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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

旅をする絵本
(絵本、色々…)
 いろんな絵本があるんだね、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
 子供のための絵本特集、広告記事とは違ったもの。様々な絵本を紹介する記事。
(赤ちゃん用から揃っているよ)
 文字も読めない赤ちゃん用から、自分で読める子供のための絵本まで。赤ちゃん用だと、紙ではなくて布で出来ている本だって。ページをめくって遊べる絵本。布のオモチャが詰まった中身。
(ぼくも持ってたよね?)
 こういう絵本。布だから分厚くなっていた絵本、ページにくっついた小さなオモチャ。剥がして遊んだ布の動物、別の所にくっつけたりして。布のニンジンやリンゴもあったと思う。
 文字が入った絵本の方だと、懐かしいものも、知らないものも。
(絵本、卒業しちゃったけれど…)
 今の年では読まないけれども、母がきちんと仕舞っている筈。大切なものを入れておく箱に。
 誰かにあげていないなら。知り合いに譲っていないのなら。
(あげちゃった本も…)
 何冊かあるのかもしれない。小さすぎて覚えていないだけで。
(赤ちゃん用の絵本だったら…)
 幼稚園の頃に「この本、あげていいかしら?」と訊かれて、「うん」と。何処かの家に生まれた赤ちゃん、その子に譲ってあげようと。
 一人前のお兄ちゃん気取りで、「あげていいよ」と笑顔になって。
(得意な顔して言ってそう…)
 赤ちゃん絵本は卒業だから、と大人になったような気分。卒業という言葉は、幼稚園児ではまだ知らないけれど。耳にしたって、意味が分からないほどだけれども。
 それでも赤ちゃん絵本は卒業、絵本は他所の家に行く。他の赤ちゃんが読むために。
 文字の入った絵本の方も、学校に入る年になったら誰かに譲ったかもしれない。繰り返し読んだ本は手放さなくても、お気に入りは残しておいたとしても。
 もう読まないよね、と思った本なら、これから絵本を読むだろう年の子供がいる家に。



 ぼくは卒業したんだから、と持っていた絵本を誰かにあげたら、貰った方でも…。
(きっと、大切に何度も読んで…)
 その子が絵本を卒業する時、まだ綺麗なら、次の誰かにプレゼント。絵本を読む年の子供がいる家、自分よりも小さな子供の家に。
 自分だってまだ小さいくせに、うんと大きなお兄ちゃんや、お姉ちゃんになったような気分で、「あげていいよ」と。読みたい子供に譲ってあげる、と。
(それって、幸せなリレー…)
 家から家へと旅をする絵本。欲しがりそうな子供がいる家へ。
 赤ちゃん用の絵本だったら、何軒もの家を旅していそう。赤ちゃん絵本は卒業するのも早いし、次の赤ちゃんがいる家へ。お気に入りの絵本が他に出来たら、次の赤ちゃんにプレゼント。
(赤ちゃんだったら、わざわざ「あげていい?」って訊かなくっても…)
 様子を見ながら「もう読まないわね」と、譲ることだってあるだろう。絵本で遊ばなくなったら卒業、持ち主だった赤ちゃんの方も、絵本のことは思い出しさえしないまま。
 文字が入った絵本になったら、お気に入りは手放さないけれど。
 両親だってちゃんと分かっているから、「あげてもいい?」とは訊かないだろうけど。
(ぼくのだよ、って怒るに決まっているもんね?)
 大切な本を手放すなんて、とんでもないから。他の誰かにプレゼントなんて出来ないから。
(何処かに隠してしまいそうだよ、幼稚園に行ってる間に消えないように…)
 幼稚園児でも、ちゃんと頑張って隠すんだから、と思いながら戻った二階の部屋。ケーキなどのお皿を母に返して、階段をトントン上っていって。
(お気に入りの絵本を誰かにあげられそうになったら、隠してたよね?)
 もうこの部屋はあったんだから、と勉強机の前に座って考える。旅をしてゆく絵本のこと。
 この家から旅に出た絵本があるなら、赤ちゃん用の絵本か、あげてもいい本。部屋に隠して守る代わりに、「あげてもいいよ」と頷いた本。一人前のお兄ちゃんになった気分で。
(絵本だって、きっと幸せだよね?)
 そうやって旅に出る方が。この家で仕舞い込まれているより、他の家へと。
 旅をする間に、「あげてもいい本」から「お気に入りの本」になって、見付かる棲み家。絵本の旅は其処でおしまい、読まなくなった後も大切に何処かに仕舞われたりして。



