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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

道案内

(あれ…?)
 学校の帰り、ブルーが見付けた女の子。家から近いバス停で降りて、住宅街を歩いていた時。
 下の学校の子で、まだ小さい子。一枚の紙を手にして、それを見詰めては周りをキョロキョロ。少し進んでは、止まったりして。
(道、分からなくなっちゃったんだ…)
 地図を見ながら来ているのだし、迷子という歳でもなさそうだけれど。どうにもならないらしい行き先、きっと目的地の欠片も見えていないから…。
「どうしたの?」
 何処へ行くの、と声を掛けたら、紙から顔を上げた女の子。ホッとした色を浮かべた瞳。
「友達の家、分からないの…」
 遊びに来てね、って地図をくれたんだけど…。遊ぶ約束、したんだけれど…。
「えっと…。その地図、見せてくれるかな?」
 ぼくも見ないと分からないしね。行き先が何処か、どう行けばいいか。
「うんっ! はい、これ」
 分かるかしら、と差し出された紙。子供らしいタッチで描かれた地図。道らしき線や、大まかな目印、けれど木の絵を描かれても困る。木は何処にでもあるんだから、と見ていたら。
 「あのね…」と女の子が指差した木の絵。「この木、公園なんだって」と。
「ふうん…?」
 公園といえば…、と心当たりの場所が幾つか。広い公園もあるし、小さいのも。地図に描かれた道の具合や、木の絵のマークと頭の中で順に重ねていって…。
 あれだ、と思い浮かんだ公園。下の学校の頃に、友達と何度も遊びに出掛けた。それほど広くはないのだけれども、子供の目には立派な公園。大きな木だって確かにあった。目立つ所に。



 解けた、と思った地図の謎。けれど、口では説明出来ない。こんな小さな子供では。大ざっぱな地図しか無いのでは。
「分かったよ。君の友達の家は、こっちの方」
 おいで、と笑顔で屈み込んだ。「ぼくと行こう」と。
「連れてってくれるの?」
 お兄ちゃん、学校の帰りなのに…。お友達と遊びに行かなくていいの?
「平気だよ。今日は約束、していないから。それに…」
 また迷っちゃうよ、この地図だと。描き直すよりも、案内した方が早いから。
 ぼくと行こう、と歩き始めた。微笑ましい地図に目を落としながら。
(…これじゃ、絶対、迷うんだから…)
 公園までの道もそうだし、その先の道も大いに問題。住宅街の中にありがちな行き止まりの道、それまで自由に通り抜けられるように描いてあるから。
(子供だったら、通れちゃうこと、あるもんね…)
 顔馴染みのご近所さんの家なら、庭の端などを遠慮なく。生垣と生垣の間の狭い溝でも、子供の目には道に映るから。
 こうなるだろうな、と自分の経験からも分かる、子供らしいミス。
 自分が地図を描いて渡すなら、頭の中では道になる場所。逆に自分が貰った時には、どうしても見付けられない道。知らない場所では、家は巨大な壁だから。間に溝が挟まっていても。



 小さかった頃を思い出しながら、お喋りしながら歩いて行った。女の子が通う下の学校は、前に自分がいた学校。春に卒業するまでは。
 先生のことや、学校の花壇や、幾つでもある共通の話題。相手が小さな女の子でも。
 二人で地図を頼りに歩いて、例の公園の側も通って…。
「はい、ここ」
 この家なんだと思うけど…。公園が此処で、道がこうだから。
「ホントだ、お兄ちゃん、ありがとう!」
 此処、と女の子の顔が輝いた。表のポストに書いてある名前、それが友達のものらしい。地図を渡して招待した子の。
 女の子が横のチャイムを押したら、中から出て来た同い年だろう女の子。「いらっしゃい!」と庭を駆けて来るから、「良かったね」と微笑み掛けて手を振った。
「じゃあね、楽しく遊んでね」
「お兄ちゃんも気を付けて帰ってね!」
 地図はいいの、と訊いてくれるから、「大丈夫だよ」と頷いた。この辺りでもよく遊んだから、地図が無くても家に帰れる。
 女の子たちに何度も手を振りながら角を曲がって、目指した公園。さっきの地図では一本の木になっていたんだっけ、と。
(木だけだったら、どの公園にもあるものね…)
 あの女の子が別の公園を見付けていたなら、もっと困ったことだろう。公園はあるのに、繋がる道が違うから。地図に描かれた通りの道は、其処から続いていないから。
(ぼくでも悩んじゃったもの…)
 地図を貰っても帰れないよね、と公園の側を通って、家の方へ続く道に入った。此処からだと、家はこっちの方、と。近道するならこの先を…、と考えながら。



