シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
今日は一学期の終業式。去年は学校中に信楽焼の狸が並んで壮観でしたが、今年は何も見当たりません。宿題免除の特典をゲットするにはどうすればいいというのでしょう。1年A組の教室で私たちは頭を悩ませていました。そこへ現れたのは会長さんです。
「やあ、おはよう。夏休みの宿題で悩んでいるのかい? グレイブは山ほど出すからねえ」
その言葉を聞いてクラス中が騒ぎ出す中、会長さんはクスッと笑って。
「知らないのかい? 特別生は宿題が無いんだよ。君たちは一学期の間、真面目に提出し続けていたようだけど、本来は必要ないものなんだ。だって卒業してるんだから。試験だって受けなくても全く問題ないのさ」
「「「えぇぇっ!?」」」
じゃあ私たちは無駄な努力をしてきたっていうわけですか?…試験勉強はともかく、宿題とか…。呆然とする私たちの前を悠然と横切った会長さんは、アルトちゃんとrちゃんに近付きました。
「おはよう。今日も可愛いね。…はい、これが今年の宿題免除のアイテムだってさ」
ポケットから取り出したハンカチのようなものを広げると…。
「「「冷やし中華はじめました!?」」」
それはどう見ても飲食店の夏の決まり文句でした。旗のような布にクッキリ染められています。
「はい、アルトさんとrさんに1枚ずつ。アイテムが発表されてからグレイブに提出してごらん。それから…夏休み中に葉書を書いてもかまわないよね? 本当は長い手紙を出したいんだけど、男のぼくから中身の分からない封書が届いたら家の人が心配するだろうし」
紳士なセリフに感激しているアルトちゃんたち。流石はシャングリラ・ジゴロ・ブルーです。やがてグレイブ先生が現れ、教卓の上にとんでもない量の宿題をドカンと積み上げました。
「諸君、おはよう。私が特に選りすぐった夏休みの宿題を存分に楽しんでくれたまえ。実は私はこの春、結婚したばかりでね。新婚旅行の代わりに夏休みにクルージングに行くのだよ。よって、旅行中の質問は一切受け付けない。相談などはD組のゼル先生が代行して下さるが、あまりお手間を取らせんようにな」
宿題の量で悲鳴が上がり、新婚旅行と聞いて指笛が鳴り、教室の中は大騒ぎです。グレイブ先生は咳払いをして。
「さて、諸君。我が校には夏休みの宿題免除の制度がある。詳細は終業式会場で発表されるから、よく聞いて活用するように。…それから特別生諸君。諸君は夏休みの宿題は無い。他の諸君の宿題免除の特典を奪ってはいかんぞ」
もう奪っちゃった人がいるんですが…、と思って見回してみると会長さんはいませんでした。そういえば机も無かったような。私たちは終業式の会場へ行き、校長先生の退屈なお話を聞いて、それから夏休み宿題免除特典の発表があって…校内に隠された『冷やし中華はじめました』の旗を捜しに全校生徒が奔走するのを、冷たいジュース片手に見物です。特別生っていいものですねえ。そして終礼を済ませると…。
「かみお~ん♪ 明日から夏休みだね!」
いつものお部屋で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が元気に迎えてくれました。宿題も無しで長いお休み!今年の夏は去年よりもずっと素敵なものになりそうです。
夏休みの計画は去年と同じで海と山。滞在先はマツカ君の別荘ですし、いつ行くかは決めていませんでした。今日は日程を練ることになっていたのですが…。
「親父がよろしくと言っていたぞ。お寺ライフは要らないのか?」
キース君のお誘いに首を横に振る私たち。宿坊体験はもうこりごりです。
「そうか…。親父、がっかりするだろうな。まあ、去年までは俺も嫌だったんだし、無理に来いとは言わないが」
溜息をつくキース君を他所に、ジョミー君が。
「ねえ。海と山っていうのもいいけど、特別生になったんだから、もっと凄いことやりたいな」
「忘れたんですか? 去年、先輩の家へ非日常な体験をしに行ったってことを」
シロエ君が突っ込みます。そういえば、会長さんが非日常がいいとか言い出した結果がキース君の家の宿坊だったような…。
「非日常でお寺ライフになるんですよ。凄いことだと何になるかは考えたくもありません」
「そうかなぁ? 探検だとか冒険とかならマズイけどさ、宝探しってどうだろう?」
「宝探しには冒険の旅とモンスターがセットじゃないかと思いますが」
「そんなのじゃなくて!」
夢が無いなあ、とジョミー君が鞄の中から取り出した本は。
「「「埋蔵金伝説!!?」」」
いかにも少年向けな感じの表紙には「失われた黄金を求めて」とサブタイトルが刷られています。これって、ありがちな埋蔵金発掘指南のトンデモ本では…。
「埋蔵金を探しに行くんですか!? 夏休みを全部つぎ込んだって終わりませんよ!」
シロエ君が叫び、サム君までが呆れた声で。
「ジョミー、お前って夢がありすぎ。…こんなの全部嘘だって。そうだよな、ブルー?」
「さあね?」
黙って見ていた会長さんが首を傾げて微笑みました。
「ぼくたちの船、シャングリラ号。あれを造るのに資金がどれだけかかったと思う? 国家予算くらいじゃとても足りない。シャングリラ学園と仲間が稼いだお金だけでは絶対無理だと思うんだけどね」
「……もしかして……」
埋蔵金伝説の分布図が書かれたページをジョミー君が震える指で示しながら。
「掘っちゃったの!?……これ全部……?」
「確かなものはね」
「「「えぇっ!!?」」」
埋蔵金なんて嘘っぱちだと思ってましたが、本当に存在したなんて。しかも会長さんたちが全部掘り出して、シャングリラ号の建造資金にしちゃったなんて…そんなことがあっていいんでしょうか?