 本の好みは人によって色々、同じ絵本でも分かれる反応。
(表紙を見ただけで気に入っちゃうとか、「好きじゃないよ」って思うとか…)
 子供の数だけあるだろう個性、どんな絵本でも「気に入ってくれる人」が何処かにいる筈。広い世界の何処かに、きっと。
 子供の間は、お気に入りはうんと大切なのだし、隠してでも守り抜きたいほど。幼稚園児の頭で思い付くような隠し場所なら、大人はお見通しだろうけれど。「やっぱり此処ね」と探し当てて、笑って、元通りにしておきそうだけれど。「隠すくらいに大切なんだわ」と。
 お気に入りの絵本は、子供にとっては宝物。誰にも譲ってあげない絵本。
(そういう宝物になってるといいな…)
 この家から何処かへ旅に出た絵本があるのなら。幼かった自分が読んだ絵本が旅に出たなら。
 文字が入った絵本はもちろん、赤ちゃん用の絵本にしたって、あちこち旅をして回って…。
(宝物にはなれないままで、くたびれちゃっても、幸せだよね?)
 一番最後に辿り着いた家で、もうこれ以上の旅は無理だ、と卒業の後で捨てられたって、御礼の言葉を貰えるだろう。「うちの子供と遊んでくれて、ありがとう」と。
 赤ちゃんや子供は知らん顔でも、その家の大人たちから、きっと。「お疲れ様」と労われて。
(絵本だから、幸せな旅が出来るんだよね?)
 家から家へと旅を続けて、何人もの子供たちと出会って、読まれて。
 お気に入りの絵本になれたら旅は終わりで、その家の子供と一緒に暮らす。とても幸せに。
 けれども、それは絵本だから。
 同じ本でも、自分くらいの年に育ってしまっていたなら、お気に入りの一冊があったって…。
(ぼくの本だよ、って抱き締めたりはしないし…)
 留守の間に消えないようにと、隠すことだってしないだろう。両親が勝手に誰かに譲ってしまうことなど無いのだから。「あの子にあげよう」と棚から出して。
 お気に入りの数も増えてしまって、本棚一杯に詰まった本。
 此処から見ても、背表紙だけで本の中身が思い出せるほど。「あの本は…」と、直ぐに。
 わざわざ広げて眺めなくても、どの本もお気に入りばかりだから。



 これからも何冊も増えてゆくのだろう、お気に入りの本。増えすぎて本棚に入らなくなっても、旅に出たりはしないと思う。どの本も大切なのだから。
(本棚が増えるだけだよね?)
 増えた本を入れるための本棚。そしていつかは、父やハーレイのように書斎が出来たりも。本を読むために作ってある部屋、本が暮らしてゆくための部屋。
 旅に出掛ける本があるなら、「面白そうだ」と買ってみたのに、つまらなかった本くらい。誰か欲しがる人がいないか、友達に声を掛けたりして。「良かったら、読む?」と。
 幼い頃に「欲しい人があるから、あげてもいい?」と訊かれる絵本とは違った旅。「いいよ」と一人前になったつもりで、旅に出すのが絵本だけれど…。
(今の年だと、本も自分で選ぶから…)
 買ったけれども失敗だった、と思った本を旅に出すだけ。誰か気に入る人がいれば、と。
 絵本を読んでいた頃だったら、新しい絵本を買って貰えるまで、つまらない本でも読んだのに。今ほど沢山の本は無いから、お気に入りばかり読んでいたって飽きるから。
(絵本の方が、普通の本より幸せかも…)
 家から家へと旅も出来るし、子供の宝物にもなれる。「ぼくの本だよ」と隠すくらいの。
 この年になれば、其処までの本には、そう簡単には出会えない。宝物と呼べるほどの一冊。今のぼくだと大切な本は…、と視線がゆくのが白いシャングリラの写真集。
 ハーレイに「いい本があるぞ」と教えて貰って、父に強請った豪華版。お小遣いで買うには高い本だし、「パパ、お願い」と。
 あの写真集は、ハーレイとお揃い。ハーレイの家にも同じ写真集があるから、ちゃんとお揃い。
(あれは絶対、誰にもあげたりしないんだから…)
 いつかハーレイと結婚する時も、あの写真集を持って行く。ハーレイの家へ運ぶ荷物に、大切に詰めて。運ぶ間に傷まないよう、柔らかい紙か布かでくるんでやって。
 ハーレイの書斎に二冊並べて置くことになっても、どちらも宝物の本。ハーレイの分も、自分と一緒に引っ越した本も。
 とても大事な宝物だし、「二冊あるから」と誰かに譲りはしない。
 高い値段の豪華版だけに、欲しがる人が多くても。「二冊あるなら一冊欲しい」と頼まれても。
 もう絶対に、旅には出さない宝物。いつまでも二冊並べておく本。



