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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

恋人たちの橋

(橋が色々…)
 ホントに色々、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
 地球のあちこちに色々な橋。デザインも色々、色や素材も。同じ石造りでも地域によって変わる石の色。遠く遥かな昔に愛された橋たち、それの形を真似ているから。
(地球が滅びるよりも、ずっと昔の…)
 イギリスだとか、フランスだとか。もっと昔のローマ帝国とか、様々な国が誇った橋たち。
 SD体制が始まる頃には、もう失われていたという。高層ビル群の中に埋もれて、それがあった川と一緒に滅びて。
 けれども、青く蘇った地球。魚が棲む川も帰って来たから、似合う橋をと架けられた橋。遥かな昔にあった橋たち、そういう橋がよく似合うと。
(全部、復活した橋なんだ…)
 今の自分が住む地域。日本という島国があったという場所、此処にも蘇った色々な橋。石造りの橋や、木で美しく組み上げた橋。
 川の水が雨で増えすぎた時に備えて、工夫がしてある橋だって。
(流れ橋…?)
 水量が多くなった時には、橋の板が外れて流れ出す橋。それが流れ橋、橋げたは壊れずに残る。板がしっかりつけられていたら、一緒に壊れてしまう所を。
 橋げたはちゃんと残っているから、板をつければ元通り。壊れても壊れない橋が流れ橋。
 沈む橋だってあるらしい。沈下橋という名前。大水の時には壊れないよう、川の中に沈む。橋は欄干を持っていないから、流木などで壊れはしない。引っ掛かる欄干が無いのだから。
(水が引いたら元通り…)
 ちゃんと水面に顔を出して来て、前と同じに渡ってゆける。橋は壊れていないから。



 この地域だけでも沢山ありそう、と眺めた橋の写真たち。地球の上には数え切れないほど、この地域にもきっと色々ある筈。綺麗な橋やら、珍しい工夫を凝らした橋が。
(此処から近い所だと…)
 何があるかな、と考えたけれど、素敵な橋は特に無さそう。川は流れているのだけれども、橋は平凡な橋ばかり。何処に行ってもありそうな橋。
(デザインは色々なんだけど…)
 わざわざ写真を撮る人はいないし、それが目当てで観光客が来ることもない。橋を見ている人がいたなら、どちらかと言えば…。
(橋の周りを飛んでる水鳥…)
 そちらの方が目的だろう。一年中いる鳥たちもいれば、渡りをして来る鳥たちもいる。橋の上に立って餌を投げたりする人もいるし、釣り人を見物する人だって。
(橋そのものは見ていないよね…)
 いくら考えても思い付かない、家から近い特別な橋。新聞に載せて貰えるような。
 一つも無いや、と気付いてしまったら…。
(いつかハーレイと…)
 こういう橋を渡ってみたいな、と写真を見渡してから閉じた新聞。橋の特集。ハーレイと旅行に出掛けて行くなら、いろんな橋を渡ってみるのも楽しそう、と。
 絵になる橋や、有名な橋や、珍しい工夫がしてある橋。二人で一緒に橋を渡りながら、あれこれ話して、記念写真も撮ったりして。



 素敵だよね、と夢を描きながら戻った部屋。
 勉強机の前に座って、さっき見て来た橋の写真たちを思い浮かべていたのだけれど。
(…橋…?)
 ハーレイと一緒に渡りに行こう、と考えた橋。大きくなったら、と夢見た橋というもの。今では普通に目にしているから、橋は珍しくもないけれど…。
(…前のぼく…)
 前のハーレイとは渡っていない。ただの一度も、ハーレイと二人で橋を渡ったことは無い。
 シャングリラに川は無かったから。橋を架けるような川は流れていなかったから。
(公園に…)
 居住区に鏤められた公園、其処を流れる川ならあった。ほんの小さな、癒しの流れ。せせらぎの上には橋もあったけれど、流れに見合った小さなもの。
(ハーレイだったら一歩で渡ってしまえそう…)
 その程度だから幅も狭いし、二人一緒には渡れない。二人で橋を渡りに行っても、一人ずつ別に渡るしかない。ハーレイが先に渡ってゆくとか、前の自分が先だとか。
(あんな橋だと無理だよね…)
 二人一緒に行くだけ無駄、と考えなくても分かる橋。
 川が無ければ橋も無いから、話にならない二人で橋を渡ること。絶対に無理、と。



