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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

雨に濡れても
(降り出しそう…)
 大丈夫かな、とブルーが眺めた窓の外。学校から帰る途中の、路線バスの中で。
 今にも降り出しそうな空。大粒の雨か、小雨になるかは分からないけれど。
(…ホントに降りそう…)
 こんなに暗くなっちゃうなんて、と雲を眺めて不安で一杯。「降り始めたら、どうしよう」と。
 学校を出る時、「曇ってるよ」と思ってはいた。最後の授業が始まる頃から曇り始めて、授業が終わる頃には無かった青空。広い空の何処を探しても。
 けれど、朝、家を出る前の天気予報では、雨だとは言っていなかった。午後は「曇り時々晴れ」だったのだし、降らないだろうと考えた。単に曇っているだけで。
(じきにお日様が顔を出すとか、お日様無しでも…)
 青空が見えて来ないだけだよ、と終礼の後は真っ直ぐバス停に向かった。グラウンドの横を通り過ぎてから、校門を抜けて。
 いつも帰りに使うバス停、其処に立って待った路線バス。その間にも空はどんどん暗さを増していったけれど、雨の予報は出ていなかったし…。
(降るにしたって、まだ平気、って…)
 まだ当分は降らないだろう、と思った自分。夕方から降るとか、夜が雨だとか、そんな具合で。
 何の根拠も無いというのに、「大丈夫」などと楽観的に。
 そう思ったから、「傘を借りよう」と学校に戻りはしなかった。急な雨の日には、貸して貰える学校の傘。降り始める前なら、まだ充分に数がある筈なのに。
(家に帰る方が、ずっと早いよ、って…)
 バス停にある時刻表を見て、出した結論。もうすぐバスがやって来る。それに乗ったら、幾つかバス停を通った後に、家の近くのバス停に着く。
(傘を借りに、学校に戻っていたら…)
 そのバスは行ってしまうだろう。次のバスを待つことになるから、その間に…。
(雨が降り始めて、傘の出番で…)
 帰りの道は雨の中になるかもしれない。
 じきに来るバスに乗って帰れば、雨に遭わずに帰れても。…一粒の雨にも出会わないまま、家の中に入ることが出来ても。



 傘を借りに戻って行ったばかりに、雨になっては馬鹿々々しい。それに降らない可能性も充分。だから要らない、と傘は借りずに、バスに乗り込む道を選んだ。
 なのに、すっかり降りそうな空。こんなに暗くなるなんて。
(……傘……)
 雨の予報が出ていなかったから、折り畳み傘も持ってはいない。あったら心強いのに。
 ここまで空が暗くなるなら、やっぱり学校に戻れば良かった。「降りそうですから、傘を貸して下さい」と、頼めば直ぐに借りられたのに。
(ぼくの馬鹿…)
 道を間違えちゃったかも、と窓から暗い空を仰いで、祈るような気持ち。「降らないで」と。
 今にも降りそうな空だけれども、もう少しだけ降らないでいて欲しい、と。
(家に帰るまで…)
 なんとか降らずに持ってくれれば、と祈り続けて、ようやく着いた家の近所のバス停。普段より長く感じた道のり、バスはいつもと同じ速さで走っていたのに。
(まだ大丈夫…)
 降っていないよ、とバスから降りた途端に、ポツリと頭に落ちた雨粒。まるで降りるのを待っていたかのように。
 冷たい、と頭に手をやる間に、もう次の粒が降って来た。その手に、足の下の地面に。
(降って来ちゃった…!)
 止まないかな、と空を見上げたら、顔にも落ちて来た雨粒。パラッと降っただけで通り過ぎる雨ではなさそうな感じ。
(ママが迎えに来てくれたら…)
 いいんだけどな、と急ぎ足で家を目指して歩いた。「ママ、お願い」と。
 母が迎えに来てくれないなら、道沿いの家の誰かが気付いて、「持って行きなさい」と傘を一本貸してくれるとか。「返してくれるのは、いつでもいいよ」と。
(だけど、降り出しちゃったから…)
 庭には誰も出ていない。庭仕事をしていた人も、とうに家へと入っただろう。
 降って来る雨を防ぎたくても、不器用なサイオンではシールドは無理。走って帰っても、時間が少し短くなるだけ。濡れてしまうのは変わらないから、体力を無駄に費やすだけ。



