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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

ブラウニー
(ブラウニー…)
 お菓子の記事だ、とブルーが覗き込んだ新聞。学校から帰って、おやつの時間に。
 添えられているお菓子の写真は、チョコレート色の小ぶりなケーキ。今の自分も馴染みのもの。
(おやつ、ブラウニーじゃないけれど…)
 今日のおやつはタルトタタン。甘く煮たリンゴがとても美味しい、母の手作り。
 けれどブラウニーを食べている日もあるから、興味津々。記事の中身に。ブラウニーについて、ちょっぴり詳しくなれるかも、と。
(アメリカのお菓子だったんだ…)
 母が時々作るブラウニーは、遠い昔のアメリカ生まれ。十九世紀には食べられていたのが、今のレシピのようになって世界に広がったという。コーヒーショップなどとセットで。
 人間が地球しか知らなかった時代のアメリカ生まれ、と歴史に思いを馳せたけれども、お菓子の名前。ブラウニーの方が引っ掛かる。
(…アメリカじゃないよ?)
 ブラウニーは妖精の名前じゃないの、とポンと浮かんだ国はイギリス。遥かな昔の地球の島国、貿易などで栄えた大英帝国。其処に昔からいたのが妖精、ブラウニーも妖精だった筈。
 アメリカはもっと歴史が浅いと思ったけれども、妖精も移住したのだろうか。新大陸と呼ばれた時代のアメリカ、新天地を目指した人たちと一緒に船に乗り込んで海を渡って。
(…妖精も一緒に行っちゃったの?)
 でも、アメリカの妖精なんて知らないけれど、と読み進めたら、イギリスも出て来た。アメリカよりも古い時代から、イギリスにあったお菓子だという説。名前の由来は、もちろん妖精。
(昔でも分からなかったんだ…)
 二十世紀の末の段階で既に、謎だったというブラウニー。何処で生まれたか、何処から来たか。とても愛されたお菓子だったのに、謎に包まれていたというから面白い。
(タルトタタンなら…)
 今の時代も、ちゃんと名前が残っているのに。最初に作ったタタン姉妹の名前。お菓子が出来た理由も有名、一番初めは失敗作。引っくり返ったアップルパイから生まれたお菓子。
 作った姉妹の名前ごと知られたお菓子もあるのに、ブラウニーの方はまるで謎。生まれた国も、いつから作られていたのかも。…イギリスの古いお菓子だったか、十九世紀のアメリカなのか。



 二十世紀の末には、もう謎だったブラウニーの生まれ。大勢の人にとても愛されたお菓子でも。今の時代も母が作ってくれるくらいに、人気のお菓子の一つでも。
(きっとイギリス生まれです、って…)
 そう推測して書いている記者。「もちろん作り話ですが」と断って。
 イギリスのスコットランドの伝説、家事が得意なブラウニー。名前の通りに茶色い妖精。人間が留守にしている間や、眠っている間に色々な家事を手伝った。人間の代わりに、懸命に。
 その妖精が作ったお菓子がブラウニー。美味しかったから、人間が教えて貰ったレシピ。そっと手紙を家の隅に置いて。
(ブラウニーに仕事をして貰ったら、御礼に何か…)
 家の隅などに置いたらしくて、それと一緒に「レシピを教えて」とお願いの手紙。ブラウニーはレシピをくれたけれども、家の手伝いをしていることは人間には秘密なのだから…。
 教えて貰った人間の方も、誰にも話さなかったレシピの秘密。「ブラウニー」とだけ、名付けておいて。「分かる人には分かるだろう」と、作って広めた妖精のお菓子。
(うん、その方が面白いよね!)
 アメリカ生まれの謎のお菓子より、断然素敵、と記者のセンスに嬉しくなった。
 きっと妖精も、本当にいると思うから。聖痕を持った自分と生まれ変わりのハーレイ、どちらも神様が起こした奇跡。神様がいるなら、妖精だって何処かに隠れているだろう。今の時代も。
(ホントに妖精のお菓子なのかも…)
 そう思ったら、ブラウニーまで食べたい気持ち。妖精が人間に教えたのかもしれないお菓子。
 明日のおやつにリクエストしてみようかな、と考えながら記事の続きを読み進めたら…。
(…ブラウニーに纏わる悲しいお話?)
 なあに、と少し驚いた。お菓子に悲しいお話なんて、と。
 お菓子なのだし、お姫様か誰かの話だろうか、と続きを読んだらシロエの名前。
(…セキ・レイ・シロエ…?)
 なんで、と瞳を見開いた。前の自分と同じ時代に生きた少年、セキ・レイ・シロエ。今も歴史に名が残るけれど、ブラウニーとは時代が違いすぎる。
 十九世紀には食べられていたお菓子がブラウニー。もしもイギリス生まれだったら、もっと昔に遡る歴史。SD体制の時代とは千年以上も離れてしまって、少しも重なりそうにない。