「埋蔵金って分かりやすいんだよ。万一の時のために…って必死の思いで埋めたヤツだからね、残留思念が半端じゃないんだ。秘密を守るために作業員を殺してたりすると、恨みの念も籠もるから凄い。サイオンが無くても人間の思念って残るものなのさ」
「それを探って掘り出したのか! 罰当たりな…」
キース君が左手首の数珠レットに触れ、ブツブツと何か唱えましたが、会長さんは涼しい顔で。
「ぼくも一応、高僧だよ。ちゃんと供養をしてから掘ったし、掘り出した後には仏様の像を埋めてきた。いいじゃないか、シャングリラ号にはぼくたちの命と未来がかかってるんだ」
それを言われると何も言えません。シャングリラ号は私たちが迫害される立場になったら逃げ込むための箱舟で…現に箱舟として使われている世界を私たちは知ってしまったのですから。
「そんなわけだから、その本に載っている埋蔵金はもう無いんだ。他の有名どころも掘った。でも十分な資金が集まった後は掘ってない。やっぱりロマンは後世に残しておかないとね」
「掘ってない!?」
ジョミー君の顔がパアッと輝いて。
「じゃあ、埋蔵金って今もあるんだ! そんな簡単に分かるんだったら夏休みに1つ掘らせてよ!」
げげっ。夏休みだからって埋蔵金を掘りますか?…冷やし中華じゃないんですから、1つってそんな無茶苦茶な…。
夢とロマンの埋蔵金。今も何処かに埋まっていると聞けば掘りたい気持ちは分からないでもありません。サイオンで埋まっている場所が分かるとなれば、後は掘り出すだけなんですが…。
「ジョミー、埋蔵金は掘ればいいってものじゃないんだよ」
会長さんが苦笑しながら『埋蔵金伝説』と書かれた本の表紙を軽く叩きました。
「埋まってる土地の所有者は誰か。それが一番重要なことだ。ぼくたちが掘っていた頃は必死だったし、当たりをつけた場所の近くに滞在しながらサイオンでこっそり掘り出した。外からは絶対に分からないよう、瞬間移動を使ったんだよ。だから誰の土地かなんて関係ないし、掘り出した後の所有権で争う必要も無かったけれど…」
「ブルーが一人で掘ったってこと?」
「そう。ぼくが掘り出して、ぶるぅが仲間の所へ瞬間移動で届けてた。そんな掘り方なら今でも可能だ。でも、君がやってみたいのは本格的な発掘だろう? それなら土地を買収する所から始めないと」
土地を買うにはお金が要るよ、と会長さんは笑いました。
「埋蔵金を掘り出す前に資金が必要になるんだよ。埋蔵金が見つかってから払います、なんて言ったら土地を売ってはくれないだろうし、お金を貸してくれる所も無いだろうね」
「……そうなんだ……」
ガックリと項垂れるジョミー君。夢に近づいたと思った途端に厳しい現実を突き付けられて、夢もロマンも砕け散ったみたい。夢は夢でしかないというわけですけど、なんだかちょっと残念なような。
「あのぅ…」
マツカ君がおずおずと口を開くと、会長さんが即座に遮って。
「ダメだよ、マツカ。君が土地を買収するっていうのは許可できない。君も埋蔵金を掘りたくなったというなら別だけど」
「いえ、そうじゃなくて…。いいえ、そうなのかもしれませんけど…。うちの土地を掘るって言うのは駄目ですか? これから買収するのではなく、元からうちの土地なんですが」
「君の家の?」
意外そうな顔の会長さんに、マツカ君は壁の方向を指差しました。