 他に橋らしきものはあっただろうか、と探った記憶。川は無くても、橋のようなもの、と。
(まるで無いこともないけれど…)
 形だけなら、と辿るシャングリラの中のあちこち。広い公園の上に浮いていたブリッジ、其処に繋がる橋ならあった。下は川ではなかったけれど。
 それ以外なら、点検用の橋が幾つか。機関部の上などに架かっていた橋。
(ああいう橋なら、ハーレイと渡ったんだけど…)
 たまに二人で歩いたけれども、あくまで視察。ソルジャーだった前の自分と、後ろを歩いていた前のハーレイ。制服を纏って、キャプテンとして。
 その上、橋を渡っているという感覚も持っていなかった。橋の下に川は流れていないし、水鳥も飛んでいないのだから。
(前のぼくたち、一緒に橋を渡っていないよ…)
 長い年月、恋人同士だったのに。
 白いシャングリラで共に暮らしたのに、一度も渡っていない橋。だから、今度は…。
(ハーレイと二人で渡りたいな…)
 色々な橋を、と強まった思い。
 部屋に帰って来た時よりも、ずっと。新聞を眺めて夢を見ていた時よりも、ずっと。



 二人で橋を渡りたいよ、と考えていたら、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり、早速訊いた。
「あのね、ハーレイ…。ぼくと一緒に橋を渡ってくれる?」
 川に架かっているでしょ、橋。ああいう橋だよ、あれをハーレイと渡りたいんだけれど…。
「はあ? 橋って…」
 そういうデートは、お前、まだまだ早いだろうが。チビなんだし。
「デートって?」
 そりゃあ、デートかもしれないけれど…。デートに行かなきゃ渡れないしね。
 でも、橋を渡るだけでデートになるの?
 デートのついでに渡るものでしょ、とキョトンとしたら。
「なんだ、違ったのか…。てっきり橋でデートなのかと…」
 お前が橋って言い出すから…。俺と一緒に渡ろうだなんて。
 橋でデートというのがあるんだ、二人で一緒に渡ったら恋が叶うとか…。
 有名なのだと、橋の欄干に錠前をつけるっていうヤツだよな。
 南京錠は知っているだろ、あれに二人のイニシャルを入れて、橋の欄干にくっつける。それから鍵を川に捨てれば、永遠の愛の誓いってな。
 ずっと昔のヨーロッパで生まれた話らしいが、世界中に広がっていたそうだ。
 もちろん今でも、ちゃんとやっているぞ。昔はこれをやってました、って地域に行けば。



 ハーレイの話では、橋の欄干にくっつけてゆく南京錠は、今の時代も大人気。発祥の地を名乗る地域はフランス、「元の橋そっくりに作った橋です」と大々的に宣伝しているくらい。
 有名なだけに、観光客もつけてゆくらしい。カップルで渡って、南京錠を橋の欄干に。その鍵は下を流れる川に投げ入れ、永遠の愛を誓い合う。この鍵はもう外れないから、と。
「凄い数らしいぞ、橋についてる南京錠」
 重さも凄いし、放っておいたら橋の欄干が壊れちまうから…。
 古いヤツから順に外して、数が集まったら溶かしてモニュメントにするそうだ。橋の近くにある公園に幾つもあるとさ、愛の誓いのモニュメントが。
「そうなんだ…。知らなかったよ、その橋は」
 橋を渡ったら恋が叶うっていう橋だって。どうして橋がそうなるのかな?
「俺も知らんが…。橋は繋いでいるからな。二つの岸を」
 こっちと向こうと、二つの世界を繋いでくれる。恋人同士の二人も繋いでくれそうじゃないか、橋に頼んでおいたらな。
 恋人同士を繋ぐ橋なら、カササギの橋があるだろう。七夕の夜にだけ架かる、天の川の橋。
 彦星と織姫は伝説だがなあ、そんな具合に恋人同士を結んでくれるのが橋ってヤツだ。
「カササギの橋…。ハーレイ、天の川を泳いでくれるんだっけね」
 ぼくたちの間に天の川が出来てしまった時は。…雨が降って、カササギの橋が出来ない時には。
「お前に会いに行くためならな。天の川、泳ぎ渡るしかないだろうが」
 どんなに広くても、俺は泳いで渡ってみせる。お前が待ってる向こう岸まで。
 しかし、お前はデート抜きで橋を渡りたいのか?
 どうやら、そういうつもりだったようだが、なんでまた…。