 どうして此処でシロエの名前が…、と目をパチクリとさせた。「あのシロエだよね?」と。
 前の自分は、深い眠りの底でシロエの声を聞いたから。それと気付かずに、最期の思念を。
(…ブラウニーと、シロエ…)
 まるで関係無さそうだけれど、実はシロエと縁があるらしい。チョコレート色のこのお菓子は。
 シロエの母が得意だったお菓子がブラウニー。子供時代のシロエも好きで食べていた。手作りのそれを、とても喜んで。「ママのブラウニー、大好き!」と。
 SD体制が崩壊した後、シロエの養父母だった夫妻がそれを証言しているけれど…。
(ブラウニーが好きだったことを、シロエが覚えていたかどうかは分かりません、って…)
 そうだったんだ、と悲しい気持ちに包まれた。これがブラウニーに纏わる「悲しいお話」。
 成人検査で子供時代の記憶を消された、機械が支配していた時代。それでも成人検査をパスした子供は、前の自分のように「全てを忘れた」わけではない。ぼやけてはいても残った記憶。
 ただし、何もかも曖昧になる。シロエの場合は、マヌカ多めのシナモンミルクを覚えていたのは確かだという。それも故郷で好んだもの。母に何度も作って貰って。
(前にハーレイが教えてくれた、ホットミルクのシロエ風…)
 風邪の予防にと教えて貰って、今ではホットミルクの定番。母がマヌカを入れて作ってくれる。そのシロエ風のホットミルクが今頃出て来た。新聞記事の中に書かれて。
 それを注文していたシロエの姿を、SD体制が終わった後に思い出した当時の候補生。シロエと同じ時期にステーションに在籍していた一人。
 お蔭でそちらは分かるけれども、ブラウニーの方は分からない。シロエがブラウニーを注文する姿は、誰も覚えていなかったから。…ブラウニーが好きな子だったと知られた後にも、思い出した人はいなかったから。
(覚えていたと思いたいですよね、って書かれても…)
 シロエ…、と胸を締め付けられるよう。SD体制に逆らい続けて、宇宙に散ってしまった少年。それも機械に利用された末に、そうなるようにと追い込まれて。
 マザー・イライザが無から作った生命、キースの資質が開花するよう、計算されたプログラム。その中にシロエは組み込まれたから、ああいう風になってしまった。殺されるために生きただけ。
 ジョミーが彼を救っていたなら、白いシャングリラで生きられたのに。
 成人検査をパスしていたって、マツカのように生き延びられたかもしれないのに。



 前の自分に届いた思念。シロエが最期に紡いだ思い。切なくて、とても悲しかった声。
(ごめんね、シロエ…)
 あの時、宇宙を駆けて行った彼を捕まえることが出来なくて。…前の自分なら出来たのに。深い眠りの底にいたって、気付いていたなら捕まえられた。飛び去ろうとするシロエの思念を。
 捕まえていたら、キースのことも分かった。どういう生まれの人間なのか。それを知ったなら、後に出会った時の流れが変わっていた筈。
(キースに向かって、シロエの名前を出すことだって…)
 出来たわけだし、そうなっていたらキースと話せたかもしれない。もっときちんと向き合って。人質を取って逃げ出す道とは、違う方へと歩ませることも。
 それが出来なかった、前の自分。シロエは誰かに自分の思いを伝えたかったから、思念が船まで届いたのに。…白いシャングリラは、彼の思念が届く所を飛んでいたのに。
(…シロエ、ブラウニーが好きだったんだ…)
 捕まえ損ねてしまったシロエ。彼が伝えたかった思いを、前の自分は聞きそびれた。
 ブラウニーについて書かれた記事の結びは、「食べる時には思い出してあげて下さいね」。SD体制の時代に生きた、独りぼっちのミュウの少年。可哀想だったシロエのことを、と。
 そういうことなら、やっぱりママにブラウニーを頼まなくちゃ、と思ったけれど。ブラウニーを作って貰って、シロエが好んだ味を自分も、と考えたけれど。
(…ちょっと待ってよ?)
 シロエは彼の母が作ったブラウニーがとても好きだった。今の時代まで伝わるほどに。
 けれど成人検査でE-1077に連れてゆかれて、二度と食べられずに死んでしまった。それにシロエがブラウニーのことを覚えていたのか、それさえも謎。
 大好きだった両親の家で、シロエが食べたブラウニー。幼かった頃から好きだったお菓子。母がキッチンで作る姿を、いつも笑顔で見ていたろうか。「もうすぐかな?」と。
 今の自分がそうだから。
 母がお菓子を作る時には、よく覗き込んで待っていた。美味しいお菓子が出来上がるのを。
 アップルパイもタルトタタンも、もちろんブラウニーだって。
 材料を計って、混ぜたり捏ねたり、お菓子が形になってゆくのをワクワクしながら待った自分。きっとシロエもそうだったろう。故郷の家で、両親と暮らしていた頃は。