 下手に疲れてしまうよりは、と降る雨の中をトボトボ歩いて、家に着いたら、しっとりと濡れてしまった制服。すっかり湿って、雨の雫が落ちそうな髪。
 門扉を開けて庭を横切る間も雨で、玄関の扉を濡れた手で開けた。扉をパタンと閉めてから…。
「ただいま、ママ…」
 タオルちょうだい、と奥に向かって呼び掛けた。このままでは家に上がれない。靴下まで濡れているわけなのだし、歩いた後に水の雫が点々と落ちもするだろうから。
「おかえりなさい、ブルー! タオルって…?」
 濡れちゃったの、とタオルを持って来た母は、きっと鞄が濡れたと思っていたのだろう。傘では防ぎきれなかった雨粒、それが濡らした通学鞄。
 ところが玄関先にいたのは、びしょ濡れの息子。鞄どころか、髪も制服も、何もかもが。
 母は見るなり「大変!」と叫んで、タオルで頭を拭くように言った。追加のタオルを取ってくる間、髪だけでもしっかり拭くように、と。
 パタパタと奥へ走って行った母が、大きなバスタオルを持って戻って来て…。
「ブルー、早くお風呂に入りなさい」
 これを羽織って、とバスタオルで身体を包まれた。「床は濡れてもいいから、上がって」とも。
「お風呂って…?」
「身体がすっかり冷えているでしょ、こういう時には、お風呂が一番」
 ああ、でも、お湯を入れなくちゃ…。お風呂の準備には早い時間だから、お湯がまだ…。
 だけど、シャワーを浴びてる間に、お湯も溜まるわ、と連れて行かれたバスルーム。大きなバスタオルにくるまれたままで、通学鞄を取り上げられて。
 バスルームに着いたら、手前の部屋で制服を脱がされ、母がコックを捻ったシャワー。熱そうな湯気が立っているそれと、バスタブに落とし込まれるお湯と。
「ほら、ブルー。早く入って、シャワーから浴び始めなさい」
 着替えはママが用意しておくから、しっかり中で温まるのよ。
 お湯が溜まるまではシャワーを浴びて、溜まってきたら、ゆっくり浸かって。
 そうしなさい、と母は大慌てで、「早く」と急かすものだから…。
「はーい…」
 ちゃんと温まるよ、大丈夫。…ごめんなさい、ママをビックリさせて…。



 そう謝ってから、「着替え、お願い」と頼んで入ったお風呂。バスタブのお湯は、まだ底の方に溜まり始めているだけだから…。
(もっと溜まるまで、シャワーを浴びて…)
 温まらなくちゃ、と浴びたら、「熱い!」と悲鳴を上げそうになった。思わずお湯の温度を確認したくらいに。「ママ、慌てていて、間違えちゃった?」と。
(…いつもとおんなじ…)
 だけど熱い、と感じるシャワー。熱湯を浴びているかのように。
 バスタブに落とし込まれるお湯も、溜まり始めているお湯も熱い。本当に火傷しそうなくらい。
 普段の温度と変わらないなら、自分の方が冷えたのだろう。いつもお風呂に入る時より、遥かに下がってしまった体温。
(中まで冷えてしまっているのか、外側だけか…)
 其処までは分からないけれど。体温を測ってはいないけれども、冷えたのは確か。心地良い筈のお湯の温度を、「熱すぎる」と思うくらいにまで。
(風邪を引いちゃったら大変だから…)
 しっかり温まらないと、と我慢して熱いシャワーを浴びた。バスタブにお湯が満ち始めるまで。
(半分ほどは溜まったから…)
 もういいかな、と足を踏み入れてみて「熱い!」と引っ込め、けれど浸からないと温まらない。少しずつ慣らして、そうっと入って、ゆっくりと身体を沈めていって…。
(ホントに熱すぎ…)
 お鍋で茹でられているみたい、と思うけれども、それは気のせい。冷えた身体が「熱い」と錯覚しているだけ。「熱すぎるから」と水で温度を下げてしまったら…。
(お風呂でも冷えて、もう本当に…)
 風邪を引くのに決まっているから、溜まってゆくお湯に肩まで浸かった。立ち昇る湯気で顔まで熱いけれども、これだって我慢しなくては。
(……右手……)
 右手もちゃんと温めないと、とバスタブの中で何度もキュッと固く握った。
 前の生の最後に、メギドで冷たく凍えた右手。ハーレイの温もりを失くしてしまって、悲しみの中で死んでいった前の自分。あの時の悪夢を呼ばないように、右手を温めてやらなくては。