(欲張りだけど、宝物だしね?)
 子供の頃の絵本じゃなくて写真集だけど、と思ったはずみに掠めた記憶。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が生きていた頃。あの頃の本はどうだったろう、と。
(絵本、あったっけ…?)
 前の自分が暮らしていた船、シャングリラに。あの船に絵本はあったろうか、と。
 白い鯨には、もちろんあった。子供たちも乗っていた船なのだし、何冊も揃っていた絵本。養育部門に出掛けて行ったら、本棚に沢山並べてあった。広げて読んでいた子供たちも。
 けれど、それより前の時代。白い鯨に改造する前。
(あの頃だったら…)
 本は自分たちの手で製本するか、奪った物資に紛れていたのを手に入れて読むか。その二つしか方法は無くて、製本するなら希望者の多い本から順に。「これが欲しい」と声が上がったら、係がせっせと作っていた。データベースにある本の中身を印刷して。
 船にいたのは大人ばかりで、チビだったのは前の自分だけ。年だけは誰よりも上だったけれど、心も身体も長く成長を止めていたから。
 チビとは言っても、今の自分と変わらなかった姿。絵本を欲しがる子供ではない。
(絵本が読みたい人なんか…)
 きっと一人もいなかったろう。「次は絵本を作って欲しい」と係に注文する者などは。
 人類の船から奪った物資に絵本が紛れていたとしたって、読もうと思う者は無い。他の本なら、残しておいたら読み手が現れるだろうけれど…。
(絵本、あっても…)
 読む人は誰もいないわけだし、物資に紛れて船に来た絵本は処分だったろうか?
 役に立たないガラクタと一緒に廃棄処分で、宇宙に捨てる。「これは要らない」と。
(余計な荷物は船に積んではおけないよね…?)
 ゴミと同じで邪魔になるだけ、早々に処分されたと思う。誰も読まない絵本なんかを残しておくわけが無いんだから、と分かっているのに、何故だか読んでいたような記憶。
 前の自分が、白い鯨になる前の船で。
 あった筈もない絵本を広げて、ページをめくっていたような…。



 ぱらり、とページを繰っていた記憶。絵本ならではの独特のページ。子供向けだから、ページの数は多くない本。何度かめくれば、じきに最後まで読める本。
 それを読んだ、という気がする。白い鯨になる前の船で、子供は一人もいなかった船で。
(なんで…?)
 絵本は廃棄処分にしてたんじゃないの、と不思議でたまらない記憶。無かった筈の絵本を読めはしないし、ページをめくれるわけがない。絵本は船に無いのだから。
 それなのに絵本を読んでいた自分。白い鯨の時代の記憶と混ざっているとも思えない。白い鯨で読んでいたなら、青の間にいる筈だから。…絵本の記憶はそうではないから。
(青の間が出来てから、そういう夢でも見たのかな…?)
 改造前の船にいる夢を、と考え込んでいたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、丁度いい、とぶつけてみた質問。テーブルを挟んで向かい合わせで。
「あのね…。絵本は、あっても処分だよね?」
 処分するでしょ、誰も絵本を読む人なんかはいないんだもの。
「はあ? 絵本って…」
 お前の学校の図書室のことか、何処かから本の寄贈があったら、確かに振り分けするんだが…。家のを丸ごと貰ったりしたら、絵本も混ざっていたりするしな。
 しかし処分ということはないぞ、せっかくの好意なんだから。何処に置くのが一番なのか、皆で決めるのが振り分けだ。上の学校に送るのがいいか、下の学校に届けに行くか。
 絵本だったら、幼稚園という所だな。…処分したりはしない筈だが、と今のハーレイならではの答え。学校の教師をしているのだから、当然だけれど。
「違うよ、ぼくの学校じゃなくてシャングリラだよ。白い鯨になる前のね」
 本は色々揃っていたけど、図書室もちゃんとあったけど…。
 置いてあった本は、読む人がいる本ばかりでしょ?
 物資に紛れていた本もそうだし、シャングリラで作った本だって。…読みたい人がいる本だけ。
 絵本なんかは無かった筈だよ、物資の中に混じっていたって、きっと処分で。
 船に置いても、絵本は邪魔になるだけだから、と説明したらハーレイも頷いた。
「だろうな、誰も読みやしないし」
 余計な荷物はゴミと同じだ、絵本は処分だったと思うぞ。…白い鯨じゃない頃ならな。



