シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※この作品はアルト様の女性向け短編「キャンディ」とのコラボになります。
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教頭先生の謹慎処分が解けて、シャングリラ学園に平和な日々が戻って来ました。会長さんは教頭先生を無視しなくなり、何事も無かったかのように普通に言葉を交わしています。エステティシャンとして呼び付けたりもしてないみたい。長老の先生方は全身エステ騒動をご存じありませんけど、会長さんが元気に過ごしているので肩の荷が下りたようでした。そんなある日の放課後のこと…。
「ねえ、あそこって出るんだって?」
「「「は?」」」
唐突なジョミー君の言葉に私たちの手が止まりました。おやつのミルクレープはすっかり無くなり、今は柔道部の部活を終えたキース君たちの為に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がタコ焼きをせっせと焼いてくれているのですが…。
「ドリームワールドのリニューアルしたお化け屋敷」
「ああ、最近噂になってますよね」
シロエ君が相槌を打ちました。
「白い影みたいなのが通って行くそうじゃないですか。写真を撮ったら黒髪の美少女が写っているとか」
「そうそう、それ!…白い影を撮った筈なのに、黒髪に黒い着物の女の子。しかもお化け屋敷の中にそんな女の子は居ないとかなんとか…」
そういえば「ドリームワールドに幽霊が出る」と男の子たちが噂してるのを聞いたような。お化け屋敷は先月リニューアルオープンしたばっかりで、怪談の季節にはまだ早いです。なのに噂が流れてるなんて、よっぽど仕掛けが凝ってるのかな…。
「で、ブルーにちょっと聞きたいんだけど」
ジョミー君が好奇心いっぱいの顔で尋ねました。
「…ぼくらの仲間、ドリームワールドにも就職してる?」
「ああ、何人か働いてるよ」
「やっぱり!…じゃあ、白い影と女の子の正体はサイオンなんだね。写真も撮れるサイオニック・ドリームなんてカッコイイなぁ」
ぼくも頑張れば出来るかな、とジョミー君は瞳を輝かせます。タイプ・ブルーのジョミー君ですが、まだ思念波が精一杯。お化け屋敷と張り合いたい気持ちは分からないでもありません。
「なるほど、憧れっていうわけか。でも…」
会長さんがクスッと笑って。
「お化け屋敷にサイオンは使っていないんだよ」
「えっ?」
「ぼくも噂を耳にしたから、仲間に確認してみたんだ。…そしたら逆に泣きつかれた。あれを何とかしてくれませんか、って」
「「「えぇぇっ!?」」」
何とかって…泣きつかれたって…いったい何事!?
「要するに本物ってこと。頼まれたんだし、見に行ってきた。確かに出たけど、別に悪いものじゃなかったし…そのままにして帰ってきたよ。せっかくリニューアルオープンしたんだ、名物があるのはいいことだろう?」
名物…。お化け屋敷に本物を放置してきて名物ですって!?
「放置じゃないよ。ちゃんとコミュニケーションしてきたさ。そしたら、そのままがいいって言うから」
利害は一致してるよね、と会長さんは微笑みました。本物のお化けだか幽霊だかとコミュニケーションって、そんな簡単なことなんですか…?
「あの女の子は悪霊じゃないから大丈夫なんだ」
話が見えない私たちに、会長さんが自信たっぷりにウインクします。
「リニューアルする時に運び込まれた庭石についてきたんだよ。その石があった家の子だったらしいね。早死にしてから、ずっと家を守ってきたんだけれど…百年ほど前に子孫が絶えてしまったんだってさ」
へえ…。座敷童みたいなものなのかな?