「あっちに山がありますよね。山地になってずっと奥まで続いてますけど、その向こうの村をご存じですか?」
「ん?…ああ、そういえば小さな村があったね」
「そこに祖父の別荘があるんです。隠居所みたいなものでしょうか。祖父が亡くなってから使っていませんけれど、村に埋蔵金伝説が伝わってるのは知ってます。それを探すのはどうかと思って…」
「「「えぇっ!?」」」
そんな所に埋蔵金の伝説が!? というより、マツカ君の家の所有地に埋蔵金が埋まってるなんて、そんな棚ボタな話があってもいいものでしょうか。ジョミー君が期待と不安の入り混じった顔で。
「ブルー、その話、知っていた? もう掘っちゃった後なのかな?」
「残念ながら初耳だ。つまり有名な話ではない。…埋蔵金があったとしても大したものじゃないだろう」
「ぼくもそうだと思います。落ち武者が埋めたっていう話ですから、量はそんなに無いでしょう。第一、伝説自体が作り話ということも…。それでも良ければご案内します。あっ、もちろん…ブルーが駄目だと仰るのなら今の話は無かった事に」
どうでしょう、と会長さんにお伺いを立てるマツカ君。会長さんは腕組みをして考え込んでいましたが…。
「うん、なかなかに面白そうだ。海や山より思い出に残る夏休みになるかもしれないね。ぼくも正面から埋蔵金に挑んだ経験は無いし、無くて元々、やってみようか」
「無くて元々って…あるかどうかは分からないの?」
ジョミー君の問いに会長さんは人差し指を左右に振って見せました。
「埋蔵金を発掘したいんだろう?…あるか無いかでドキドキするのも埋蔵金探しの醍醐味さ。あると分かってるものを掘り出すなんて、イモ掘りと大して変わらないじゃないか」
「じゃあ、必死に探して空振りになるかもしれないんだ…」
「それでこそ宝探しだよ。まぁ、ぼくも徒労に終わるのは嫌だし、現地に着いたら一応探ってみるけどね。埋蔵金があるようだったら頑張ろう。無ければ予定通りに海と山ってことでどうかな、みんな?」
埋蔵金を探す夏休み!考えただけでワクワクしてきます。誰も反対する人は無く、ジョミー君の夢とロマンは実現に向けて走り出しました。
「マツカ、ぼくたちが泊まれそうな宿はあるのかい?」
会長さんが尋ねると、マツカ君はちょっと困った様子で。
「それが…鄙びた村で、民宿すらも無いんです。祖父はそれが気に入って隠居所にしたそうで、頼まれるままに村の土地を買い取った結果、村の田畑や山林は殆どうちの土地になってしまいました。ですから埋蔵金がうちの土地にあるのは確かです。…でも、泊まって頂ける所は祖父の別荘くらいしか…」
「なるほど。それも楽しいかもしれないね。同じ別荘でも田舎だと趣が違いそうだし」
「ええ。帰ったらすぐに連絡を取って、滞在中の色々な手配を…」
しばらく使っていませんから、とマツカ君。ところが会長さんが言い出したことは…。
「寝泊まりできるようにしておいてくれるだけでいいよ。なんといっても宝探しだ。身の回りのことを他人にやらせてたんじゃあ、いまいち気分が乗らないじゃないか」
「そうでしょうか…」
「そうだよ、マツカ。合宿気分でワイワイやるのが一番なのさ」
強引に押し切ってしまった会長さん。うーん、今回は優雅な別荘ライフとは違うようです。どのくらいの期間か分かりませんが、食事も掃除も洗濯も…全部自分たちでやるんでしょうか?