 お前の考えで合っている筈だ、と言うハーレイは備品倉庫の管理人を兼ねた時代もあった。まだ厨房にいた頃だったら、キャプテンではなくて備品倉庫の管理人。
 倉庫の管理をしていたのだから、其処に入れる物資のことにも詳しい。そのハーレイが「ゴミと同じだ」と断言するなら、絵本はゴミで廃棄処分になるのだけれど…。
「…えっとね…。絵本の扱い、ぼくもそうだと思うんだけど…」
 物資の中に紛れていたなら、捨てていた筈なのが絵本なんだけど…。でもね、絵本を読んでいたような気がするんだよ。前のぼくが、改造前の船でね。
 そういう記憶があるんだけれど、と話してみたら、「勘違いじゃないのか?」という返事。
「お前が絵本を読んでいたなら、白い鯨の方だろう。子供たちとも、よく遊んでたし…」
 養育部門で借りて帰って、青の間で読んでいたんじゃないか?
 読みながらウトウト眠っちまって、昔の船にいた頃の夢を見ていただとか…。
 ありそうだぞ、とハーレイの読みも似たようなもの。白い鯨で見た夢だろう、と。
「やっぱりそうかな…? 絵本、あるわけないものね…」
 だけど、夢にしてはハッキリしてるし、とても不思議で…。ページをめくっていた時の感じが、指先に残っていそうなほどだから。
 それでも、あれって夢なのかな…。前のぼくが見ていた夢だったのかな…?
 どう思う、と重ねて尋ねた。絵本の記憶は夢だろうか、と。
「うーむ…。やたらとリアルな夢ってヤツは、誰にでも覚えがあるもんだが…」
 夢の中でも痛かったとか、食っていた飯が美味かったとか。…その手の夢は確かにある。
 しかしだ、今のお前の場合は、生まれ変わって来ているわけで…。夢のことまで覚えているかというのが大いに問題だよなあ、ただの夢まで記憶に残っているかってトコが。
 要は絵本で、お前が絵本を読んでいた、と…。白い鯨じゃなかった時代のシャングリラで。
 備品倉庫の元管理人だった俺としてはだ…、とハーレイが追っている記憶。
 人類の船から奪った物資は直ぐに仕分けを始めるものだし、余計なものは船に積まないが、と。
「そうだよね。無駄な物資のためにスペースを割くわけがないし…」
 いつか役立ちそうなものなら、残しておこうって仕舞っておくこともあるだろうけど…。
 絵本はそういうものじゃないしね、役立つことも出番も無いから。
 本ならともかく絵本なんだし、絵本は子供がいないとね…。



 あの船に子供はいなかったから…、と何の気なしに言ったのだけれど。「やっぱり夢かな?」と話を終わらせようとしたのだけれども、「子供だと…?」と腕組みしたハーレイ。
「…子供は確かにいなかったよなあ、前のお前はチビだったんだが…」
 それでも成人検査の後だし、あの時代なら子供とは言わん。…俺の目にはチビの子供だったが。
 しかし、絵本を欲しがるような年の子供じゃないし…。
 子供ってヤツはいなかったんだ、とハーレイが何度も「子供」と繰り返すから。
「ハーレイ、子供がどうかしたの?」
 何か気になることでもあるわけ、あの船に子供がいなかったことで…?
「いや、子供って言葉が引っ掛かって…。絵本は子供がいないと駄目なんだ、って所がだな…」
 それだ、子供だ!
 あの船にも絵本を置いていたんだ、子供用に絵本を残していたぞ。
 お前の記憶は合っているんだ、前のお前が読んでいたのは本物の絵本だったんだ。勘違いでも、夢で見たわけでもなくて…、とハーレイが探り当てたらしい記憶。前のハーレイだった時代の。
 白い鯨ではなかった船に、絵本が乗っていたという。あの船に子供はいなかったのに。
「…絵本を残しておいたって…。子供用だ、って言ったよね?」
 もしかして、前のぼくがチビの子供だったから?
 成人検査は受けていたけど、それきり育たないままのチビ。心も身体もチビだったから…。
 ハーレイたちが育ててくれたみたいなものだし、絵本もそのためのものだったの…?
 ぼくの心の栄養にするのに絵本だったの、と訊いてみた。ハーレイたちは、あれこれ気配りしてくれたから。前の自分を育ててやろうと、食事にも、かける言葉などにも。
 絵本もその中の一つかと思った。長い年月を檻で独りぼっちで過ごす間に、心も身体も傷ついた子供。過酷な人体実験の末に、笑うことさえ忘れてしまった前の自分。
 そんな自分の心をゆっくり育ててゆくには、絵本が適していたのだろうか、と。
 けれど…。
「違う、そうじゃない。…前のお前も関係してはいたんだがな」
 船に絵本が乗っていたことと、前のお前は無関係ではないんだが…。
 お前のための絵本じゃなかった、そんな時代はとうの昔に終わっていたな。
 前のお前は絵本なんかを使わなくても、きちんと育ってくれたから…。ちゃんと大人に。