「だから今度は石が置かれてた土地を守ってた。その石がドリームワールドに来たってわけ」
「じゃ、今はお化け屋敷を守ってるの?…幽霊なのに?」
ジョミー君の質問はもっともでした。お化け屋敷に出ると騒がれている白い影。それがお化け屋敷を守ってるなんて、俄かには信じられません。
「お化け屋敷というよりは…入ってくる人を守ってるんだ。場所が場所だけに悪いものを背負ってしまうことだってあるし、そうならないように注意を払ってくれる。白い影が横切ったりするのはパトロール中の彼女ってわけ」
「そうなんだ…」
「好奇心の強い人が写真を撮ったら女の子の姿が写っちゃったし、お化け屋敷は大人気。ドリームワールドの人は困ったんだけどね」
とうとうぼくが呼ばれちゃった、と会長さんは笑いました。その言葉に反応したのはキース君。
「泣きつかれたって言ったっけな。…頼りにされたのはソルジャーなのか、それとも坊主の方か、どっちだ」
「気になるのかい?…流石は元老寺の跡取りだねえ」
「当然だろう!で、どっちなんだ」
「両方」
会長さんは自信たっぷりです。
「ソルジャーって、けっこう頼りにされてるんだよ。いろんな問題を持ち込まれるね。…解決するのは長老たちに任せることが多いんだから、そっちへ頼めって言うんだけどさ。直接頼むのは腰が引けるらしくって…。ぼくは窓口みたいなものかな」
うーん、確かに教頭先生や長老の先生方に頼みに行くより、会長さんの方が気楽かも。いくらソルジャーで長だとはいえ、見た目は高校生ですから。
「今回はモノがモノだけに、ぼくの管轄だとも思ったらしい。タイプ・ブルーで高僧だから、サイオンか法力か、どっちかで片がつくだろうって」
「…白い影と話ができたようだが、そいつはサイオンの管轄なのか?」
「違うね。…君たちも今は思念波を操れるようになってるけども、霊が見えたりはしないだろう」
方向性が全く違うんだ、と会長さんは言いました。
「昔から法力のあるお坊さんたちはいるけれど…サイオンを持ってるわけじゃない。その辺を確かめたかったっていうのも、ぼくが僧籍を持ってる理由の一つ。ずっとずっと昔、法力で知られた名僧がいてね。仲間かもしれないと思って呼びかけたけど、違ったんだ。そのお坊さんが気になったから修行の道に…」
「後はトントン拍子ってわけか」
「まぁね。その人にサイオンの力を打ち明けた時、世の中のために役立てなさいって言われてさ。普通の人より道を究めるのも早いだろう、って奥義を惜しまずに教えてくれた。お蔭で法力ってヤツも身につけられたし、緋の衣だって着られるし…。あ、そうだ」
ポン、と手を打って赤い瞳が見据えた先は…。
「お坊さんといえばキースだとばかり思ってたけど、ジョミーがタイプ・ブルーだっけね。頑張って修行を積めば、間違いなく高僧になれる筈だよ。どうだい、ジョミー?」
「えっ…。ぼく?」
「そう。せっかくの力なんだし、伸ばしてみようと思わないかい?…今から修行に入るんだったら、キースにさほど遅れは取らない。いいお師僧さんを紹介するよ」
「ちょっ…。しゅ、修行って…」
いきなり話を振られて、ジョミー君は目が点です。
「まずは得度だね。夏休みの間に本山で得度式があるから、よかったら…」
「と、得度…?」
「うん。詳しいことはキースに聞いて」
ね?と微笑む会長さんに、キース君がニッと笑って。
「任せとけ。…いいか、ジョミー。得度っていうのは坊主への第一歩でな…。髪を落として、衣や袈裟を頂戴するんだ。ブルーの紹介だったら名僧に剃髪して頂くのも夢じゃない。どうだ、俺と一緒に坊主の道を究めないか?」
「…い……。い、嫌だぁぁぁーーーっっっ!!!」
ジョミー君は真っ青になり、金色に輝く髪を両手で押さえて叫びました。
「そ、そんなの絶対、嫌だからね!…なんでぼくが!!」
「…残念。ぼくの跡を継いでソルジャーになってくれそうな人材だから、大いに期待してるんだけどな」
「無理、無理!そんなの、ぜ~ったい無理っ!!」
ブンブンと首を横に振って拒絶しまくるジョミー君。…まぁ、急にお坊さんになれって言われても…ねぇ?
すったもんだの大騒ぎの後、会長さんは涼しい顔で「冗談だよ」と言いましたけど、ジョミー君はしきりに髪を弄っていました。前に会長さんがキース君の髪を剃ろうとした事件がありましたから、自分もその目に遭うんじゃないかと戦々恐々なのでしょう。
「大丈夫だってば。…そりゃ、ぼくだって君の師僧にはなれるけどさ。ご両親の了解も無しに髪を剃ったりはできないよ。君が決心してくれないと」
残念だけど、と溜息をついて会長さんはジョミー君を眺めました。
「素質は十分あるのにね。…お化け屋敷で気が変わることを祈っているよ」
「えっ?」
「行きたかったんだろう?ドリームワールドのお化け屋敷」
「あ…。そうだった!」
ジョミー君の顔がパッと元気を取り戻して。
「今度の土曜日にみんなで行きたいなぁ、って思ってたんだ。土曜日、空いてる?」
えっと。特に予定はありませんけど、出ると評判のお化け屋敷なんて…。いやいや、会長さんが無害だと言うんですから、話の種に行ってみるのも一興かも。
「ぼく、行きます!もちろん先輩も行きますよね!?」
勢いよく手を挙げたのはシロエ君でした。キース君が苦笑しながら頷いています。高僧を志すキース君としては、会長さんが意志の疎通を交わしたという白い影をその目で見たいのでしょう。この二人が行くとなるとマツカ君も当然セットものですし、ジャーナリスト志望のスウェナちゃんも白い影には興味津々。えーい、私も手を挙げちゃえ!