「もちろん。当番を決めてやるのもいいね。難しそうなら、ぶるぅもいるから」
「うん!ぼく、頑張る。みんなが宝探しでくたびれちゃったら、ちゃんとお世話をしてあげるね」
家事が大好きな「そるじゃぁ・ぶるぅ」はやる気満々。初日からお世話になってしまいそうな気がします。だって私ときたらお料理はダメだし、お掃除もろくにしたことがなくて…。スウェナちゃんもオロオロしていますから、多分似たようなものなのでしょう。そして男の子たちは言うまでもない状態でした。
「ぶるぅ、ぼく、掃除とか全然ダメで…」
「汚ねえぞ、ジョミー!料理も洗濯も何もかもダメって白状しろよ!」
サム君とジョミー君がじゃれ合うのを横目で見ながら、柔道部三人組が溜息をついて。
「俺たち、合宿は何度も経験してるが…」
「食事は合宿所のおばさんに任せていましたもんね…」
「自分でしたのは洗濯くらいなものでしょうか…」
要するに誰もがダメダメだっていうことです。会長さんがクスクスと笑い出しました。
「そんなことくらい知ってるよ。だけど雰囲気って大事じゃないか。宝探しの基地に部外者を出入りさせるなんて論外だとは思わないかい? ぶるぅに頑張ってもらって、君たちは出来る限りのことをしたまえ」
「「「…はい…」」」
努力します、と頭を下げる私たち。会長さんは満足そうに頷き、マツカ君に目的地までの交通手段などを質問して。
「それじゃ往復だけマイクロバスを手配して貰おうかな。直前に決めても大丈夫だよね?」
「はい!当日でもなんとかなりますよ」
「ありがとう。出発は…柔道部の強化合宿が終わってからってことでいいかな。確か今年は早かったんだ」
いつからだっけ、と日程を確認した会長さんは綺麗な笑みを浮かべました。
「柔道部のみんなが合宿に行っている間、ジョミーとサムは暇だろう? はい、これ。ぼくが代わりに申し込んでおいた」
宙に取り出された2枚の紙。その紙が前にキース君の大学の学生さんが勧誘していた本山体験ツアーの申込書だと理解するのに時間はかかりませんでした。
「本山で2泊3日の仏道修行。ジョミーはともかく、サムは行くよね?」
「ブルーが…わざわざ俺のために…?」
サム君、感激しています。ジョミー君は断ろうとしたのですが…。
「埋蔵金の発掘計画、ぼくが手伝う理由は全く無いと思わないかい? あるかどうかも分からないものを夏休み中かかって掘り続けるか、ぼくからヒントを引き出すか。ぼくに助けて欲しいのなら…」
「わ、分かったよ!行くよ、行くから手伝ってよ!!」
会長さんの脅しの前にジョミー君は呆気なく屈し、柔道部三人組は強化合宿、ジョミー君とサム君は仏道修行。特別生になって初めての夏休みが私たちを待っていました。
青空が眩しい夏真っ盛り。キース君たちが強化合宿から帰ってきたら宝探しに出発です。どんな村なのかパパとママに訊いてみたのですけど、埋蔵金の話は知らないという答えでした。辺鄙な村で何も無いらしく、ママには「そんな所で合宿なんて物好きね」とまで言われる始末。おまけに「練習しておきなさい」と家事のお手伝いをやらされることになってしまって、藪蛇もここに極まれりです。今日もブツブツ言いながら洗濯物を干していると…。
「やあ。朝からお手伝いご苦労さま」
垣根の向こうに会長さんが立っていました。
「これから一緒に出掛けないかい? 向こうに車を待たせてあるんだ。ぶるぅとスウェナも乗ってるよ」
「何処へ行くんですか?」
「サムとジョミーの修行の見学。今日からだってこと、忘れてた?」
そういえば昨夜ジョミー君から「旅に出ます。探さないで下さい」という哀れっぽいメールが来てましたっけ。それを探しに行こうだなんて、会長さんも物好きな…。
「行く?…それとも真面目にお母さんの手伝いをする?」
ジョミー君たちの修行を見物するか、家にいてママの手伝いか。答えはもちろん決まっています。洗濯物を放り出した私は大急ぎで支度し、会長さんたちと一緒にタクシーに乗り込みました。アルテメシアの市街地を出て、山道をどんどん登っていって…いつの間にか周囲は深い山林に。まさに深山幽谷です。
「ジョミーたちは貸し切りバスで行ったんだよ。とっくに結団式を済ませて、今は映画を見せられている」
助手席に座った会長さんが前を向いたまま言いました。
「「映画?」」
首を傾げるスウェナちゃんと私。修行じゃなくて映画ですか?
「ふふ、君たちが考えるような映画じゃないさ。お釈迦様の生涯だよ。お釈迦様抜きで仏教は語れないからね。布教用に作った物だし、娯楽の要素は一切ない。これで気持ちを引き締めてから修行に入るという仕組み」
うわぁ、ジョミー君、可哀相…。大喜びで参加したサム君も後悔し始めているかもです。スウェナちゃんとコソコソ話し合っていると、隣に座った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「あのね、今日は一番マシな日なんだよ。普通の御飯が食べられるから」
「「えっ?」」
「昨日ブルーに聞いたんだ。一日目の晩御飯はお代わり自由で豚カツなんかも出るらしいけど、明日の朝から精進料理になるんだって。御飯もお米の御飯じゃなくて麦飯になるって言ってたよ」
ひえぇ!食事まで本格的な修行メニューになっちゃうんですか?でも…お粥じゃないんだ…。
「それは宗派によるんだよ。仏教といっても色々あるから」
答えてくれたのは会長さんです。
「初日からあまり苛めていたんじゃ、親しむ前に逃げられちゃうし…食事くらい普通にしてあげないとね。明日からは麦飯に味噌汁、漬け物、和え物、煮物の5種類、それしか出ないよ。もちろん肉と魚は出ないし、お代わり出来るのも麦飯だけさ」
「そんなのでお腹、空かないかしら…」
心配そうに言うスウェナちゃん。ジョミー君たちは食べ盛りですし、そんな食事で大丈夫かな?