 今の自分の母も得意なブラウニー。今から頼めば、明日のおやつに作って貰えそうなのだけど。足りない材料があったとしたって、母なら買い物のついでに揃えてしまいそうだけど…。
(ぼくがブラウニー、頼んでもいいの?)
 この記事の中に「食べる時には思い出してあげて下さいね」と書かれた、シロエという少年。
 機械の時代に抗い続けて、育ててくれた養父母のことを忘れまいとして足掻いて、宇宙に散っていったシロエ。…彼が好きだった、母の手作りのブラウニー。
 今の時代の子供だったら、この記事を読んで、無邪気に頼んでいいだろうけれど。ブラウニーをおやつに作って欲しいと、母に強請ってもいいのだけれど。
(…シロエのことを思い出しながら食べたって…)
 普通の子ならば、それはとっても素晴らしいこと。シロエが生きた辛い時代を思って、シロエのことを胸に刻むだろうから。「これがシロエが好きだったお菓子」と。
 そうすればシロエが生きた事実は、その子の中で生き続ける。ブラウニーが好きな子供として。歴史の授業で習う名前より、ずっと確かな存在感。等身大のシロエの姿。
 だから普通の子供ならいい。この記事に惹かれて、ブラウニーを自分の母に頼みに行ったって。
 けれど自分はソルジャー・ブルーで、シロエと同じ時代を生きた。遠く遥かな時の彼方で。
 その上、養父母の記憶を失くしてしまって、今でも思い出せないまま。シロエが憎んだ、過去を奪った成人検査を前の自分も受けたから。…それに過酷な人体実験、白紙になってしまった記憶。
 シロエが味わった悲しみと辛さ、その気持ちはよく分かるのだけれど…。
(でも、ぼくは…)
 またこうやって生きてるんだよ、と見回してみたダイニング。
 青く蘇った地球に生まれて、本物の両親の家で暮らしているのが今の自分。養父母ではなくて、血の繋がった両親と。
 ブラウニーを作って欲しいと頼む相手は、本物の母。お腹で育てて産んでくれた母で、十四歳になった今でも当たり前のように甘え放題。「ママ!」と、おやつを強請ったりして。
(なんだか、シロエに悪いかも…)
 ぼくがブラウニーをママに頼むなんて、という気がしたから、注文しないことにした。さっきは頼みたかったけれども、また今度、と。
 ブラウニーとシロエの話は、おやつに出たら思い出せばいい。母が作ったブラウニーが。



 それが一番、と二階の自分の部屋に帰って、考えた続き。シロエが好きだったブラウニー。
(シロエはブラウニー、食べられなくて…)
 E-1077に行った後には、覚えていたって無理だった。懐かしい母には会えないから。母が作ってくれるブラウニーは、二度と食べられはしなかったから。
 あの時代に生きた子供は、みんなそう。成人検査を終えたら大人の仲間入り。記憶を消されて、大人の社会へ送り込まれた。最初は教育ステーションへと送り出されて、社会に出る準備。
 前の自分も同じように歩む筈だったけれど、ミュウだと判断されたから違う道を辿った。大人の社会へ旅立つ代わりに実験動物、狭い檻の中に閉じ込められて。
 それでも子供時代の記憶は消されて、養父母の家にも帰して貰えるわけがない。前の自分は独りぼっちで放り出されて、心も身体も成長を止めた。
 育っても何もいいことは無いし、未来など見えはしなかったから。微かな希望の光でさえも。
(だけど、ぼく…)
 今は青い地球の上に生まれ変わって、母のお菓子を食べ放題の十四歳。誕生日は三月三十一日、今の学校に上がる前に迎えた。前の自分が生きた時代なら、今頃は教育ステーション。
(パパとママには二度と会えなくて、ママが作るお菓子も、もう無理で…)
 そんな時代に生きた筈の自分が、「十四歳の誕生日を迎えた後」も両親と一緒に暮らしている。成人検査などは無いから、引き離されずに、記憶も消されてしまわずに。
(ぼくは沢山食べられないから…)
 一度に食べる量はともかく、いくらでも母が作るおやつを食べられる。今日はタルトタタンで、明日も学校から帰れば美味しいお菓子が待っている筈。母が作ってくれたお菓子が。
 もちろんブラウニーだって注文できるし、強請らなくてもその内に出て来るだろう。
(ママの御飯も…)
 食べられるのだし、来年も、その先も、結婚しても食べに来られる。この家に来れば、いつでも母が作ってくれて。「はい、どうぞ」とテーブルにお皿を並べてくれて。
 今の自分には当たり前のことで、幸せに生きているけれど。
 「ブラウニーを頼むのは、シロエに悪い気がするから」と母に強請るのをやめて、部屋に戻って来たけれど。…この部屋だって、前の自分が生きた頃なら、もう「いられない」場所。
 十四歳になった子供は、両親の家を離れたから。成人検査の後は家とはお別れだから。