「じゃ、みんな行くってことでいいよね。…あれ、サムは?」
「あ、お…俺?……俺は……」
サム君は口ごもりながら隣に座っている会長さんを見つめています。ちょっと頬っぺたが赤いような。
「…あの……その……。俺……」
「分かった!ブルーと二人で入りたいんだ?」
ジョミー君の声でサム君は耳まで真っ赤になりました。そうか、お化け屋敷って遊園地デートの定番だっけ。みんなと一緒に行くのはいいけど、入る時は会長さんと二人っきりになりたいっていうことなんですね。それならそうと言ってくれれば、私たちは気を利かせますとも!…サム君ったら、まだ一回もデートに行けていないんですから。
「…サムも行くのかい?」
小鳥のように首を傾げる会長さん。サム君はグッと拳を握って、真っ赤な顔で。
「…あ、あの…。もちろん行くけど、その…。よ、よかったら俺と…」
「ふふ、デート気分でお化け屋敷?」
こんな風にすればいいのかな、と会長さんがサム君の腕にしがみつきます。いきなりのことで、純情なサム君は声も出せないようですが…。
「ごめんね、サム。土曜日はちょっと先約があって」
スッと離れる会長さんに、サム君はみるみるしょげてしまいました。
「…本当にごめん…。フィシスと約束しちゃったんだ」
「そっか…」
フィシスさんなら仕方ないや、と人のいいサム君は笑顔です。こういう所も会長さんに気に入られた理由の一つでしょう。普通は他の人とデートだと断られたら、怒るか拗ねるかしちゃいますもの。
「そういうわけで、ぼくは行けない。…でも、ちょうどいいや。ぶるぅが一人で留守番なんだ。退屈だろうし、連れてってやってくれないかな」
「分かった!じゃあ、俺が責任持って連れてくよ」
会長さんに何かを頼まれるのが嬉しくてたまらないサム君は大喜びで引き受けました。ところが…。
「…やだ。お化け屋敷って怖そうだもん」
プルプルと首を振る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「去年のお化け大会も怖かったもん!…ぼく、行かない。お留守番してる」
「おいおい、ドリームワールドはお化け屋敷だけじゃないんだぜ。乗り物だって色々あるし…」
「やだ!…乗り物は背が低いから乗れないんだもん…」
言われてみればそうでした。人気の絶叫マシーンとかだと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は身長制限で引っ掛かります。だけど他にも観覧車とかがありますし…。
「メリーゴーランドなら乗れるわよ?観覧車とかも」
スウェナちゃんが提案しましたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「ううん、それじゃみんなが楽しくないよ。ぼく、お留守番、平気だし。好きなのに乗って遊んできて」
土曜日はお留守番しながら晩御飯の支度に燃えるんだ、と思い切り気合いが入っています。フィシスさんのために腕を揮おうというのでしょう。…お料理好きがそう言うんですし、ドリームワールドは会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も抜きで行くしかありませんねぇ…。
そして土曜日。私たちはドリームワールドの正門前に集まり、ゲートをくぐると真っ先にお化け屋敷に向かいました。リニューアルオープンって本当か?と言いたくなるような寂れた雰囲気の建物です。いかにも何か出てきそう。
「もちろんキースが先頭だよね」
お坊さんだし、とジョミー君が決めてかかると、キース君が。
「だったら最後はお前だな。ブルーも認める高僧候補だ」
「……言わないでよ……。あれ、本気だったらどうしよう、って怖くて怖くて」
坊主頭なんか絶対嫌だ、とブツブツ呟くジョミー君。
「タイプ・ブルーなら髪の毛くらい誤魔化せるだろう。ブルーも通った道なんだぞ」
「まだ思念波しか無理なんだってば!」
そう言いつつも最後尾はジョミー君が引き受けました。素質云々の問題ではなく、言いだしっぺの意地だそうです。スウェナちゃんと私は柔道部のマツカ君とシロエ君がガードしてくれることになり、サム君はジョミー君のすぐ前を
