シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
楽しかった校外学習も終わり、期末試験が迫って来ました。1年A組の教室の一番後ろに机が増えて、会長さんの登場です。相変わらずアルトちゃんとrちゃんをマメに口説きつつ、他の女の子たちにも甘い言葉を囁いていたり。授業の方は教頭先生の古典以外はサボリ気味ですが、これはもう定番というもので…。今日も保健室に行ってしまったきり二度と戻って来ませんでした。
「今日のおやつは何だろうね?」
放課後になって「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かう道すがら、ジョミー君が目を輝かせます。週明けに試験を控えた金曜日ですが、私たちは至って暢気でした。会長さんが正解をバッチリ教えてくれるのですし、試験勉強なんか要りません。
「ブルーの家に行くんだもん。おやつもご飯も期待できそう」
「そうだよな!ブルーの家って久しぶりだし、この前は大変だったから」
エロドクターめ、と呟くサム君。会長さんの家に最後にお邪魔したのは、エロドクター…いえ、ドクター・ノルディが「そるじゃぁ・ぶるぅ」を上手く騙して別の世界へ旅立った時。ドクターは会長さんそっくりのソルジャーがいる世界へ行って美味しい思いをしようと企み、私たちまで巻き込まれてしまって酷い騒ぎになったんです。
「あれは散々だったからな。朝っぱらから叩き起こされて」
「朝と言うには遅めでしたけど、休みの日くらいゆっくり寝かせてほしいですよね」
キース君とシロエ君が頷き合うと、サム君が頬を膨らませて。
「ブルーには大事件だったんだぞ!非常召集くらい許してやれよ」
「分かった、分かった。ブルーにはとんだ災難だったさ、確かにな」
「…キース…。お前、他人事だと思ってるだろう」
「他人事なんだから仕方ない。それにブルーは今も元気にやってるじゃないか」
この前は結婚式も挙げていたし、とキース君。喉元過ぎれば熱さを忘れるタイプの会長さんはエロドクターのことなどすっかり忘れているのでしょう。第一、健康に生活してればエロドクターとは無縁ですから。
「健康第一ってことでしょうか」
「多分な。マツカ、お前も虚弱体質を克服できたんだろう?元気なことはいいことだ」
マツカ君の健康づくりに貢献した柔道部は試験前なのでお休みです。部活も無く、試験勉強の心配もない金曜日…ということで今日は会長さんの家におよばれなのでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に集合ですから、瞬間移動で行くのでしょうね。生徒会室の壁を抜けて部屋に入ると…。
「かみお~ん♪待ってたよ!」
明るい声が響いて、会長さんがソファからニッコリ笑いかけます。
「やあ。…今日も退屈な授業だったね。お疲れさま」
「あんたは2時間目から消えただろうが!」
「だって。退屈だったし、まりぃ先生も待ってるし…。今日はこんなの貰って来たよ」
ほら、と差し出されたのは手作りらしいカラーコピーの冊子でした。表紙には花嫁姿の会長さんが描かれています。
「ぼくの結婚特集号だって。えっとね、3冊限定で…まりぃ先生と教頭先生、それからぼく。ここにタイトルが書いてあるだろう?…次は夏号を出したいな、って言ってたよ」
会長さんが示す表紙には『エロCan』の文字が躍っていました。中身が容易に想像できます。額を押さえる私たちですが、会長さんは気にしていません。
「じゃあ、一気にぼくの家まで飛ぼうか。鞄をしっかり持つんだよ。ぶるぅ、そっちへ」
「オッケー!」
青い光がパァッと渦巻き、フワッと身体が宙に浮かんで…再び床に降り立った先は会長さんの家のリビングでした。
「うわぁ、凄いや!」
歓声を上げたのはジョミー君。テーブルの上には何種類ものケーキやスコーン、サンドイッチなどが所狭しと並んでいます。まさしくアフタヌーンティーですけども、フィシスさんやリオさんを交えての「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でのものより遥かに豪華で量もたっぷり。まるでパーティーでも始まりそう…。
「一応、パーティーなんだよね」
ニコニコ顔の会長さん。
「水族館で撮ってもらった記念写真と、ブーケの額が出来てきたんだよ。それのお披露目パーティーってことで」
