけれども、舞踏会。
前の自分が生きた時代に、舞踏会があったとは初耳だった。
シャングリラにはダンスも無かったのに。…白いシャングリラでは、誰も踊らなかったのに。
「…舞踏会なんか、何処でやってたの…?」
それにダンスは何処で教えるの、ジョミーは習っていなかったよ?
前のぼく、ずっと見ていたけれども、学校でダンスの授業なんかは一度も無くて…。
もしかして、見落としちゃってたのかな?
「違うな、お前の記憶が正しい」
あの時代には、義務教育では教えちゃいない。今の俺が読んだ本にも、そう書いてあった。
ダンスをしたのは、偉い連中だけなんだ。
パルテノンに入れるようなエリートだけだな、いわゆる特権階級ってトコか。
出世して偉くなった時には、舞踏会に出席できるってな。
その時に備えて、ダンスを教える教育ステーションなんかもあったんじゃないか?
エリートの心得事なんだから、と仰々しく。
…そうだ、あいつなら踊れたかもな。
俺の嫌いなキース・アニアン、あの野郎なら。
国家主席にまでなったんだから、とハーレイが忌々しそうに顰める眉。
キースが国家主席に就任したのは、首都惑星ノアを捨ててからだけれど、その前に元老になっているから。
「元老と言ったらパルテノンだしな、もちろん舞踏会の世界だ」
あいつが行ってたステーションとは、まるっきり違う世界から来たヤツばかりだが…。
同じエリートでも種類が違って、軍人じゃなかったわけなんだが。
其処へ入れと言われた以上は、踊った可能性もある。…舞踏会に出席させられたらな。
「舞踏会って…。キースがダンス…?」
「招待されたら断れないぞ?」
いくら似合わないと思っていたって、上からの命令は絶対だ。出掛けて行くしか無いだろうが。
そして如何にもありそうな話だ。キースは嫌われていたらしいからな、パルテノンでは。
畑違いの軍人なんだし、生え抜きのヤツらには煙たいだけだ。
困らせてやろうと開きそうだぞ、舞踏会を。皆でワルツを踊ったりして。
「ワルツって…。そんなの踊れたわけ?」
マザー・イライザが教えていたってことはないよね、まだ水槽にいた頃に…?
教えておいても、練習しないと知識だけでは役に立ちそうもないし…。
「そういう教育はしなかったろうな、マザー・イライザは」
軍人にしようと育ててたんだし、E-1077も軍人向けだ。メンバーズにも二種類ってな。
キースみたいな軍人になるか、パルテノンに入って元老になるか、その二つだ。
だからキースは、ダンスなんかは習っちゃいない筈なんだが…。舞踏会向きじゃないんだが…。
必要となったら練習するだろ、軍人なんだし飲み込みは早い。
「えーっ!?」
それじゃホントに、キースはワルツを踊ってたわけ…?
舞踏会に出たかどうかはともかく、キースは負けず嫌いな人間だったし…。
パルテノン入りをしちゃったんなら、ワルツ、意地でも覚えていそう…。
招待されてから慌てるよりも、先に自分で覚えてそうだよ。
キースはそういう人間だった、と今の自分にも確信できること。必ず先手を打つ人間。置かれた立場の遥か先を読んで、必要な手を打っておこうとするタイプ。
ならば、ワルツも覚えただろう。パルテノンの元老たちが舞踏会を開く人種なら。いつか自分も招かれる可能性があるのなら。
(ワルツを踊るキースって…)
全く想像出来ないけれども、練習相手も想像出来ない。舞踏会なら、キースが踊る相手は女性。
けれど、キースが女性を相手に、ワルツの練習をするのかどうか。
「えっと…。キースがワルツを練習するなら、相手の人がいないと駄目だけど…」
誰と練習したのかな、キース…?
部下に女の人、一人だけ混じっていたらしいけど…。その人と練習してたと思う?
ひょっとしたら、マツカだったのかな?
部下だった人を連れて来るより、マツカの方が使いやすいから。
「その線は濃いな。俺もマツカだという気がするぞ」
顎で使っていたらしいからな、キースの好きに出来るってもんだ。
オーパンバルのための特訓じゃないが、空いた時間に「来い」と呼んではワルツの練習。
マツカがステップを踏み間違えたら、「馬鹿野郎!」と怒鳴り付けてな。
「…練習してるトコ、見てみたいかも…」
ちょっとでいいから、どんな感じか。キースがワルツを踊っているのを。
「俺もだ、キースは嫌いだがな」
嫌いだからこそ、笑いと話の種ってヤツだ。きっと最初は下手なんだから。
どんなに軍人としての腕が凄くても、それとワルツは別だしな?