歩くと決まって、いざ、中へ。うわーん、やっぱり来るんじゃなかった~!…白い影こそ見えませんけど、仕掛けはもの凄く怖かったのです。スウェナちゃんと私の悲鳴が木霊する中、サム君が…。
「あ、おい!…今、キースの前を白い影が…」
「「「ぎゃーーーっっっ!!!」」」
私たちは後をも見ずに駆け出し、やっとのことで出口に辿り着いた時にはゼイゼイと息が切れていました。木陰のベンチにへたり込み、かなり経ってからキース君とシロエ君が飲み物を買いに行ってくれて…。
「…無害だって聞かされてたのに、なんてザマだ…」
缶コーヒーを握り締めながらキース君が溜息をつきました。
「あまつさえ、俺は白い影なんて見なかったのに逃げちまった。…こんなの、親父にも教頭先生にも情けなくって言えないな」
「…そうですね…」
同じく落ち込んでいるシロエ君がボソボソと。
「会長にだって笑われそうです。…っていうか、もう笑われていそうです」
「「「…………」」」
覗き見が大好きな会長さんの顔を思い浮かべて男の子たちは深い溜息。いかにもありそうな話です。フィシスさんとのデートに楽しい話題を提供する羽目に陥ったかも…。
「…悪い、俺が黙ってりゃよかったんだ…」
サム君が謝りましたが、そういえば白い影なんて私には見えませんでした。みんなも見えなかった、と言います。
「サムって霊感少年だった?」
ジョミー君が首を捻り、サム君は違うと言い張りました。
「俺、霊なんて見たこと無いし!…でも、変だよなぁ……確かに白い影がスーッと…」
「霊感の強い人の近くにいると、霊感が強くなるって言いませんか?」
口を挟んだのはマツカ君。
「ブルーは見ることができるんですよね。サムはこの頃、ずっとブルーのそばにいますから…」
「なるほど。影響を受けたってわけか」
キース君が合点がいったという顔で。
「よかったな、サム。これでブルーとお揃いだ。…お前も坊主の素質に目覚めて来たんじゃないか?幼馴染のジョミーと一緒に坊主の道を進むのもいいぞ。仲間が増えればブルーも喜ぶ」
「……マジで……?」
「い、いや…。断言はできないが!」
サム君なら本気で受け止めそうだ、と気付いたキース君は慌てて否定しました。会長さんが喜ぶことなら何でもしたいサム君です。それで喜んで貰えるんなら、お坊さんにだってなりそうですから!
お化け屋敷で恥を晒してしまった私たち。でも済んでしまったことは仕方ない、と立ち直るのも早くって…。それからは絶叫マシーンやアトラクションを楽しみ、日が暮れるまでたっぷり遊んで食事をしてから帰りました。家に着いたらもうクタクタ。お風呂に入って、倒れるようにベッドに転がった後の記憶はありません。
『起きて!!!』
頭の中を貫いた思念波に叩き起こされた時、お日様はとっくに高く昇っていました。今の、誰?
『起きて。急いでぼくの家に来て!!』
えっ。この思念波は会長さん…?なんだかとっても慌ててるような…?
『理由は家で説明するから。とにかく、みんな急いで来て!』
それっきりフッと思念は途絶え、代わりにジョミー君たちからの思念波が。みんな今まで寝ていたようです。これは会長さんの家に行くしかないみたい…。私は大急ぎで着替えを済ませ、パパの車で会長さんのマンションへ。車の中でトーストを齧っていたのは許されますよね?
「まだかな、キース」
マンションの前でジョミー君が道路の方を眺めています。みんな家の車で送ってもらったんですけれど、郊外に住むキース君だけは少し遅れていました。今日は本堂で法事があるそうで、送ってくれる人が無かったのです。途中までバスで出て、タクシーに乗り換えると言っていましたが…。
「おっ、来た、来た。あれだな」
早く来い、とサム君がタクシーに向かって手を振りました。私たちがマンションの前まで来ているというのに、会長さんからは何の連絡もありません。叩き起こされた時の慌てようといい、サム君は気が気じゃないのです。キース君がタクシーから降りると、サム君は真っ先にマンションの玄関へ向かいました。
「あれ?…開かない…」
いつもなら見計らったように暗証番号のロックを外して貰えるのですが、ダメでした。よほど取り込んでいるのでしょうか?