 溜まったお湯にゆっくり浸かって、のぼせるくらいに温まってから、手に取ったタオル。身体の水気を軽く拭って、「次はバスタオル」と浴室を出たら。
(パジャマ…?)
 着替え用にと置かれていたのは、服ではなくて寝る時のパジャマ。それから、パジャマの上から羽織れるようにと大きめの上着。
 夜だったなら分かるけれども、まだ日が沈んでもいない時間。パジャマを着るには早すぎる。
 そう思ったから、廊下に顔だけ出して叫んだ。
「ママ、なんでパジャマ!?」
 ぼくが着る服は何処へ行ったの、此処にあるのはパジャマじゃない!
 服を持って来て、と呼び掛けたけれど、やって来た母は何も持ってはいなかった。
「パジャマでいいのよ。寝なきゃ駄目でしょ、風邪を引いちゃうから」
 あんなに濡れてしまっていたのよ、制服もシャツも、びしょ濡れだったわ。身体の芯まで冷えている筈よ、お風呂だけでは足りないの。
 ベッドに入って寝ていなさい、と母が言うから抗議した。
「平気だってば!」
 お風呂、ちょっぴり熱かったけれど、ちゃんと我慢して浸かったし…。もう平気。
 服をちょうだい、パジャマでベッドじゃ、病気になったみたいじゃない!
 ぼくは平気、と頬を膨らませたのに、母は許してくれなくて。
「駄目よ、暖かくして寝ていないと…。おやつだったら、部屋に運んであげるから」
 先に帰って待っていなさい、と強引に二階に追い上げられた。仕方なく行くしかなかった部屋。扉を開けて中に入ったら、母が届けに来たケーキのお皿と、ホットミルクと。
 湯気を立てているカップの中身は、前にハーレイが教えてくれたシロエ風。風邪の予防にいいというマヌカの蜂蜜たっぷり、それにシナモンを振りかけてあるホットミルク。
(…風邪を引きそうだから、シロエ風…)
 此処までされたら、どうしようもない。濡れて帰った自分が悪い。
(昼間からパジャマで、風邪でもないのにベッドの中…)
 仕方ないけど、と椅子に腰掛けてケーキを頬張る。いつも以上に熱く思えるホットミルクも。
 やはり身体の内側まで冷えているのだろう。シロエ風のミルクが熱いのならば。



 シュンとしながら、食べ終えたおやつ。母が見張っている中で。
 「御馳走様」と空になったカップを置いたら、ベッドに入るように言われた。上掛けもすっぽり肩まで引き上げられて。
「出ちゃ駄目よ? ベッドで本を読むのも駄目」
 また冷えちゃうから、と本まで禁じられる始末。これでは本当に「寝ている」しかない。宿題は出ていないけれども、その宿題で思い出した。学校と関係がある恋人を。
「ママ、ハーレイは…?」
 来てくれるかどうか分からないけど、もし来てくれたら、起きてもいい?
 ちゃんと服を着て暖かくするから、起きて話をしてもいいでしょ…?
 いつものテーブルと椅子の所で、と窓辺のテーブルを指差した。上掛けの下から、手の先だけを覗かせて。
「起きるって…。あんなに濡れて冷えちゃったんでしょ、大事を取って寝ていなさい」
 今日は一日、ベッドにいること。そのくらいしないと駄目なのは、分かっているでしょう?
 ブルーは身体が弱いんだから、と母が心配すのも分かる。弱い身体は直ぐに熱を出すし、風邪を引くことも珍しくない。帰り道に雨でずぶ濡れだなんて、母は心臓が縮み上がったに違いない。
 けれど、気になるハーレイのこと。
 このままベッドの住人だったら、ハーレイが仕事の帰りに訪ねて来てくれたって…。
「ぼくが寝てたら、晩御飯、どうなっちゃうの?」
 今はいいけど、晩御飯…。おやつは此処で食べられたけど…。
「食べられそうなら、此処で食べればいいでしょ。おやつと同じよ、ママが運んであげるから」
 温まりそうなメニューにしなくっちゃ、と母は思案をしているよう。夕食の支度まで、段取りが狂ってしまったろうか。母が思っていた料理は中止で、別の料理になるだとか。
 母には迷惑を掛けっ放しで、それは悪いと思うのだけれど…。
「…ママ、ハーレイの晩御飯は?」
 来てくれた時は、ハーレイ、何処で食べるの?
 晩御飯を食べずに帰ることはないでしょ、せっかく来てくれるんだから…。
 だけど、ぼくがベッドで寝たままだったら、ハーレイの御飯…。
 ぼくの晩御飯は此処になるなら、ハーレイは何処で晩御飯なの…?



 それが心配になって尋ねた。母に料理で迷惑をかけることよりも先に、恋人が気になるのは我儘だけれど、本当に気掛かりなのだから。
「ハーレイ先生なら、その時次第ね。…先生が来て下さるかどうか、そっちが先でしょ?」
 いらっしゃったら、晩御飯は食べて帰って頂くけれど…。先生、お一人暮らしだから。
 ブルーが此処で晩御飯なんだし、先生も此処になるかしら?
 先生が此処は嫌だと仰らなければね。
 お嫌だったら、先生にはダイニングで召し上がって頂くわ、と母が言うから声を上げた。
「ハーレイ、そんなの言うわけないよ!」
 ぼくと一緒に食べるのは嫌なんて、絶対に言いやしないんだから!
 ハーレイも此処で晩御飯だよ、ハーレイの分も運んで来てよ。土曜日とかのお昼御飯みたいに。
 ちゃんと二人分、此処に運んで来て、と頼んだけれど。ハーレイも此処で夕食なのだ、とホッと安心したのだけれど…。
「…どうかしら? ブルーはベッドで寝てるわけだし…」
 ブルーが病気で寝込んでいる時は、ハーレイ先生、いつもママたちと食事をなさってるわよ?
 野菜スープを作りに来て下さっても、先生のお食事はダイニングじゃない。
 此処で食べてはいらっしゃらないわ、と母に指摘された。「いつもそうでしょ?」と。
「……そうだっけ……」
 ぼくは病気で起きられないから、御飯、一緒に食べられなくて…。
 野菜スープを持って来てくれても、ハーレイの御飯は持って来ていないね…。
「ほら、ごらんなさい。暖かくして寝ていることね」
 ハーレイ先生と一緒に御飯を食べたいのなら。
 本当に風邪を引いてしまったら、晩御飯どころじゃないでしょう…?
 ベッドで本を読むのも駄目よ、と念を押してから、母は部屋から出て行った。空になったカップなどを載せたトレイを手に持って。
(…風邪を引いちゃったら、ホントに病気…)
 夕食までに具合が悪くなったら、この部屋でハーレイと二人で食べることは出来ない。
 ハーレイが見守る中で一人きりで食べるか、野菜スープのシャングリラ風を作って貰うのか。
 病人だったら、ベッドを出られはしないから。…椅子に座らせて貰えないから。