 家に帰るのは少しだけ遅くなったけれども、してあげられた道案内。友達の家に行く女の子。
 今頃はきっと、仲良く遊んでいるだろう。おやつを食べているかもしれない。自分が母の焼いたケーキを、口に運んでいるように。
(良かったよね…)
 ぼくが上手い具合に通り掛かって、と嬉しくなった。女の子の役に立てたから。
(あのくらいの年の子供って…)
 大人には声を掛けにくいもの。どんなに道に迷っていたって、生垣の向こうの大人には。
 自分が顔を知らない人には、自分からは声を掛けられない。忙しそうだ、と遠慮してしまって。趣味の庭仕事と、仕事の区別もつかないで。
 あの時間だと、散歩している大人の数は少なめ。もしも自分と出会わなかったら…。
(今も何処かで迷ってたかも…)
 目的地を見付けられないで。「公園はあるけど、地図にある道が何処にも無い」とか、「途中で道が消えちゃった」だとか。
 そうならなくてホントに良かった、と食べ終えたおやつ。
 あの子たちもケーキを食べたかな、などと考えながら。クッキーとかホットケーキとか、と。



 二階の自分の部屋に戻って、窓から眺めた公園の方。女の子を案内して行った家も、目印だった公園の木も、此処からはまるで見えないけれど。
(何をして遊んでいるのかな?)
 仲良しの二人の女の子。道に迷った子も、帰り道はもう迷わないだろう。大人がきちんと地図を描いてくれたら、自分で歩いて帰ってゆける。行き止まりの道や、謎の公園は消え失せるから。
 それに、あの家の人が送って行くかもしれないし…。
 遅くなったから、と車を出して。二人がたっぷり遊んだ後で。
(チビのぼくでも、役に立てたよ)
 相手は小さな子供だけれども、充分に役に立てたと思う。
 謎解きみたいな地図を読み解いて、目的地まで案内したのだから。こっちだよ、と一緒に歩いて案内。自分の家とは違う方まで。
 大人の人が相手だったら、遥かに分かりやすいだろう地図。見せて貰って道が分かれば、指差すだけでも大丈夫なのに。
 地図を示して「今は此処です」と教えた後には、「この先を右に曲がるんです」とか。
 けれど、さっきの女の子。
 謎の地図を頼りに歩いている子は、そうはいかない。案内しないと迷うだけだし、通り掛かって本当に良かった。チビの自分でも。
 十四歳にしかならないチビでも、自分だってまだ子供でも。