あそこ、と指差された壁に2枚の額が飾られていました。タキシード姿のゼル先生とウェディング・ドレスの会長さんが笑顔で納まっている大きな記念写真の額と、会長さんが持っていたブーケを押し花に加工したものが入った額。どちらもとても立派ですけど、ノリでここまでやりますか…。
「写真、綺麗に撮れているだろう?撮影用の部屋がちゃんとあるんだよね。…ドルフィンスタジアムの方の写真はこっちのアルバム」
みんなで見て、と分厚いアルバムが出てきます。会長さんったら、ドルフィン・ウェディングのプランを思い切り活用してたんですねぇ…。
「このアルバムも目につきやすい場所に置いとくんだ。ハーレイをエステに呼ぶのが楽しみ」
「…教頭先生が可哀相だとか思わないのか?」
「ううん、全然」
勝手に片想いしてるんだから、とキース君の問いをサラリとかわして。
「ぶるぅ、そろそろお茶の用意を頼むよ。…最後のお客様が御到着になるからね」
「「「は?」」」
お客様って、まさかフィシスさん?こんなものの披露パーティーなんか楽しいのかな、と思ったところへチャイムの音が。えっと…出迎えなくてもいいんでしょうか。
「いいんだ、あれは合図だから。入っていいか、って聞いてるだけ」
次の瞬間、リビングに姿を現したのは…。
「「「ソルジャー!!?」」」
別世界に住む会長さんに瓜二つの人が紫のマントを翻して優雅に部屋の中央に立っていました。
「こんにちは。今日はお招きありがとう」
「どういたしまして。…見たいって言っていたもんね」
どうぞ、と会長さんが示す先には例の額。ソルジャーは興味津々といった様子で壁際に行き、二つの額を覗き込んでいます。その間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が紅茶を用意し、賑やかにパーティーが始まりました。
「ねぇ、ブルーを呼んだからパーティーなの?」
「まあね。ブルーが見たいって言わなかったら、ケーキの種類が少し減っていたかも」
ソルジャーは甘いデザートが大好物です。それでアフタヌーンティー・パーティーになったんでしょう。私たちだけだったら大きなケーキがドカンと置かれておしまいだったかもしれません。ウェディング・ケーキみたいな凄いケーキでも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は作れるのかな?
「そうか、ケーキカットもすればよかった」
私の思考が漏れていたらしく、会長さんが人差し指を顎に当てました。
「ドルフィン・ウェディングは披露宴とは別プランだから、ケーキまで頭が回らなかったな。やろうと思えばオプションでつけられたかもしれないのに…」
「しなくていい!!」
キース君が突っ込みましたが、会長さんは残念そう。ソルジャーがクスクス笑って分厚いアルバムをめくりながら。
「ホントに挙式しちゃったんだね。…で、あの額を君のハーレイに見せつけるんだ?」
「うん。どんな顔してくれるかなぁ?式の後でこっそり涙を拭いていたから、写真とブーケの額なんか飾ってるのを見たら泣いちゃうかもね」
「………。つくづく君を不思議に思うよ。ぼくなら喜んでハーレイと結婚式を挙げるけど」
分からないや、と会長さんを上から下まで眺め回しているソルジャー。この点だけは私たちにも不思議です。全く同じ姿形で、どうしてこうも違うんでしょう。会長さんはシャングリラ・ジゴロ・ブルーで女の子専門、ソルジャーの方はあちらのキャプテンと両想い。こちらの世界でキャプテンを務める教頭先生は会長さんにベタ惚れですから、会長さんにその気さえあれば、いつでもカップル誕生なのに…。
美味しいお菓子やサンドイッチを食べ放題の披露パーティーは大いに盛り上がりました。会長さんが余興にウェディング・ドレスを着て現れると、サム君は頬を染めてボーッと見惚れています。
「サム、一緒に写真撮らせてもらえば?」
「そうだね。おいでよ、サム。…ぶるぅ、カメラを持ってきて」
ジョミー君たちに背中を押されたサム君が隣に立つと、会長さんがスッと腕を絡ませて…。ただそれだけのことでサム君は溶けたバターみたいになってしまって、なかなかポーズが取れませんでした。それをワイワイ囃し立てたり、大騒ぎの記念撮影が終わったところでソルジャーが。
「…ブルー、ちゃんとドレスも持っているのに、ハーレイの気持ちを受け入れる気にはなれないんだ?」
「それとこれとは別問題。このドレスは去年、ぶるぅの悪戯で貰う事になっちゃっただけさ。同じ時に貰ったウェディング・ドレスがジョミーたちの家にもある筈だよ」
「「「……ううっ……」」」