 ハーレイは両親と夕食を食べて、自分は此処で一人の夕食。ハーレイと同じメニューでも、下のダイニングに下りては行けない。
(ぼくだけ先に食べて、ハーレイは後でママたちと…)
 きっとそうなることだろう。そうでなければ、野菜スープのシャングリラ風が今夜の夕食。前の生から好んだ素朴なスープで、ハーレイが作ってくれるのだけれど…。
(一人で御飯も、シャングリラ風も、どっちも嫌だよ…)
 晩御飯を食べるなら、ハーレイと一緒に食べたいんだもの、とベッドの中で丸くなる。今の間に温まらないと、晩御飯が駄目になってしまいそう。雨に濡れたせいで、風邪を引いてしまって。
(…風邪引いたら、嫌だ…)
 引きたくないよ、と考える内に、ウトウトと落ちた眠りの淵。暖かなベッドは気持ちいいから、いつしか瞼を閉じてしまって。
 夢も見ないでぐっすり眠って、時間が静かに流れて行って…。
「おい、ブルー?」
 耳に届いた優しい声。気遣うような響きの、大好きでたまらないハーレイの声。
「あれっ、ハーレイ?」
 ふと目を開けたら、ハーレイが側で見下ろしていた。ベッドの脇で、大きな身体を屈めて。
「すまんな、起こしちまったか? よく寝てるとは思ったんだが…」
 ちょっと声だけ掛けてみるかな、と思ったら、起こしちまったようだ。…声がデカすぎたか。
 それはともかく、お前、帰りに濡れちまったって?
 帰る途中で雨に降られて、家に帰った時にはびしょ濡れ。…頭の天辺から足の先まで。
 玄関に靴が干してあったぞ、よく乾くように水を吸い取る紙を沢山詰め込んで。
 お前の靴だろ、あんなになるまで濡れたのか…?
 濡れた服は此処には無いようだがな、とハーレイが部屋を見回しているから頷いた。
「…うん…。制服とかはママが洗濯してると思う…」
 ぼくの鞄も下じゃないかな、濡れちゃったから…。鞄、その辺に置いてある…?
 通学鞄、と身体を起こして探そうとしたら、叱られた。
「こら、起きるな。風邪を引くだろうが」
 お前の鞄なあ…。見当たらないなあ、やっぱり何処かで干してるんじゃないか?



 そう簡単には乾かんからな、とハーレイは部屋を眺めて、「無いな」と鞄探しを放棄した。母が何処かに干しているなら、此処で見付かるわけがないから。
「鞄は無いが、中身の方は無事だと思うぞ。学校指定の鞄ってヤツは、優れものだから」
 外側はすっかり濡れちまっても、教科書やノートなんかは濡れない。…雨に降られた程度なら。池や川なんかにドボンと落ちたら、流石に防ぎ切れないんだがな。
 明日の朝には鞄もすっかり乾くだろうさ、とハーレイは保証してくれた。乾いた鞄に明日の分の教科書やノートを詰めて、登校できるといいんだが、と。
「そうしたいよ、ぼくも…。時間割、ちゃんと準備しないと…」
 明日の授業は何だっけ、と勉強机の方を見ようとして、また止められた。「お前は寝てろ」と。
「俺が見てやる。あれだな、明日の時間割」
 よし、とハーレイは勉強机の所まで行って、時間割表を確かめてくれた。ついでに必要な教科書も引き出しから出して、勉強机の上に揃えて…。
「あれでいいだろ、登校できそうなら鞄の中身はあんな所だ」
 今日と同じ教科のヤツは抜けてるから、ちゃんと忘れずに入れるんだぞ?
 それにノートだ、お前のノートを勝手に見るというのもなあ…。ノートは自分で追加してくれ。
 学校に来られるようならな、とハーレイは椅子を運んで来た。窓際に置いてあった、ハーレイの指定席の椅子。それをベッドの脇に持って来て、「さて」と座って…。
「明日の準備はしてやったから、大人しくベッドで寝てるんだぞ?」
 ノートと抜けてる分の教科書、明日の朝、自分で足せるといいな。…乾いた鞄に入れるために。
「ありがとう、ハーレイ…。行きたいな、学校…」
 このまま風邪を引くのは嫌だよ、とハーレイの顔を見上げた。「休みたくない」と。
「その心意気があれば、気持ちの面では大丈夫だな」
 元気でいるぞ、という心構えも大切なんだ。「病は気から」と言うだろう?
 しかし、お前が濡れちまったのは本当で…。
 靴も鞄もびしょ濡れってトコが心配だ。寒気、しないか?
 寒くないか、とハーレイが訊くから「大丈夫だよ」と微笑んだ。
「今はちっとも…。ベッドの中は暖かいから」
 帰って直ぐにお風呂に入って、おやつの後はずっとベッドで寝ていたしね。