 この部屋だって無くなっちゃうんだ、とゾクリと肩を震わせた。前の自分が生きた時代は、この年ならもう家にはいない。部屋の記憶も薄れただろうか、ミュウと判断されなくても。
(…家に帰りたい、って思う子供は記憶処理で…)
 家を懐かしがる気持ちを消されたのだろう。シロエのように特殊なケースを除いては。シロエは両親と故郷への思慕を、機械に利用されたから。…キースを育ててゆくために。
 今の自分には普通のことが、普通ではなかった前の生。機械が人間を支配していた時代。
 SD体制が敷かれた時代に、十四歳の誕生日を迎えた後にも、母親が作るおやつや御飯を食べていられた子供は…。
(…トォニィたち?)
 自然出産で生まれた子供だったものね、と考えてから「違う」と気付いた。
 血の繋がった「本物の両親」を持っていた子供たちだけれど、トォニィの母のカリナは死んだ。逃亡を図ったキースがトォニィを殺そうとした時、「トォニィは死んだ」と思い込んで。
 仮死状態で生きているとは知らずに、悲しみのあまり起こしたサイオン・バースト。船の仲間を巻き込みながら、カリナの命も燃えてしまった。悲しい爆発を繰り返した末に、灰になって。
 他のナスカの子供たちの親も、メギドの炎で死んだという。子供たちの方は、昏睡状態になった時点でシャングリラへと運ばれたのに。
(…お母さんたちは、ナスカが大切だったから…)
 離れようとせずに命を落として、ナスカの子たちは親を失った。アルテラもツェーレンも、他の子たちも、一人残らず。
 だからSD体制の時代には、一人も生まれて来なかった。十四歳の誕生日を迎えた後にも、母が作るおやつや食事を食べられた「幸せな子供」は。
 今の自分のような子供は、一人も生まれはしなかった。本物の両親の家で育って、十四歳になる誕生日が来ても何も変わらない子供。それまでと同じ日々が続いてゆく子供。
(…シロエのブラウニー、可哀想…)
 成人検査が何かも知らずに、それを受けたのがSD体制の時代の子供たち。記憶を消されるとは思いもしないで、「大人の仲間入りをする日」だと頭から信じたままで。
 トォニィたちは本物の親を亡くしたけれども、幼かった分、悲しみも早く癒えただろう。地球を目指しての戦いの日々もあったわけだし、なおのこと。けれどシロエは…。



 今のぼくと同い年だっけ、と思い浮かべたシロエのこと。キースが船を撃ち落とした時は、もう少し育っていたけれど…。
 E-1077に連れて行かれた時には、シロエは今の自分と同じ十四歳。成人検査を終えたら、直ぐに教育ステーションへと送り出された時代だから。
(もしもシロエが、ブラウニーのことを覚えていたら…)
 どんなに悲しく辛かったろうか、それを食べられないことが。顔さえぼやけてしまった母でも、シロエは忘れはしなかった。その母がとても好きだったことを。…本当に最後の最後まで。
(ぼくがシロエなら…)
 ステーションでは、ブラウニーを頼まないかもしれない。E-1077にあったというカフェ、其処でブラウニーを見付けても。「ブラウニーがある」と目を留めたとしても。
 自分がシロエで、故郷の母が作るブラウニーのことを覚えていたら。
(マヌカ多めのシナモンミルクは…)
 記憶にあるのと同じ味がしたことだろう。シナモン入りのホットミルクならば、何処で頼んでも味はそれほど変わらない。今はともかく、あの時代なら。
(美味しい牛乳が自慢の星とか、そんなのは無かった筈だしね?)
 まして育英都市となったら、条件は同じにしてあった筈。どの星の上にある育英都市でも、違う環境にならないように。特に学校や食べ物などは。
 今の時代なら、牛乳だけでも色々な種類。乳を出す牛の種類で変わるし、育て方や餌でも違いが生まれる。それにシロエが好んだマヌカの蜂蜜は…。
(今だと、種類が山ほどなんだよ)
 ハーレイに「シロエ風のホットミルク」を教わって、母に頼んだ時。「はい」と渡されたホットミルクは薬っぽい味で、とても困った。好き嫌いの無い自分だけれども、薬は苦手。
 それでハーレイに苦情を述べたら、「違うマヌカを買って貰え」という助言。癖のあるマヌカも多いけれども、そうでないものも多いから。「試食して選んで貰うといい」と。
 お蔭で今は薬っぽくない、母が作ってくれるシロエ風のホットミルクの味。今はマヌカも色々な味で、「マヌカ多めのシナモンミルク」の味も幾つもありそうだけれど。
 シロエの頃には、きっと一つしか無かった種類。牛乳もマヌカも頼む場所で味が変わるくらいに種類は無かった筈だから。せいぜい熱いか温いかの違い、その程度だと思うから。