 そういったことを考えていたら、チャイムの音。ハーレイが仕事帰りに訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで紅茶のカップを傾けながら、帰り道の話。
「ねえ、子供って面白いね」
 ぼくも子供だけど、もっと小さい下の学校の子供。
「はあ?」
 面白いって、何かあったのか?
 何が、と鳶色の瞳が瞬く。「下の学校、寄って来たのか?」と。
「違うよ、女の子に会っただけ。…バス停から家まで歩く途中で」
 道案内をしていたんだよ。友達の家に遊びに行こうとしていた子の。
「ほう…?」
 そいつが面白かったのか?
 道案内の途中で聞いた話だとか、その子が何かやらかしたとか。
「ううん、面白かったのは地図。友達に描いて貰った地図をね、見ながら歩いてたんだけど…」
 子供が描いた地図だったから、ぼくが見たって、まるで謎々。
 行き止まりの道が通り抜けられるように描いてあるとか、公園に木が一本だけとか。
 もっと育った子供だったら、ああいう地図は描かないよね、って…。
 とっても頭を使っちゃったよ、道案内を始める前に。この地図はどう読むんだろう、って。
「なるほどなあ…。謎解きまでして、道案内か」
 お前らしいな。うん、前のお前もそうだった。道案内、得意だったしな。
「え…?」
 道案内って…。ぼくが?
 前のぼく、道案内なんか…。そんなの、別に得意なんかじゃ…。



 なんで、と捻ってしまった首。ハーレイは何を言い出すのだろう、と。
 前の自分は道案内などしていない。案内する人もいなかった。
 いくらシャングリラが巨大な船でも、ソルジャーだった自分は誰も案内しない。シャングリラの中で誰かを案内するなら、それはキャプテンだったハーレイの役目。
 もっとも、ハーレイ自身が出てゆくことは少なかったけれど。適任の者に「頼む」と出す指示、それに応じて係が動いた。
 船に迎え入れられた子供たちなら、ヒルマンや養育部門の者たち。新しい部署に配属されてゆく者だったら、其処に詳しい仲間たちなど。
 案内係は揃っていたから、前の自分はハーレイを従えて歩いていただけ。
(ソルジャーに道を訊こうって人も…)
 いるわけがなかったシャングリラ。迷うような子供は一人で歩いていなかったのだし、大人なら迷うことがない。迷いそうな場所なら、まず間違いなく案内係が一緒だから。
(慣れてない人が機関部とかに迷い込んだら大変だしね?)
 それに迷っても思念波があった。今の時代は使わないのがマナーだけれども、前の自分が生きた時代は使うのが普通。船の中で迷ってしまったのなら、「何処だろう?」と飛ばせば良かった。
 そういう思念が飛んで来たなら、近くの仲間が拾ってくれる。もちろん道も教えてくれる。
 思念波という便利な手段を持っていたから、迷っている最中に前の自分が通り掛かっても…。
(訊かないよね?)
 雲の上の人にも等しいソルジャー。
 エラたちがそう教えていたから、道を訊くなど、とんでもないこと。まして道案内など、頼みはしない。ソルジャーに案内させたりはしない。
(アルタミラを脱出してから、直ぐの頃でも…)
 誰にも道は訊かれていない。チビだった上に、ハーレイの後ろをついて歩いたり、ブラウたちと散歩に出掛けていたのが自分だから。
 道を尋ねたい仲間がいたなら、ハーレイたちに訊いただろう。チビの子供に尋ねなくても、側に大人がいたのだから。



 どう考えても、していそうにない道案内。得意どころか、ただの一度もしていないと思う。
 だから、ハーレイにぶつけた疑問。
「前のぼく、道案内は一度もしてないよ?」
 忘れたわけでもないと思うけど…。一度もやったことなんか無いと思うんだけど。
 道案内をしたことが無いのに、得意だったって、変じゃない?
 ハーレイ、誰かと間違えていないの、道案内が得意だった誰かと混ざっちゃったとか。
「お前なあ…。俺がお前を誰かとごっちゃにすると思うのか、よく考えろよ?」
 恋人同士じゃなかった頃から、俺の大切な友達だ。一番古くて、大事な友達。
 他の誰かと混ざりはしないし、間違えることもないってな。俺の特別だったんだから。
「だけど、道案内…。そんなの一度も…」
「俺の先導、していただろうが」
 キャプテンになって直ぐに始めた、操舵の練習。
 シミュレーターでの訓練が済んだら、お前が案内してくれたんだ。何処を飛ぶかを。
 俺はお前を追えば良かった、シャングリラで。舵を握って、とにかく前へと。
「あれは道案内とは言わないと思う…」
 変な所ばかりを選んでたんだし、道に迷わせてるみたいなものだよ。
 ちゃんと真っ直ぐな道があるのに、其処から外れて回り道だとか、行き止まりの道に入るとか。
 だってそうでしょ、シャングリラは酷く揺れてしまって、ゼルたちが「死ぬかと思った」なんて言ってたほどだもの。
 道案内なら、ぼくは真っ直ぐ飛ばなくちゃ。「こっちだよ」って、迷わないように。
 船が揺れない道を探して、そっちへ飛んで行かないとね。