 お風呂は熱すぎたんだけど、と正直に白状しておいた。いつもの温度で火傷しそうだったほど、冷えていたのは本当だから。
「だけど、きちんとお湯に浸かって温まったし…。その後はベッドの中だから…」
 今は少しも寒くなんかないよ、寒気なんかもしないから…。ぼくなら、平気。
「それなら、いいが…。唇も紫色になっちゃいないし、冷え切っちまった分は取り戻したか」
 お母さんから聞かされた時は、正直、寿命が縮んだぞ。お前がずぶ濡れになっただなんて。
 俺もウッカリしていたな…。お前の守り役、失格らしい。恋人の方も怪しいもんだ。
 ただでも身体が弱いお前を、ずぶ濡れにしちまったんだから。
 俺のせいだ、とハーレイが溜息をつくから、首を傾げた。何のことか、まるで分からないから。
「え? 失格って…」
 なんでハーレイが失格になるの、守り役も、それに恋人の方も…?
 ぼくは一人で家に帰って、帰りに雨が降って来ただけで…。ハーレイは何も悪くはないよ…?
「それがそうでもないってな。…お前が気付いていなかっただけで」
 俺はお前が帰って行くのを見てたんだ。たまたまグラウンドを通り掛かった時に。
 雨が降りそうなのは分かってたんだし、傘を持ってるのか訊けば良かった。…追い掛けてな。
 お前、用意はいい方だから、折り畳みの傘、鞄に入れているのかと思ったんだが…。
 前に忘れたことがあったし、とハーレイは覚えていてくれた。雨の予報を知っていたのに、鞄に折り畳みの傘を入れるのを忘れて登校した日。
(学校で借りられる傘、全部なくなっちゃってて…)
 ハーレイに傘を借りに行ったら、バス停まで送ってくれたのだった。貸してくれた傘とは別に、ハーレイの傘に入れて貰って、相合傘で。…幸せだった、相合傘の思い出。
「折り畳みの傘、雨の予報が出ていない日は持っていないよ」
 今日の予報は曇り時々晴れだったから…。傘は鞄に入れなかったし、帰りもきっと大丈夫、って思い込んでて、学校の傘、借りて来なくって…。
「そうだったのか…。確かに予報じゃ、そうなってたな」
 俺も降らないと思ってたんだが、午後から雲行きが変わっちまった。…降りそうな方へ。
 次からは気を付けんとな。お前が傘を持たずに歩いていたなら、呼び止めて傘を持たせないと。
 今日みたいに、急に降りそうな日には、お前を見掛けたら追い掛けてって。



 ずぶ濡れになってからでは遅いんだ、とハーレイは「すまん」と謝ってくれた。ハーレイは何も悪くないのに、何度も、何度も。
「お前の手も冷えちまっただろ? 身体中、すっかり濡れたんではなあ…」
 今は温かくなってるが、と上掛けの下でハーレイの手に包み込まれた右手。前の生の終わりに、メギドで冷たく凍えた右の手。
 その手にハーレイが温もりを移してくれる。「温めてよ」と頼まなくても、右手だけを上掛けの下から出さなくても。
「ごめんね、心配かけちゃって…」
 ハーレイに何度も謝らせちゃって。…ハーレイは悪くなんかないのに…。
 ぼく、学校の傘のことを考えてたのに、「家に帰った方が早いよ」ってバスに乗っちゃって…。
 借りに戻って行けば良かった。バスが一本遅くなっても、帰る時間は遅くならないのに…。
 悪いのは、ぼくの方なんだよ、と謝った。実際、そうだと思うから。
 学校で傘を借りずに帰ったばかりに、母にも、ハーレイにも心配をかけた。母には、うんと迷惑までも。「大変!」と悲鳴を上げさせた上に、お風呂の用意に、靴や鞄の手入れもさせて…。
「そう思うんなら、風邪を引かずにいることだ。ベッドでしっかり温まって」
 お母さんも俺も、其処が一番心配だからな。お前が寝込んでしまわないかと、気が気じゃない。
 だからベッドの中で過ごして、明日は元気に登校してくれ。そいつが一番嬉しいな、うん。
 晩飯、此処で食ってやるから。
 お前と一緒に此処で食うさ、とハーレイが浮かべた穏やかな笑み。「それでいいだろ?」と。
「ホント?」
 ハーレイも此処で食べてくれるの、パパやママと一緒に下で食べずに…?
 ぼくは下では食べられないから、この部屋で…?
「ああ。お母さんから聞いたしな」
 ずぶ濡れになっちまった話の続きに、晩飯のことを教えて貰った。
 お前がベッドに押し込まれた時、晩飯の心配をしていた、とな。
 俺が仕事の帰りに寄ったら、飯を御馳走になるもんだから…。その場所が何処になるのか、と。
 お前さえ元気でいてくれるんなら、晩飯を此処で食うってくらいは何でもない。
 晩飯を食える元気があるなら、俺はそれだけでホッとするから。