 きっとシロエも感じなかった筈の違和感。E-1077で、故郷の家で好んだものを頼んでも。
 「シナモンミルク、マヌカ多めで」と注文したら、同じ味のを飲めただろう。いつも一人だったらしいカフェのテーブル、其処でカップを傾けたら。
(…シナモンミルクは、記憶の中のと同じ味でも…)
 問題はブラウニーの方。見た目はそっくり同じものでも、そちらは味に違いが出そう。シロエの母が作っていたなら、作り手の味になる筈だから。
(材料もレシピも、シロエのお母さんが工夫していそうだし…)
 得意なお菓子だったというなら、レシピにもきっと一工夫。お菓子作りの腕の見せ所。レシピに工夫が無かったとしても、作り手の癖が出るのがお菓子。
(ママのパウンドケーキと同じで…)
 シロエのお母さんだけの魔法があるよ、と今の自分だから確信できる。調理実習くらいしか経験していないけれど、魔法があるのがお菓子作りの世界。
 今の自分の母が焼いてくれるパウンドケーキは、今のハーレイの「おふくろの味」。ハーレイの母が隣町の家で焼いているのと全く同じ味だという。
(だからハーレイの大好物で…)
 母も知っているから、出番が多いパウンドケーキ。ハーレイが訪ねて来る週末には。
 材料はとても単純なのに。卵と砂糖と小麦粉とバター、それをそれぞれ一ポンドずつ。そういうレシピが基本のケーキで、料理が得意な今のハーレイも何度も挑戦したらしいけれど…。
(どう頑張っても、お母さんの味にはならないんだ、って…)
 ハーレイから何度も聞いたお蔭で、お菓子の魔法を知ることになった。同じレシピで同じように焼いても、違う味になるパウンドケーキ。他のお菓子も理屈はきっと同じ筈。
 シロエの母が得意だったブラウニーだって、魔法がかけてあっただろう。シロエの舌が美味しく感じる魔法。「ママのブラウニーだ」と、食べた途端に分かる魔法が。
(E-1077でブラウニーを見掛けて、頼んでみても…)
 それが母のと違う味なら、シロエはとてもガッカリしたことだろう。「ママの味じゃない」と。
 そんな悲しい思いをしたなら、自分なら二度と頼まない。違う味がするブラウニーなど、偽物で全く違う食べ物。食べたら気分が沈むだけだし、頼もうとも思わないだろう。
 母が作ったブラウニーの味は、E-1077には無いのだから。違う味しかしないのだから。



 ぼくならそうする、と思うブラウニー。今の自分がシロエだったら、E-1077にいたら。
 懐かしい故郷で母が何度も作ってくれた、ブラウニーが其処に無いのなら。
(ブラウニーは二度と頼まないから、誰もなんにも知らないまま…)
 それがシロエの好物だとは。シロエの母の得意なお菓子で、シロエも大好きだったとは。
 シナモンミルクは「シロエが注文していた」ことを思い出した人がいたらしいけれど、一度しか頼まなかったブラウニーなら誰の記憶にも残らない。
 記憶処理などしなくても。マザー・イライザが何もしなくても、覚える理由が無いのだから。
(何度も注文してるんだったら、印象に残りもするけれど…)
 好物らしい、と考える人も出てくるけれども、一度きりなら傍目には単なる気まぐれ。たまたま気付いて注文しただけ、それだけのことに過ぎないから。
(今のぼくだって、友達が食堂で頼んでる料理…)
 端から全部を覚えてはいない。今日のお昼にランチ仲間が何を食べていたか、それさえも記憶を探らなければならないほど。楽しいお喋りの方に夢中で、トレイの上はろくに見ていないから。
 今の自分でもそうなのだから、E-1077にいた候補生たちも似たようなもの。
(シロエがブラウニーを頼んでいたって、一度きりなら…)
 それを目にした翌日にはもう、すっかり忘れていただろう。その日の夜でも怪しいくらい。誰が自分の前にいたのか、注文の時の順番でさえも人によっては忘れそうだから。
(…そんな感じで、誰も覚えていないってだけで…)
 きっとシロエはブラウニーのことを覚えていたよ、と考えていたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり、ぶつけた質問。
「あのね、シロエはブラウニーのこと、覚えていたと思わない?」
「はあ?」
 シロエって…。それはセキ・レイ・シロエか、あのシロエなのか?
 いきなりどうした、俺にはサッパリ分からないんだが…。
 なにしろ此処に着いたばかりで…、とハーレイが軽く広げた両手。「座ったトコだぞ?」と。
 「さっきまで車を運転してたし、最新のニュースは知らないんだが」とも。
 セキ・レイ・シロエに関する大発見が何かあったのか、と訊かれたものだから…。