思い出したくないことに触れられたらしく、男の子たちが呻きます。そういえば、みんな親睦ダンスパーティーのワルツに出ていたんでしたっけ。ぶるぅの悪戯でドレスを着たのはワルツに参加した男子全員。その記念品にドレスを貰ったのですし、ジョミー君もキース君も…サム君だって持ってるのでした。すっかり忘れていましたけれど。
「なんだ、みんなも持っているのか…。でも、この様子だと活用してるのは君だけみたいだね」
「似合うかどうかって話もあるし」
「そうかな?」
ソルジャーがいつの間にか手にしていたのは、まりぃ先生が作った『エロCan』でした。パラパラとページをめくっていますが、中身は例によって十八歳未満お断りイラストのてんこ盛りで…。
「これを作った人は君のハーレイの良き理解者のように思えるよ。ゼルと君との絡みがメインとはいえ、それは結婚特集号だからだろう?…ちゃんとハーレイとの絵もあるじゃないか。どうして君はハーレイを受け入れられないんだろうね」
「男なんだから仕方ないじゃないか」
「それを言うならぼくだって男だ」
同じ顔をした二人は押し問答を始めました。ソルジャー服とウェディング・ドレスの二人が向き合う姿は絵になっていて、まりぃ先生が見ていたならば妄想が爆発しそうです…って、こんなことを考えてしまう私もかなり毒されているようですけど。
「…分からないな」
「分かりたくもないよ」
「どこが違うっていうんだろう…」
「知らないよ!…ぼくはこうやって生きて来たんだし、病気でもなんでもないからね!」
会長さんの叫びを聞いたソルジャーがハッと目を瞠って。
「……病気……。そうか、それなら分かるかも」
「だから!ぼくは病気じゃないってば!!」
「病気だなんて言ってないよ。手がかりが掴めるかも、って思っただけ」
「手がかり…?」
怪訝な顔の会長さんにソルジャーはウインクしてみせました。
「そう、手がかり。君とぼくとは何処が違うか、あるいは全く同じなのか。君の身体のデータを見ればすぐに分かるさ。…シャングリラ号に置いてあるんだと思っていたけど、こっちの世界は違うんだった。病気と聞いて思い出したよ。健康診断があるんだっけね」
「ちょっ…。まさか、ブルー…?」
「そのまさかさ。君のデータはノルディが持っているんだろう?…せっかく来たんだから、見てみたいな」
げげっ。ソルジャー、なんてことを!まさかエロドクターの家へ行こうっていうんじゃないでしょうね?会長さんの顔が青ざめ、私たちの背中を冷たいものが…。ソルジャーは紅茶のお代わりを要求すると、ゆっくりと口に運びます。唇に浮かぶのは余裕の笑み。うわぁ~ん、エロドクターなんか忘れましょうよ~!
ドキドキしている私たちの前でソルジャーは紅茶を静かに飲み干し、カップをテーブルにコトリと置いて。
「決めた。ノルディの所で君のデータを見てこよう。…ぼくのデータは頭の中に入っているし、比べてみれば違いが分かる」
「ブルー!!」
立ち上がりかけたソルジャーの腕を会長さんが掴みました。ウェディング・ドレスを着たままですから、まるで「行かないで」と縋り付く花嫁のよう。まりぃ先生が見たら喜ぶだろうなぁ…。きっと妄想大爆発でいろんなシチュエーションを考えまくり、とんでもないイラストを山のように…って、いけない、いけない。私、完全に毒が回ったみたいです。
「…そんな格好で止められちゃうと、アヤシイ気分になるんだけど」
ソルジャーが会長さんの顎に手を添えて顔を近付け、会長さんがバッと飛びすざりました。
「ブルーっ!!!」
「ごめん、ごめん。でもさ、ゼルとはキスしたんだろう?」
「してないっ!ちゃんと直前で止めた!!」
そう叫ぶなり会長さんは長いトレーンを引き摺り、ドレスの裾に足を取られながらリビングを飛び出していきました。ソルジャーがクックッと笑いを堪えて。
「サイオンで簡単に着替えられるくせに、あれは完全に忘れているね。寝室でドレスと格闘してるよ。焦れば焦るほど脱げないみたいだ。…さて、彼をパニックに陥れたのは何だろう?…ぼく?…それとも淫乱ドクターの名前?」
「「「…………」」」
両方だと思いますが、という言葉を私たちはグッと飲み込みました。そんな中で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気な声で。
「ねぇねぇ、ノルディ先生の所に行くの?…先生、なんだか忙しそうだよ。休診ですって札も出てるし、行っても入れてくれないと思う」
「…そうなのかい?…あ、本当だ」