 お前と一緒に食べるくらいはお安い御用だ、と言われて気付いたこと。
 ハーレイとは何度も一緒に食事をしたけれど、この部屋で夕食を食べたことは一度も無い、と。
 夕食はいつも、両親も交えてダイニングで和やかに食べるもの。そういう決まり。
(決まりがあるってわけじゃないけど…)
 ごくごく自然にそうなった。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイが恋人同士だったことを、両親は知らない。ただの友達だと思っているから、今の自分が十四歳にしかならない子供なせいで…。
(ハーレイが子供の相手をするのは大変だろう、って…)
 そう考えたのが両親だった。「子供のお相手ばかりをさせては申し訳ない」と。
 だから夕食は両親も一緒にダイニングで。…ハーレイが年相応の話し相手と寛げるように。
 その決まりが今夜は崩れるらしい。ハーレイが此処で食事だったら、初めての二人きりの夕食。夏休みに星を見ながら庭で食べたのと、お月見の夜を除いたら。
「ねえ、ハーレイ…。晩御飯を此処で二人で食べるの、初めてだね」
 お昼御飯はいつも二人だけれども、晩御飯はママが呼びに来るから…。用意が出来た、って。
 パパもママも一緒にダイニングでしか食べていないよ、この部屋は一度も無いんだよ。
「そういや、そうだな」
 お前にスープを食わせに来たりしているもんで、気が付かなかった。
 寝ているお前を起こしたりして、何度も食わせたモンだから…。野菜スープのシャングリラ風。
 いいか、しっかり温まっておけよ?
 俺と一緒に、此処で晩飯を食いたかったら。
 野菜スープのシャングリラ風じゃなくて、お前のお母さんが作る料理を。
「分かってる…。風邪を引いちゃったら、ハーレイのスープになっちゃうってことは…」
 具合が悪くなってしまったら、そうなるんでしょ…?
「その通りだ。病人が食うのは病人食だと決まってる。特にお前は、食欲が落ちやすいから…」
 前のお前だった頃から、あの野菜スープしか食えなくなるんだ。
 そうならないよう、夜まで大人しく寝ていることだな、ベッドから出ずに。
 冷えた身体をきちんと温めておいてやったら、風邪だって逃げて行くだろう。
 退屈だったら、俺が話を聞かせてやるから。



 そしてハーレイが聞かせてくれた、色々な話。ベッドの中で退屈しないようにと。
 子供時代の思い出話や、悪ガキだった頃の武勇伝やら。ハーレイの父と釣りに出掛けた時の話も沢山、ハーレイの母が庭で育てる花などの話も。
(…こういう時間も幸せだよね…)
 ぼくはベッドから出られないけど、と思う間に、訪れた眠気。ずぶ濡れになった疲れが出たか、冷えた身体が温まったせいで眠くなったのか。
 なんだか眠い、と欠伸を幾つか、それきり眠ってしまったらしくて…。
「…ブルー?」
 そっと額に当てられた手。ふうわりと浮上する意識。「ハーレイの手だ」と、直ぐに分かって。
 目を覚ましたら、ハーレイが側で微笑んでいた。ベッドに屈み込むようにして。
「熱は無いようだな、よく寝ていたぞ。…元気が出たか?」
 大丈夫なようなら、飯にするかな。お母さんが運んで来てくれたから。
 ほらな、とハーレイが示した窓辺のテーブル。其処にハーレイの椅子はまだ無いけれども、上に載せられた湯気を立てる器。温かいスープかシチューだろうか、食欲をそそる匂いもする。
「…起きていいの?」
 ママ、起きていいって言っていた?
 それともベッドで食べなきゃ駄目なの、病気になってる時みたいに…?
 ぼくは此処かな、と上掛けを被ったままで問い掛けた。ハーレイの椅子はベッドの側だし、その椅子で食べるつもりだろうか、と。テーブルの上から、料理だけを此処へ持って来て。
「起きていいぞ。お母さんもそう言っていたしな」
 熱が無いなら、ベッドから出て食べてもいいと。…だが、冷えちまったら駄目だから…。
 パジャマだけだと身体が冷えるし、暖かくして起きるんだぞ。
 そら、これを着ろ、とハーレイが手にした上着。母が渡して行ったのだろう。お風呂を出た後に羽織ったものより、ずっと大きな父の服。
(うわあ、大きい…)
 ベッドから下りて袖を通したら、本当にダブダブ。けれど腰の下まで丈があるから暖かい。
 ハーレイが「こりゃ大きいな」と袖口を折り返してくれて、袖丈は余らなくなった。それを着て窓際の椅子に腰を下ろしたら、「これもだ」と膝に母のストール。暖かな膝掛け。