 失敗だった、と反省した自分の尋ね方。今の訊き方では、勘違いされても仕方ない。SD体制の時代を研究している誰かが、シロエについての新説を発表したかのように。
「…ごめん、ハーレイは知らなかった?」
 ぼくの言い方が悪かったよね…。新発見でもなんでもなくって、知ってる人は知ってる話。
 シロエはセキ・レイ・シロエだけれども、好きで調べている人たちだったら常識なのかも…。
 でもハーレイは知らないのかな、と繰り返した。さっきブラウニーの名前を口にしたのだから、知っているなら何か反応がありそうなもの。ブラウニーが好きだったシロエのことを。
「知らないって…。何をだ?」
 お前の質問、最初のと変わっているんだが…。シロエを覚えているか、という風に聞こえたぞ。
 そいつが今度は「知らないのか」でだ、ますます話が見えないんだが…?
 最初のをもう一度言ってくれ、とハーレイに注文をつけられた。「何の準備も無かったしな」と苦笑しながら。「いくら俺でも、謎の質問には咄嗟に反応できん」と。
 それが柔道の技だったのなら、身体が勝手に動くらしいのだけど。思ってもみない技をいきなり繰り出された時も、瞬時に自分の取るべき動きを決められてこそ、と笑っているけれど。
「…ぼくは柔道なんか無理だよ、ハーレイに技はかけられないよ」
 それに、やっても負けちゃうんでしょ。今のハーレイの話し方だと、ぼくの負け。…ハーレイに敵うわけがないもの、プロの選手になれるような腕じゃないんだから。
 えっとね、ぼくが質問したのは、シロエとブラウニーのこと…。
 今日の新聞に載ってたんだよ、ブラウニーの記事にシロエの名前が。お菓子の話と一緒にね。
 シロエはブラウニーがとても好きだったんだって…。子供の頃は。
 お母さんが作るブラウニーが大好きだったんだけれど、覚えていたかどうかは謎なんだって…。
 成人検査を受けた後にもブラウニーのことを覚えていたのか、それが謎。
 マヌカ多めのシナモンミルクは覚えていた、って証言した人がいるらしいけれど、ブラウニーは誰も覚えていなくって…。シロエが注文していたかどうか。ステーションにあったカフェでね。
 今のハーレイ、シロエ風のホットミルクのことは知っていたから…。
「ああ、あれなあ…。お前に教えてやったヤツだな、マヌカ多めのシナモンミルク」
 そういや、ブラウニーの話も聞いてたか…。前に何処かで。
 聞いたんじゃなくて、本か何かで目にしたのかもしれないが。俺は色々読むもんだから。



 料理の本ってこともあるな、と言うハーレイは、料理や菓子に関する本も読むらしい。レシピが書かれた本はもちろん、歴史やエッセイなどの類も。
「その手の本なら、シロエの話が載っていたって不思議じゃないな。…ブラウニーのトコに」
 何処で知ったのかは覚えちゃいないが、シロエとブラウニーのことなら俺も知ってる。
 それでだ、お前は何を言いたいんだ?
 ブラウニーの話には違いなさそうだが…、と逆にハーレイに問い掛けられた。ブラウニーの話とシロエの話を、どういう具合に繋げたいのかと。今も分かっている事実の他に。
「…新聞には謎だって書かれてたけど…。証言した人は誰もいなかったけれど…」
 ぼくね、シロエは覚えていたと思うんだよ。お母さんが作るブラウニーが大好きだったこと。
 E-1077でも、きっと注文したんだと思う。ブラウニーを忘れていなかったから。
 だけど、ステーションのカフェで出て来たブラウニーの味は、お母さんの味と違ったから…。
 シロエが好きだった味じゃなかったから、悲しくて、二度と頼まないまま。
 きっとそうだよ、ステーションのブラウニーは、おふくろの味じゃなかったんだもの。シロエのお母さんが作る味とは違う味がするブラウニー。
 ぼくがシロエなら、そんなの二度と注文しないよ。あんなのブラウニーじゃない、って。
 ハーレイがよく言っているでしょ、と母のパウンドケーキを挙げて話した。今のハーレイは母が焼くパウンドケーキが好きだけれども、それは「おふくろの味」だから。
 シロエの母は本物の母ではなかったとはいえ、あの時代ならば立派に「おふくろ」。おふくろの味を覚えていたなら、両親のことが好きだったシロエは、偽物を食べはしないだろう、と。
「なるほどなあ…。おふくろの味のブラウニーか…」
 シロエがステーションでブラウニーを食っていなかったのは、忘れたからではないんだな?
 きちんと記憶は残っていたというわけか。…エネルゲイアの家で食ってたブラウニーのこと。
 此処にもあるのか、と頼んでみたら、違う味のが出たもんだから…。
 「これは嫌だ」と二度と注文しなかった、というのが事の真相だってか。
 あの時代を生きて、今を生きてるお前ならではの推理だな。
 …それで合ってるかもしれん。俺がシロエでも、同じことになっていただろう。
 前の俺には、子供時代の記憶は全く無かったんだが…。幾らかは持ってステーションってトコに行っていたなら、おふくろの味と違う味がするブラウニーなんぞは御免だな。