 俺と橋なんかを渡りたいんだ、と尋ねられたから、きちんと答えた。渡りたい理由を。
「…前のぼくたち、一緒に橋を渡っていなかったんだよ」
 ずっとハーレイと生きていたのに、一度も渡っていなかった…。
 シャングリラに川は小さなヤツしか無かったし…。点検用の橋がある場所は、視察で渡る以外に二人で行きはしないし、恋人同士で渡ったことは無かったっけ、って…。
 今日の新聞に色々な橋の記事が載ってて、そのせいで気が付いたんだよ。前のぼくたち、一度も渡っていないよね、って…。
「それで橋だと言い出したのか…」
 吊り橋効果ってわけでもないんだな?
 橋の特集を読んだらしいが、吊り橋の話も書いてあったか?
「吊り橋も載っていたけれど…」
 効き目があるって話はなんにも…。吊り橋効果って、どういうものなの?
「そのままの意味だな、吊り橋が持ってる独特の効果」
 あれはユラユラ揺れるもんだし、渡る時には普通の橋より怖い思いをするってことで…。
 そういう橋の上で会ったら、恋に落ちやすいという話があるんだ。それが吊り橋効果だが?
「吊り橋効果って…。ぼくとハーレイ、元から恋人同士じゃないの」
 一緒に吊り橋を渡ってみたって、何も変わりはしないと思うよ。最初から恋をしてるんだから。
「ほらな、吊り橋を二人で渡っても意味が無いから…」
 てっきりデートの方なのかと…。
 俺と二人で橋を渡って、恋を叶えて結婚だとか、錠前をつけて永遠の愛を誓うとか。
「違うってば!」
 ハーレイと橋を渡りたいだけだよ、前のぼくたちは一度もやってないから!
 あんなに長い間、ずっと恋人同士だったのに、二人で渡っていないんだから!



 本当に橋を渡りたいだけ、と言ったけれども、これもデートと呼ぶのだろうか?
 ハーレイと二人で渡りたいのだし、橋に願いをかけにゆくのとは違っても。
「…やっぱりデートになっちゃうのかな…。ハーレイと橋を渡ること」
 恋が叶う橋とか、南京錠をつける橋じゃなくても。…その辺の川にある橋でも。
「当然、デートになるんだろうな。橋を渡りに行きたい、ってことで」
 俺と二人で食事に行くとか、ドライブに出掛けてゆくだとか。…デートの目的は色々だしなあ、そいつが橋を渡るってことになるだけだ。食事やドライブと何も変わらん。
「じゃあ、今は駄目?」
 ぼくが大きくなるまで駄目なの、ハーレイと橋を渡るのは。
 その辺の橋を渡りに行くなら、二人で出掛けられそうだけど…。次の土曜日とかにでも。
「まるで駄目とは言わないが…。近所の橋を渡るだけなら」
 しかしだ、お前、教師と渡って面白いのか?
 今のお前と出掛けてゆくなら、俺はあくまで教師で守り役、そういう立場になるんだが?
 二人で橋を渡る時には、もちろん橋に纏わる授業。古典の世界を語るってな。
「そうなっちゃうわけ?」
 ハーレイが話してくれるわけだし、きっと楽しい中身だろうけど…。
 恋人同士って雰囲気じゃないね、行きも帰りも古典の授業。
 そんなのに時間を使うくらいなら、家でゆっくりしている方がいいみたい…。
 ぼくの家なら、恋人同士で色々な話が出来るんだから。
「分かったか、チビ」
 橋を渡るのは当分先だな、俺とデートをしたいなら。
 初めて二人で渡る橋だ、と感激しながらデートを楽しみたいならな。