 足には靴下とスリッパも履いて、少しも寒いと感じない部屋。陽だまりのような暖かさ。
「ふむ。これで良し、と…」
 寒くないな、とハーレイが自分の椅子を運んで来たから、向かい合わせで囲んだテーブル。上に夕食が載っているけれど、両親が一緒ではない食卓。
(ママ、温かい食事にしてくれたんだ…)
 クリームシチューに、ボリュームたっぷりの焼き野菜。沢山食べるハーレイ用にと、母が考えた料理だろう。野菜の他に鶏肉やソーセージも鏤められたオーブン用の皿。
「熱い内に食えよ? 冷めちまったら、お母さんの心遣いが台無しだからな」
 俺も遠慮なく頂くとするか、とハーレイが取り分けている焼き野菜。思った通りに豪快に。
「ハーレイ、沢山食べるんだね…」
 お肉とソーセージが一杯…。野菜の量も凄いけど…。ぼくだと、其処のジャガイモだけで…。
 お腹が一杯になっちゃいそう、と見詰めるジャガイモ。小ぶりのものに幾つも切り込みを入れて焼いてあるから、一切れがジャガイモ一個分。
「これか? とりあえず、これが一皿目だが?」
 俺が食べる量、お前、いつでも見てるだろうが。…お母さんだって承知だってな。
 で、お前、そんなに少しでいいのか、もっと沢山食わないと…。栄養をつけんと風邪を引くぞ?
 今日は頑張って食っておけ、と焼き野菜を皿に追加された。ジャガイモも、それに鶏肉も。
「…こんなに沢山?」
 シチューだけでも充分なのに、と言ったけれども、ハーレイは至極真面目に答えた。
「駄目だな、身体が冷えちまった時は栄養補給も大切なんだ」
 しっかり食べればエネルギーになるし、身体を内側から温めてくれる。そのくらいは食え。
 ソーセージまでは入れてないんだ、文句を言わずによく噛みながら食うんだな。
 風邪を引きたいのか、と軽く睨まれたら、とても言い返せない。
 ハーレイにも母にも心配をかけたし、此処で本当に風邪を引いたら、ハーレイは自分の責任だと考えそうだから。「俺がついていたのに、無理をさせた」と。
(ママだって、起きて御飯を食べさせたから、って…)
 自分を責めるに決まっているから、風邪などは引いていられない。部屋でハーレイと食べたいと頼んだ以上は、きちんと食べねば。…栄養不足で風邪を引かないように。



 頑張らなくちゃ、と口に運んだ焼き野菜。シチューをスプーンで掬う合間に、少しずつ。
(ジャガイモ、一個でいいんだけどな…)
 そう思っても、ハーレイがじっと見据えているから、追加されたジャガイモも食べてゆく。切り込み通りに薄く切っては、頬張って。
「ジャガイモ、ちょっぴり多すぎるけど…。なんだか幸せ…」
 夜なのに、ハーレイと二人で御飯。パパもママもいなくて、二人きりだよ。
 ハーレイが見張っているけどね、と焼き野菜の皿の鶏肉をフォークでつついた。こんなに沢山、食べられそうもないんだけれど、と。
「食えと言っただろ、そのくらいは。…ソーセージも追加されたいのか?」
 恨むんだったら、雨を恨むんだな。お前を頭からずぶ濡れにした、今日の帰りの雨を。
 とっくに止んでしまっているが、とハーレイは可笑しそうに笑った。天気予報に無かった雨は、一時間ほどで止んだのだという。言われてみれば、お風呂の後で部屋に戻った時には…。
(…雨の音、聞こえていなかった…?)
 窓の向こうは見ていないけれど、青空が覗いていたろうか。曇り時々晴れの予報通りに。
「あの雨、止んでしまってたんだ…。ぼくはずぶ濡れになったのに…」
「運が無かったというわけだな。傘を借りずに帰っちまったことといい…」
 今日のお前はツイていなかったが、今、幸せなら、「終わり良ければ全て良し」ってな。
 ただし、いくら幸せだからって、余計なことを考えるなよ?
 お前がベッドの住人になりそうな危機だからこそ、今夜は此処で晩飯なんだ。
 其処の所を忘れるな、と釘を刺されても、幸せな気分は止まらない。夕食の時にハーレイと二人きりになるなど、家の中では初めてだから。
(星を見た時も、お月見も、外…)
 庭のテーブルと椅子だったわけで、家の中にいる両親からも見える場所。
 けれども今は自分の部屋で、両親はダイニングで食事中。
(ぼくとハーレイ、二人きりだよ…)
 おまけに夕食、と思うと顔が綻ぶ。
 今は夕食の席に両親がいるのが当たり前だけれど、いつかはハーレイと二人きりで食べる夕食。結婚して一緒に暮らし始めたら、夕食は二人で。