 前の自分がハーレイを案内して行った先。シャングリラを飛んで行かせた航路。
 小惑星が無数に散らばる場所やら、重力場が歪んでいた空間やら。熟練の者でも飛びにくい所、そういう場所で操船させた。船が壊れてしまわないよう、シールドで包んで守っておいて。
「…ハーレイが練習しやすいように、って選んでた進路だったけど…」
 船のみんなには酷い迷惑で、ハーレイにだって迷惑だったと思う…。
 ちょっとやりすぎてしまったくらいに、スパルタ教育だったもの。
 少しずつハードルを上げるんじゃなくて、いきなり高いハードルを飛ばせていたんだから。
「そうか? 充分に役立つ道案内だったと思うがな?」
 ゼルやブラウの心臓までは面倒見切れんが…。あいつらにとっては、最悪だっただろうが…。
 しかしだ、俺にとっては違った。最高の道案内というヤツだ。
 お蔭で俺は操舵を覚えて、あのシャングリラを動かせるようになったんだから。誰よりも上手く操れるように、どんな航路でも飛んでゆけるように。
 白い鯨になった後にも、いろんな所を飛んで行けたさ。あの時のお前のお蔭でな。
 何度もお前に話してやったろ、三連恒星の重力の干渉点からワープしたヤツ。
 あんな判断が出来た理由も、今から思えば、お前のスパルタ教育の成果だろう。どんな時でも、冷静にやれば道は見えると、お前が教えてくれたんだからな。
 とんでもない所ばかりを飛ばせて、「こう飛べ」と。俺が新米だった時から。
 それにだ…。



 お前が皆を導いてたろ、と鳶色の瞳で見詰められた。船だけではなくて仲間たちを、と。
「どう進むべきか、前のお前が導いてたんだ。あの船に乗ってた仲間たちをな」
 自給自足の船になった後も、その前も。…お前がソルジャーになってからは、ずっと。
「それは違うよ、ソルジャーは確かにぼくだったけど…」
 ぼくの名前で出した通達も多かったけれど、一人で決めてなんかはいないよ。大切なことは。
 アルテメシアから逃げる時には、ぼくが一人で決めたけれども…。非常事態だから、話は別。
 普段は何でも会議だったよ、ヒルマンたちを集めて決めていたでしょ?
「その結果を皆が認めてくれたのは何故だ?」
「えーっと…?」
 何故って訊かれても、どういう意味なの?
 ソルジャーの名前で出した通達は、従うのが船のルールだったよ。会議で決まったことだもの。
「其処だ、そいつが重要なんだ」
 会議で決めて、それを信じて貰えた理由。誰も文句を言ったりしないで、船のルールだから、と従ってくれた理由だな。
 不平や不満が出なかった理由は、お前だろうが。…お前がソルジャーだったからこそだ。
「前のぼくは何も…」
 してはいないよ、演説とかも。こう決めたから、っていうのもエラたちが伝えていたし…。
 船のことなら、前のハーレイがキャプテンとして発表していたんだし。
「それはそうだが、皆が見ていたものはお前だ」
 いざとなったら、お前がいる。桁外れに強大なサイオンを持ったソルジャーが。
 どんな目に遭おうが、お前が何とかしてくれる、と皆は信じていたわけだ。
 物資や食料を奪って来たのは前のお前だし、それを頼りに生きてた頃からソルジャーなんだ。
 お前がいれば何とかなる、と皆が思ったから、ルールも守ってくれたんだな。
 そうじゃないのか、白い鯨になるよりも前から、お前は船も、仲間たちも案内してたんだ。
 こっちへ行こうと、次はこっちだ、と。