 その日が来るまで我慢だ、我慢、と一蹴されてしまった、二人で橋を渡りにゆくこと。
 教師と生徒の関係ではなくて、恋人同士の二人として。
 家から近い橋でも渡れないのがチビの自分なら、いつか大きく育った時には、恋人たちのための橋を渡りたい。ハーレイと二人で、デートに行って。
「…今は駄目なの、分かったよ…。だったら、ぼくが大きくなったら…」
 恋人向けの橋を渡ってみたいな、ハーレイが話してくれたヤツ。
 渡ると恋が叶う橋とか、南京錠をつける橋みたいなの。
「そりゃまあ…。お前さえ、前と同じ姿に育てばな」
 断る理由は全く無いなあ、むしろ俺から誘いたいほどだ。こういう橋があるから行こう、と。
 前のお前とそっくり同じな美人と一緒だ、俺だってうんと鼻が高いし…。
 ん…?
 待てよ、とハーレイが顎に手を当てたから。
「どうかした?」
 前のぼくと同じに育ったぼくでしょ、デート出来ると思うけど?
 橋を渡りに行きたいな、ってお願いしたのも、ぼくが先だし…。何も問題、無い筈だよ?
「そうじゃなくてだ、恋人用の橋…。無かったか?」
 前のお前も知っていた橋で、恋人用のが。
「恋人用って…。何処に?」
 橋でしょ、何処にそんなのが?
「シャングリラだが…」
 それ以外の何処にあると言うんだ、俺もお前も知っていた橋。…恋人用の。
「あるわけないでしょ、恋人用の橋なんか」
 アルテメシアの方ならともかく、シャングリラなんて…。アルテメシアでも怪しいよ。あそこは育英都市だったんだし、カップルは全部、結婚してたんだもの。
「それはそうだが、あったような気が…」
「まさか。…シャングリラだ、って聞かなかったら、もしかしたら、とは思うけど」
 シャングリラに恋人用の橋があるわけないでしょ、普通の橋でも無かったような船なんだから。



 そういう夢でも見たんじゃないの、と笑っていたら。「今のハーレイのと混じったんだよ」と、今の時代の有名な橋を思っていたら…。
「いや、あった。…思い出したぞ」
 間違いなくあった、シャングリラにな。正真正銘、恋人用の橋ってヤツが。
「あったって…。何処に?」
 嘘でしょ、と見開いてしまった瞳。けれどハーレイは、自信たっぷりに。
「橋があったのは、機関部だ」
「機関部!?」
 あそこに橋って…。点検用の橋は幾つかあったし、前のぼくも視察していたけれど…。
 一般人は立ち入り禁止だった筈だよ、船の心臓部で、それに危険もあったから…。
 そんな所に恋人用の橋があるなんて、有り得ないでしょ?
 デート出来ない場所なんだから。立ち入り禁止で。
「立ち入り禁止の場所だったからだ」
 そいつが解ける時って、あったか?
 一般人でも機関部に出入り自由になる時、あの船で一度でもあったのか?
「無いと思うよ、ぼくの記憶にある限りでは」
 機関部は常に動かしてたしね、どんな時でも。
 オーバーホールに入る時でも、予備の機関を動かさないと…。シャングリラは宇宙船だから。
 機関部が完全に止まっちゃったら、エネルギーの供給が出来なくなっちゃう…。
「解けないだろうが、立ち入り禁止は」
 だからこそなんだ、恋人用の橋があそこにあったのは。
 立ち入り禁止と言ってはいても、警備員が立ってるわけじゃなかったからな。入ろうとするのを止めるヤツはいないし、たまには隙があるってことだ。
「隙…?」
「こっそり入ってもバレない時、と言えば分かるか?」
 運が良ければ、中に入れる。恋人同士で、大急ぎでな。
「ああ…!」
 いたんだっけね、そういうカップル。隙を狙って駆け込むんだっけ…!