柔道と水泳が全く別なのと同じ理屈で、いきなりワルツを踊れと言われても身体が動かん。
思うようにステップが踏めない間に、是非とも見せて貰いたいもんだ。
あの野郎が「くそっ!」と舌打ちするのを、「上手くいかん」と仏頂面になる所をな。
最初から上手く踊るのは無理だ、というハーレイの意見は正しいと思う。銃を撃つのとは、使う筋肉がまるで違うだろうから。色々な格闘技にしても。
(キースがワルツを覚えるんなら、猛特訓…)
新聞で読んだ、オーパンバルを目指すカップルのように。もっと上手くと、練習を積んで。
女性の部下を使うよりかは、マツカを相手に練習をしていそうだけれど…。
「キースのワルツ…。マツカと一緒に練習したって、きっと恋にはならないよね?」
どんなに二人で頑張ってみても、上手く踊れるようになっても。
「当然だろうが、あいつはそういうヤツじゃないしな」
前のお前を撃つようなヤツだ、ミュウだったマツカの扱いだって酷かったろう。
練習の時に失敗したなら、自分のミスでもマツカのせいだな。マツカがミスをしちまった時は、怒鳴るだけでは済まんぞ、きっと。殴るとか、平手打ちだとか…。
そんなやり方で練習していて、どうやれば恋になるって言うんだ。有り得んな。
その上、あいつは軍人としても一流なんだぞ、鍛えた身体はダテじゃない。
運動神経も凄いわけだし、サッサと覚えちまうから…。
努力するも何も、ほんの少しだけ無駄に時間を使わされた、と考えて終わりなんじゃないか?
「…そうなんだろうね…」
完璧なメンバーズ・エリートだから…。きっと覚えるのも早いよね、ワルツ。
でも、キース、本当にワルツを踊ったのかな?
「さてなあ…?」
記録を調べりゃ、残っているかもしれないな。…あいつのパルテノン時代。
誰かが舞踏会に招待したとか、確かに出席していただとか。
だが…。
俺は調べてやらないぞ、とハーレイは今も、キース嫌いが治らないけれど。
調べてくれる気も無さそうだけれど、いつか結婚した後に思い出したら、調べてみようか。遠い昔に、キースがワルツを踊っていたか。舞踏会に招待されたのか。
「ねえ、ハーレイ。…もしもキースが、ワルツを踊っていたんなら…」
ぼくもワルツを踊ってみたいよ、ハーレイと。
オーパンバルに出たいとは思わないけど、前のぼくたちが生きた時代にもワルツなんだし…。
前のぼくたちが知らなかっただけで、踊っていた人がいたんだから。
「俺とワルツを踊りたいってか?」
背丈が違い過ぎるぞ、おい。
新聞で写真を見たんだろうが。身長の差がデカすぎるカップル、写っていたか?
「うーん…。そう言えば、そんなカップル、いなかったかも…」
前のぼくとハーレイみたいに、うんと背が違うカップルは。
あれは揃えたわけじゃなくって、踊りにくいから、そういうカップルがいなかっただけ…?
「そういうことだが?」
上手く踊れやしないからなあ、オーディションを突破するのは無理だ。
当然、俺とお前がワルツを踊ろうとしても、お前が俺の足を踏むどころじゃなくて…。
派手に転ぶか、俺にぶつかるか…、とハーレイが浮かべる苦笑い。
「華麗なステップは踏めそうにないな」と。
チビの自分が育ったとしても、身長の差は今の半分ほどにしか縮まない。前の自分と同じ背丈に育っても。
身長の差が大きすぎるから、難しいかもしれない、ハーレイとワルツを踊ること。
けれど、転びながらでも踊れるのなら、少し踊ってみたい気がする。
ハーレイとなら、きっと息が合う筈だから。
前の生からの恋の続きを、二人で生きてゆくのだから。
どんなに沢山練習を積んだオーパンバルのカップルよりも、しっかりと結ばれている絆。
息はピッタリ合うだろうから、いつか二人で踊ってみたい。
前の自分たちは知らなかったワルツを、青い地球の上で。
転びながらでも、きっと素敵な時間。
ハーレイのリードでくるりと回って、転びそうでも、下手くそでも…。
恋人のワルツ・了
※復活している昔のイベント、オーパンバル。其処で踊るために特訓する間に、強くなる絆。
ブルーとハーレイも頑張れそうなワルツですけど、時の彼方で、キースも踊っていたのかも。
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