 二度と頼みやしないだろう、とハーレイも同じ意見になった。シロエは母のブラウニーを忘れてなどはいなくて、逆に覚えていたかもしれない、と。
「…シロエだったら、充分、有り得る。ピーターパンの本を持ってたくらいだからな」
 あんな時代に、子供時代の宝物を持ってステーションに行こうってほどだから…。
 育った家も、両親も、故郷のエネルゲイアも、何もかもが大切だったんだろう。
 成人検査で記憶を消されちまった分、忘れなかったことには強く執着したんだろうし…。
 ブラウニーが好きだったことを覚えていたなら、それはシロエの宝物だ。おふくろの味を覚えていたわけだからな。…ブラウニーの味はこうだった、と。
 覚えていたなら、偽物なんかを食うわけがない。ガッカリするのも理由の内だが、ブラウニーの味を忘れないためには「食わない」ことだ。偽物の方を。
 本物を二度と食えない以上は、その味を忘れないためにもな。偽物に慣れたら忘れちまうから。
 いつか本物の味に出会った時に分からなくなる、とハーレイが語ったシロエの気持ち。何処かで懐かしい味に出会えるかもしれない、と心の底に仕舞い込んだ母のブラウニーの味。
「そうだったのかも…。凄いね、ハーレイ」
 ぼくだと、其処まで考え付かなかったよ。偽物だから食べたくない、って所までで。
 偽物の味に慣れてしまったら、本物の味を忘れちゃうんだ…。こういう味だ、って思い込んで。
「俺は料理をするからなあ…。ついでに、お前より長く生きてる」
 前の俺に比べりゃ、何の苦労もしてないが…。その分、経験を積んでるんだな、人生の。
 俺がおふくろの味を忘れないのは、今でも何度も食ってるからだ。隣町まで出掛けて行ったら、おふくろの料理もパウンドケーキも、好きなだけ食える。
 お蔭で舌も忘れやしないし、安心して他所で色々と食っていられるんだが…。
 二度と食えないってことになったら、俺だって封印するだろう。これだけは、と思う大切な味を忘れないように。…そっくり同じ味じゃないなら、其処では食わないといった具合に。
 シロエもきっと、覚えていたならそうするだろう、と鳶色の瞳が見ている遠い時の彼方。遥かに流れ去った時間を、ハーレイの目が捉えている。「酷い時代だった」と。
 今のハーレイよりもずっと年下の、今の時代なら子供のシロエ。
 そんなシロエに「ブラウニーは食べない」と決意させるほど、あの時代は残酷だったのかと。
 まだ母親が恋しいような年頃の子でも、大人の仲間入りをさせられる時代だったとは、と。



「本当に惨い話だな…。前の俺たちも酷い目に遭ったが、シロエも悲しい目に遭ったなら」
 キースに殺された件はともかく、ブラウニーの話がお前の推測通りだったら可哀想すぎる。
 一度だけしか食ってないなら、誰も覚えていないだろうし…。
 そうでなくてもマザー・イライザの記憶処理のせいで、皆の記憶が消されていたんだからな。
 ブラウニーのことを覚えていたのに、食わずに過ごしていたんなら…。
 今のお前と変わらない年で、そんな悲しい決心をしていたんだったら、可哀想だ。
 いくら時代がそうだったとはいえ、シロエみたいに機械に逆らう子供じゃなければ、もっと楽に生きられたんだから。忘れちまったことは、忘れたままで。
 忘れたことさえ気にしないでな…、とハーレイが指摘する通り。前の自分たちが生きた時代は、そうだった。成人検査に疑いを持つ人類などはいなかったから。…誰一人として。
 シロエはミュウ因子を持つ子供だったから、人類とは違っていた気質。家族や過去を忘れまいと生きて、それでも忘れさせられていって、苦しみもがいていた人生。
 ピーターパンの本と一緒に、練習艇で逃げるまで。キースの船に撃墜されて、短かったその生を終えた時まで。
「…シロエがブラウニーを食べてたかどうかは、もう分からないの?」
 E-1077で注文したのか、しなかったのか。…一度だけ頼んで、それっきりとか…。
 ステーションに連れて行かれて直ぐに、一度頼んでいるんなら…。
 その後は二度と頼んでないなら、ぼくたちの考え、きっと正解なんだけど…。ブラウニーの味を覚えていたから、食べずにいたんだろうけれど…。
 そういうデータは調べられないの、と尋ねてみた。前の自分たちが生きた時代のデータは、今も豊富に残っている。前の自分の写真集まで編まれるくらいに、ふんだんに。
 だからシロエのステーション時代の注文だって…、と考えたのだけれど。
「残念なことに、そいつは無理だな。E-1077はキースの野郎が処分したから」
 マザー・イライザもろとも惑星の大気圏に落とされちまって、バラバラに壊れて燃えちまった。
 そのせいで、そういう細かいデータは一切残らなかったんだ。
 キースの野郎を作った実験、そいつの方なら、他の方面から復元可能だったんだがな。
「…そっか……」
 分からないんだね、シロエの注文。…ブラウニーを頼んでいたのかどうか。