窓の方向に視線を向けたソルジャーの目がドクターの家を捉えたようです。
「何か書いてるね。…論文かな?確かにとても忙しそうだ」
「でしょ?だからね、ブルーのデータは…」
「ぶるぅ。…ぼくを誰だと思う?」
「えっ?…えと…えっと、えっと…。えっとね、ブルー。…もう一人のブルー」
頭がゴチャゴチャしてきちゃう、と言いながらも健気に答える「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「そのとおり。ぼくもブルーと同じ力を持っている。…休診だか何だか知らないけれど、忍び込むくらいわけはないのさ。入ってしまえばこっちのものだろ?」
「黙って入るの?…叱られちゃうよ」
「大丈夫、ぼくは叱られない。…おっと、ブルーだ」
バタバタと走ってきたのは半袖のシャツとズボンに着替えた会長さんでした。リビングのドアをバン!と開いて、凄い勢いで駆け込んできます。
「ブルー!何を悪巧みしてるのさ!!」
「何も?…ぶるぅと話をしてただけだよ。ドレスは脱いでしまったんだね。残念、花嫁を奪い損ねた」
「仮装だってば!あんまり言うと本気で怒るよ」
「…うーん、やっぱり違うみたいだ」
ソルジャーは会長さんをまじまじと眺め、赤い瞳が互いに互いを映し合って。
「ぼくがウェディング・ドレスを貰ったとしたら、ハーレイの胸に飛び込むと思う。…たとえ仮装であったとしてもね。でも君にとってのウェディング・ドレスは遊び道具で、花嫁になる気は全く無くて…。それが不思議でたまらない。何処が違うのか、とても気になる。確かめずには帰れないな」
「ブルー…」
「止めても無駄だよ、ぼくはノルディの家に行くから。シールドを張って姿は見せないようにする。それでも心配だって言うんだったら、君も一緒に行ってみるかい?」
クスッと小さく笑うソルジャーは至って本気のようでした。会長さんは唇を噛み、しばらく逡巡した末に…。
「行く。もちろんぼくもシールドを張るし、ぶるぅも、この子たちも一緒に連れて行くから!」
「…そんなに大勢?」
「それだけいれば君も大人しくするだろう。小さな子供も混じってる」
「なるほどね。十八歳未満の団体様を連れているから、邪な心は持つな、って?」
責任重大、と肩を竦めてソルジャーはソファから立ち上がりました。
「分かった。ノルディも忙しくしているようだし、今日はデータを盗み見るだけ。それで文句はないんだろう」
「うん。データを見たらすぐに引き上げること」
「分析は後にしろってことか。仕方ないな」
渋々頷いたソルジャーの身体を青いサイオンが包み、会長さんが私たちに「飛ぶよ」と呼びかけて。…青い光がリビングに満ちたかと思うと、アッという間に別の空間が目の前に開けていたのでした。
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のシールドに包まれて移動した場所は広々とした立派な書斎。医療器具の類は見当たりませんし、前に会長さんの付き添いで来た診療所ではないみたい。そういえば「そるじゃぁ・ぶるぅ」が休診の札が出ていると言ってましたっけ。
「ここはノルディの書斎なのさ。診療所とは別に大きな家があっただろう」
会長さんが説明しながら指差した先に机があって、一心にキーボードを叩くドクターの背中が見えました。
「学会に向けて論文を書いてるみたいだね。…あれでも腕は超がつく一流だから」
「ほう…。人は見かけによらないと言うが、その典型ということか」
キース君が呆れたように呟き、「専門は内科ですか?」とシロエ君。
「ううん、外科。…外科なんだけど、何でもこなすよ。ダテに二百年以上も生きちゃいないさ」
外科だとは知りませんでした。会長さんの健康診断の時のセクハラっぷりから、触診にこだわる内科の先生だとばかり思ってたのに…。私たちがコソコソ会話している間に、ソルジャーは別の机に置かれたパソコンを操作し始めました。うわぁ、別世界から来た人だなんて思えないほど正確で素早いキータッチ…。
「ブルーは慣れているからね。何度も遊びに来ている間に、すっかり手順を覚えたみたいだ」
サイオンで一通りのことは教えてあるし、と会長さん。論文を執筆中だというドクターは背後にはまるで気が付きません。まぁ、気が付く筈もないんですけど…。ソルジャーが使っているパソコンはソルジャーごとシールドの中なんですし、振り向いたとしても電源が入ったことさえ分かりっこない仕組みです。そのためのシールドなんですから…って、あれ?ドクター?