「暗証番号、誰か知ってる?」
ジョミー君が困ったように言いましたけど、誰も番号なんか知りません。会長さんか「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連絡するしかなさそうです。でも、思念を送っていいものかどうか…。
『あっ、ごめん』
会長さんの思念が届いて表のドアが開きました。
『入って』
私たちは急いで入り、エレベーターに乗って最上階へ。見慣れた玄関のチャイムを鳴らすと…。
「…ごめんね、急に呼び出して」
ドアを開けてくれたのは他ならぬ会長さんでした。いつもなら「かみお~ん」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれる筈です。もしかして「そるじゃぁ・ぶるぅ」に何か…?
「…うん…。ぶるぅが問題といえば問題なんだ」
先に立って奥に向かう会長さんも顔色があまり良くありません。二人揃って食あたり…なんて事態でなければいいんですけど。
案内されたのはリビングでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソファで項垂れています。
「…ごめんね…。みんなに迷惑かけちゃった」
朝ご飯まだだよね、と立ち上がりますが、見るからに元気がありませんでした。
「…ホットケーキ作ってくる…」
トボトボとキッチンに向かう後ろ姿は弱々しくて、お料理なんて無理そうです。
「いいって!ぼく、サンドイッチ食べて来たから!」
車の中で、とジョミー君。みんな口々に何か食べたから大丈夫だ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」を引き止めました。
「……でも……」
じゃあ飲み物だけでも、とキッチンに消える「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ああぁ、気遣い無用なのに…。
「いいんだよ。…ぶるぅも責任を感じてるんだ」
会長さんは私たちをソファに座らせ、思念波で叩き起こしたことを謝って。
「…ぼくもパニックになっちゃって…。もう少し冷静になれば良かった。急いだって何がどうなるわけでもなかったのに…」
うーん、サッパリ分かりません。会長さんの身にいったい何が?…「そるじゃぁ・ぶるぅ」が関係しているのは確かですけど…。そこへ「そるじゃぁ・ぶるぅ」がティーセットを乗せたワゴンを押して来ました。うわぁ、本当に飲み物だけです。これは余程の緊急事態…?
「ぶるぅ、パイの残りがあっただろう?」
「あっ!…そ、そうだね、パイがあったっけ!」
飛び上がらんばかりに驚いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキッチンに走り、ミートパイとチキンパイが乗った大きなお皿と取り皿を運んで戻ってきます。パイは二種類とも三分の二ほどは手つかずでナイフも入っていません。ホットケーキを焼くなんて言ってましたが、こんなのがあるなら朝ご飯には十分なのに…。
「このパイ皮が問題なんだよ」
好みを聞いて切り分けてくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手元を見ながら会長さんが溜息をつきました。あらら、失敗作なんでしょうか?料理上手の「そるじゃぁ・ぶるぅ」も失敗することあるんですねぇ。
「違うよ。…パイの出来はいいんだ。フィシスも美味しいって喜んでたし」
どうやら昨夜の残りのようです。パイの出来が良かったんなら、パイ皮のどこに問題が…?会長さんは私たちに食べるようにと勧めてくれて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が紅茶を淹れます。チキンパイはとても美味しく、パイ皮もサックリいい感じ。みんなも自分のパイの皮をフォークでつついて検分しているようでした。
「パイ皮をいくら調べてみたって、何の手がかりも無いと思うよ。…パイ皮に罪は無いんだからさ」
謎かけのような言葉にますます疑問がつのります。そこでワッと泣き出したのは小さな「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。
「…ごめんなさい、ブルー!…ぼくが…ぼくが留守番してたから…」
え?…留守番をしてたから?昨日「そるじゃぁ・ぶるぅ」はドリームワールドに行かずに家で留守番をして、会長さんはフィシスさんとデートを楽しんだものと思われます。お留守番をしている間に何か起きたのでしょうか?でもパイ皮とどんな関係が…?
「………ノルディが家に来たんだそうだ」
苦虫を噛み潰したような顔で会長さんが言いました。げげっ。ノルディといえばドクター・ノルディ?あのとんでもないエロドクター!?
「ぶるぅはパイ生地を作っている最中だった。…そう、そのパイ皮がそれなのさ」
ドクター・ノルディが会長さんの留守にやって来るなんて、どういう風の吹き回しでしょう?会長さんを食べようと企んでるのに、お留守では意味が無いのでは…。泣きじゃくっている「そるじゃぁ・ぶるぅ」といい、何から何まで謎だらけですぅ~!