 シロエ…、と俯いてしまった顔。ブラウニーが好きだったことを覚えていたのか、今はそれさえ掴めないシロエ。こうして二人で推理してみても、裏付けが得られないなんて。
 母が作るブラウニーが大好きだったシロエは、もういない。ブラウニーのことを成人検査の後も覚えていたのかどうかも、謎だとされている少年。
 前の自分は、シロエを捕まえ損なった。深い眠りの底で出会った一瞬、白いシャングリラの側をシロエは駆けて行ったのに。…悲しいほどに切ない思念に、前の自分は触れたのに。
(…前のぼくはシロエを捕まえ損なっちゃって…)
 彼の思いを聞けないままで、シロエは宇宙に消えて行った。自分が捕まえなかったから。
 それから長い時が流れて、今の幸せな自分がいる。シロエは幸せになれないままで、暗い宇宙に散ったのに。大好きだったブラウニーさえ、二度と食べられはしなかったのに…。
「おいおい、しょげるな。シロエのことなら心配は要らん」
 前にも言ったが、シロエはきっと幸せだったさ。籠から逃げて、自由に飛んで行けたんだから。
 あんな時代に生まれちまったら、あれでもハッピーエンドの内だ。
 二度と機械に追われはしなくて、何処までも自由に飛べたんだからな。…広い宇宙を。
 人間はもう懲りていたって、今の時代なら「また人間も良さそうだ」と思いもするだろう。
 機械の時代はとうの昔に終わって、人間はみんなミュウなんだから。うんと平和な世界でな。
 とっくに青い地球に生まれて、ブラウニーを食っていたかもしれないぞ。
 本物のお母さんが作ってくれる美味しいブラウニーをな…、とハーレイが言うものだから。
「ホント?」
 シロエも青い地球に来られて、またブラウニーを食べられたかな?
 今度は本物のお母さんのを、と瞬かせた瞳。それならとても幸せだから。シロエには前の記憶が無くても、きっと幸せだろうから。
「うむ。俺たちは「前と同じに育つ身体がいい」と我儘を言ったお蔭で今になったが…」
 そんな贅沢を言わなかったら、シロエはとっくに地球に来てだな…。
「鳥になって様子を眺めた後には、人間になった?」
 今はどういう世界なのかを、ちゃんと自分の目で確かめて。
 人間になっても良さそうだよね、って思って人間に生まれたのかな…?
 シロエだった頃の記憶は無くなっちゃっても、本物のお母さんに育てて貰える幸せな子供に…。



 お母さんにブラウニーも作って貰ったかな、と目をやった窓の向こう側。
 この地球の上に、シロエも生まれて来たのならいい。悲しすぎた前の生は忘れて、今度は本物の両親の家で育って、幸せに生きて。
「そうじゃないかと思うがな?」
 いつまでも人間はもう御免だなんて、思い続けやしないだろう。機械の時代が終わったら。
 また人間にならなきゃ損だぞ、シロエだった頃の記憶は消えてしまうにしたってな。
 今の平和な地球を見てれば、意地を張ってはいられないさ、というのがハーレイの読み。空から観察している間に、舞い降りたくもなるだろうと。…また生きてみようと、人間の中に。
「そうだといいな…。ブラウニーを見たら、悲しくなるのは嫌だから」
 シロエのことは忘れちゃ駄目だし、きちんと覚えていたいけど…。
 ママがブラウニーを焼いてくれる度に、悲しくなるのも辛いもの。ぼくだけ幸せになっちゃっていいの、って何度も何度も考えるのは…。
「シロエもそんなのは、きっと望んじゃいないだろう。幸せに生きたかったんだから」
 あんな時代に生まれなかったら、お父さんとお母さんの側で、ずっと暮らしたかったんだ。
 それがシロエの夢だったんだし、そういう風に暮らしている子供には幸せでいて欲しいだろう。
 お前もブラウニー、お母さんに頼んでみるといい。…お母さん、ブラウニーも得意だしな?
 今のお前は幸せに生まれて来たんだから、と優しい言葉をくれたハーレイ。
 母にブラウニーを頼もうとしてやめたことなど、ハーレイには話していないのに。シロエに悪いような気がして、ブラウニーを注文しなかったことは。
(…でも、ハーレイもママに頼むといい、って言ってくれたし…)
 ブラウニーの話を二人でしていたのだから、土曜日のおやつにと母に頼んでみようか。
 土曜日はハーレイが来てくれる日だし、シロエの思い出のブラウニー。
 新聞の記事にも、「食べる時には思い出してあげて下さいね」と書かれていたブラウニー。
 それも素敵だから、ハーレイが好きなパウンドケーキと秤にかけて考える。
 「どっちをママに頼もうかな?」と。
 ブラウニーはシロエの「おふくろの味」で、パウンドケーキは今のハーレイのそれ。おふくろの味のお菓子が二つで、二種類。どちらを母に頼むのがいいか、とても幸せな悩み事。
 うんと欲張りに両方もいいねと、今は本物のママのお菓子を十四歳でも食べられるから、と…。



              ブラウニー・了


※幼い頃にシロエが好きだったブラウニー。けれど、成人検査の後も覚えていたかは謎。
 でも、きっとシロエは「覚えていた」に違いありません。違う味のは、注文しなかっただけ。
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