 雲海の星、アルテメシアに辿り着くよりも前のこと。漆黒の宇宙を旅していた頃。
 青い地球は憧れだったけれども、地球の座標は掴めなかった。目標とする座標も何も無かった。
 ミュウを受け入れてくれる星は無いから、何処へも行けない。降りられはしない。
 その日任せの宇宙の旅。
 障害物などを避けて飛ぶだけ、そういう航路。
 けれど、必要な物資や食料の補給。それが無ければ生きてゆけない。
 前の自分は、一人で皆を生かし続けた。食料も物資も、他の者には奪えないから。武装した船は持っていなくて、誰も出掛けてゆけなかったから。
「いいか、シャングリラの改造だって…。お前が決めたも同然なんだぞ」
 改造しようという話ならあった。アイデアだけなら、誰にでも出せた。理想だってな。
 しかし、そいつを実行に移すとなったら別だ。理想だけではどうにもならん。
 お前がいなけりゃ、誰も決心出来ていないぞ。
 改造中の船をどうするんだ、っていう大問題があったんだから。
 修理しながら飛ぶのと違って、まるで無防備になっちまう。…改造する場所によってはな。
「そうだっけね…」
 メイン・エンジンを止めてしまったら、船を急には動かせないし…。
 ワープドライブの改造中なら、人類軍がやって来たって、ワープするのは無理なんだから…。



 船の改造には伴う危険。もしも人類に見付かったならば、全てが終わってしまいかねない。船を動かして逃げる手段が、使えない段階だったなら。
 そうは思っても、人類から奪った船のままでは限界があった。元は輸送船だった船だけに、武装してはいない。そのための設備も搭載出来ない。
 サイオンの力で船を守るためのシールドやステルス・デバイス、それも現状では搭載不可能。
 武装し、シールドとステルス・デバイスを備えられたら、戦える船が手に入るのに。
 逃げることしか出来ない船から、一歩前進出来るのに。
 船の改造が上手くいったら、自給自足も可能になる。人類の船から奪わなくても、食料も物資も賄える船。そういう船が出来上がったら、何処へでも旅を続けてゆける。
 輸送船など飛んでいそうにない、どんな辺境星域へも。
 地球を探しての流離いの旅も、この船一つで出掛けてゆける。補給の心配が要らないのだから。



 欲しい船なら、もう見えていた。造れることも分かっていた。
 そのために改造している間に、船が発見されなかったら。人類の目から逃れられたら。
 けれど、何処にでも出没するのが人類の船。輸送船だったり、客船だったり、軍の船だったり。
 いきなりワープアウトサインが確認されることも多くて、予見は出来ない。
 ワープ自体は充分な距離を保ってするものだから、今までは逃げれば見付からなかった。人類の船のレーダーに映ったとしても、ほんの一瞬。
 艦種を識別されるよりも前に離脱したなら、「何かの船」で済むことだから。同じ人類の船だと思って、わざわざ追っては来なかったから。
 その手が全く使えないのが改造中。船を何処へも動かせない時。
 あれは何か、と人類が確認にやって来たなら、正体を知られてしまうだろう。アルタミラと共に消えた筈の船、コンスティテューションだと特定されてしまったら。
 それを動かし、飛び立った者がいるとしたなら、ミュウの他には無いのだから。
 直ちに呼ばれるだろう援軍、あるいは人類軍の艦隊。
 たった一隻でも、ミュウの船には違いないから。
 マザー・システムが存在を知ったら、今度こそ消しにかかるだろうから。
(…人類軍に見付かったって…)
 改造後の船なら戦える。一大艦隊を前にしたって、ワープする時間を稼ぐ程度には。
 だから誰もが欲しかった船。造りたいと夢を描いていた船。
 人類の船に発見されずに、無事に改造出来るなら。そうすることが可能だったら。