 最初の間は捨てていたんだ、とハーレイが教えてくれた絵本。奪った物資に紛れていたもの。
 ハーレイが備品倉庫の管理人だった頃には、「これは要らない」と不用品として廃棄処分。誰も欲しいと言わなかったし、読みたがる者もいなかったから。
 けれども、時が流れた船。
 ハーレイが船のキャプテンになって、前の自分はソルジャーに。身体も育って、大人になった。痩せっぽちのチビの子供は卒業、誰が見たって立派な大人。華奢で細くはあったのだけれど。
 育った後にも、ソルジャーの役目は変わらない。船を守ることと、人類の船から皆が生きるのに必要な物資を奪うこと。
「覚えていないか、お前が奪った物資の中に絵本のセットが混じってたのを」
 どういう理由で紛れてたのかは分からない。…育英都市に送る荷物だったのかもしれないな。
 子供の成長を追ってゆくように、赤ん坊のための絵本から揃っていたんだが…。
 絵だけの本から、少しだけ字が入っている本。…次は短い物語、といった風にな。
 珍しいから、と係が俺に報告して来て、お前やヒルマンたちと一緒に見に行ったんだが…。
 視察気分で絵本の検分、と聞かされたら蘇って来た記憶。ハーレイたちと見に出掛けた絵本。
 物資の仕分けをするための部屋に、備えられていたテーブルの上。絵本のセットは其処に並べて置かれていた。赤ん坊用の本から順に。
「おやまあ…。絵本と言っても、こういうセットもあるんだねえ…」
 続き物ではないみたいだけどね、と好奇心一杯で手に取ったのがブラウ。「面白そうだ」と。
「わしらも読んでいたんじゃろうなあ、何も覚えておらんのじゃが…」
 これと同じのを読んだかもしれんな、とゼルも開いてみた絵本。「生憎と思い出せんわ」とも。
「仕方ないだろう、我々はすっかり忘れてしまったからね」
 成人検査とアルタミラの檻にいた時代にね、とヒルマンにも無かった絵本の記憶。エラも、前の自分も、ハーレイもピンと来なかった。絵本のセットを前にしたって、手に取ったって。
(それでも、きっと、こういう絵本で育ったんだ、って…)
 同じ絵本を見たかもしれない、子供時代の自分が養父母に買って貰って。赤ん坊用のも、文字が入っている絵本も。
 きっと誰もが似たような気持ちだったろう。何も覚えていないけれども、自分もこういう絵本を読んで育ったのだ、と。



 皆でページを繰った本。赤ん坊用から揃った絵本のセット。感慨深く読んだ後には、この船には不要な本だから、と処分用の箱に入れたのだけれど…。
(…ぼくが読んでた絵本を箱に入れようとして…)
 先に誰かが放り込んでいた絵本、その上に重ねて置こうとした時。ふと考えた、前の自分。
 これは未来を築く本だ、と。捨てては駄目だと、慌てて箱から取り出した絵本。先に入っていた絵本も全部。「この本たちを捨てては駄目だ」と、順に並べたテーブルの上。
「まるで要らない本のようだけれど、ぼくは捨てるのには反対だ」
 分からないかい、この本たちは未来を築く本なんだよ。こうしてセットで揃ったお蔭で、これが持っている意味に気付いた。…未来を作るための本だと。
 だから捨てずに取っておこう、と提案したらブラウに問われた。「未来ってなんだい?」と。
「なんのことだかサッパリだよ。絵本の何処が未来なんだい、とうに過去じゃないか」
 あたしたちは大人なんだからね、というブラウの言葉は間違いではない。絵本を読んでいた子供時代は終わって、二度と戻って来はしないから。その記憶ごと。
 けれども、子供たちにとっては「これから」のこと。生まれて育つ子供たちには。
「…今は全く、未来なんかは見えないけれど…。でも、いつか…」
 いつかはこういう絵本を読む子が現れるかもしれないよ。人類ではなくて、ミュウの子供が。
 この船に絵本を読むような子が来て、この本を読んで育つんだよ。
 それが未来で、そのための本。…捨てずに残しておきたいじゃないか、未来のために。
 ミュウの子供を育てるためにね、と皆に話した未来のこと。絵本のセットが築くだろう未来。
「夢物語じゃ! 何が未来じゃ!」
 何処から子供が来ると言うんじゃ、この船に!
 わしらが隠れて生きてゆくだけで精一杯じゃ、とゼルは噛み付いたし、ヒルマンたちもいい顔をしなかったけれど。「現実味が無い」と皆が唱えたけれど。
「それは分かっているけれど…。これも一つの可能性だよ、未来のね」
 絵本を捨てずに残しておいたら、いつか絵本が必要な子供が来てくれるかも…。
 この本が子供を連れて来るとは言わないけれども、可能性は残しておかなければ。
 捨ててしまったら、未来も可能性も捨てることになる。…この船に未来は要らない、とね。
 子供を育てる未来が無いなら、この船はいつか終わるんだから。