「修行に行った以上、頑張らないとね。ちゃんと持ち物検査があるから、おやつは没収された筈だよ」
「「えぇっ!?」」
持ち物検査って…没収って…ジョミー君たちはどんな目に…?
タクシーが止まったのは大きな山門の前でした。杉の巨木に囲まれたお寺はとても静かで、街から1時間ちょっとしか走ってないのが信じられない感じです。それが総本山、璃慕恩院。小さい頃にリボン院だと聞き違えていて、可愛い名前だと思ってましたっけ。可愛いどころか修行の道場だったとは…。
「キースもいずれは此処で修行さ。頭を綺麗に剃ってからね」
山門に向かう会長さんは半袖シャツにズボンのラフな格好。御自慢の緋の衣ではありません。それでも山門をくぐって寺務所の前まで行った所で若いお坊さんが飛び出して来て…。
「ブルー様でらっしゃいますね。ご案内するよう言われております。どうぞこちらへ」
大きな建物や回廊を幾つも抜けて、通されたのは立派な客間。床の間には見事な掛軸が飾られ、磨き込まれた座敷机に分厚い座布団。その1枚に座った緋の衣の老僧がニコニコ笑顔で手招きしました。
「おお、ブルー!…こうして会うのは何年ぶりかのう。相変わらずの男前じゃ。さあ、遠慮せずに入った、入った。そのお嬢さん方は今のコレか?」
小指を立ててみせる老僧。うーん、会長さんったら本山でも女たらしで有名でしたか…。客間に座るとお茶とお菓子が出てきましたが、昼食はなんとお寿司の盛り合わせ。どう見ても本物の握り寿司です。
「わははは、ブルーに精進料理なんぞ出せんわい。どうしても、と言われりゃ別じゃが」
本山で一番偉い人だという老僧は豪快に笑い、自分もお寿司を食べ始めました。会長さんがニヤリと笑って。
「要するに本音と建前なのさ。老師はぼくの後輩だから、ぼくの好みもよく知ってる」
「そうなんじゃ。本当はブルーの方がわしより偉い立場なんじゃが、タメ口がいいと言われてのう」
何十年もの付き合いがある悪友同士らしいです。そんな人が牛耳るお寺に送り込まれたジョミー君たちは…?
「ところで、体験ツアー中のぼくの友達はどうしてるかな?」
「サムとジョミーなら班長に据えたと言ってきたわい。今日から始まるコースは小学生しかおらんそうで、貴重な人材というわけじゃ。班長と言えば修行の手本。もちろん覗いて行くんじゃろう?」
「当然。ぼくが送り込んだと知ってる以上、情報収集してるよね。ジョミーたちは何かやらかしたかい?」
会長さんの問いに老師はニコニコ顔で。
「お前さん、注意書きを渡さなかったじゃろう? ケータイ禁止と聞いて真っ青になったそうじゃぞ。ゲーム機と音楽を聴く機械も没収したとか言っとったのう。…修行の心得は小学生でも知っとるのに」
「遊び心だよ、遊び心。せっかくだからドーンと絶望するのもいいよね」
ジョミー君たち、おやつどころかケータイも取り上げられてしまったみたいです。サイオンは滅多に使いませんから、思念波で連絡可能なことなど忘れてしまっているでしょう。覚えていたらとっくの昔に会長さんを恨む思念が伝わってきてる筈ですし…。
「御馳走様。お寿司、美味しかったよ。やっぱり禁断の味はいいねえ」
「決まっとるわい。昼間から堂々と食える立場におるというのが最高でのう」
また遊びに来い、とご機嫌の老師にお礼を言って、私たちはジョミー君たちが修行中だという建物の方へ。午後は読経の練習らしいのですが、鉦や木魚を叩くのでしょうか。小学生の団体様の中で班長にされ、修行の手本を示さなければならないだなんて、気の毒としか言えません。会長さん、参加者の状況を調べ上げてから申し込みをしたんじゃないでしょうね…?