 確かにあった、と蘇って来た、シャングリラの恋人用の橋。立ち入り禁止の機関部の奥に。
 常に動いていた機関部だけれど、白い鯨になった後。
 アルテメシアの雲海に潜んでいた時代には、平穏無事と言ってよかったシャングリラ。人類軍の船は来ないし、宇宙を飛んでいるわけでもない。雲の中を飛べればそれで充分。
 エネルギーをフルに使いはしないし、機関部にいたのは最低限の人数だけ。必要な機関の動きをチェックし、定時報告をする程度の。
 おまけにワープドライブとなれば、まるで使われない部分。当然、誰もいはしない。惑星上から直接ワープはしないのだから、使いもしないし、メンテナンスが行われるだけ。
 其処に架かった、点検用の橋。
(あれが恋人用の橋…)
 白いシャングリラで、恋人たちが目指した橋。恋が叶うと、其処へ行こうと。
 誰が最初に言い出したのかは、誰も調べはしなかった。せっかくの夢が台無しだから。
 ただ、伝説があっただけ。
 ワープドライブは別の空間への転移装置で、遠く離れた違う場所へと飛ぶための機関。
 だから、幸せな世界へ、と。二人の幸せな未来へ飛ぼう、と。
 点検用の橋の上に二人で立って、手を繋ぎ合って願いをかける。
 「どうか幸せになれますように」と。
 無事に願いをかけ終わるまで、追い出されずにいられたら。僅かしかいない機関部の係、それに見付かって放り出されなかったら、幸せになれると伝わっていた。
 船の中だけが世界の全てだったシャングリラ。
 閉ざされていた船ならではの、小さな小さな恋の伝説。恋人たちのための、幸せの橋。



 白いシャングリラにも橋はあった、と懐かしく思い出したワープドライブ。立ち入り禁止の筈の機関部の奥に、恋人用の橋があったんだっけ、と。
「…ホントにあったよ、恋人用の橋…」
 入っているのがバレちゃった時は、ゼルに物凄く叱られるのに…。「危険なんじゃぞ!」って、頭から湯気が出そうな勢いで。
 だけどコッソリ入っちゃうんだよ、恋人たちが。
 叱られたって懲りもしないで、見付からずに願いをかけられるまで。
「反省するって言葉は無かったよなあ、あいつらの辞書に」
 願いをかければ幸せになれる、っていう橋があるからには、何がなんでもやり遂げる、とな。
 なまじ機関部の人数が少なかったモンだから…。何度もやってりゃ成功するから。
 いつの間に、あんな妙な噂が出来ていたのかは、俺も知らんが…。
 そういう意味では、俺はキャプテン失格なんだが。船の噂も知らんようでは。
「白い鯨になってからだ、っていうことだけしか分からないよね…」
 改造前だと、機関部、もっと狭かったから…。
 入ろうとしたら、係が住んでる区画も通って行くことになるから、あの船じゃ無理。
 でも、それだけしか分からないから…。
 前のぼくが噂を聞いた時には、とっくに有名になってたんだよ、あの橋は。



 白いシャングリラに張り巡らしていた、思念の糸。万一の時には役立つからと。
 けれども、糸が察知するのは、仲間に迫った危険などだけ。行動も思いも追いはしないし、何をしているかも伝わりはしない。意図して調べにかからない限り。
 だから気付きはしなかった。船で生まれた恋の伝説、ワープドライブの橋のことにも。
「お前、あの橋の噂をゼルから聞いたんだっけな」
 会議が終わった後の時間に、たまたま一緒に休憩してて。
 その前の日に、あそこに入って叱られたヤツらがいたもんだから…。「また来おったわ」という愚痴が始まっちまって、それで初めて橋の存在に気付いた、と…。
「うん…。そういう橋があっただなんて、ってビックリしたよ」
 機関部の奥にコッソリ入って、恋のお願い。ワープドライブがある場所なんかで。
 だけど、素敵な話だから…。
 根拠なんかは全く無くても、恋人同士で出掛けるんだ、っていうだけで幸せそうだったから…。
 ぼくも渡りたくなっちゃったんだよ、ハーレイと一緒に。
 視察で何度も渡っているのに、それとは別に、恋人同士でお願いをしに。
 ぼくたちも幸せになれますように、って。
「頼まれたっけな、ゼルと別れた後に早速」
 一緒に行って欲しいんだけど、と大真面目な顔で。
 願いをかけると幸せになれる橋らしいから、二人で機関部に行きたいんだ、と。
 俺の方でも、そういう気分は無いでもないし…。
 ただの橋だと分かっていたって、お前と一緒に願いをかけたら、幸せが来るかもしれんしな?
 キャプテンだった俺でも、その始末だから…。
 恋人同士のヤツらが機関部の奥を目指していたのも、当然と言えば当然だよなあ…。
 何度叱られても、懲りないで。…成功するまで、何回でもな。