 最後の一人の寿命が尽きたら終わりじゃないか、と厳しい現実を皆に突き付けた。今の船なら、その日は必ずやって来るから。…新しい仲間が、子供たちが船にやって来ないと駄目だから。
 未来への夢が一つくらいあってもいいだろう、と渋るゼルたちを説き伏せ、絵本のセットを備品倉庫に置かせた。場所はそれほど取らないから。
 今のシャングリラに子供が来る予定は無いけれど。子供を船に迎えるどころか、未来も見えない船なのだけれど。
(でも、いつか、って…)
 いつか絵本を読むような子供が来てくれたら…、と倉庫に出掛けて読んでいた絵本。赤ん坊用の絵だけの絵本も、文字が入っている絵本も。
 時には部屋にも持って帰って、絵本のページを繰っていた。前の自分の絵本の記憶は、その時のもの。白い鯨ではなかった頃の船で、何度も読んでいた絵本。
「あの本、どうなっちゃったんだろう?」
 絵本のセット、倉庫とか部屋で読んでいたけど…。あの本、何処へ行っちゃったかな…?
 その後が思い出せないんだけど…、と今のハーレイに訊いたら、直ぐに答えが返って来た。
「それはまあ…。絵本だって、いつかは駄目になるから…」
 いくら人類の船から奪った本でも、寿命ってヤツはあるもんだ。頑丈に出来ちゃいないから。
 そいつに気付いて、お前、注文をつけただろうが。
 今ある絵本がくたびれて来たから、新しい絵本を見付けた時には残しておけ、と。
 備品倉庫の管理係に命令していた筈だぞ、とキャプテンの記憶は流石に正確。船の全てを纏めていたのが、キャプテン・ハーレイなのだから。
「そうだっけ…!」
 絵本、残しておくように、って仕分けする係に言ったんだっけ…。
 セットになってる絵本じゃなくても、端から捨ててしまわずに。処分する前に、必ず報告。
 ぼくが自分でチェックするから、絵本は勝手に捨てないこと、って…。
 前のぼくが命令したんだっけ、と思い出した「その後」の絵本の扱い方。最初に残させた絵本のセットが、年数を経て古びて見え始めた頃。
 赤ちゃん用から少し大きな子供向けまで、いい本があれば残しておいた。自分で中身をチェックした後、倉庫に入れて。そして何度も読んだのだった、白い鯨ではなかった船で。



 まだ名前だけがシャングリラだった、改造前の船で読んだ絵本。この本を読むような子供たちを船に迎えられたら、と。…船の未来を築けたらいい、と。
 何度ページをめくっただろうか、来るかどうかも分からない未来を思い描きながら。絵本たちの出番がやって来る日を、ページを繰る子供が来てくれる日を。
(絵本、大切に残しておいて…)
 くたびれて駄目になった絵本のデータも、製本担当の係に頼んで取っておかせた。もちろん一番最初に船に残した、赤ちゃん用から揃っていたセットのデータだって。
 いつか絵本の出番が来たなら、それらのデータが必要だから。
 船のデータベースにも絵本はあったけれども、実物となれば重みが違う。データではなくて手に取れるもの。この手でページをめくれるもの。
(ページの重さも、紙の感じも、全部、本物…)
 絵本はこういうものなのだ、と形になっているのが絵本。人類の船から奪ったものだし、何処の星でも同じ絵本が印刷されているのだろう。育英都市で育つ子供たちのために、何冊も。
 赤ちゃんの数だけ作られていそうな、赤ちゃん用に出来ている絵本。
 文字が読めるくらいの子供になったら、養父母たちが選んでやるのだろうか。何種類もの絵本の中から、育てている子の好みに合いそうなものを。
(女の子だったら、こんなのだとか…)
 男の子だけれど繊細な子だから、こういう絵本が良さそうだ、とか。
 もう少し子供が大きくなったら、本屋に連れてゆくかもしれない。「どの本が欲しい?」と。
 幾つも並んだ絵本の中から、好きな絵本を選べるように。あれこれ比べて、お気に入りの一冊を自分で探し出せるようにと。
(絵本なんだし、絵も大事だから…)
 好みに合わない絵柄だったら、ガッカリするだろう子供。「もっと違う絵の方がいい」と。
 そうならないよう、自分で好きに選ばせて貰う幸せな子供。養父母の手をしっかり握り締めて。
 「これがいいよ」と選び出したり、決められないで迷っていたり。
 いつまでも選べずに二冊も三冊も比べていたなら、「仕方ないわね」と欲しい本を全部、買って貰える幸運な子もいるのだろう。大喜びして、歓声を上げて。
 いつかは別れる養父母だけれど、そんなことさえ知らない幼い子供だから。