 その時間を少し先取りしたようで、心がじんわり温かくなる。今は本当に二人きりだから。
「余計なことを考えるな、って言うけれど…。でも…」
 結婚したら、いつもこうでしょ、ハーレイと二人で晩御飯。…パパもママもいなくて。
「まあな。…そうなることは否定はしない」
 もっとも、お前はパジャマなんかを着てはいないと思うんだが…。
 俺が仕事から帰って来るような時間は、まだ充分に起きている筈だ。欠伸もしないで。
 たまには帰りを待っていられなくて、寝ちまってる日もあるかもしれんが。
 晩飯も先に食っちまってな、とハーレイが言うから、目を丸くした。
「…そんなに遅くなる日もあるの?」
 学校のお仕事、ずいぶん遅くまであるんだね…。ぼくが寝ちゃっているほどなんて…。
「仕事とはちょっと違うだろうな。他の先生との付き合いってヤツだ、酒や食事や」
 俺は車で仕事に行くから、酒は飲まずに運転手だが…。
 けっこう遅くなっちまうってな、大いに盛り上がった時なんかは。
「そうなんだ…」
 お仕事だったら仕方ないよね、他の先生たちと出掛けるのも大切なんだもの。それは分かるよ、きっとシャングリラの頃と同じこと。
 他の人たちと仲良くしないと、どんな仕事も上手くいかないのは当たり前だよね…?
 そういうことなら我慢するよ、と笑顔を見せた。「一人で先に晩御飯でも」と。
「分かってくれるというのがいいなあ、前のお前の記憶に感謝だ」
 見た目通りのチビの恋人なら、今頃は「酷い!」と怒って膨れていそうだから。
 とはいえ、お前が家にいる以上は、早く帰れるようにはするが。
 お前を寂しがらせたくはないしな、「お先に失礼」と帰る日だって、あってもいいだろう。先に帰りたいヤツらだけを乗せて、一足お先に帰っちまう日。
「先に帰るって…。お酒は飲まなくても、他の先生たちと一緒に食事でしょ?」
 毎日だったら寂しいけれども、滅多に無いことなんだから…。
 たまには楽しんで来てくれていいよ、ぼくは一人で晩御飯を食べて、先に寝てるから。
「みんなでワイワイやるのもいいが…。お前の側が一番なんだ、と知ってるだろう?」
 前の俺だった頃からそうだし、今だってそうだ。…早く帰りたい日だってあるさ。
 だが、今の所は、俺もだな…。



 帰らなきゃいけない家があるから、とハーレイは苦笑しているけれども、二人きりの夕食。
 両親はいなくて、幸せな時間。
 まるで未来に来てしまったように、ハーレイと二人で暮らしている家に来たかのように。
(ぼくの部屋だけど、ぼくの部屋だっていう感じがしないよ…)
 とても心が満たされているし、今夜はきっと、メギドの悪夢も襲っては来ない。雨に濡れていた身体はすっかり温まったし、心も温まったから。
(ハーレイが「食べろ」って、沢山ぼくに食べさせちゃって…)
 身体の内側からも温まったし、右手が凍えてもいない。身体中、もうポカポカと暖かい気分。
 それに、こうして二人で向かい合っていたら、どんな悪夢も逃げてゆくから。
 メギドの悪夢は遠い昔で、今の自分には幸せな未来が待っているのだから。
(また帰り道で雨に降られて、ずぶ濡れになってしまった時は…)
 こんな日だって悪くない。
 パジャマの上から父の大きな服を羽織って、膝の上には母のストールでも。
 食事が済んだら、「冷えちまう前に、ベッドに戻れよ?」とハーレイに注意される夜でも。
 そうは言っても、この次からはハーレイが追って来そうだけれど。
 空模様が怪しい日に、校門に向かって歩いていたなら、「傘は持ったか?」と。
(そっちも、うんと幸せだよね…?)
 傘を持たされたら、もうずぶ濡れにはなれないけれども、きっと幸せ。
 ハーレイが気にかけていてくれるという証拠だから。
 仕事を放って追って来てくれて、「持って帰れ」と傘を渡してくれるのだから。
 今日はずぶ濡れになってしまったけれども、きっと風邪など引いたりはしない。
(身体も心も、こんなにポカポカあったかいから…)
 大丈夫、と勉強机の上を眺める。ハーレイが出して揃えてくれた、明日の授業の教科書を。
 明日の朝には、あれとノートを通学鞄に詰め込もう。母が乾かしてくれた鞄に。
 そして元気に学校に行こう、ハーレイにも母にも、心配なんかをかけないように…。



           雨に濡れても・了


※帰り道で、雨に降られてしまったブルー。傘を持っていなかったせいで、濡れた全身。
 家に着いたら直ぐにお風呂で、ベッドで寝かされる羽目に。けれど、ハーレイと幸せな時間。

 ハレブル別館は、次回から月に1度の更新になります。
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