 それが必要だと考える時期が、来ていた船がシャングリラ。同じシャングリラでも違う船。
 白い鯨になるだろう船、ミュウの箱舟とも呼べる船。その船が要ると、造らなければと。
(前のぼくにも分かってたから…)
 船はぼくが守る、と仲間たちの前で宣言した。改造するなら、守り抜こうと。
 決して人類には見付からないよう、全力を尽くして隠し、守るからと。
 発見されない保証があるなら、誰も反対したりはしない。誰もが欲しい船なのだから。夢の船が本当に手に入るのなら、危険が伴わないのなら。
 そして取り掛かった船の改造。誰にも反対されることなく。
 元の船からは想像もつかない巨大な船が完成するまで、前の自分は一人きりで船を守り続けた。
 人類の船が近付いた時は、シールドを張って船を隠して。
 惑星上での改造中とか、自力で航行不可能な時。そういう時には、たった一人で。
 船を完全に隠してしまえるステルス・デバイス、それは船体が完成するまで搭載出来ない。船を守るための役には立たない。
 だから、白いシャングリラが出来上がるまでは、本当に一人で守った船。
 誰の助けも借りることなく、借りたくても誰の助けも無いまま。
 タイプ・ブルーは一人だけしかいなかったから。他の者では、手伝うことさえ出来ないから。



 全部お前の力だった、とハーレイの鳶色の瞳の色が深くなる。「お前が皆を導いたんだ」と。
「お前がいなけりゃ、白い鯨は出来てない。…どんなに皆が欲しがってもな」
 安全に改造出来る方法が無けりゃ、誰も賛成しやしない。命の方が大切だからな、夢の船より。
 お前が守ると言ってくれたから、皆、安心して取り掛かれた。
 同じ造るならこういう船だ、とアイデアだって山ほど出せたんだ。こうしたい、とな。
 白い鯨はそうして出来たが、あの船でなけりゃ、アルテメシアにも行けていないぞ。
 つまり、ジョミーも見付けられないということだ。…あの星で助けたミュウの子供たちも。
「そうだね…」
 若い世代が育ちはしないし、ジョミーも見付けられないし…。
 前のぼくたちの代で旅は終わりで、そのまま宇宙に消えていたかも…。
「そうだろうが。前のお前の寿命が尽きたら、俺たちの旅も其処で終わりだ」
 もう食料を奪えはしないし、飢えて死ぬしかないってな。
 アルタミラからの脱出直後にそうなりかけたが、前のお前が助けてくれた。
 しかし、お前がいなくなったら、もう食料は何処からも来ない。みんな揃って飢え死にだ。
 自給自足の船でもないから、そうなるより他に道は無い。
 何もかもが全て終わっていたんだ、あの船が無けりゃ。…アルテメシアに行ける白い鯨が。



 ハーレイの言葉が示す通りに、元の船ではアルテメシアに潜むことさえ出来なかった。
 輸送船だった船は、大気圏内を長く航行するには不向き。行きたいと夢見た地球であっても。
 改造案には、その点も漏らさず盛り込まれた。大気圏内を飛べる船にしようと。
 けれども、いくら案があっても、本当に改造を始めるためには、船の安全の確保が必要。人類に発見されてしまえば、其処でおしまいなのだから。
「全部お前が決めていたんだ、結局はな」
 船の改造の時にしたって、お前が守ると宣言したから、やろうと決まった。
 お前があれを言わなかったら、誰も改造しちゃいない。元の船のままだ、最後までな。
 これじゃ駄目だと分かっていたって、いつか全てが終わっちまうんだと気付いてたって。
「そうなるの…?」
 ぼくが決めたってことになってしまうの、シャングリラを改造するってこと。
 改造する間は守るから、って言っただけなのに…。改造しようとは言ってないのに。
 みんなが会議で決めたことだよ、船を改造することは。
「会議でも何でも、お前が何も言い出さなくてもだ」
 決めて導いていたんだ、お前が。
 自分じゃ気付いていなかったとしても、俺たちも、俺たちが乗っていた船も。