 買って貰った絵本の包みを、大切に抱えていそうな子供。養父母と家に帰るまで。
 もっと幼い子供や赤ん坊なら、「はい」とプレゼントされる絵本。どんなに胸が弾むだろうか、初めてページをめくる時には。
 何回も読んでお気に入りの絵本が出来た時には、きっと飽きずに読むのだろう。これが一番、と他の絵本には見向きもしないで、何回も。…一日の内に、何度も繰り返し。
(きっとそうだよ、って思ってた…)
 子供時代の記憶は残っていなかったけれど、絵本を何度も見ていれば分かる。育英都市がどんな場所かを、データベースで調べれば分かる。
(成人検査の日が来るまでは…)
 子供たちは幸せに育ってゆくもの。養父母の愛情を一杯に受けて。
 機械が勝手に決めた家族でも、其処に溢れる愛は本物。養父母たちは子供に愛を注ぐようにと、教育を受けて来ているから。子供を幸せに育ててゆくのが仕事だから。
(…ミュウの子供かもしれない、って思った時には通報すること、って…)
 そういう決まりが出来ていたけれど、絵本を準備していた頃の自分はまだ知らなかった。
 燃えるアルタミラから脱出した時、グランド・マザーはミュウを滅ぼしたつもりだったから。
 元はコンスティテューション号だった船のデータベースに、それから後も生まれ続けるミュウの子供がどう扱われたかのデータは無かったから。
(アルテメシアに着いて、雲海の中でミュウの子供の悲鳴を聞くまで…)
 何も知らずに過ごした自分。
 何処の星でも、子供たちは幸せに育っているのだと頭から思い込んで。
 成人検査を受ける日までは、養父母たちの愛に包まれて育つと信じて、絵本のページをめくっていた。どの子も絵本を買って貰えると、このくらいの年ならこの絵本、と夢を描きながら。
(そうやって幸せに育っているなら、絵本を読むようなミュウの子供は…)
 船に来る筈も無いというのに、気付かなかった前の自分。
 どうやってミュウの子供を船に迎えるつもりだったのか、今、考えると可笑しいけれど。
 自分に都合のいい夢を見ていたらしいけれども、絵本は大切に残しておいたのが前の自分。
 これは未来を築く本だと、ミュウの子供を迎えた時には役に立つから、と。



 そんな調子で絵本に夢を抱いていたのがソルジャー・ブルー。何処か間抜けな前の自分。絵本のページを何度も繰っては、ミュウの未来を夢見ていた。
 絵本を読む子が来てくれる日を、シャングリラに未来が生まれる時を。
(白い鯨を作る時にも…)
 自給自足の船が出来たら、もう奪いには行かない物資。…本物の絵本は手に入らなくなる。船にある絵本とデータが全てになってしまって。
(新しい絵本は、もう無理になるけど…)
 ちゃんとした絵本を船で作ってゆけるようにと、係の者たちにも本物の絵本に触れておくよう、指示しておいた。「今ある絵本を覚えて欲しい」と、「本物の絵本を忘れないように」と。
 その時点で船にあった絵本は、白い鯨にも引き継がれた。いつか子供が来る時のために。
 白い鯨は宇宙を旅して、やがてやって来た本物の子供。ミュウの未来を築いてゆく子。
 アルテメシアに着いたから。育英都市がある雲海の星に、隠れ住もうと決めたから。
「ぼくが残してた絵本、役に立ったんだっけ…」
 ミュウの子供が、本当に船に来ちゃったから。…前のぼくが助けに飛び出して行って。
 「助けて!」って悲鳴が聞こえて来たから、瞬間移動で飛び出して…。
 何が起こったのか分からなかったけど、助け出すのは間に合ったんだよ。
 まさか小さな子供の間に、ミュウを見付けて殺す時代になってたなんてね…。
 前のぼくは夢にも思わなかったよ、と溜息をついたら、「俺も同じだ」と零したハーレイ。
「成人検査を受けて初めて、ミュウになるんだと思っていたしな…」
 データ不足というヤツだ。アルタミラから後はせっせと逃げていたから、知らないままで。
 それでも、お前が助けて来た子は、お前が夢見たミュウの子だったな。絵本を読む子。
 まだ小さくて、絵本くらいしか読めない子供だったんだが…。
 前のお前が絵本をきちんと残させてたから、そいつの出番がやって来たという所だな。
 子供用の本なんか、他には無かったんだから。
 大急ぎで「作れ」と係に言ったが、一瞬で出来やしないから…。
 役に立つ日が来たんだよなあ、前のお前のコレクション。
 お前が自分で選び出しては、何度も読んでた古い絵本が日の目を見る日が来たってトコか。