「まずい!…ブルーのシールドが!!」
会長さんの悲鳴が上がり、こちらを振り返ったドクターの唇の端がニヤリと笑みの形に吊り上げられて…。
「これはこれは。…あちらの世界のブルー…ですね?いらしてたのなら、お声をかけて下さればよろしいものを」
「仕事中のようだったからね」
クスクスと笑うソルジャーはモニターから目を離さないまま答えました。もしかしてわざとシールドを消してしまったとか?…会長さんの顔が引き攣り、必死に思念を送りましたが、ソルジャーは応えませんでした。
「何をお調べですか? お手伝いさせて頂きます」
ドクターが好色そうな笑みを浮かべて自分の椅子から立ち上がります。
「手を煩わせるほどのことじゃない」
素っ気なく言うソルジャーに構わず歩み寄り、モニターを見つめたドクターは…。
「これは…?ブルーの健康診断の結果のようですが、何故そんなものを?」
「違いはないのかと思ってね」
「違い?」
「ああ。ブルーとぼくとは何処か違うのか、それとも同じか気になったんだ」
淡々と話すソルジャーを見ていると、シールドが消えたのは単なるミスかと思えてきます。いえ、そうであって欲しいものですけれど、まだ安心はできません。ドクターはソルジャーの全身を舐め回すように眺め、舌なめずりしそうな顔で言いました。
「違いますよ。あなたとブルーは違います」
「医学的に?」
「いえ、主観的に」
問い返す暇を与えず、ドクターはマントごと腰を抱いてソルジャーの身体を引き寄せて…。
「ブルー。…来て下さって嬉しいですよ。今夜はいい夢が見られそうです」
「お前の名を呼んだ覚えはない」
「ですが、今目の前に、腕の中に」
この感触は本物です、としっかり力をこめるドクター。これって…これってヤバい展開なんじゃあ?
「見れば触れたい、触れれば抱きたい。発情期の雄だな」
あぁぁ、ソルジャーったらなんてことを!火に油を注ぐような発言をしてどうするんですか!?
「獣ですか? 否定しませんよ」
案の定、ドクターはニヤニヤしながらソルジャーの腰に回した手をモゾモゾと動かしています。
「…残念だが」
ソルジャーは吐息がかかるほどの至近距離でエロドクターに艶やかな微笑を浮かべて見せて。
「ぼくも雄なんだ」
「っつぅ…!」
獲物の腰に回していた手を捻り上げられ、ドクターが呻いた隙にソルジャーは素早く身を離しました。
「調べ物の最中なのは分かるだろう?…ぼくが呼ぶまで大人しくしていろ」
そしてソルジャーは一歩距離を縮め、ドクターの肩口に身体を寄せて。
「―――いいね? ノルディ」
耳元で囁かれたドクターの全身に電流のように走った震えを私たちは見逃しませんでした。ソルジャーが再びパソコンに向かうと、何事もなかったように室内は静寂に満たされましたが、それは表面だけのこと。エロドクターは机に戻らず、少し離れた所に立ってソルジャーをじっと見詰めています。そしてソルジャーもドクターの方へ思わせぶりな視線を向けて、フイと再び顔を背けて…。
『ブルー!約束が違うだろう!!』
ドクターには捉えられない思念を会長さんが放ちました。ソルジャーの赤い瞳が悪戯っぽく輝いて…。
『見つかっちゃったんだから仕方ないじゃないか。スリルを楽しみたかったんだ。シールドを一瞬だけ解いて、気付かないようなら黙って帰ろうと思っていたけど、さすが淫乱ドクターだね』
「やっぱりわざとだったんだ…!」
会長さんの声が書斎に響き、同時にシールドから飛び出していってソルジャーの腕を引っ掴むと。
「ぼくのデータは見たんだろう?…これ以上、用は無い筈だ」
「でも、まだノルディを呼んでないのに…」
「呼ばなくていい!!」
時間切れだ、と叫ぶなり青いサイオンが立ち昇りました。私たちの身体もシールドごとフワッと浮き上がります。
「…時間切れだってさ。またね、ノルディ」
「またね、じゃないっ!!」
ぐにゃりと歪む空間の向こうでエロドクターの声がしました。
「いつでもお待ちしておりますよ、お二人とも…ね。お二人に会えて幸運でした」
ねちっこく追い掛けてくる声と思念が絡み付く中、元のリビングに戻った私たち。会長さんは肩で息をし、ソルジャーは微笑みながらソファに腰掛けて「そるじゃぁ・ぶるぅ」に紅茶のお代わりを頼んでいます。とりあえずエロドクターとソルジャーが十八歳未満お断りの世界に突入するのは阻止できましたが、ソルジャーは夕食も食べて帰るのでしょうか?…パーティーだって言ってましたし、そうなのかも。ソルジャー、お願いですから、もう悪戯はやめて下さい~!