 お前だったから出来た道案内だ、と言われたけれど。「道案内、得意だっただろ?」とも言って貰ったけれども、前の自分は辿り着いていない。皆で目指そうとしていた地球には。
 アルテメシアの雲海に隠れて、其処から追われて飛び立っただけ。地球の座標も掴めないまま。
 だから…。
「途中までなら、案内したかもしれないけれど…」
 だけど、地球には行けなかったよ?
 前のぼくは道案内を途中で放り出しちゃって、最後まで出来ていないから…。
 道案内をしたとは言えないよ。「この先は他の人に訊いてね」って、道端に置き去りにするのと同じ。今日の女の子を公園の側に一人で置いてくるとか、そんな感じで。
「それは違うぞ。お前は道案内を投げ出しちゃいない」
 地球に行けたジョミーは誰が見付けた?
 誰が船まで連れて来たんだ、お前の跡を継いだソルジャー・シンを?
 お前だ、とハーレイの瞳が真っ直ぐ向けられる。
 いつもお前が導いていた、と。
 きっと地球まで、と。



「でも、前のぼくは…」
 本当に途中で死んじゃったんだよ、地球なんか見えもしない間に。
 地球を見たかった、って思ったくらいに、地球が夢の星でしかなかった頃に。
「死んじまっても、それでもだ」
 メギドを沈めて守っただろうが、俺たちを。お前はシャングリラを最後まで守ってくれたんだ。
 お前が守ってくれなかったら、あそこで旅は終わっていた。飢え死にじゃなくて、メギドの炎に焼かれちまって。
 それに、お前が地球を目指していたから、ジョミーも地球に向かったってな。地球に行かないとミュウの未来は開けやしない、と気付いたからだ。
 お前は道案内を放り出したんじゃない。道案内の途中で歩けなくなって、目的地までの行き方を説明しただけだ。この先の道をこう行って、とな。
 そうやって教えて貰った道。そいつをジョミーが歩いて行った。俺たちを連れて。
 時には悩んで、「どうだったっけ?」と思い出しながら、自分の頭で右か左かと考えながら。
 お前が教えた道順がちゃんと合っていたから、俺たちは地球に着けたんだ。
 今の時代も言うだろうが。
 学校の入学式の時には、「ソルジャー・ブルーに感謝しましょう」と。
 学校に通って勉強出来るのも、青い地球があるのも、前のお前のお蔭だとな。
「あれ、褒めすぎだと思うんだけど…」
 今の学校でも聞いたけれども、記憶が戻る前だったから…。
 ぼく、前のぼくに感謝しちゃった。「ありがとう」って。
 だけど今だと、顔が真っ赤になっちゃいそうだよ。褒めすぎなんだもの、恥ずかしくって…。
「俺は正しいと思うがな…?」
 褒めすぎてなんかいないと思うぞ、お前は立派に道案内をしたんだから。
 俺はお前の側で見たんだ、道案内が得意なソルジャー・ブルーが、どう生きたかを。