 本当に古くなっちまってたが…、とハーレイも覚えている絵本。白い鯨にあった絵本は、新しいとは言えないもの。前の自分が何度も読んだし、本を作る係も読んでいたから。
 けれど、船にはそれしか無かった子供用の本。小さな子供が読める絵本。
「あの子に絵本を渡したんだっけね、前のぼくが」
 此処には古い絵本しか無いけど、読んでみるかい、って…。
 欲しいんだったら、他にも色々あるからね、って喜びそうな絵本を一冊…。
 あれは動物の絵本だったよ、と今でも思い出せる本。小さな子供にプレゼントした絵本。
「喜んで読んでくれたよなあ…。ありがとう、って本を抱き締めて」
 それまで泣きそうな顔をしてたのに、絵本で笑顔が戻って来たのが凄かった。
 船に来た時は泣きっ放しで、泣き止んだ後も、隅っこの方で塞ぎ込んでたというのにな。
「うん…。絵本、本当に嬉しかったんだね。シャングリラにも絵本があったから」
 ぼくの家にも絵本が沢山あったんだよ、って言ってたもの。
 パパとママに色々買って貰って、うんと沢山持っていたよ、って…。
 あの子をユニバーサルに通報したのは、その養父母かもしれないけれど…。でも…。
 そんなことは知らない方がいいよね、幸せに育ってゆくためには。
「違いないよな、物騒なことは知らずにいるのが一番だ」
 あの子は絵本で笑顔になったし、それでいいじゃないか。
 恐ろしい目に遭ったわけだが、また絵本が読める場所に来られたんだから。
 もう誰も銃を向けたりしない場所にな…、とハーレイが言う白いシャングリラ。ミュウの箱舟。
 それでも、絵本が無かったとしたら、あの子は笑顔になっただろうか。あんなに早く、ミュウの船に馴染んでくれたのだろうか、大人しかいない箱舟に…?
 きっと無理だ、と今の自分でも思うこと。絵本が船にあったからこそ、此処も安心していられる場所だ、と子供なりに理解したろうから。
「古くなってた絵本だったけど、残しておいて良かったね、あれ」
 直ぐに渡してあげられたのは、あれを残してあったから…。古くなっても、本物だから。
「まったくだ。本は直ぐには作れないしな」
 料理のようにはいかんからなあ、フライパンでサッと作れやしない。
 ちょっと待ってろ、と話してる間には出来上がらないのが絵本だってな。



 前のお前は、いいものを取っておいたよな、と穏やかな笑みを浮かべるハーレイ。
 ミュウの未来を築いてゆくことは出来たんだ、と。
 古びた絵本を貰った子供が最初に来た子で、それからは次々に来たミュウの子供たち。
 シャングリラは未来を担う子たちを手に入れたから。…絵本を読んで育つ子たちを。
(前のぼく、予知能力は無かったけれど…)
 未来も見えない船で絵本を残させたのなら、少しくらいはあっただろうか。
 それとも青い地球に抱いた夢と同じで…。
(前のぼくの夢ってことなのかな…?)
 あれが予知なのか、夢を描いただけだったのかは、今となっては分からないけれど。
 誰に訊いても分からないけれど、あの絵本のことを思い出させてくれたハーレイと地球にやって来た。青く蘇った水の星の上に。
 絵本が旅をしてゆく時代に、平和な地球に。
 家から家へと絵本が旅をしてゆけるのも、本物の家族が戻って来たから。
 SD体制の時代だったら、本は旅などしないから。子供のいる家を旅してゆかないから。
(今のぼくが持ってた絵本だって…)
 旅に出た絵本があるのだったら、幸せになってくれている筈。
 何処かで誰かに気に入られて。何人もの赤ちゃんたちに読まれて、旅を続けて。
 今はそういう時代だから。絵本は幸せに旅してゆけるし、本物の家族がいる時代だから…。



              旅をする絵本・了

※今の時代は、家から家へと絵本が旅をしてゆく時代。本物の家族がいる時代だからこそ。
 そうではなかった遠い昔に、シャングリラにも絵本があったのです。子供を待っている本が。
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