 前のハーレイに「行きたい」と頼んだ、機関部の奥の、恋人たちが願いをかける橋。恋人同士で橋の上に立って、手を繋ぎ合って祈る橋。「どうか幸せになれますように」と。
 誰にも見られず、それが出来たら、願いが叶って幸せになれる。
 そう聞いたから「自分も」と考えた、恋人同士で出掛けてゆく場所。ハーレイと行こうと、橋の上で願いをかけようと。
 ハーレイは「ええ」と頷いてくれたけれども、ソルジャーとキャプテンだったから。船の中では常に制服、それだけで人目に立つのだから。
 何度二人で挑んでみたって、目立ち過ぎて、どうにもならなかった。
 今日こそは、とコッソリ忍び込んでも、直ぐに見付かり、視察なのだと勘違いをして、大急ぎで駆け付けた機関部の者たち。ソルジャーとキャプテンを案内せねば、と。
 いくら頑張っても、二人きりで行けない機関部の奥。
 「ワープドライブを見て来るから」と二人で行こうとしたって、「ワープの準備は万全です」と係の者が出て来る有様。前に点検した日はいつで…、などと報告するために。
 これでは駄目だ、と諦めるしかなかった正面からの突破方法。
(…とにかく祈ればいいんだから、って…)
 ある夜、ついに瞬間移動で飛び込んだ。
 ブリッジでの勤務を終えたハーレイを連れて、青の間から一気に機関部の奥へ。
 恋人たちが願いをかけると噂の、ワープドライブに架かった点検用の橋の上へと。
 其処に立ってしっかり手を繋ぎ合って、二人で祈った。「どうか幸せになれますように」と。
 祈った間はほんの一瞬、ハーレイと一緒に逃げて帰った。誰にも見られず、元の青の間へ。
 そうして願いをかけたのだけれど…。



 儚く散ってしまった恋。前の自分はメギドへと飛んで、ハーレイと離れてしまったから。
 右手に持っていたハーレイの温もり、それさえ失くして独りぼっちで潰えた命。ハーレイの方も地球までの長く辛い旅路を孤独と絶望の只中で生きて、地の底で死んでいったから…。
「ねえ、ハーレイ…。前のぼくたち、あの橋でお願いしたけれど…」
 どうか幸せになれますように、って二人できちんとお祈りしたけど…。
 瞬間移動で入って逃げて、って反則だったから、幸せになれなかったかな?
 誰にも見られずにお願いしたけど、ちゃんと入ったわけじゃないから…。
「さてなあ…?」
 そこまでは分からん、元々がただの噂だからな?
 出処不明で、伝説には違いないんだが…。相手はワープドライブの橋だぞ、点検用の。
 そいつが真面目に願いを聞いて、本当に幸せをくれるかどうかは謎なんだから。
 キャプテンとしての俺の目で見りゃ、「くだらん噂だ」とも言えたしな?
「そうなんだけど…。でも、伝説の橋なんだよ?」
 恋人同士でお願いする場所で、誰にも見られずにちゃんと祈れたら、幸せになれる素敵な橋。
 カリナとユウイも祈ったのかな、ハロルドたちも?
 ナスカの子たちのパパとママたち、みんな、あの橋で無事にお祈り出来たのかな…?
「おいおい、そいつが叶ったかどうか、知られるようでは駄目だろうが」
 誰かが見ていたことになるんだぞ、「あの二人はきちんとお祈りした」と。
 見られちまったら、幸せは来ないというのが伝説だったんだから。
「それもそうだね…」
 誰にも見られずにお祈り出来たら、幸せになれるって言うんだものね。
 カリナたちの時代は、きっと難しかっただろうね、お祈りするの。
 シャングリラは宇宙に出てしまっていて、機関部の係も増えただろうし…。
「ナスカに到着した後だったら、暇なもんだぞ、機関部も」
 アルテメシアの頃と変わらん、宇宙ではあったが、既に飛んではいなかったからな。
 機関部の奥に入るくらいは、多分、簡単だっただろうさ。…あの橋の上に立つことだって。