 もっとも、今じゃ本当の意味での道案内が精一杯のチビなんだが、と微笑むハーレイ。
 道に迷った女の子を目的地まで、ちゃんと送り届けたというのがお前らしい、と。
「謎解きみたいな地図だったんだろ?」
 その子が持ってた、肝心の地図。どの公園かも分からないくらいの、とんでもないヤツ。
「そうだけど…。誰でも出来るよ、道案内くらい」
 この辺りに住んでる人だったら。ぼくでなくても、他の人でも。
「まあな。俺でもその地図、読んでやるんだろうが…」
 眺めても意味が分からなかったら、誰か捕まえて訊くんだが…。通り掛かった人とかを。
 それで駄目なら、近くの家だな。チャイムを鳴らして、出て来た人に訊くってな。こういう道を知りませんかと、多分、近所の筈なんですが、と。
 そうすりゃ分かるし、俺だってその子を連れて行ってやることは出来るんだが…。
 やっぱりお前らしいと思うぞ、道案内をしたというのは。
 前のお前は、途方もなく長い地球までの道を、最後まで案内したんだからな。
「そうなのかな…?」
 ぼくには少しも自信が無いけど、本当にちゃんと案内出来た…?
 途中で分からなくなってしまって、「誰かに訊いてね」って逃げ出さなかった…?
「逃げちゃいないさ、お前はな」
 さっきも言ったろ、ちゃんとジョミーに教えたと。地球までの道と、行き方をな。
 前のお前は頑張ったんだが…。
 誰にも真似なんか出来ないような、それは凄くて立派な道案内をしたんだが…。



 今のお前の道案内は、迷った女の子を送り届ける程度でいいな、とハーレイが瞑った片目。
 お前らしいが、その程度でいい、と。
「今度は俺が案内するから、お前は家の近所にしておけ」
 この家から歩いて行ける程度の、道案内だけでいいってな。
「道案内って…。ハーレイが?」
 いったい誰を案内するの、ぼくの代わりに?
 ぼくは思念波、ちっとも上手に紡げないんだし…。ハーレイを呼ぶの、無理なんだけど…。
 代わりに案内してあげて、って呼ぼうとしたって出来ないんだけど…。
「俺が案内するヤツか? わざわざ俺を呼ばなくてもいいぞ」
 最初からお前の隣にいるから、呼ばなくてもちゃんと聞こえてる。
 ついでに俺が案内するのは、お前だ、お前。
 ドライブでも、旅でも、お前の側には俺がいるだろうが。…いつでもな。
 行き先が分からなくなってしまったら、俺に任せてくれればいい。
 俺が案内してやるから。いざとなったら誰かに訊くとか、方法は色々あるんだから。



 お前は俺に尋ねればいい、と優しい言葉を貰ったから。道案内をして貰えるから。
 前の自分が頑張ったらしい道案内は、今度はハーレイに任せておこう。
 何処へ行く時も、初めての場所を歩く時にも。
「それじゃ、お願い。…ハーレイに全部、任せちゃうから」
 此処に行きたいけど、どうしよう、って。…どうやって行けばいいんだろう、って。
「それでいいんだ、俺は責任重大だがな」
「二人一緒に迷わないように?」
 おんなじ所をグルグルするとか、違う方向に行っちゃうだとか。
「そういうこった。しかし、俺だって元はキャプテンだしな?」
 進路を読むってヤツは得意だ、と頼もしいハーレイ。多分、キャプテンだったからではなくて、今のハーレイも得意なのだろう。記憶が戻る前から、きっと。地図を片手に歩くことが。
 だから大きくなった時には、ハーレイに任せて、歩いたり、旅やドライブをしよう。
 道案内はして貰えるから。
 もしも迷っても、ハーレイが訊いて、正しい道を見付けてくれるから。
 二人一緒に、見付けた道を進んでゆこう。初めての場所へ、知らない道を。
 「こっちだよね」と微笑み交わして、歩く時には手をしっかりと握り合って…。




              道案内・了


※小さな子供の道案内をしたブルー。前のブルーは、もっと凄い道案内をしていたのです。
 ミュウたちを地球まで送り届けるために、案内した道。ソルジャー・シンにも道を教えて…。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
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