 実際の所はどうだったのかは俺は知らんが、とハーレイは苦笑するけれど。
 ナスカの時代のワープドライブ、恋人たちのための橋の噂は、全く知らないらしいけれども。
 あそこに、伝説は確かにあった。
 誰にも見られず、恋人同士で橋の上に立って、手を繋いで祈れば幸せになれると。
 ソルジャーがジョミーに代替わりしても、きっと伝説は残っただろう。幸せな伝説なのだから。恋人同士で橋を目指したら、幸せを手に入れられるのだから。
 何人もの恋人たちが幸せを願って、あの場所に二人で立った筈。
 機関部の奥にコッソリ入って、ワープドライブの点検用にと架けられた橋に。手を繋ぎ合って、あの橋の上に。
 周りは機関部にワープドライブ、立ち入り禁止で、ロマンチックではない場所に。
 機関部の者たちに見付かったならば、ゼルの雷が落とされる場所に。
(ワープドライブ…)
 違う空間へと飛ぶためのゲート、それを開くのがワープドライブ。
 遠く離れた場所へ一瞬で飛んでゆけることは、ロマンなのかもしれないけれど。
 今よりもずっと幸せな未来、其処へ飛ぶことも出来る場所だと、夢は広がりそうだけれども。



 いったい誰が言い出したのかは、あの時代でも分からなかった。
 機関部の奥に架かっていた橋、其処で願いをかけること。恋人同士で立って幸せを祈る場所。
 けれども、あれも橋だったから。…今の時代も、恋の願いをかける橋があると聞いたから。
「人間って、いつの時代も、同じようなことを思い付くのかな?」
 シャングリラにあった恋人用の橋…。川も無いのに、ワープドライブの点検用の橋だったのに。
 だけど、あそこで幸せをお願いしていたんだし…。お願い用のルールもあったんだし。
 今の時代も、橋でお願いするんでしょ?
 橋の欄干に南京錠をつけて、鍵は川の中に捨てちゃって。…ずっと恋人同士です、って。
「あれはだ、今の時代のヤツだぞ」
 前の俺たちが生きてた時代に、人類の世界に、恋の願いをかける橋があったかどうかは知らん。
 シャングリラには確かに恋人用の橋があったが、人類の方はどうだかなあ…。
「そういう話は、ヒルマンだってしていないよね…」
 人類の世界にも詳しかったけど、似たような橋が人類の世界にあるってことは。
 それとも、そんな話を教えたら、機関部の橋、認めるようなものだから…。
 「入っていいよ」ってお許しを出したみたいになって、ゼルがますます怒りそうだから…。
 知っていたけど、言わずに黙っていたかもね。
 人類の世界にもあるようだよ、って。…昔の地球にも南京錠をつける橋があってね、って…。



 恋人たちのための橋の伝説、それをヒルマンが知っていたかどうかは分からない。今となっては時の彼方で、訊きにゆくことは出来ないから。
 けれど、白いシャングリラの機関部にあった、恋人たちのための橋。
 立ち入り禁止の区域なのだし、危険と言えば危険だけれども、頑丈な鍵をつけたり、警備の者を配置したりと、厳しくすることはしなかった。誰も立ち入れないように、とは。
 シャングリラの最高責任者だった、前のハーレイも。
「…ハーレイ、あそこの橋なんだけど…」
 もっと厳重に管理することは出来たよね?
 立ち入り禁止区域だから、って鍵をかけるとか、警備員を置いて見張るだとか…。
 誰もコッソリ入れないように、うんと厳しくしちゃうってこと。
「それは出来たが、あの橋はだな…。俺も自分で立ってたんだし、禁止は出来んぞ」
 お前と一緒に、何度あそこを目指したことか…。最後は反則技を使って出掛けたくらいに。
 それにソルジャーだった前のお前も、俺とは同じ立場だったし…。
 第一、ヒルマンたちだってだな?
 認めてたじゃないか、ああいう場所も必要だろうと。
 一隻しかない箱舟の中でも、伝説の一つくらいは、と。
 ゼルだって何度も怒ってはいたが、「鍵をかける」とは言わなかったぞ。警備員を置いて、誰も入れないようにしてやる、ともな。
 つまり、黙認というヤツだ。
 堂々とやるのは許してやれんが、コッソリやるなら見逃してやる、と。
 そのコッソリでさえ、上手くいかなかったのが前の俺たちで…。
 瞬間移動で入るしかなくて、一瞬で逃げて帰ったんだよな、あれが精一杯だったんだっけな…。



 前のお前の反則技で、とハーレイも懐かしそうだから。あの時のことを思い出していると、瞳の色で分かるから…。
「恋人用の橋、シャングリラにもあったのに…。前のぼくたちも行ったのに…」
 反則以外では、とうとう成功しなかったから…。二人で立ち損なっちゃったから…。
 今度はハーレイと行ってみたいな、恋人用になっている橋。渡ると恋が叶う橋とか、橋の欄干に南京錠をつける橋とか。
「よしきた、お前が俺とデート出来るようになったらな」
 それに二人で旅行もだ。…南京錠をつける橋に行くなら、本家本元が最高だしな?
 他にも橋は色々あるから、探しておこう。恋人用のも、二人で渡って楽しめる橋も。
 そういや、面白い吊り橋があるぞ。
 さっき話した、吊り橋効果を狙ってる橋じゃないんだが…。
 遠い昔の伝説ってヤツだ、橋そのものが。
 古典の授業でも教わるだろうが、ずっと昔の日本の平家物語。あれと関係があるんだぞ。
 戦いに負けた平家の落ち武者、それが隠れた山奥の村に架かっていたって橋なんだ。
 カズラ橋という名前でな…。



 落ち武者狩りの兵士が来たなら、切り落とせるように作られた橋がカズラ橋。
 シラクチカズラというツタの一種を編んだ吊り橋、ツタを切ったら橋は壊れて、もう渡れない。敵が渡ろうとしても深い谷だから、けして追っては来られない仕組み。
「その橋、とっても面白そう…!」
 日本だった頃と同じやり方で作ってるんだね、ツタだけで?
 普通の吊り橋とかよりもずっと、歴史が古い吊り橋なんでしょ?
「そういうことだな、平家物語の時代から変わっていないらしいし…」
 せっかくだから、と昔みたいな深い谷を選んで架けてあるそうだ。
 お蔭で、とても怖いらしいが、渡ってみるか?
 下を見た途端に歩けなくなるヤツ、けっこう多いという話だが…。
「ハーレイと一緒に渡るんだったら、平気だよ」
 ちっとも怖いと思わないもの、ハーレイと手を繋いでいたら。
 それに吊り橋効果もあるでしょ、普通の吊り橋よりも怖い橋なら期待出来そう。
「…お前も無駄だと言ってたじゃないか、吊り橋効果」
 元から恋人同士の二人じゃ、全く意味が無いってな。
「恋はとっくにしているけれども、もっと恋人!」
 もっとハーレイのことを好きになるんだよ、吊り橋効果で。
 二人で橋を渡れるだけでも、うんと幸せなんだから…。
 前のぼくたち、反則しないと、恋人用の橋には立てなかったんだから…!



 白いシャングリラにあった伝説の橋。
 機関部の奥で恋人たちが願いをかけた、ワープドライブの点検用にと架けられた橋。
 誰にも見られず、恋人同士でコッソリ其処に立てたら、幸せになれるという伝説。
 橋の上で二人、手を繋ぎ合って。
 「どうか幸せになれますように」と、祈りを捧げられたなら。
 その橋に二人で立ち損ねたから、今度はハーレイと橋を渡りに出掛けてゆこう。
 前は一度もデートで渡っていない橋。それを渡りに、色々な場所へ。
 橋の欄干に南京錠をつける橋にも、ツタを編んで出来たカズラ橋にも。
 他にも色々な橋があるから、ハーレイと二人で渡りにゆこう。
 いつか自分が大きく育って、お許しが出たら。
 恋人同士で橋を渡れる時が来たなら、今度こそ二人、手をしっかりと繋ぎ合って…。




              恋人たちの橋・了


※今の時代は色々な橋があるのですけど、シャングリラで恋人たちが挑んだ立ち入り禁止の橋。
 誰にも見付からずに願いをかけたら、幸せになれる、と。黙認していたゼルたちは太っ腹。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv










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